壁際椿事の「あるくみるきく」

東京都内在住の50代男性。宜しくお願いします。

『法服の王国』読後メモ、続き

2014年04月24日 | お願い

『法服の王国』(上)の続き。364ページから数ページ。

(以下引用)
5月下旬の日曜日。
最高裁事務総局人事局長の弓削晃太郎は、東京・広尾の高級マンションにある元内閣官房副長官・権藤周介の住まいを訪れていた。

2人は権藤が内閣官房副長官だった4年前からの知り合いで、今では家族ぐるみの付き合いをしている。2人とも、戦時中、陸軍主計大尉(権藤)、海軍法務大尉(弓削)と軍隊を経験し、ともに地方出身で(権藤は徳島、弓削は京都)中央の役所に入り、会計と人事という二大要職を経験して出世の階段を上り、危機管理に強い点も共通している。年齢は権藤は6つ上である。
(権藤61歳、弓削55歳)
(中略、370ページ)
「お待たせしました」。キッチンのほうから、紅茶を載せた盆を手にした長身の女性が現れた。弓削の姪、直美であった。(中略)
(権藤)「直美ちゃん、すまんねえ。家内が出かけているもんだから」
権藤は弓削一族の中でも、才能があり、物言いも素直な直美を気に入っている。
(引用終わり)

めちゃくちゃリアルな小説で、すごく面白いんですが、この一連の展開は、ちょっと引っかかりました。61歳と55歳で、4年前に知り合ったということは、付き合いはじめは、57歳と51歳です。

まず、権藤宅に、弓削の姪が居ることが不自然です。権藤の娘なら、まだ分かるのですが、権藤の姪でも、弓削の娘でもなく、弓削の「姪」なのです。キッチンというのも、普通は他家の人に入られたくない空間ではないでしょうか。

次に、年とともに偏屈になる50代の男性が、4年前に知り合った者同士で「家族ぐるみの付き合い」になるでしょうか? 素直で純真な子どもとは違います。一般に、家族ぐるみと言うと、子どもの保育所、幼稚園、小学校時代のパパ友・ママ友が発展した付き合いが連想されます。

そして、弓削一族。仮に家族ぐるみの付き合いはあっても、普通は「一族」まで範囲は広がらないのではないでしょうか。それとも、高級官僚は、ヨーロッパのセレブリティのような社交の場があり、一族の交際があるのでしょうか? もしあるとすれば、そんな社交の場では、省の縦割りの壁を超えるんですね。実に興味深い。

以上、小説の本筋と関係ない些末なことですが、気になったことでした。


『法服の王国(上)』(黒木亮著) 読後メモ

2014年04月24日 | よむ

『法服の王国』(黒木亮著)を読みました。まだ上巻だけだけど。

新聞配達などで生計を支え、苦学して司法試験に合格し、裁判官になった村木健吾。同じ新聞配達所でアルバイトしていて、後に弁護士になる妹尾猛史。高校時代に父が横領で実刑をくらい家族ばらばらになりながらも東京大を出て裁判官に任官し、エリートコースを歩む津崎守……。昭和40年代、裁判官を主人公にした異色の小説です。田中角栄、長沼ナイキ事件、伊方原発訴訟と熊取六人衆などなど、実在の人物や実際の事件が出てきて、とてもリアルでした。

一般人には、裁判官の仕事ぶりや私生活はよく分からないですよね。法廷で黒服をまとって、原告、被告の言い分を聞き、判決を下す。そんな仕事のイメージはあっても、それ以外の部分は見えない。たとえば人事異動や評価、昇進の仕組みや情実、職場の宴会など。私生活ではアフターファイブの過ごし方、官舎の生活、政治活動、麻雀やパチンコなど。そうした事柄がリアルに描かれ、なじみのない業界ですが、グイグイ引き込まれました。

ところで、裁判官って、レクリエーションで支部対抗ソフトボール大会をよくやるんですね。「ソフトボール大会後、連れ立って居酒屋に寄った」などと、何度か描かれてましたから。

以下、小説の本筋を離れ、気になったことを。

●裁判官がまとう黒い法服。あれにもランクがある。裁判官は絹製で、事務官は綿製なんだそうです。

●以下引用。
(父が有能な弁護士の大学生、多島)「裁判官も人によるよ。うちの親父なんか、裁判官の人物カードをつくってるよ」
(その友人で後に任官する学生、津崎)「カード?」
「裁判官ごとに、学歴や経歴、過去に扱った事件、訴訟指揮の内容、判決なんかを細々と書き込んでる。それにもとづいて(弁護や法廷戦術の)対応を変えるんだ」
「そこまでやるわけか……」。津崎は驚き感心する。
「書面をろくに読まない裁判官には、(ダラダラ長く書かず)こちらの主張の要点を分かりやすく簡潔に説明し、審理が緻密な裁判官には詳細で論理的な立証をする。過去に行政寄りの判決ばかり下している裁判官は忌避するとか、いろいろ工夫しているよ」
「箱根や伊豆に別荘を持つような弁護士は、やることが違うな」
津崎の言葉に多島はにやりとした。

「法と良心のみに基づいて」なんて言うけど、現実はそうじゃないんですね。『ナニワ金融道』にも、京都北部の地裁の判事が、ラブホテルのマジックミラーに興味を示したり、ファンの巨人の試合結果で判決が左右されるといったエピソードがありました。

●最高裁事務総局は、15名の大法廷の裁判官より、権力を持っている、と言われます。事務総局とは何か? 以下引用(漢数字は算用数字に変えてます)。

戦後の日本国憲法の下においては、司法行政権は裁判官会議に委ねられ、下級裁判所(高裁以下)の裁判官や職員の人事・監督、予算等の会計処理、施設の運営・管理、内部諸規則の制定といった事項は、最高裁判所の裁判官会議によって決められることになった。
しかし、15人の最高裁判事は、1人当たり250件程度の主任事件(自分が主担当者の事件)を抱え、きわめて多忙なため、「最高裁判所の庶務を司る」、いわば黒子として最高裁事務総局が設けられた。
そして、最高裁判事のうち9名程度を占める非裁判官出身者たち(弁護士、検察官、法学者、行政官出身者)は司法行政の経験がなく、下級裁判所の事情や人材についてもほとんど知識がないため、大半の問題において事務総局の説明や提案を追認するのが慣行化した。
こうして事務総局の影響力が徐々に強まり、組織も肥大化して、司法行政を牛耳るようになった。(中略)
津崎は(最高裁事務総局人事局局付に)着任するとすぐ、上司である課長にともなわれて、弓削光太郎人事局長に挨拶をした。
「ご苦労、しっかりやってくれ」
局長室の奥の執務机にすわった弓削は、立ち上がることもなく無造作にいい、挨拶はそれで終わりだった。裁判官同士は基本的に対等な関係で、年齢や資格が違っても、目上の者が目下の者をぞんざいに扱うことは少ない。しかし、ここでは違っており、津崎はピラミッド型の行政組織に入ったことを思い知らされた。

なるほど、事務総局ってのは、そんな経緯で生まれたんですね。たしかに非裁判官出身者は、裁判所の事情、全国にある裁判所の人材などについて無知ですから。

●さすがに法の下の平等の裁判所ですから、青法協会員だからといって要職から外すことは難しい。だから入り口で防ぐ、と。
(弓削から呼びつけられた司法研修所の教官の部下は)「青法協と思われる連中の試験の成績を悪くしておいてほしいと言われたそうだ」
緑川は、カレイの煮付けを食べながらいった。
「本当ですか?」
「ああ。『そうすれば、問題は解決するじゃないか。考えてくれ』と真剣にいったそうだ。要は、人事局の責任で任官拒否したくないんで、研修所の責任で拒否させようって魂胆だ」
津崎は愕然とした。
「それで、教官たちは、何と答えたんですか?」
「そんなことはできませんと言下に拒否したそうだ」
「そうでしたか」

ブルーパージ、ここまで激しかったんですね。

●地方の小さな裁判所(支部)は、裁判官は1人、ほかは事務官が数名という規模。裁判官は1日に200個も判をつく必要があるそうです。
以下引用(漢数字→算用数字)。
(熊本の)天草支部は裁判官が1人だけのいわゆる乙号支部なので、村木は自動的に支部長になり、支部の運営全般に関する司法行政事務も行わなくてはならない。仕事の割合は、裁判が3分の2、司法行政事務が3分の1くらいである。職員の休暇届や令状発行など、1日に200回くらい印鑑を押さなくてはならないので、右手の親指と人差し指が痛くなる。

1日200回とは、仮に10時間労働として、1時間に20回。3分に1回です。事務の仕事は3分の1だそうですから、提出された書類を吟味する時間は、わずか1分。これじゃ盲判(←あえて)になるわけだ。『警察内部告発者』には、1年少しの在職では改革しようにもできず、いきおい前例踏襲主義になる(裏金問題が脈々と続いてきた)と書かれていました。裁判官も、これだけ事務が多いと、いちいち吟味できないですよね。

袴田さん事件など、冤罪が生まれる背景には、裁判官の多忙もありそう。司法改革で法曹は増えました。弁護士の質の低下は巷間聞かれますが、裁判官の量の増加はどうなんでしょうか?
 

大いに横道にそれました。下巻が楽しみです。