【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

言葉の豊かさ/『日本語活字ものがたり』

2009-07-02 20:16:41 | Weblog
 言葉の豊かさを厳密に定義することは困難ですが、その要素(の一つ)として「多」を挙げておくのは間違いではないと私は考えます。「多様性」「多義性」「使う人の数が多いこと」などです。特に詳しい説明は不要でしょう。その逆はすべて「貧相なことば」への近道ですから。
 言葉の上品さとか好ましさとかは、そういった「豊かさ」が確保された上で論じられるべきだと私は思っています。教条主義で「こういったあり方以外は認めない」と言葉に関して主張するのは、言葉の豊かさを殺す行為なので(学問や議論のために言葉の定義を明確にする、と言った場合を除いて)私は好みません。

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日本語活字ものがたり ──草創期の人と書体』小宮山博史 著、 誠文堂新光社、2009年、2400円(税別)
 「この書体の特徴は縦線は太く細い横線には三角形(ウロコ)がつくことです」と言われたらもちろん「明朝体!」が正解です。日本のほとんどの文字組版は明朝体ですが、最初の発明者は中国人で木版活字に採用していました。しかしそれを金属活字に採用したのはヨーロッパ人でした。目的は東洋で伝道をするための聖書や辞書の印刷(上海のロンドン伝道会印刷所墨海書館が有名です)。明治元年の上海で発行された教会新聞には「活字の広告」が載っています。6種類のサイズがあって見出しから本文までまかなえるようになっていますが、面白いのは「分合活字」が含まれていることです。これは偏旁や冠脚をそれぞれ別に作っておいて印刷時に組み合わせるシステムです。一見合理的ですが、字のバランスがとても悪く、見てイライラします。母語に漢字が含まれない人の発想です。明治二年に上海の印刷技術者ギャンブル(アメリカ人)は長崎に招聘され、4ヶ月間の講習で日本人に活字鋳造法と印刷術を教えました。それによって明朝体の活字が日本でも使われるようになります。大きさは「初号」「一号」「二号」~「七号」の8種類。講習受講者は、東京築地活版製造所と大蔵省印刷局の二つの流れに別れていきます。
 日本語印刷にはかなが必要です。上海から持ち込まれた活字のボディは正方形ですからひらがなもそれにならって活字が作られますが……日本語の場合かなの形も大きさも融通無碍、常に連続して書かれるものですから「固定したかな」という発想自体が新しいものでした。初期の作品がいくつか並べられていますが、漢字とかなのバランスが悪く、なんとか手書き風の味を出そうとして中途半端になってしまったように私には見えます。まだ「漢字とカタカナ」の方が心静かに読めます。ただ、手書きの毛筆文字風味をなんとか活字で出そうとする努力は健気です。
 シーボルトの弟子ホフマンは、中国学・日本学を推進するために和文活字の製作を行います。そこで、漢字が読めないオランダ人文選植字工が、正しい活字を拾い上下を間違えないためにホフマンは「背番号」を各活字に振ります。19世紀にすでに漢字コードがあったのです。
 1867年にヘポンは辞書「和英語林集成」を発行しますが、印刷は上海で行いました。眼病の治療を受けてヘポンに心酔した岸田吟香が同行しました。活字を鋳造するところから始めるのですから大変な作業ですが、できあがった辞書は飛ぶように売れました(ちなみに定価は一冊十八両)。写真が載っていますが、なんと左横組み。英語に合わせたので当然でしょうが、当時の日本人にちゃんと読めたのだろうかと思います。ちなみにその二年後の「和訳英辞書」(薩摩学生)は、英語は横組み、日本語は縦組みとなっています。ぱっと本を開くと横組みですが、日本語だけ90度左へ活字がねじれているのです。今の新聞などの縦組みで英語を入れるとそこだけ90度右へ英語の活字がねじれますね。それに似ています。
 木版活字の彫り師の物語も登場します。ちょっと手近の本を開いて、その活字一文字一文字を小さな木片で彫り出すことを想像してみてください。職人として独り立ちしてからでも一日に十本彫れればまあまあだそうです。それで一組12000字の漢字セットを……想像しただけで気が遠くなりそうです。
 続き仮名の活字もすごい話です。明治11年にヒラノ活版製造所が出した「つづきかな」ですが、「単独(つづかない)」「下にだけつながる」「上下ともつながる」「上にだけつながる」の4種類、計680文字のセットです。手書きの再現を目指すためにこれだけかなを揃えたわけですが、印刷はたしかにつながって見えます。しかしそれを組むための手間を考えると、私はまた気が遠くなりそうです。



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