私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Stellwagen-Orgel zu St. Marien, Strasund. Die Norddeutsche Orgelkunst - Vol. 1 - Lübeck
Musikproduktion Dabringhaus und Grimm KDG 320 1624-2
演奏:Martin Rost (Orgel)

 先にも述べたように、オランダ、アムステルダムの旧教会のオルガニスト、ヤン・ペーテルスゾーン・スウェーリンクの許で学んだオルガニスト達は、その後主に北ドイツやオランダの教会でオルガニストとして活動し、さらに彼らに教えを受けたオルガニスト達が他の教会にも広がり、「北ドイツオルガン楽派」と呼ばれる音楽家達を生み出した。
 今回紹介するCDは、スウェーリンクの弟子から18世紀前半に至る、リュベックのマリア教会のオルガニスト達の作品を収録したものである。前回紹介したハインリヒ・シャイデマンやメルヒオール・シルトと同様、ペーター・ハッセI世(Peter Hasse der Ältere, c. 1585 – 1640)も、おそらくスウェーリンクの教えを受けたと思われるが、その前半生についてはほとんど知られていない。1616年にヘルマン・エーベルの後を継いでリュベックのマリア教会のオルガニストに就任し、生涯その地位にあった。後に続くフランツ・トゥンダーおよびディートリヒ・ブクステフーデと共に、リュベックを北ドイツの音楽の中心地のひとつにした功労者と考えられている。ハッセの息子達や弟子達もオルガニストとして各地で活躍した。ロココ時代の作曲家、ヨハン・アドルフ・ハッセ(Johann Adolph Hasse, 1699 – 1783)は、彼のひ孫にである。ハッセの作品として残っているのはオルガンのための2曲のコラールと前奏曲1曲、7声のミサと8声のモテットだけである。今回紹介するCDには、その内前奏曲ヘ長調とコラール「高きところの神にのみ栄光あれ(Allein Gott in der Höh sei Ehr)」が収録されている。
 フランツ・トゥンダー(Franz Tunder, 1614 – 1667)はリュベックの生まれで、その前半生については何も分かっていない。1632年から1641年までは、シュレースヴィヒのゴットオルフ城でフリートリヒスIII世の宮廷オルガニストを勤めた。そのあと1641年に、ペーター・ハッセI世の後を継いで、リュベックのマリア教会のオルガニストに就任し、生涯その地位にあった。トゥンダーは、後にブクステフーデによって広く知られるようになった「夕べの音楽(Abentmusiken)」を創設したことでも知られている。トゥンダーは、北ドイツオルガン楽派の代表者の一人で、北ドイツのトッカータの創始者と考えられている。しかし彼の作品は多くが失われ、わずかしか知られていない。オルガン曲で残っているのは、5曲の前奏曲と1曲のカンツォーナ、および8曲のコラール・ファンタジーのみで、他には声楽曲として、ガイストリッヒェ・コンツェルトが18曲有る。このCDには、前奏曲ト短調とカンツォーナト長調、それにコラール「精霊よ来たれ、主なる神よ(Komm Heiliger Geist, Herre Gott)」とコラール変奏曲「イエス・キリスト、我らから神の怒りを取り除く救い主(Jesus Christus, unser Heiland, der von uns den Gotteszorn wandt)」が収録されている。
 ヨハン・クリスティアン・シーファーデッカー(Johann Christian Schieferdecker, 1679 – 1732)は、ザクセン地方のヴァイセンフェルス近郊のトイヒャンの生まれで、ライプツィヒのトーマス学校、ライプツィヒ大学に学び、その後同郷のラインハルト・カイザーに招かれ、1702年にハンブルクのゲンゼマルクトのオペラハウスのチェンバロ奏者となった。その2年後シーファーデッカーは、まずブクステフーデの弟子となり、その後リュベックのマリア教会でブクステフーデの助手となった。1705年12月の「夕べの音楽」を聴くために、バッハがリュベックを訪問し、翌年初めまで滞在した時には、シーファーデッカはすでにブクステフーデの助手を勤めていたと思われる。1707年にブクステフーデが死亡した後、その後任としてマリア教会のオルガニストに就任した。シーファーデッカーは、フランツ・トゥンダー以来の伝統になっていた「夕べの音楽」を継承し、この機会に演奏された作品など多数の曲を作曲したが、現在はほんのわずかしか残っておらず、録音されているものはほとんど無い。このCDには、コラール変奏曲「私の魂は主をあがめる(Meine Seele erhebt den Herren)」が収録されている。
 ブクステフーデとブルーンスについては別に紹介するので、ここでは触れない。ブクステフーデの作品は、コラール「精霊よ来たれ、主なる神よ(Komm Heiliger Geist, Herre Gott)」(BuxWV 199)、「主よ、我らを御言葉の許に守って下さい(Erhalt uns Herr, bei deinem Wort)」(BuxWV 185)やパッサカリアニ短調(BuxWV 161)など7曲が収録されている。ブルーンスの作品は前奏曲ト長調である。その他にバッハのコラール「暁の星の美しさよ(Wie schön leuchtet der Morgenstern)」(BWV 739)が収録されている。この曲は自筆譜と、ヨハン・クリストフ・バッハによる「メラー手稿」に掲載されており、バッハの最も初期の作品に数えられる。この作品には、ブクステフーデなど北ドイツのオルガン音楽の影響が見られるので、ここで取り上げられたのであろう。
 今回紹介するCDで使用されているのは、北ドイツ、メクレンブルク=フォールポンメルン州のシュトラズントにある聖マリア教会のオルガンである。この楽器は、1653年から1659年にかけて、フリートリヒ・シュテルヴァーゲンによって建造され、3段鍵盤とペダル、51のレギスターを持っている。フリートリヒ・シュテルヴァーゲン(Friedrich Stellwagen, 1603 – 1660)は、ハレ(ザーレ)の生まれで、成長期の記録はないが、1629年までにはハンブルクのオルガン製作者、ゴットフリート・フリッチェ(Gottfried Fritzsche, 1578 – 1638)の許に弟子入りし、1633年か1634年にリュベックにオルガン工房を設けて、リュベックの聖ヤコビ教会のオルガンの増設、さらには聖マリア教会のオルガンの改修を行い、1645年からは、リュベックの5つの教会のオルガンの維持管理を任されるようになった。その後1644年から1647年にかけて、ハンブルクの聖カタリナ教会のオルガンの改修を手がけた。シュトラズントとの結び付きは、1651年から1653年にかけて建造したヨハネ修道院教会のオルガンに始まり、聖ヤコビ教会のオルガンの維持管理を行い、1653年には聖マリア教会のオルガンの建造を依頼された。しかし直ちには建造にかからず、いったんリュベックに戻り、聖マリア教会の小オルガンの改修を行い、1655年に工房をシュトラズントに移し、本格的な建造に取りかかった。そして1659年に完成し、シュテルヴァーゲンはその直後に死亡した。シュトラズントの聖マリア教会のオルガンは、シュテルヴァーゲンが建造した最大規模のオルガンであると同時に、最も重要な北ドイツのバロックオルガンと見なされている。

シュトラズントのシュテルヴァーゲン・オルガン
(Datei:Stralsund, Marienkirche, Stellwagen-Orgel -2- (2008-10-02).JPG)

 このオルガンは、1770年の火薬庫の爆発によって損傷し、修復と改修を受け、1802年から1810年まで、フランス軍による包囲の間食糧倉庫にされていて多大な損傷を受け、1828年に修復された。その後1863年から1873年の間に保守、修復がされたが、それを請け負ったフリートリヒ・アルベルト・メーメルが、かなりの改造を行った。第2次大戦中の1943年にはオルガンは解体され、疎開された。幸いなことに爆撃を受けることなく、オリジナルのケースは無傷で残った。大戦後1945年に元に戻され、その後数回にわたって修復が行われ、特に1999年から2000年と2004年から2008年にかけて、1659年のシュテルヴァーゲンによる建造当時の状態に復元された。
 この聖マリア教会のオルガンは、オランダの「軟骨模様」の様式を取り入れた、代表的な初期バロックの構造を示している。両脇に分けて配したペダルのプリンシパル管を始め、各鍵盤のプリンシパル管を塔の形にまとめ、教会の長堂の幅いっぱいに広がり、それぞれの塔の頂上には、中央のダヴィデ王を始め、音楽を奏する人物や天使が配置され、華麗で堂々とした外観を有している。前面のパイプはすべて実際に鳴るパイプである。
 現在のオルガンの3,500本のパイプの内、約550本がシュテルヴァーゲンにより製作されたオリジナルで、他のパイプは、シュテルヴァーゲンによる設計の際の資料に基づき新たに製作されたものである。鍵盤の音域はC, D – c”’、ペダルはC, D – f’で、ピッチは a’ = 462 Hz、調律は中全音音律である。
 このオルガンを演奏しているのは、1963年にハレ(ザーレ)生まれのオルガニスト、マルティン・ロストである。ロストは1997年以来、シュトラズントの聖マリア教会のカントール兼オルガニストに地位にあり、そのオルガンについての知識を生かして、今までに80以上のオルガンの修復に関与している。それに加え欧米での演奏活動、多くのCD、放送のための録音、録画も行っている。
 このCDの録音は、2010年5月28日から29日にかけて行われ、9月に発売されたばかりであり、現在も容易に入手出来る。

発売元:Musikproduktion Dabringhaus und Grimm

注)ペーター・ハッセI世、フランツ・トゥンダー、ヨハン・クリスティアン・シーファーデッカについては、ウィキペディア・ドイツ語版のそれぞれの項目を主として参考にした。フリートリヒ・シュテルヴァーゲンについては、ウィキペディア・ドイツ語版の”Freidrich Stellwagen”、オルガンについては、CDに添付の冊子の解説およびウェブサイト”Stellwagen-Orgel St. Marien zu Strasund”、ウィキペディア・ドイツ語版の”Orgeln der St.-Marien-Kirche (Stralsund)”を参考にした。

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