雨宮処凛(作家、活動家)
Imidas連載コラム2023/02/07
2022年7月、女優の島田陽子さんが亡くなった。
島田さんといえば、日本人初のゴールデングローブ賞の主演女優賞を受賞し、その後、国内だけでなくハリウッドでも活躍。そんな大女優にふさわしからぬ報道がなされたのは、死後すぐのことだった。
「遺体の引き取り手がいない」「遺体はそのまま渋谷区の施設に安置されている」「自治体によって火葬された」——。
そうして12月21日、朝日新聞に「死後のあなた、誰が引き取りますか 島田陽子さんの最期が問いかける」という記事が掲載された。
同記事によると、島田さんは3年前に直腸癌と診断されたという。しかし、自ら遺作となる映画を企画し撮影。が、21年末の映画の試写の際には参加できず、監督らに「医療費がかさむ」とLINEがあったこともあるという。そうして22年7月25日、69歳で死去。遺体の引き取り手がなかったことから東京都渋谷区が2週間ほど遺体を保管し、8月に自治体によって火葬されたという。
このことを知った時の衝撃は今もはっきりと覚えている。あれほど活躍していた人が、そんな最期を迎えるなんて、と。彼女は癌と診断されても抗癌剤治療などもしていなかったと記事にあったが、それも治療費などの問題があったのだろうか。
その翌日、朝日新聞に別の女性の最期を伝える記事が掲載された。皇室ジャーナリストの渡辺みどりさんが9月末に亡くなったことについての記事には、遺体の引き取りや相続を親族に「放棄する」と言われたこと、終活のために10年以上前にマンションを売却したものの、そのお金はほぼ使い切っていたこと、遺体は長年付き合いのあった弁護士らによって荼毘に付されたことが書かれていた。島田さん、渡辺さんの記事はいずれも「『無縁遺骨』を追う」という連載のもの。
そうして年が明けた1月12日、信じられないニュースを目にした。それはやはり朝日新聞23年1月12日に掲載された記事。
「刑務作業の収入で、賠償してほしいけど 被害者が差し押さえ請求、最高裁認めず」というタイトル記事の内容は、ある女性から多額のお金を騙し取られたものの、全く賠償されないことに憤った男性が、女性が刑務所の中で得る「作業報奨金」の差し押さえを申し立てたという内容だったのだが、逮捕された女性についての記述を読んで驚愕した。
「生き人形」というリアルな作風で知られる人形作家というからだ。
その人形作家のことを、私は知っていた。知り合いではなく、一方的に憧れるという形でだ。
なぜなら私は20代前半、人形作家を目指して球体関節人形を作っていたから。
バイトをしながらある人形作家の教室に通って創作を続けるという形で夢を追っていた当時の私は、とにかくど貧乏だった。そんなあの頃の私にとって、彼女は「なりたい姿」をあますところなく体現していた。
人形の写真集を出せば異例の売り上げを誇り、個展を開けば多くの人が来場し、メディアからも大きな注目を集める。当時の私は彼女に対して、常に嫉妬と羨望が入り混じるような感情を持て余していた。会ったことさえないのに。
あれから、20年以上。その彼女が獄の中の人になっているというのだ。
女性は被害者の男性に「個展を開くためのお金がないんです。貸してくれませんか」と頼み、その額は数千万円にまで膨れ上がっていたという。女性は逮捕され、19年に詐欺罪で実刑判決を受け刑務所に。被害者はお金を取り戻すために裁判を起こしたが、女性には財産がないことから1円も戻らず、その果ての苦肉の策が刑務作業の報奨金の差し押さえだったというのだ。
あんなに活躍していた人が、今や刑務所で、月に数千円の作業報奨金の差し押さえを申し立てられているなんて——。
しばし言葉を失った。いや、動揺はそれからしばらく経った今も続いている。島田さん、渡辺さんに対してだってそうだ。いずれもテレビで見ている有名人で、お金の不安なんかとは無縁の日々で、彼女らを愛する人々に囲まれ、華やかな生活をしているものとばかり思っていた。
20年、渋谷のバス停で60代のホームレス女性が殺害されたことを覚えている人も多いだろう。
あの時、追悼デモには「彼女は私だ」というプラカードが登場した。私もその言葉に共感した一人だが、まさか誰もが知る有名人までもが経済的な不安を抱え、死後は自治体で火葬されるなんて。
おそらく、渋谷で殺されたホームレス女性も、島田さんと同様、渋谷区が自治体として火葬したのではないだろうか。接点のなさそうな2人の、奇妙な符合。
もうひとつ、私の心をずっとざわつかせていることがある。
それは、島田さん、渡辺さんが一人暮らしだったという事実だ。
なぜなら私も40代・独り身。経済的に頼れる人など誰もいない単身フリーランスとして生きてきた。もちろん子どももいない。両親は幸い存命だが、高齢で北海道在住。2人の弟も北海道で、ともに家庭を持つ身である。
さて、そんな「単身女性である自らの今後」について急激な不安が押し寄せた年明け、あるアンケート結果を読んだ。それは「中高年シングル女性の生活状況実態調査」2022年版。
「わくわくシニアシングルズ」(協力 : 湯澤直美/立教大学コミュニティ福祉学部・北京JAC)が22年8月4日から9月20日までに実施したアンケート調査の結果である。対象となったのは、同居している配偶者やパートナーがいない単身女性で、40歳以上のシングルで暮らす女性。独身、離婚、死別、非婚/未婚の母、夫等と別居中の方で子ども・親・祖父母・兄弟姉妹と同居している人、子ども等の扶養に入っている場合も含むという。
2345人の有効回答からなるアンケート結果を読んで突きつけられたのは、中高年単身女性たちの厳しい現実だった。
まず、回答者の就労率は84.6%と高いものの、正規職員は44.8%と半分以下。一方、非正規職員は38.7%、自営業が14.1%。ちなみに非正規職員の51.4%が「正社員の仕事につけなかったこと」から非正規で働いている。
そんな女性たちの収入はと言えば、非正規職員の52.7%が年収200万円未満。自営業の48.6%も年収200万円未満。また、非正規職員の84.1%、自営業者の67.3%が年収300万円未満。
回答者の86.1%が、自分で生計をたてている「主たる生計維持者」にも関わらず、だ。
そのため、「いつまで働くか?」という質問に対して、「働ける限りはいつまでも」「生きている限り、死ぬまで」と答えた人が全体の65.6%。
それを示すように、3人に1人は「50万円未満」の資産しかない状態。
また、非正規職員の84%弱、自営業者の68%弱が生活苦を訴えている。世代別で見ると、65歳以上の半数以上、40〜60代前半は70%超が生活苦。
自由記述欄を見てみると、女性たちの悲鳴があちこちから聞こえるようだ。まずは40代女性。
大学を卒業してずっと非正規雇用。将来は職がなくホームレス確定でしょう。(40代 独身)
就職氷河期の時代で正規雇用枠がなく、仕方なく非正規雇用で生活を繋いでいましたが、スキルを磨くこともできず、日々の生活に追われているうちに仕事先でうつ病を抱え10年ほど就労困難な状態。将来に希望が持てず、期待も生きていく意味も見いだせずにいる。(40代 独身)
高ストレスの中、必死で働いても男性正規社員の数分の一の給与。就職氷河期に社会に出るも一度も正規で雇われず。こういう人はその後も安く使ってよいという慣習。給与は生活保護並みのギリギリ、命を繋ぐだけの人生。(40代 離婚 非正規職員)
同じロスジェネとして、そしてこの20年近く、ロスジェネの声を聞いてきた身として、彼女たちの声には既視感を覚えるほどだ。それほどに、この社会はロスジェネ女性たちを見捨ててきた。
引き続き、声を紹介しよう。
いわゆるヤングケアラーでした。そしてロスジェネ世代。今日を生きるのに精一杯で、家庭や子どもを持つことを諦めました。派遣法改正とリーマンショック、東日本大震災の3次的要因で家廃業、家を失いました。どんなにもがいても正規雇用にたどり着けないまま母の闘病、諦めの境地で今の過酷な環境での仕事を続けています。それでも、国や社会からはすべて「自己責任」とされ、ひたすら耐えてきました。持病を抱えながら仕事を続けています。私が働けなくなったら、わずかな年金で暮らす障害者の母と私はどうなるのかと考えると、生きていくのが嫌になります。(40代 独身 非正規職員)
母子家庭で育ち、母も他界し誰も頼れる人もいない。今の生活もギリギリで数年先の生活がどうなるかさえ想像できない。自死したいと時々思う事さえある。余りにも格差があり過ぎて、社会から取り残されていると思えてならない。社会そのものが敵に思えることもある。こんな国に何で産まれて生きなくてはならないのか?―と思う毎日。(50代 独身 非正規職員)
病気やケガなど体が動かなくなったとき、どうすればいいのかわからない。支援があるのかもしれないが、身近に情報がない。自分の死体の始末の仕方もわからない。人に迷惑はかけたくないので、できれば自分の意思のあるうちに、苦しまず確実に自分の始末をつけられる方策が欲しい。安楽死って、ダメですか?(40代 独身 非正規職員)
贅沢がしたいとは思わないけれど、美味しいものを食べに行きたいし、趣味にも少しばかりのお金を使いたい。苦しんでいる人がいればささやかながらも寄付もしたい。2年前、幡ヶ谷のバス停で殴打され亡くなった大林三佐子さんは、未来の私かもとの思いが常にあります。このような不安が払拭される世の中になってくれたらどんなによいかと思います。(60代 離婚 自営・フリーランス)
子どもがいる女性たちの声も切実だ。
正社員で保険営業をしていましたが、コロナ禍心身限界で今年1月退職。失業保険をいただきながら、パート事務職を見つけ、働き始めてすぐ長女が感染、下の子の保育園も学級閉鎖になり、長期で休まなくてはならず、2週間働けないと時給で暮らす私達の経済は、飢えるほど苦しくなります。後半は保育園児お留守番させて働きに出ました。そうするしか無いのです。今月とうとう家賃をはじめて滞納してしまいました。都民住宅JKKですが、7万するので非常に厳しいです。(40代 離婚 非正規職員)
今生きるために働いているので将来の貯えがなく、子ども達が自立したら迷惑をかけないように早く死ぬしかないと思っている。(40代 離婚 非正規職員)
さて、ここまで女性たちの声を読んできたあなたに、ある数字を紹介したい。
それはこの国の75歳以上の女性の貧困率。
子どもの貧困率は13.5%で「7人に1人の子どもが貧困」と言われるが、後期高齢者女性の貧困率はその約2倍の26%。実に4人に1人が貧困状態なのだ。また、65歳以上の一人暮らしの女性に絞ると、貧困率は46.1%と2人に1人。
が、この数字は私たちロスジェネが65歳以上になる時期には、もっと上がっているだろう。何しろ年金には期待できないし、そもそも年金保険料など払う余裕がない層が膨大にいる。ちなみにきっちり国民年金保険料を払い続けている私だが、最近、月にもらえる年金額は4万円ちょっとという通知が来て「見なかった」ことにした。
ということで、著名な女性の最期を知ったことから生まれた新たな不安。
これを乗り越えるために、私たちロスジェネ女性には何ができるだろう。
準備する時間はまだある。というか、そもそも「老後」まで生きられるのかという不安もあるが、今から考えておくべき課題のひとつであることは間違いない。
何とも情けない「国家」になり果てたものだ!
自分の懐を肥やすことばかり考えている「自公」政権。
時間の許す方は是非ご覧いただきたい動画です。(60分)
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