100103
混淆の歴史の古く人びとの初詣なす寺社を問はずに
神仏を信ぜぬ吾も時として祈ると言へり強く願はば
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亡きひとの面影浮かぶありありと賀状書かむと名簿たぐれば
これでもう十二枚目と記しけり逝きし生徒の母は賀状に
面影は少年のまま変はらざる早くに逝きし教へ子たちの
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ムクドリにスズメ、ヒヨドリよろこびて枝柿つつく人食まざれば
大型の色鮮やかなインコ飛ぶ冬暖かき東京に群れ
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ふと見れば厨の小窓明るみぬ真珠のごとに結露の浮かび
*
思い立ち都バスに乗りて荒川の土手に行きみぬ平日午後に
行き先が荒川土手といふバスの今なほあるを幸と気づけり
寒風をさえぎるもののなけれども荒川土手の広く清(すが)しき
水辺ある暮らしに惹かる荒川の堤に人ら憩ふを見れば
江北の橋から一つまたひとつ橋をめざして歩めば日暮る
ビル影の狭間に黒き山影の入り陽に浮かぶ富士にしあらむ
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はるかなる海原越えて飛び来る冬鳥もとめ枯野を行きぬ
列島を憂しとやさしと思はずに飛び立ち来る冬鳥かなし
極寒の天空高く鳥たちの列島めがけ飛ぶを想ひき
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先駆けて春告げ咲くや蝋梅の黄花ゆれゐるきらめき香り
*
初めての担任なせし教へ子の五十路半ばとなりにけるかも
未熟なる教師にあれど若きとき苦もなく子らと親しみにけり
四十年経ちて尽きせぬ思ひ出に一夜(ひとよ)楽しむ教師と子らで
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ムーア彫る王と王妃のさびし気に熱海の海を望み座りき
自らの貌を描きぬ若き日の惑ひ顕はにレンブラントの
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昼歩き夕(ゆうべ)に走る不忍の池畔親(ちか)しき六十路の吾に
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寒風に向かひ啼きけり海鳥の猫の声して役者の顔で
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冬枯るる見沼の里に紋様も美しかりけり苅田の畝の
常緑の葉群(はむら)に隠れ目の縁の白き鳥見ゆ愛らしきかな
陽に青き水面に白き雲ゆれて尾長の鴨のつがひ浮かびぬ
餌を求め嘴赤き水鳥の岸辺に上がるバンにしあらむ
*
本郷のキャンパス抜けて走らむと行けど閉ざさる入試で門の
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鴨としか知らずに生きて六十路なる吾(あ)が前泳ぐ小鴨愛しき
名を知りて初めて己が目にぞ入るモノ・コト多き六十路の楽し
夏に夏冬に冬をば楽しまむ浅川巧教へしごとに
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われら棲む大陸さへも動きゐる証のむごし彼我の結果に
最貧のハイチの民に追ひ討ちをかくるがごとに震災襲ふ
先駆けて黒人共和の国建てしハイチのなぜにかくも貧しき
天災にややも重なる人災の愚かな歴史なほもつづかむ
*
煮魚をマスターせむと鰈買ひ吾妹の留守に試し食みけり
今ひとついやふたつみつつ足らざりき吾(あ)が試し煮る鰈の味は
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鳩山の裏に流るる沢荒れて気づけば山を崩さむばかり
検察を正義の府とは思はねど誰か思はむ小沢清しと
清新な政治望みしひとびとの期待早くも民主うらぎる
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時ならぬ小春の午後を荒川に独り遊べばこころ温もる
金色(こんじき)に水辺ゆらめき影黒く浜鴫ならむ餌を求めゐぬ
100121
金色の川面に立ちし荒杭の人こそ知らね黒き姿を
*
名にし負ふ長元坊に日に二度も見(まみ)えにけりな見沼の野辺で
鴉らの多勢に追はれ猛禽の長元坊も空を舞ひ逃ぐ
100122
今の世にまれならざれど吾が姉の古希としなる日つひに来りぬ
100124
―<「没後90年 村山槐多 ガランスの悦楽」(松濤美術館)を観て>
魂極(きは)る命のあかし二十二で残し逝きたり村山槐多(かいた)は
100125
―<内藤礼の個展「すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」(鎌倉近代美術館)を観て>
鎌倉に空しき<アート>訪ねけり裸の王様内藤礼の
これほどに空の空なる<アート>をば、内藤礼よ、吾は知らざり
マスコミの内藤礼が<アート>への賛辞信ぜし己嗤ひき
鎌倉の美術館への信頼もゆらぎにけりな内藤礼で
信ずれば鰯の頭もなんとやら内藤礼の<アート>も然り
100126
枯野分け春の近きを告げ咲くやオホイヌフグリのちひさき花よ
100127
倦怠の背にぞ張りつき己が身のおのが身なるをひさびさ厭ふ
水仙の白き面の空仰ぎ人こそ知らね祈り祈らむ
100128
君もかのジェノサイドをば生き延びし末裔なるか鶫よツグミ
冬陽浴び落葉大樹の身悶えて天空高く枝を広げぬ
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初めてのマクロレンズを愛猫に向ければ眼つよく光りぬ
朴実な李朝の膳に朝光(かげ)の明るき日々のさらに多かれ
濃き色の家具を背にして花撮れば吾はもどきのメイプルソープ