石匠風間ブログ!

読書、音楽、雑学

ウォーキングしてると

2015-06-29 | 地域・暮らし
いろんな風景が見えてきます。

夜はあまり見えないのでつまらないのですが、日中だと唐沢堀の縁を水面を見据えながらのんびり歩きます。

かれこれ7年位やってますが、ここ数年明らかに川が綺麗になっていると思いました。魚だけでなくいろんな動物(主に鳥)の姿を見つけられますから。

考えてみればぼくが若い頃なんて川に魚がいたりしたら大騒ぎになってたような記憶があります。今や大きな鯉だかフナだかが悠々と泳ぎまくってますよね。そのでかいことw

永年の環境運動の賜物でしょう、ゴミの数も減ったしカルガモも親子でスイスイ、でかいサギもよく見るし。

つまり市民の「きれいな街にしたい!」という気持ちが現実化しているわけで。

これはつまりちょっとずつだけど世の中は良い方向に進んでいるのじゃないかな。そりゃあ世知辛くイラつきを覚えるような世相も出現していますが、もっと大局的に広く世の中を捉えれば、公害は減ったし自然保護は盛んに叫ばれるし、その他諸問題に真摯に向き合っているのだし、まんざらでもないんじゃないかなと、楽観的に思うのです。

というわけでぼくの持論「人間の未来楽観仮説」につながるわけです。
のんきすぎますかね?


『風に立つライオン』さだまさし

2015-06-25 | 読書

内容(「BOOK」データベースより)
1988年、恋人を長崎に残し、ケニアの戦傷病院で働く日本人医師・航一郎。「オッケー、ダイジョブ」が口癖の彼のもとへ、少年兵・ンドゥングが担ぎ込まれた。二人は特別な絆で結ばれるが、ある日、航一郎は…。2011年3月、成長したンドゥングは航一郎から渡された「心」のバトンを手に被災地石巻に立つ。名曲をモチーフに綴る感涙長篇。



何を隠そう、ぼくがギターを始めたきっかけがさだまさしでした。中学生の頃、さだまさしを弾きたくてアコースティックギターを買ってもらいそこからささやかな音楽人生がスタートしたのでした。

あれから30年が経つというのに未だに第一線で活躍するさだまさし、今や小説でもヒットを飛ばし。才能ってジャンルを選ばないのですね。

ただ、生意気を言わせてもらえば「小説家」の書く小説とそうでない人の書く小説ははっきり違うとも思うわけです。
なんというか、有り体に言えば「あざとさ」が表面に出ている感じw

それでも泣き所をしっかりとらえた構成には見事に泣かされて、下手な作家より数段上とも言えましょう。あまり凝りすぎない素直な内容も庶民受けはいいのでしょう。

物語自体よりあとがきに泣かされたところもありますが。
さだまさしの「風に立つライオン」という歌に刺激を受けた医師たちが国境を超えて活躍しているそうです、それはすごいことです。

ただのフォークソングが医者の心を触発し国際的な活動に発展したのならばとても価値のある1曲ということになります。さすがです。

と、偏屈なレビューを書いてしまったが、とても読みやすくおすすめの1冊には変わりないので是非。


元寇(歴史覚書き)

2015-06-21 | 歴史
西暦1274年と1281年、つまり鎌倉時代に隣の大国が攻めてきたことはもちろん皆さんご存知でしょう。そして何だか暴風雨によって元軍の船が壊滅的被害を受け奇跡的な勝利を収めたことも。

ぼくは昔からとても興味を持っていたのだけど、日本史の中では格別注目されてるイメージがない、よっぽど戦国時代のほうが人気も高いしエピソードにも事欠かないような。

戦前、神国日本を強調するうってつけの材料として使われたため、戦後はその反動であまり言及されなくなったのかもしれません。

でも、冷静に考えればものすごいことですよね。だって当時のモンゴル帝国(=元)はアジアのみならずロシアや欧州の一部まで征服した超巨大国家ですよ!物量はもちろん技術的にも劣った日本が征服されなかったのはまさしく奇跡。「神国日本」と勘違いしても仕方ないくらい奇跡。

ちなみに日本にも被害はあって、対馬など小島の民は皆殺しにされたりひどい拷問を受けたりしているが、本土には全くの被害がなかったことが大勝利の所以でしょう。

順当に戦ってたら(大風などなく)軽くひねられて征服され、男は奴隷、女は慰み者、皇室は尽く惨殺。地名も変えられ現在中国の1州くらいだったでしょう。そうなれば当然日本文化など根こそぎ蹴散らされ、現代の我々も中国語を母語として、毛沢東のバッチかなんか胸につけてたりしたのかもしれません。

元寇の勝利はなにも暴風雨だけでなく、モンゴル軍本体より滅亡させられた高麗や南宋との混成軍であったこと、急拵えの舟であったため簡単に沈没した、そもそも大陸で騎馬兵を使った戦術の元が海を苦手にしていた、など様々な要因が絡んでいるようです。

しかしこの事件によってそれまで「神から授かった国」が「神に守られてる国」というふうにイデオロギーの変化が起こったそうです。それがやがては太平洋戦争へと突入する思想的支柱の一つとなろうとは。

その時の日本の総大将は鎌倉幕府の執権・北条時宗となりましょうが、二度に渡る勝利に対し皇室から恩賞を受けるでもないし英雄視されてもないのです、当時は。まあ自然現象で撃退したから具体的な戦略で勝った訳じゃないにしても、あんまりです。

天皇が筥崎神社に「敵国降伏」の額を奉納したのが勝因とか、そういうヘンテコな結論になってるところが中世ですな。
(その後江戸時代に頼山陽が「日本外史」で英雄として評価、のちに明治天皇も遅ればせながら勲位を与えている)
太平洋戦争でズタボロにされたのは不幸なことだけど、元寇で侵略されてれば元も子もなかったことを考えればこの勝利はめちゃめちゃラッキーでしょ?


『悼む人』天童荒太

2015-06-17 | 読書

内容(「BOOK」データベースより)
不慮の死を遂げた人々を“悼む”ため、全国を放浪する坂築静人。静人の行為に疑問を抱き、彼の身辺を調べ始める雑誌記者・蒔野。末期がんに冒された静人の母・巡子。そして、自らが手にかけた夫の亡霊に取りつかれた女・倖世。静人と彼を巡る人々が織りなす生と死、愛と僧しみ、罪と許しのドラマ。第140回直木賞受賞作。



直木賞と聞くと敬遠してしまうのだけど、叔母に借りて読んでみました。

結論から言えば、「圧巻・・・!」でした。これは読んでおいて損はないです。

どうせ宗教めいた話だろうと高をくくっていたらそんなことなかった、むしろ神仏に頼らず人として死者を悼む的な。

道端で不思議なポーズを取る主人公〈静人〉に何をしているのか問うと
「故人を悼ませてもらいました」
これだけでも不自然でインパクトの有るシーン、それを「偽善」とし化けの皮をはがそうとする雑誌記者、もっと理解したいと放浪に同伴する夫殺しをした女、そして「息子が理解できない」ながらもどこか通づる想いを感じる末期がんの実母。

この3人の視点で物語が紡がれます。そしてわからないながらも徐々に心境に変化が。やがてそれぞれに大事なものに目覚め人生の意味を噛みしめる。

いや、読み終わっても十全に理解できたわけでなく、どこかモヤモヤと消化不良なのですが。このもやもや感が読書の醍醐味かもしれない。

主人公〈静人〉も自ら「病気かも」と己の行為を理解してないので、ぼくごときがわかるはずもないですが、安易に賛成反対を言えない物語って位置付け?まあ、実際こんな人が家族にいたら大迷惑ですが。

いろいろ反発を覚える場面もあるし、登場人物のように静人の行動をリスペクトできない、出来ない自分は根が腐ってるのかなと考えたり。

そんな様々な思考が頭の中を渦巻いて夢中になれる本です、お薦めです。


深谷フィル報告

2015-06-12 | 音楽
深谷シティフィルハーモニー管弦楽団、今年は9/27(日)に定期演奏会を開催します。
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詳しくは「深谷シティフィルハーモニー

ロッシーニの「泥棒かささぎ」は村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭に出てくるのが知られてます、わりと派手でキャッチーな分かりやすい曲です。

ベートーヴェンの交響曲3番「英雄」は聴いたことなかったけどもちろん存在は知ってました。これもわりと取っ付き易いと思います。長い曲だからすぐにはわからないけど、正統派シンフォニー的な捉え易さがあり徐々に馴染んでくる感じです。馴染むと癖になる名曲です。

問題はレスピーギ「ローマの松」で、ちょっと聴いたらイミフですwww
抽象絵画のような内容で、でもなぜかコアなクラシックファンに人気があるらしいです。

まあただ聴くのではなく演奏する立場では好き嫌い言ってる場合じゃないのですが。

そして例によってチケットノルマをこなさねばなりません!またみなさまにお世話になることでしょう、よろしくお願い致します。
ああ、なんかこれ(チケット販売)、オケに入ってる限り毎年続くんだよなあ。
考えようによっちゃ質の悪いマルチ商法に引っかかったような気がしないでもないような。

さらに来年の5月には本庄にてベートーヴェン「交響曲第9番」が決定しております!
これは本庄の主催らしいのでたぶんチケットノルマ無いと思います。

残るは5番「運命」、6番「田園」、7番かあ。全部演れたら素晴らしいなあ。
(実際にはぼくの入団する前に「運命」は演奏済みなので難しい)
こんなド素人がベートーヴェンに関われるだけで幸せです。

そしていつかはバッハやりたいなあ。ブランデンブルグとか。死ぬまでにできるかなあ?
マタイ受難曲は・・・無理だよなあw


『万物理論』グレッグ・イーガン

2015-06-09 | 読書

内容(「BOOK」データベースより)
すべての自然法則を包み込む単一の理論、“万物理論”が完成されようとしていた。ただし学説は3種類。3人の物理学者がそれぞれの“万物理論”を学会で発表するのだ。正しい理論はそのうちひとつだけ。映像ジャーナリストの主人公は3人のうち最も若い20代の女性学者を中心に番組を製作するが…学会周辺にはカルト集団が出没し、さらに世界には謎の疫病が。究極のハードSF。



辛かった・・・何が楽しくてこんな苦行のような読書を続けるの?

と、己に問い続けながらようやく読み終わりましたw
ホントに苦行だった~。

特に前半は大筋に関係のないことばかり書いてあって、しかもそれがわけの分からない専門用語のオンパレード、加えて欧米人のつまらないジョークに塗れて。

「もうやだ、こんな本読まん!」と、宣言しながら気になって頁を開く、でちょっと読んではめまいに襲われ、その繰り返し。
我ながら健気でした。

後半になると展開が早く過激になり、一気にわかりやすくはなったけど、そうは言ってもやっぱ物理は難しい・・・ある程度理解を諦めて読み進んでいくほかない。

もちろん今まで途中断念した本もたくさんあるから(小林秀雄とか西田幾多郎とか)それらに比べれば面白いのだけど、もうちょっと説明しながら展開できないのかなぁ。

この物語は2004年に刊行された2055年を舞台にしたもので、主人公は体内にビデオや人工知能を埋め込んでて、人工知能に呼びかける様子がちょうどアイホンのSiriみたいでリアリティあった、半分実現されたネタですよね。

そう、G・イーガンの魅力は遠い未来のこととしながらなんだか実現しそうな妙に生々しいリアリティではないか。いまや物理の世界は突拍子のないことだらけなので、このファンタジックな物語もまるっきりファンタジーとは言い切れまい。

男性でも女性でもない「汎性」という人がでてくるのだけど、もちろん生体手術によって人工的に性を放棄しているこういうのって高いニーズがありそうだし。

あと、前々から気になってた「人間宇宙論(=人間原理)」も重要なファクターとして出てくる、これについてはまた別の機会にじっくり書きます。


怪我したこと

2015-06-05 | 雑記
先日、作業中に石の板を足の上に落としてしまいこれが猛烈に痛かった。

現場仕事だから怪我はつきものと言われそうだけど、ここ10年位大した怪我はしてなかっただけにショッキングだった。

足首と足の付け根辺りにおもいっきりぶつかって、しばらく呼吸できなくなるくらい痛くて、それでもその日はなんとか仕事をこなし帰宅。

当日夜になってパンパンに腫れ上がり鈍い痛みが断続的に続き微熱も出て、こりゃ下手すると折れたか?と疑わしく不安な一夜だった。
けど、翌朝はウソのように痛みが引き我ながら頑丈な体なぁと感心してしまった。それでも数日ビッコ引いてたけど。

いや、感心してる場合じゃない、現場出れなくなったら仕事も停滞し大変な事態!この「痛み」を常に心に据え置こう。

この痛みは要するに「初心忘るべからず」ってことだ。
気をつけているつもりだが仕事が単調になるとこうしたアクシデントが起こるもの、ここはひとつ気を引き締めてこの痛みを忘れずに事にあたらんと。

最近マンネリ化してどこか気を抜いてたかな、そんな時期に痛い思いをするのも神のご意思かね。


『砂漠』伊坂幸太郎

2015-06-02 | 読書

内容(「BOOK」データベースより)
入学した大学で出会った5人の男女。ボウリング、合コン、麻雀、通り魔犯との遭遇、捨てられた犬の救出、超能力対決…。共に経験した出来事や事件が、互いの絆を深め、それぞれ成長させてゆく。自らの未熟さに悩み、過剰さを持て余し、それでも何かを求めて手探りで先へ進もうとする青春時代。二度とない季節の光と闇をパンクロックのビートにのせて描く、爽快感溢れる長編小説



著者名見てタイトルも内容も確認せず買ったので、タイトルと内容の不一致加減がたまらない本でしたw

せめて上記の内容紹介を読んでたら違う心構えもできたろうに、砂漠っていうから潤みのない枯れ切った話かと思ったらハートウォーミングやないか。まあ、結果面白かったから万事よしと。

伊坂幸太郎はやたらと仙台が舞台の話が多くて、仙台の国立大って東北大だろうけど、どんな関係なのか。森見登美彦の<京都>ほど強い愛着は感じられないけれど。(あれ?身近に東北大卒いたような・・・)

自分の大学時代を思い起こしノスタルジーに浸るような、まあ甘っちょろい話ですが、所々に「伊坂の哲学」が織り込まれていてそれが面白いのでしょう。ただ、いつものミステリ風の大どんでん返しなどはないのでスルーっと読み終わってしまう感はあるかも。つまりさほど強い印象は残らない。

でも登場人物のひとり「西嶋」の破天荒なキャラはとても好感を持てるしワクワクするし、その後の彼をもっと読んでみたい(続編があるのならば)と感じさせる魅力はあります。

しかしね。
伊坂本は大抵2~3日で読了し、グレッグ・イーガンは1週間以上かかるって。だいたい同じくらいの厚さなのに!

読書の量って数えてもナンセンスだなと思います。