油汚れがひどい食器洗いに、一滴垂らすだけで擦らなくてもすーっと油が浮いて流れてしまう、というテレビコマーシャルを時々流しています。もしそれが本当なら、日常的にその洗剤を台所で使っていたら、流しから常にその洗剤が溶けた液が流れているわけですから、流しからの排水パイプの内側もぴかぴかになるのでしょうか?
そんなに人生は、楽じゃない?
【ただいま読書中】『島へ免許を取りに行く』星野博美 著、 集英社、2012年、1500円(税別)
40歳を過ぎて人生に煮詰まってしまった著者は、「免許を取ろう!」と思い立ちます。それも「環境の良いところで集中できる合宿免許」。そこでやって来たのが、五島・福江島の教習所、もとい、自動車学校です(ここの教官によると、この2つはまったくの別物なのだそうです)。なぜか厩舎がついていて、暇なときには、自動車ではなくて馬に乗ることができます。学校の前はビーチ。
一緒に合宿をやっている(あるいは通学をしている)若者たちは、次々卒業していきます。しかし著者は仮免さえなかなか受けられません。(私から見たら)信じられない苦労をしていますが、これは「運転ができる」と「運転ができない」の間の深い深い溝のせいでしょう。私自身は20歳くらいの時に免許を取りましたが、特に苦労なく取得できたものですから、こういった苦労をする人の辛さの本当のところはわかりません。ただ、著者がいろいろ聞き回った中で「アクセルを踏もうとしたら右手がハンドルを叩き、ブレーキを踏もうとしたら左手がハンドルを叩く(足に行くべき情報で手が動いてしまう)ため免許取得をあきらめた人」は確かにあきらめてくれて正解、とは言えそうです。もっとも私自身、これから年を取っていってどうなるかはわかりませんけれど。
暇なときに島内をぶらぶらして著者はいろんなことに目を留めます。まずは物価の高さ(離島への輸送費が主原因でしょう)。その割に仕事が少ないこと。都会に出た子供は帰ってこない(帰ってきてもする仕事がない)。都会人が好む「豊かな自然」はありますが、そこで文化的に生きるのは大変です。「人の目」も大変なのでデートするのも一苦労です。おっと、「車がなければ生活がとっても不便」という現実もありました。離島と言っても、とっても大きな島なのです。
著者は理屈を好むタイプの人のようです。とにかく「なぜそうなのか」がわからないと、そこから一歩も前に進めません(進みません)。一度思い込むとそこからなかなか抜けられません。運動神経の訓練が相当足りません。複数のターゲットに注意を分散してそこに優先順位を瞬時につけてざっとスキャンする、ということが苦手です(ひとつのものだけをじーーーーっと見つめていたいのです)。そのくせ動作は妙に素早い。
危ないです。車の運転者としては、とっても危ないです。そんな人間を簡単に卒業させるわけにはいきません、というか、著者は仮免受験さえずーっと許可されません。ストレスでもう免許はあきらめようとしたとき「天使」が舞い降ります。
寮に長くいたため(最短で16日のはずですが、著者は4週間もいました)「寮長」というあだ名をつけられてしまいましたが、そこでの出会いもいろいろでした。そこでの著者の人物観察と人物描写は、なかなか鋭いものがあります。いや、決めつけとか変な推測なんかありません。ただ淡々と著者との会話とか何気ない仕草とかを書くだけで、“その人の人間像”が私の脳内で浮き彫りになってくるのです。
なんと、卒業検定には一発で合格(しかし、退寮前の“最後の晩餐”が、サザエとホットケーキですかぁ……)。東京に戻って受けた学科試験も一発で合格。おお、すごい、と思ったら、そこに地獄が待っていました。五島の道と東京の道は、違うのです。いやもう、最初から最後まで笑わせてくださいます。
本書は、著者の「自分探し」というか「自分わかり」の旅の記録でもあります。「自分はこんな人間だ」という思い込みがいかに根拠がないものだったかを思い知らされる瞬間が次から次へと訪れます。「その人がどんな人間か」は、一緒に麻雀かゴルフをしたらわかる、というのが若い頃の私の持論ですが、「車の運転をさせてみたらわかる」もアリかもしれません。
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