・池に浮かぶ浮子の遺体を雪政が痛々しそうに見つめる。
野心に生き悲惨な死を遂げた浮子への同情か、10代の少女でありながら祖母の復讐と家を守るために手を汚さねばならなかった小夜子を思ってか。
小夜子のためだけに生きてきた彼であってみれば後者でしょうか。
・黒いワンピース(喪服?)で遠野家を見上げる小夜子。
その静かな、悲しみと諦念が染み付いたような表情が、服とあいまって彼女をずっと年上に見せる。少女らしい華やぎや幸せは全て諦め去ったというような。
この若さで何十年分もの人生の苦味を味わってきた小夜子の姿が痛々しいです。
・暁の父親に付いて部屋に入る小夜子は、階段に立つ涼に嫣然と微笑んで見せる。
彼女の消えた扉を凝視しながら立ち尽くす涼。あの小夜子が男と二人きりでいることに、また何か起こるのではと警戒を覚えているのか、それとも嫉妬?
・猟銃を片付けようとする暁父の「やもめ暮らしが長いから~」発言は、この直後彼が小夜子に手を出そうとすることの伏線ですね。というか、まさにそこを(奥さんの死後本当に女っ気なしってわけじゃないんだろうけど)小夜子は突いたわけですよね。
・刃物(のようなもの)を見つめながら暁父の背後に立つ小夜子。てっきり後ろから刺すものかと思ってしまった。そういう実力行使は小夜子はやらないですよね。
小夜子の後ろではためくカーテンはたびたび繰り返される小夜子の天女性を強調する演出。
・暁父の死体は猟銃を正面に構えている。暁を撃とうとしたものだろうか。逆上して自分を刺したとはいえ実の息子を殺そうとしたのだろうか。
しかも小夜子は暁の婚約者なのだから彼の怒りには正当性があるのに。自分が殺されそうな時に親子の情や正当性など関係ないということでしょうか。
暁が手にしている刃物は先に小夜子が持っていたもの。この事件が小夜子の仕込みだったことがわかります。
・助け起こそうとする暁に抵抗して暴れる小夜子。男(しかも婚約者の父)に襲われかかり、さらに目の前で人が殺されるのを見た少女の反応としてはごく自然で、だから暁もこの時点で無理に小夜子を連れ出さなかったものか。
この時の小夜子の暴れ方が実にリアリティがあって、杏ちゃんの上手さを感じました。
・部屋に入ったきた使用人たちが悲鳴をあげる。
しかし暁父の身体は窓の外に倒れたはずなので、部屋に入った瞬間にぱっと見えるものは床につっ臥している小夜子と側に立つ暁(よく見れば返り血がついてる)だけだと思うのだが。よく状況を察することができたなあ。
・床に転がっていた小夜子が目をあける。逆さに映しているだけになお大きな目の強い光が強烈な印象を与える。
杏ちゃんを小夜子役にキャスティングしたのが生きています。
・現場検証にやってきた刑事が涼に「君の兄さん、何でこんなことしたのかな」と言う。つまり涼は警察に小夜子のことを話していないわけですね(暁父が暁の婚約者である小夜子に手を出そうとしたと話したなら「何で」という疑問はまず出てこない)。
これは小夜子を巻き込むまいと思ってかばったのか、小夜子のやったことについては自分(と暁)の手で決着をつけたいと思ったからなのか。
・遠野家?で寝ていた小夜子が物音に起きると、窓から飛び込んできた涼が小夜子を押し倒す。しかし唇が触れそうなほど顔を近づけながら、涼は小夜子の遠野家のっとりの手管を解説するだけで何ら性的なアプローチを仕掛けようとはしない。
暁にとって小夜子のような女が初めてだったように、男は皆自分に劣情を抱き誘いかければたちまち襲いかかってくるものと思っていた(実際そうなってきた)小夜子にとって、涼のような男はやはり初めてだったのではないか。
ところでこんな場面ではありますが、涼が小夜子を責める時の声の響きの良さに聞き惚れてしまいました。
・遠野家でさんざん辛い思いをし、家を出る覚悟までしていた涼が、遠野家の崩壊に本気でショックを受けている。元からの(引き取られる以前からの)血縁関係でもあり、暁が言うように涼も「遠野家の人間」ということだろう。
「遠野家にはもう俺と水絵しか残ってない」「でもちゃんともう一人いるからな」という言葉から、涼が自分を遠野家の一員と位置付けたうえで、遠野家をめちゃくちゃにした小夜子を敵とみなしているのが伝わってきます。
家の中で孤立しているがゆえに家のしがらみから一番自由に見えた涼も、結局暁や小夜子のように家に囚われてしまっているのですね。彼がこれまで遠野家の暮らしを我慢していたのは水絵のことばかりでなく、あの家こそが自分の居場所だと無意識に思っていたのかもしれません。
・涼は暁の命令で小夜子を呼び出しに来たことが明らかに。この状況でなお暁のパシリをやるのか。たぶん暁が由似子をさらったうえで彼女の身柄を盾に涼に協力を強制したんでしょうが。
その場合原作と違って涼と由似子のからみはこれまで皆無なので、涼が由似子を助けようとする理由は叶・遠野両家に無関係の人間を巻き込めないという正義感なんでしょうね。
・涼のバイクの後ろに乗り、不安そうな表情で頬を彼の背にすり寄せる小夜子。今や敵同士といってよいのに、恋人のように見えてしまいます。
・別荘のカーテンが一箇所だけ赤い色。これまで白いカーテンが頻出してきただけに、何か不吉な感じがあってはっとさせられる。
この赤い色はこれから小夜子のためにここで(涼と暁の)血が流されることを暗示しているように思えます。
・嵌められたと知って小夜子に対峙する暁は、「いつも俺の欲しいものを奪っていきやがる」と涼への嫉妬を剥き出しにする。
しかし涼が小夜子に近付くのを警戒するなら、彼を小夜子を呼び出す使者に立てたのはなぜか。
警察に追われる身で自ら動けなかったのかもしれないが、その気になれば涼は由似子を放っておいて小夜子を連れて逃げる、というか暁の要求を無視して小夜子ともども学生生活に戻ることも、警察に暁の居場所を通報して由似子を助けてもらうことも出来たはず。
結局暁は涼が自分を裏切らないという奇妙な確信を持っていて(原作では密かに暁の手から小夜子を守りその裏切りが発覚したりもしてるのですが、映画にそういう描写はない)、そのうえで涼に恨み言をぶつける、要は涼に甘えているように思えます。
・涼は暁に銃を向け「もうやめようぜ」と言う。その声の裏返り方に、小夜子を守るためだけでなく暁の身をも案じての行動とはいえ、初めてはっきり暁と対立する立場を取った涼の切々たる感情の高まりを感じました。
そしてこれまでは銃で脅されても内心は平静だった小夜子の方も、涼が銃を出すなり「その銃で撃っちゃダメ」と声に必死さを表す。
銃が暴発するように仕組んであるゆえに涼の身を案じているわけですが、これまで浮子も含めた遠野家の人間を次々死に追いやってきた小夜子が、涼のことは本気で失いたくないと思っている、その気持ちに打たれます。
・銃の暴発で血に染まり倒れる涼と動揺する暁。つまり二人銃を向け合いながら、いざという瞬間涼は撃ち、暁は撃たなかったということですね。相手への(こいつは自分を撃たないはずという)信頼と愛着では暁の方が上回ってたということでしょう。
とっさに涼の心配をしていますが、涼の銃が暴発した=自分を撃とうとした、という事態を彼は正しく推察してたでしょうか。
・これまで小夜子に執着してきた暁が「ぶっ殺してやる。疫病神め」と小夜子に銃を向ける。
涼まで目の前で倒れたことで、自ら手にかけた父親も含め小夜子が現れてから血が流れすぎることに戦慄したのでしょうが、小夜子への感情が一気に憎しみに転じた直接のきっかけが涼が傷を負ったせいだというのは、以前小夜子が言ったように、暁が真に執着しているのは小夜子以上に涼だからなんでしょうね。
女のことでもそれ以外でも涼には負けたくない、腹心(格下の存在)として自分の側に従えていたいという形の執着。この場で小夜子が涼を呼び捨てにしたのもそんな彼の感情をあおったかもしれません。
・暁が小夜子に狙いをつける緊迫した場面で、画面が遠景に切り替わり彼らを見下ろす位置に展開する警察の姿が描かれる。その後の警官隊による集中発砲シーンも含め、急に俗っぽく二時間ドラマのようになったと評されたシーン。
ちなみにここの場面は映画『俺たちに明日はない』の有名なラストを意識したものだとか。言われてみれば暁の撃たれっぷりが確かによく似ているかも。
・自力で縄抜けし、小夜子を助けに飛び込む由似子。原作よりはるかに行動力に富んでいます。
由似子を助けるために涼についていった小夜子が逆に由似子に助けられるというのもいささか皮肉な気がします。
・銃の仕掛けについて語る涼の声が、瀕死の割にはちょっとはっきりしすぎてるような。「台詞まわしが死にかけてるようには思えない」というのは2005年公開の映画『亡国のイージス』の時にも大分言われてましたね。
まあリアルに瀕死の人のような声を出したら、何を言ってるのかさっぱり聞き取れないでしょうけど。
・絶命した涼の頭を抱きしめたまま「どうして」とつぶやく小夜子。その心底ショックを受けている表情に、少なくとも表面は平然と他人を死に追いやってきた彼女の少女の顔が初めて覗いた気がしました。
この場面のとき、由似子はどうしてるんだろ。
・涼の遺体を安置した病室。小夜子と涼を囲む薄いカーテンをしばらく見せてから涼の傍らに腰かける小夜子を映す。
小夜子の白い服は涼の血で真っ赤に染まり、涼がかぶせられた白布の白さと対照をなしている。
・死んだ涼と小夜子のテレパシー会話。「俺、お前のこと好きだったんだぜ」。生前ついに語られなかった想いの告白に、小夜子は涼にそっと口付ける。
屈みこむとき長い髪を押さえる小夜子の仕草が優雅でとても美しい。そして涼の横顔の静謐な美しさに見とれてしまった。見返すたびに溜め息が出る名シーンだと思います。
・屋上で一人嗚咽する小夜子。これまで感情を露にすることのなかった小夜子だけに、先の口付けとあいまって涼への愛情が強く伝わってくる。
同時に彼女はただ涼の死を悲しんでいるだけでなく、自分と家を守るための戦いが惹かれあっていた相手をも死に追いやってしまう、幸福にしたい男にさえ不幸をもたらしてしまう自分の運命を嘆いているように思えました。
杏ちゃんの泣きの演技が実に見事で、この場面を作品のハイライトたらしめています。
・雪政の運転する車で出かける小夜子を母が強く抱きしめて見送る。その顔からはこれまでのおどおどした様子が消えている。
遠野家の財産を手に入れ、夫の愛人(浮子)は死に、ひょっとしたら叶家の実質的支配者だった母親(小夜子の祖母)が亡くなったことも解放感に繋がったのかもしれず・・・。もしかしてこの人にとっては全てが良い形に納まったのか?
小夜子が(なぜか)叶家を出て行く(親戚の家に戻る?)のも、ずっと離れて暮らしてきた娘など彼女にとっては今さらいない方がいい(と小夜子が考えた)からだったりするのかも。そのくらいの変貌ぶり。
・小夜子と一緒に車に乗っている水絵はすっかり元気そう。
以前小夜子に言われて自分で病気を治そうとして咳が止まったことからすると、水絵の病気は多分に精神面が影響してたように思えます。遠野家での肩身の狭い生活が水絵のストレスになりその結果の病弱だったとすると・・・。
水絵のために遠野家の生活を我慢してた涼が浮かばれないな。
・遠野家を滅ぼした後、雪政は小夜子のもとを去る決意を仄めかしている。
子供の頃から小夜子を傍らで守ってきた彼が今さらどこへ行くのか。これまでの小夜子最優先だった生活から自分自身のための人生設計に切り替えてゆくつもりなのか。
小夜子自身も金沢を離れてどこへ行くのか。水絵つきで親戚の家に戻る?少なくとも表向きには血なまぐさい事件(特に婚約者による義父殺し)の当事者となった心の傷を癒すためしばらく事件のあった土地を離れる、という形になってるのでしょうが。
原作では雪政が「田舎に戻ります」と言ってましたが・・・。
・小夜子と由似子の別れのシーン。一方が杏ちゃんのせいか、何だか『六番目の小夜子』の最終回を思い出しました。
5歳のとき自分が小夜子を置き去りにしてしまったことを由似子は泣いて詫びるが、あの幼女がやはり小夜子だったことの確信はどこから得たのだろう。姉から叶家の過去の事件について聞かされたのだろうか。
とすれば小夜子が5歳にして自分を汚した男を手にかけた事も知っているはずだが、由似子は小夜子を怖れる様子は全くなく、相変わらず友達として向き合い小夜子の痛みをともに嘆く。
優しいだけではない、おっとりした雰囲気からは意外なほどの精神的強さ・ブレなさを持った女の子ですね。
・涙をいっぱいに溜めた目で、それでも笑顔で由似子は小夜子を見つめる。透明感のある表情が実に美しいです。
・小夜子の手から桜の花びらがこぼれ、緑の庭や真理たちが稽古をする部屋の中にまで吹き込まれてゆく。非現実的ではありますが、とても美しい演出。エンディングテーマの「仰げば尊し」も透明感と幸福感をこの場面に添えています。
オープニングの禍々しさと対照的な、そしてこれまでのストーリーのどろどろを全て払拭するかのような穏やかなラストシーンが後味の良さを残します。