金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

75 希望の腕

2007-01-03 16:22:11 | 鋼の錬金術師
75 希望の腕

なぜ止めなかった。医師はそう言って弟を責めたが弟は簡単に答えるのみだった。
「止めても無駄ですから」
あまりにもあっさりと答えられて医師は力が抜けた。
(こんなところだけ兄弟か)。この兄弟は普段はあまり似ているとは思えないのにこういうときだけそっくりになる。
「ほっておいても帰ってきますよ。
あの人がここにいるから」
なぜだかとげを感じる言葉である。
ブロッシュからも似たような言葉を聴いた。
「あんな人を一人で行かせてどこかでトラブル起こしたらどうなるか。どうして教えてくれなかったのです」
どうも兄のトラブル体質は数ヶ月でブロッシュにはばれたらしい。
戦場視察を終えたマスタングは憲兵隊を使って捜索すると言った。
さすがにそれだけはフレッチャーが止めた。兄はすでに憲兵隊とはトラブルを起こしている。これ以上関わりたくないだろう。

弟があちこちから文句を言われていたころ、兄は金貨の袋をつついていた。
翌朝、とにかく連れ込み宿を出て、駅に向かう。途中で買った新聞で今日が緑陰荘を出てから3日目だと気づいた。
丸一日分以上の記憶が無い。
(どうしよう)と思ってしまった。もし弟に聞かれたら言い訳の仕様が無い。まさか男と連れ込み宿にいたなどとは言えない。
(何か言い訳がいるな)
調べてみればこの町は目的地の町ノストのすぐ近くである。
(予定通りノストに行って調べてみるか。何かつかめるかもしれない)

ノストの町でまず金貨の一部を普通の金に交換する。表通りの銀行でも交換は可能だがラッセルは裏の交換ルートに行った。アームストロング財団の金貨は裏の方が、交換レートが高い。
ラッセルは大型の鍋にハンマーを組み合わせたデザインのアームストロング(財)の金貨に苦い思い出もある。まだ旧ゼノタイムにいたころラッセルは町長に泣きつかれて偽金貨を作っていた。善良だが無能な町長は町の移転費用捻出のため、旧ゼノタイム最高傑作であった『幻の海』の売買代金として町に渡された金貨を使い込んでいた。アームストロング(財)に購入されたのは町にとって最高の名誉だった。それを記念するため支払いに紙幣通貨ではなく金貨を希望し町の栄誉として記念館に飾ってあった。使い込みそのものは町のためであり公表しても害は無かった。しかし、町長は「町の名誉とみんなの気持ちのよりどころとして金貨は必要だ」と泣いた。けっきょくラッセルは私通貨偽造に踏み切った。
アメストリスでは軍事も地元軍と正規軍の二重構造になっているが、経済も二重いや、多重構造になっていた。まず、政府の正式流通紙幣がありそのほかに大型財団や貴族の発行する私貨幣がある。また地方自治体の発行する市通貨がある。その中ではアームストロング(財)の発行する金銀銅貨は鋳造の複雑さから偽造が困難なことから高い評価を受けており、貯蓄や贈答用にことに賄賂に好まれた。
指紋ひとつ付いていない金貨は最高の輝きで見るものに価値を主張した。しかし、ラッセルにとって金はさほど魅力的ではなかった。彼を魅了する黄金はこの世界中探しても二つしかない。生きている黄金。太陽そのものを溶かし込んだような輝く髪。いつもラッセルが面倒見ている髪。きれいな髪なのにちっとも手入れしないからあちこち痛んでいた。それはその髪の主がずっと歩いてきた旅の痕跡。そしてもう一人。さらさらの手触りのいい金の髪。その髪をラッセルはよく撫でていた。この頃髪の主が大きくなったので最近では撫でるのに苦労するようになった。
さらり、背中の半ばまで届く銀の髪が揺れた。14歳の時から毛先をそろえる以外に切ったことのない髪はかっての色を失っていた。昔、ほんの数ヶ月前まで彼自身の髪もあの二人の髪に似た金色をしていた。今ラッセルの髪は秘書課のお局様が「古典的な言葉だけど月光を溶かしたような髪ね」と言ったように瞳の色に合わせたかのような銀に変化している。
裏の両替屋でラッセルは見覚えのある顔に声をかけた。金の髪に青い瞳の中年の男。通り名はブルー。相手はしばらくラッセルのことをわからないようだった。
「シルバーか?その髪どうしたんだ?」
「(リバウンドで)やられた」
同じ錬金術師同士だからそれだけの言葉で通じる。
「(銀も)似合うな」
ラッセルはブルーがしばらくこの辺りにいたと聞くとガイドとして雇った。
あまり時間がない。地元に詳しい同業者がいれば利用したかった。
「宝探しねぇ」
ブルーはあまり興味がないらしい。
「クセルクセス文明の隠し財宝だ。金銀宝石、何よりもあの文明の錬金術の粋を集めた古文書がある」
口からでまかせの嘘八百だったが本当の理由を説明するわけには行かない。
砂漠の流砂の詳しい情報と体力のある人夫が必要だ。
ラッセルは惜しみなく金をばら撒いて情報を集めた。ブルーが噂をばら撒いて人夫を集めた。この小さい国境の町でどうやったのか300人がかき集められた。明らかに表通りを歩けないような連中もいたがラッセルは質より量と割り切った。
「貴重な古文書に傷をつけないよう作業は丁重に。傷無しで金属の碑文らしきもの、あるいは金属製の品物を持ってきたら倍の重さの金と交換する」
なんとも気前のいい話だった。さらに証拠として中継屋に金貨を1枚預ける。金貨1枚とはいえまともな生活をしている労働者には一生お目にかかることも無い高額貨幣である。噂を聞いて正式に雇った人夫以外のハイエナのような連中も集まった。
人海戦術、ラッセルの好みではないが時間が無いので贅沢は言えなかった。砂漠の流砂が最後に集まるところと言われるポイントを中心に500人近い人間が繰り出した。だが、3日たっても金どころか古釘1本出てこない。ラッセルは焦った。休暇の残りは後10日だがすべてを砂漠で使い切るわけにはいかない。今回は衝動的にセントラルを飛び出してきたが、本来なら工場の研究室に篭って赤い石の製造を急ぎたい。
ラッセル自身も砂漠のテントに寝泊りして昼夜を問わず砂を探った。錬金術を使う彼の捜索は同業者だったブルーの目から見ても珍しいものだった。まず適当な植物の種あるいは株を用意する。それに術をかけて根を伸ばす。細く弱い毛細根を通じて根の周囲にあるものを探る。根は10センチ間隔で伸びていく。術の続く限りどこまでも。
「ここまでか」
弱い声でラッセルはつぶやいた。植物の種類を砂漠に強い砂ヨモギに変え幾度も試してみるがさすがに不毛と言われる西の砂漠である。根が伸びて行かない。今のところ探索範囲は術の周辺5キロ半径で限界だった。
砂漠の夜は暗い。空には嵐が起きない限り満天の星が輝くがその光は砂漠を照らしてはくれない。その暗い夜に、ふと目覚めてテントの周囲を散歩していたブルーはぽうっと青紫の淡い光を見つけた。
青紫の光が急に強くなる。それが巨大な練成陣であることは自らも錬金術師であるブルーにはすぐわかった。中心と思しきほうに向かい足を速める。
「シルバー、どこだ?」
大声で呼んでみても返事が無い。
ブルーは舌打ちした。シルバーはまたどこかで倒れているらしい。まったく手のかかる雇い主だ。限界まで術を使うなと何度言えばわかるのか。ほっとくと砂漠に埋もれかねないので手早く探す。方向がはっきりしているのが幸いして15分以内で見つけた。
「おい、起きろ」
乱暴に揺さぶる。がくがくと意識の無い体が乱暴に揺れる。ゴムが外れたらしく銀の髪が体の動きに応じて揺れた。
ブルーは体の奥がきゅっと音を立てるのを感じた。両刀使いとまではいわないが裏街道を歩くものとして多少の経験はある。
「こら、襲うぞ!とっとと起きろ」
ふと手に違和感がある。妙に熱い。
(こいつ、熱が。砂漠熱か)
砂漠には特有の病気が多いが砂漠熱はその中では一般的な病気である。砂漠に慣れてない者がうろつくと2日目ぐらいでやられる。体力にもよるが40度近い熱を出す場合もあり油断がならない。たいていはそう重体にならず3日もすれば回復する。体力があれば発熱しない場合もあるがラッセルは体力低下状態だった。
(39度ぐらいあるな。無理しやがって。こんな状態でうろついてまで何を探している?財宝が嘘なのはすぐわかるが、・・・砂漠に関わる金属?希少金属鉱山でもないようだが)
手のかかる雇い主を抱き上げる。ブルーの身長は185センチ、ラッセル(シルバー)は身長だけはあまり変わらないが横幅がまるっきり違った。骨太で筋肉質のブルーの側にいるとラッセルは誰が見てもお嬢さんに見えた。一度何も知らない人夫に「お嬢さん」と呼ばれて相手を殴り倒した事もある。
…アル…すぐ見つけるから待っていろ…
ブルーの耳に聞こえたのは、声にもならないような小さな呟きだった。
(アル?誰だ。そいつを探しているのか?こいつの知り合い?いやこの雰囲気はそんな簡単な関係には見えないな。愛人か?)
ラッセルが寒気に耐えかねて目を覚ますとテントの中だった。テントに戻った記憶がない。
(寒い)
ひどく寒い。外は明るいからもう昼間のはずだ。砂漠の気温は40度を軽く越す。寒いはずはないが、ラッセルは震えが止まらなくなっていた。
「おい、アルはお前の愛人か?」
いきなりの声だった。入ってきた気配がないところを見るとテントの中にいたらしい。
「ブルー。何をいきなり」
どうしてアルの名を知っているのかという疑問は浮かばなかった。言われた内容の意外性だけで頭が吹っ飛んでしまった。
のどが痛い。どうやら風邪でもこじらせたらしい。この寒さは熱のせいかもしれない。
「惚れているだろ。こんなところで金を使う理由なぞほかにあるか?」
ブルーは骨太のごつい顔に似合わないニヤニヤ笑いを浮かべている。
「お前にそっちの趣味があるとは知らなかったな。ファーストが知ったらさぞ面白がるだろ」
ラッセルは立ち上がろうとした。とにかくこいつを一発殴り倒さねば気がすまない。だがわずかに動くだけで全身の関節が痛む。
息切れがした。
「起きられるか」
急にまじめな顔になってブルーが覗き込んでくる。
太い眉、青い瞳、筋肉質の体。
誰かを思い出す。
「離れろ。触るな」
「かわいげのないことだな。昨夜は俺に抱きついてきたんだが」
「な、」
嘘だ、と言いたいがかすかな記憶がある。そういえば昨夜も寒かった。認めたくないがつい癖が出たらしい…。いつついた癖かについては、なお考えたくなかった。

少し遡って昨夜のことである。アレックス・ルイ・アームストロングは幾人かの兵士を率いて砂漠を警戒していた。ここはシン国との国境を守る基地であり、どちらの国にも所属しない砂漠の野党達から国境近くの町を守る基地でもある。いきなり強力な練成を感じた。振り返ると青紫の光が地上から天に挑戦するかのように伸びた。そしてすっと消える。
「ばかな、今の練成光は。まさか」
砂漠にいるはずのない者の錬成光。見間違うとは思えない。だがなぜあの子が西に来ている?
(マスタング殿か?あの子をアルの捜索に使った?考えられないが)
とりあえず基地に戻る。本音ではすぐに探しに行って確かめたいが軍務中ではどうにもならない。
(一人で飛び出したのか?アルの行方不明を聞いて。いや、使者が来たのは昨日だ。そんなに早くセントラルに届くはずがない。真珠を持った使者が)
シン国の密偵に会ったのは偶然だった。昨日もいつもどおり兵士たちを連れて砂漠の警備に当たっていたのだが(本来は大佐に昇進したアームストロングが自ら動く必要など無いのだが)そこで砂漠を横断していた旅芸人の一座を捕まえた。その中の一人が使者だった。小さな真珠のピアスを忘れるはずが無かった。いつもロス少尉の右耳に付けられていた懐かしいピアスを。マスタングには真珠のピアスではわからないだろうからアームストロングは家紋入りの指輪を託した。使者はセントラルに向けて再び旅立った。アームストロングは知らない。この使者がエドワード・エルリック誘拐の密命を受けていることを。

軍人達はトリンガム兄弟にホムンクルスの話を教えなかった。当然、大総統に疑いをかけていることも教えていない。彼らを信用していないわけではない。教えないのはむしろ愛情からだった。それでなくてもトラブルの多い彼ら(特に兄)にアルがシン国に行ったことなど教えたら、エドのためにと行方を追いかねない。マスタングが大総統をいつか目指しているというのは軍では有名な話なのでラッセルも知っている。しかしそれはミニスカート宣言のついでのように言われており誰もが冗談だと思っている。ホムンクルスが一度紅陽荘に来たことも教えていない。エドが赤い石を求めていることはすでに14歳のとき出会ったときに知られているのでそのままにしている。しかし、今マスタングとアームストロングがエルリック兄弟のためホムンクルスを捕らえ赤い石を奪うつもりであることは知らせていない。
黙っているのはこれ以上巻き込まないためで、むしろトリンガム兄弟の将来を考えてのことだった。しかし、軍人達は知らなかった。ラッセルが裏に独自の情報ルートを持っていることを。ラッセルはすでに正体不明のシン国人がアル失踪の直前まで接触していたことまで知っていた。当然アルの失踪がシン国がらみなのは予測できる。そしてエドが見た夢。いくつものピースを組み合わせて今彼は砂漠にいる。車なら30分でつくところにアームストロングがいることには気づかないまま。
ラッセルが発熱のため町の宿に引き返したころ、軍の兵士達がむやみと砂を掘る性質の悪そうな男達を幾人か捕らえた。彼らは宝探しと言い張った。実際彼らはそう信じていた。宝探しごときなら本来ならほうっておいてもいい。だが場所が悪かった。ハイエナのような男達はすでにクセルクセス遺跡の近くも掘り返している。そしてその辺りはさまざまな野党や部族の利害が複雑に絡み合う場所である。うかつな行動は戦乱の引き金になりかねない。軍は見せしめとして男達を20人ほど捕らえ、他の者にも解散を命じた。ゴマのハエのような男達はいったんばらばらになった。しかし、すぐ戻ってきた。翌日軍はまた20人を捕らえた。首謀者を出せと詰め寄った。ブルーはさっさとトンズラを決めた。それでも一応あれから発熱が続いて宿にこもっているシルバー(ラッセル)に声をかけてやる。
「軍が」
「お前もさっさと逃げろ。捕まったら面倒だ」
ブルーはシルバー(ラッセル)が国家錬金術師で中佐待遇を受けていることは知らない。
ラッセルは確かにつかまりたくは無い。しかし、一人で逃げ切る自信が無かった。最悪の場合は身分を明かせば中佐待遇としてセントラルまで送ってくれるだろうが、何の目的でこんなところにいたかを軍に知られたくない。それに捕まったりしたらアームストロングに迷惑がかかる。
集まっていた男達はおそらくアメストリス内に逃げるだろう。それなら。
「ブルー。あとひとつ仕事を頼みたい」
「クセルクセス遺跡へか。おまえも物好きだな」
「送ってほしい。それに軍は国内を探すだろ。クセルクセスで少し時間をつぶしてから逃げれば網が緩んだころだから逃げやすい」
にやり、ブルーが笑った。いやな笑いだ。
「よし。その代わり俺のやり方に合わせてもらおうか」
ラッセルはいやな予感がした。しかし、今はこの男を利用するしかない。


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