【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

SFと歴史小説

2013-01-24 07:00:09 | Weblog

 今読んでいる『黒のトイフェル』の著者は『深海のYrr』というSFチックな海洋環境冒険小説も書いています。それがこちらでは13世紀のケルンが舞台ですから、頭の中はどうなっているんだろうと思います。
 そういえば『天地明察』の冲方丁(うぶかたとう)も、その前の『マルドゥック・スクランブル』は迫力のあるSFでした。
 ただ、SF界には時代改変ものなんてジャンルもありますし、作家では夢枕獏や半村良のようにSFも時代物も平気で書く人もいますから、ことさらに何かを言う必要はないのかもしれません。私のようなノンジャンルの読者としては、とにかく面白い小説だったらジャンルはどこでもかまいませんので。

【ただいま読書中】『黒のトイフェル(下)』フランク・シェッツィング 著、 北川和代 訳、 早川書房(ハヤカワ文庫NV1193)、2009年、700円(税別)

 冷酷な殺し屋のウルクハートは、意外にも実に教養がありました。さらにその心には子供に関するトラウマを抱えている様子です。武芸に秀で身体能力が高く教養がある……もしかしたら以前は騎士だったかもしれない人間が、一体どうしてこんな“優秀な殺し屋”になってしまったんだろう、と私は興味を持ってしまいます。そして、そういった興味を持つのは、私だけではありません。
 上巻の最初で狐のヤコブは市場を逃げ回っていましたが、下巻の最初でもまた同じことをする羽目に陥ります。前回は捕まったら右手を切り落とされたでしょうが、今回は殺される、というのが違うだけ。
 13世紀ヨーロッパと言えば、12世紀ルネサンスで、「キリスト教の知」とは別のタイプ(古代ギリシア)の「知性(理性)」が存在することは分かったがそれをどう活用したらいいのかについて模索中の(だからスコラ学が生まれた)時代だったはず。だからでしょう、“善玉”側も“悪玉”側も、リーダー格の人は周囲の人間たちに向かって「思ったことをすぐ口に出すのではなくて、その前にちょっと考えろ」「感情のままに行動するな」「過去に自分が言ったことくらい覚えておけ」「嘘をつくのはもちろん良くないことだが、真実をすべてしゃべる必要もない」などと繰り返しています。「脳みそを使わない人」があまりに多く、いくら言っても「知性や理性を上手に使う能力」はなかなか育たないのです。
 その中で、確実に育っている人がいます。それはもちろん、“主人公”狐のヤコブですが、もう一人、ヤコブに「知」を叩きこむ役割をかってでたヤスパーもまた、明らかに“成長”しています。「知を使う主体である自分」に対して自覚的になっていくのです。このプロセスが、サイドストーリーではあるのですが、なかなか読ませます。
 やっと確保できた“生き証人”が殺され、またも逃げ回ることになったヤコブとヤスパーですが、ついに陰謀の全容を解明します。しかし殺し屋は野に放たれたままです。ヤコブとヤスパーは追われる身です。さあ、どうやったら陰謀の阻止ができるのでしょうか。
 大切なものから逃げ回るだけのヤコブと虚無の目を持つ殺し屋ウルクハートの“共通点”が最後に明らかになります。ここはなかなか衝撃的です。この共通点によって本書は13世紀から時代を飛び越えて現代と結びついてしまうのです。私たちもこの“共通点”を持っているのではないか、と読者は内省してしまいますから。
 本当にスケールの大きな時代冒険小説です。一読の価値あり。



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