今日は、お釈迦さま(釈尊)が悟りを開いた日です。
と言うと、実はこの命題は、論点先取の誤りをおかしてしまいます。
なぜなら、釈尊という言葉にすでに、釈迦族の悟りを開いた仏、という意味があるからです。
だから正しくは、ゴータマ・シッダルタが悟りを開いた日というのが正しいように思います。
屁理屈はともかく・・・。
今日はお釈迦さまが悟りを開いた日です。(と言った方がやはりシックリきますね)
そして、悟りを開いて覚者(仏陀とも言う)になることを、成道(じょうどう)すると言います。
当寺では、幼稚園行事として本堂で成道会(じょうどうえ)を行っています。
まずは、白いドレスをまとった年長の女の子6人が、「四弘誓願」の曲に合わせて、本尊さまの前で踊ります。これが実にかわいい。天使のようです。天女というより天使ですね。天女だとちょっと大人な雰囲気ありますからね(笑)女の子たちにも、この天使の役は大人気です。やっぱり憧れるんでしょう。それから、成道会の歌をうたい、私が般若心経と、回向をとなえて、みんなで焼香して法要は終わりです。
さて「四弘誓願」とは何か?
これは、菩薩が仏に立てる四つの誓願。
「菩薩」とは大乗仏教が目指す理想像(理想的人間像)です。
大乗仏教に対する、上座部仏教(小乗仏教…現在この言い方は大乗仏教からの差別的な呼称とされ、上座部仏教、及び南伝仏教と言われます)にはない思想です。
四弘誓願(しぐせいがん)
衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)
法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)
仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)
上記意訳します。
救われるべき人々は限りないが、必ず救うことをお誓い申し上げます。
断ずべき煩悩は尽きることがないが、必ず断ずべきことをお誓い申し上げます。
教えは量り知ることができないほど多いが、必ず学びきることをお誓い申し上げます。
仏道はこの上なく高いものであるが、必ず完成させることをお誓い申し上げます。
以上意訳引用(「お経 禅宗」桜井秀雄・鎌田茂雄―講談社)
いかがでしょうか。
わたしにはこれら4つの菩薩の誓願はいずれも、俗流に言えば「不可能に限りなく近いけど(いやほとんど不可能だけど)、必ずやってみせます!」というニュアンスがあるように感じられます。これは矛盾ギリギリの表現ではないでしょうか。
もっと言えば、「無理だけど、必ずやり遂げます!」そんな風にも取れます。
こう解釈すると、矛盾そのものになってしまいますが・・・。
しかし、私はここにこそ「菩薩」という像の、はかり知れない壮大さを感じるのです。つまり「永遠」。エンドレス・・・。
普通に考えて、娑婆世界から完全に苦悩がなくなるということはありえません。
しかし、菩薩は、わかっていても決してあきらめない。必ず達成すると誓います。
ということは、菩薩の誓願は、永遠に立てられるということです。
それは無意味なことでしょうか。
確かに、世界から完全に苦しみがなくなって、この世が楽園になるということはないでしょう。
しかし、菩薩が必ずやると誓い、実践することで世界はベターな方向に向かっていく。一歩づつではあっても、ベストに至る事はなくても、限りなくそれに近づいていく。永遠の時をかけて・・・。
それは、私たちひとりひとりが菩薩の生き方を目指せば、間違いなく世界はベターな方向に進んでいくということです。
菩薩が永遠に仏にならないで衆生を救うという意味は、そこにあるのではないでしょうか。
仏になれるけど、あえてならない菩薩。
そこには智慧に裏付けられた慈悲があるから。
衆生の苦を見過ごそうにも見過ごせないんですね・・・。
衆生の苦を永遠に引き受ける菩薩。
大乗仏教は美しい!!!
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ありがとうございました!
と言うと、実はこの命題は、論点先取の誤りをおかしてしまいます。
なぜなら、釈尊という言葉にすでに、釈迦族の悟りを開いた仏、という意味があるからです。
だから正しくは、ゴータマ・シッダルタが悟りを開いた日というのが正しいように思います。
屁理屈はともかく・・・。
今日はお釈迦さまが悟りを開いた日です。(と言った方がやはりシックリきますね)
そして、悟りを開いて覚者(仏陀とも言う)になることを、成道(じょうどう)すると言います。
当寺では、幼稚園行事として本堂で成道会(じょうどうえ)を行っています。
まずは、白いドレスをまとった年長の女の子6人が、「四弘誓願」の曲に合わせて、本尊さまの前で踊ります。これが実にかわいい。天使のようです。天女というより天使ですね。天女だとちょっと大人な雰囲気ありますからね(笑)女の子たちにも、この天使の役は大人気です。やっぱり憧れるんでしょう。それから、成道会の歌をうたい、私が般若心経と、回向をとなえて、みんなで焼香して法要は終わりです。
さて「四弘誓願」とは何か?
これは、菩薩が仏に立てる四つの誓願。
「菩薩」とは大乗仏教が目指す理想像(理想的人間像)です。
大乗仏教に対する、上座部仏教(小乗仏教…現在この言い方は大乗仏教からの差別的な呼称とされ、上座部仏教、及び南伝仏教と言われます)にはない思想です。
四弘誓願(しぐせいがん)
衆生無辺誓願度(しゅじょうむへんせいがんど)
煩悩無尽誓願断(ぼんのうむじんせいがんだん)
法門無量誓願学(ほうもんむりょうせいがんがく)
仏道無上誓願成(ぶつどうむじょうせいがんじょう)
上記意訳します。
救われるべき人々は限りないが、必ず救うことをお誓い申し上げます。
断ずべき煩悩は尽きることがないが、必ず断ずべきことをお誓い申し上げます。
教えは量り知ることができないほど多いが、必ず学びきることをお誓い申し上げます。
仏道はこの上なく高いものであるが、必ず完成させることをお誓い申し上げます。
以上意訳引用(「お経 禅宗」桜井秀雄・鎌田茂雄―講談社)
いかがでしょうか。
わたしにはこれら4つの菩薩の誓願はいずれも、俗流に言えば「不可能に限りなく近いけど(いやほとんど不可能だけど)、必ずやってみせます!」というニュアンスがあるように感じられます。これは矛盾ギリギリの表現ではないでしょうか。
もっと言えば、「無理だけど、必ずやり遂げます!」そんな風にも取れます。
こう解釈すると、矛盾そのものになってしまいますが・・・。
しかし、私はここにこそ「菩薩」という像の、はかり知れない壮大さを感じるのです。つまり「永遠」。エンドレス・・・。
普通に考えて、娑婆世界から完全に苦悩がなくなるということはありえません。
しかし、菩薩は、わかっていても決してあきらめない。必ず達成すると誓います。
ということは、菩薩の誓願は、永遠に立てられるということです。
それは無意味なことでしょうか。
確かに、世界から完全に苦しみがなくなって、この世が楽園になるということはないでしょう。
しかし、菩薩が必ずやると誓い、実践することで世界はベターな方向に向かっていく。一歩づつではあっても、ベストに至る事はなくても、限りなくそれに近づいていく。永遠の時をかけて・・・。
それは、私たちひとりひとりが菩薩の生き方を目指せば、間違いなく世界はベターな方向に進んでいくということです。
菩薩が永遠に仏にならないで衆生を救うという意味は、そこにあるのではないでしょうか。
仏になれるけど、あえてならない菩薩。
そこには智慧に裏付けられた慈悲があるから。
衆生の苦を見過ごそうにも見過ごせないんですね・・・。
衆生の苦を永遠に引き受ける菩薩。
大乗仏教は美しい!!!
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ありがとうございました!
修行とは永遠に続くのでしょうね。
「半途にして始めて得たり。全途にして辞すること莫かれ」と示されています。
摂心を終わっても、坐禅を続けますか~~
宮崎禅師さまがおっしゃるように、
「一日、5分でも10分でも」
それも、なかなかです
> 今日は、お釈迦さま(釈尊)が悟りを開いた日です。と言うと、実はこの命題は、論点先取の誤りをおかしてしまいます。
確かに、仰るとおりですね。
拙僧、この類の「屁理屈」嫌いではないので、「確かになぁ・・・」と思ってしまいました。
コメントありがとうございます。
>「半途にして始めて得たり。全途にして辞すること莫かれ」
勉強になりました。
坐禅の習慣化、如常化は確かに大変ですよね。たとえ僅かな時間であっても、継続することは・・・
頑張ります!
>tenjin95さん
TB、コメントありがとうございます。
屁理屈を受け入れてくださってありがとうございます。
しかし、tenjinさんのブログには、舌を巻きます。感心のため息です・・・。その思索力、表現力、文章力。
いつも勉強させてもらってます。
実はある筋からtenjinさんの正体を知ってしまいました。ビックリでした!一度夜の会合でお会いしたことがあります。スキマスイッチがお好きですよね?
こんなにインテリでアカデミックな方だったとは
・・・。
ユーモアのある方だとは思ってましたが。
現実の世界でもまた、お会いしたいと思います。
その節は、大変にありがとうございました。
余所から来ていた拙僧を、皆さま厚く迎えていただきまして恐縮です。
また、何れの機会にかお会いしたいと思います。その際には、よろしくお願いいたします
いや~ご一緒できて楽しかったです!
タフな方だな~と思いました。
今後とも宜しくお願いします!!
私は、自分のブログ名にあるとおり、仏教もいろいろ学びたいと思っているものです。本日、貴ブログに感銘を受け、TBさせていただきました。
「菩薩の誓願は、永遠に立てられる」という部分、本当に素晴らしいです。
これから、ゆっくり読ませていただきます。
よろしくお願いします。
ようこそお越しくださいました。
過分に褒めてくださいまして、ありがとうごいます。
これからも、よかったら覗いてくださいね。
仏教に関心がおありだとのこと、貴ブログにもお邪魔させていただきます。
大乗仏教は、本当にロマン!ですね(笑)
池上朗子壮年少女合唱団 の指導をして頂いた
藤本先生が「四弘誓願」に曲を着けて下さり、
今も お寺の聖歌隊のレパートリーです。
子供が歌うのですが、全然 唱歌/童謡風ではなく、魂を揺さぶられる曲です。
お寺の聖歌隊なんていうのがあるんですね♪
>子供が歌うのですが、全然 唱歌/童謡風ではなく、魂を揺さぶられる曲
そういった曲があるのは初めて知りました。
チェックしてみます。