83 ライト
「厳守すべき秘密というより,ナイショごとに近いんじゃないスか」
ハボックの答えはロイの予測のとおりだった。
あの右手に練成陣を刻まれたやつらのことだ。
彼らは自分達でライト(右)と名をつけていた。
もし、本気で軍が彼らを隠すつもりならそもそもあんなに派手に退役者や負傷者を集めたりすまい。それにライト達は外出禁止だが洗濯業者や生鮮食品の納入業者は堂々と出入りしている。
ロイも当初から同じ疑問を持っていた。だからハボックを送り込んだ。堂々たる密偵にハボックほど向く男はいない。確認のためというよりライト達の生の声を知りたかった。
ハボックの報告はロイの予測を超えた範囲まで広がっていた。いったい誰を口説いたのか。包帯の下に隠されたあの破壊の練成陣の写真まである。
間違いない。スカーの彫り物と同じだ。
「どうやってこれを彫ったのか話を聞きたい。呼び出せないか」
「そりゃダメっすよ。情報提供者のプライバシーを守らなけりゃジャーナリストの信用ゼロになっちまう」
「ジャーナリストか、 よし、ハボックお前フリージャナリストになれ」
軽い冗談のつもりだったハボックはロイの言葉にぽかんとした。
「冗談スよね」
「当然本気だ。私がいかに優秀でファミニストで美形で頼れる男かをたっぷり宣伝してくれ」
「たいさー、ジャーナリストは信じてない情報は書かないんすよ」
「何を言うか。事実だけだ」
堂々たる返事。まったくこれが全部本音なのだから恐れ入る。
しかもあながち嘘ではない。ただし、それらの良い点を上回る弱点があるだけだ。
「へたれで、雨の日無能で、サボリで、書類が遅くて、女たらしで」
「人使いが荒い」
「うんうん、若い者は良く見てるなぁ」
エドの声に続いてラッセルが止めを刺した。大将はともかくこの坊やにもこんな顔ができたのか。ハボックは16歳コンビをつくづくと眺めた。よほど調子がいいのかエドが病室を出ている。
と、違和感がある。ハボックは懐かしい感覚に襲われた。昔に戻ったような。4年ほど前に戻ったような。
「大将、ちっこくなってる!!」
ハボックは脳まで筋肉でできていると女達に見られていた肉体派だが、意外に勘がいいし現場指揮官としては頭(かしら)になれる男だ。ただ、その頭脳は現場でこそ最大に発揮され、ふだんはそれほど鋭い表情を見せない。緑陰荘のメンバー全員が気づいても気づかない振りをしていたある事実を彼は指摘してしまった。マスタング派閥最大のタブー、鋼の錬金術師の身長を
小さい
と言った。
「だぁれが、豆粒どちびかぁー!!!」
懐かしい一撃をハボックは片手で受け止めた。間違いなくエドは3センチほど縮んでいる。それにしてもこのところかろうじて室内を歩ける状態だったエドのこの元気さは何だ?
「エドワードさん、体力を無駄遣いするとますます縮みますよ」
一番若いメンバーの小さな声が空間を切り裂いた。
ピタリ。エドの動きが完全に停止した。
(こ、こいつ、アルよりきつい)
すかさずラッセルの手が暴れ馬でもなだめるかの手つきでエドを抑えた。
(こいつら、アルの役を分業しているな)
アルはこういうときさりげない一言とともに暴れ馬状態のエドを一人で御した。
そういえば最初にエドに出会った12歳のときにもそうだった。
『こんなちっこい子に軍属をさせるんスか?』
その一言でエドの右こぶしが跳ね上がってきた。(身長に差があるためまっすぐ打ち込めない)
あの時、アルはさりげなく言った。
『事実だから仕方ないよね。兄さん』
エドがポップコーンみたいな暴発型なのはマスタング派閥共通の認識だが、その弟が単に礼儀正しく素直なだけの少年でないことに最初に気づいたのはハボックだった。
今日この部屋にいるのはロイとハボック、エドとラッセル、それにフレッチャー。ほぼ24時間ラッセルにくっついているブロッシュはいない。あの書類地獄の日だ。ようやく一段落ついて一息つこうとしたら追加の書類が緊急度最大で運ばれてきた。やれやれと思って見てみると。
『穀倉地帯のグレートプレーンズに巨大トルネード発生。被害多し。緊急救援請う』
何気なく眺めていたブロッシュは書類を補佐官から奪い取った。本来なら軍法会議ものだが次に出た言葉に誰もそんなことを気にしなくなった。
『母さんが』
グレートプレーンズ。そこはアメストリス有数の穀倉地帯。小麦大麦カラスムギとうもろこしと多種類の穀物の大生産地。名前からもわかるように平らな土地だ。大きな川があり古くから用水路でのかんがいが進んでいた。
アメストリスの中心からはだいぶ離れており独自の気風がある。
そのため駐屯している軍もせいぜい交通事故対策(羊と牛が荷車にぶつかる程度の事故)程度でこういう災害時の対策は不可能である。
そのために電信と電話をつないでセントラルに緊急援助を求めたのだろう。
穀倉地帯がやられたと言うことは軍にとっても大打撃だ。
ただ、これだけの書類では何もわからない。
それなりの士官を送って調査し、どういう援助が必要かを含め指揮を取らさなければならない。
ただ、あの土地は、いろんな意味で田舎だった。まず、まともに言葉が通じない。異常になまりがきつい。しかも中央の人間が行くとそれを意識的に強めるのだ。地元出の士官がいたはずだが、タイミング悪く戦場である。
きわめて保守的で仲間意識が強いあの土地に誰を派遣すればトラブルなしにいくのか?そこまで考えたところで補佐官は書類を奪った男に気づいた。
「ブロッシュ少尉。グレートプレーンズの出か?」
「はい」
あわてて軍人の顔に戻る。処罰覚悟だった。
そのブロッシュの前にラッセルが立つ。書類を取り上げた。詳しくはわからないがかばうつもりらしい。補佐官は微笑する。かわいいものだ。
「トリンガム中佐。彼の故郷の救援に少尉を誰かにつけて派遣したい。よろしいですね」
こうしてブロッシュは10日の予定で行った。
出かける直前までラッセルに「無理に我慢しなくていいけど、お願いだから私が帰るまで何もしないでおとなしくしていてください」と繰り返して。
さすがのラッセルも自分がトラブルに縁があることは自覚している。(トラブルを呼び込んだり火に油を注いだり、火の無いところに炎を撒き散らしているというところまでは自覚していない)
「おとなしく待っているから」と固く約束した。
ラッセルは約束を破るつもりは1グラムも無いが、ブロッシュはこの約束が守られることについて1グラムも信用していない。嘘をついているわけではない。
ラッセルは本気だ。問題はおとなしいと言う判断が彼の場合かなり広い、ただそれだけだ。
84ハリコの戦争と 偽装誘拐
「厳守すべき秘密というより,ナイショごとに近いんじゃないスか」
ハボックの答えはロイの予測のとおりだった。
あの右手に練成陣を刻まれたやつらのことだ。
彼らは自分達でライト(右)と名をつけていた。
もし、本気で軍が彼らを隠すつもりならそもそもあんなに派手に退役者や負傷者を集めたりすまい。それにライト達は外出禁止だが洗濯業者や生鮮食品の納入業者は堂々と出入りしている。
ロイも当初から同じ疑問を持っていた。だからハボックを送り込んだ。堂々たる密偵にハボックほど向く男はいない。確認のためというよりライト達の生の声を知りたかった。
ハボックの報告はロイの予測を超えた範囲まで広がっていた。いったい誰を口説いたのか。包帯の下に隠されたあの破壊の練成陣の写真まである。
間違いない。スカーの彫り物と同じだ。
「どうやってこれを彫ったのか話を聞きたい。呼び出せないか」
「そりゃダメっすよ。情報提供者のプライバシーを守らなけりゃジャーナリストの信用ゼロになっちまう」
「ジャーナリストか、 よし、ハボックお前フリージャナリストになれ」
軽い冗談のつもりだったハボックはロイの言葉にぽかんとした。
「冗談スよね」
「当然本気だ。私がいかに優秀でファミニストで美形で頼れる男かをたっぷり宣伝してくれ」
「たいさー、ジャーナリストは信じてない情報は書かないんすよ」
「何を言うか。事実だけだ」
堂々たる返事。まったくこれが全部本音なのだから恐れ入る。
しかもあながち嘘ではない。ただし、それらの良い点を上回る弱点があるだけだ。
「へたれで、雨の日無能で、サボリで、書類が遅くて、女たらしで」
「人使いが荒い」
「うんうん、若い者は良く見てるなぁ」
エドの声に続いてラッセルが止めを刺した。大将はともかくこの坊やにもこんな顔ができたのか。ハボックは16歳コンビをつくづくと眺めた。よほど調子がいいのかエドが病室を出ている。
と、違和感がある。ハボックは懐かしい感覚に襲われた。昔に戻ったような。4年ほど前に戻ったような。
「大将、ちっこくなってる!!」
ハボックは脳まで筋肉でできていると女達に見られていた肉体派だが、意外に勘がいいし現場指揮官としては頭(かしら)になれる男だ。ただ、その頭脳は現場でこそ最大に発揮され、ふだんはそれほど鋭い表情を見せない。緑陰荘のメンバー全員が気づいても気づかない振りをしていたある事実を彼は指摘してしまった。マスタング派閥最大のタブー、鋼の錬金術師の身長を
小さい
と言った。
「だぁれが、豆粒どちびかぁー!!!」
懐かしい一撃をハボックは片手で受け止めた。間違いなくエドは3センチほど縮んでいる。それにしてもこのところかろうじて室内を歩ける状態だったエドのこの元気さは何だ?
「エドワードさん、体力を無駄遣いするとますます縮みますよ」
一番若いメンバーの小さな声が空間を切り裂いた。
ピタリ。エドの動きが完全に停止した。
(こ、こいつ、アルよりきつい)
すかさずラッセルの手が暴れ馬でもなだめるかの手つきでエドを抑えた。
(こいつら、アルの役を分業しているな)
アルはこういうときさりげない一言とともに暴れ馬状態のエドを一人で御した。
そういえば最初にエドに出会った12歳のときにもそうだった。
『こんなちっこい子に軍属をさせるんスか?』
その一言でエドの右こぶしが跳ね上がってきた。(身長に差があるためまっすぐ打ち込めない)
あの時、アルはさりげなく言った。
『事実だから仕方ないよね。兄さん』
エドがポップコーンみたいな暴発型なのはマスタング派閥共通の認識だが、その弟が単に礼儀正しく素直なだけの少年でないことに最初に気づいたのはハボックだった。
今日この部屋にいるのはロイとハボック、エドとラッセル、それにフレッチャー。ほぼ24時間ラッセルにくっついているブロッシュはいない。あの書類地獄の日だ。ようやく一段落ついて一息つこうとしたら追加の書類が緊急度最大で運ばれてきた。やれやれと思って見てみると。
『穀倉地帯のグレートプレーンズに巨大トルネード発生。被害多し。緊急救援請う』
何気なく眺めていたブロッシュは書類を補佐官から奪い取った。本来なら軍法会議ものだが次に出た言葉に誰もそんなことを気にしなくなった。
『母さんが』
グレートプレーンズ。そこはアメストリス有数の穀倉地帯。小麦大麦カラスムギとうもろこしと多種類の穀物の大生産地。名前からもわかるように平らな土地だ。大きな川があり古くから用水路でのかんがいが進んでいた。
アメストリスの中心からはだいぶ離れており独自の気風がある。
そのため駐屯している軍もせいぜい交通事故対策(羊と牛が荷車にぶつかる程度の事故)程度でこういう災害時の対策は不可能である。
そのために電信と電話をつないでセントラルに緊急援助を求めたのだろう。
穀倉地帯がやられたと言うことは軍にとっても大打撃だ。
ただ、これだけの書類では何もわからない。
それなりの士官を送って調査し、どういう援助が必要かを含め指揮を取らさなければならない。
ただ、あの土地は、いろんな意味で田舎だった。まず、まともに言葉が通じない。異常になまりがきつい。しかも中央の人間が行くとそれを意識的に強めるのだ。地元出の士官がいたはずだが、タイミング悪く戦場である。
きわめて保守的で仲間意識が強いあの土地に誰を派遣すればトラブルなしにいくのか?そこまで考えたところで補佐官は書類を奪った男に気づいた。
「ブロッシュ少尉。グレートプレーンズの出か?」
「はい」
あわてて軍人の顔に戻る。処罰覚悟だった。
そのブロッシュの前にラッセルが立つ。書類を取り上げた。詳しくはわからないがかばうつもりらしい。補佐官は微笑する。かわいいものだ。
「トリンガム中佐。彼の故郷の救援に少尉を誰かにつけて派遣したい。よろしいですね」
こうしてブロッシュは10日の予定で行った。
出かける直前までラッセルに「無理に我慢しなくていいけど、お願いだから私が帰るまで何もしないでおとなしくしていてください」と繰り返して。
さすがのラッセルも自分がトラブルに縁があることは自覚している。(トラブルを呼び込んだり火に油を注いだり、火の無いところに炎を撒き散らしているというところまでは自覚していない)
「おとなしく待っているから」と固く約束した。
ラッセルは約束を破るつもりは1グラムも無いが、ブロッシュはこの約束が守られることについて1グラムも信用していない。嘘をついているわけではない。
ラッセルは本気だ。問題はおとなしいと言う判断が彼の場合かなり広い、ただそれだけだ。
84ハリコの戦争と 偽装誘拐