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北原みのり おんなの話はありがたい SNSで炎上「男女平等パンチ」の平等とは? 女を制裁する悪意と女を“わからせ”る快感の不気味さ

2023年02月08日 | 生活

AERAdot 2023/02/08

 SNSをそこまで熱心に見てないので、「そんな言葉がネット上には今あるのか……」と時々驚くようなことがある。たいていは気味の悪い言葉だ。「わからせ」は、このコラムでも書いたことがあるが、最近知ったのは「男女平等パンチ」と「ひととき融資」。どちらも数年前から使われてきた言葉だというけれど、その手の話を不安な顔をしてする女友だちが増えている。

「男女平等パンチ」は炎上したので知っている人は多いだろう。渋谷の路上で女性が男性の顔に平手打ちをした瞬間、男が全力で女性の顔を殴りつけ女性が宙を飛ぶように跳ね、地面に叩きつけられ失神してしまった動画が、先月SNS上で流れた。男はさらに倒れた女性の胸ぐらをつかまえ上半身を起き上がらせるが、すぐにその手を離し、ぐにゃりとした女性は地面に頭を強く打ちつけられる。たとえ相手が女であっても非があれば手加減しないのが本当の男女平等だ、ということで「男女平等パンチ」というらしい。この動画が撮られた経緯はわからないが(動画を撮らずに助けろよ、と思う)、男性に殴られたことのある女性には特にトラウマになるような映像なので見ることはおすすめしない。

 久しぶりに人生で2度、男に殴られたことを思い出した。

 20代の時、女性トイレに入ってきた男に「ここ女性トイレだよ!?」と言った瞬間、間髪を入れずに顔をげんこつで殴られ、数メートル先まで吹っ飛ばされたことがある。そのままトイレの便器に頭をゴンとぶつけ、ぐにゃりとなった。あまりのことに驚き、私の言い方がまずかったのか、本当は女性なのに男と決めつけたからなのか?とかいろいろ考えた。とっさに自分にも落ち度があるかもと考えてしまうのは、「自分の気持ちよりもまず相手のお気持ち」とトレーニングされてきた、この国の女ジェンダーゆえだろう。

 2度目はNYの昼間、路上でだ。前から歩いてきた男に突然、頭を殴られた。勢いをつけたパンチではなく、気軽に叩くような感じだったのだが、あまりの激痛にしゃがみこんだ。抗議したら、さらに暴力に遭うかもしれないと怯え、ただうずくまり、痛みにもだえながら「私が何か変なことをしたのか?」と自分の非を考えたりもした。

 私は身長が170センチ近くあるので、靴によっては175~180センチで街を歩いている。20代の頃は筋肉質で腕力もあるので男を恐れる気持ちを持ったことがなかった。殴られても殴り返すし!と、思っていたのだ。実際、電車の中でもポルノを見ているオジサン(スポーツ紙を堂々と広げて女の裸を堂々と見てるオジサンが1990年代にはよくいました)が隣に座ったら、「それ、家で読むものじゃないの?」と注意していた。

 それが2人の見知らぬ男に殴られた経験は、かなりトラウマになった。男の気軽な暴力は、私には相当なダメージを負うものであり、そして私はあの力で人を殴ることは絶対にできないと思い知った。さらに50代になり自分の筋力が弱くなっているのを実感すると、正直、「男は怖い」としみじみ感じる。正確に言えば怖いのは「男という存在」ではなく、「女への怒りを抑えられない男の感情」だ。

 当たり前のことだが女性にも男性にもグラデーションはあり、一概に筋力=男、と言うつもりはない。それでも、怒る男の気軽な暴力は女の体には命取りになることもあるのだ。痴漢にすぐに抗議できないのも、街を歩いていてわざとぶつかってこられた時や、そして同意のない性交の場面でも、強く抗議できないのは何をされるかわからない、という恐怖で身がすくむからだ。体がフリーズする“あの感じ”は、多くの女性が知るものだろう。

 20代の私が「そんな新聞、1人の時に読むものでしょ」と注意すると、たいていのオジサンは「え?」と驚いた顔をして新聞を畳んでくれた。女に注意されるなど思いもよらず、ただ虚を突かれた感じの男性たちを今思えば、まだ牧歌的な時代だったということか。今は、女性への憎しみや怒りが、男たちのゲームのような娯楽になっている。「男を怒らせたら面倒だ、怖い」という形の支配は、以前よりもずっと深く残酷になっているのではないか。

 それにしても「男女平等パンチ」! なんて言葉だろう。「女が先に殴ったから男が殴ってもいいのだ、それが真の男女平等だ」といって楽しげにこの言葉を使う人の多さに驚く。平等とは身長、体重、体力、筋肉量などが対等な者同士の場合に使う。筋力に差がある時は、強いほうに負荷をかけるのが平等の精神だ。「男女平等パンチ」からは、女を制裁しようとする悪意と、女を「わからせ」ようとする快感しか受け取れず不気味だ。

 フェミニズムとは、性差別をなくす思想だ。

 それはつまりは、女を殴るな、という思想だ。

 暴力で支配するな、権力で支配するな、金で支配するな、だ。

 子供でも、筋力のない老女でも、誰もが男の暴力に怯えず、理不尽にはしっかり怒れ、抗議の声をあげられ、その声が聞かれることがフェミニズムの目指す平等というものだろう。なんだかいろいろ歪んできている模様、これも一つのバックラッシュなのだろう。

「ひととき融資」の酷さについてはまた次回。これもかなり気持ち悪いです。


まったく気持ち悪い社会が来たものだ。
「スシロー」も・・・。
底が抜けてしまったか・・・