私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 



Dietrich Buxtehude: Abendmusik
Deutsche Harmonia mundi 05472 77300 2
演奏:Capriccio Staravagante, Skip Sempé (Cembalo)


ディートリヒ・ブクステフーデが聖マリア教会のオルガニストであった当時のリューベックでは、キリスト生誕の4週間前に始まる待降節の間に催される「夕べの音楽(Abendmusiken)」が広く知られていた。この「夕べの音楽」自体は、前任者のフランツ・トゥンダー(Franz Tunder, 1614 - 1667)によって始められたものだが、広く世に知らしめたのはブクステフーデであった。 しかし、どのような作品が演奏されたのか、詳しいことはほとんど分かっていない。ブクステフーデの作品目録(Bux WV*)には8つの作品が挙げられているが、曲はすべて失われている。1705年には、12月2日に神聖ローマ帝国皇帝レーオポルトI世の追悼のオラトーリオ”Castrum Doloris (BuxWV 134)、翌12月3日には新しい皇帝ヨーゼフI世を賛美するオラトーリオ”Templum Honoris (BuxWV 135)の2曲が演奏された。楽曲は残っていないが、後者のBuxWV 135は、独唱、合唱、弦楽合奏、2部のティンパニーとトランペット、ホルン、オーボエという大規模な編成の作品であったことが分かっている。この時の演奏は、「類い希な夕べの音楽(Extraordinäre Abentmusiken)」と呼ばれ、例外的に規模の大きいものであったようだ。バッハは、この演奏を聴くために、アルンシュタットから400キロ以上の道のりを「徒歩で」訪れた。彼はそれだけでは満足できず、続く降誕節、新年、公顕の祝日(1月6日)などを含む礼拝におけるブクステフーデの聖マリア教会のオルガニストとしての活動を自らの耳と目で体験し、そのために当初予定していた休暇の期日を、大幅に超過することとなったのである。
 上述の作品目録には掲載されていないが、唯一といって良い作品が、不完全な形ではあるが、スウェーデンのウプサラ大学図書館が所蔵する楽譜として残っているそうだ。全体は3部からなり、独唱、合唱と弦楽合奏という編成である。そのほかに、残っている歌詞(Bux WV 128)や1700年の「夕べの音楽」の記録(Bux WV 133)によっても、変遷は同じようにそれほど大きくはなかったようだ。
 と、ここまで「夕べの音楽」について述べてきて、それをぶちこわすようだが、今回紹介するCDは、その標題となっている”Abendmusik”から予想される内容とは違って、すべて器楽曲である。1696年にハンブルクで出版されたそれぞれ7曲のヴァイオリンとヴィオラ・ダ・ガムバ、チェンバロによる「ソナタ」作品1と2から4曲、ヴァイオリン2,ヴィオラ・ダ・ガムバ、通奏低音によるソナタハ長調、「平和と喜びをもって(Mit Fried und Freud)Bux WV 76」の器楽による演奏、それに通常オルガンで演奏されるシャコンヌホ短調(Bux WV 160)とパッサカリアニ短調(Bux WV 161)を2台のチェンバロで演奏している。添付の解説には、このCDが、なぜ”Abendmusik”と題されたのか、全く説明されていない。この標題を無視すれば、このCDは、通常オルガン曲や、声楽作品ばかりが演奏されるブクステフーデの室内楽作品を収録したものとして、十分に存在価値がある。「ソナタ」と題された作品は、明確な楽章分けはされて無いようだが、いくつかの部分に分かれていて、それぞれ楽想、テンポが変化する。これらの作品は、ヨハン・アダム・ラインケンの”Hortus musicus”(1687年)に含まれるパルティータと通ずるところがある。何れも決して冗長ではなく、変化に富んでいる。しかし18世紀初めに流行するイタリアのヴィヴァルディの協奏曲のような、楽章間の対比、形式感はない。
 演奏しているのは、チェンバロ奏者のスキップ・センペとカプリッチオ・ストラヴァガンテである。センペはアメリカ生まれで、アメリカで音楽教育を受けた後ヨーロッパに渡り、グスタフ・レオンハルト等に学んだ。カプリッチオ・ストラヴァガンテは、センペが1986年に創設した演奏団体で、バロック・オーケストラ、ルネサンス・オーケストラ、オペラ演奏グループと広範囲の活動をしている。このCDでは、5人の弦楽奏者とチェンバロ奏者1人が参加している。演奏は、はつらつとしていて非常に好感が持てる。
 Deutsche Harmonia mundiレーベルのこのCDは、例によって現在廃盤になっている。ドイツ・バロック音楽の奥行きを知ることの出来るこのようなCDが、簡単に姿を消してしまうことは、非常に残念であり、それを簡単に廃盤にしてしまうソニーBMGの企業姿勢は誠に遺憾である。ブログ”The Art of Bach” のくらんべりぃさんからご教示いただいた、”Deutsche Harmonia Mundi -50th Anniversary Special BOX”という50枚組のCDセットに、このCDも含まれているが、これ1枚のために5,000円台とはいえ、50枚もまとめて買うのもどうかと思う。それに限定版で、簡単には入手出来ないようだ。

発売元:Deutsche Harmonia mundi

* “Thematisch-systematisches Verzeichnis der Musikalischen Werke von Dietrich Buxtehude ― Buxtehude-Werke-Verzeichnis (BuxWV)”, herausgegeben von Georg Karstädt, Breitkopf & Härtel, Wiesbaden, 1974, p. 132

ブログランキング・にほんブログ村へ
クラシック音楽鑑賞をテーマとするブログを、ランキング形式で紹介するサイト。
興味ある人はこのアイコンをクリックしてください。

コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )


«  バッハ以前の... バッハ一家の... »
 
コメント
 
 
 
ブクステフーデの室内楽曲 (くらんべりぃ)
2008-04-19 16:53:40
昨日「Deutsche Harmonia Mundi -50th Anniversary Special BOX」が届きまして、先程ちょうどこのCDを聴いていました。今まで気がつかなかったのですが、ご指摘の通り、CDのタイトルと内容が一致しませんね。

オルガンや声楽曲が取り上げられることが多いですが、「7つのソナタ」というタイトルで、作品1、2がナクソス(カタログNo.;8.557248、8.557249)から出ています。今回紹介されているセンペのCD中に収録されていないものも含めて、全14曲です。
演奏は、ジョン・ホロウェイ、ヤープ・テル・リンデン、ラース・ウルリク・モンテルセンの三人。

密かにブクステフーデの室内楽曲のファンであったので、紹介してくださったことを嬉しく思って投稿しました。

このところブクステフーデのブームなのでしょうかね?コープマンも全集の録音を始めていますし、オルガン全集もこのところよくリリースされていると感じます。埋もれた作曲家とは言えませんが、メジャーな作曲家ばかりではなく、音楽史上重要な作曲家を取り上げてもらえるのは嬉しいことです。古楽では「cpo」がそうした作曲家を積極的に取り上げているので、嬉しく思っています。演奏も録音も好感が持てます。後はαーレーベルでしょうか・・・
 
 
 
NAXOSのCDも面白そうですね (ogawa_j)
2008-04-20 11:05:55
ナクソスのCDは面白そうですね。演奏者の顔ぶれを見ると、オリジナル楽器による演奏のようですし。
コープマンのブクステフーデの録音は、エラートではなく、Challenge Recordsというオランダのレーベルから出ているのですね。”OPERA OMNIA II - JUENGSTE GERICHT"というCDは、スウェーデンのウプサラ大学所蔵の手稿によって復元した「夕べの音楽」なのだそうです。これも興味がありますね。
 
 
 
ナクソス (くらんべりぃ)
2008-04-20 15:41:24
ナクソスの「7つのソナタ」ですが、ご指摘の通り古楽器による演奏です。「ダカーポ・レーベル」からの再発だと書かれていました。
かなりおとなしい演奏ですが、奇をてらったところがないので愛聴しています。演奏のせいなのかわかりませんが、オルガン曲で感じるブクステフーデのイメージとは少し異なるところも魅力だと思っています。

コープマンはエラートを解雇になって、別レーベルに移籍したと聞いています。バッハの教会カンタータシリーズも、途中までエラートで録音して、その後別レーベルで継続して完結させましたからね。

コープマンの復元ですが、どういう形なのか興味がありますね。ただ「マルコ受難曲」のように自作の部分が含まれてしまうとがっかりします。

話しは変りますが、ラインケンの録音というのは出ていますか?このところバッハの音楽ルーツを探ろうと画策しているのです
 
 
 
ラインケンの"Hortus musicus" (ogawa_j)
2008-04-20 17:53:23
ラインケンの"Hortus musicus"のCDは、ChandosのCHACONNEレーベルから出ています(http://www.theclassicalshop.net/Details06.asp?CNumber=CHAN%200664)。ただし、完全な全曲ではなく、一部省略されています。演奏はThe Purcell Quartetです。バッハが鍵盤楽器のために編曲したうち、BWV 965は、Partita No. 1として全曲入っています。BWV 966の原曲は、Partita No. 3として、そのうち最初のソナタは、一部が省略されています。
このCDは、現在もカタログに載っています。詳しくは上のURLからどうぞ。
 
 
 
Abentmusik (sakase)
2008-04-30 21:00:22
丁寧な解説ありがとうございます。
間違っていたらごめんなさい。待降節(Advent) の 音楽かもしれませんが 単純に教会でのイブニングコンサート(Abent Musik ドイツ語)かしらんともおもっていました。
 
 
 
Abendmusik (ogawa_j)
2008-05-01 10:19:00
ご指摘の通り、Abend-Musik = 夕べの音楽に違いなく、礼拝でカンタータを演奏しない事になっている待降節の間、日曜日の晩課の後に音楽会を行ったもののようです。したがって、本来は宗教曲を演奏する必要はなかったでしょう。
 しかし、今回取りあげたCDに収録されているような器楽曲が演奏されたという記録は残されていないようです。Abendmusikenの手がかりになるような記録では、声楽曲が演奏されたことを裏付けているようではありますが。
 
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。