・いきなりスペイン・アンダルシアの草原で楽しげに歌い踊る人々の姿から物語が始まるのに驚いた。
このあとしばらく春子(篠原涼子さん)は非常識なまでにクールな顔ばかり見せることになるので、導入部の時点で本当の彼女は笑顔の素敵な、友人も多い女性だということを示すためですね。
・つづいて森美雪(加藤あいさん)が実家の母と電話する場面。
ストーリー的には派遣会社に登録する場面から始めてもいいところを、春子同様最初に彼女のバックボーン―プライベートの人間関係を出しておくことで、作品の語り手ともいうべき美雪に視聴者が感情移入しやすくしてある気がしました。
またこのシーンで聞ける美雪の方言は、彼女が地方から一人東京に出てきて頑張ろうとしてることの印象づけ+親しみやすいイメージの強調なのかなと思います。春子のスペイン語とのコントラストもあるのでしょうね
・「ハケンライフ」の一ツ木さん(安田顕さん)が名乗る場面で名前と年齢はともかく年収が出るのに笑う。この後「S&F」社の面々もこの形式で人物紹介がなされる。
ハケンと正社員のいろんな意味での格差を描いた物語にふさわしく、かつさりげなく斬新な演出な気が。
・「S&F」社の餅つき大会。今後作中で何度か登場する対決イベントシーンの先がけとして、お祭り好きな会社の体質を表している。
また桐島部長(松方弘樹さん)の磊落な親父っぽさ、里中(小泉孝太郎さん)のシャイな押しの弱さ、東海林(大泉洋さん)の巧みに自分を売り込む如才のなさなどを短い時間で端的に見せているのも上手い。
とくに東海林は、上司にゴマをするにしても正面から豪快に美辞麗句を並べるある種憎めない性格が、背広をぱっと投げる動きに集約されているように思えました。
・きなこ餅を食べる東海林と里中。二人が一つの皿から餅を取り合っているところに、のちのち時に同性愛的なまでの濃厚さを感じさせる二人の友情のあり方が早くも示されている。
お皿を持ってるのが里中の方なのにも(しかも東海林だけ机に腰かけてる)、二人の力関係と性格の違いがよく出てます。
・新設のマーケティング課主任の辞令をもらう里中。明らかにがっかり、というか茫然自失している里中に、「期待してるぞ、本心だから」「本当だぞ」と繰り返す桐島の言葉が繰り返すほどに嘘くさい(東海林にもそう突っ込まれる)。
「部屋は今資料室になっているあそこだ」の台詞とともに、薄暗い資料室の映像と「あーあ、可哀想」と言いたげな黒岩(板谷由夏さん)の顔が映るのも、「トバされ」感を強めている。
この時点で黒岩さんはまだ一言も台詞がないんですが、服装やクールな眼差しだけで、「デキる女」なのが十分に伝わってくるのはさすが。
・落胆しつつ帰りのバスに乗った里中と春子の出会い。普段の里中なら春子に言われずともご老人に席を譲ってたろうに、たまたまタイミングが悪かった。
この先(一応は)犬猿の仲となる東海林でなく、早くから(一応は)友好関係を築くことになる里中との出会いがこれなのが面白い。春子が頼りない里中を(力付くで)引き回してゆくことの前振りというか。
いきなりネクタイを掴んで里中を立たせる無礼さ&大の男に正面から喧嘩を売る鼻っ柱の強さも早くから春子のキャラを印象づけている。
・一ツ木さんの元にハケンの女性から「ヤキソバパンを買いに行かされるのが許せない」から辞めたい旨電話が。たえずハケンスタッフとハケン先の会社との板ばさみになってるこの人、中間管理職の悲哀に満ちている。
そして次の場面でハケンについて語る東海林がヤキソバパンを手にしているのに、「原因はお前か!」と多くの視聴者がツッコんだことだろう。
後に明かされる東海林のハケンに対する(「ハケンのことならお任せください!」なんて言いながらの)差別意識を、台詞で説明せずにさりげなく(でもはっきりわかるように)絵で見せている。このへんの演出は実に上手い。
・春子が来てくれるならもう一人のハケンは美雪で良いという桐島部長。春子をマーケティング課に配属するからには、まんざらマーケティング課も窓際ではないのですね。
しかし人事にいた経験からハケンに詳しくなったというわりに、東海林が以前もS&Fに来たはずの春子を知らないのが不思議。春子の年から言ってそんなに昔のことじゃないはずだし・・・?
・一人部屋で髪を切る春子。アルダルシアにいた頃の柔らかな女らしさを捨てて戦闘(仕事)モードに入るための儀式のように思えます。美容院に行くのでなく自分でざくざく髪を切る豪快さも独立独歩の春子らしい。
きっと美容師ないし理容師の免許ももってるんだろう、と思ったら最終回で理容師の免状を出してました。
・美雪はじめ皆が思わず立ちすくむ木枯しの中、全く動じず真っ直ぐ歩いてくる春子。
第二話以降のオープニングナレーションの「スーパーハケン大前春子がなぜ非正社員の道を選んだかは 定かでない」同様、明らかに『木枯し紋次郎』を意識している(「一ハケンの私には、関わりございません」なんてセリフもそう)。そういえば彼女のコートも何となく旅人さんのマント?風かも。
回りの人垣が自然と割れて彼女を通すあたりの戯画化された「ありえなさ」が、この作品をあくまでもコメディとして視聴者に届ける役割を果たしている。
・面談の席でも一言も口を聞かない春子に戸惑い憤慨する東海林。
春子の態度は確かにあまりに傍若無人に過ぎるのだけど、「いくらハケンでも本当に忙しい時は残業ぐらいしてもらわないと」の台詞に表れているように、待遇の面で明らかに正社員と差があるにもかかわらず何かの時にはハケンにも正社員並みの働きを期待し事実上強要する企業のあり方に抵抗するには、このくらい情にも状況にも流されない厳しい態度を貫く必要がある、ということなんでしょうね。
それは彼女にそれだけのスキルがあるから、というより立場を強くするためにスキルを磨いてきたから出来ること。ハケンらしい生き方―時給の分は(分だけ)きっちり仕事をする、社員と馴れ合わない―を実力で勝ち取る、その気概こそが「ハケンの品格」なのでは。
まあ彼女のスキルは多分に戯画化して描かれてる(マグロ解体のスキルなんて、普通は事務職のハケンは発揮する場がない)ので、真剣になりすぎずさらっと見られるわけですが。
・「入社一年目の俺とハケンだけって、いかにも寄せ集めって感じっすね。」
浅野は上司である里中に一応敬語は使うものの一人称は「俺」で、サークルの先輩にでも対するような口調(もっとも東海林も桐島にこんな風な口の聞き方をしてますが)。当のハケン二人を前に「寄せ集め」発言も(寄せ集めに自分も含んでるとはいえ)ちょっと無神経。
このあたりに入社一年目らしい社会常識の不足が表れていて、勝地くんが浅野のキャラを「怖い者知らず」と評したのがわかるような。
・上述の浅野発言を「そんなことないよ。ベテランの小笠原さんもいるし」と里中がフォローするが、小笠原(小松政夫さん)を背後から、元資料室の面影を残すガランとした空間を背景に写すことで、浅野の言葉が喚起したマーケティング課の「窓際」感、小笠原さんもベテランといえば聞こえはいいが要はロートルであることをそれとなく印象づける効果を与えている。
・里中が美雪に「みんなで助け合って、いいチームにしたいと思います」と抱負を語っている時、早くも棚の整理に着手している春子。里中の言葉をのっけから無視する独断専行ぶり。
里中が注意しようとするも春子の眼力に呑まれる。初対面の時にも通ずるヘビに睨まれたカエル状態。
まあ里中の言葉って口当たりは良いけれど中身がない感じですからね。時には自分が憎まれても皆を引っ張っていこうというリーダーシップがない。
サークル活動ならそれでいいでしょうけど営利企業の一部署の主任としてはどんなものかと。春子もそう思えばこそのこの態度なんでしょう。
ゆえに里中が単なる八方美人のいい人キャラでなく、真性の「いい人」――前掲の台詞も口先だけの挨拶でなく本心から言ってるに違いない――なのがわかってくるにつれ、春子の彼への態度はずっと柔らかく、しかし甘すぎる部分については時に厳しく教え諭すような方向へ変わっていきます。
・だんまり無表情に座りつづける春子に「あの・・・何か怒ってますか?」、「何もするなという主任の指示に従っておりますが、何か?」と返され「・・・そうでしたか」。
気弱な口調に気弱な笑顔――普通なら温厚な善人と評されるだろう里中の上司として人間としての弱さが物語のごく初期であぶりだされている。
・「くるくるパーマって・・・聞かないね最近。」 「とっくり」という表現も古さではどっちこっちなような気も。
『木枯し紋次郎』ネタや小笠原役小松政夫さんのギャグなどある程度年配の人も視聴者に想定してるのでしょう。
・「ケンカ売ってんのかおまえ」「大前、春子です」。先の「くるくる」「とっくり」もですが、二人のかけあい(口喧嘩)の定番が早くも登場。彼ら二人の言い争い(間の取り方や声のトーンが絶妙)が作品のテンポを作り上げている。
「おまえ」に対して「大前」と言い返すところは、「ちゃんと名前で呼べ」という意味合いで、先の黒岩女史の「ハケンさん」呼びに対する答えになっています。
・時計の文字盤を透かしてマーケティング課のオフィスを捉える映像は、その後も時報の軽やかな音楽とセットで毎回のように登場し、テレビ評などでもたびたび好意的に取り上げられていた記憶があります。
定番台詞だけでなく定番映像も用意、さらには春子が意外な資格を出して事件解決という定番オチも含めて、視聴者に心地好い予定調和感を与える工夫がなされている。子供向け特撮作品やテレビ時代劇などのヒーローものに通ずるノリ。
実際『ハケン~』のストーリー自体、変格のヒーローものですしね。『木枯し紋次郎』のフィーチュアぶりからいっても。
・お茶入れの要請を無視(延期)してオフィスを出て行く春子に対して、「また髪見たあいつ」と怒る東海林。
こうした東海林の「怒るポイントのずれ」は今後もしばしば登場し、ハケン否定者である東海林のキャラを憎まれ役でなく「愛すべき単細胞」と感じさせ、かつ二人の対立を痴話喧嘩めいた笑えるものに仕立てている。これ大泉さんのアドリブもあるんですかね?
・美雪と目が合い会釈された浅野のへにゃ~っとした笑顔。笑った状態に固定された口元・目元の微妙な動き、「いいなあ~♪」という声のトーンは浅野くんのデレデレっぷりを大げさでなく伝えていて、さすがだなあと。
『ソウルトレイン』でへろへろ演技に開眼してしまいましたか?(笑)
・「ここだけの話、桐島部長の奥さんも元ハケンなんだよ。」と語る東海林たちの後ろの席には桐島部長が。東海林うしろうしろー!部長がエピフライ口にくわえたまま無表情に固まってるのもいい味です。
しかしこの「部長の奥さんが元ハケン」というのは何かの伏線かと思いきや、その後全然触れられなかったですねえ。
・春子との「出会い」を思い起こして、別人か?と一度は思いながらも、「いや、あのキャラの濃さは同一人物だ」とつぶやく里中。
バレンタインの回でハートかぶってたのもそうですが、里中ってさらっと笑えることやとんでもないことを言ったりしたりする。その天然ぷりが里中のキャラを頼りなくも愛すべきものにしている。
・話を聞かれてたと知って、あわててあからさまに媚び媚びな東海林に苦笑しながらデコピンする桐島部長。
微笑ましい上下関係、と見えますが、その実東海林も桐島も暗黙の了解の上でそれを演じている感じがする。サラリーマン社会らしい緊張感とでもいうか。
・春子と小笠原行きつけの定食屋「ようじ屋」。『木枯し紋次郎』(紋次郎がくわえている楊枝)を意識した店名ですが、今回見返して看板に三度笠をかぶった旅人さんのシルエット(顔のみ)が描いてあるのに気がついた。んー、芸が細かい。
・春子のあの態度を見ていたにもかかわらず、彼女と(一方的に)相席し、食事代も出そうとする小笠原。
「安い時給で苦労してる」ハケンへの同情だけでなく、先輩は後輩の面倒を見るもの、という昔ながらのサラリーマン的性格を持った人なのでしょう。
・総務から仕入れた「春子の時給が三千円」という話を披露する浅野。新入社員のくせに存外耳が早い、というか顔が広い。このへんは要領の良い現代っ子な感じ。
・頼んだ書類がまだ出来てない&出来が悪い件で美雪が黒岩や東海林に嫌味を言われているところへ春子が口を挟む。
傍目には「美雪をかばった」と見える行為ですが、春子としては「アバウトな指示を出した黒岩が美雪を批判することの不当さ」を指摘しただけ、自分は「情」ではなく「理」で発言したのだ、と主張するでしょうね。
・「歓迎会しなくちゃ」と言い出す里中。「マーケティング課の結成式」でなく、新参のハケン二人の歓迎会をやろうと考えるところに、彼がハケンも仕事仲間として捉え大事に思っているのがわかります。
里中が「ハケンさん」のような呼びかけをするシーンって一切ありませんしね。
(つづく)