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ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

『歌占』。。運命が描かれる能(その14)

2008-05-29 01:27:26 | 能楽
ツレに対する歌占いの結果はまずまずツレを安心させました。
ここでツレは自分が連れてきた子方も占いを希望している事を告げ、シテに促された子方はツレと入れ替わりにシテの前へ進んで下居、ツレと同じように短冊を取り上げてそこに書かれている歌を読みます。

ツレ「あら嬉しや。扨は苦しかるまじく候か。
シテ「なかなかの事御心安く思し召され候へ。
ツレ「近頃祝着申して候。又これなる幼き人も占の所望にて候。
シテ「扨はおことも占の所望にて候か。以前の如く一番に手に当りたる短冊の歌を御読み候へ。

さきほどツレが引いたのは自分から見て一番右の短冊でしたが、子方はそのとなり、右から二番目の短冊を取り上げて読むことになっています。

子方「鴬のかひこの中の子規。しゃが父に似てしゃが父に似ず。
シテ「これも父の事を御尋ね候な。
子方「さん候父を失ひて尋ね申し候。

このとき子方は、短冊に歌が2行に渡って書かれているつもりで短冊を読みます。『歌占』に限らずこういうところ、すなわち文なり短冊なりに歌や手紙が認めてあるのを読む、という場面では、意外かもしれませんが どのように、つまり何行に書かれているか、みたいな事は決められている事が多いのです(決まっていない曲もあります)。『歌占』『熊野』『花筐』。。それぞれに文面がどのように書かれているか、が型附に記載されているのはなんだか面白いですね。

短冊の取り方ですが、型附には記載がありません。。というか珍しく短冊の上部をどちらの手で持ち、どちらの手で下方を持つか、という事が師家の型附には書かれていませんでした。書かれていたのは「短冊を左手にて取り、扇を折り返して右手も添え二行に読み。。」といった感じです。まあ、普通に考えればまず左手で短冊の上部を取り、続いて右手で下部を取るのでしょうが、それでは左手の袖が邪魔になってお客さまに短冊が見えない。このへんが工夫のしどころなんです。先輩にもやり方を聞いてみましたが、それよりも ぬえはある『歌占』の実演に接して、その演者の工夫を感じました。

その上演では子方は右手で短冊の上を取り、そのまま右手を短冊の下まですべらせて、その間に扇を折り返した右手で短冊の上部を取ったのです。なるほど、そのままではプラプラ揺れてしまう短冊の、小弓の弦に結びつけられている上部をまずつかんでしまって、それからその手を下げて、改めて右手で上部を持てば、確実に短冊を手に取れるうえ、お客さまからも見やすい形で短冊を読む型ができると。う~ん、配慮の行き届いたシテです。今回は ぬえもこの型で演じるよう、今のところは子方に稽古をつけています。あとはこの型でよいかどうか、師匠に稽古を受けてご意見を伺ってみなければなりませんが。

さてここで子方が引いた歌「鴬のかひこの中の子規。しゃが父に似てしゃが父に似ず」は『万葉集』に詠まれた高橋虫麻呂の長歌(巻九1755)のアレンジです。

鴬の 卵の中に 霍公鳥 独り生れて 己が父に 似ては鳴かず 己が母に 似ては鳴かず 卯の花の 咲きたる野辺ゆ 飛び翔り 来鳴き響もし 橘の 花を居散らし ひねもすに 鳴けど聞きよし 賄はせむ 遠くな行きそ 我が宿の 花橘に 住みわたれ鳥

(現代語訳)うぐいすの卵に交じって、ほととぎすよ、お前は独り生まれて、父に似た鳴き声で鳴かず、母に似た鳴き声でも鳴かない。卯の花の咲いた野辺を飛びかけっては、その声を響かし、橘の花にとまって花を散らし、一日中聞いていても聞き飽きない。褒美をやろうから遠くへ行くな。私の家の庭の花橘の枝に住みついておくれ、この鳥よ。