現状では正社員に比して弱者の立場に置かれている派遣社員を主人公に据えてその縦横無尽の活躍を描く展開に、多くの派遣社員が溜飲を下げ、あるいはドラマをきっかけに正社員の反感を買うことを恐れ、また正社員は腹立たしさを覚えたり派遣の立場への理解を深めたりドラマの影響で派遣がつけ上がるのを懸念したりしたのが、公式非公式の掲示板の書き込み、感想ブログなどに明確に表れています。
多くの視聴者にとってごく身近な、おそらく恋愛ドラマよりもナーバスにならざるを得ないテーマを取り上げているだけに、このドラマについて我が事のように熱く語る人が多かった印象です。
一歩間違えば総スカンも食らいかねないところを、第一回の「タクシー廃車→クレーン登場」のありえないストーリー運びによってあくまでフィクション、コメディであることを印象付けて、社会派のドラマを想像していた視聴者を、肩透かしを食わせることで上手くクールダウンさせた(正直私は呆れ果てて脱落しそうになりましたが)。
その後も春子の行き過ぎたスーパーハケン振りやメインキャラとのやりとり―コメディ部分で笑わせ、恋愛パートの切なさで泣かせながら、抵抗の少ない形で本来のテーマを打ち出していった。
先に「志」と書いたのは、視聴者に対する巧みなくすぐりが単なる人気取りではなく、本来のテーマを伝えるための手段として用いられている、そこまでして伝えたい思いがあることを指しています。
里中が最終回で「ハケン弁当の本当の値打ちは(中略)社員と派遣社員が一つとなって困難を乗り越え、力を合わせられたことです」「(ハケンとも)人として向き合わなければいい仕事はできないのではないでしょうか」という二つの台詞を口にしますが、これらの台詞に表れた遠くない未来の正社員・会社と派遣社員のあり方へのエールがこのドラマの肝なのでは。
1の器に2を盛ったような、第3のタイプのドラマと書いた由縁です。
正直放映中はあまりにご都合主義な展開が目について不満点も多い作品でした。勝地くんが出てなかったら最後まで見ることはまずなかったでしょう(そもそも彼が出てなかったら最初から見てなかった)。テーマの性質上あえて視聴者が真剣になりすぎないよう痛快路線にしてあるんだろうとはわかっていても。
(プロデューサーの櫨山裕子さんはもっとリアルな方向を望んだそうですが、脚本の中園ミホさんが、派遣の女性たちは「クタクタになって帰って来て、そんなドラマを見たいだろうか。ウソでも楽しいドラマがいい。バカバカしいくらい、思いっきり笑えるドラマにしよう。」(※)と主張して現行のような物語になったそうです。派遣社員をテーマにしたドラマの言い出しっぺも中園さんだったとのこと)
しかし今回レビューを書くため全編をまとめて見返してみて、本放送時も好きだったテンポのよい掛け合いの魅力を再認識し、当時は気づかなかった小ネタを新たに発見し、何より上述の「志」とそれを提示するテクニックに感銘を受けたことで、この作品に対する評価が急上昇しました。
例えば第7回で里中が勝手に美雪の名前で企画を出すくだりは「いくら人が良いとはいえ8年会社勤めしてる男の行動としては状況が読めなすぎないか。新入社員の浅野が美雪恋しさで暴走した展開なら自然なのに(そうすれば勝地くんにスポットがあたるし)。ストーリーをメイン4人中心で回す必要上そうなったんだろうけど」などと考えてたんですが、作品をトータルで捉えると里中がここまで「バカ」である必然性が見えてきて一気に納得がいった。
というよりバカであるがゆえに今後里中がどう化けるか会社組織をどう変えてゆけるのか、筋は承知してるにもかかわらずワクワクしてしまった。
ほとんど全てのストーリーをメイン4人で動かす方向性を途中で選んだ副産物だとしても、当初からこの展開に持っていく前提だったかのように里中のキャラクターは首尾一貫している。
里中に限らず、ほぼ全キャラクターの性格が(当初の設定が無視されることはあっても)一貫していたし(一番キャラ的なブレがあったのはヒロインの春子でしょうか。第8回の言動はとくに)、小さな矛盾点は多々あれど物語全体の流れも大筋では意外なほど破綻なくまとめられていた。脚本家およびスタッフの技量をつくづくと感じました。改めて『ハケン~』の人気が頷けます。
※ 中園ミホ『恋愛大好きですが、何か?』(光文社、2007年)←『ハケンの品格』の裏話が若干あり。巻末に篠原涼子さんとの対談も収録。
p.s. 『Invitation』2008年3月号でプロデューサーの櫨山さんが語っていたところによると、予想外の高視聴率を受けて、途中、具体的には「ハケン弁当」のあたりから、ドラマの流れを社会派→人間中心に変更したとのこと。
最初はハケンも正社員も所詮は弱者で裏に真の強者がいる、といったストーリーを想定していたそうです。