里中はかつて企画提出のさいに美雪の名前を出すことにこだわって彼女を追いつめてしまった。そのために一度は東海林に企画を取られそうになりながらも東海林の身を挺した行為によって、里中名義ながらも美雪を含めたマーケティング皆の手で企画を実現することができた。
そしてこの晴れの舞台で、彼はついに念願だった「ハケン弁当の功績を美雪に帰す」ことを果たす。それは彼が社長賞を取った―社内で相応の発言力を得た―からできたこと。
上でも書いたように、誰かを、そして自分の志を、守ろうとするなら相応の力を持つ必要がある。春子の教えにようやく里中が応えられた瞬間です。
・美雪に続けて近くん、春子の功績を名指しで公表する里中。あげくに社長賞の受け取りを拒否。聴衆が反応に困る中、まず小笠原が拍手し、黒岩や浅野が拍手する。
里中をフォローしたというだけでなく、春子たちの仕事ぶりをよく知る彼らは本心から里中の言葉に感銘を受けていたのがその表情にうかがえます。浅野など完全に涙目ですし。
そして桐島も一瞬苦い表情をしたものの、「困ったやつだな」と言いたげな顔で苦笑している。おそらくこのスピーチについて桐島が本気で里中を咎めることはないでしょう。
今の里中なら、この発言や賞を拒否したこともかえって美談となりうる。むしろ授賞式の顛末を社外にも宣伝すれば、ハケンの味方S&Fのイメージアップにさえなりますから。ハケン弁当とそのフランチャイズ事業が軌道に乗ったことで、桐島およびS&F首脳陣は、ハケンを大切にすることが商売になるという認識に変わってきているはず。
「ハケン弁当の本当の値打ちは、それはこういう賞ではなく、社員とハケン社員が一つになって、数々の困難を乗り越え、力をあわせられたことです。」などという台詞をハケンに媚びるための計算ではなく心からの言葉として口にできる里中は、根っからの善人であるだけにボロを出す気遣いがない。「優しいだけが取り得」なことこそが彼の強みだと、今の桐島は思ってるんじゃ。
・S&Fの会長が再登場。ここではっきり彼の正体が明かされる。里中は「どこかでお会いしましたっけ?」と大ボケをかまして黒岩さんに頭をはたかれる。
なんか東海林がいなくなってからこの二人の親密度、正確には黒岩さんの密着度が増してる気がしないでもない。
・「君はなぜハケン弁当が成功したと思う」という会長の問いに、里中は即座によどみなく答えを返す。彼が春子や美雪との関わりを通してハケンの扱われ方について様々考察していたのを思わせる。
「社員食堂にいらっしゃればわかります」というやや挑発的に響く物言いも、ハケンの地位の低さに対する彼の静かな憤りを感じさせます。
・そして「ハケンをもっと導入すべきかね」という質問に対しては答えを留保しつつ、春子の発言を引いて「(ハケンとも)人として向き合わなければいい仕事はできない」と述べる。
これは東海林に代表されるこれまでの会社のあり方に対する批判であり、また「あなたたちはハケンを人だと思っているんですか」という言葉を諦めとともに投げかけていた(たびたびわざと社員との勝負に負けて社員の顔を立てたように、ハケンを低く見なす正社員の考え方を否定はしても、彼らの考えを変えるために戦い、そのことによって彼らと人としての関係を築こうとはしない)春子に対する回答でもあります。
社のトップに対しても緊張気味ながら臆せず持論を述べる里中の成長ぶりが眩しいです。
・紹介予定派遣になるための面談で正直になりすぎて失敗してしまった美雪を、どうしても正社員になりたいのならこの道しかない、と一ツ木は励ます。
美雪が正社員になってしまえば彼女は一ツ木の手を離れてしまうわけですが(「ハケンじゃなくてどうしても社員になりたいんですね」と確認したときの彼の笑顔は少し寂しげだった)、それを承知で彼女のために尽力する一ツ木さん、改めていい人だ。
・「正社員とハケンの格差のない理想的な職場」に新たにやってきた近くん。しかし実際の現場はハケンと同格に扱われる事への社員たちの不満が渦巻いていた。
里中が考えるような「ハケンを差別しない」会社のあり方は、それを看板にしようとするとかえってこうした軋轢を生むことにもなる。S&Fのマーケティング課のように、「正社員もハケンも人として対等」と本気で思っている上司の気風を自然に受けた部署が、ハケンにとっては一番働きやすい場なのでは。
この場面、ほとんど無表情に近いのに、居心地の悪さをしっかり感じさせる近くん役上地さんの演技が光っています。
・アンダルシアの春子に美雪が電話をかける場面で、窓の外は雪が降っている。社長賞授賞式は、2007年度上半期の賞とあるのでおそらく10月頃だろうから、このシーンは12月から翌1月頃であろうか。
美雪が現在のS&Fの面々の状況も把握していることから、彼女が今もマーケティング課の人たちと繋がりがあるのがわかる。それは少し後で明かされるように彼女が再びS&Fで働くようになったことの伏線になっています。
・里中(と浅野)が営業部に戻ったのにともない、新たなマーケティング課の主任に黒岩が就任。
といっても新設時のような窓際職ではなく、今や「ハケン弁当」を生み出した課として社内でも最注目の部署の長なのだから結構な出世だろう。営業部でも比較的年長で、部長の期待も大きい(社内コンペの時の肩の入れ方からしても)黒岩が選ばれたのは納得。
しかし春子と美雪に代わるのが香と瞳、浅野の代わりがあの那須田というのは結構な戦力ダウン・・・でもないか。春子が抜けた穴は誰でも埋められないけど、あとの二人は、まあ(笑)。
そして小笠原がパソコンを使えるように。今度の主任が怖いから・・・いやいや、第五回で自信を取り戻しその後研鑚を積んだ結果ですよね。
・新たに営業部で頑張っている里中と浅野。里中の口調や浅野の背中を叩く仕草に、これまでにない自信と職業人としての脂の乗り具合を感じます。
・念願の紹介予定派遣として、なんとS&Fにやってきた美雪。田舎に帰るという名目で契約更新しなかった美雪が今さら何と言って戻ってきたものか。
おそらくは契約最終日に春子と美雪の会話を立ち聞いた里中は、美雪が故郷に帰るのでなく正社員を目指すことにしたのも察していて(美雪がそのあたりの心情を春子に語るくだりはタイミング的に直接には聞いてないはず)、4月2日のハケン弁当発売の時点ですでにマーケティング課の全員が美雪の真意を知っていたのでは。嘘をついたままだったら、美雪もさすがに戻りづらいし皆と連絡を取ることもできなかったと思うので。
半年後には約半数が社員の適性なしとして切られる厳しい環境だそうですが、美雪がともかくも採用されたのは「ハケン弁当」発案の功績が効いてるのでしょうから、その点ではかなり有利なのでは。
S&Fのハケンへの風当たりは「ハケン弁当」の成功によってかなり変わってきてるはずですし、またそうでなければ「ハケンのくせに企画を出した」ことで契約を切られかけた美雪を再び受け入れたりはしないだろう。
ところで本筋には関係ないことですが、4月2日以降、浅野は美雪に電話の一つくらいかけられたんでしょうか。
・美雪からの留守電で、東海林がまだ本社に戻ってない、それも本社内部にいる美雪にも近況がわからない状況だと知った春子は、リュックのポケットから東海林の携帯番号のメモを取り出す。やっぱりまだ持ってたんだ・・・。
そして携帯のフタを開き――でも番号は押さないまま。留守電を聞く場面からここまでの一連の怖いほどに真剣な表情が、春子の東海林に対する思いの深さを伝えてくる。
そして普段は3ヶ月放浪したらまた東京に戻ってきて3ヶ月働くのが常らしい春子が4月からこっち、まだアンダルシアにいる。彼女にとってアンダルシア放浪は、ハケン先の職場で抑制していても湧いてしまった情を消し去るためのクッションになってるように思うので、異例の長旅はそれだけ彼女がS&Fの人たちに強い情を持っていたことの証のように思えます。
まあ後で東海林に再会したとき、新しく取った(らしい)資格の証明書をざかざか見せてたので途中帰国して資格取得の勉強したり、あるいはどこかでまたハケンやったりしてたのかもしれませんが。
・テーマ曲にかぶせて、第一回導入部と同じ内容の美雪のナレーションが流れる。
あの時新米派遣としてS&Fに初めてやってきた美雪が、今度は正社員候補としてS&Fのオフィスを歩く。ハケン時代ほどカジュアルでないきっちりしたスーツ姿で。
マーケティング課の部屋を出て営業部の方へ歩き去る美雪の後姿が窓からの眩しい光の中に浮かびあがるエンディングは、彼女の前途を祝しているようで清清しい。
・名古屋営業所を訪ねてきて、東海林作の求人ポスターに笑みをこぼす里中。ここから真のエンディングが始まる。
しかしあのポスター、春子をあまりにも念頭に置きまくっていて、彼女を知らない人にはまったく意味不明。春子がいてくれたらと思いながら、あえて「こういう方はお断り」という表現にするところが、東海林らしい意地の張り方。
しかし里中、せっかく来たと思ったら春子と東海林のバトルを止めに入るはめになり・・・。結局福岡にさっさと出かけてしまった春子とは口も聞けないままだったし。相変わらずこんな役回りですか。
・チンチロリンに興じる運ちゃんたちに声をかける東海林。そのおそるおそると言った口調と背の曲げ方があの東海林だけに憐れに映る。
「ツチヤさん」といちいち丁寧に名前を呼びかけるのも以前の東海林なら考えられなかったし。
・春子の顔を見て、驚きもそこそこにそれは嬉しそうな顔になる東海林。
「それが何か」「大前、春子です」などの春子特有のそっけない言葉を返されても「シビれるなあ~」とか喜んじゃってるし。重症ですなあ。
・次々に資格証を出した「~の大前春子です!」と名乗る春子。そのいちいちにツッコむ東海林。久々のベタな漫才が楽しい。
しかしヒヨコ鑑定士とか核燃料取扱主任者とか・・・あげくに「私にも意味がわかりません」。きっとこれまでにさんざ視聴者からツッコまれたであろう「一人の人間があんなにたくさん資格取れるわけない」問題に正面から解答を返した(「このドラマはフィクションです」)場面なんだろーなー。「おまえいくつだよ」「百歳です」とか。
理容師の資格はくるくるパーマネタで東海林をからかうために取ったのかと思いきや、取得のためには2年間養成施設に通う必要があるようなので関係ないらしい。
それはともかく、春子の持っている資格はあまりに多岐にわたりすぎていて、規則正しい就業時間を守りやすい事務職を好む春子には全く必要ないだろうというものもたくさん(助産師とか昇降機検査とか)。
にもかかわらず彼女が資格取得に余念がないのは、リストラの恐怖を知っているだけに資格を取りまくらずにいられない強迫観念の持ち主なのか、職場でのあらゆるトラブルに対応できるように一見関係なさそうな資格でも「もしも」に備えて取っておこうということなのか。
彼女が実際にその資格をもって東海林やマーケティング課の面々を救ってきたことを思えば、後者が正解のような気がします。
トラブルを解決することで自分の株を上げようということではなく(わずらわしい人間関係を切ろうとする彼女にとって時給が上がるのはともかく人気が上がることはかえって嬉しくない)、困ってる人の力になりたい思いが一見クールな彼女を内から突き動かしてるのでは。それを素直に出すには傷つきすぎてるだけで。
・「今度はあなたに社長賞を取っていただきます。そのためにこんなところまで来ましたが、何か」。好きだとは一言も言わないけれど、これは最大の愛情表現ですよね。
ただ東海林に会うためではなく同じ職場で働くだけでもなく、自分が東海林を支え彼の人生を手助けしてゆくという宣言。「一緒に働くことは一緒に生きること」と考える二人にふさわしいハッピーエンドだと思います。
そしてこの言葉を口にする春子は控えめだが自信に満ちた微笑を浮かべている。何度も東海林の携帯番号を捨てようとして捨てきれず、けれど電話をかけることも迷いつづけた春子が、ようやく完全に腹をくくったのがこの笑顔に集約されているように感じました。
・上の台詞に続いて「私を雇っていただけますか」とつけ加える春子。
先の笑顔が消え、真顔で話す口調の語尾にわずかに切迫した響きがあるのが、東海林に拒絶される不安をいくぶん抱いているのを感じさせ、何だか春子がとても可愛らしく思えました。
・真顔&美人顔で東海林に顔を近づける春子。えっあの春子が?こんな他人のいるところで?と思いきや、案の定キスではなくて東海林の眉毛を抜くという・・・(笑)。
抜いた眉毛にふっと息を噴きかける仕草と東海林を見上げる笑顔が挑発的かつ凶悪なまでに色っぽい。この春子のかつてないほどの色香を見る限り、これは彼女なりのラブシーン、なんですよね?
脚本の中園ミホさんによるエッセイ集『恋愛大好きですが、何か?』によると、この眉毛抜きは何と里中役小泉さんのアイディアだそうです。
・しばし呆然としたのち「ちょっと待てえー!」と絶叫し春子の後を追う東海林。配送員?たちを「見てんじゃねえー!」と怒鳴るあたりにも、名古屋に来てから縮こまっていた東海林が、春子登場をきっかけに本社時代のペースを取り戻してゆくだろうことが予言されています。
最初は夫婦漫才とか運ちゃんたちにからかわれるでしょうが、彼らもそのうち春子の一睨みで黙るようになるに違いない。
・「今回はマネージャーの一ツ木さんを通していないので、私の勤務態度に不満があっても、我慢しなさい!」
傲慢な物言いはさすが春子ですが、ここで重要なのは、名古屋営業所での仕事が一ツ木=ハケンライフを通してないということ。東海林による求人ポスターでもわかるように、今回彼女は直接アルバイトないしパートとしてS&Fに勤務することとなる。
つまりこれまで「ハケンとして生きるため」自身にさまざまなルールを課してきた春子が、ハケンとしての生き方を捨てたということ。
自分を気遣う里中の人柄を称揚し、時には彼のためにハケンとしてのルールをいささか逸脱することはあっても、完全に捨て去ることはついにしなかった彼女が、東海林のためにはルールを変えた。強気な発言の中に「彼のために生きる」決意が詰まっています。
「3ヶ月」と日限を切っているのは相変わらずですが、しかし3ヶ月で社長賞を取らせるつもりなんですかね。
・トラックに乗り込んだ春子を人目もはばからず怒鳴りつづける東海林を里中が止めに入る。東海林は一瞬「来てくれたんだ~」と感激の表情を見せるがすぐに「そんな場合じゃねえんだよ!」と春子への罵倒を再開する。
東海林を元気にするのは里中の優しさより春子とのバトルの方なのでしょうね。春子もそう思えばこそ喧嘩腰の態度に出たような・・・いつでも喧嘩腰か(笑)。
・「福岡まで行きますが、何か?」「お時給の分はしっかり働かせていただきます」の口ぐせ、オーバーアクションな安全確認と、最終回しかもラストシーンだけに春子大全開。
「ひいちゃいますよ~!」のどこかのどかなトーンと発進時の何とも言えない表情も笑いを誘います。里中完全無視だし。篠原さん最強のコメディエンヌですね。
・トラックを運転する春子の充実感を感じさせる笑顔。「行っちゃったっつーか、帰ってきちゃったっつーか」との東海林の言葉通り、東海林と罵りあいつつともに働く日々に「帰って」きたことに充足感を感じてるのでしょうね。
感傷的にならず、あくまでコメディタッチの中で、二人の強固な絆を描いた最上のラストシーンです。