城郭都市設計史 11

2016年01月01日 | 湖と城郭都市

 

 

【中世の彦根 3】

  ● 多賀大社と不仲伝説の稲村神社

稲村山南の故に、「塚」という集落があります。この塚
村の名は太古墳があったために
名づけられたと言われて
いますが、現在は彦根市稲里町となっている。豊臣
秀吉
は天正十九(1591)四月に長命寺(近江八幡市所在)
に対し、近江平
流郷にて.百石の地を寄附するが、実は
これは塚村の百石を寄附したもので、このこ
とから、こ
の村は朱印地として、明治維新まで長命寺領として、ま
たこの百石の支配は、
長命寺から塚村庄屋が委任され、
代々にわたって、頂かっていたものです。

その昔は、平地に八戸の民家が建ち並んではいましたが、
その昔はこの一帯は丘であったが
、この周辺の上地は低
湿のため、この丘が削りとられ低湿地は埋め立て
られて
水田になったという。また、この村の周囲には濠を巡ら
していたといわ
れ、昭和四十一年(1966)に圃場整
備が施行されるまでは、幅四メートルばかりの濠か残っ

ていた。この村の本福寺の東に、面積四7ばかりの竹林
の茂る高地があり、これが塚村の名の
太古墳であったと
伝承されている。ここに「稲村大明神旧跡」の石碑が建
てられている。



稲村神社は、最初はこの地に鎮座せられていたと伝えら
れ、日本武尊の御子稲別王を祭祀されたのが、当社の起
源であっただろうと考えられている。村上天皇の御代勅
願により、正一位稲村大明神の神号が授けられ、当時は
神領八○町(八○ヘクタール)余を有し、平流十三か村
産上神の大社だった。

以来皇室の尊崇もなく、後鳥羽上呈は承久の乱(122
1)には、国家平安をこの宮に祈念されている。この山
上にお祀りされた当初は、その境内は狭隘で、元禄十四
(1701)以後三回に亘り拡張され、昭和三十三年(
1958)九月に現在の位置に社殿か移されています。
ところで、寺社は、明治十四年(1881)二月一日に
郷社に昇格しましたものの、昭和二十年(1945
)十
二月には、占領軍(GHQ)の発したいわゆる神道指令
により社格は廃止。現在の祭礼は四月に執り行われてい
る勇壮なお祭りは、一名太鼓祭りとも呼ばれ、氏子の町
まちから大太鼓を多勢で舁(よ)ぎあげて盛大な祭典か
繰り展げられ、それ程広くもない山上の広場は、氏子や
参拝人で賑わう。

ところで、「稲村の歴史」の著者・寺田所平氏は、その
中で、神官滝川女史により興味ある口碑や伝説をうかが
ったとして、次のことを書かれている。明治初年に神仏
分離の政策がとられるまでは、全一の神社に神官を兼ね
た僧侶が多くおられましたか、当社でも寛政五年(17
93)の社殿改築当時の神官は、延寿寺山内の一坊に住
んでいた天竜院と称する僧で、毎朝お燈明を点し、鈴を
振りなから祈祷し
ていたため、鈴振り神主と呼ぱれてい
た。本殿外陣の板の間は、今でもお燈明の油が濤みこん
でいった。

千三〇〇年前、祭神豊受姫命を常陸国より勧請したとき、
どこともなく揚羽蝶の大群が飛来し攫、御神石の周りを
飛びまわり、これは瑞兆であるとして、その時以来揚羽
蝶が当社のお使いになたと伝承されている。

御祭神の伊邪那美命は、薩摩浜に産屋を造り、神様を産
んだが、夫神の伊邪那岐命に、決して産屋を覧ないよう
にと、堅く断っていたが、大神は妃神恋しさに、とある
夜、薩摩浜に行かれ、窃かに産室を覗いたところ、妃神
は大層怒り、それ以来ご夫婦神の仲が悪くなる。当社か
伊邪那岐命の鎮座する多賀大社と不仲で、多賀の方に背
を向けているのは、この理由によるものとされている。
さらに、多賀大社と当社が不仲であったという伝説は、
淡海木間攫にも、稲村神社の宮女と多賀大社の社人とか恋
仲となり宮女か多賀へ駆け落ちして行ったのが原因であり
「此の故に1社の生土子、今以て多賀へ判参せずという。
右因縁故か、吉昔神輿を奏するに、見まい見まい、多賀
の方見舞まいと言い伝う。」と書かれている。しかし、
こうした私怒で、両者の対立を招いたとは思われないと
言う。

[稲村神社彦根市稲里町2617 〒0749-43-5513]

 

 

【佐和山城郭都市考 7】  

● 「在郷町」の成り立ちと都市の構造 

在郷町は、江戸時代以降に農村部における各種商品の生
産や製造等に伴って発展した都市で、
多種多様な都市の
類型が見られる。図集日本都市史9によると、「法制的に
は農村とされた地域に仁
実質的に商工業を展開し、都市と
しC機能した町があった。これら城ド町以外の都心は『在
郷町』」と
総称されるが、その特徴によって港町・宿場町・
門前町などとも呼ばれ、城ド町と農村、城ド町と三都
との
間の流通に介在して大きく成長を遂げた場合が多い」と
され、広義には、門前町や宿場町等も在
郷町の部類に入
るとされている。

在郷町には、需要のある城ド町と近在農村等との商品作
物の流通に関わり、産業都市としU大きく
成長、隆盛を極
めたまちが多く見られる。代表的な生産品としては、生
糸(養蚕)・木綿・紅花・藍・菜
種・砂糖・塩等といった商品作
物や、綿・絹の製造、酒・醤油・味噌の醸造、陶磁器の製造等
といった、
全国市場に流通する産品があり、在郷町はこ
れらの生産と流通の拠点として発展した。

例えば、茨城県桜川市の真壁地区は、真壁城に付属した集
落に起源を持ち、笠間藩の支配となっ
た後は、城に代わっ
て陣屋が置かれ、周辺地域の物産が集散する在郷町とし
て発展し、北関東及び
東北地方への木綿販売の拠点とし
ても繁栄した地域である。戦国期を起源としつつ近世初
頭に成立
した町割を良く残し、町並みには近せ後期から
近代にかけての多様な伝統的建造物が残り、筑波山
北麓
に栄えた在郷町の歴史的風致を今日に良く伝えるものと
して、重要伝統的建造物群保存地区に
選定されている。

真壁地区のほかに、重要伝統的建造物群保存地区のうち
在郷町として区分されている箇所は7か
所あり(うち3箇
所は寺内町や港町にも区分、、朝鮮からの技術導入等に
より発達した肥前有田内山の製磁町、竹原の製塩町、内子
町ハ日市護国の製蝋町、世界文化遺産に登録された石見
銀山を含む鉱山町(大田市大森銀山、高梁巾'収量の銅山)
等、生産品によって区分できる。これら在郷町は、贅しを
尽くした祭事(屋台、山車、曳山等の祭)や行事、地域固
有の町家絵意識・構造、都占と農村の性格をあわせ持つま
ちなみ等を有している点にも特徴かある。

在郷町は、農村などが農産物の生産や鉱業・工業の製造
に特化し、集住発展した経緯があり、商人の町家が集積
したまちなみが特徴であり、中心的な構成要素となる。
町全体商品生産に特化することで独自の発展を遂げるこ
とが多く、それぞれの地域や気候を反映した町並みや建
式を残レにいることがある。中には都市部の需要拡大
に伴い隆盛を秘めた地域も多く存在し、富裕層による屋
敷地の建設や祭礼等への投資により発展した独自の文化
を持ち、現在も継承している発展し
た独自の文化を持ち、、
現在でも継承している地域もある。

陶磁器の製造や地金等の採掘等、産業に直接関わる施設
や拠点がある場合は、その産業に会わせて
た独自のまちな
みを形成することが多く、製磁町や鉱山町等が持ってい
る特性は、その地城ならでは
の歴史的資源となりうる。 

【エピソード】     

         

 

  

 

          16年度新年会(案) 

日時 2月6日(土)か2月13日(土)のどちらかで
   開宴18:00~20:00まで  

場所 彦根市内西今町 『水幸亭』050-5871-1454
会費 寿司懐石(6千円+飲み放題酒代1・2千円)
送迎 幹事が責任もって手配します。
                              幹事敬白   

 

  

      

  【脚注及びリンク】
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  1. 中山道 高宮宿場町|彦根市
  2. 中山道 高宮宿 彦根観光協会
  3. 宿駅散策 近江中山道中絵巻:高宮宿 
  4. 中山道 道中記 第64宿 高宮宿
  5. 中山道 高宮宿/高宮宿から愛知川宿
  6. 滋賀県彦根市 高宮宿 Japn Geographic
  7. 彦根市西葛町籠町~高宮宿-街道のんびり旅
  8. 高宮町~鳥居本宿-ひとり歩み-ひとり歩きの
    中山道 2004.4.9
  9. 彦根文化遺産 中山道と宿場町 高宮宿高宮ま
    つり・高宮布
  10. 日本写真紀行 鳥居本宿~64高宮宿
  11. 中山道高宮宿 馬場憲山宿
  12. 高宮宿 栗東歴史民族博物館民芸員の会のブログ
  13. 新高宮町史 自費出版デジタル
  14. 江佐尚白:生年不詳~享保7年(1722)7月19日
  15. 旧中山道六十九次徒歩の旅53/鳥居本~64高
    宮宿/紀行写真集3
  16. いのちの神様 多賀大社
  17. 歴史まちづくりの特性の見方・読み方 国土技術
    政策総合研究所 2013.04.11
  18. 「地域資源・交通拠点等のネットワーク化による
    国際観光振興方策に関する研究」国土技術政策総
    合研究所 プロジェクト研究報告 2008.05.21
  19. 「歴史まちづくりのてびき(案)」ISSN 1346-73
    28 2013.11.13
  20. 近江百人一首  滋賀県立近代美術館
  21. 近江百人一首 滋賀県文化振興事業団∥編集 滋賀
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  22. 淡海万葉の世界 藤井五郎∥著 サンライズ出版
    2000年 S-9100- 00 p.233
  23. 萬葉の近江 滋賀アララギ会∥編 白川書院 1971年
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  24. 滋賀文化のススメ
  25. The Neckar river near Heidelberg  Wipipedia
  26. ラウフェン・アム・ネッカー Wipipedia
  27. 彦根巡礼街道
  28. 朝鮮人街道 Wikipedia
  29. 彦根市の概況 - 学芸出版社
  30. 「続・城と湖のまち彦根-歴史と伝統、そして-」中
    島一 
    サンライズ印刷出版部  2002.9.20
  31. 中島一元彦根市長 Wikipedia
  32. ドイツ:ニュルティンゲン市「市民による自治体
    コンテスト1位のまち(1)」 池田憲昭
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  33. ボーデン湖 Wikopedia
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  37. 『ヘルダーリン』小磯 仁 著 清水書院
  38. 父なるライン川を漕ぐ 心地良い追い風が吹くネ
    ッカー川 吉岡 嶺二 2012.12.07
  39. 三島由紀夫 著『絹と明察』
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  48. バーデンヴェルテンベルク州&バイエルン州観光
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  50. 阿自岐(あじき)神社 豊郷町
  51. 中世ヨーロッパ 騎士と城
  52. 城郭都市 Wipipedia
  53. ハイデルベルグ Wikipedia
  54. 田附城(田付城) 近江国(彦根)
  55. 荒神山古墳現地説明会 開催要項(案)彦根市
  56. 三島由紀夫の十代の詩を読み解く21:詩論とし
    ての『
    絹と明察』(4):ヘルダーリンの『帰郷
    』詩文楽
  57. リンダウ - Wikipedia
  58. ハイデルベルク城 - Wikipedia
  59. 城郭都市 Wikipedia
  60. ヨーロッパ100名城 Wikipedia
  61. 八幡神社  滋賀県彦根市田附町488
  62. 三ツ屋城 近江国(彦根)
  63. 「清涼寺・七不思議 」/『日本伝承大鑑』
  64. 曹洞宗 清涼寺(せいりょうじ) 
  65. エーグ=モルト (Aigues-Mortes)Wikipedia
  66. カルカソンヌ、仏蘭西南部都市、Wikipedia
  67. 中国の城郭都市 : 殷周から明清まで 愛宕元著
  68. 中国城郭都市社会史研究 川勝守 著 汲古書院
  69. 万里の長城 世界史の窓  
  70. 中国厦門の城郭都市研究における外邦図の利用
    山近久美子(防衛大学校)2005.08.25
  71. ヨーロッパ100名城 Wikipedia
  72. 佐和山城 Wikopedia
  73. 石田三成 Wikipedia
  74. 佐々木十代之屋形太郎判官定綱 Wikipedia
  75. 第一章 鎌倉・南北時代の石部近江守護佐々木氏
    の成立
  76. 鳥居 明神鳥居 Wikipedia
  77. 猿蓑 Wikipedia
  78. 佐和山城 彦根市民の飲み水を守る会
  79. 石田 正継 Wikipedia
  80. 佐和山城跡の公式パンフレット 彦根観光協会
  81. 彦根藩並近郷往古聞書
  82. 彦根古図部分(滋賀大学経済学部附属資料館所蔵)
  83. 井伊家年譜
  84. 佐和山藩 Wikipedia  
  85. 丹羽長秀 Wikipedia  
  86. 『新修彦根市史』の紹介 | 彦根市
  87. 彦根古図略図 彦根市
  88. 金亀山彦根寺の観音堂 ―近江西国第14番 金亀山
    北野寺とも
  89. 淡海文庫 44 「近江が生んだ知将 石田三成」 太田
    浩司 サンライズ出版
  90. 佐和山城 [5/5] 大手口跡は荒れ放題。現存する移築
    大手門は必見 | 城めぐりチャンネル
  91. 中井均 『近江佐和山城・彦根城』サンライズ出版2007
  92. 滋賀県彦根市 専宗寺 JAPAN-GEOGRAPHIC.TV
  93. 彦根御山絵図 彦根三根往古絵図など古絵図デジタル
    ・アーカイブ化に、彦根市立図書館  2012.05.27
     
  94. 稲村神社春季例大祭 太鼓登山
  95. 「近世初期有力農民の社会関係-近江国愛知郡下平
    流村山田庄兵新家を素材に」 渡辺恒一  2013.06.13
  96. 「湖東地域における複数村落による 神社祭祀」 市川
    秀幸 2015.03.27

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