about him

俳優・勝地涼くんのこと。

『JUNON』2007年5月号

2008-06-29 02:52:09 | 雑誌など

「聞かせて!恋バナ 僕の運命の恋」の特集名で、彼を含む若手俳優4人が忘れられない恋の思い出を語っています。
4人とも20歳前後なので必然的に10代の頃の恋バナになるわけで、それだけに全体に微笑ましい、可愛く切ない感じの体験談でした。
彼の「思い出」は中学二年から高校一年まで断続的に(別れたりよりを戻したりを繰り返しつつ)付き合っていた一つ年上の彼女について。

公共の場で語られた話とはいえデリケートな事柄ではあるし、元カノさんは素人の女性である可能性も高いので、なかなか書きづらい話題なのですが、印象に残ったのは彼の真っ正直さ。彼女とキスしたときのシチュエーションまで細かく説明してたのは彼一人です(笑)。
何気に彼が一番アダルト路線だったかも?その一方で携帯の着信ランプがアプローチ中は緑だったのを付き合うようになってピンクに変えたなんて話は実に可愛らしいんですが。

それはともかく、こうした話はどうしてもフった方が悪者になっちゃうと思うのですよ。だからフった話よりフラれた話の方がしやすいんじゃないかと。
なのに彼は自分がフった側、それも泣いてすがる彼女を毅然と突き放したわけですから、読者にキツい印象を与えかねない。それを臆さずきちんと語る姿に彼の男らしさを見た気がしました。
(まあフッた話をしてたのは彼だけじゃないですけどね)
別れる遠因になった彼女の態度―(二人が一度別れたのを知っている)友人に二人でいるのを見られるのがきまり悪い―に対して「堂々と会えないなんておかしい」と反発するストレートさも一種正義感の表れのように思えます。

あまり想像で物を言うのもあれなんですが、たぶん彼女はいろいろ不安だったんじゃないのかな。
二人が最終的に別れたのは2002年のクリスマスイブ、2002年といえば彼が『新・愛の嵐』でプチブレイクした年であり、その後も映画のロケで夏中留守だったり、別の映画では美人女優さんとベッドシーン(のようなもの)を演じたり(公開は翌年)――彼女としてはなかなか平静ではいられなかったんじゃないかと。
それで彼の心を試すような我が儘を繰り返して、でも彼の方も彼女の不安を受け止めきれるほどには大人じゃなくて・・・。
別れの場面など往年のトレンディドラマのごとくですが、まだ二人とも16、7歳だったわけで不器用で当然なのですよね。

この元カノさんの外見や雰囲気は、彼が語る好みの女性のタイプに見事に一致していて、タイプだったから彼女を好きになったというより、彼女との付き合いが現在に至る彼の女性の好みを決定したんじゃないかという気がします。

 


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『夢 追いかけて』(2)-3(注・ネタバレしてます)

2008-06-25 01:17:16 | 夢 追いかけて
・点字が書けない、読めないというハンデを背負った純一のためにわざわざ上京して盲学校の八代先生(船越英一郎さん)に頭を下げる森田先生。
その意気に感じて純一の受験を認める八代先生。どちらも男前です。

・遠からず受験にのぞむ(故郷を一人離れる)純一に、「遠州灘の初日の出だ。よく覚えておけよ」というお父さん。
純一には初日の出を見ることは出来ません(光はほんのりと感じとれるかな?)が、そんなことは承知のうえで故郷の匂いを存分に心に刻みつけておけという意味でしょう。
純一も最初は「そんなこと言われても見えないよ」と言いたげな表情をしたものの「うん」と答えるのは、お父さんの気持ちを受け止めたからでしょうね。

・入学はしたものの点字や白杖の使い方で遅れをとってしまう純一。
しかし「どうしよう・・・」と悲観的になるのではなく、「面白くねーなー」と言いたげなぶーたれ顔なので憐れっぽくならず、「いつ水泳部入れてくれんだよ」という偉そうな発言も手伝って、負けん気の強い少年の根性物語としてカラッと見せている。
しんみりしてしまいがちなところで笑わせるストーリーテリングが良。

・「こんな小さいプールじゃ練習になりませんよ」と生意気言う純一に「何だと!」と八代先生は声を荒げるものの「ついてこい」と腕を差し出し、純一も素直にその腕につかまって歩き出す。
盲学校じゃ当たり前の光景かもしれませんが、なんかほのぼの。

・上京してきたお母さんは、地下鉄の駅で純一と別れる。
東京での息子の暮らしぶりを心配して様子を見に来たんだろうお母さんがこのままあっさり帰れるものかな、と思ってたら案の定、息子の後ろ姿を見守りやがて後をつけはじめる。
盲人用の信号と点字プレートを頼りにさぐりさぐりといった足どりで歩く純一の姿に、お母さんと同じ目線でハラハラと見入ってしまう。目の見えない人にとって街中は危険がいっぱいなのがよくわかります。
しかし短期間にこれだけ白杖の扱いを覚えた純一・・・もともと運動神経はいいにせよ頑張ったんですねえ。

・白杖には慣れた純一も点字には苦戦。またもぶーたれ気味の純一ですが、先生たちも同室の先輩?も彼を甘やかそうとはしない。
結局他人に縋らず生きていこうとするなら越えなければならない関門ですからね。

・舞阪の友人たちが東京へ訪ねてくるも、迎えに出た純一を待たせて腹ごしらえに夢中。
「純ちゃんにもおみやげ」を気にかけてはいるけれども。しかし5人で6万円以上とはよく食ったもんだ。
結局お金が足りなくて純一に泣きついてくるし。でもいい友達ですよね(笑)。
文句を言いつつも教え子ならともかくその友人のためにお金を払ってくれた八代先生もいい人だ。

・パラリンピックを目指し練習に励む純一の姿に感化された進は積極的に漁師の仕事にのぞむように。しかし彼のお母さんに対する信用のなさに笑う。

・点字で先生たちの悪口を書き綴ったところを当の先生たちに見つかってしまう純一。
まあ悪態をつけるようなら言語をちゃんとマスターした証拠ということで。怒らず点字の上達を誉めてくれる先生たちも器が大きいですが、あの一種ユーモラスな文面と本人の「あちゃー」という顔をみたら怒る気になれんわな。

・銀メダル獲得のシーンを最後に純一役は河合さん本人にバトンタッチされる。やはり泳ぎのフォームとスピードが違いますな。

・純一の金メダルを喜んで街宣カー?で舞阪の町を走る友人たち。選挙じゃないんだから(笑)。

・舞阪の中学校教師に採用が決まった純一。電話で知らせるのでなくわざわざ通知を東京まで持ってきてくれるお母さんの暖かさが伝わるシーンです。

・舞阪中学校の校門外の「十四歳が二度あるか」という碑が地味にウケる。これ本当にあるのだそうです(※5)

・目の見えない純一が自分の子を担任することに反発した父親(長浜氏)が抗議にやってくる。
このお父さん、話し方からは磊落な人柄を想像させ、「純一のことは昔から知ってる」と言いながらも、担任としては受け入れられないと言う。
盲人であるゆえの壁の厚さを思わせるエピソードが重いです。先生たちが一致して純一をかばってるのが救いですが。

・わざわざ純一の授業を覗きにくる友人たち&長浜さん。
ただ純一を認めないのでなく彼が担任教師にふさわしいかをちゃんと自分の目で確認しに来た長浜さんはなかなか立派なもの。
早くも生徒を声で判別できるようになっている純一の努力をちゃんと察して考えを改めてくれたようですし。

・遅刻や無断欠席が続く女生徒・美里(栗田梨子さん)を案じる純一。
家庭内暴力に苦しむ女生徒のエピソードは映画のオリジナルですが、「このような生徒がいたら、どういう対応を河合純一という教師はとるかということを監督、脚本家、ぼくとが話を詰めてでき上がっていったストーリーである」(※4)とのこと。

・八代先生からのメール。メールの文面だとあのドスの効いた(でもユーモラスで人情味のある)先生が妙に可愛い感じなのが面白い。
メールを読み上げる音声のせいかな。

・生徒を救うべく真っ向から母親のヒモに立ち向かう純一と、からめ手で上手く場を収めた森田先生。このへんは年の功というやつですね。
確かに純一は自ら言う通り未熟なのかもしれませんが、生徒のためがむしゃらに頑張れる純一だからこそ美里も頼る気になったんでは。

・飲み屋の親父が「次のパラリンピックは?」と書いたノートを森田先生に見せる。
先に他の先生たちが森田先生に同じ質問をするシーンもある。本当に純一のパラリンピック出場を町中が期待してるわけですねえ。金メダリストだし無理ないけど。
この時たまたま(当然親父のノートには気づかぬまま)パラリンピック出場の意志を固めた純一がそれを口にしかけたところで、友人たちがどやどや入ってきたため純一と森田先生は店を出て行ってしまう。親父さん可哀想(笑)。

・純一がパラリンピック出場を決めたと知って、彼が気づかない(見えない)のをいいことにブロックサインで町の人たちに純一の意向を知らせ呼び集める友人たち。
「なんか騒がしくないですか?」という純一の問いに「そうか?」ととぼける森田先生がいい味。

・父兄参観の授業。生徒を声だけで判別する純一を長浜さんは改めて認めた様子で、校長先生とも和気藹々。
そこを純一に「静かにしてください」と名指しで注意される。父兄の声まで覚えてるのか。さすがです。

・久々に弟圭二が登場。こちらもその後東京に出て働いている模様。「兄貴の遠征費用」と通帳ごとポンと寄越し、しかもそれが結構な額であるらしい。
こんな時のために(純一のために)こつこつ貯めてたんでしょうね。そらっとぼけた顔をしてみせてるのも照れ隠しのようで微笑ましい。
皆が当然のごとく純一を支え、純一は泳ぐことでそれに応えようとする。素敵な関係です。

・夜学校のプールで一人練習する純一に美里が話しかける。
「先生、今夜の月すごーく綺麗だよ」という美里に「いや見えないから」とツッこみそうになったが、続けて「見える?」と問いかけたのに驚いた。
純一の答えは「うん、綺麗だね」。きっと目で見えなくても気配を何となく感じ取れるんでしょうね。美里もそれを承知してるからあえてこう聞いた。
実際河合さんは美人はわかるのだそうです。持ってる雰囲気が明るいし、また表情が生き生きしている人はなお綺麗に見えるものだからだとか。
勝地くんのことも初対面で「すごく自分と雰囲気が似てる」と感じたそうですし。

・2000年のパラリンピックの朝、会場(現地ではなく舞阪の町民センター)をお父さんは飛び出していく。
その時進と擦れ違う。進の隣りには小さな子供を抱っこした女性。先に皆に紹介した恋人ですね。その後無事結婚し子供が生まれてたんですねー。

・会場を飛び出してお父さんがどこに行ったかと思えば神社で神頼み。
日本人だなあ。それ以上に親心だなあ。

・金メダルを獲得し舞阪中に凱旋した純一を生徒や教師らが出迎える。
生徒たちがにこにこ顔の中、森田先生は唇を引きむすんで顔をちょっとゆがめている。涙をこらえてるんですね。
純一が中学の頃からずっと彼を支えてきた先生の思いの深さが感じ取れます。

・駆けつけた友人たちの先導で歌いだす生徒たち。
固い歌でなくサザンオールスターズの「真夏の果実」というところに肩肘はらないリアルさがあります。実際河合さんはサザン好きだそうですし(※4)

・祭り太鼓を懸命に叩く純一。舞阪の象徴ともいうべき太鼓で締める。歯切れのよいエンディングです。

 

※4・・・河合純一『ぼくが映画に出たあの夏の日のこと 映画「夢 追いかけて」』撮影日記』(ひくまの出版、2003年)

※5 河合純一『夢への努力は今しかない! 全盲の金メダリストからの伝言』(新風舎、2004年)


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『夢 追いかけて』(2)-2(注・ネタバレしてます)

2008-06-21 05:31:26 | 夢 追いかけて
・真っ暗なお風呂で髪を洗う純一。お母さんが電気をつけても何の反応も示さない。それによってお母さんが純一の完全失明を悟る。
河合さんの生誕から教員採用試験合格までを描いた『夢をつなぐ』(※1)では「おそれていたことがついにきた。まだ、ほんのすこし残っていた右の目の光もきえてしまったのだ。」としか書いてないので、これは映画独自のエピソードでしょうか。
だとすればリアリティのある設定かつ日常生活の破れ目から浮かび上がる残酷な事実の発覚を描く表現法は実に秀逸。
母子心中を思いとどまった時に覚悟はしてたでしょうが、それでも辛いことに変わりはなく・・・。お父さんにひそめた声で報告するお母さんの、つとめて淡々とした調子の中にその苦しみが表れています。
お父さんは無言のまま立って純一のもとへゆく。純一が大きな声で何か言っているのが聞こえますが、お父さんは何て話しかけたのでしょう。

・県大会に出ないと決めたことをめぐり純一は友人のダイスケ(渡辺卓くん)と喧嘩に。
「目が見えなくなった」という至極正当な理由があるにもかかわらず、ダイスケは同情の言葉一つなく「負け犬みたいなこと言って恥ずかしくないのか」「逃げてんのはお前だろ」と容赦なく罵る。
言葉は悪いけれど、純一を憐れんでいない、対等の存在と見ていればこそ。
「負け犬みたいなこと言って」という表現も、後の駄菓子屋のおばちゃんが失明した純一を人生の落伍者扱いにしたのと比べると、彼を「負け犬」と思ってないからこそだとわかります。

・ダイスケに突き飛ばされた純一は、やり返そうとするがよけられて目測を失い、誰もいない空間を殴っては、一旦よけた後は動いていないダイスケに「ダイスケ逃げんな!」と怒鳴る。
痛ましい場面ですが、ダイスケの表情にはここでも同情ではなくむしろ苛立ちがある。対等でありたいのに、対等であるはずなのに、もう純一とは本気の喧嘩をすることもできない。それが悔しくてならないのがうかがえます。
失明という一大事に見舞われた純一の心情に対して配慮が足りないのは確かですが、純一を好きだからこそ彼の気持ちを思いやれるほどに冷静になれないのでしょうね。

・珍しく一人で歩いている純一。もっとも駄菓子屋のおばちゃんの態度からすると、弟や友人同伴でなく一人で歩くことも別に特異ではないんでしょうが、喧嘩シーンの後だけに、いつにない孤独感を感じてしまいます。

・純一が完全失明したと気づいたおばちゃんは、さかんに同情しながら「夢があっただにねえ、目が見えんくなったらそれも叶わんねえ」「何でこんな不幸な目に」と心をえぐるような失礼な言葉を並べ立てる。
このおばちゃんの言動は観てて腹が立つより、自分も傍からは不遇と見える人に無意識に同じような態度を取ってやしないかと背筋が寒くなりました。このおばちゃんが完全に「善意の人」なのがわかるだけになおさら。

・駄菓子屋を出てすぐのところで立ち止まり、アイスキャンデーを地面に叩きつける純一。おばちゃんには(悪意がないのはわかってるだけに)力なくも「ありがとう」と作り笑いをしてみせた純一の感情が爆発するシーン。
叩きつける動作の直前、うつむいて肩を落とした後ろ姿に、すでに彼のやりきれない思いが反映しています。

・夕暮れの町を一人歩く純一は電柱にぶつかりゴミ箱につまずいて転ぶ。
住み慣れた町のこと、手探りしつつそろそろと歩けば歩けるのかもしれませんが、足どりの速さがそれを困難にしている。
おばちゃんの言葉を受けて、一人でちゃんと歩けるのを(自分に対して)証明して見せようと意地になってるのでしょう。

・純一が歩く舞阪の町を俯瞰で映す。下町風のごちゃごちゃした町並みは、一瞬純一がどこにいるかわからない(彼がつまずく―イレギュラーな動きをすることでやっとわかる)。
彼を優しく育んでくれた故郷の町がにわかに危険な障害物に満ちた迷路のように純一を苦しめているのが、このアングルによって印象づけられています。

・病院で純一の友人・進(北村栄基くん)がダイスケを殴る。
このシーン、なぜ喧嘩になったのか一切の説明がなく台詞すらありませんが、ダイスケのきつい言葉が純一を追いつめ彼が事故に遭う遠因となったことに進が激昂したのだと絵面だけでわかります。
そして話さなければわからないのに正直に純一と喧嘩したことを告白し、黙って殴られるにまかせたダイスケの男気と自責の念も同時に描かれている。殴る方も殴られる方も純一を思えばこそですね。

・傷の手当てを受ける純一。ちょっと前に「すり傷だけ」と言ってたので、確かにすり傷ではあるものの意外に大きな傷に一瞬どきっとしました。

・純一の隣りに座った森田先生(三浦友和さん)は、彼の膝に手を置き、ときどき掴むようにして話をする。
目の見えない純一に自分がここにいることを示し、純一は孤独ではないのだと伝えようとする思いやりが暖かいです。

・おばちゃんに「親が気の毒」などと言われたせいで両親には思いをぶつけるわけにいかなくなってしまった純一は、ここで先生の胸を借りてやっと泣くことができる。
やたらな励ましの言葉でなく、彼の気持ちを完全には理解できないことを「ごめんな」と詫びる。純一とともに苦しもうとする先生の心が、純一の張り詰めた気持ちに風穴を開けたのですね。

・先生の肩に顔を埋めて「悔しい」と純一が嗚咽する。
まず左手で先生の肩を掴んでから身体を寄せる動作は(その時先生の方に頭を向けないのも)目が見えないゆえの動き。

・これまで棒読みに近いそっけない調子で、でも時折感情を滲ませながら、泣き出しそうな顔で気持ちを語っていた純一がここで感情を爆発させる。
しかし純一や先生の顔をアップで捉えるでもなく比較的短時間で次のシーンへ移行する。感情過多にならないよう、ドキュメンタリーに近い描き方は全編に共通している。

・純一の言葉を聞きながら、部屋の外でお父さんが何度も頷いているのが印象的。
お母さんに比べ前面に出てこないお父さんですが、一歩引いたところで息子を心配し、包んでいるのが伝わってきます。

・夜のプールで一人泳ぐ純一。腕を旋回させて水を撒き散らしたり両手を伸ばして仰向けに浮かんだり。泳ぐというより水と戯れているよう。
たびたび彼の泳ぎを妨げてきたコースロープは取り払われ、自由にのびのびと、まさに水を得た魚のように見えます。
森田先生がプールサイドにいるので彼が純一をここに連れてきたのですね。自分の責任でプールを開放して。
ダイスケがここにいるのも、純一を追い込んでしまった彼の傷心を先生が思いやって同行したんでしょう。森田先生の生徒たちへの大きな愛情を感じます。

・泳ぎながら「あー!」と二度咆哮する純一の姿に、映画『空中庭園』ラスト近くでのヒロインの絶叫シーンを思い出しました。生まれ直そうとする者の魂の産声。
この夜を境に純一は「目が見えないこと」を受け入れてゆきます。

・テスト用紙が配られたとき、隣席の友人が純一が気づかないうちにさっとプリントの位置を直している。
こういう見えない心遣いが純一の周辺には溢れています。

・先生にテストの問題文を読んでくれるよう純一は頼む。
自分から率先して手を挙げ助けを求めるあたり、意地を張らず見えないことを受け入れていこうとする彼の姿勢の変化がわかります。
この時、周囲がちょっとしんとなり、問題文を読み上げ純一の手を解答欄に運んでやる先生を前の席の女生徒が気にしている・・・。
このテストの描写があることで、次のシーンで純一が「普通高校はとても無理」と宣言する心理的伏線になっている。

・あえて住み慣れた町や家族・友人を離れ、レベルの高い、そして暮らしにくいだろう(土地鑑も助けてくれる友人もいない)東京の盲学校を受験することを決める純一。大学へ行き教師になるという夢を叶えるために。
普通学校に通えず盲学校に進むことを敗北でなく挑戦にしようとする純一の姿勢は、「人にすがらなきゃ生きていけない」「夢も叶わなくなった」といった駄菓子屋のおばちゃんに身をもって反論を示したものといえます。

・ドアの向こうで聞き耳立てていた友人たちがドアが開いた弾みで屋上に倒れこんでくる。
思い切りベタな展開ですが、これは一昔前のような爽やかな青春・友情を意識的に演出したものでしょう。
彼らが純一が一緒に高校に進まないことについて(立ち聞きしてたなら純一自身が言い出したことと知ってるはずなのに)純一でなく先生の方に詰め寄ること、メンバー中に女子も混ざってることも、「ザ・青春ムービー」な感じです。

・純一の家に集い彼のために勉強会をする友人たち。脱ぎ捨てた靴の(靴自体も脱ぎ方も)汚さがいかにも中学生くらいのわんぱくな男子という感じ。
それにしても目が見えないから筆算ができないとはいえ複雑な計算を暗算でやってのける純一・・・すごいわ。

・祭りの太鼓を懸命に叩く純一。
河合さんによるとこの太鼓叩きは「こぶしの皮が破れたり、出血したりするのはあたりまえの世界」だそうで、勝地くんも太鼓シーンの練習のさい手の皮が破れてしまったそうですが、血を滲ませながらも、
「顔色ひとつ変えずに、新しいさらしを手に巻いて、太鼓の練習を続ける勝地君。そのプロ魂にぼくは内心圧倒されていた。」(※4) 
撮影時彼はまだ16歳になるかどうか、役者としてのキャリアも2年半程度だったはずですが、幼くとも彼は生粋の役者なのだなあと改めて思いました。
ちなみに前掲の文章の隣りのページに幼年時代の純一を演じる小林京雄くんが太鼓のバチを持っているその手に勝地くんが後ろから手を添えている(手を取って太鼓の叩き方を教えているように見える)写真が載っています。
舞阪の太鼓は中学三年生にならないと叩けないことになっていて、実際京雄くんが太鼓を叩く場面は存在しない。京雄くんは練習の必要はないはずですが、太鼓に興味を示した彼に勝地くんが自分の練習の合間にちょっと太鼓を触らせてあげた感じなんでしょうね。
仕草や表情の優しさも含め子供好きの勝地くんらしいです。

(つづく)

※1・・・澤井希代治『夢をつなぐ 全盲の金メダリスト 河合純一物語』(ひくまの出版、1997年)

※4・・・河合純一『ぼくが映画に出たあの夏の日のこと 映画「夢 追いかけて」』撮影日記』(ひくまの出版、2003年)


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『夢 追いかけて』(2)-1(注・ネタバレしてます)

2008-06-17 02:27:03 | 夢 追いかけて
・冒頭の薄暗い画面(包帯を取るシーン)は一瞬何が起きているのか判別がつかない。会話の内容から次第に目を検査をしているのだと理解できてくる。
一分間ほどもある検査の場面が終わり明かりが着くところで画面の明るさにほっとさせられますが、これは純一(小林京雄くん)の視界に寄り添った画面を長く見せることで観客に暗闇への不安をあたえ、その暗さの中に生きる純一の境涯に思いを致させるための演出かと思います。

・検査のあと「外が見たい」という純一に医師(江藤潤さん)は「いっぱい見といで」という。
この後の場面で彼がお母さん(田中好子さん)に純一がやがては失明すると宣告することを思えば「見られるうちに」いっぱい見といで、というニュアンスですね・・・。

・病院の帰り道、夕焼けの海へ向かって歩きながらお母さんは「(二人だけで)遠くへ行こうか」と話しかける。
その思いつめた表情、先に医師に「なんとか失明せずにすまないか」とすがってた様子からして、このときお母さんが母子心中を考えてたのが察せられる(それは少し後のお父さんとの会話の中で明かされます)。
「純一」と呼んで息子を抱きしめたとき、彼女はともに死ぬのでなくともに生きていこうと思いを改めたのでしょうね。

・波打つ夕焼けの海が青いプールの水に変じ、そこを泳ぐ純一を映すオープニング。
お母さんの決意次第では彼の命を奪ったかもしれなかった「水」が、彼の生きていく場所となった。そんな対比がこの描き方に表れています。

・純一と二人死のうと思ったこと、息子の障害を自分のせいだと思ってることを打ち明けたお母さんに、お父さん(北見敏之さん)は「死ぬときはみんなで死ねばいい」と優しく言い、「それでも俺はもう少し生きていたいなあ」と付け加える。
「絶対に死ぬな」と言うのでなく、最後の逃げ道として「死」を確保しておくことでお母さんの気持ちをやわらげ、とりあえず今を生きる気力を引き出している。
そして「みんなで」という表現で家族の連帯を示し、自分を追いつめているお母さんの孤独感を払拭する。たった二言の台詞に、お父さんの大らかさと愛情を感じました。

・祭に出かける河合一家。舞阪名物の太鼓を叩く様子を見ながら、「お前も大きくなったら太鼓叩くか」とお父さんは呼びかける。
この言葉通り、勝地くん演じる少年期、河合さんご本人が演じる青年期とも太鼓を叩く場面が登場し、いわば純一の成長の指標のようになっています。

・玄関に息子たちが脱ぎ散らした靴を出がけにちゃんと揃えてやるお父さん。
男性には珍しいほどの細やかな気配りは、一つには視力の弱い純一(勝地くん)は靴が乱れてるとどこに自分の靴があるかわからないからでしょう(だったら最初から揃えて脱げという話ですが)。
少し後のシーンで純一が靴を足でさぐりながら履いていることからもそれが察せられます。

・弟の圭二に「早く来い。遅刻するぞ」と兄らしくちょっと横柄な口調で指図しつつ、その弟の肩に手を置いて、純一は学校へと歩きだす。
ナビをしてもらってるわりには態度が大きい感がありますが、助けてもらっていると卑屈にならず、弟の方も助けてやってるんだと偉ぶらず、ごく当たり前にこのスタイルで通している。
視力が弱いからといって純一が精神的に何ら縮こまってないことが、この短いシーンで示されています。

・登校途中で純一は自転車に二人乗りする友人たちに行き会う。友人の一人はさっと荷台を降りて純一と代わってやる。
そのさいに自然に肩を貸す行為も含め、完全に健常者と同じでもなく、かといってことさら特別扱いにもしない、「友達の苦手な分野をちょっとフォローしてあげてる」という感じの彼らのスタンスがとても好ましい。

・純一の通学シーンを通して舞阪の街並みを自然な形で見せる。素朴で活気に満ちたこの町が、純一少年を優しく育んできたのが感じ取れます。

・自転車で走りつつ友達と一緒に「かえるの歌」を合唱する純一。彼と友人たちのやんちゃ坊主っぷりがわかりやすく表れている。

・下駄箱前から廊下をためらいない足どりで走り、階段も手すりにつかまりながらも危なげなく上る純一。でもハンカチを落としたのには声をかけられるまで気づかない。
ほとんど見えてないはずの純一の行動能力の高さと限界を同時に見せるシーン。

・女生徒がハンカチを拾ってくれたのを受け取るとき、ちょっと妙な間があるのは、純一が彼女を(たぶん女の子全般を)ちょっと意識しているのをうかがわせる。
肩を貸そうとするのを「いいよ」と一度はぶっきらぼうに断ったのも。

・純一が女の子の肩を借りて歩くのを友達の男子二人がひやかす。肩に手を置く構図を真似てるのが笑えます。
ちなみにこの女の子はプロの女優さんではなく実際の舞阪中の生徒さんだそうです。河合さんも書いてらっしゃいましたが(※4)、玄人ばりの名演技です。

・クロールの練習でクイックターンを上手く出来ず、やり直してもコースロープにぶつかってしまう。
泳ぎやめた純一がプールの水面を手で乱暴に叩く動作に彼の苛立ちが集約されています。

・ピンぼけの海と鳥居の映像には一瞬戸惑うが、次にかざした手が映ることで、純一の視界を表現したものと判明する。先のプールの場面に続いて純一の視力が絶望的な状態になっているのをわかりやすく示す。
このシーン、舞阪のランドマークの一つである鳥居が映るアングルにすることで、画面がピンぼけでも鳥居の赤い色のおかげで場所がどこなのか判別がつくし、同時に鳥居がこうもぼやける程に純一が「見えていない」ことをも表現している
(鳥居が映ってなかったらただのもやもやした映像にしかならず、そこが海だと言うことさえわからなかったろう)。上手い演出です。

・上の画に続けて純一の後ろ姿を背景込みで、つまり純一の視点を離れて客観目線で映す。
先とは打って変わって海も鳥居もくっきりと見えるのに、純一の視界の悪さが改めて強調されている。

・例の目の前に手をかざす場面。唇がわずかに動いていて、小さく歌を口ずさんでいるのが聞こえる。
目の光の暗さのみならず、唇というか表情全体の動きの鈍さも(目の焦点が合わないからか表情が鈍い印象になりがちな)視覚障害者然としている。
河合さんと近くで接して彼の表情に学んだのでしょうが、大したものです。

・圭二の肩につかまって歩きながら、「学校楽しかった?」と笑顔で尋ねる。
このとき一応顔を弟の方に向けるのですが、ついで弟の頭をくしゃくしゃと撫でるとき顔は正面を向いたまま。
最初に圭二に「待った?」と言われて「いや」と答える場面もですが、普通なら自然と目を合わせるだろうところで目が合わない。
声の方向から相手のおおよその位置は把握できても、視線までは捉えられないからですね。
何気ない仕草の一つ一つが、彼―勝地くんが本当に目が見えないような錯覚を起こさせます。

(つづく)

※4・・・河合純一『ぼくが映画に出たあの夏の日のこと 映画「夢 追いかけて」』撮影日記』(ひくまの出版、2003年)

 


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『夢 追いかけて』(1)-2

2008-06-13 02:24:07 | 夢 追いかけて
さて映画そのものについて。考えてみるとこの作品はかなり危ういバランスのもとに成り立っている。
実話を下敷きにしていて、関係者も健在どころか本人が主演している+河合さんの生地・舞阪町がロケ地として全面協力とあっては、どうしても描写に遠慮が生まれて綺麗事ばかりになりかねない。
コミカルなシーンを随所に挟み、ドキュメンタリー風にキャラクターの内面に深く立ち入らない(たとえば役者の顔をアップで捉えるカットはほとんどない)ことであざとさの回避と関係者への遠慮を両立させるも、一方でドラマとしての山場を作るために女生徒美里にまつわるオリジナルエピソードを入れるなどフィクション要素も多い。
むしろコミカルなシーンをはじめとするエピソードのほとんどが下記の原作本では触れられてないので、失明・進学・オリンピック出場といった大きな事件以外はほぼフィクションと言ってよいかもしれない。
(もちろん河合さんや周囲の人たちの「らしい」行動を大きく外れないように工夫はなされてるでしょうが)

河合さんご本人の起用は「河合純一」を描くうえで、基本的に役作りが必要ないという意味でこれ以上ないリアルさを生み出しましたが、完全実話でないためフィクション部分は「演じる」必要があり、そうするとやはり素人っぽさが目についてしまう。
また本人が演じていることで演出上の(あるのが当然の)虚構の部分もすべてが実話であるような錯覚が起こりやすい。
映画の感想を検索していて「普通に俳優を使った方が良かったのではないか」「本人主演の実話と言われると作品を批判するにできない圧迫感を感じる」(ともに概要)といった意見を見かけましたが、言いたくなる気持ちは分かる気がします。

ただ同時にそうした意見が出ることも覚悟のうえで、河合さん本人を起用した製作側の気持ちもわかるのです。
河合さんによると、映画化の話が持ち込まれた時はるばる製作会社の会長とプロデューサーが舞阪町を訪れ、「河合先生なき映画『夢 追いかけて』は成立しません。われわれの映画にかける姿勢はつねに真実を描くということにあります。」と熱っぽく説得され、視覚障害者への世間の理解を高めるためにもと思って出演を決意したそうです(※4)

そしておそらく観客に対して以上に映画のキャスト・スタッフにとって「本物」が主演する意味は大きかった。
役者さんはカットがかかれば素の人格に返りますが、河合さんはずっと「河合純一」のまま。待ち時間の雑談などを通して河合さんの言動に触れ続けたことの影響力は並々ならぬものがあったろうと思います。
監督の花堂さんが、

「河合さんから溢れてきたものは、周りのプロの役者やスタッフたちさえ、いつのまにか変えていました。監督として断言できるのは、この映画は河合さんによって命が吹き込まれたということです。」(※4)

と語っていますが、作中で純一を愛し応援する人々を演じるキャストもそれを映すスタッフも、芝居という枠を越えて本気で河合さんを敬愛し応援するようになっていったのが感じられます。
(とくに花堂監督は今も河合さんと親しく付き合いが続いていて数年前の河合さんの結婚式にも出席なさったそうです)

河合さん本人が出演してるという事実によってだけでなく、それによるスタッフたちの意気込みも含めこの作品は「本物」になった。そう感じられるのです。

 

※1・・・澤井希代治『夢をつなぐ 全盲の金メダリスト 河合純一物語』(ひくまの出版、1997年)

※2・・・河合純一『夢 追いかけて 全盲の普通中学教師・河合純一の教壇日記』(ひくまの出版、2000年) 

※3・・・河合純一『生徒たちの金メダル ―夢 輝かせて』(ひくまの出版、2001年)

※4・・・河合純一『ぼくが映画に出たあの夏の日のこと 映画「夢 追いかけて」』撮影日記』(ひくまの出版、2003年)

 


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『夢 追いかけて』(1)-1

2008-06-10 02:40:03 | 夢 追いかけて
2003年4月公開。『夢をつなぐ』(※1)『夢 追いかけて』(※2)『生徒たちの金メダル』(※3)の三冊を原作に、盲目のスイマーにして中学校教師の河合純一さん(映画公開時28歳)の半生を綴った映画。
先天性ブドウ膜欠損症のために中学三年生の時に完全失明しながらも、水泳への情熱とまわりの人々の応援に支えられてパラリンピックでの金メダルと教師になることと二つの夢を見事実現させた河合さんの生き方は多くの感動を呼び、公開終了後も全国で繰り返し上映会が開催されています。

関係者の尽力にもかかわらず長らくDVD化もテレビ放映もされてなかったため、上映会に応募するしか鑑賞手段がなかったのですが(今年7月4日ついにDVDが発売されます)、2006年5月7日に静岡第一テレビで初放映され、ようやく家庭で繰り返し見ることができるようになりました。

勝地くんは河合さん=純一の少年時代、中学から高校(盲学校)にかけての時期を演じています。
出演時間は河合さんご本人が演じる教師時代より多いくらいで、第二の主人公とも言うべきポジション。盲人に見えなくてはならないうえ完全失明する前後の苦悩をも表現できなくてはいけない、結構な難役と言えます。

私が最初に勝地くん演じる純一少年の姿を見たのは、映画雑誌『男優倶楽部』(現『Acteur』)vol.11(2003年4月発売号)の『夢 追いかけて』作品紹介+勝地くんインタビューに付された映画のワンシーンのカットでした。
失明一歩手前の純一が自分の目の前に手をかざしている。その表情に正直ぞくっとしました。
いつもの目力はかけらもない、ガラス玉のような目。焦点が合ってないというより焦点そのものが存在していないような。
このカット一つで「見えてないんだな」と納得させられてしまう。なぜこんな目が出来るのだろう、と呆然としてしまいました。
勝地くん自身もコンタクトなしだと視力0.01(17歳時点。2003年10月発売の『HERO VISION』vol.12の記載)なので、それも見えない感覚を掴むうえで多少参考になっているのでしょうか。

その後本編を見て驚いたのが勝地くん演じる純一がことのほか河合さんと似て見えること。
以前河合さんが勝地くんを評して「ぼくとキャラクターが似ている。プロデューサーはさすがである。ぼくとキャラがかぶる少年俳優を見つけてきたのだから。」(※4)と書いてらしたのを読んだときは、「似てるかなあ?」と思ってたのですが、(見えない設定なので)目を細めて微笑する少年純一は確かに意外なほど青年純一とよく似ていた。
顔立ち自体は全く違うのに、表情でこれだけ似るんだなあと感心したものでした。きっと河合さんとたくさん一緒に過ごして河合さんの表情を研究したんでしょうね。

この映画を通じて河合さんと出会ったことは勝地くんにとって学ぶところが多かったようです。
少し長くなりますが、前述の『男優倶楽部』のインタビュー記事から引用すると、

「実は自分にはマイナス思考の部分があって、結構悩んじゃう性格で、ちょっとしたことでウーッとなっちゃうタイプなんで。
でも河合さんを見ていたら、自分が悩んでいることがとてもちっぽけに思えてきて。河合さんの方がどれだけ悩んだんだろうなって。
いっぱい悩んで苦しい思いをしたからこそ、今人前で明るく振舞えると思うんです。どんな壁にぶつかっても、それをちゃんと乗り越えているのが凄いですね。
世の中には悩み事で簡単に死んでしまう人もいます。それはとてももったいないこと。もっともっと生きるのに必死で頑張っていらっしゃる方はいっぱいいるのに。」 

河合さんへの敬慕と、16歳の少年らしい生真面目な純粋さと聡明さを感じさせるこのインタビュー記事はなかなかに好評だったようで、次の号掲載の俳優人気投票(vol.11に添付のハガキによる)で勝地くんがいきなり10位に入ってました。
河合さんも「じつは、ぼくはすごく悩むタイプで、昔から、うじうじするようなことが月に数回ある。この一年にも何度となくあった。短期間だが、落ち込むし、悩む。でも、それがあるから、又、次に進める。」(※2)と書いているので、この二人表面的な雰囲気だけでなく内面的にも似通っているのかもしれません。

ちなみにこの作品を監督された花堂純次さんは勝地くんが13歳の時に出演したドラマ『永遠の仔』を演出してらしたので、勝地くんが少年純一役に選ばれたのはその縁もあったんじゃないかなあと想像してます。
花堂監督は今も勝地くんの活躍を見守ってくださってるようで、2006年4月の舞台『父帰る/屋上の狂人』を観劇されたさいに「嬉しかったのは涼がアイドル的な方向ではなく俳優として確実な成長を見せてくれたこと」(概要)との評を書いてらしたのが思い出されます。

(つづく)

 

※1・・・澤井希代治『夢をつなぐ 全盲の金メダリスト 河合純一物語』(ひくまの出版、1997年)

※2・・・河合純一『夢 追いかけて 全盲の普通中学教師・河合純一の教壇日記』(ひくまの出版、2000年) 

※3・・・河合純一『生徒たちの金メダル ―夢 輝かせて』(ひくまの出版、2001年)

※4・・・河合純一『ぼくが映画に出たあの夏の日のこと 映画「夢 追いかけて」撮影日記』(ひくまの出版、2003年)

 


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『エンタメキャッチ』(2005)

2008-06-07 02:58:50 | 他作品
2005年10月放映。当時公開中だった映画『この胸いっぱいの愛を』の宣伝がらみの出演ですが、むしろ内容的にも時間配分の上でも現在と未来の自分を語る部分の方に比重があるような感じでした。
放映時に見逃してしまい、かなり見応えのある内容だったらしいのがファンの方たちのブログなどから伝わってきただけに長らく無念を引きずってたんですが、1年数ヶ月目にして視聴が叶いました。 

まず目を引いたのは当時皆さん洩れなく言及されていた彼の痩せ方。
頬から顎にかけてのラインがとてもシャープで鼻梁もいつも以上にくっきりしてる。わりにぺったりした髪型といかにもほっそりした体型もあいまって、少年ぽいというか何だか中性的な印象でした。
いつもながらの低いトーンの話し声がミスマッチに思えたくらい。
普段勝地くんは細いながらも病的な感じはしないんですが、この時ばかりは折れそうなくらい儚げに見えました。

話の内容が翌11月発売の『QRANK』とも重なるような「子供と大人の狭間にある不安」が色濃いものだったせいもあるでしょうか。
自分の現在の気持ちを示す言葉として「漠然とした不安」という芥川龍之介の、それも遺書の中の一文に触れているのも、ナイーブな文学青年然とした雰囲気を強めています。

その不安の直接原因は大学に行かず専業俳優の道を選んだことにあるのでしょうが、
「ずっとバイトだけをして生活して役者を目指してる人とかいるじゃないですか。自分にそういう風にできるのだろうかとか思いますね。」
という発言からすると、これといって逆境を経験していないだけにいざ逆境を迎えたときにどうしたらいいのかという不安、恵まれた者ゆえの自信の無さみたいなものも根底にあるんでは。
17歳当時『Boys Beat』のインタビューで、
「(受験や就職などで)みんなが頑張らなきゃいけないとこで、僕は運だけで来てるから。この幸運を当たり前だと思っちゃったら、失礼かなって気がするんですよ。」
と話していたのが思い出されます。

まだ将来への不安など感じることもなかったろう中学時代にスカウトされて芸能界に入り、そのままコンスタントに仕事も入ってきている。
幸運なのは確かでしょうが、それは彼の才能と人柄、努力があればこそ。
彼の仕事の内容―テレビ・映画・舞台の仕事を比較的バランスよくこなし、番宣以外では基本的にバラエティは出ない―を見ると事務所も派手に売り出すのでなく、息の長い俳優に育てようとしているのを感じますが、それも彼にそれだけの見所があるからですよね。
何度も書いてますが、彼のこうした謙虚すぎるほどの発言に触れるたびにもっと自信を持っても大丈夫だよと言ってあげたくなってしまう。

最近はあまり将来への不安は口にしてない印象でしたが、『週刊女性』2008年3月11日発売号で当時出演中だった連ドラ『未来講師めぐる』の「他人の20年後が見える」設定にからめて、
「20年後に役者やってないよって言われたら、すぐに仕事やめて大学入り直しますね(笑)。」
と冗談ぽい口調で話していたのを読んで、この頃の不安感をやっぱり持ち続けてるんだなあとちょっと切なくなったものです。
もし大学に進んでいたら今年は四年生、早ければ就職活動を終えて卒論に精出してる頃ですもんね。改めて自分の先行きを考えてしまうのもわかります。
(まあ20年後も勝地くんは絶対役者やってると思いますが。どう見ても天職ですし)

でも同時に彼にはいつまでもこんな風に悩み続けていてほしいとも思うのです。
彼の謙虚さが好きだからというだけでなく、この時期特に顕著だった悩みや憂いが、胸苦しくなるような青少年特有の透明な色気を醸し出していたから。福井晴敏さん言うところの「端境期の危うさ」(詳しくは
こちら)。
勝地くんには申し訳ないようですが、まだまだ当分は悩める青少年でいてくれないかなあ。 


そして10年後の自分のイメージ。家族や友達など自分の基盤となる関係を「ホームグラウンド」と表現するのが、野球少年の勝地くんらしいです。
翌年1月の「はなまるカフェ」や翌々年6月の『月光音楽団♪』出演時にも、「ホームグラウンド」という語を使ってますね。

「何があっても友達っていうのは変わらずにいたいってそう思ってます」 
「帰るべき場所を持って、それぞれ頑張っていて、その時に自分がもし役者やってたとしても楽しんでやってなかったら、今の自分、過去から来て殴りたいですね」 

手振りを交えながら懸命に思いを語る姿は1年数ヶ月後に再び「エンタメキャッチ」に出演したときと変わらない。
10年後の話をしているのに「今の自分、過去から来て」と時制が混乱しちゃってるのや「殴りたい」というちょい過激な表現も含めて、彼のひたむきさが伝わってきてじんとしました。
「エンタメキャッチ」は放送時間は長くないものの、そのほとんどが(インタビュアーの質問部分を交えない)語りなので、密度が濃いですね。
一年に一回くらいの割で出てくれると嬉しいです♪

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『forget-me-not ~忘れな草~』

2008-06-03 03:13:11 | 他作品

第19回名古屋創作ラジオドラマ脚本募集入選作。2004年6月19日にNHK-FMの「FMシアター」枠で放送。
(くわしくはこちら参照。これを見ると翌週の放送作品は『幸福な食卓』原作者の瀬尾まいこさんの処女作『卵の緒』なのですね。意外な偶然)
駅でボケ気味のおばあちゃんの忘れた傘を駅員に届けようとしたのをきっかけに、勝地くん演じる主人公の浪人生・ジュンが「忘れられ物」をめぐるオカルティックな冒険へ踏み出す、という普通の少年が異界へ迷いこむ型の広義のファンタジー作品です。
(ちなみにジュンのガールフレンドのミカ役は同じ事務所の阿井莉沙さん)

一聴して驚いたのは勝地くんの表現力。ナレーションなどの別録り以外ではアフレコは初めてだったはずなのに、喜怒哀楽のメリハリをしっかりつけて、当然台詞も聞き取りやすく、場当たり的ないい加減さと思いやりを合わせ持った青年を演じていました。
声質も若干今より幼い感じです(台詞よりナレーションの部分でよくわかる)。また翌年収録の『水平線の光の中、また逢えたら』や『銀色の髪のアギト』より声の表情は豊かかもしれない。

「ラジオって本当にわかりやすく声で演技しなくてはいけなくて、わざとらしくないかなって思っちゃって・・・・・・。」
「演技は、舞台より大げさなんじゃないかなって思いましたね。」
(ともに『DRAMA GENIC』001号(2004年刊)のインタビュー)

という発言から、彼が意識的に「大きく」演じていたのがわかります。
勝地くんの声の仕事はアニメファン・ゲームファンから結構批判を受けてますが、このラジオドラマみたいな感じで演じてたらもっと受け入れられてたかも。

ただ個人的には『アギト』などの方がナチュラルかつ彼の「心意気」が感じられてなお好きだったりします。
勝地くんは役によって、技術的な安定感を強く感じる場合(『少しは恩返しができたかな』『ハケンの品格』など)、そのキャラクターが現実に存在しているように感じる場合(『さとうきび畑の唄』『幸福な食卓』など)があるように思います。
平たくいえば前者は「演技が上手い」、後者は「演技なのを忘れる」感じでしょうか。
『QRANK』のインタビュー(2005年)で、

「セリフを言うってことは、生身の勝地涼としては嘘を言っているわけじゃないですか。個人の感情として。それをどこまで役として本当の気持ちに近い状態で、演じられるかってことだと思うんです。」
「そういう(注・役に自分の気持ちをシンクロさせる)ことって、テクニックっていうより、どれだけその役のことを集中して考えられるかだと思うんです。」

と話していましたが、より役とのシンクロ度が高いのは後者なんじゃないでしょうか。
テクニックより心で演じることを重視した結果技術的には荒い部分もできるけれど、キャラクターとしての魅力は増している。
声の仕事でしばしば「棒読み」と言われるのも、わかりやすく誇張して演じる「テクニック」より、役の「心」を自然に表現するのを優先したせいではないかと。
どうも静の演技(「何もしなくていいわけじゃないけど何もするな」)を要求された『亡国のイージス』あたりをターニングポイントに後者の作品が増えていってる気がします。
まあ彼の演技作法が変わったというより、番手が上がってきて背景や性格設定がしっかりしてる役を演じることが多くなったからかとも思いますが。

作品自体も一応冒険物、ファンタジーに分類されるんでしょうが、ジュンが迷いこむ「異界」は日常と地続きの、下水道を思わせる暗渠のイメージで、主人公たるジュンは剣も魔法も持たない全くの非力、とヒロイックな要素は薄い。
むしろ家庭生活の軋轢と自身のトラウマを克服するためのジュンの心の旅の物語と解すべきでしょう。

そしてやたら彼女と手を繋ぎたがるところに表れる甘え癖―彼のトラウマに直結している「人との繋がりを欲する」性向が最終的に非力なジュンの唯一の武器となっていく・・・。
序盤からの伏線の出し方やその収斂方法が見事で、筋立ての爽やかさもあって心地好い後味を残す。「忘れられ物」というアイディア―ごくオーソドックスなテーマを「忘れられ物」というネーミングとアプローチの角度によって新味を出している―も秀逸。
また前述の甘え癖がジュンのキャラクターに母性本能をくすぐるような可愛げを与えていて、それが今以上に少年の匂いの濃い17歳当時の勝地くんの声によって増幅されている感があります。勝地くんを起用したのは大正解でしたね♪

 


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