私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 



Brahms: Symphonie 1, Haydn-Variationen
EMI Classics CDC 7 54286 2
演奏:The London Classical Players, Roger Norrington (Dirigent)

ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms, 1833 - 1897)が交響曲第1番ハ短調作品68の作曲に取りかかったのは、1862年、29歳のときであった。しかし彼の自らの作品に対する厳しい姿勢と、ベートーフェンの9曲の交響曲を引き継ぐ作品を、と言う意欲が作曲を慎重にさせ、1876年11月4日、カールスルーエのバーデン大公の宮廷楽団、宮廷楽長のフェリックス・オットー・デソフの指揮によって、ようやく初演に漕ぎつけた。作曲に取りかかってから14年後のことであった。当時のドイツでは、フランツ・リストとリヒャルト・ヴァーグナーに代表される「新ドイツ楽派」の交響詩こそ新しい交響的作品であるという主張が有力で、交響曲はもう古いと言われていた。そういう中でのブラームスの交響曲第1番は、初演の3日後には、ブラームス自身の指揮で、マンハイムで演奏されるなど、大きな反響を呼んだ。しかしこのあとも、ブラームスを含む「絶対音楽」標榜する一派と、「新ドイツ楽派」の論争、対立は続いた。
 ブラームスの交響曲第1番は、その初演当初から、ベートーフェンの交響曲との関連が指摘された。指揮者ハンス・フォン・ビュローは1877年に、この作品を「第10交響曲」と呼んだ。最も際立った関連としてあげられたのが、第4楽章の主題とベートーフェンの第9交響曲の第4楽章、シラーの詩の旋律との類似である。この主題全体が、ベートーフェンの旋律との類似を示しているが、特に目立つのが、調性は異なるが、旋律の後半の2小節が完全に一致するところである(下の譜例の緑色の部分)。

* この譜例は、ドイツ語ウィキペディア、"Datei:Brahms1 1.PNG"を使用した。

 しかしベートーフェンの交響曲との関連はこれだけではない。第1楽章の157小節に始まる3つの8分音符の動機と、その展開に於けるこの3つの8分音符とそれに続く付点四分音符のリズムが、ベートーフェンの交響曲第5番の第1楽章のいわゆる「運命の主題」と同じ点である。このベートーフェンの第5との共通点は、こういった細部だけでなく、ハ短調という調性、「苦難を通じて喜びへ」というベートーフェンの構想そのものと共通していることである。ブラームスを批判する側では、このような旋律や動機の類似を「剽窃」と見たが、事実はむしろブラームスのベートーフェンに対する「賛美」の現れと見るべきだろう。
 14年の歳月をかけ、難産の末交響曲第1番を完成させたブラームスは、1年後の1877年には第2番ニ長調作品73、7年後の1884年には第3番ヘ長調作品90、その2年後の1886年には第4番ホ短調作品97を完成させた。第1番とは対極的な明るい長調の第2番、寂寞感の漂う第3番、そして重厚な第4番では、第4楽章にバッハの教会カンタータ「主よ、あなたを求めます」(BWV 150)の低音の主題をもとにしたシャコンヌ形式を採用している。これら4曲の交響曲は、ベートーフェンの9曲の交響曲を継承するものという位置づけよりも、むしろロマン主義時代の傑作と見るべきではないかと思う。
 このCDには、「ハイドンの主題による変奏曲」作品56aも収録されている。この作品はハイドンのオーボエ2,ファゴット3,セルパン1,ホルン2のためのディヴェルティメントロ長調(Hob. II:46)の主題、「聖アントニンのコラール」に基づく変奏曲で、1773年にヴィーンで、ブラームス自身の指揮で初演された。曲は主題と8つの変奏、そして終結部のパッサカリアからなっている。この変奏曲は、主題に対位法による装飾声部を加えたり、旋律を細かく分割したり、装飾音を加えたりする変奏曲ではなく、主題の楽節構造を土台にした、「性格変奏」の一種と考えることが出来る。終結部のパッサカリアは、主題の旋律をもとにした5小節単位を19回変奏する。後に交響曲第4番の第4楽章で採用するシャコンヌと同様、ブラームスの過去の音楽の研究から生まれたものと言えよう。
 ブラームスの交響曲の「伝統的」な演奏は、分厚い響きを特徴としている。筆者は最近、セルジュ・チェリビダッケ指揮、シュトゥットガルト放送交響楽団の演奏で1番の交響曲を聴いた。さらに渋谷のタワー・レコードの店内で、朝比奈隆指揮、東京都交響楽団の演奏による第1楽章を聴いたが、いずれも強烈な感情移入による演奏であった。しかし筆者は、こういう演奏を聴くと、初演されたときの演奏はどのようなものであったのだろうと考えてしまう。
 この筆者の疑問に答えてくれたのが、今回紹介するロジャー・ノリントン指揮、ロンドン・クラシカル・プレイヤーズの演奏によるCDである。添付の解説書にノリントン自身が書いている通り、作曲の背景と経過、初演時のオーケストラの規模や使用していた楽器、演奏スタイルの研究に基づいて録音されたものである。弦楽器は1770年代にはすでに音量や高いピッチに対応して、ネックの反りを大きくしたり、根柱を太くしたりした新たに製作された楽器かそのように改造された楽器が使用されていたが、当然ガット弦が張られていた。木管楽器はすでにいくつものキーが設けられていたが今日のものよりまだ簡潔なものであった。金管楽器も、ホルンやトランペットはヴァルブやピストンを備えていたが、現在のものより軽く、一体成形されたものであった。ティンパニは当然ながら今日のようにプラスチックではなく皮が張られていた。この録音に於けるオーケストラは、第1,第2ヴァイオリン各10名、ヴィオラ8名、チェロ6名、コントラバス6名、ピッコロ1,フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット各2,コントラ・ファゴット1,ホルン4(プラスアシスタント1)、トランペット2,トロンボーン3,ティンパニ、打楽器各1の61人の構成である。
 ブラームスは、この交響曲第1番に、メトロノーム表示をしていないため、テンポの正確な基準は存在しない。ノリントンは、ハンス・フォン・ビューローの演奏の記録や、マイニンゲン宮廷楽団のビューローの後継者フリッツ・シュタインバッハ(Fritz Steinbach, 1855~1916)の指揮用の総譜への書き込みを参考にしたと記している。このノリントン指揮、ロンドン・クラシカル・プレイヤーズの演奏は、決して楽譜を正確に再現した無味乾燥なものではない。ノリントンは解説の最後に、「オリジナル楽器を採用し、その独自のスタイルによる演奏は、古くさいものになってしまうと言うことではない。逆に、音楽を全く新しいものにすることが出来る。それは我々に、この偉大な作品を改めて考え直し、新たに創造する機会を与えてくれるのである」と結んでいる。ノリントンは、「伝統的」な演奏のような過度の感情移入ではなく、曲の流れに応じた、楽譜に指定のない細かなテンポに動きをも含め、ロマン主義時代の作品の再現を見事に達成している。なお、演奏のピッチは、a’ = 約435 Hzである。
 すでにベートーフェンの第9交響曲を紹介した際に触れたように、ロジャー・ノリントン(Sir Roger Arthur Carver Norrington)は1934年イギリス生まれの指揮者である。ケンブリッジや王立音楽院に学び、1960年代はテノール歌手として活動、1962年にシュッツ合唱団を組織した。1969年から1984年まではケント歌劇場の音楽監督をする一方、1978年にロンドン・クラシカル・プレイヤーズを創設し、オリジナル楽器によるバロック、古典派、ロマン派の作品の演奏を行ってきた。1998年にシュトゥットガルト・ラジオ・シムフォニー・オーケストラの主席指揮者に就任するなど、モダン楽器オーケストラの指揮を中心に活動をはじめた。ロンドン・クラシカル・プレイヤーズは、上述のように1978年にロジャー・ノリントンによって結成され、古典派からロマン派のオーケストラ作品の演奏を行ってきたが、1997年にノリントンがオーケストラ・オヴ・ジ・エイジ・オヴ・エンライトゥンメント(Orchestra of the Age of Enlightenment)の指揮者に就任したことに伴って、後者に吸収された。と言っても、ロンドンで活動する多くのオリジナル楽器の演奏団体は、それぞれがフルタイムの演奏者を擁しているわけではなく、一群のオリジナル楽器演奏者がいて、そのほとんどは複数の、中にはほとんど全ての団体の演奏に参加しているのである。例えば、フルート奏者のリサ・ベズノシウク(Liza Beznisuik)は、このロンドン・クラシカル・プレイヤーズや オーケストラ・オヴ・ジ・エイジ・オヴ・エンライトゥンメントだけでなく、アカデミー・オヴ・エインシェント・ミュージック、ザ・イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティークなどにも第1フルート奏者として参加している。このような状態から推定するに、ロンドンを中心に活動しているオリジナル楽器演奏者は、100人を越える程度ではないかと思われる。
 このブラームスの交響曲第1番と「ハイドンの主題による変奏曲」の演奏は、1990年9月にロンドンのアビー・ロードにあるNo. 1 Studioで録音された。CDは1991年EMIから発売されたが、残念ながら、現在のEMIのカタログには掲載されていない。ヴァージン・レーベルでの再発を期待したい。

発売元:EMI Classics

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