二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「砂糖の世界史」川北稔(岩波ジュニア新書)1996年刊レビュー

2018年03月01日 | 歴史・民俗・人類学
川北稔さんつながりで手にした本。
mixiに66件、Amazonに72件のカスタマーレビューがUPされている。ジュニア文庫というだけで、小中学生向けに書かれたものかと、あなどってしまうが、内容は充実している。
記述のくり返しが多くて、ページの水ましがやや気になる。とはいえ漢字が少なく、教科書みたいで、たいへん読みやすく、あっというまに読みおえることができた。論旨は明快で、砂糖というモノから世界史を読み解いていく手法はアナール学派直伝といっていいだろう。それにウォーラーステインの「世界システム論」を適用するとこういう観点が成立する。

おそらく種本があり、それをもとに川北さんが、私見を付け加えたものだろう。岩波現代文庫には川北さん訳で「コロンブスからカストロまで――カリブ海域史, 1492-1969(1・2)」(1977年刊 岩波現代文庫, 2014年)という訳書が収録されている。またエリザベス・アボットに「砂糖の歴史」がある。

《茶や綿織物とならぶ「世界商品」砂糖。この、甘くて白くて誰もが好むひとつのモノにスポットをあて、近代史の流れをダイナミックに描く。大航海時代、植民地、プランテーション、奴隷制度、三角貿易、産業革命―教科書に出てくる用語が相互につながって、いきいきと動き出すかのよう。世界史Aを学ぶ人は必読。》(内容紹介より)

甘党を自称する人にも、必読の書、といっておこう(~o~)

川北さんは本来近代イギリス史が専門だが、カリブ海域の歴史にも詳しい♪ そこに茶というモノをからませて、世界システムにおける「商品」の歴史を、文化史、政治史的に論述してある。

《「砂糖入り紅茶」の朝食は、いわば地球の両側からもちこまれた、二つの食品によって成立しました。いいかえれば、イギリスが世界商業の「中核」の位置をしめることになったからこそ、このようなことが可能になったのです。》(本書170ページ)

三角貿易・・・それは世界帝国を築いたイギリスによる収奪と圧政の歴史でもある。いまではきれいごとをいってはいるが、西ヨーロッパの優位は、砂糖、茶、綿花、ゴムなどの大規模プランテーションにおける富の蓄積が基礎となっていることを教えてくれる。
そういった「世界商品」からあがってくる莫大な利益と、奴隷貿易。
本書における主な舞台は、カリブ海域である。しかし、そこで犠牲となったのは、非人間的な重労働に従事させられた黒人なのである。

《この本は「世界システム」論といわれる歴史の見方と、歴史人類学の方法を使って書いてみました》と著者はあとがきに書いている。それが読者に、強い訴求力をもって響いてくる理由であろう。よくいわれることだが、歴史とは勝者の歴史なのである、少なくともこれまでは(^^;)
ところが、むろん勝者には勝者の、敗者には敗者の歴史がある。オランダやイギリスが覇権国家となったその一方で、雑巾のように酷使され、流亡し、殺戮され、絶滅していった人びとがいたのである。

まさに悲劇というしかないカリブ海域史。
日本人も明治の開国によって、否応なく世界システムの中に組み込まれた。一杯の紅茶、一杯のコーヒー、それに入れる砂糖。また、衣類やゴムといった必需品は、世界商品としての市場を持ち、資本主義的な巨大な歯車に組み込まれていく。
わたしは毎朝二杯のインスタントコーヒーを飲んでから仕事に向かうけれど、そのコーヒーが、世界のどこで、どんなふうに生産され、どんな過程をへてわたしの手許にとどくのか、ろくすっぽ考えたことがなかった。

政治や経済を中心としたこれまでの世界史のほかに、こういう生活史、文化史がある。そこに、20世紀の終わりころから、スポットが当てられ、隠された次元が姿をあらわす。
グローバル化が貫徹するようになった21世紀において、グローバル化の光と影を、もう一度研究し、見つめなおし、あらたな知の策動をおこなうことがもとめられている。
それが現代の世界の成立にどう深くかかわり、どんな影響を与えているのか?

砂糖という商品から、世界史が見えてくる。その手際の見事さが、本書をロングセラーにしているといっていいだろう。
あらためていえば、岩波ジュニア文庫、あなどるべからず。最後に川北稔さんに、こういった世界史の風景を見せてくれたことに感謝を捧げておこう。わたしは何も知らなかったのだ・・・という忸怩たる思いとともに。


※アナール学派とはひとくちにいえば、つぎのような学派。
《旧来の歴史学が、戦争などの政治的事件を中心とする「事件史」や、ナポレオンのような高名な人物を軸とする「大人物史」の歴史叙述に傾きやすかったことを批判し、見過ごされていた民衆の生活文化や、社会全体の「集合記憶」に目を向けるべきことを訴えた。この目的を達成するために専門分野間の交流が推進され、とくに経済学・統計学・人類学・言語学などの知見をさかんに取り入れた。民衆の生活に注目する「社会史」的視点に加えて、そうした学際性の強さもアナール派の特徴とみなされている》(ウィキベディア参照)


評価:☆☆☆☆

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「イギリス近代史講義」川北... | トップ | ブローデルからウォーラース... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

歴史・民俗・人類学」カテゴリの最新記事