金属中毒

心体お金の健康を中心に。
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17 血の陣

2007-01-01 09:06:19 | 鋼の錬金術師
17 血の陣

うとうとと眠りかけたエドを見ながら、ラッセルは血液検査の結果とさっき読み取ったデータを組み合わせていた。
(金属中毒か、それもかなり長期にわたる。おそらく原因は、アル(の鎧か)。気づかなかった。あの時(ゼノタイムの時)気づいてやれれば少しは軽くてすんだのに。俺は何の役にも立てなかった。
肝臓と腎臓がとくに汚染されている。エドの体つきが変わっているのは肝臓障害のせいだな。きめ細かい肌、丸みを帯びた体形。典型的なホルモンバランスの崩れだ。二次成長がはっきりしない。声もゼノタイムの頃と変わらない。いくらチビでも普通16にもなっていれば、いや中毒の影響か。身長(チビ)は禁句だが。
中毒特有の症状はまだそれほど出ていない。今の問題は摂食障害だな。この腫瘍一日でも早く切ったほうがいい。限界だ。破裂するとあちこちで同じことが起こる。そうなっては3ヶ月どころでは無くなる。
准将が帰ったらオペのシステムがあるかも含め、協力してくれる医師を、それも何を見てもおたつかないような肝の据わった医師の心当たりを訊かないと。これでは、国錬(国家錬金術師)を受験するどころではないな。いや、ここにいるならそれも急がないと、なにしろ追われている身だからな)
小さく苦笑した。自分でもトラブルの多いやつだと思った。別に引き込んでいるつもりはないがトラブルに懐かれていると本人は思っていた。彼の弟に言わせると『兄さん自身はトラブルの種だし、育てるのも上手だから』となる。
(オペ後はあれを使うか。長期戦を覚悟しないと、少なくとも一年は支えきれないと意味がない。今までの最長は半日か。まずいな。吐血したのはあの後だった。
やり方を考えないと、底支えだけで何かの折にだけ全力で支えるような方法を考えるべきか。何しろ今までこんな治癒方をやったやつはいないだろうからな。ひとつずつ確かめるしかないか)

深夜に帰ってきた准将(マスタング)に彼はコートをハンガーに掛けてやりながら、お尋ねしたいことがありますと切り出した。二人の相談は夜明け前まで続いた。話の終わりごろにようやく国錬受験の話題になった。事務的なことを説明した准将は「君の年では後見は不要だから、推薦の立場をとる」と言い出した。
「ありがたいことですが、その前に私の過去を調べなくてよろしいのですか?」
「君は彼女(リザ)が連れてきた。鋼のは君を友人といった。私は君の腕を確認した。その年であれだけの腕を持つには表の道だけではないことは自明のことだ。ハヤテも君を信じているしな(笑)。これ以上の証明は必要ない」
(きもが座っているのはこの准将閣下のほうだな。しかし、一応言っておくか。物によってはもみ消しも必要になる)
「ありがとうございます。ただ、今後のこともありますので申し上げておきます」
ラッセルはゼノタイムのときから治癒師時代そして金の合成を強要されたとはいえ行っていること。今回の出てくるきっかけとなった無免許オペまでかいつまんで説明した。その中でロイを驚かせたのはラッセルがエドより1個年下であるという事実だけであった。
「それは、さぞや鋼のが噛み付いたことだろうな」
「あのころは俺も子供でしたからずいぶんやりあいました」
(おやおや、この言い草では自分はもう大人のつもりか。精一杯背伸びしているというところか。まぁめったな者では背伸びも見抜かれまい)
時間のあるときにということですぐ国錬の書類が作られた。それに書かれた父親の名にロイはかすかな記憶を刺激された。
(ナッシュ・トリンガム。どこかで聞いた名だが)

早いほうがいいということでオペは明後日と決めた。翌日ラッセルはオペのシステムの不足を確認し不備はすぐさま補われた。ロイの権力や財力があればこそであった。ご当人のエドは『お前が切るならいいよ』と腹を出して寝ている。アルがしていたようにエドの衣服を整え布団をかけなおしながら、ラッセルはこの戦友とも悪友とも親友とも表現できる小柄な友の信頼に応えようとの思いを新たにする。
ラッセルはエドにはオペの方法もその後に行う共鳴治癒についても説明しなかった。またエドも訊ねなかった。信じている。声にはされない思いを彼はエドから受け取っていた。
(血の陣と共鳴。エドの命を預かるのだ。俺も命ぐらいリスクにかけなければ釣り合わないだろ)
それはとかく無茶を平気でしがちな兄をいつも心配している新ゼノタイムに置いてこられた弟が聞いたらどちらかひとつだけでさえも、兄の負うリスクが大きすぎると反対するであろう方法であった。

ラッセルから説明されたオペの方法にロイは頭を抱えた。錬金オペとしてもかなり厄介な方法のようだった。ロイは治癒の方法には知識が少なかったがそのロイですら考え込むようなオペになりそうであった。はたして医師でそんな物を見てなおかつ、もしもラッセルが倒れたときの保険(後処置)をつとめられる者がいるのか?
『最悪の場合、准将にオペ室に入っていただきます』。ラッセルは平然と言ってのけたがロイはこういうことにはプロ(医師)の手を借りたかった。
「やはり、あれに頼むか」
焼死体の権威といわれる、軍随一の死体の監察医、イシュヴァールの共犯者。ドクターノックス。
オペの日の共犯者のスケジュールを准将の権限ですべて空けさせると、当日ロイは私服に着替えてから共犯者を迎えにいった。
これ以上かかわりたくないなら断ってくれというロイに共犯者は言った。
「け、今更のことを。てめぇが焼いた後の共犯は俺と決まってるんだ」
オペ室では手術するものとされるものがすでに待っていた。
「おい、坊主」
ノックスの言う坊主とはラッセルのことであった。
「このくそがきを外へ出したらすぐ始めるぞ。用意しとけ」
(へぇ、この准将を目の前でくそがき呼ばわりする人がいるんだな)
ノックスはラッセルの体から硬さが抜けるのを見た。
(いいぞ。そのままリラックスしていろ)
大人二人は同じ思いを持った。
「はい、では准将外へ出てください」
一瞬で治癒者の顔になったラッセルに背中を押されてロイは外へ出された。すぐにドアは練成(封印)で閉ざされた。
「器用なものだな。お前も錬金術師か」
「はい、ラッセル・トリンガムといいます」
「ほぉ、ロイのくそがきはまた面白い手ごまを見つけたものだ。ゼランドール市で医者が逃げ出す厄介なクランケ(患者)の腎臓オペをしたもぐり(治癒者)がこんな小僧とはな」
「お話になるようなオペではありません。(何しろ野戦病院以下の突貫オペだ)患者さんの生命力の強さのお陰です」
「ふん、お前らもぐりは何かというとそれだな。確かに生命力の無いやつはオペが成功しても俺の管轄になる(死んでしまう)からな。では話に聞いたもぐりのオペを見せてもらうか」
揶揄するような言い方にラッセルのプライドが反発した。
「もぐりがどんなオペをするのかゆっくりご覧ください」
(結構気の強い小僧だな)
ラッセルはもうノックスのほうを見もせず、エドを上からそっと抱いた。麻酔の効いているエドに聞こえるはずはないのに耳元でささやく。
「エド、始まるよ。必ずお前がちゃんと飯が食えるようにしてやるからもう少しいい子で寝ていてくれ」
ラッセルの身に青紫の光がまとわれた。錬成光である。ロイならば気づいたはずだった。青紫の錬成光など今まで聞いたことすらないと。
エドのオートメールの腕に手を沿わす。ラッセルの手には青色のメスがあった。
(エドのオートメールからメスを作ったか。錬金術師にとっては意味のあることだろうが俺にはよくわからんな。あのメスならきれいな切り口になる)
作られたばかりのメスでラッセルは右手首を切った。
(何をする気だ)
流れる血を何気なく操作してエドの周りに血の錬成陣を描く。青紫の光が二人を包んだ。
ノックスの見ている前でメスが腹部に置かれた。まったく力を入れているとは見えないのに必要な部分が開かれていく。大きく開かれたエドの腹部に見える内臓は赤というより赤黒かった。
(これは悪い)
医師と治癒師は同時に思った。

閉ざされた扉が再び開かれたのは12時間後。部屋を出されたときと同じ位置同じ姿勢で立っていた
ロイに、戦友あるいは共犯者は何かに怒っているような視線を向けた。
「チッ、てめぇは犬か」
「私の犬はまだ動けないからな。代理だ」
ロイの言う私の犬が誰なのかノックスにはすぐに分かった。
(こいつはまだあきらめていないな。)
「マスタングさんよ。とんでもないものを見せてくれたもんだな。あの坊やは医者つぶしだ。あんなオペを見せられてまだ医者を続けられる根性のあるやつがどのくらいいることか。まぁ、死体専門の俺には関係ない話だが」
「治ったのか?」
せきたてるようなマスタングの声、それにノックスはむしろ淡々と答える。
「腫瘍は完全に切り取った。離乳食程度からはじめれば物を食えるようになるはずだ。だが・・・」
「だが?」
「藪どもは一年と言ったんだな。そんなにもたん。トリンガムの坊やがどんな手を使う気か知らんが、下手すると共倒れになる」
「そうか」

帰りも送るというロイをノックスが止めた
「いいから坊やを見ていてやれ。おそらくリバウンドとやらを起こすだろ。当分はあまり無理させるな」

翌日目を覚ましたのは三人の錬金術師のなかでエドが一番早かった。
「腹減ったな」
色気のない第一声を発するといすの上で眠っているロイを起こしにかかる。
「ロイ、急がないと朝飯抜きだぜ」
「エド、起きたのか」ロイは飛び上がるように目を覚ました。
「腹へって寝れなくなった。なぁ朝飯食っていいだろ」
なんとも感動のない言葉の中に逆にラッセルに対する信頼がある。
「良かったな。
食べるのはラッセルに訊いてからにするんだ」
そのラッセルは病室の一隅にある簡易ベットでまだぐったりと眠っていた。昨日ロイは彼に部屋で休むようにずいぶん言ったのだが、どうしてもエドに付いていると言い張り、妥協案として簡易ベッドに休ませたのだ。病人のエドより顔色が青白く見えるのは昨日の出血が原因らしい。
「エド、ラッセルが起きるまで待っていてやれ。私はもう出るがおとなしく留守番するんだ、いいな」
メイドに消化に良いものを作るように言い置いてロイは軍に出て行った。今日もいつもどおり大総統のお供であった。