石匠風間ブログ!

読書、音楽、雑学

マトリックス リローテッド

2003-05-25 | テレビ・映画・芸能
昨日先行レイトショーで見てきました。
まず、これから見る人のために言っておきたい事は前作をしっかり復習すべきだということ。とても難しい!

映像の凄さはCMのとおりでCGの最先端を堪能できます。掲示板のカキコにもあったとおりほとんどCG技術で作り上げてるそうだけどどこまでがCGでどこからが本物だかわからない、まあはっきり区分できるものでないのはわかるけどね。でもアクションシーンじゃなくても全身真っ黒のいでたちがとてもかっくいい!

そしてストーリーだけど何度も言うけど難解じゃあ!確か人間とコンピュータ(プログラム)の戦いなんじゃなかったっけ?一緒に見に行ったうちの奥さんはわけがわからず怒ってました。前作見てないのにつれてったぼくも無謀だった。

さらにラストだけど・・・おっと、これはネタバレになるからやめとこう。となると書けることほとんど無いなあ。とにかく『スターウォーズ』みたく3部作だから次回作への期待がいやがおうにも盛り上がる仕組みなわけだ。『バックトゥザフューチャ』みたくだんだん盛り下がるのだけは勘弁してもらいたい。

あと、本編前の予告で『ターミネータ3』やってたけど、これはちょっとねえ・・・5作やった『ロッキー』を思い出してうんざりしてしまう。


現実には狼は

2003-05-16 | 雑記
こないだゴルゴ13を読んでて「ほほう~!」と思ったこと。
狼について。狼というと凶暴性や人食いのイメージが定着しているが、現実には狼はめったなことで人を襲ったりしないらしい。人間が狼に襲われたという記録がほとんど無いそうだ。ところがイソップ童話などで作られたイメージによって凶悪な動物として認知されてしまったことが狼の悲劇。日本狼は無残に狩られ尽くし、絶滅した。もちろん根本的には家畜を食われて困るから殺したんだけどまだ緑豊な明治時代に絶滅させちゃうってのはよっぽど必要以上に乱獲しなきゃ無理だろう。もともと犬だって狼を飼いならしたもので飼いならすと他には類を見ないほど人間に忠誠を尽くす獣であることは周知の事実。また、「一匹狼」という言葉も思いっきり造語というかフィクションで、狼は群れでの行動を常としている。
自然界では狼によってねずみやウサギ・猿・イノシシなどの小動物の頭数がコントロールされており狼のいなくなった日本では生態系が著しく狂ってしまったそうだ。

おおよそそんなことを読んで幾分狼に同情した。一方で世界規模で保護政策がとられているクジラは増えすぎているらしい。奴ら大食いだから人間の食べる分の水産資源が危うくなってるみたいなことをY君から借りた本で読んだ。

でも、そんな動物たちの運命を如何様にも動かせる人間がSARSやHIVのようなウィルスにばたばた殺されるというのも一種の生態系なのかな?さらに考えると戦争やテロによって大量殺人が行われるのも一種の生態系なのかね?


遅まきながら選挙回顧録

2003-05-12 | 政治経済
だいぶ間が空きましたが、深谷市議選挙の回顧です。

ぼくは小島すすむ後援会の事務局長という立場で今までになく深く関わらせてもらいました。仕事は主に選挙事務所の管理・後援会入会用紙のデータ化・不在者投票推進・候補者スケジュール設定管理などですが、実際には何でも屋でした。みんなそうなりました。

今回は「選挙カーを使わない」という重大事項が前提としてあったため結果的に候補者スケジュールも運動員の活動も前回より活発になりました。選挙カーを使わずにする選挙活動はもちろん徒歩です。『歩き隊』を結成しどこでも歩いて広報しました。体力勝負の選挙です。この戦法は比較的若い選対にとっては有効であったようです。皆嫌がらずに歩いてくれました。

四月20日の告示の日に市役所で立候補届け出申請を行います。その場で皆でくじを引いてポスターを貼る位置を決めたりします。もちろんみんな1番がいい、目立つから。ぼくらが引いたくじは14番、選挙ポスター掲示板の真ん中です。25人の候補者の中で真ん中に位置するのはちょっと不利でしょう。いきなりの運の無さに初日からへこみがちでした。何はともあれ市役所に来たついでに不在者投票。

今回は宿根自治会館を事務所にしており宿根の人がことあるごとに寄ってくれるのでにぎやかでした。17号の傍でもあり選挙には好条件の事務所であったと思います。その17号傍にのぼりを立てました。「選挙に行こう」「だって深谷が好きだから」「選挙カーを使いません」というせりふを白青黄の3種類ののぼりにしてそれぞれ4本ずつくらい立てておきました。そのはためく姿はとても壮観でなんだか勇気つけられてるようでもありました。

本業の合間を縫ってみな来てくれるのですが、忙しい人は平日は無理だからと土曜日に1日活動してくれたりもしました。もちろんみんな無償奉仕です、当後援会からは1円も払われていません。当たり前だろと言う人もいるかもしれないけど、実は深谷では結構まれなことだったりします。あ、最初に運動員登録をしてあれば合法的に払えるのだけど、当後援会では不公平感をなくすために一切払わないこととしてあります。

ところでぼくは当選祈願として告示の日から1週間タバコをやめていました。そこへきて候補者の本業お菓子問屋のため事務所にはふんだんにお菓子があり口寂しさについつい食べてしまう。体重計に乗ってないけど結構太った気がします。

いよいよ投票日27日、ぼくは3人でビッグタートルのメインアリーナにて開票作業を見守りました。各候補の選対もたくさん来ています。午後7時から始まった開票作業ですが10時を超えてもなかなか結果が出ない。25人の候補者で24の議席を争っているので落ちるのは一人、とりあえずそれが誰かを知りたい!間違いの無いように丁寧に集計してるのだろうけどいくらなんでも遅すぎやしないかと文句を言いながらじりじりと時間が流れていきました。10時半になってようやく差のある票数がわかりました。落選は民主党公認候補でした。若く頭のよさそうな人だったから落ちないでほしかったなあ、他人事ながら。ちなみにこの候補も小島さんでうちの小島すすむとしょっちゅう間違われてました。当選の御礼挨拶に行く先々で「残念だったねえ」と言われたそうです。そして開票は進み30分後とに票数が上乗せされていきます。

11時ごろおおよその順位が確定しました。まず場内マイクで「だれだれ候補、何票」とひとりずつ読み上げるのですが、ぼくはそれをリアルタイムにボードに書いているものをみていました。
最初は目を疑いました。え?2300?3位じゃん!!結果を事務所に連絡しました、見てないけどおそらく事務所では盛り上がったことだと思います。
本当はガッツポーズで雄たけびを上げたかったけど各陣営のいる中でそれは出来ない、喜びをぐっとかみ締めておきました。そののち自分の車に印鑑を取りに行くときです。11時過ぎだとビッグタートルの駐車場の照明も消えており車にたどり着く漆黒の闇の中でおもむろに涙がこぼれました

最初自分でもなぜかよくわからなかったのです。「何で泣くんだ俺は?」正直意外でした。
きっとそれまでの緊張感から開放されたりアクションだったのだろうと思います。頭でなくて体が涙を要求したような気がします。

そんなわけで結構きつかったけどある意味得がたい体験が出来たのだと思ってます。でももうやらないよ。


尺寸法

2003-05-11 | 社会・出来事
ちょっと前にラジオで永六輔が面白いことを言っていた。それは尺寸法を復活させようというもの、長さを測る単位として戦後の日本はセンチ・メートルを採用しているが、戦前の尺寸で表記したほうが実生活に即しているしわかりやすく便利だというもの。

いまの仕事=石屋は尺寸方で表記している数少ない職業であり永六輔氏の言うことはぼくには肌感覚でよく伝わるし賛成だ。
例えば、「あの人は背が180センチ以上ある」と言うところを「あの人の背は6尺以上ある」といったほうが感覚的に伝わりやすい。そんなことないと思われるかもしれないがそれは日常的にセンチ単位に慣れてしまっているためで、少ない数で表現したほうが簡単にして明瞭なのは明らか。180センチを「1.8メートル」とか「1メータ80」なんて言い換えても表現が長く複雑になるだけ。
歴史小説によく「身の丈6尺の偉丈夫」とか「3尺5寸の業物を振りかざし」なんて言葉が出てくるが、日本語としての美しさを感じる。

小さいほうでいえば1尺の10分の1「1寸」はおよそ3.1センチで、1センチに比べ視覚的に確認しやすい長さだと思う。1センチは小さすぎる。寸の下の「分」で考えたほうがわかりやすいか。1ミリよりも1分(3.1ミリ)のほうがちょっと大きい分つかみやすいのは当然だろう。事実アメリカなどではインチ法を採用しており1インチはおよそ1寸弱である。だったら戦後インチ法を採用すればよかったじゃないかと単純に思うのだが、まあ当時は当時の事情があったのだろう。

まあ、そんなことをいっても全国共通の単位を変えるなんてことはとんでもなく困難な作業だろうからお金もかかるだろうからね。まずは建設業界が作業範疇で採用し始めれば国云々を通り越して国民に浸透するのだけれど大変なことだろうから無理は言えない。


「俺にも言わせろ!」投稿コラム

2003-05-03 | 雑記
またまたT氏から投稿がありました、どうやらコラムの魅力に取り付かれたようだね、しかも回を重ねるごとにうまくなってる!これは「軒先貸して母屋取られる」てなことになりかねない!まあそれも一興!益々のご投稿をお待ち申し上げます。

新村教コラム補助要員YTです。

危険を容認して生きる!!!で書いてみたいと思います~

子供から大人への成長を考えるとやはり経験を重ねること、対処を知ることが重要なことは明らか!しかし今も昔も懸命な師が親を含め大変多い・・・・・・子供が悪戯や興味を持ったことを身体に危険が生じる とか 人に迷惑がかかる とかで自分の経験した範囲内での予想で師であることの権威を発揮し事前に防止しようとする。(当たり前だと思うのだけれど)
 そこで子供の自分は思う。行き着く所まで行った事は師であるあなたは経験したことあるの?もし行き着く所まで行ったのならば何故僕は良いも悪いも共感させてもらえないの?と!

やはり子供は無限の可能性を秘めていると思う。身体に危険を及ぼす可能性があったり世間様に迷惑がかかることには最大限の配慮を行うべき!しかし可能性を奪うことはしてはならないと思う。いざと言う時には師である立場の人間がケツを拭いたり諦めなくてはならないのではないのでしょうか?

ついこないだオフロード用のバイクを次女に買え与えた。興味が有るのならやれば良いと思ったから!しかし与えたバイクは子供用のはずなのに恐ろしくパワーがあり自分もそのパワーを使いあぐねてしまうほど!乗り方を教えていても次女が心配になってしまう。使い方を間違えれば大怪我をさせてしまうのではないか?やっぱりやめたほうが良いかなーと!
でも子供は楽しんでいるし今、彼女は貴重な経験を重ねている!親として怪我と経験のどちらを優先させるべきか?僕はその時、極端な話だがいざと言うときは諦めようと思った。(自分も含め周りが心配し何かあれば悲しむことを踏まえて)小さなことでも師であることの権威を乱用してませんか?自分たちは農薬漬けの野菜よりも有機栽培の自然食品を好み、有機野菜が出荷されるまでの過程で淘汰されているのを忘れていませんか?

神奈川(?)で裁判になったブランコで怪我をした自分の子供を設置した行政のせいにするような自己完結の責任を持たないような大人に育てようとしているのではないのですか?
拡大して考えると今の日本や先進諸国でしか通用しない人間を育てようとしているのではないのでしょうか?・・・・・・・・・・なんとなく話がまとまらなくなるので次回にします。


いやいや、とてもまとまってますよ!すごくわかりやすいし。最後の「先進諸国でしか通用しない人間を育てようと・・・」は名文句でしょう!
この調子でどんどん僕の代わりをつとめてくらはい!!


屋根より高く

2003-05-02 | 地域・暮らし
明日から2日間風間石材店は花園フラワーショーに出展します。石のガーデニング製品・小物類を多数用意しております、お暇な方はどうぞ冷かしに来てください。

ところで、先週の月曜だったかな、ものすごい大風(おおかぜ)の日にうちのこいのぼりがキレて飛んでいってしまった!しかもおとうさんとおかあさん!主役の2匹がいないととても間抜けなので今年はそれ以降揚げてないのだけど。お父さんは数日後に電線に引っかかっているのを電力会社が取ってくれた、といってもぼろぼろ状態、とても復帰できるものではない。お母さんは未だ不明、お母さんは口の部分の輪っかだけある。どこへ行ったのだろう?残された子供たちが不憫でならない。

この地域を愛する一人ではあるが、毎度の大風にはほとほと困っている。某ガソリンスタンドの屋根も浮き上がったと聞いたけど、真相はどうなんでしょう?