是故有智者 聞此功徳利 於我滅度後 応受持斯経 是人於仏道 決定無有疑 妙法蓮華経「如来神力品」より
ぜこうちしゃ もんしくどくり おがめつどご おうじゅじしきょう ぜにんおぶつどう けつじょうむうぎ
このゆえに智ある者よ、この功徳の利を聞け。わが滅度の後に於いても、まさにこの経を受けて持(たも)つべし。さればこの人は仏道に於いて決定(けつじょう)して疑い有ることなけん。
だから、仏道を歩こうとする智慧を授けられた者は、法華経の指し示す功徳の力にかがやいていなさい。そうすればそうすればわたし(釈迦牟尼仏)が人々に死の滅度した後にも、この妙法蓮華経を信じて実践することができましょう。よろこびなさい。ここまで来ればこの人はもはや仏道に安んじて不動心の人となり、迷いの疑団に覆われることがなくなりましょう。 (いい加減さぶろう用の解釈文)
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仏道決定(けつじょう)すれば無有疑の人となる。今日のさぶろうはここに首ったけだ。ここは如来神力品の最終章。締め括りだ。
この世は疑だらけだ。この世が疑によって造られているのではない。人の迷いが疑を広げて行くのだが。疑団を解消解決することが妙法蓮華経のもたらす功徳であって、ここに至ることがその利である。
そう説いている。釈迦牟尼仏がそうさぶろうに説いている。それでもまだ疑うか、さぶろう。この世で迷って終わるか。この世を迷いの世界にして終わるか。さぶろうの傍に妙法蓮華経があって、さかんに説法をしている。