「アカ」と言ったら共産主義者(あるいはそのシンパ)のこと、というのがほぼ世界的なお約束ですが、地域によって、あるいは19世紀以前には意味は違っていました。
たとえば現在のアメリカでは共和党のシンボルカラーは赤です。ただ民主党員が共和党員の悪口を言うのに「このアカめ」と言っているかどうかは知りません。
昔のイギリスでは、トーリー党(今の保守党の御先祖)のシンボルカラーがたしか赤でした。この場合には、ホイッグ党員がトーリー党員のことを「このアカめ」と言っていたことはほぼ確実だろうと私は思っています。
モスクワにある「赤の広場」は、一見「共産主義の広場」といった感じですが、19世紀より前からあそこは「赤の広場」でした。古いロシア語では「赤い」は「美しい」も意味しているから、あそこはつまり「美しい広場」なんです。共産主義は無関係。だから今でも「赤の広場」のままですよね。美しいかどうかは、見たことがないので知りませんが。
【ただいま読書中】『深読み! 日本写真の超名作100』飯沢耕太郎 著、 パイ インターナショナル、2012年、2500円(税別)
150年以上の日本の写真の歴史に存在する膨大な写真の中から、著者が迷いに迷った末に「えいっ」と選んだ写真集です。
まずは島津斉彬のポートレート(1857)。日本人が日本人をダゲレオタイプで撮影した最古の作品です。以前に見たことはありますが、ガイド付きでじっくり眺めるとまた別の味わいがあります。というか、次々登場する写真、すべて重量級のインパクトです。何しろそれぞれの一枚がそれぞれの時代を背負っていますから。20歳の明治天皇の全身像にも、その「若さ」が溢れています。
かとおもうと、ユーモラスな「笑顔の写真」とか、まるで油絵のような効果を出した軽気球の写真といった美術系の写真もすでに幕末~明治初期に撮影されています。
19世紀から20世紀にかけて、アマチュアカメラマンのクラブが各地で設立されました。はじめは上流階級の趣味でしたが、大正期には中間層まで写真熱が及びます。それらの中には、竹久夢二や萩原朔太郎といった異色の“カメラマン”も含まれていました。カメラなど機材の小型化と、感度が低くその場での暗室作業を要求される湿板から条件の悪い場所でも撮影可能な乾板の出現により、たとえば「戦争写真」という新しいジャンルも登場します。
明治時代に黒田清輝らによって裸体画が日本に紹介されたときに激しい議論がおきました。出展された裸体画に布で“腰巻き”がされたこともあるそうです。それより“リアル”なヌード写真に対する社会の抵抗は激しいものでしたが、それでも大正初年からヌード写真を制作する写真家が現われました。当局は、展覧会から作品を撤去させたり雑誌から当該ページを切り取らせたりしています(今から見たら「これのどこがどう問題なの?」ですが)。それでも写真家の活動は盛んになり、シュルレアリスムも登場します。しかしそれも昭和13年まで。昭和14年からは公安当局からの圧力が高まります。
しかし、まずは写真家を100人選び、写真集を何冊も出していている写真家の膨大な写真の中から「この人はこの一枚を見ろ」と厳選された写真を次々ぶつけられると、こちらは「ははーっ」と平伏するしかない感じです。さらに、本書はそのまま「近代日本の歴史(の一断面)」です。同じ写真家のラインナップだとしても、別の人が編集したらおそらく別の写真がセレクトされて「違う日本の歴史」が見えてくるのでしょう。こういった古くて優れた写真は、ある切り方で生じた「歴史の断面」に浮き上がった模様なのかもしれません。
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