【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

タッチパネル/『ユダヤ警官同盟』

2009-07-26 17:25:24 | Weblog
 私がよく使うセルフのガソリンスタンド(ガスステーションの方が今風?)は、タッチパネルの所定の場所を触って起動してから、支払い方法(カード)の選択、ガソリンの種類、入れ方、などを選択します。そこで「静電気除去シートに触ってからタンクの蓋を開け……」と音声ガイドされるのですが、あれだけタッチパネルを触っているのだから、そのときに静電気を逃がす仕組みは作れないのでしょうか。タッチパネルにアースの配線、が難しいのなら、最初の起動のところをタッチパネルに隣接したスイッチにしてそこに静電気除去を組み込むのでも良いと思うのですが。何かを触る回数は1回でも少ない方が快適度が上がると思うんですけどね。

【ただいま読書中】
ユダヤ警官同盟(上)』マイケル・シェイボン 著、 黒原敏行 訳、 新潮文庫、2009年、590円(税別)
ユダヤ警官同盟(下)』マイケル・シェイボン 著、 黒原敏行 訳、 新潮文庫、2009年、629円(税別)

 一応ジャンルはミステリなのでしょう。エドガー賞長編賞とハメット賞の最終候補に残った作品だそうです。ところがそれと同時に、SFのヒューゴー賞・ネピュラ賞・ローカス賞を受賞しているそうで……八重洲ブックセンターで見つけて「なんだ、これは?」と呟いて5秒後に、さっさと購入してしまいました。(レジのすぐ前に並べられていて、レジが空いていたのです)
 アラスカ州シトカ特別区、ユダヤ文化が栄えている地の安ホテルで殺人事件が起きます。シトカは2ヶ月後にUSAに復帰することになっており、警察はやる気がありません。しかし、酔いどれだが腕の良い殺人課の刑事ランツマン(離婚後そのホテルに住み込んでいる)は、殺しの手際の良さと部屋に残されたのはチェス盤に注目します。
 ちょっと待て、と私は呟きます。ユダヤ人の特別区……シトカで万博……1948年にイスラエルが消滅……これは一体どこの話だ、と。
 明らかに歴史改変ものでしかもハードボイルド。さらにユダヤ文化の世界が舞台です。わざと「敷居」を高くしてあるように思えますが、私はこんな場合「異邦人」(あるいは観光客)として振る舞うことにしています。背景が理解できなくても良いから、ともかく目に見えるものをすべてそのまま受け入れて、著者が案内してくれるままにそこで行動をしてみる、という態度です。
 チェスに対して屈折した思いを持っているランツマンは……というか、チェス以外にも様々な屈折を持っているのですが……相棒のベルコとともに捜査を始めますが、そこに別れた妻が街に戻ってきます。自分たちの上司として。USAに“復帰”して向こうの警察に引き継ぎをする前に、未解決の難事件を何とかしておけ、が彼女の要求です。
 二人の刑事はシトカの暗部に踏み込みます。ユダヤ人の中でも最強のヴェルボフ派の本拠地へ。そのリーダーに、あなたの息子が殺された、と伝えるために。
 ランツマンとシトカをさ迷ううちに、私はここがゲットーであるかのような気分になってきます。ワルシャワなどのゲットーとは違って、ユダヤ人は武力でそこに閉じ込められているわけではありません。しかし、やはり「自由」はないのです。シトカだけではなくて、地球の表面全体で。
 さらに「不安」がランツマンを包みます。警察の仕事は形だけとなり、USAに復帰したあとの生活などの保障は一切なく、シトカにいられるのか他の場所に移動するのかも不定。別れた妻への思いは心の中にしっかり存在していますが、すぐそばにいる彼女にその思いは届きません。そして密かに囁かれる「救世主」の噂をランツマンは聞きます。

 実際の歴史では、ヨーロッパがごたごたし始めたときに北米は「ユダヤ人お断り」でした。(そのあたりを描いたのが『絶望の航海』(映画は「さすらいの航海」)です。そこがなぜか「アラスカのシトカで60年ならいて良いよ」となって街が大発展した、が本書がベースとしている「歴史」です。ユダヤ人は民族として「故郷喪失者」です。(ついでですが、この世界では「満州国」がまだ存在しています。太平洋の向こう側ではなにがどうなっているのでしょう?)
 そしてもう一つの「歴史」が物語られます。殺人(いや、処刑)の被害者メンデルの個人史です。世界(ユダヤ人の世界)を救う義務を子ども時代に負わされ、そこから逃亡した人間の、悲哀に満ちた物語。それはメンデル個人だけではなくてその家族の物語でもありますが、それを聞き出す刑事ランツマンにもまた彼とその家族(特に、死んだ妹)、そして(別れた)妻との物語があります。物語はネットワークをつくり、そしてある日、被害者の物語と刑事の物語がつながり重なります。その瞬間、「メンデルの物語」は「ランツマンの物語」にもなります。
 空港の片隅でランツマンとメンデルの二人の物語がつながった瞬間を読んだとき、不思議な静謐が私を包みました。一体ランツマンは(そして読者は)どこに連れて行かれるのだろう、と疑問符に覆われてしまったのです。
 アルコールを抜いたら出てきたのは禁断症状、ろくに食べずろくに寝ないから体調も最低。相手に回したのはどうやらユダヤ人社会で最強最凶のマフィア組織、対してランツマンは警官バッジと拳銃を上司に押さえられているから捜査の公的な根拠はなし。もう、絵に描いたようなというか、小説に書いたような絶望的な状況です。普通だったらくじけるのが当たり前。ところがさすが「ハードボイルド」の主人公、行っちゃいます。そして彼が出くわしたのは、なんと国際的な陰謀、下手すると大惨事世界大戦につながるかもしれないでかいヤマでした。徒手空拳で一体どうやって?
 ハードボイルド仕立てですが、ランツマンはちっとも「ハード」ではありません。

 舞台をアラスカに設定したのは、著者の慧眼でしょう。先住民が多く登場するのですが、これがユダヤ人のネガとして非常に上手く機能しています。どちらも「故郷喪失者」ですが、ユダヤ人は流浪し、先住民はそこに居続けている、という点での対比が効いています。この両者は、時に激しく対立し、時に協力し、おおむねは平和共存、という不安定な関係を保っています。さらに、忘れた頃に繰り返される「今はユダヤ人にとっておかしな時代だ」のセリフ。この「今」とは、一体いつのことなのかなあ。



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