私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Johann Adam Reinken & Nicolaus Bruhns - Sämtliche Orgelwerke
Ricercar RIC 204
演奏:Bernard Foccroulle (orgue)

ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンクの教えを受けたオルガニスト達が、北ドイツやオランダの各都市でオルガニストとして活動し、さらにその弟子達が他の町にも広がって、「北ドイツオルガン楽派」と呼ばれるオルガンのスタイルを創り出した。ルター派教会の礼拝の中心であるコラールにもとづく変奏曲やコラール・ファンタジー、それに華麗なペダルの独奏を含むトッカータなどの自由曲は、ゴットフリート・フリッチェ、アルプシュニットガーをはじめとするオルガン製作者と呼応して、多くの作品を生み出してきた。今回はこの様な北ドイツオルガン楽派の作曲家の中から、ニコラウス・ブルーンスとヤン・アダム・ラインケンの作品を紹介する。
 ニコラウス・ブルーンス(Nicolaus Bruhns, 1665 – 1697)については、すでに「 ヨーロッパ各国のオルガン音楽を聴く:(9)北ドイツのオルガニスト達(その1)」で触れたが、現在のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州のシュヴァーブシュテットで町のオルガニストをしていたパウル・ブルーンスを父として生まれた。祖父のパウル・ブルーンスはリュート奏者で、ホルシュタイン=ゴットオルプ公爵の宮廷楽団の楽長であった。また叔父のフリートリヒ・ニコラウス・ブルーンスはハンブルクの町庸楽士であった。ニコラウス・ブルーンスは、おそらく父親から最初の音楽教育を受け、16歳の時にリュベックに住む叔父のペーター・ブルーンスの許でヴァイオリンとガムバを学ぶことになり、同時にディートリヒ・ブクステフーデからオルガンを学んだ。間もなくニコラウス・ブルーンスは、ヴァイオリンとオルガンの名手として知られるようになった。その後コペンハーゲンのニコライ教会のオルガニスト、ヨハン・ローレンツII世宛のブクステフーデの推薦状によって、コペンハーゲンの宮廷に作曲家、ヴァイオリン奏者として雇われることとなった。そして1689年に現在のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の北フリースラントの都市、フーズムの教会のオルガニスト、フリートリヒ・ツア・リンデンの死に伴い、町はブルーンスの名声を聞いてその地位を提供し、3月29日に試奏を行って採用された。その3ヶ月後に、キールの町が聖ニコライ教会のオルガニストの地位を提供したことによって両方の町が激しく争うこととなったが、結果的にブルーンスはフーズムにとどまり、オルガニストとして、また合唱指揮者として1697年31歳で死亡するまで活動した。ブルーンスの作品は、5曲のオルガン曲と12曲のカンタータが残っている。ブルーンスのオルガン曲は、ホモフォニックな部分とフーガ風の多声的な部分の対比、技巧的なペダルの走句など、典型的な「北ドイツ・オルガン楽派」の特徴を有している。4曲の前奏曲の内2曲は、ヨハン・クリストフ・バッハが作製した「メラー手稿」に含まれている。
 一方ヤン・アダム・ラインケン(Jan (Johann) Adam Reincken, 1643 – 1722)はオランダ、デフェンターの生まれで、初期の音楽教育を受けた後、1654年から、スウェーリンクの弟子で、ハンブルクの聖カタリナ教会のオルガニストであったハインリヒ・シャイデマンの許でオルガン演奏と作曲を学んだ。途中短期間オランダでオルガニストとして活動した後、ハンブルクのシャイデマンの許に戻り、1663年にその後継者として聖カタリナ教会のオルガニストに就任し、1722年に死亡するまで59年間その地位にあった。ラインケンは、オルガンの即興演奏で広く知られていた。特にコラールにもとづく変奏は、時には変化に富んで長大なものであった。1720年にバッハが聖ヤコビ教会のオルガニストに応募するためにハンブルクを訪れた際、聖カタリナ教会に於いて、ラインケンを含む聴衆を前にオルガン演奏を披露した。この時のことが「死者略伝」に次のように記されている。「・・・1722年頃(!)に、彼はハンブルクに旅し、市参事会員や有力者達を前にして、聖カタリーナー教会のオルガンを2時間にわたり演奏し、大方の驚嘆を受けた。この教会の老いたオルガニスト、ヨハン・アダム・ラインケンは、当時100才近かったが、彼の演奏をとりわけ楽しんで聴き、特に我らがバッハが、コラール『バビロンの流れのほとりで』を聴衆の求めに応じて即興で非常に幅広く30分にわたって、かつてハンブルクのオルガニストの中でも野心的な者が土曜日の晩祷で行っていたような種々な技法で演奏するのを聴いて、次のような賛辞を呈した:私はこの様な芸術は、すでに死滅したものと思っていたが、あなたの中に依然として生きている事を知りました。*」ラインケンのコラール「バビロンの流れのほとりで(An Wasserflüssen Babylon)」は、バッハが1700年にオールドルフのラテン語学校からリューネブルクの聖ミヒャエル教会に属するミヒャエル・ギムナージウムの給費生として転校してきた直後にベームの許で写譜を作製したことが分かっており、バッハがコラール変奏の手本として学んで来たものであった**。バッハはこの他に、ラインケンが1687年にハンブルクで出版した”Hortus musicus”の第1番の全曲と、第3番のソナタとアルマンドをチェンバロ用に編曲し(BWV 965、966)、さらに第2番のソナタのアレグロ=フーガの主題によるフーガ(BWV 954)を作曲している。ラインケンの作品はわずかしか残っておらず、1974年にブライトコプ・ウント・ヘルテルからクラウス・ベックマンの編纂で刊行されたオルガン作品全集には、上に述べたコラール「バビロンの流れのほとりで」の他に、コラール「いかなる苦難が我々を襲おうとも(Was kann uns kommen an für Not)」とフーガト短調、トッカータト長調の4曲しか掲載されていない。2005年に同じくブライトコプからピーター・ディルクセンの編纂で刊行された新しいオルガン作品全集には、他にト長調、イ長調、ト短調の3曲のトッカータが掲載されているが、ト短調のトッカータは真作の可能性が高い一方で、新たに加えられたト長調とイ長調のトッカータに関しては、編纂者のディルクセン自身が、ラインケンの作品かどうか疑問があると述べている***。
 今回紹介するCDは、ブルーンスのオルガン作品全曲とラインケンの3曲を収録しているリチェルカール盤である。ブルーンスの作品は、2曲のニ短調とト短調、ト長調の前奏曲、コラール「いざ来たれ異邦人の救い主よ(Nun komm, der Heiden Heiland)」の5曲、ラインケンの作品は、コラール「バビロンの流れのほとりで」と「いかなる苦難が我々を襲おうとも」およびフーガト短調である。
 演奏をしているのはベルナール・フォクルールである。フォクルールは、1953年ベルギーのリージュ生まれで、リージュ音楽院でオルガンを学び、1974年以来オルガニストとして国際的に活動すると共に、リチェルカール・レーベルにバッハのオルガン作品全集など多数の録音を行っている。
 演奏に使用されているオルガンは、ブルーンスの作品は、ドイツ、ニーダーザクセン州のオストフリースラントにあるノルデンの聖ルートゲリ教会のシュニットガー・オルガンである。このオルガンは十字形の会堂が交差する中央方形部の主柱を取り巻くように設置されており、すでに1566年から1667年にかけて最初のオルガンが設置され、その後1618年にも改修されたものをもとに、1686年から1687年にかけてアルプ・シュニットガーによって建造され、さらに1691年から1692年にかけて増設された。3,110本にも及ぶパイプが46のレギスターを構成しており、3段鍵盤とペダルに配分されている。このオルガンは1981年から1985年にかけて、ユルゲン・アーレントによって修復された。46のレギスターの内8つはシュニットガー以前のパイプ、12がアルプ・シュニットガーが製作したパイプ、残りの26のレギスターは、アーレントによって復元されたものである。ピッチはa’ = 473 Hz、調律はハンブルクの聖ヤコビ教会のオルガンと同じ1/5シントニック・コンマ中全音律によっている。
 ラインケンの作品を演奏しているのは、ハンブルクの聖ヤコビ教会のシュニットガー・オルガンで、この楽器についてはすでに「 ヨーロッパ各国のオルガン音楽を聴く:(9)北ドイツのオルガニスト達(その1)」で詳しく述べた。
 録音は1988年10月にノルデンの聖ルートゲリ教会、1999年2月にハンブルクの聖ヤコビ教会で行われた。リチェルカール・レーベルのこのCDは、残念ながら現在絶版になっている。

発売元:Ricercar
 
* Nekrolog auf Johann Sebastian Bach. Bach-Dokumente Band III-666

** この手稿は、2006年8月に公表された、ヴァイマールのアンナ・アマリア公妃図書館の蔵書から発見された手稿のひとつで、末尾には「1700年リューネブルクのゲオルク・ベームのもとにて筆写(â Dom. Georg: Böme descriptum ao. 1700 Lunaburgi:)」と言う自筆の記入がある。詳細は『バッハの生涯に関する貴重な発見、「ヴァイマール・オルガン・タブラトゥア』」を参照されたし。

*** Reincken: Sämtliche Orgelwerke. Breitkopf Urtext hrsg. von Pieter Dirksen, Breitkopf & Härtel, Wiesbaden

注)ニコラウス・ブルーンスとヤン・アダム・ラインケンについては、ウィキペディア・ドイツ語版の各項目を参考にした。

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