私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Thomaskantoren vor Bach: Sebastian Knüpfer, Johann Schelle, Johann Kunau
Deutsche Harmoni mundi 1572 77203 2
演奏:Cantus Cölln, Konrad Junghänel (Künstlerische Leitung und Laute)

ライプツィヒのトーマス・カントールは、聖トーマス教会付属のラテン語学校の生徒によって構成される合唱団の指導者の地位である。その歴史は13世紀末まで溯ることが出来るが、1539年に宗教改革がライプツィヒに導入されてからは、市によって任命されるようになった。トーマス・カントールは、単に合唱団の指導者というだけに留まらず、市の音楽監督の役割をも演じていたことは、バッハが市や教会に宛てた文書に「音楽監督及びトーマス・カントール」と署名していることでも分かる。
 バッハから3代前のトーマス・カントール、ゼバスティアン・クニュップアー(Sebastian Knüpfer, 1633 - 1676)は、フォークトラントのアッシュで当地のカントールの息子として生まれ、父親に音楽の教育を受けた後、レーゲンスブルクのギムナージウムに入学し、修了後ライプツィヒに行き、おそらく大学で学びながら当時のトーマス・カントール、トービアス・ミヒャエルのもとで、教会音楽のコンチェルティストとして合唱に加わっていた。そして、ミヒャエルの死によって、1657年6月に24歳でトーマス・カントールに任命された。クニュップアーの教会音楽作品は、非常に高い評価を受け、その作品は多くの写本によって、ドイツ各地にもたらされた。彼は1676年10月10日、43歳で死亡した。
 クニュップアーの後任者であるヨハン・シェレ(Johann Schelle, 1648 - 1701)は、マイセン近郊のガイッシンゲンに生まれ、7歳でハインリヒ・シュッツ(Heinrich Schütz, 1585 - 1672)が指揮するドレースデン選帝候の礼拝堂合唱団に加わり、1657年にヴォルフェンビュッテル候の宮廷合唱団、1665年にはトーマス学校に入学し、クニュプアーのもとでトーマス教会合唱団に加わった。1670年6月にアイレンブルクのカントールに就任したが、 クニュップアーの死後、1677年1月31日にトーマス・カントールに任命された。シェレの功績は、イタリアの作曲家によるラテン語の教会音楽に代えて、ドイツ語の作品の大幅な導入したこと、そして後にコラール・カンタータを導入したことである。彼は1701年3月10日に死亡するまでその任にあった。
 バッハの前任者、ヨハン・クーナウ(Johann Kunau, 1660 - 1722)は、ボヘミアのガイシンクに生まれ、1669年頃にドレースデンの十字架学校に入学し、その声の美しさのため市のディスカンティスト(Rathsdiscantist)になり、音楽の教育を受けることとなった。疫病の流行で一時故郷のガイシンクに戻ったが、その後ツィッタウに向かい、そこで市参事会交代の式典のために書いたモテットが評価され、カントールに任命された。1682年にライプツィヒに移り、1684年に聖トーマス教会のオルガニスト、1688年にライプツィヒ大学に入学するとともに、学生を組織してコレーギウム・ムジクムを結成した。大学では法学を学び、弁護士資格を得ている。1701年にシェレの死後トーマス・カントールに就任した。クーナウは、教会音楽家であると同時に、バッハ以前の重要な鍵盤楽器奏者、作曲家でもあった。多くの鍵盤楽器のための作品集を出版しており、中でも「聖書ソナタ」や「鍵盤楽器練習曲集(Klavierübung)」が良く知られている。”Klavierübun”は、バッハの同名の作品出版の手本となったものである。
 バッハがトーマス・カントールに就任するまでの60年あまりの間に、ライプツィヒの教会で演奏されるカンタータが、どのように変化してきたかが、ここで紹介するCDによって分かる。いわゆる「古い教会カンタータ」と呼ばれる形式は、詩編や聖書の言葉を歌詞とし、その歌詞の内容によって楽想が変化する、通常は単一楽章の作品であった。ゼバスティアン・クニュップアーの作品は、そのような形式の典型的な例であるといえよう。「主よ、私を責めないでください(Ach Herr, strafe mich nicht)」は、ハ短調でありながら、トランペット、ティンパニを伴う編成で、壮大で崇高な作品となっている。ヨハン・シェレの作品になると、オペラの影響が加わってきて、同じ単一楽章の作品であるが、明快で親しみやすい曲想が加わってくる。このCDでは、シェレが導入したコラール・カンタータの例は聞くことが出来ない。クーナウの2曲の作品は、トーマス・カントール就任間もない頃の作品だそうだが、いずれも多楽章といって良いぐらい各部分の区切りが明瞭になり、レシタティーヴォあるいはアリオーソといって良い部分も見られる。形式的には、バッハの初期のカンタータ、ミュールハウゼンの市参事会交代のための「神は我が王(Gott ist mein König)BWV 71」や追悼のカンタータ「神の時は、最良の時(Gottes Zeit ist allerbeste Zeit)BWV 106」と共通している。特に「おヽ聖なる時(O heilige Zeit)」は、合唱、レシタティーヴォ(アリオーソ)、独唱アリアといった形式の区別がはっきりしている。このカンタータの歌詞は、詩編や聖書の言葉ではなく、作者不詳の自由な詩にもとづいている。
 1700年に、神学者のエルトマン・ノイマイスターが出版した教会歴1年分のカンタータの歌詞は、マドリガル形式と呼ばれる自由詩によるレシタティーヴォとアリアからなり、詩編や聖書、あるいはコラール歌詞を全く除外したものであった。このような形式の歌詞に基づくカンタータは、瞬く間にドイツ中に拡がり、バッハもヴァイマールでカンタータを作曲する様になると、この「新しい教会カンタータ」の形式を採用するようになる。したがって、彼が1723年にライプツィヒのトーマス・カントールに就任してから作曲したカンタータは、このような形式の作品であった。
 ここで紹介するCDに収録されているバッハの前任者3人のカンタータ(ガイストリッヒェ・コンツェルトと題されているが)は、バッハが就任するまでのライプツィヒ教会で演奏されていたカンタータがどのようなものであったかを理解するの非常によい例である。そして、教会カンタータの変遷が徐々に行われ、クーナウの時代にすでに「新しい教会カンタータ」への移行が行われていたことが分かる。
 演奏をしているのは、リュート奏者として良く知られている、コンラート・ユングヘーネルが指導する、カントゥス・ケルンである。声楽部は、合唱団を起用することなく、1パート1名で独唱者が合唱を兼ねる。器楽部も1パート1人である。このような編成は、ジョシュア・リフキンが提唱した、バッハの宗教声楽作品は、ライプツィヒの教会で演奏されたものも含め、声楽、器楽ともに1パート1人であったという主張に基づくもので、近年「流行」の編成である。筆者としては、この「リフキン理論」は極端に走ったもので、すべてに適用することは出来ないと考えている。このカントゥス・ケルンでは、ソプラノを女性が歌っていて、当時の演奏習慣に反しているが、今日すべてを男性の歌手が歌う演奏はほとんど無いという状況で、このCDを取りあげたのもやむを得ないことと言わざるを得ない。筆者の主張は、ますます孤立状態にある。テルデックの教会カンタータ全集や同一編成の受難曲などの録音が、いつまでも廃盤にならないことを祈るばかりである。
 このCDも、例によって、ソニーBMGでは廃盤になっているようである。いくつかのCD販売サイトでは、新品あるいは中古での提供をリストアップしているが、なかなか入手は難しそうで、残念なことである。

発売元:Deutsche Harmonia mundi

ブログランキング・にほんブログ村へ
クラシック音楽鑑賞をテーマとするブログを、ランキング形式で紹介するサイト。
興味ある人はこのアイコンをクリックしてください。

コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )


« バッハ一族の... ブクステフー... »
 
コメント
 
 
 
Deutsche Harmonia Mundi 50th Anniversary Edition (くらんべりぃ)
2008-04-15 12:19:02
このCDは実に興味深いですね。愛聴盤の一つです。
単独での販売についてはわたくしはわかりませんが、今度発売になる「Deutsche Harmonia Mundi 50th Anniversary Edition」というタイトルで4月半ばに発売となるCD50枚組みセットの中に含まれています。
限定発売みたいですね。

このセットの内容はほとんど持っているのですが、抜けているものもありますし、5390円という破格の安さに負けて注文してしまいました
 
 
 
DHMの再発盤 (ogawa_j)
2008-04-16 10:38:37
ドイツのSony BMGでも"DHM Legendäre Aufnahmen(http://www.sonybmgclassical.de/serien.php?katsuche=1&searchserien=DHM%20Budget%20Series&tab=DHM%20Legend%E4re%20Aufnahmen)というシリーズで、旧盤の再発を行っているようですね。とくに、コレーギウム・アウレウムのものが多く出ているようです。グスタフ・レオンハルトがチェンバロを演奏しているバッハのチェンバロ協奏曲ニ短調(BWV 1052)が入ったものなどもあります。これは日本でもBVCD-38032で発売されているようです。しかしこういうCDを探すのは、なかなか大変ですね。次回もDHMのCDを紹介する予定です。
 
 
 
チェンバロ協奏曲ニ短調(BWV 1052) (くらんべりぃ)
2008-04-16 12:55:02
こんにちわ。
コメントで紹介していただいたレオンハルト、コレギウム・アウレウムのCDですが、http://cranberry.be/bach/2008/03/bwv1044_1.phpでわたくしが紹介したものと同じですね。ジャケットが違いますが。

この再発シリーズですが、ジャケットが変わっているいるものの、CDショップでもたまに見かけます。

コレギウム・アウレウムは「折衷主義」などという批判が多いですが、わたくしは大好きです。重い感じの演奏がなんともいえません。
バッハのブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲は特にお気に入りです。レオンハルトも参加していますし。

最近はすぐに廃盤になってしまうので、なんとかやりくりしてCDを買っていますが、古楽関連のCDのリリースがかなり多いので、苦労しています。
 
 
 
コレーギウム・アウレウム (ogawa_j)
2008-04-17 10:31:13
コレーギウム・アウレウムは、私の印象では、コンセントゥス・ムジクス・ヴィーンやカペラ・コロニエンシスより古い団体のように思っていましたが、そうではないようですね。しかしこの団体によるバッハの管弦楽組曲全曲のレコードは、ずいぶん前からもっているように記憶しています。しかしその後コンセントゥス・ムジクス・ヴィーンなどのLPが出て、何となく疎遠になっていました。折衷主義的という批判があるとのことですが、オリジナル楽器による演奏も様々なものがあって良いと思います。こういう録音の再発は歓迎すべきものだと思います。確かに買う方からしたら、大変ですが・・・。
 
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。