ベートーヴェンの最後の方のピアノ・ソナタを何曲か聴いているとき
彼が結婚し子どもがいたら
ずいぶん違った音楽が生まれてきたんじゃないかと考えたことがあった。
ブルックナーのシンフォニーだって
単独者の音楽以外のものじゃない。
たったひとり じつに堂々と 神というか
この大宇宙と向かい合っておのれの存在理由を問いかけている。
生活感情がうすいための落魄感と 自己自身への子どものような熱狂と
流行遅れのよれよれ外套。
こころにかかっている重力がすごい。
いつもなにか考えこんでいて
ぼくがここにきているのに気がつかない。
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――Kさんへの鎮魂歌
なにか大きなまちがいであったような生涯がある。
クリの木の下で ぼくはその家と男に遭い
無用なほこりが舞い上がったりしないよう
しずかにためらいがちに ことばを交わしたのだ。
八十になってから 数千万の借金を背負い
そのほかのもろもろを
およそひとりの人が背負いきれるはずのないものを背負い
崖っぷちに立たされた男。
彼の眼の奥に光るのは
鋼のようなもであるかもしれぬ
――いたるところ錆のういた。
涙のようなものであるかもしれぬ
――港 港を彩った女たちの。
愚かしさのようなものであるかもしれぬ
――ボタンをかけ違えたまま脱ぐことができなかった作業着の。
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