不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

のすたる爺や

文明の果てなる地からのメッセージ

送別会

2009年07月14日 | 日記・エッセイ・コラム

  関東地方は梅雨明けしたもようですが、うんざりするほど暑い日々がやってきます。

090713a   今月末にカナダに帰国するアンソニー君の送別会を沼田のイタメシやで行いました。

 帰国後は大学院で微生物の研究をするのだそうです。

 イタリア料理のわけなんだけど箸で食べる。

 難しいことは考えず、おいしかったです。

 先月捻挫した左足首にハルビン土産の軟膏を塗っていたら、くるぶし周りの皮がポロポロむけるようになりました。まさか、水虫の薬だったのでは?と首を傾げていますが、ホント大丈夫なんだろうか?

 90年代のロシアが製造や流通が混乱していたので、韓国や中国、北朝鮮から日用品を輸入していましたが、北朝鮮製の歯磨き粉は強烈な研磨剤が入っているので、使いつづいけると歯がなくなると言う噂が飛び交っていました。
 話の種に街のキオスクで買ってきて使ってみましたが、日本の歯磨き粉のようにプラスチックのチューブではなく、金属製のチューブで、歯を磨いたあとも長時間は磨きこの刺激で味覚がおかしくなる代物でした。昭和30年代頃までの日本の歯磨き粉のようでなつかしくもありましたが、これを使い続ける気にはなれませんでした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

交通安全週間

2009年07月13日 | 日記・エッセイ・コラム

090713  夏の交通安全運動が始まりました。30℃を越える暑さと湿気の中、交通指導員の街頭指導で通行するドライバーにパンフレットとティッシュと靴磨きの粗品を配り交通安全の呼びかけをしました。
 街灯指導終了後に役場が持ってきたお茶が冷たくて心地よく、一気飲みしてしまいました。この蒸し暑さって新しい代替エネルギーにならないのだろうか?

 私の村では7年間死亡事故がなかったのですが、昨年末バイクの老人が転倒してその晩に亡くなり記録が途絶えたばかりか、私がその場に立ち会ったことはこの日記でも書きましたが、そのときの老人の息子さんが通りかかり「去年は世話になっちゃったね。」と挨拶してくれました。

 夕方、テレビを見ていたら、麻生総理が8月末に衆議院総選挙をすることを話していました。この3年ほど毎年夏になると総理が変わるので、またか?という思いもなくはありません。
 衆議院解散でゴタゴタするとメディアの目はそちらに釘付けですから靖国参拝も曖昧になるでしょうし、お盆休みになると中国にお参りする親中派議員も選挙で動けなくなることでしょうから、この時期に政変の風が吹く背景にはそんな目論見があるのだろうか?なんてことを考えています。

 民主党が政権を獲ろうが、自民党が維持しようが、、こんな山奥に嬉しい話などないのは同じで、「これ以上悪くなりようがない」と開き直っています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イライラ

2009年07月12日 | 日記・エッセイ・コラム

 夕方、小腹が減ったので沼田のマクドナルドのドライブスルーを初めて利用してみました。

090712  フィッシュバーガーを一つ買うつもりでしたが、勝手がわからない!

 意外に不便でした。こんなことなら駐車場に駐車して店に入って買えばよかった。それより隣のおおぎやラーメンでしょっぱいみそラーメンでも食べたほうがよかったとイライラ。

 ドライブスルーが便利なんてとても思えない。基本的に文化人なので、現代文明とは相容れないものがあります。

090712a 日曜ということもあって、ドライブスルーには家族連れが並んでおり、注文も長けりゃ、商品を受け取って出て行くまでがこれまた長い。

 諦めて外に出ようにも後ろに自動車がついてしまったのでバックもできない。

 「やってられるか!」とだんだん心が冷たくなってきて、「このままドライブスルーをスルーしたれ!」と、注文の押しボタンも押さず、何も買わずに並んだだけで出てきました。結構快感!

090712b  行列のできるラーメン屋などがよく話題になりますが、他に食い物がないならともかく、並んでまで食べようとは思わないタイプなので、はたして並ぶ価値があるほどおいしいのか?と疑ってしまいます。マクドナルドの場合並ぶほどの価値があるとは・・・

 それにしても、日本人って自動車をきれいに大切に使っていますね。「道具」という概念がない。

 これはこれで立派だと思うのですが、自動車をきれいにしている人ほど他人に対する配慮が足りないというのか、自己中心的な人が多いと感じるのは私だけでしょうか?  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ローソク

2009年07月11日 | 日記・エッセイ・コラム

090711  花嫁が投げたブーケを拾った人が次に結婚できる。こういうのも都市伝説なんだろうか?

 まさに受け取らん!とばかりに身構える新婦の友人たちに対して、元バレーボール選手の新婦が放ったブーケは彼女達の頭上をはるかに越え、どう見ても次の花嫁まで10年はかかりそうな通りすがりの小学生らしき女の子前にポトリと落ち、なんだかわからないけれど目の前に落ちてきたブーケを拾って立ち去ってしまいました。地団駄を踏む新婦の友人たち。
 嗚呼、婚活の終了。晩婚化の運命の縮図。
 結婚式といえば、学生時代結婚式場の配膳のアルバイトをして、キャンドルサービスで使ったローソクをもらってきて、それを溶かして太い登山用のローソクを作り山岳部の備品を作りました。
 その経験を生かして、空き缶にローソクを溶かして流し込み提灯を作りました。

 泰寧寺で毎年恒例のホタル鑑賞の夕べが催され、和楽器の演奏鑑賞や茶道の体験などができるので出かけました。ホタルを見るのに電気の光では強すぎるし、かといって明かりを持たなければ足元が暗いので、提灯のローソクの明かり程度が程よい。
 空き缶提灯を持って出かけました。

 駐車場から空き缶提灯を持って参道を歩いていると、顔見知りの知人に会い、お孫さんが提灯をほしがるので「遠慮しないでもっていきな」とプレゼントしました。
 どこに石段があるか?慣れているので明かりなしでも歩けましたが、暗闇の中でホタルを眺めている「人」がいることまで頭が回らなかったので、しゃがんでホタルを眺めている子供にぶつかりつまずいてしまいました。
 
 申し訳ないとは思いつつも、時々懐中電灯をつけては人や段差を確認して、電気を消して暗闇を歩きました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

麺料理

2009年07月10日 | 日記・エッセイ・コラム

 夏の風物詩冷やし中華。中華と名がついても発祥は日本。
 もし中国で冷やし中華を作ったらどうなるか?麺を冷やす水で腹下しの危険性大。吉林省出身の奥さんは里帰りした時に日本で発見した冷やし中華を披露したそうですが、前夜、やかんでお湯を沸かして一晩かけて冷やし、夕方まで冷蔵庫に入れて冷たくして、麺を洗うのに使ったそうです。

 冷やし中華って何でスープも使っていないのにあんなに高いのだろう?と考えると具がたっぷり入っているからで、自宅で作るとそれほど高額でもない。タレは醤油ラーメンの濃縮スープに酢をいれればそれらしく作れます。キュウリもトマトも畑で作っているし、卵なんてたかが知れている。ハムも特に入れなくたっていいじゃない!水なんか地下から一年中11度の天然水が沸いているし、と安上がりで夏の定番メニュー。

 今夜は冷やし中華でも作って食べようかな?と思っていたら、上海に仕事で行ってきた人からイタリア製のカッペリーニをもらいました。カッペリーニはスパゲティーの細麺で、冷やしたパスタ料理に使います。

 カッペリーニをもらったとき、無礼にも”大丈夫?”と聞いてしまったのですが、「大丈夫だよ。チェルノブイリの事故から何年たっていると思ってるんだ?全然心配ない。」
 私は食の安全問題多発大国の中国で売られていたものだから”大丈夫か?”と気にしただけですが、彼は一頃噂になった小麦に放射能が影響して、イタリアのスパゲティーは危ないと言う懸念のことだったようです。

090710  そういえばイタリアで先進国首脳会議やってるんだっけ。以前村山首相がイタリアのオリーブオイルで腹を壊したって騒ぎになったけ。なんてことを思い出し、そんならイタリア指揮冷やし中華を作ってみようとスーパーでオリーブオイルとバルサミコ酢を買ってきて、塩とバジルでソースを作り、もらい物ののレタスとサニーレタスをたっぷり使ってカッペリーニ料理を作ってみました。

 本当はイタリアンパセリを添えたかったのですが、花が咲いて硬くなる季節なので、使えませんでした。

090710a  イタリア人がこんな料理を本当に食べるのだろうか?と勘ぐりつつも、それならもう少し日本式にアレンジしてみようと梅酢を使ってもうひとパターン作ってみました。

 こういうことに夢中になるタイプなので、しばらくカッペリーニを使った料理にはまり込みそうです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

草刈の剣

2009年07月09日 | 日記・エッセイ・コラム

 じっとしても汗ばむ蒸し暑さ。草刈機のエンジンの熱気でぐったりしました。草刈の最中長さ1mほどのヤマカガシがいたので、草刈機でチョイーンと半分にぶった切ってやりました。

 伝説ではスサノウノミコトにぶった切られた大蛇の体内から後に草薙の剣と呼ばれる天叢雲剣が出てくるのですが、私がぶった切ったヘビの腹の中にまだ消化されていないネズミが入っていました。

 日本の神道では「三種の神器」と呼ばれるものがあります。八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)・草薙の剣(クサナギノツルギ)・八咫鏡(ヤタノカガミ)の三つです。これは国を維持するために必要な経済力・武力・知力の象徴と言われています。 鏡を見て己を知ることがつまり「知性」なんですね。

 この三つのバランスが取れないと国は滅びてしまうそうで、太平洋戦争前の日本もこの三つの力のバランスが崩れたときに戦争に突入せざるを得なくなったことがありました。

 最先端の科学力を持ち、世界を二分する兵力を持ったソ連も勾玉(経済力)の衰弱によってバランスを失い、地図の上から消えてしまいました。中国が地図から消えるとしたら八咫鏡(知力)の欠落かな?

 伊勢神宮が祀っているのが八咫鏡、草薙の剣は愛知の熱田神宮に祭られているので、残りの勾玉はどこにあるのだろう?天皇家ではなかろうか?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

なんでもあれ

2009年07月08日 | 日記・エッセイ・コラム

 夕方、図書館に行ったら女子高生が「バイキング船って、横浜なんかにある船のレストランのことだよね。」「自分の好きな料理を勝手に持っこられるやつ?」と、およそ耳を疑う凄絶な会話がヒソヒソと展開されていました。

 バカカ?オメエラ!と思いつつも、ゆとり教育の弊害ですから、このまま馬鹿なまま成長してもらうのもいいかも?どうせいい嫁にも良い母にもなれないのだから。

090708  10年ほど前の話ですが、ウラジオストクで音楽CDを買いたいといったら、薬局に連れて行かれました。何で薬局?と思ったら薬局の奥で音楽CDをコピーして格安販売していました。

 銀行で両替したいと言って連れて行かれたのが路上の自由市場。「このオバサンは銀行より良いレートで交換してくれる」と果物売りの店でドルをルーブルに替えました。

 郷に入れば郷に従えで、何があっても「これでいいのだ」と驚かなくなっているのが恐い。

 日本ではあまり注目されていませんが、新興勢力BRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国)の勇、インドもなかなかすごい国です。この5月に総選挙が行われ、マヤワティー現大統領が再選されました。一応、公選によって国の代表が選ばれるのが、4000年の歴史上一度も公選で指導者が選ばれたことがない中国とは違うところです。さらに中国の軍隊は現実的に独立採算制でシビリアンコントロールされていませんが、インド軍は徹底的にシビリアンコントロールされています。

 前回の2004年の総選挙では543人の議員が選出されましたが、その議員がすごい!全議員の中で、犯罪の嫌疑をかけられた議院の数が128人。その内訳たるや、殺人84件、殺人未遂17件、強盗17件、窃盗・恐喝28件。複数の犯罪を行っている熱心な議員もいるので146件の犯罪が発覚しています。

 裁判で有罪判決が出た場合選挙に出馬できないが、上訴新、結審が出るまでは立候補できる法律であることは日本も同様。パール判事のように立派な法律学者を輩出した国でありながら三権分立が曖昧なので、議員になってしまえば裁判を遅らせたり、裁判官を移動してしまうことも可能。さらに日本以上に裁判が長いので、判決が出るまで20年30年は珍しくない。つまり議員であり続ければ裁判をいくらでも遅らせることができるので勝った者勝ち!

 それにしても、広域なんとか団○×連合構成員の集まりだってこれほどすねに傷持つメンバーは集められないでしょう。議員の汚職どころか、4人に1人が殺人犯。台頭してきたら曲者でっせ!

 それにしても識字率の低いインドでどうやって投票ができるのか?象やコブラなど党のイメージキャラクターを作って、その絵に投票させるようです。

 インドといえばヴァルナ(カースト)と呼ばれる身分制度がありますが大別すると4つ細かく別けるとジャーティーと呼ばれる500を越える階級制度があるようです。マヤワティー大統領は5番目のカーストとも呼ばれる最下層(カーストの外)の不可触と言われるダリットの出身。

 人口のピラミッドを見ると下に行くほど裾野が広い。ここが民主選挙のミソで、下層の人口が多ければ当然下層の議員が選出される可能性は高い。

 なるほど、これなら中国で民主選挙など行えないわけで、中国のエリート階層の共産党員など5~6000万人。あとはただの人民ですから、簡単に国がひっくり返ってしまいます。民主化など行えるはずもない中国の実情。

 現実はだらしないまでもありのままに、自然のなすがままに世の中は流れていて、それに相撲取りの休場理由の病名のような立派な名前をつけたり、裏付けをすることで学者は飯の種を得ています。

 これかくのごとし。なるようにしかならないのだから、なんでもあれ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

盧溝橋事件

2009年07月07日 | 日記・エッセイ・コラム

090707b  昨日、中国西部のウイグル自治区で、ウイグル人たちの暴動が起こり、140人を越える死者が出ましたが、今日は漢民族側が数万人規模のデモを起こし、ウイグル人の店舗などを破壊する報復の暴徒と化しています。

 泥沼化しなければよいけれどと思う気持もあれば、このまま泥沼化して分離独立も良いのでは?と考えてもおり、どちらにしても「美女が多いほうの味方」です。

 7月7日は「国辱の日」とも言われ、中国にとって意味の多い日なんですが・・・。

 昭和12年7月7日、現在の北京郊外の永定河にかかる橋「盧溝橋」で響いた銃声から日本軍と蒋介石率いる中華民国軍の抗争が勃発し、日中8年戦争が始まります。当時、蒋介石は南京を首都と定め、北京はその名前さえ北平と変えていました。

 この銃声に対して日本軍は中国側が発砲し、それに応戦したと言っていますし、中華民国軍は日本側が発砲したと主張。宣戦布告なき戦闘の開始となりました。

090707c  本来なら現地の部隊同士で解決できる小規模武力衝突で済んだ問題だったのですが、どちらが仕掛けたのかわからぬままにお互いの軍がやられたと言う意識の中で報復合戦へとエスカレートし規模が拡大してしまいました。

 後に中国共産党の毛沢東が、盧溝橋をはさんで対立していた中華民国と日本軍の緊張状態の中、毛沢東が指揮する共産軍が発砲し、両軍の戦闘を招いたことを公言しています。ちなみに当時の中国共産党は正規軍ではないので、ゲリラでしかありませんでした。

090707d  いわば敵地駐留状態だった日本軍が本気で戦闘を始めるつもりだったのならば兵力の増強をしていたでしょう。少数の後方部隊を駐留させていた日本軍は戦闘勃発後に駐留邦人を守れないと判断し、他の地域に避難させています。

 7月29日通州事件が勃発します。戦後、歴史の表舞台から消されてしまいましたが、通州の大虐殺として多数の在中日本人が虐殺された事件です。

 このとき通州には「廬溝橋事件」の余波で避難していた婦女子や当時は日本国籍だった朝鮮人を含む居留民、軍人等200余人がいました。通州には、日本軍の守備隊も駐屯していたのですが、たまたま、主力が南苑攻撃の為、町を離れ、僅か110名の留守部隊しか残っていなかった所へ、中華民国の保安隊千数百名が襲撃を掛けました。

 非戦闘員である民間人への軍事攻撃は戦争に関する国際法においても厳しく禁止されていますが、中華民国保安隊は虐殺の限りをつくします。

 通州事件勃発後に通州に派遣された元日本兵に話を聞いたことがありますが、子供の手足は切断され、女性は強姦された後、局部から串刺しにされてさらし者になっていたそうで、歴史的に中国ではありがちな残虐行為ですが、こうした行為が対中感情を悪化させます。

 中国側にすれば自国に土足で入り込まれていたのですから、どっちもどっちと言うのは実感のない現代ならではの考えかもしれません。フランス、イギリスを始めヨーロッパにいいように蹂躙されていた中国ですが、日本に対しては特別な感情を抱かざるを得ないのは弱さだと思います。

 もちろん、中国の歴史に盧溝橋事件は書かれていても、通州事件についてはかかれていません。通州事件に関しては本国では研究できないために、日本に来て研究している中国人留学生もたくさんいます。

 通集事件が他人の土地に土足で入り込んできた「侵略者」日本人へのレジスタンスと言うなら、今回のウイグル暴動は他人土地へ土足で上がりこんできた漢民族へのレジスタンスとして正当化されるべきでしょうか?

 対中感情を煽るコラムではないので、こんなことがあったんだということを理解してもらいたいと思います。感情を抑制できないほど日本人は幼稚ではないので安心です。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

独立?

2009年07月06日 | 日記・エッセイ・コラム

090707  中国ウイグル自治区のウルムチで暴動があり、140人以上が死亡する事態になっているようです。
 中国の少数民族問題を考えるたびに「どちらがテロリストなんだろう?」と判断しかねます。
 ウイグルにとって漢民族は単なる侵略者と言ってしまえばそれまで。中国政府の政策で漢民族をウイグルやチベットなどに殖民させていますが、軋轢が耐えないのは当たり前。
 日本を侵略者と言う前に自分たちはどうなんだ?

 漢民族が住む地域は黄河や長江が天山山脈などから流れる土砂を運んできた沖積平野。基本的に漢民族は平地の民族です。沖積平野ゆえに鉱物資源など地下資源が少ない国土。ウイグルの石油やモンゴルの石炭、チベットの鉱物資源など中国にとっては手放したくない宝の山です。

 スターリンの民族シャッフルや、チトーの異民族同士の結婚の奨励など、人工国家が強引に民族を同化させる手法は必ず後々のトラブルを招いていますが、中国はこうした地域に漢民族を入植させて、文字通りの植民地政策を今の時代にやらかしています。

 経済は漢民族主導でやりたい放題ですから、原住民が怒って当然。これはテロと言うより東トルキスタン独立運動とも解釈できます。

 現在国連加盟国は192カ国。戦前の1934年、日本が国際連盟を脱退した時のリットン報告書(対日勧告案)採択の時の投票は賛成42票、反対1票(日本だけ)、棄権1票(タイ)の44票ですから、その当時の世界的な国家は今の4分の1以下の数しかなかったわけです。
 大陸の数が増えているわけではないので、分裂して独立する国が増えたわけですが、 戦前ヨーロッパの植民地だったアジアやアフリカの国々が独立したことや、ソビエトのように分裂したことで国家が増えました。ソビエトが分裂しただけで15の国が誕生しています。

 私が小学生の頃買った地図帳ではバングラデシュが南パキスタンで一つの国でした。スリランカはセイロン。ミャンマーはビルマ。もちろん、ソビエトは現役でしたし、ユーゴスラビアも大きな面積を持っていました。
 国家の集合分裂を繰り返すのが歴史ですが、戦前は集合して大きな国ができる時代でしたが現在は分裂細分化して小国乱立の時代になっています。1990年代に入って次々と独立国家が誕生し、併合があったのは東西ドイツくらいのものでしょう。中国はいくつの国に分裂するのだろう?

 学生時代、私の先輩が送ってくれた激励の手紙に「歴史の現在が今の地理」と書かれていたことが今でも印象に強く残っています。未来の地図帳には北方領土が日本に変換されていることを強く願っています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

モーリスマイナー2

2009年07月05日 | 日記・エッセイ・コラム

090705  沼田の中華料理店「馬鹿旨」に行ったら珍しい自動車が停まっていました。ナンバーが行動を走るためのものではないので、たぶんこの店のモニュメントなんでしょうが、漠然と店の脇に駐車してあり、特に見世物としてのディスプレーは何も施していませんでした。なぜラーメン屋に英国のクラシックカーが?趣味の世界だからなんとも言えませんが。

 一瞬、フォルクスワーゲンか?と思ったのですが、英国のモーリスマイナー2でした。英国なので右ハンドルです。

090705a  1970年代英国の自動車産業が衰退してブリティッシュ・レイランドと呼ばれた国営化の時代がありました。モーリスもブリティッシュ・レイランドに吸収されその後消滅したはずですが、その商標権は中国の自動車企業が買収したニュースを記憶しています。

 まさかメイド・イン・チャイナでは?と思いもしましたが、こんな古いデザインの自動車をわざわざ右ハンドル作って日本に売り込むほどパワーはなさそうです。

 自動車に興味がないこともありますが、最近はサニーやスターレットなど聞き覚えのある自動車がなくなって、一世代価に世代で名前が消えてしまう自動車ばかり出てきているので、よくわからなくなって、自動車に興味も失せてしまいました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2009年07月04日 | 日記・エッセイ・コラム

 夏至から11日目が半夏生(はんげしょう)。そろそろかな?と思っていたら過ぎていました。

 半夏雨と言って、この時期に降る雨は大雨になるといわれています。昨日に続いて今夜も激しい雷雨がありました。
 昨夜の雨で今日は川が濁っていて、今夜の雨で明日もまた川が濁ること確実。この土日、アユ釣りを楽しみにしていた知人はがっかりしています。

090704g  最近、こちらで増えた害鳥が川鵜。長良川では鵜飼の労働者として活躍していますが、こちらではただ単に川魚を食べるのみならず、強酸性のフンで木をも枯らしてしまう困った鳥。鮎を獲って持ってきてくれるなら立派な鳥ですが・・・

 川鵜が一番好んで食べるのが鮎だそうで、はやり鮎が「うまい」ということなんでしょう。

 川鵜が食べないのがアメリカナマズなど棘を持った魚だそうで、たびたび川鵜に魚をあらされる池にナマズを入れて防衛しているそうです。 

 ちなみに中国でも川鵜を操る鵜飼がいます。長良川の鵜飼は鵜の首にロープをつけて、鵜が魚を飲み込めないようにしていますが、中国の鵜飼は野放しにして、鵜が持ってきてくれた魚を別けてもらっています。鵜を使っているのか?鵜に養われているのか?その両方だと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雪女

2009年07月03日 | 日記・エッセイ・コラム

 雨降りの影響もあって、暑くはないけれど蒸す一日でした。夜、土砂降りに近い雨降りになり、傘を持たずに出かけたので、十数分の家路を雨の中小走りに戻りましたが、雨が体温を奪うので身震いするほど寒さを感じました。

 以前、山の先輩宅で「凍死」について興味深い話を聞きました。低体温症で意識がおかしくなってくると、寒いも熱いもわからなくなり、着ている服を脱いで雪の中で死ぬケースがあります。
 こういう症状が出ると、ほとんど助からないようです。登山のビバーグの最中にパーティーのメンバーがこうした末期症状をしめした場合、気を違えた仲間を押しとどめようとして二重遭難する例もあるようで、こうした症状が出た場合、残酷でもザイルでも何でも使って縛り上げることが「是」であるという指導が、10年ほど前に出たそうです。

 なかなかそこで冷静に「お前はもう死んでいる」と決断はできないことでしょうが、自分だけでも生きて帰ってくる世界ではこうした冷たい決断も必要です。

 体温が低下し、幻覚に惑わされ「暑い暑い」と服を縫いで凍死した遭難者が、雪女を強姦しようとしてパンツ下ろしたまま死んでいたなんて思われたら不憫です。

 小泉八雲の雪女

 続編

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

料理

2009年07月02日 | 日記・エッセイ・コラム

090702  この7月でカナダに帰国するアンソニー君の送別会をドイツ文学教授宅で行いました。
 教授は不在で面白い話を聞けなかったのは残念ですが、教授夫人の手料理をご馳走になりました。

 私もいろいろ訳ありでドイツ料理を勉強しなければならないので、参考にしようと楽しみにしていましたが、ただ単に「おいしかったです」と食べるほうに夢中になってしまいました。
 よくよく顔ぶれを見ると地元で生まれ育った人は私ともう一人だけで、東京、横浜、大阪などからこちらに住み着いた人ばかり。なるほどモダンなわけだと感心しつつも、何かを吸収しようと食べ物を口に運んでいました。たんぱく質やアミノ酸など吸収したと思うけど・・・
090702a  クリス君の奥さんが作ってきたスモークサーモンのカルパッチョ。
 カルパッチョは本来は牛肉を使うそうですが、私は魚類のほうが好きです。ウラジオストクで煮たような料理をよく食べましたが、上に乗っているハーブがウイキョウの葉っぱでした。

 ご婦人方も勉強しているなとこういう集まりのたびに感じますが、一品持ち寄りの集まりのたびに料理の手がこんできます。

090702c  ガルショーク・ズ・グリバーニと言うのがロシアの名称ですが、キノコの壷焼き。教授宅のオハコ料理です。スープはくりーむスープでしたが、もちろんキノコ入りです。

 私もボルシチを入れて作ってみたことがありますが、パイ生地が上手くできずきれいに膨らみませんでした。

 「カナダではこんな素晴らしい料理を食べたことがない」とアンソニー君は感激していました。
090702b  甲斐さんの奥さんが作ってきたローストビーフ。実際はハズバンドがダッジオーブンで作ったそうですが、このほか自分の畑で取れたサニーレタスやトマトを使ってサラダも持ってきてくれました。

 我が家では鍋焼きうどんに使われているダッジオーブンですが、真面目な使い方をすれば多様な料理ができる優れものです。
 田舎物なので、あの鋳物の鍋を見ると、昔、囲炉裏にかかっていた鉄鍋を思い出し、けんちん汁やうどんを入れてお切り込みを作りたくなってしまいます。

 アンソニー君と交代で新しく来る英語教師はカナダ在住のインド系英国人という複雑な人物で、「牛肉食べるのだろうか?」などと心配してしまいました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コクリコ

2009年07月01日 | 日記・エッセイ・コラム

 「まあ、あれだよなぁ、性衝動というのは生物の偉大なるエネルギーだよなぁ。」
 渡辺淳一著の「君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)―与謝野鉄幹・晶子夫妻の生涯」を読んだ先輩がしみじみつぶやいていました。
 若かりし頃マルクスに傾倒し、挫折し、世の中脳みその理論よりスケベ心で動いているときがついた人なので、マルクスよりもフロイトの見解から物事を考えるようになったそうです。

090701b  「嗚呼皐月 仏蘭西の野は火の色す 君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)」
 与謝野晶子の稼ぎでフランスへ洋行した鉄幹を追いかけて、シベリア鉄道でフランスへ行った与謝野晶子の歌です。

 私は10年ほど前に図書館でこの本を読みましたが、女房の尻の下に敷かれていたように見えて意外とナルシストだった与謝野鉄幹。女癖の悪さなどは当時の物書きには当たり前のようなもの?

 明治末期、大正から昭和にかけての作家は女癖の悪いのばかり顔をそろえていますが、今と違って姦通罪なんて法律があった時代に下半身の要求に忠実に行動していたのが売れっ子作家。
 太宰治なんか心中未遂事件や玉川上水の心中本懐で何人も女性を殺していますし、島崎藤村は姪を妊娠させてフランスに逃亡したし、北原白秋なんか姦通罪で逮捕されています。谷崎潤一郎と佐藤春夫の間では妻譲渡問題が起きています。
 女性だって負けていません。「芸術は爆発だ!」の岡本太郎の母の岡本かの子なんか夫と自分の愛人の3人で同居生活していますし、1996年まで生きていた宇野千代なんか東郷青児はじめ幾多の芸術家と結婚や浮名を流しています。

 雛罌粟(コクリコ)とはフランス語でヒナゲシ(coquelicot)のことで、ポピー、アマポーラ、虞美人草なんて呼び方もあります。

090701a  虞美人草と言う呼び方に着目すると、虞美人草と言えば劉邦に追い詰められた項羽が「四面楚歌」の中で愛する虞美人を切り殺し、その後にはえた赤い花で、虞美人の血の色をたたえていると言われています。
 「君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)」と与謝野夫妻は四面楚歌を感じていたのだろうか?

 夏目漱石の小説虞美人草には帝大出のエリート小野に、気の強い美女の藤尾が「ホホホ私は清姫のように追っ懸けますよ」「蛇になるには、少し年が老け過ぎていますかしら」と詰め寄るシーンが出てきます。この美女、最後はふられてそのショックのあまり憤死してしまうのですが・・・

 

 さて、パリに行った夫を追いかけて与謝野晶子がウラジオストクからシベリア鉄道に乗ったのが明治45年。1912年なので社会主義革命の5年前。
 2年ほど前にウラジオストクに「与謝野晶子記念文学会」が発足し、極東大学の敷地に歌碑が立っています。
 「金の車をきしらせよ。颶風(ぐふう=つむじ風)の羽は東よりいざ、こころよく我を追ヘ。黄泉(よみ=冥土、幽界)の底まで、泣きながら、頼む男を尋ねたる、その昔にもやる劣る。晶子や物に狂うらん、燃ゆる我が火を抱きながら、天がけりゆく、西へ行く、巴里の君へ逢ひに行く。」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする