二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

ぼくしか知らない記憶の中(ポエムNO.2-78)

2016年07月31日 | 俳句・短歌・詩集
何年かぶりにアイスココアというのを飲んだ。
道端にある自動販売機から。
お目当ての缶が売り切れてしまっていてね。
仕方なく飲んだのに
これがうまかった。

そういうことが人生にもあってね。
いきたくなかったところにたまたま迷い込み
その路地がどういうわけかおもしろかったりする。
人と人とのあいだに網の目のように張り巡らされた路地。
その奥で。

ぼくは石けりしている女の子に出会って
「ああ あのときのユミちゃん!」
と思わず叫んだ。
記憶という 漠然とした胸のひと塊。
岬もあるし 居酒屋もある。

象が長い鼻で草むらから草を毟りとるように
ぼくはことばを毟りとる。
ぼくの胸の奥には分厚い日本語の辞書があるけど
そいつは眼には見えない。
ガラガラと下駄を鳴らして

あるいは玄関ドアを軋ませて
いろいろな人がやってくる。
若き日の石原裕次郎が歌っていたり
「罪と罰」を書き終えたばかりのドストエフスキーが酒をのんでいたり
チェシャ猫が獲物に躍りかかっていたり。

あり得たことと 
あり得なかったこと。
アイスココアを飲み干すあいだに
ぼくは記憶の中の旅をしたんだ
ぼくしか知らない記憶の中の。

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