イオリア・シュヘンベルグ
ソレスタルビーイングの生みの親。GNドライヴの基礎理論を作り、ヴェーダを開発し、軌道エレベーターによる太陽光発電システムの提唱―と『ガンダム00』世界の基本となる技術のおおよそはこの人が関わっているレベルの超天才科学者。
世間的に存在を知られていなかった前者2つはともかく、軌道エレベーターによる太陽光発電はこの時代ほぼ全人類のエネルギーを支えているのだから、その提唱者としてもっと有名であってもおかしくないところだが、顔出しの〈犯行声明〉を行ってもすぐには素性に気づかれなかったあたり(エジソンやアインシュタインが同じことをしたら、多くの人間がすぐさま正体に気づくだろう)、生前のイオリアがいかに人前に出なかったかが察せられる。
まあ絹江・クロスロードが彼の正体にたどり着く頃にはユニオンやAEUのトップも彼が何者がすでに知っていたから、わかる人にはわかったのだろうが(2025年現在なら「画像検索使えばすぐわかるじゃん?」と視聴者に思われてしまうだろうから、報道関係者ですらイオリアが誰だか特定するのに時間がかかったというのは、まだガラケー時代だった2000年代の作品だから成り立った設定ではある)。
ちなみにファーストシーズンの第11話でエイフマン教授とビリーが参照していたウィキペディア風のイオリアの人物データによると、彼が39歳の時に書いた軌道エレベーターによる太陽光発電の基礎理論は、「当時の技術力では実現出来ず、社会的な注目も無かった」そう。当時実現できなかったのはわかるが、注目すらされなかったとは。
「社会的な」だから専門家の間では語り継がれていた可能性もあるが、一般には忘れられていた、というか知られていなかった理論を誰が掘り起こして実現のための具体的な道筋をつけたのだろう。世間的にはこの人物の方が軌道エレベーターによる太陽光発電システムの功労者として名を残しているのかもしれない。
この人物データでもう一つ特筆すべき点は、“軌道エレベーターの建設・守備作業を行う人型マシン”の概念も提唱していて、これがモビルスーツを先取りしたものとしてイオリアをMSの発明者とみなす人間もいる”という部分である。
劇場版でE・A・レイがイオリアの功績を並べた中にこの人型マシンの話は出てこなかった。本当に概念程度の曖昧な話で、まだMSが現実化していなかった当時では他の功績に比べ印象が薄かったものか。
MSが一般化している2307年時点でさえ「みなす人間もいる」程度だし、太陽光発電のように彼の理論が発掘された結果としてMSが生まれたのかたまたま似たようなアイデアを思いついた人間がいた結果なのかも判然としていないのかもしれない。
状況次第ではイオリアがMSの父と呼ばれていたのかもしれないと思うと感慨深いものがある。ここで人型マシンの概念をすでに考案していたことが、後にGNドライヴを搭載する機体としてのガンダム誕生に繋がったのだろう。
彼については作品の根幹に関わるような疑問点が多々ある。まずは上でも書いた顔出しの声明。なぜイオリアはわざわざ顔を出して全世界に〈宣戦布告〉したのだろうか。
ソレスタルビーイングは秘密保持に厳しく、刹那がアリー・アル・サーシェスとの戦いの際に自ら姿を晒した時は、パイロットスーツ越しだったにもかかわらずあれだけ問題視されていたのに。現行のメンバーは素性が知れると身内や近しい友人が人質として押さえられる危険があるが、200年前の人間であるイオリアにはその懸念がないから?
しかし顔を出したために多少時間はかかったもののソレスタルビーイングの創始者がイオリア・シュヘンベルグであることが明らかになり、そこからイオリアの存命中から行方不明になった科学者が複数いることにスポットが当たり、さらにエイフマン教授が、200年越しの計画という点とGNドライヴがその性質からして木星で造られたと考えられることを合わせて120年前の木星探査計画との関連性に気づくに至っている。
イオリアの正体露見から芋づる式にGNドライヴの秘密にまで接近されているのである。そのリスクを冒しても顔を出す必要があったのか。
存命中には実現できなかった、数百年スパンの計画がついに実を結ぶ時には高らかに自分が首謀者だと宣言したいという、いわば自己顕示欲によるものなのか?それなら顔だけでなく名前も合わせて宣言するだろう。
ブレイクピラーの時のスメラギのように、顔を晒すリスクを冒して呼びかけるからこそ聞く者の心に訴えかけられると考えた?確かに音声だけ(これも声紋からイオリアと特定されるリスクがある)とか書面だけとかよりインパクトは増すだろうが、ブレイクピラーのような現場の人間の一瞬の判断が一般市民の生死を分けるというほどの緊急時ではない。
イオリアが顔出しで声明を出したのは自己顕示欲とか訴求効果とかとは別の理由のように思う。
個人的にはイオリアがあえて顔を出したのは、上で書いた「木星探査計画との関連性」に気づいてもらうためだったと考えている。アニメだとはっきりわからないが、小説版ではついに5基のGNドライヴが完成してそれらを地球に向けて送り出した後、研究者チームの一員だった〈特命を受けた者〉が証拠隠滅のため全員を殺害し、一切のデータも消去する様子が描かれている。
(小説版によるとこの「特命を受けた者」はGNドライヴ完成時で60歳を過ぎているという。劇場版で明らかになったように木星有人探査船「エウロパ」には(リボンズと同型の)イノベイドがいたのに、イノベイドでなくより情に流されやすいであろう人間にこの任務を割り振ったのは不思議ではある)
そこまでGNドライヴというソレスタルビーイングの強さの根幹を支える機密を隠匿することを重要視していたにもかかわらず、80年前にアレハンドロ・コーナーの先祖の手先がGNドライヴ開発に関する資料を探しに無人のスクラップと化した木星探査船に侵入したさいにデータを収納したロボット端末(ハロ)を見つけ、そこからコーナー家は数十年かかったものの疑似GNドライヴを製造することに成功している。
仲間を皆殺しにしてまで機密を守ろうとしたのに、ハロの存在を見落としてその結果GNドライヴを作られてしまったというのでは殺された研究者たちが浮かばれないというかあまりにも迂闊ではないか。
・・・実はハロを残したのはわざとだったのではないだろうか。ソレスタルビーイングが本格活動を開始したさいにイオリアがあえて素顔をさらすことで、イオリア経由でソレスタルビーイングと木星探査計画の繋がりが気づかれるように仕向ける。
顔だけ出して名前までは名乗らなかったのは、正体特定までに複数回の武力介入を行いソレスタルビーイングの実力を何重にも世界に印象づけるための時間稼ぎだった。やがて木星探査計画に目を向けた三国家群は木星探査船を捜索、ハロを見つけてGNドライヴの情報を手に入れ自分たちで疑似GNドライヴを開発するに至る。
つまり三国家群に疑似GNドライヴを入手させることが、あえてハロを消去しなかった、そしてイオリアが顔を晒した理由だったのではないだろうか。
この時点で三国家群が協力体制にある確証はなく、どこか一つの勢力だけがGNドライヴを手に入れてしまえば、これまでほぼ拮抗していた三国家群間の軍事バランスが崩れてGNドライヴを手にした国家群が他二国家群を武力攻撃し支配下に置く―かえって世界規模の戦いを誘発するという可能性も考えたろうが、すでにソレスタルビーイングが彼らにとって目の前のかつ共通の脅威として立ち現れている以上、すでにGNドライヴとそれを搭載するための機体「ガンダム」を使用しているソレスタルビーイングを叩くため、一刻も早くGNドライヴを製造・実戦使用するべく連係する可能性がより高いと踏んだのだろう。
仮にGNドライヴの情報を手にした一国家群が他と共闘せず、単独で他二国家群及びソレスタルビーイングと戦う道を選んだとしても、その時は私設武装組織に過ぎないソレスタルビーイングをはるかに超える資金力と物量に加えGNドライヴ搭載のMSまで手に入れたその勢力が、ソレスタルビーイングの武力介入以上の圧倒的強さを示してごく短期間に他二国家群を屈服させて、結果さほど血を流すことなく世界を統一するだろう。それはそれで「世界が一つにまとまる」には違いない。
予定外(予定外だが予想外ではない)にコーナー一族が密かに木星探査船からハロの中のデータを持ち帰り、疑似GNドライヴとそれを搭載する機体―スローネ及びGN-Xを作ったために、三国家群が自らガンダム様の機体を開発するのでなく「ソレスタルビーイング内の裏切り者」からGNドライヴ及びGN-Xの提供を受ける形になってしまったが、本来イオリアが思い描いていたシナリオは上述のようなものだったのだと思う。
(ちなみに上で「三国家群」と書いているが、世界諸国が大きく三つの国家群とそれ以外という形に集約されたのは軌道エレベーターの建設が契機だったので、実際の建設には至っていなかったイオリア存命中はまだ「三国家群」という概念はなかった。
とはいえイオリアは軌道エレベーター建設にあたって費用・技術の両面から見て諸国が結託せざるを得ないこと、その場合アメリカを中心とする勢力・EUを基盤とする勢力・ロシア&中国を中心とする勢力の三つに分かれることは(産油国がその流れに加わらないことも)十分想定していただろう。なので以降もイオリア計画を想像する段ながら「三国家群」という表現を使うこととする。)