【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

細かい違い

2012-07-25 19:07:39 | Weblog

 些細と仔細と委細
 細雪と細氷と細雨

【ただいま読書中】『アナタはなぜチェックリストを使わないのか? ──重大な局面で“正しい決断”をする方法』アトゥール・ガワンデ 著、 吉田竜 訳、 普遊舎、2011年、1600円(税別)

 社会は複雑になり、様々な事故が起きていますが、その原因は「無知」と「無能」に帰することができます。問題は「無能」が原因の事故を起こす人間が「無能な人間」ではない、それどころか「有能な人間」であることが非常に多いことです。それは、航空機事故や医療事故を見たら簡単にわかります。
 では、その原因は何か? そして、対策は?
 1935年、アメリカ陸軍航空隊は次世代の長距離爆撃機のコンペを行ないました。最有力だったのはボーイングのモデル299。しかし「一人で飛ばすには大きすぎる飛行機」と呼ばれるくらいその構造と操縦は複雑で、コンペの場で機は墜落してしまいます。陸軍はダグラス社を採用しますが、あまりに優秀だったモデル299も捨てませんでした。一部の関係者はモデル299を生かすために、新しいアイデアを採用しました。「チェックリスト」です。そのおかげで、モデル299は後にB−17として戦場で大活躍をすることになりました。
 2001年にジョンズ・ホプキンズ病院のプロノボスト医師はICUにチェックリストを導入することで、カテーテル感染と死者を大幅に減らしました。
 では、チェックリストは「万能」なのでしょうか。
 世の中の問題は「単純」「やや複雑」「複雑」に三分できます。「ケーキを焼く」は「単純な問題」。基本的な技術を覚えて練習をしてレシピに従えば、高確率で成功します。「ロケットを月に飛ばす」は「やや複雑な問題」。単純なレシピは存在せず予期せぬ困難が頻発しますが、一度成功したら同じやり方が次でも使えます。「子育て」は「複雑な問題」です。先行きは不透明で、子供は一人一人異なり、前の経験がそのまま生かせるとは限りません。
 チェックリストが有効なのは「単純な問題」に対してです。では「やや複雑」「複雑」に対してはどうしたらよいでしょう。
 外科医である著者は、そのことをずっと考えていました。答えは、新病棟の建築現場、16あまりの業種が関わる、「一人の棟梁では全部を管理できない複雑すぎる」設計と建設の現場にありました。そこで著者が見つけたのは「チェックリスト」です。スケジュール管理と呼ばれていますが、各業種の業務行程を一覧にまとめたものでした。さらに「コミュニケーション」のチェックリストも。予期せぬ問題は必ず出現します。それを誰か一人が適当に解決すると、それは他の業種に別の問題を引き起こす可能性があります。だから最初から「コミュニケーション」を予定しておくのです。「人」は誤りやすいが「人々」なら誤りにくい、という発想です。この二種類の「チェックリスト」は、性格がまったく異なります。「権限」の点から見ると、前者は「集中」、後者は「分散」です。前者は上意下達式に規律を重視し見逃しを防ぎます。後者は、自由裁量とコミュニケーションで「チーム」を作ります。
 意外なところでも同じ二種類の「チェックリスト」が活躍していました。芸術的な料理を作るシェフの厨房です。
 2006年、WHOから著者に「世界中で増えている手術のリスクを減らすプロジェクトチーム」への参加要請がありました。2004年に世界中で2億3千万件の手術が行なわれ、100万人以上の死者が出ていたのです。様々な地域で様々な人によって様々な患者を対象として行なわれる手術全体に適用できる「リスク軽減の手段」なんてものが、果たして存在するのでしょうか。プロジェクトのメンバーは、議論をしていくうちにチェックリストが有望そうだと結論を出します。では、どんなチェックリスト? 著者らが手本にしたのは、緊急時に航空機のパイロットが用いるチェックリストでした。短時間に重要な事項だけをチェックして機の墜落を防ぐものです。やっと完成したチェックリストを、著者らは2008年に世界の様々な地域のタイプの違う8つの病院で試すことにします。チェックリストの導入自体にもすったもんだがありましたが、効果は劇的でした。3箇月後、8つの病院で4000人近い患者のデータが得られましたが、深刻な合併症は36%・死亡率は47%・感染症は50%・再手術は25%減少したのです。そのデータを見た著者はどうしたか。狂喜乱舞はしませんでした。笑ってしまいますが、この効果が本当にチェックリストによるものかどうか、チェックを開始したのです。
 著者らが作ったチェックリストには、厳選された項目しかありません。ところがそれを使うと、その項目以外(たとえば出血など)の合併症も減少します。著者はそれは「チームのコミュニケーションが向上したから」と考えています。医学に限らずどんな分野でも、コミュニケーションが良好なチームの方が不良なチームよりは好成績を上げる傾向がありますから。
 チェックリストを使う人間は頭が悪い、チェックリストばかり見ていると思考が硬直化してします、などという“反論”があります。しかし著者の主張は、それとは正反対です。「良いチェックリスト」を用いたら、チェックをしたらそのことについてはもう安心して忘れて、もっと大切なことに集中できるのだ、と。もちろん大切なのは「そのとき一番重要なことに、人間の能力を集中させること」ですよね?