二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

馬場紀寿「初期仏教 ブッダの思想をたどる」岩波新書(2018年刊)を読む

2021年02月11日 | 哲学・思想・宗教
秀逸な一冊である・・・と思われた。
馬場紀寿(ばばのりとし)さんは、1973年生まれ、東京大学の先生で、専攻はいわずと知れた仏教学。
さして期待をもたずに読みはじめたが、とんでもない!
しつこいくらい論理的(理屈っぽいという意味ではない)で明快である。曖昧なところが、少しもないだけでなく、読者への訴求力はすごいし、牽引力もある。ことばを几帳面に定義しているからだろう。

「わたし自身のために書いてくれたんじゃないか」と、ついいってみたくなった。
吊るしの既製服ではなく、採寸してあつらえた背広のように、ぴったりフィットした( ´◡` ) アハハ
馬場さんは、書斎の人であると同時に、人びとに立ち混じって、お茶を飲みながら会話を愉しんだり、白熱の討論をしたり、講演を聴いたり、したり、ヨーロッパやインドへ出かけたり・・・活発に動き回っているのだろう。

本書がもっているある種のダイナミズムは、“書斎派”が生み出したものではない。
最初期の仏教について、最新の知見が惜しげもなく鏤められているし、単語の一語、一語まで神経が通っている。
わたしは仏教にかかわる本を読みながら「そうそう、こういう一冊を探していたんだ」とかんがえないわけにはゆかなかった。

1990年代にはじまるガンダーラ写本の発見!

これが画期的な発見であった、という。
そのことによって、初期仏教の研究は、世界的に飛躍的な進歩・展開を遂げたのだ。
中村元さんなどを先頭に、漢訳からではなく、原文から研究がはじまったこの分野。
いまや第三世代、第四世代に入っているようだが、発見された資料の正確な“読み解き”によって、かつての知見の修正がおこなわれている。

馬場さんは部派仏教・・・なかでも上座部大寺派のパーリ三蔵の検証を中核に据えて、四方八方から、ブッダとその初期教団、初期思想を子細に記述。いかにも人文科学系の学者さんらしく、コロンブスの卵みたいな、あっけらかんとした“真実”が明らかにされる。
思想誕生の現場に立ち会わせてくれる、といってもいい。そうだ、これこそが、初期の仏教の正確な見取り図なのだ。

《「般若経」や「法華経」には、「般若経」あるいは「法華経」それ自体を書写するよう勧める記述がある。このことは、大乗仏典がこれから取り上げる初期仏典とは異なる伝達手段によっていたことを端的に示している。》(50ページ)

《さて、托鉢修行者たちよ、これが苦の停止をなす、高貴な者(修行者)たちにとっての真実(苦滅聖諦)である。それは他ならぬその<再度の生存へみちびく>渇望の、余す所のない、熱望を離れた停止、放棄、捨離、解脱、無愛着である。》(「律蔵」より著者による引用)(188ページ)

引用によって“部分”を取り出してみせても、仕方がないといえば仕方がない。興味があるなら、多少辛抱して一冊まるごと読むにかぎる。
このところよく耳にする断捨離は、本来は仏教用語。
仏教の認識によれば、生老病死から逃れることができないこの世とは“苦”の世界なのである。この宿業から解脱し、涅槃を目指すのが、ひとくちにいえば仏教の教えである。
毎日が愉しくて仕方ないという人には、仏教はいらない。

古代、中世には、病や死苦が満ちみちていた。夭折する子どもの数も、現在とは比較にならない。
そういう世界で、人びとは「浄土三部経」や「法華経」の前に跪き、死者を思い出してときに涙にくれ、冥福を祈った。
しかし、1960年代にはじまる“高度経済成長”が、日本人の人生にかかわる認識を大きく変えてしまう。「あの世も地獄・極楽もないのだから、この世さえ全うできれば、あとは野となれ山となれ」という薄っぺらな人間たちが、巷に犇めいている。

むろん、日常の雑事に押し流されず、立ち止まってかんがえる少数の人たちは現在でもいる。本書はそういう少数のために書かれたのだ。
最後の方1/3ほどは、A→B→C→A´・・・といったような循環論法に陥り、論旨のくり返しが多くなっていくのが惜しまれる。

新資料の出現で明らかになったブッダの思想。
「初期仏教 ブッダの思想をたどる」は、いまの学問・研究の水準を、一つの側面から雄弁に語っている。



評価:☆☆☆☆☆

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 写真集「チェーホフの風景」... | トップ | 気儘な読書 ~近ごろの日常... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

哲学・思想・宗教」カテゴリの最新記事