【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

忠誠の対象

2012-07-18 18:04:33 | Weblog

 「いざとなったら米軍に守ってもらおう」とこちらが思っていても、日本駐留のアメリカ軍が忠誠を誓っているのはアメリカ大統領にであって、日本の天皇や首相にではありませんよね。

【ただいま読書中】『私の夜はあなたの昼より美しい』ラファエル・ビエドゥー 著、 高野優 訳、 早川書房、1990年、1165円(税別)

 木曜夕方のパリ、カフェテラスの座席。おそらくパリの人間にとっては「日常」であるはずの風景が、著者の手にかかると一種の異世界になっていきます。本書の冒頭はこうです。「さしあたって、いちばん難しいのは、ぱっくりと開いたこの空の裂け目から目をそらすことだ。スペインの燠火のように真っ赤に燃えた空の下で、パリは悪意に満ちている。」
 ……いや、ここでぐったりと座席に沈んでいる白服の男リュカの前に登場するのは、悪魔ではなくて、ただの女の子ブランシュなんですけどね。
 ともかく、二人は出会います。今夜はこの人とベッドを共にするのだろうか、と思いながら、ぎくしゃくと会話を交わし、なんとなく食事をともにします。深い悲しみに取り囲まれて。二人ともこれまでに“経験”があまりに豊富にあるため、おたがいにきちんと手順を踏む気にもなれない、でもそういった投げやりな態度でいる自分にも深い不満を持っている、ではこのままベッドに直行するのかそれもちょっとイヤだし、という感じ。そしてそれをお互いに言葉にはせず、態度で察してよね、という、まるで日本人のような感じの行動です。
 そして二人はあっさりはぐれ、木曜は終わります。
 『ジョンとメリー』では、行きずりの恋のはずが、そこから愛が育つという当時としては斬新な展開でしたが、本書では、恋なしのただの「行きずり」で話が始まります。
 そして金曜日。前日と同じカフェ。「通りの向こうから、海の香りをともなって、昼食の時刻が近づいてきた」ということで、午前ですね。二人は再会しますが、ブランシュは今からカブールに行ってお仕事をしなければなりません。またお別れです。ところがその夜、また出会い、そしてまた別れ。波が寄せては返すように、二人は出会っては別れ、別れては出会います。
 そして土曜日。こんどは目覚めと失神の繰り返しです。そして幸福な目覚め。しかし、ブランシュがかつて結婚していたこと、その元夫が現在もそばにいることを知って、リュカの態度は急変します。
 そこからのリュカの行動(とそれを受け入れるブランシュの態度)には、驚くしかありません。一応、リュカが子供の時に目撃した悲劇(父親が嫉妬から妻を殺して自分も死んだ)が“伏線”として描かれていますが、それだけがリュカの行動の源泉とは思えないのです。なんだかもっと人として根源的な衝動、上手く言えないけれど自分の心の中にそれに共鳴する部分があるようなあっても認めたくないような感覚。本書のページに描かれた言葉がざわめきながら私の中を通りすぎていきます。ざわざわざわと。ストーリーとか心理描写とか情景描写とか、そういったものをはとりあえずどこかに置いておいて、そのざわめきに耳を傾ける、そんな本です。こんな小説があるとは、ちょっと心地よいショックでした。