虫干し映画MEMO

映画と本の備忘録みたいなものです
映画も本もクラシックが多いです

善き人のためのソナタ(2006/ドイツ)

2007年09月22日 | 映画感想や行
DAS LEBEN DER ANDEREN
THE LIVES OF OTHERS
監督: フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演: ウルリッヒ・ミューエ    ヴィースラー大尉
   マルティナ・ゲデック    クリスタ=マリア・ジーラント
   セバスチャン・コッホ    ゲオルク・ドライマン
   ウルリッヒ・トゥクール    ブルビッツ部長

 1984年、壁崩壊前の東ベルリン。国家保安省(シュタージ)の局員ヴィースラー大尉は国家に忠誠を誓う真面目で優秀な男。ある日彼は、劇作家ドライマンとその恋人の舞台女優クリスタを監視し、反体制思想を持つ証拠を掴むよう命じられる。さっそくヴィースラーは徹底した監視を開始する。しかし、彼らの生活を見聞きするにつれ、ヴィースラーに変化が…

 当時の東ドイツが国家丸ごと盗聴・密告社会であるというのを見て、複雑な気持ちにならざるを得ません。
 とんでもなく息苦しい人間にとって生き難い社会であるのは誰が考えても当然と思われますが、社会秩序の維持とか、敵の存在とか、もっともらしくて反論許さない理由はいっぱい存在していて、しかもこれは冷戦時代の東側の過去の話というわけでもなく、今現在進行形の国がまあ、すぐ浮かんじゃうわけで。

 重苦しい話だが、久々に空気の入れ替えをしたような清涼感を味わった映画。

 ヴィースラーが監視している芸術家に心を添わせてしまうのはすごく自然に納得。
 この映画における諸悪の根源のような狒々爺の芸術大臣も、シュタージの部長もどちらも考えていることは己の我欲と保身で、共産主義も国家体制もその保持のための道具に過ぎない。
 対して気の毒なヴィースラーは共産主義と国家の秩序維持が重要で必要であると信じて、身を捧げている。ところが、もっと心に響くものを見つけてしまった。そしてその結果、シュタージを裏切り、それまでの優秀な反体制を追い詰める猟犬のエリートの地位を捨て、社会的な負け犬としての人生を選ぶ。まさに意思的に選んでいる。彼は保身のための細工をしていない。そして黙って不遇に生きる。そしてラストの清々しい表情はどうだろう。そこで私はこの映画全体に感じる冷気が一気に冷たく痛く、しかし清々しく吹き抜けるように感じてしまった。

 ドイツ語の元タイトルは英訳題が忠実なのですね。しかしヴィースラーの純粋さを思うと、巧い邦題だと思う。どぎつい欲望むき出し人間が目立ち、裸体を美しいよりなまなましく映しているようなこの映画のもつ品格は、この困ったような人間の純粋さに起因するものだろうか。