私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Purcell: Harpsichord Suites
ERATO 0630-10695-2
演奏:Olivier Baumont (Virginal, Harpsichord)

イギリスは、ルネサンス以来音楽の中心地のひとつであった。 確かにダウランド、バード、ブル等をはじめとしたイギリス人の音楽家は居たが、 バロック時代には、むしろイタリア、フランス、ドイツの音楽家が重要な役割を演じてきた。そんな中にあって、ヘンリー・パーセル(Henry Purcell, 1659 [?] – 1695)は、後の時代への影響力を含めて、イギリス最大の音楽家と言って良いだろう。父親のヘンリーは、王室礼拝堂に属するジェントリーで、その3人の息子、トーマス、ヘンリー、ダニエルはいずれも音楽家となった。父親のヘンリーは1664年に死亡し、息子達は叔父の元で成長し、ヘンリーも早くから音楽教育を受け、1676年にはウェストミンスター・アベイのオルガニストに任命された。彼は9歳の頃から作曲を始めたと言われているが、現存する作曲年が分かっている作品で最も古いものは、1679年、20歳の頃の作品である。1669年以来ウェストミンスター・アベイのオルガニストであったジョン・ブロウ(John Blow, 1649 – 1708)が、後進に道を譲るために引退した後、ヘンリー・パーセルは、アンセムなど宗教音楽の作曲に専念するようになる。1682年には、王室礼拝堂のオルガニストも兼任することになった。オペラや劇音楽の作曲を始めるのは、1680年代終わり頃からである。そして、音楽家として正に脂が乗ってきた1695年に、36歳の若さで急死してしまう。そしてウェストミンスター・アベイのオルガンの傍に埋葬された。
 パーセルの鍵盤楽器のための作品は、8曲の組曲の他、グラウンド、エアー他の小曲がある。作曲年代が不明なものも多く、若い頃から折りにふれ作曲されたものと思われる。その作風は、イギリスの伝統的な形式に、イタリアやフランスの様式を加えたものである。
 今回紹介するCDは、フランスのチェンバロ奏者、オリヴィエ・ボウモン(Olivier Baumont)が2台のオリジナル楽器を演奏してパーセルの8曲の組曲全曲と、13曲の小品を収録した作品集である。組曲は、プレリュードに始まり、曲によって、アルマンド、コラント(クーラント)、サラバンド、ジグなどの舞曲をいくつか含む、演奏時間は長くても7分を少し超える程度の短い作品である。グラウンドは、イタリア語でオスティナートと称される、低音の定旋律とそれに基づく変奏曲形式を意味し、シャコンヌ、パッサカリアなど様々なものがあるが、この場合はイギリス特有の低音主題に基づく変奏曲である。ホーンパイプは、16世紀頃の船乗り達の踊りを起源にしている。このCDには、このほかに”a new Scotch tune”や”a new Irish tune”のような民謡をもとにした曲や、エアー、ミヌエットなど外国由来の舞曲も含まれている。
 演奏しているオリヴィエ・ボウモンは、1960年フランス生まれのチェンバロ奏者で、パリのフランス国立高等音楽・舞踏院で学び、その後ユゲット・ドレイフュス、ケネス・ギルバート、さらにグスタフ・レオンハルトの教えを受けた。ボウモンは、フランスを拠点にクープランなどフランスの音楽家の作品を中心とした演奏活動を行っており、それと並行して、2001年よりパリのフランス国立高等音楽・舞踏院のチェンバロの教授の任にある。
 このCDで演奏に使用されている楽器は、1752年ジェイコブ・カークマン製作の1段鍵盤のチェンバロと1664年ロバート・ハトレイ(ハーレイ?*)作のヴァージナルといういずれもイギリスの製作者の楽器である。いずれもロンドンのフェントン・ハウスに所蔵されているベントン・フレッチャー・コレクションの楽器である。ジェイコブ・カークマンは、「イギリスの製作者ジェイコブ・カークマンのチェンバロを鮮明な録音で」で説明した通り、アルザス地方に生まれ、イギリスに移住した18世紀イギリスを代表するチェンバロ製作者である。このカークマンのチェンバロでは、8曲の組曲が演奏されている。1段鍵盤のチェンバロなので、響きは控えめだが美しい音色である。一方ヴァージナルの製作者、ロバート・ハトレイについては情報がない。ヴァージナルでは、組曲以外の小曲が演奏されている。ヴァージナルは箱形の楽器だが、その割りには良く響き、狭苦しさは感じられない。演奏に於けるピッチは、a’ = 410 Hz、調律は、ウィリアム・ホルダー(William Holder, 1616 - 1698)という17世紀イギリスの音楽理論家の”A Treatise on the Natural Grounds and Principles of Harmony”(1694)に記述されている調律法に極めて近く、各調性ごとに調律されていると記されている。ホルダーは、”Holder’s Comma”、あるいは”Arabic Comma”の提唱者として知られているが、このCDにおける調律法は、これとは無関係と思われ、どのような調律なのは不明である。推定するに、中全音律に、何らかの調整を加えたものではないかと思われる。
このCDは、1995年3月にロンドンのフェントン・ハウスで録音され、同年にエラート・レベルで発売されたものだが、エラートはその後ワーナー・グループに吸収され、多くのCDが廃盤となってしまった。このCDも例外ではなく、ボウモンのCD自体ほとんど廃盤となっているのは非常に残念なことである。ほぼ同一の内容で、ハルモニアムンディ・フランスから、リチャード・エガーの演奏によるCD、"PURCELL. Keyboard Suites & Grounds"が出ているが、確信はないが、おそらくジョエル・カッツマン作のリュッカースの複製で演奏しているのではないかと思う。その点からしても、同時代のイギリス製のオリジナル楽器によるボウモン演奏のCDの再発に期待したい。

発売元:ERATO (Warner Classics & Jazz)

* CDに添付の解説書では、1カ所”Robert Harley”となっているほかは、”Robert Hatley”となっているので、おそらく”Harly”が誤植と思われる。

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コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
やっぱり廃盤になってますか・・・ (REIKO)
2009-01-17 19:49:06
このCD持ってるんですが・・・やっぱり廃盤になってますか、残念ですね。
ボーモンは珍しい曲の録音も多く、好きな演奏家なのですが、同じくエラートに録音していたヘンデルの2枚も、現在廃盤のようです。
ぜひ復活して欲しいです。
 
 
 
オリヴィエ・ボーモンのCD (ogawa_j)
2009-01-18 12:02:48
REIKOさん、コメントありがとうございました。
わたしも「1720年版と1733年版のチェンバロ組曲」というCDを持っています。組曲と名付けられているのは、1720年版のHWV 426とHWV 432、1733年版のHWV 437の3曲だけで、シャコンヌHWV 435は同じく1733年の組曲の一部ですが、ほかには前奏曲、ファンタジーなどが入ったものです。このCDも廃盤になっているようですね。同じくオリジナル楽器を演奏したもので、ヘンデル・イヤーにあわせて再発して欲しいですね。
 
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