ヴェーダのバックアップを失って以降、とくにセカンドシーズンに入ってからのソレスタルビーイング、というかプトレマイオス2のクルーは大きく変質している。
以前のように守秘義務やら理念やらに縛られるところがほぼ無くなった。ファーストシーズンなら事情はどうあれ正規メンバーではないマリー(ピーリス)や沙慈を艦に乗せたり、ましてや支援機の操縦を任せたりなど考えられなかったはずだ(小説版ではアニュー・リターナーがプトレマイオス2に搭乗することになったさいその“ゆるさ”に戸惑い、「二名の非参加者を保護していた」ことにも驚くシーンがある)。
二代目ロックオンことライル・ディランディがカタロンの構成員なのも皆うすうす察しながらあえてはっきり問い正さず、そのくせラッセが「情報をくれたカタロンに感謝しなきゃ、な?」と意味ありげにロックオンに笑いかけ、ロックオンが苦笑しながら「言っとくよ」と応えるなど、もうはっきり言っちゃってもいいんじゃないのというレベルの“公然の秘密”状態になっているのも含め、ファーストシーズンでは考えられなような“ゆるさ”である。
守秘義務についてはすでにファーストシーズン最後の戦いを前にブリッジのクルーたちが「そういや、こんな風にお互いのことを話したのは初めてだな」「それは守秘義務があったから・・・。でも、今さらよね」などと語り合う場面ががあり、この時点でもすでにヴェーダの管理下から外れたことで、これまでの決まり事が彼らの中で急速に形骸化しつつあるのがうかがえた。
もう一つの「理念」についても、ファーストシーズンではタクラマカン砂漠での合同軍事演習やフォーリンエンジェルス作戦の時など、まず勝ち目はないとわかっている状況でも紛争根絶という組織理念のために逃げるわけにはいかない局面がたびたびあったが、セカンドシーズン冒頭では4年間もの雌伏をやむなく受け入れている。
この間にアロウズが台頭し中東諸国を初めとする地球連邦に異を唱える者たちに苛烈な攻撃を続けていたのだが、怒りに打ち震えつつも少なくともソレスタルビーイングとしてはっきり正体が特定されるような形での武力介入は行っていなかった。
ティエリアを除くマイスター3人のうち1名死亡2名行方不明、ガンダム4機はエクシアがGNドライヴとパイロットごと行方知れず、キュリオスはGNドライヴのみ残してパイロットごとやはり行方知れず、結局全機体1から造り直し、戦術予報士も失踪という状況では雌伏を選んで当然だが、その常識的判断を受け入れず“引くことは許されない”という理念を優先させてきたのがかつてのソレスタルビーイングだった。
しかも合同軍事演習とフォーリンエンジェルス(第二次攻撃)の両方で断固戦うべしと主張した張本人であるティエリアがいながら武力介入を見送り続けてきたのだから、いかにヴェーダの申し子のようだったティエリアとプトレマイオスクルーが軟化したかがわかろうというものだ(一方で、あまり緩くなりすぎてもまずいという危機感が働いたのか、ファーストシーズンにはなかった制服が導入されている)。
戦闘面においても、セカンドシーズンの方がスメラギの戦術プランはより冴え渡っている。戦闘能力において圧倒的に有利だったファーストシーズン前半、三国家群の連携及び疑似GNドライヴが国連軍に渡ったことで圧倒的不利になったファーストシーズン後半と違い、ツインドライヴと支援機オーライザーとのドッキングモードを得たエクシアの後継機ダブルオーガンダムを筆頭に戦力アップを果たしたガンダム4機+武装を追加し大気圏突入や海中行動も可能になった旗艦プトレマイオス2を巧みに運用し、物量で遥かに勝る国連軍の皮一枚上を行くかのようなスメラギの作戦の数々は実にスリリングだ。
これは圧倒的有利でも不利でもなくいい具合に戦闘力が均衡してきたからというだけでなく、ヴェーダの監修という枷が外れたのもあるのではないか。ファーストシーズンでも戦術プランはスメラギが考案したうえでヴェーダの承認を受ける形だったが、最終判断はヴェーダが行うことにより無意識にヴェーダの気に入りそうな優等生的プランに小さくまとめてしまってたのかもしれない。
スメラギの畏友であるカティ・マネキンは収監施設に捕らえられていたアレルヤとマリナを刹那たちが救出した際の作戦を「大胆さと繊細さを合わせ持つこの戦術、どこかで・・・」と思いを巡らせている。マネキンは合同軍事作戦以降の対ソレスタルビーイング戦にずっと参加しているが、彼女がソレスタルビーイングの戦術にかつての盟友リーサ・クジョウことスメラギの癖を嗅ぎ付けたのはこれが最初だ。この事実はファーストシーズンでの、ヴェーダの紐付きだったり状況が不利に過ぎたりする中ではスメラギの本領は十分に発揮されていなかったことを示唆しているのではないか。
(個人的には戦術予報士というか指揮官としてスメラギが最も格好良かったと思うのは、マリナを送るために海中をアザディスタンへ向かうプトレマイオスがホルムズ海峡でアロウズの新型トリロバイトに待ち伏せ攻撃を受けた際の「ラッキーね、私たちは」のシーンである。
絶対不利としか思えない状況下で、不敵な笑みとともにこの先の展開を完璧に予測して見せ、敵の直接攻撃で甚大な被害を受けたにもかかわらず、かえってそれが勝機に繋がる点を冷静に指摘して見事に劣勢を引っくり返してのけた。
読みの正確さ、それに基づくスピーディーな計画立案も素晴らしいがそれ以上に、「ラッキー」という表現と不敵な笑顔で、絶望に傾きかけていたブリッジの雰囲気を見事に塗り替えてしまった。味方を鼓舞し士気を高めた点で、戦術予報士としてより指揮官としての彼女の才が鮮やかに示された場面だ。
同時にまだソレスタルビーイングに本格復帰することをためらっていた彼女の完全復活を視聴者に一瞬で印象づけた名演出でもあると思う)
これ以外でもマリーという最適の人材を投入して微妙なタイミングを掴み、一気に攻勢に転じて畳みかけるような連続攻撃で敵本丸を見事に破壊した第一次メメントモリ攻略戦、あえて素顔をさらしての呼びかけでアフリカタワー付近の人々を救ったブレイクピラーなど、セカンドシーズンのスメラギは実に腹が座っていて格好いい。ヴェーダの助けが得られないぶん、そしてプトレマイオスごと最前線に出ることが多くなったぶん、皆の命を背負っているプレッシャーは増しているはずなのに。
ファーストシーズン以来の試練をともに乗り越えてきた、気心も能力もよくわかっている仲間たち(二代目ロックオンやミレイナなど新しい仲間もいるけれども)が一緒だから、彼らへの信頼がスメラギの精神を支えているのだろう。
スメラギに限らず、セカンドシーズンのプトレマイオス内部はシステマティックな統制によってでなく、“あいつならこう考えるだろう、こう動くだろう”という経験に基づく感覚、ごく人間的な阿吽の呼吸による連携で成り立っているように感じる。
ファーストシーズンでは出撃時のガンダム間での指示は最年長のリーダー格・ロックオンが担当していたが、後を継いだ二代目ロックオンはメンバーでは一番の新参となるため、誰かが指示出しをするスタイル自体がなくなった。皆戦闘時にはスメラギの指揮に、かなりの無茶ぶりであってさえ文句を言いつつも従っている。
スメラギが絶対者だから逆らえないのではなく、無謀に思えても彼女の判断が最も勝率が高いと経験によって知っているからだ。上下関係でなく信頼によって成り立つ組織――アニューを驚かせた「ゆるさ」の正体はこれであろう。
そしてそれはイオリアがソレスタルビーイングの面々に望んだものでもあり、ヴェーダは突然バックアップを(リボンズの造反行為にあえて乗っかってみせる形で)切るという荒療治を通してイオリアの希望に応えたのである。
こうして書いていくとヴェーダは全く欠陥のない、全能の神にも等しい存在と思えてくる。実際ヴェーダの端末は世界中のあらゆるコンピューター機器に入っているそうで、国家の重要機密から一般家庭の日常会話まであらゆるものがヴェーダによって把握されていることになる(その膨大すぎるデータを蓄積・分析できる能力もヴェーダは有している)。
エイフマン教授は自身が思いついたトランザム理論を紙のメモで書き残したが、ネットに接続していないコンピューターを使うのでなく手書きという手段を取ったのはコンピューターである限りソレスタルビーイングの監視網を避けることはできないとうすうす気づいていたからだろう。
改めて教授の慧眼が偲ばれるが、それでも「あなたは知りすぎた」認定されてしまった。教授のパソコンにこのメッセージが表示されたのはGNドライヴの原理についての研究を進め、小説版によれば「もう少しで特殊粒子の解明に手が届くところまで来ていた」時だ。
独自のトランザム理論をデジタルデータで残さなかった教授ならGNドライヴの研究にコンピューターを使う危険も承知していただろうが、さすがにこちらはデジタルデータなしでは難しかったのと、そもそも“あらゆるコンピューターはソレスタルビーイングの監視下にある”事実に気づく前にかなりの程度研究が進んでしまっていたため今さら隠してもしょうがない状況だったのだろう。
腹をくくって一刻も早くユニオンのため世界のため理論を完成させようとした(+科学者の性として理屈抜きで画期的技術の原理を知りたかった)が、ソレスタルビーイングの行動の方が想定以上にに早くかつ苛烈だったということなのではないか。
ところでエイフマン教授はトリニティの攻撃を受ける直前に「だとすれば、やはりイオリア・シュヘンベルグの真の目的は紛争根絶などではなく・・・」と考えているが、彼が見出した真の目的とは何だろうか。エイフマン教授の全てを見通す能力があるかのような立ち位置からすると彼の洞察は正解である可能性が極めて高い。
セカンドシーズンでリジェネ・レジェッタが初対面のティエリアに語ったところでは「第一段階はソレスタルビーイングの武力介入を発端とする世界の統合、第二段階はアロウズによる人類意志の統一、そして第三段階は人類を外宇宙に進出させ来たるべき対話に備える」というのがイオリア計画の全貌である。その後もたびたびイノベイドたちの会話に登場するこの第三段階の「来たるべき対話」=外宇宙生命体との遭遇と対応が教授の察知したイオリアの真の目的なのか。
彼はもともと早い段階からイオリアがビリー言うところの「紛争根絶なんていう夢みたいなこと」を始めた理由を「紛争の火種を抱えたまま宇宙に進出する人類への警告」ではないかと発言していた。そして教授はすでに劇場版で「意識を伝達する新たな原初粒子」とE・A・レイが説明していた「特殊粒子の解明に手が届くところまで来ていた」。
であるなら教授はリジェネがイオリア計画の全貌として語った中に含まれていないものを、イオリアの真の目的として発見していたかもしれない。――意識を伝達する性質を持つ特殊粒子が散布された領域内で、脳量子波による意識共有を行える人間、すなわち純粋種のイノベイターを造り出すこと。
リボンズがヴェーダを深奥部であるレベル7まで掌握してイオリアの冷凍睡眠体が現れた時、アレハンドロは「やはりいたか、イオリア・シュヘンベルグ。世界の変革見たさに蘇る保証もないコールドスリープで眠りにつくとは」と口にする。
「やはりいたか」という台詞が示すように、数十年単位の遠大な計画の立案者が存命中にはまず出ないはずの結果をそれでも何とか自分の目で確かめたいと願うこと、そのために目覚めないかもしれない危険を冒しても冷凍睡眠という手段を取ることは感情的に見て自然であり、だからこそアレハンドロも予測しえた。
しかしヴェーダの完全掌握・冷凍睡眠体への攻撃を機に発動するようなトラップを仕掛けていたイオリアが、自身(それも抵抗できない状態の)を敵の目の前にさらすような真似をするだろうか。裏切りも想定していた以上、ここで現れたイオリアの冷凍睡眠体も敵の攻撃を誘うための罠の一環、身代わりであったと見るべきだろう。
ただそうなると本物のイオリアはどこかで密かに眠り続けていることになる。しかしセカンドシーズンラストでアロウズが解体され真の統一―多様な価値観を持つ諸国の平和共存へと世界が舵を切り待望の純粋種のイノベイターが誕生した後も、劇場版でELSとの対話がなされた後もイオリアは登場しない。
「世界の変革見たさ」で冷凍睡眠についたのなら、計画の最終段階と言われる「来たるべき対話」も実現した以上は目覚めるべき時を迎えているだろうに。200年前も人との付き合いを嫌って離島に引っ込んでいたような人物だから、騒がれたくなくて表舞台に登場しないだけで、物語に出てこずともどこかでひっそりと生きていたりするのか?
個人的には“どこかで眠っている本物のイオリア”などはいないと考えている。彼は自らが変革後の世界に蘇ることより、永遠と言っていい寿命を持つ忠実な腹心に変革の過程を見守りかつコントロールさせることを選んだのではないか。
SFでは極限まで進化したコンピューターが人類を逆に支配するというストーリーがしばしば描かれるが、感情というものを持たない(持たせていない)、理解しないヴェーダにその心配はない。感情がなければ支配欲も人類を軽侮する気持ちも生まれないからだ。
感情を持たないために人間の行動を予測できないという欠陥は生じるものの、感情を持ち身体的にも人間に近い生体端末・イノベイドが人間とヴェーダの橋渡しをすることでそれを補う。今度はそのイノベイドの中から人類を見下し「これはイオリア・シュヘンベルグの計画ではなく、僕の計画になっていたのさ」などと嘯く輩が出現する可能性が出てはくるが、唯一無二のヴェーダと違いイノベイドは取り替えが利く。計画を歪めるイノベイドは「処分」すればよいし、それはヴェーダなら容易いことだろう。
実際リボンズがヴェーダを完全掌握したはずがかえってオリジナルのGNドライヴにトランザムシステムを目覚めさせてしまい、マイスターについてのデータも完全消去されてしまった(正確には閲覧不可能になっただけで消去はされていないと思うが)。
いかに賢しらぶってみても、結局イノベイドがヴェーダを支配することなどできないのだ。一見ハッキングに成功したと見えても真髄まで外からコントロールされることのない、最も安定して信頼できるシステムにイオリアは自分の代行を託したのだと思う。
・・・最終的にティエリアは記憶も人格も保ったままヴェーダの一部となったが、ひょっとしてイオリアも自身の意識をそのままヴェーダに移設したりしているのだろうか?
ティエリアの場合、もともとヴェーダの生体端末として生み出されたイノベイドだったから意識のデータ保存が可能だったが(サーシェスに銃殺されたはずなのにティエリアと結託してリボンズの隙をついて彼からヴェーダのアクセス権を奪ったリジェネも、肉体を失ったことでヴェーダの一部となったのだろう)、イオリアの意識を同様の方法でヴェーダに移行できるものなのか。
イノベイドは電子回路の脳を持つロボットというわけではなく、イオリア計画に参与した科学者たちの遺伝子から造られたクローン体を特殊ナノマシンによって強化したもののようなので、ナノマシンによって脳内をデータ化することができるのならイオリアもナノマシン入りの薬を飲み続ければイノベイド化=意識のデータ化が可能だっただろうか。
個人的にはこれは難しいと考えている。ナノマシン入りの製剤を投与することで人工的に人間をイノベイターに進化させる方法はリボンズがルイスに対し試しているが、確かに彼女は当時脳量子波が使えるようになったし劇場版時点ではイノベイター予備軍としての兆候を示しているものの、小説版によれば「真のイノベイター覚醒者である刹那・F・セイエイほどの能力を持ちえず」「強制的な改造によってダメージを負った」とある。
おそらく胎児、受精卵の段階からナノマシンを投与され続けたイノベイドと違い、人間として体が出来上がってから後天的にナノマシンを投与された人間の場合、すでに完成しているシステムを強引に書き換えるようなもので障害が発生しやすいのだろう。まして十代だったルイスはまだしも、すでに中年を過ぎていたイオリアがルイスよりも200年前の段階で自身のイノベイド化―意識のデータ化に成功したとは考えにくい。
Wikipediaの『ガンダム00』の記事によると、“イノベイドの細胞はヒトの遺伝子から合成された疑似細胞で自力で新陳代謝が行えないため細胞を完全に再構成するナノマシンを組み込まれている”とのことなので、疑似GNドライヴのビーム兵器の毒性によって細胞障害を負いナノマシン入りの錠剤を服用することで細胞分裂を行っているルイスは身体的条件がイノベイドに近く、それも彼女が人造イノベイターの実験体として選ばれた一因だったのかもしれない。
やはりイオリアという個人は200年前に寿命によりこの世から消滅しており、彼の意志を完璧に引き継いだヴェーダがイオリア計画を遂行していると見るのが妥当なのではないか。
中年以降の多くの人間がそうであるように天才イオリアと言えど自身の若い頃の常識に縛られて新しい思想・価値観に付いていけない部分は出てくるだろう。それなら常に最新の知識をアップデートし続けられるヴェーダの方が自分自身よりも計画を推進するに適している、そう判断したのかもしれない。
ちなみにイノベイドとは別口で「グリア細胞を強化され、脳量子波を使う」強化人間の製造を目指した超人機関の場合、「脳をいじくり回された」というハレルヤの言からするとナノマシン投与でなく(ないしは平行して)外科的手段を用いたようである(小説版では「体中を機械で改造され、脳にメスを入れられ、投薬を施され、極限状態での耐性テストを何度も繰り返されて造り上げられる」とある)。
これも被検体が子供とはいえある程度体も自我も出来ていたため、ナノマシンによる肉体改造だけでは上手くいかなかったからだと想像できる。まあ外科的に?「脳をいじくり回」しても成功例と呼べるのはピーリス一人だったわけだが・・・。
ならばなぜヴェーダはアレハンドロとリボンズの命じるまま、プトレマイオスのガンダム4機へのバックアップを切ってしまったのだろうか。国連軍との戦いの渦中という絶体絶命になりうるタイミングであり、その後もセカンドシーズン終盤でティエリアがヴェーダ奪還に成功するまでプトレマイオスクルーに基本的には力を貸すことはなかった。
(「基本的に」というのは、小説版によればセカンドシーズン開始の時点で「ヴェーダの一部機能が使える端末もまだ生きており、鍵を開けるような簡単なことはこの端末がやってくれる」といったアドバンテージは健在だからである)
その理由はヴェーダ奪還後にイノベイドと交戦したロックオンとハレルヤの台詞に示されている。「システムの助けがなきゃ、イノベイターもその程度かよ!」「ヴェーダに依存しっぱなしで、オレたちに勝てるわけねえだろ!」。
ヴェーダは至って優秀で便利なシステムだが、それゆえにヴェーダの方に人間を支配するつもりがなくても、人間の方からヴェーダへの依存状態に陥る危険がある。ガンダム4機の戦闘もフォーリンエンジェルス作戦まではヴェーダのバックアップのもと行われていたわけで、独立したシステムに切り替えヴェーダのバックアップを切り離せばパイロットに負担がかかることをスメラギもクリスも案じていたくらいだ。
実際にはバックアップがなくなったからといって特にガンダムマイスターたちの戦闘力が削がれた形跡はなく、ヴェーダのバックアップなるものはさほど影響力はなかったようだが、イノベイドの場合はまた事情が異なるのだろう。
小説版曰くバックアップを失ったヒリング・ケアは「己の半身を失ったような感覚に苛まれていた」という。これは精神面でのショックだけではなく、脳量子波でヴェーダとリンクしているイノベイドにとっては身体的欠損を被ったに等しいということなのではないか。プトレマイオスのガンダムマイスターの中でもティエリアだけはヴェーダのバックアップが切断した際に呆然自失状態に陥り、ヴェーダとリンクしていた彼自身が障害となって独立システムへの即時切り替えにも失敗している。
だがティエリアは仲間との絆、とりわけロックオンへの愛着を軸にヴェーダ喪失の衝撃を乗り越えた。マイスターを初めとするプトレマイオスクルー、リンダのようなラボの人間も含めたソレスタルビーイングの構成員がヴェーダに依存することなく自身の力と意志で戦えるように、アレハンドロらの介入がなくともある程度の時点でヴェーダのバックアップ・手助けを断ち切るのはもともとイオリアが意図していたところだったのではないだろうか。
「アレハンドロ・コーナー」の項の最後でちょっと書いたように、この世界をどうすべきか最終的に決めるのは今を生きる人間であるべきだとの想いもあっただろう。トランザムシステム起動とともに送られてきたメッセージにあったように「ソレスタルビーイングのためではなく、君たちの意志で、ガンダムと共に」彼らが戦ってくれることがイオリアの望みだったのだと思う。
話を戻すと、イオリアとしては計画の要であるGNドライヴの優位性を揺らがされるわけにはいかなかった。したがって、優位性を覆す可能性がある研究者には消えてもらう必要があった。
危険だから殺す、所在地ごと周囲の人間も道連れに吹き飛ばすという冷酷に過ぎるやり方をイオリアが選ぶだろうかとも思うが、証拠隠滅のため「エウロパ」の研究者たちを皆殺しにした容赦のなさを考え合わせると、むしろ非常にイオリアらしいとも思えてくる。
そもそも少し前で書いたように「科学技術は日進月歩であり、ソレスタルビーイングが武力介入を開始するまでにGNドライヴを超えるような画期的な装置や理論が生まれていないとも限らない」のである。
セカンドシーズンの序盤、スペースコロニー「プラウド」で4年ぶりにガンダムエクシアに乗ってアロウズと交戦した刹那は、アロウズのGN-XⅢと最新型MSアヘッドの前に遅れを取っている。ティエリアのセラヴィーガンダムが助けに来なければそのまま倒されていただろう。
アヘッドに乗るジニン大尉が「ガンダムとはいえ5年前の機体、アヘッドの敵ではない!」と言ったように、そしてこちらも最新型のセラヴィーガンダムがGN-XⅢをあっさり撃ち破ったように、基本的に新しい物が古い物を駆逐していくのである(小説版では古い機体でここまで善戦する刹那にジニン大尉が感嘆する場面があるので、刹那の優れた技量がなければもっと早く倒されていだろう)。
たった4~5年でこれだけ差がつくのである。イオリアが提唱した理論を超える発見・技術が200年もの間なかったというのも不自然なのではないか。
絹江・クロスロードたちの調査によるとこの200年間の博士号出身者の失踪または行方不明は138件に上るという。絹江は消息不明になった科学者たちはイオリア(とその遺志を継いだソレスタルビーイング)がスカウトしたものと見なしていたようだが、138名全員が家族も仕事も社会生活も捨てて秘密組織に属することに同意したものかどうか。協力を拒んだ結果、機密保持&敵方に回られれば脅威であるために消された科学者も中にはいたのではないか。
むしろそちらが過半数であっても驚きはない。木星有人探査計画すなわちGNドライヴ開発計画に参加した科学者はこの138名には入っていないはずだし、それを考えたら150名を超えるだろう科学者がこの200年で一般社会から姿を消したことになる。
要はGNドライヴとガンダムが三国家群を相手に優越性を保ちえたのは、脅威となりうる科学者は抱きこむかエイフマン教授に対したように“排除する”体制を徹底したゆえだったのではないだろうか。そうすればガンダムを超えるようなMSとエネルギー機関を造りうる科学者も研究施設も失った三国家群は、エウロパの調査から得たデータに基づいて亜流のGNドライヴとガンダムを建造する方向へ舵を切るであろうから。
木星に調査隊を派遣→ハロ内部のGNドライヴの情報を入手→GNドライヴを製造という過程には相当の時間を要するが、80年前にコーナー家が送りこんだ男たちが片道6年かかった道のりを2307―2308年の三国家群なら最速の軍艦を使ってはるかに短時間で往復できるだろうし、ガンダムとGNドライヴに匹敵する機体・動力機関を一から自前で開発するよりはトライ&エラーがないだけずっとスピーディーで予算も少なく済むはずだからだ。
実際にはアレハンドロ・コーナーと彼を暗に使嗾するリボンズ・アルマークが国連を通じて三国家群に30基の疑似GNドライヴとそれを搭載するGN-X30機を提供したことで、三国家群がガンダムに対抗するための力を手に入れる過程は著しく短縮されることになる。
(小説版にはこのGNドライヴ提供の場面で「情報の中にはGNドライヴ[T]を搭載させるためのモビルスーツの設計図も含まれていた」との一文がある。これだと機体そのものは“裏切り者”の提供ではなく設計図に基づいて三国家群で製造したということになる。
ビリーがスメラギと再会した際に語った「(ガンダムの)量産化は考えられない。人員や資材の確保でルートが割れる」という台詞からすれば、国家でもない一組織、いかに大企業の経営者とはいえラグナ・ハーヴェイや国連大使アレハンドロ・コーナーが秘密裡に30機ものGN-Xを開発生産できるのかは疑問であり、“モビルスーツは設計図のみの提供”の方がしっくりくる。
とはいえアニメや小説でも他の場面を記述を見る限りでは機体もGNドライヴと一緒に提供したような描き方になっているのでこちらが正解なのだろう)
そもそも三国家群が合同軍事演習を行うとの情報を得たさいにティエリアが「こうも早く世界が動くとは。ヴェーダにも予測できない人のうねりというものがあるというのか」と思考を巡らせているように、ヴェーダは、ひいてはイオリアは、ソレスタルビーイングの武力介入を受けての事態の進展をもう少しゆっくりしたものと想定していた感がある。
一勢力だけではソレスタルビーイングに対抗するのは難しいとわかってもプライドが邪魔してなかなか他国家群と手を組むには至れない、その間にガンダムマイスターたちは人道的な武力介入を推し進め三国家群の力は次第に削がれてゆく。
やむなく三国家群も共同してソレスタルビーイングと戦うことを決めるが、ここまでに戦力が大分失われているため実際の合同軍事演習よりは緩い攻撃となりガンダムに致命傷を負わせるには至らない。そのうちエウロパ調査で入手したデータに基づき疑似GNドライヴとその搭載機が完成して一気に巻き返し――という流れがもともとの予定だったのではないか。
それが三国家群が手を組むのが予想外に早かったために合同軍事演習の時点で早くもガンダムマイスターたちは壊滅ないし機体ごと捕虜にされる展開になりかかった。これをひっくり返したのが“裏切り者”による介入だった。
当初のプランにはなかったチームトリニティの投入で4機のガンダムを救い、矢継ぎ早かつ苛烈な武力介入の連続によって三国家群を追い詰め、彼らが白旗を上げるかというタイミングで疑似GNドライヴとGN-Xを供与し、一方でヴェーダのバックアップを切り離してガンダムを弱体化させることで三国家群に形勢逆転させた。
そしてトリニティの強引な武力介入で、多少の好意的な世評も吹き飛んだ世界の悪役ソレスタルビーイングを三国家群連合―地球連邦軍に倒させて、地球連邦のもと世界は一つにまとまり再生の時を迎える、はずだった。
三国家群のスピーディーな連係で計画が狂いかけたのを、こちらも計画の速度を上げることで本来の流れに戻した―アレハンドロたちの“裏切り”の功績といえるだろう。
あえてここまで主語を曖昧にしてきたのだが、エイフマン教授にヴェーダを通じて「あなたは知りすぎた」というメッセージを送ったのは誰なのか。すぐ上で書いた「こちら」、計画の速度を上げようと決意した主体は誰か。
アレハンドロは実質リボンズに踊らされた道化だった。そのリボンズもヴェーダをレベル7まで完全掌握したはずがシステムトラップにかかってマイスターたちのデータを削除されてしまっている。2307年からのソレスタルビーイングの本格始動以降のイオリア計画を本当に動かしているのは誰か。
先のシステムトラップ発動の際にアレハンドロが「イオリア・シュヘンベルグは私の計画変更さえ予測していたというのか」と言ったように、イオリアが全て見通した上であらかじめ一切を仕込んでおいたのか。しかしいかにイオリアが先々を予見する力に優れていたとしても、200年も先の「ヴェーダにも予測できない人のうねり」まで全て見通すことなどできるはずもない。
となれば計画を動かしている主体は一人―一つしか考えられない。ヴェーダである。
しかしなぜそもそも三国家群にGNドライヴとそれを搭載する機体を持たせる必要があるのか。それには二つの理由があると思う。
一つは三国家群が「ひとつにまとまる」にはソレスタルビーイングに対抗するために結託するというだけでなく、結託した結果としてソレスタルビーイングに勝利するというストーリーが必要だと考えたから。
セルゲイ・スミルノフ大佐(当時は中佐)がいうところの「勝利の美酒」の味を、これまでソレスタルビーイングに圧倒されてきた世界に対して味わわせる―それによって三国家群の結託を心理的にも強めて対ソレスタルビーイングのための一時の物に終わらせない効果を狙ったのではないだろうか。
だからといってアレルヤたちが危惧したように、本当にソレスタルビーイングを世界統一のための捨て石として滅ぼさせるつもりはなかったろう。
三国家群がGNドライヴを手に入れれば、資金力と人員数において一秘密組織に過ぎないソレスタルビーイングを優にしのぐ彼らが優位に立つのは目に見えていたが、ソレスタルビーイングのための隠し玉をイオリアは用意していた。それがトランザムシステムである。
トランザムシステムはアレハンドロとリボンズによるヴェーダ掌握及びイオリアの冷凍睡眠体射殺を契機としてオリジナルのGNドライヴに対して解放されたが(どちらの行為が直接の引き鉄となったのかははっきりしない)、もし“裏切り者”が現れなかったならせっかく開発したトランザムが発動しないままだったとは思えない。
確かにアレハンドロが「イオリア・シュヘンベルグは私の計画変更さえ予測していたというのか」と驚愕したことからもわかるように、裏切り者の登場も想定内でありそれに対抗する準備もしていた。しかし裏切り者ありきで、裏切り者の存在に寄りかかった計画を立てはしないと思うのだ。
もしアレハンドロたちの裏切りがなかったとしても、ガンダムマイスターたち、特にエクシアのパイロットが真の危機に陥った時にはトランザムが使用可能になるように仕掛けがなされていたのではないだろうか。
三国家群の合同軍事演習で刹那が危ういところでネーナに救われた時、そしてサーシェス操るスローネツヴァイに追い詰められぎりぎりでトランザムが初めて可能になった時、もう少しネーナの登場やアレハンドロたちのヴェーダ掌握&イオリア射殺が遅れていたら、その時点でトランザムが発動していたのかもしれない(このトランザムシステムの開発データがエウロパで発見されたハロに入ってなかったことは、ハロが最初から三国家群の手に渡る前提だった証左であろう)。
ともあれオリジナルのGNドライヴの中に隠されていたこの新機能によって、ソレスタルビーイングはそれまでの劣勢をどうにかはね返す。といってもすでにフォーリンエンジェルス作戦の第一弾でロックオンが利き目を負傷、ガンダム数機も損傷を負っている状況にあって、圧倒的劣勢からどうにか善戦できる程度になった程度とも言えるが。
この頃のトランザムは一度使うと、その後しばらく機体性能が極端に落ちるという諸刃の剣状態でもあった。最終回で刹那がグラハムと戦った時、刹那はアレハンドロとの戦いでトランザムを使った直後だった。それがなければグラハムと相討ちではなく完全勝利することもできたかもしれない。
パイロットとしての技量ではずっと勝っているだろうグラハムを相手にトランザム直後に機体性能が落ち込んだ状態で(グラハムの側にもGNドライヴ搭載を前提としないフラッグに無理やりGNドライヴを組み込んだため機体バランスが悪くなっているというハンデがあったとはいえ)、引き分け―怪我の程度からすれば辛勝に持っていったのだから刹那も大したものだ。
ファーストシーズンラストの時点で地球連邦の発足と引き替えるようにソレスタルビーイングは表舞台から姿を消したものの、GNドライヴは5機とも無事でマイスターは一人死亡・二人行方不明ながらツインドライヴ他の研究を進めるためのラボと人員も健在であった。一見組織が壊滅したかに見せて雌伏し活動再開の時機を待つという、ある意味ベストの形に持っていけたのはトランザムがあったればこそだろう。
つまり三国家群にGNドライヴ搭載のMSを持たせることでソレスタルビーイングに勝利させ彼らの結束を高めて地球政府設立へ持っていく、トランザムシステムを得たソレスタルビーイングもぎりぎり延命する、というのがイオリアの想定だったのではないだろうか。
そしてもう一つの理由は、三国家群が独自にガンダムを超えるMSとそのためのエンジン(ドライヴ)を開発することを妨げるため。
何といってもイオリア・シュヘンベルグは200年前の人間である。そしてソレスタルビーイングが公然と活動を開始するまでには百年以上の時間が必要になることも理解していた。科学技術は日進月歩であり、ソレスタルビーイングが武力介入を開始するまでにGNドライヴを超えるような画期的な装置や理論が生まれていないとも限らない。
実際には初めて人前に姿を現したガンダム=ガンダムエクシアはAEUの最新型MSイナクトを性能で圧倒し、各陣営はガンダムの残留品、それこそ塗料からでもガンダムの正体に迫ろうとし、相次ぐガンダム鹵獲作戦へと繋がっていく。
三国家群がガンダムを解析してガンダムと同じような機体を作ろうとするのは当然の心理であり、イオリアも木星探査船での開発データをハロの中に残す形でそれを推奨した。
イオリアとしてはガンダム=GNドライヴを搭載する機体を模倣してほしかったのだ。模倣であるかぎりMSドライヴの理論を構築したイオリアの手の内にあり、かつオリジナルのGNドライヴ(稼働時間無制限、トランザムシステムを秘密裡に内包)の方に分がある。
逆にいえば、模倣を超えた、あるいは全く別系統の、ガンダムに勝る機体を造られることは何としても避けたかった。
それがはっきり現れているのがエイフマン教授の死である。エイフマン教授はGNドライヴのメカニズムがトポロジカル・ディフェクトに拠っていることを確信し、120年前の木星有人探査計画との関連に気づき、独自のトランザム理論さえ打ち立てていた。
“裏切り者”が三国家群に疑似GNドライヴを渡したのは教授の死後なので、教授はGNドライヴの現物を見たことはないしトランザムに至っては(教授に限らずイオリア以外は誰も)存在自体知らないのに、である。
ガンダムの戦闘データからGNドライヴの原理に行き着き、そこからトランザムのシステムさえ自身で考案したエイフマン教授が存命だったら、ユニオンの資金力と技術力を背景にソレスタルビーイングより早く“トランザムを使用しても機体性能が落ちない”仕様を可能にしていたかもしれない。
彼のこの、イオリアに匹敵するような天才的頭脳が警戒の対象となった。ユニオンのMSWAD基地がスローネに襲撃されたさいにエイフマン教授は命を落とすが、その直前に教授のパソコンの画面に「あなたは知りすぎた」旨のメッセージが一瞬表示される。
後に教授の愛弟子だったビリー・カタギリが推察した通り、基地の襲撃が目的と見せつつ真の攻撃目標はエイフマン教授個人、教授の抹殺が目的だったのだ。<br>
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やや話は逸れるが、上の推察に際してビリーとグラハムは、「教授はガンダムのエネルギー機関と特殊粒子の本質に迫ろうとしていた。何らかの方法でそれを知ったソレスタルビーイングが武力介入の振りとして教授の抹殺をはかった」「軍の中に内通者が!?」「いないと考える方が不自然だよ」という会話を交わしている。
状況からすれば教授の研究内容を“内通”したのは教授のパソコンをハッキングしたヴェーダのように見えるがそれを知るのは亡きエイフマン教授と視聴者のみ、「あなたは知りすぎた」のメッセージを知らないビリーが人間の内通者を想定するのは無理からぬところであるが、一方でビリーの言う通り、ユニオンほどの巨大な組織の中にスパイが全く紛れ込んでいないと考えるのも確かに不自然な感はある。王留美がプトレマイオスクルーに数々重要な情報を流すことが可能なのは、彼女の手先が三国家群の全てに入りこんでいればこそだろうし。
ただこの時基地を襲撃したのはガンダムスローネ、この時点で留美はまだトリニティと協力関係を結んではいない。教授の件はさておくとしても、トリニティ―ラグナ―アレハンドロ―リボンズ(イノベイド)というラインに対してユニオンの情報を流している人間の内通者というのがいたりするのか。
最終回までそれらしい人物は登場してこなかったが、もしいるとすれば物語的には名もないスパイではなく、ちゃんとキャスト名のある、意外性のある人物であることが望ましい。これに当てはまる人物がいることはいる。ビリーの叔父であるホーマー・カタギリだ。
ビリーの頼みに応じて貴重な疑似GNドライヴを1基融通してくれたくらいで、ユニオン軍の中でもかなりの高位にあったはずの彼は、その後アロウズが発足するにあたって最高司令官の地位についている。アロウズが実質イノベイドたちの傀儡だったことを考えると、以前からの協力者であり自分たちの意思に沿って動いてくれるホーマーがトップの座に就くようリボンズが細工をした―そんな想像が湧いてくるのだ。
さしたる根拠もない想像に過ぎないし、上で書いたようにエイフマン教授の研究内容について知りえたのは“教授のパソコンをハッキングしたヴェーダ”であって、人間のスパイではありえないと思うが。
ヴェーダにしてさえ手書きのメモの形で残されたトランザム理論や、死の直前に思いついて心の声で呟いたのみの(盗聴器でも拾えない)イオリアと有人探査船の関連性発見などは知りようもないので、あくまで「ガンダムのエネルギー機関と特殊粒子の本質に迫ろうとしていた」ことをもって死に値するほどの脅威と判断したものだろう。
まあ内通者の存在を示唆する発言をしたビリー当人が、スメラギがソレスタルビーイングの一員と知らず合同軍事演習についてのデータを漏洩したりしたことを思うと、“内通者はあんただろ”という皮肉を効かせた場面なのかな、という気もしてくる(笑)。
そんなビリーはエイフマン教授のように“消される”ことなく物語の最後まで生き延びている。ビリーとてイナクトのお披露目の場に現れたエクシアとコーラサワーが操縦するイナクトの戦いを一度見ただけで「おそらくあの光ははフォトンの崩壊現象によるもの」とGN粒子の本質を言い当てたほどの才能の持ち主なのだが、なぜお目こぼしされたのか。
想像するに、女の気を引きたさに軍の重要機密を漏洩してしまうような人間的な甘さが、やりようでイオリア計画に利用できる、第二段階の重要な担い手であるアロウズの軍事力強化に貢献してくれそうだと判断された、とかかな。
イオリア・シュヘンベルグ
ソレスタルビーイングの生みの親。GNドライヴの基礎理論を作り、ヴェーダを開発し、軌道エレベーターによる太陽光発電システムの提唱―と『ガンダム00』世界の基本となる技術のおおよそはこの人が関わっているレベルの超天才科学者。
世間的に存在を知られていなかった前者2つはともかく、軌道エレベーターによる太陽光発電はこの時代ほぼ全人類のエネルギーを支えているのだから、その提唱者としてもっと有名であってもおかしくないところだが、顔出しの〈犯行声明〉を行ってもすぐには素性に気づかれなかったあたり(エジソンやアインシュタインが同じことをしたら、多くの人間がすぐさま正体に気づくだろう)、生前のイオリアがいかに人前に出なかったかが察せられる。
まあ絹江・クロスロードが彼の正体にたどり着く頃にはユニオンやAEUのトップも彼が何者がすでに知っていたから、わかる人にはわかったのだろうが(2025年現在なら「画像検索使えばすぐわかるじゃん?」と視聴者に思われてしまうだろうから、報道関係者ですらイオリアが誰だか特定するのに時間がかかったというのは、まだガラケー時代だった2000年代の作品だから成り立った設定ではある)。
ちなみにファーストシーズンの第11話でエイフマン教授とビリーが参照していたウィキペディア風のイオリアの人物データによると、彼が39歳の時に書いた軌道エレベーターによる太陽光発電の基礎理論は、「当時の技術力では実現出来ず、社会的な注目も無かった」そう。当時実現できなかったのはわかるが、注目すらされなかったとは。
「社会的な」だから専門家の間では語り継がれていた可能性もあるが、一般には忘れられていた、というか知られていなかった理論を誰が掘り起こして実現のための具体的な道筋をつけたのだろう。世間的にはこの人物の方が軌道エレベーターによる太陽光発電システムの功労者として名を残しているのかもしれない。
この人物データでもう一つ特筆すべき点は、“軌道エレベーターの建設・守備作業を行う人型マシン”の概念も提唱していて、これがモビルスーツを先取りしたものとしてイオリアをMSの発明者とみなす人間もいる”という部分である。
劇場版でE・A・レイがイオリアの功績を並べた中にこの人型マシンの話は出てこなかった。本当に概念程度の曖昧な話で、まだMSが現実化していなかった当時では他の功績に比べ印象が薄かったものか。
MSが一般化している2307年時点でさえ「みなす人間もいる」程度だし、太陽光発電のように彼の理論が発掘された結果としてMSが生まれたのかたまたま似たようなアイデアを思いついた人間がいた結果なのかも判然としていないのかもしれない。
状況次第ではイオリアがMSの父と呼ばれていたのかもしれないと思うと感慨深いものがある。ここで人型マシンの概念をすでに考案していたことが、後にGNドライヴを搭載する機体としてのガンダム誕生に繋がったのだろう。
彼については作品の根幹に関わるような疑問点が多々ある。まずは上でも書いた顔出しの声明。なぜイオリアはわざわざ顔を出して全世界に〈宣戦布告〉したのだろうか。
ソレスタルビーイングは秘密保持に厳しく、刹那がアリー・アル・サーシェスとの戦いの際に自ら姿を晒した時は、パイロットスーツ越しだったにもかかわらずあれだけ問題視されていたのに。現行のメンバーは素性が知れると身内や近しい友人が人質として押さえられる危険があるが、200年前の人間であるイオリアにはその懸念がないから?
しかし顔を出したために多少時間はかかったもののソレスタルビーイングの創始者がイオリア・シュヘンベルグであることが明らかになり、そこからイオリアの存命中から行方不明になった科学者が複数いることにスポットが当たり、さらにエイフマン教授が、200年越しの計画という点とGNドライヴがその性質からして木星で造られたと考えられることを合わせて120年前の木星探査計画との関連性に気づくに至っている。
イオリアの正体露見から芋づる式にGNドライヴの秘密にまで接近されているのである。そのリスクを冒しても顔を出す必要があったのか。
存命中には実現できなかった、数百年スパンの計画がついに実を結ぶ時には高らかに自分が首謀者だと宣言したいという、いわば自己顕示欲によるものなのか?それなら顔だけでなく名前も合わせて宣言するだろう。
ブレイクピラーの時のスメラギのように、顔を晒すリスクを冒して呼びかけるからこそ聞く者の心に訴えかけられると考えた?確かに音声だけ(これも声紋からイオリアと特定されるリスクがある)とか書面だけとかよりインパクトは増すだろうが、ブレイクピラーのような現場の人間の一瞬の判断が一般市民の生死を分けるというほどの緊急時ではない。
イオリアが顔出しで声明を出したのは自己顕示欲とか訴求効果とかとは別の理由のように思う。
個人的にはイオリアがあえて顔を出したのは、上で書いた「木星探査計画との関連性」に気づいてもらうためだったと考えている。アニメだとはっきりわからないが、小説版ではついに5基のGNドライヴが完成してそれらを地球に向けて送り出した後、研究者チームの一員だった〈特命を受けた者〉が証拠隠滅のため全員を殺害し、一切のデータも消去する様子が描かれている。
(小説版によるとこの「特命を受けた者」はGNドライヴ完成時で60歳を過ぎているという。劇場版で明らかになったように木星有人探査船「エウロパ」には(リボンズと同型の)イノベイドがいたのに、イノベイドでなくより情に流されやすいであろう人間にこの任務を割り振ったのは不思議ではある)
そこまでGNドライヴというソレスタルビーイングの強さの根幹を支える機密を隠匿することを重要視していたにもかかわらず、80年前にアレハンドロ・コーナーの先祖の手先がGNドライヴ開発に関する資料を探しに無人のスクラップと化した木星探査船に侵入したさいにデータを収納したロボット端末(ハロ)を見つけ、そこからコーナー家は数十年かかったものの疑似GNドライヴを製造することに成功している。
仲間を皆殺しにしてまで機密を守ろうとしたのに、ハロの存在を見落としてその結果GNドライヴを作られてしまったというのでは殺された研究者たちが浮かばれないというかあまりにも迂闊ではないか。
・・・実はハロを残したのはわざとだったのではないだろうか。ソレスタルビーイングが本格活動を開始したさいにイオリアがあえて素顔をさらすことで、イオリア経由でソレスタルビーイングと木星探査計画の繋がりが気づかれるように仕向ける。
顔だけ出して名前までは名乗らなかったのは、正体特定までに複数回の武力介入を行いソレスタルビーイングの実力を何重にも世界に印象づけるための時間稼ぎだった。やがて木星探査計画に目を向けた三国家群は木星探査船を捜索、ハロを見つけてGNドライヴの情報を手に入れ自分たちで疑似GNドライヴを開発するに至る。
つまり三国家群に疑似GNドライヴを入手させることが、あえてハロを消去しなかった、そしてイオリアが顔を晒した理由だったのではないだろうか。
この時点で三国家群が協力体制にある確証はなく、どこか一つの勢力だけがGNドライヴを手に入れてしまえば、これまでほぼ拮抗していた三国家群間の軍事バランスが崩れてGNドライヴを手にした国家群が他二国家群を武力攻撃し支配下に置く―かえって世界規模の戦いを誘発するという可能性も考えたろうが、すでにソレスタルビーイングが彼らにとって目の前のかつ共通の脅威として立ち現れている以上、すでにGNドライヴとそれを搭載するための機体「ガンダム」を使用しているソレスタルビーイングを叩くため、一刻も早くGNドライヴを製造・実戦使用するべく連係する可能性がより高いと踏んだのだろう。
仮にGNドライヴの情報を手にした一国家群が他と共闘せず、単独で他二国家群及びソレスタルビーイングと戦う道を選んだとしても、その時は私設武装組織に過ぎないソレスタルビーイングをはるかに超える資金力と物量に加えGNドライヴ搭載のMSまで手に入れたその勢力が、ソレスタルビーイングの武力介入以上の圧倒的強さを示してごく短期間に他二国家群を屈服させて、結果さほど血を流すことなく世界を統一するだろう。それはそれで「世界が一つにまとまる」には違いない。
予定外(予定外だが予想外ではない)にコーナー一族が密かに木星探査船からハロの中のデータを持ち帰り、疑似GNドライヴとそれを搭載する機体―スローネ及びGN-Xを作ったために、三国家群が自らガンダム様の機体を開発するのでなく「ソレスタルビーイング内の裏切り者」からGNドライヴ及びGN-Xの提供を受ける形になってしまったが、本来イオリアが思い描いていたシナリオは上述のようなものだったのだと思う。
(ちなみに上で「三国家群」と書いているが、世界諸国が大きく三つの国家群とそれ以外という形に集約されたのは軌道エレベーターの建設が契機だったので、実際の建設には至っていなかったイオリア存命中はまだ「三国家群」という概念はなかった。
とはいえイオリアは軌道エレベーター建設にあたって費用・技術の両面から見て諸国が結託せざるを得ないこと、その場合アメリカを中心とする勢力・EUを基盤とする勢力・ロシア&中国を中心とする勢力の三つに分かれることは(産油国がその流れに加わらないことも)十分想定していただろう。なので以降もイオリア計画を想像する段ながら「三国家群」という表現を使うこととする。)
アレハンドロ・コーナー
ソレスタルビーイングの「監視者」の一人。国連大使でもあり、太陽光発電施設建設支援の使者としてアザディスタンを訪問したりしている。
このアザディスタン支援、マリナ王女が技術援助を頼みに各国歴訪しては断られ続けてきたのを国連が引き受けてくれたものだが、使節団の代表として訪れたアレハンドロに対し、マリナは「(交渉がまとまれば)この方がアザディスタンを救ってくれる」と思い、シーリンは「見返りは何もないというのに。あの男、何を考えてるの」と警戒心を抱いている。
大使はあくまで交渉役であって決定権者ではないだろうに、マリナはともかく(決定権はなくとも直接の交渉役が好感情を持ってくれるか否かが最終決定を大きく左右するのは確かなので)、シーリンがアレハンドロをアザディスタンからの支援要請受け入れを決めた(決める)当人のように見なしているのは不思議である。
ただこの国連支援をきっかけとしてアザディスタンの宗教的指導者で保守派を代表するマスード・ラフマディが誘拐され本格的内紛に至っている。内紛とそれによるソレスタルビーイングの介入を誘発する(ソレスタルビーイングに見せ場を作る)動機があるのは国連組織ではなく、ソレスタルビーイングの監視者としての顔を持つアレハンドロ個人であろう。
一大使という立場ではあるが上層部にかなりの影響力を有していて、国連に利益があるとも思えないアザディスタンへの支援を巧みに推進したものと思われる。シーリンが不可解な支援をアレハンドロの裁量のごとくに受け取ったのは結果的に当たっていたことになる。
しかしなぜアレハンドロはアザディスタンを紛争地として選んだのだろう。イオリア計画に沿って世界が一つにまとまるに当たっては、三国家群が統合され地球連邦を樹立する形になることは予測できたろう(実際そうなった)。その時、三国家群に属さず太陽光発電も立ち遅れている中東の諸国家(国際連合に加盟しているとはいえほとんど世界から見捨てられている状態にある)ははじき出されることになる。
イオリア計画が進行する上で中東国家の立ち位置は現状以上に困窮し、貧困を背景にした紛争もさらに激化するのは目に見えていた。そのうえで中東国家をどうにか救済し連邦の一員として協調してゆこうとするのではなく見殺しにする―群れからはぐれる者は見捨ててしまえばいい、それで歯向かってくるなら叩き潰せばいいというのが後の連邦政府とアロウズ、そしてアレハンドロのスタンスだったのではないか。
中東はどうせ切り捨てる予定なのだから、ガンダムの力を誇示する実験場にしてもよいと。中東の国ならどこでもよかったが、ちょうど王女から援助の要請があったアザディスタンを選んだという流れだったのではないか。
ちなみに小説版ではアレハンドロがリボンズに「私は見ていたいのだよ・・・・・・世界というものを(中略)アザディスタンである理由など何もないよ。しいて言えば、一番変わる可能性を・・・・・・あるいは危険性を孕んでいる国だったからかな」「期待しているのだよ、この国がどのように変わるかを・・・・・・」と語る場面がある。
国が、世界が変わるのを見たいという願望はエージェントの王留美と共通するものがある。留美とアレハンドロが何かと情報交換を行っているのも、お互いに似通ったものを見出してるのかもしれない。
ただ留美が世界に変革を起こすべく積極的に動き回ってるのに対して、初期のアレハンドロは「私は監視者であって実行者ではないよ。私にできるのは見つめ続けるのみ」とあくまで状況の外から第三者的に悠然と事態を眺めるという立ち位置で振る舞っている。アザディスタンの件でも技術援助を行うことで紛争の火種を撒く、というか元々あった火種に火花を散らしはしたものの、火がついた後はそれを煽るでもなくただ離れた位置から眺めるのみである。
ただそれはあくまでそう「振る舞っている」というに過ぎず、陰ではチームトリニティを生み出し国連に疑似GNドライヴとガンダム様のMSを提供し――と暗躍したあげくに、リボンズによるヴェーダ本体完全掌握の(半ばは)失敗を経て、いきなり巨大モビルアーマー・アルヴァトーレを駆って、地球連邦軍によるソレスタルビーイング掃討作戦(フォーリンエンジェルス)にしゃしゃり出てくる。
このフォーリンエンジェルス作戦第二次攻撃時の大仰かつ傲岸な言動は、これまで紳士的な態度に包んできた自己顕示欲を露わにした印象がある。こちらが彼の本性であり、三国家群による合同軍事演習の際にガンダム4機の危機にも悠然と「私の仕事もここまでかもしれんな」と呟いたのを受けてリボンズが密かに「そんな気なんかないくせに」と失笑した所以だ。内心はイオリアの計画を私物化しようとの野心に満ち溢れて(実際そのために行動を起こして)いながら、表面は事態の推移に無関心のように振る舞う、そんな彼の欺瞞をリボンズは嘲ったのであろう。
しかしリボンズ相手に無関心なポーズをしてみせる必要性がわからない。リボンズにはヴェーダ本体の位置を調べさせているくらいで、その野心を隠してないんだろうに。
そもそもアレハンドロはリボンズを何者だと思っていたのだろうか。アレハンドロはリボンズをしばしば「天使」と形容するが、彼が人間ではないとわかっていたのか。
「ネーナ・トリニティ」の項で“アレハンドロはリボンズをイノベイドとは知らなかっただろう”と書いたが、小説版を読み返すとリボンズの裏切りに遭うシーンで「イノベイターである彼を見つけ出し、保護したのは私だ。彼の能力に気づき、ヴェーダを掌握させたのも私。彼の細胞を調べ、トリニティたちを作らせたのも私。」との記述があった(汗)。つまりアレハンドロはリボンズがイノベイター=イノベイドだと知っていたことになるのだが、アレハンドロがイノベイドの何たるかを本当に把握していたかは疑問だ。
「イノベイド」という概念自体は、アレハンドロはヴェーダのレベル7に指定されているガンダムマイスターの個人情報を把握していたはずなので(リボンズが意図的に歪めて伝えていなければだが)、ティエリアのデータを介して彼がイノベイドであること、イノベイド=イノベイターとはイオリア計画のために人工的に生み出された強化人間だと知っていただろう。
ただ、リボンズがイノベイド―計画促進のためにイオリアによって造り出された、能力的には人類の上位種と言ってよい存在とわかっていたなら、「保護した」という発想が出てくるのは不思議である。イオリア計画のために生み出された、イオリアの忠実な僕であってしかるべき相手が、計画を私物化しようとする自分になぜ協力するのか疑問視しないのも。
このへんはリボンズがアレハンドロの性格を理解したうえで彼のプライドをくすぐるよう振る舞った結果なのだろうが(「拾ってくださったことへのご恩返しはさせて頂きます」という発言とか。ただセカンドシーズンで傲岸な態度を見せつけまくるリボンズだけに、口調にどこか不遜なものが混じりこんでいるのだが)。
アレハンドロの言う両者の「運命的」な出会いというのがどんなものだったのかは知る由もないが、コーナー一族が数世代に渡って密かに(疑似)GNドライヴを建造していることに気づいたリボンズが奇跡的な偶然を演出してアレハンドロに接近したことは間違いないと思われる。
そしてアレハンドロの態度からして、リボンズは自身を天才ハッカーのような存在―アレハンドロの前でヴェーダ本体に続く扉を手も機械も使わず目を金色に光らせるだけで開けてみせているので、コンピューター操作に特化した超能力者とでも思わせるよう図っていたように見える。
そうしてアレハンドロに従うと見せながら暗に彼を利用したのだろうが、それにしてもヴェーダを完全掌握できるほどの力を有する“ハッカー”が、自ら主役になろうとせずアレハンドロが計画の主役に押し上げることに協力するとなぜ本気で思えたのかという疑問は相変わらず残る。
上流社会に生まれついて、周囲の人間が自分に従うのは当たり前と思って生きてきたゆえの無意識の傲慢さの顕れ・・・とでも理解するよりないか。
システムトラップによってヴェーダの完全掌握に失敗(とはいえマイスター情報が完全消去された以外は掌握できてるようだが)、プトレマイオスのガンダム4機にトランザムシステムという新機能を結果的にプレゼントしてしまった怒りからか、これから少し後に行われた上掲第二次フォーリングエンジェルス作戦にアレハンドロは唐突に参戦する。
一応参戦に先だって国連の司令部から現地のマネキンの元に増援を送るとの通達が来てはいるのだが、その異様な外形から当のマネキンに「何だ、この機体は!?」と言われてしまっている。まあ三国家群どの陣営の機体とも特徴が一致しない、“ソレスタルビーイングの裏切り者”から合わせて30個しか提供されなかったはずの疑似GNドライヴを7つも搭載している機体、パイロットが誰かも不明という時点で、“ソレスタルビーイングの裏切り者”当人かそれに近い人物なのは察しがついたろうが。
ともあれ初めて実際の戦場へ躍り出たアレハンドロは、7つの疑似GNドライヴによる強固なGNフィールドと超長距離からの砲撃でプトレマイオスとガンダムを苦境に追い込む。が、GNフィールドが直接攻撃―実体剣に弱い特徴を突かれ(相手が近接戦闘を得意とする刹那のエクシアだったのがまずかった)、アルヴァトーレをずたずたに切り裂かれ、さらに中から無傷のMSアルヴァアロンの姿で再登場し一時はエクシアを圧倒するも、(自分が発動のきっかけを作ってしまった)新機能トランザムシステムを起動させたエクシアにこれまたずたずたにされ、今度こそ機体と命を共にすることとなった。
これまで刹那を「力まかせだ。ガンダムの性能に頼りすぎている」「未熟なパイロット」と見下しておきながら、自分こそがGNドライヴを7個も搭載した機体頼みで、戦闘の場数を踏んでいる刹那にトランザムの恩恵ばかりでなく技量と戦闘勘においても負けた。
この後に真打というべきグラハム・エーカーとの戦いが控えている分アレハンドロとの戦闘が時間・手数ともに巻きが入ったという制作上の都合が窺える展開ではあるものの(最終回一話に対アルヴァトーレ戦の後半→アルヴァアロン戦→グラハムのカスタムフラッグ戦をよく詰め込んだものだ)、最後に何でアレハンドロに従ってるのか不可解だったリボンズに案の定裏切られての終焉を迎えるあたりも含め何となく間抜けで、自信過剰なところがかえって憎めないキャラではあった。
そんな“いい悪役ぶり”を買われてか、彼は映画版でまさかの再登場を果たす。といっても劇中劇『ソレスタルビーイング』の中であるが。
事実を大きく脚色したという設定のこの映画に、実際には彼の没後に台頭したアロウズ(実際よりわかりやすく悪者に演出)のラスボスとして、ソレスタルビーイングにぼこぼこにやられる立場で登場するのである。
彼の設定がどの程度現実に即しているのか(名前とか国連大使という肩書とか)は不明だが、あの金ぴかの機体とか傲岸不遜な物言いとかが評価(?)された結果の人選だろう。地球連邦軍に正式に属していたわけでもない(はずの)彼の機体と人となりが映画に使用されるほど有名なのかと首をかしげたくもなるが、ファーストシーズンで散ったアレハンドロが映画版で登場するというのはテレビ版以来の視聴者的には胸熱であったろう。
ところでアレハンドロは刹那たちを「イオリア・シュヘンベルグの亡霊」と呼んだり、ヴェーダをレベル7まで攻略したさいに現れたイオリアの眠る冷凍睡眠カプセルを拳銃で撃ったりしている。特に後者は弾丸を撃ち尽くすまで引き鉄を引き続けていて、そこには単にイオリアを完全に亡き者にして自分がイオリア計画を乗っ取りたいというだけでない執拗さ、憎しみをさえ感じる。
しかし実際会ったこともないはずのイオリアにアレハンドロが憎しみを抱く理由とは何か。それはおそらくアルヴァアロンが一たびエクシアを倒したと見えた時にアレハンドロが叫んだ言葉に手がかりがある。「残念だったな、イオリア・シュヘンベルグ。世界を統合し、人類を新たな時代へと誘うのはこの私、今を生きる人間だ!」。
自分がイオリア計画の主人公になるという発言はヴェーダ掌握以降たびたび見受けられるが、ここで初めて出てくる「今を生きる人間」というフレーズには、200年前に死んだ人間が世界を人類を操ろうとしていることへの嫌悪感が窺える。自分たちは死者の傀儡ではない、世界を動かすのはその時代に生きている人間であるべきだという主張には、個人的には大いに同意する。
この時代に生きる人間の代表がアレハンドロである必要は感じないし、彼の色に染められた世界など想像したくないが、自分が計画を変更しようとすることすらイオリアに予測されていたと悟ったアレハンドロが「神を気取る不遜な理想主義者にこれ以上踊らされてたまるものか」と呻いた無念・不快感には共感を覚えるのだった。
――実はイオリア自身も“計画の主役はその時代を生きる人間であるべき”と思っていたような節があるのだが、そのあたりは「ヴェーダ掌握」の過程にまつわる種々の疑問ともども追って掘り下げてみたい。
ネーナ・トリニティ(+兄兄ズ)
チーム・トリニティ=トリニティ三兄妹の末っ子。機体は戦闘支援向けのガンダムスローネドライ。赤い髪とそばかすがチャームポイントの小悪魔的な少女。
チーム・トリニティは登場時こそ三国家群の大物量作戦の前に撃破される寸前だったガンダム4機を救うという頼もしい味方風だったが、彼らの機体のデータがヴェーダには記載されていない謎の存在であることとプトレマイオスチームを見下すような態度から、たちまち関係が悪化するに至る。
ネーナは最初に助けたのがたまたま刹那だった縁もあってか、直接顔を合わせるなり彼にキスするなど妙に刹那を気に入っている。基本的には子供っぽく陽気だが、思い通りにならない時にはぞっとするような酷薄な表情をのぞかせる。むしろ子供っぽい―精神的に未成熟だからこそ万能感にあふれ狂暴的・自己中心的というべきか。
この自己中心性と狂暴性は次兄のミハエルにも共通している。長兄のヨハンだけは冷静で知的な雰囲気を持ち、弟妹の言動をしばしばたしなめ彼らの無礼をスメラギたちに詫びる場面もあるが、本心から申し訳ないと思っているかと言えば否だろう。
ネーナの「あたしは造られて、戦わされて」という台詞の通り、ガンダムマイスターとして戦うためだけに人工的に生み出されたらしい彼らは、その状況に疑問も抱かずミッションに従うよう好戦的な性格に造られたと思われる。ミハエルの無闇と攻撃的な態度と行動、上述したネーナの残酷な言動などは、礼儀・思いやりと言った社会生活に必要な―戦いには不要な要素を教育されなかったからではないか。
長兄のヨハンだけは時に兄弟以外の人間(ラグナやプトレマイオスクルーなど)と折衝を行う必要上、一応の常識は付与されたようだが。
そんな彼らを見ていて疑問に思うのは“彼らはイノベイドではないのか?”ということ。トリニティが現れた時点ではまだイノベイドの存在自体明かされていないが、セカンドシーズンに入るとリボンズ以外にも複数のイノベイドたちが登場する。彼らもイオリア計画のために人工的に造られた点はトリニティと共通する。
そしてトリニティの中で少なくともネーナは直接ヴェーダにアクセスすることができ、脳量子波を使うこともできる(後者はネーナを子飼いとして使うことを懸念する紅龍に対して王留美が「あなたに脳量子波が使えて?」と皮肉る場面からわかる)。この二点はイノベイドと共通する特徴である。
なら彼らはイノベイドなのかというと、おそらく答えはノーだろう。イノベイドの本格登場を前にファーストシーズンで死んでしまったヨハンとミハエルはともかく、セカンドシーズンにもがっつり登場するネーナは他のイノベイドとは全く別行動を取っているし、むしろ兄たちの間接的な仇(直接の仇であるサーシェスを部下として使っている)として恨みを抱いてすらいた(イノベイドの中の裏切り者であるリジェネとは最終的に結託したが)。
また、最後リボンズが用済みとなったネーナをルイスに襲わせた時、ネーナのハロをヴェーダを通じて操り「そういう君の役目も終わったよ」他のメッセージを送っているが、もしネーナがイノベイドなら直接脳量子波を通じて彼女に語りかけたり操ったり(アニューにしたように)できたであろう。そうしなかったのは彼女がイノベイドではない証左のように思える。
またイノベイドには顔のパターンはリボンズタイプ(リボンズ、ヒリング)、ティエリアタイプ(ティエリア、リジェネ)、リヴァイヴタイプ(リヴァイヴ、アニュー)など複数あれど、中性的(多くは本当に性を持たない)かつ知的で人形のように整った容姿という点が共通している。
リボンズたちの遺伝子元とされるE.A.レイが少年の外見のリボンズたちと違い成人男性という点を差し引いてもそこまで中性的・人形的印象を与えないのに対し、イノベイドは女性型に造られたアニューでさえ透明感のある中性的美貌の持ち主である。つまり遺伝子元の外見や性別の有無に関係なく、イノベイドとして造られた時点で彼らは上で挙げたような共通する容貌を持つようになる。
そう考えると、ネーナを筆頭にトリニティ三兄妹の外見はイノベイドらしさがない。まあヨハンもミハエルもそう男臭いタイプではないし、とくにヨハンは知的な雰囲気も持ってはいる。加えてイノベイドでもブリング・スタビティタイプは他に比べ中性的な感じはしないので、この〈イノベイド特有の外見〉については絶対的なものではないが、小説版には「ネーナはイノベイターに近しい造られた存在」という地の文が出てもくるので、一応トリニティはイノベイドではないと見なしていいだろう。
とすると、今度はなぜ彼らをイノベイドとして造らなかったのかという疑問が湧く。リジェネが初対面でティエリアに語ったところでは、イノベイド(イノベイター)とは「GN粒子を触媒とした脳量子波領域での感応能力、それを使ってのヴェーダとの直接リンク、遺伝子操作とナノマシンによる老化抑制」が可能となった存在と定義できる。
ネーナは初登場から4年以上が経過したセカンドシーズンでは外見はいくぶん大人びていて、サーシェスからも「めっきり女らしくなっちまって」と評されているあたり「ナノマシンによる老化抑制」は成されていないようだ。
(余談だがファーストシーズンの第14話で「ナノマシンの普及によって宇宙生活での人体への悪影響は激減した」という留美の台詞が出てくる。ここからすると少なくともプトレマイオスクルーのように多くの時間を宇宙空間で過ごす人間はナノマシンを体内に(ルイスのようなカプセルの服用によって?)入れているものらしい。宇宙生活による人体への害(無重力・低重力状態による骨密度や筋力の低下?)を防げるナノマシンならすでに老化抑制効果も多少ありそうな気がする。イノベイドが用いているものはその進化系といった感じか)
またネーナの遺伝子は劇場版に登場する科学者ミーナ・カーマインの先祖(やはり科学者)のものと明言されている。イノベイドたちもまたイオリア計画に賛同・協力した科学者たちが遺伝子提供者だ。
これら科学者たちの遺伝子データはイノベイド製造用に一括保管されているのではないかと思うのだが、遺伝子の出所も、MSのマイスターとなる前提で生み出された点も同じなら、なぜいっそイノベイドにしてしまわなかったのか。そうすればリボンズはハロを介さずともネーナを脳量子波で操れただろうに。
これはトリニティの製造を直接指揮したのが、おそらくはアレハンドロ・コーナーもしくはその協力者のラグナ・ハーヴェイだからではないか。
当時リボンズはアレハンドロの側に従者のように付き従って彼の謀略を助けていたが、アレハンドロの様子を見るにリボンズの正体、彼が人工的に生み出され、感応能力ほかで人間を上回るいわば上位種であることを知っていたようには思えない。
アレハンドロをおだてて本人にも気づかれぬよう操るには自分が彼より優れた存在―イノベイドであることも、イノベイドの存在そのものも伏せた方が都合がいい。
イノベイドの存在をアレハンドロやラグナに内密にするなら、彼らがチームトリニティを製造するにあたって遺伝子はそれとなく提供できてもイノベイドを造るための技術までは提供しなかったのは当然のことだ。
さらにもう一つ、別の理由もあると思われる。三国家群の共同体制による国連軍―正確には疑似GNドライヴを積んだMS「GN-X」が誕生して以降のトリニティの状況は見るも無惨なものがある。
人革連広州方面軍駐屯基地を襲撃したさい、ミッション完了を目前にしてセルゲイ・スミルノフ大佐率いる人革連の頂武GN-X部隊10機に圧倒され、その後再び頂武GN-X部隊に基地を襲撃されて帰る場所も失い、流浪生活の中で三度頂武と交戦し敗退。彼らの雇い主であるラグナ・ハーヴェイとも連絡が付かず(実はすでにサーシェスに殺されていた)今後の身の振りようも決まらない。
最後は大西洋上の孤島に身を潜めているところを味方然として近づいてきたサーシェスにヨハンとミハエルが一方的に殺されるに至る。ネーナもたまたまこのタイミングで刹那とラッセが現れ介入しなければ、兄たちに続いてサーシェスに屠られていただろう。
なぜチームトリニティは行く先々で襲撃を受けるのか?小説版ではヨハンもこれを怪しみスローネの現在地を国連軍に教えている裏切り者の存在を察する描写がある。
トリニティたちの体内に生まれながらに発信機のようなものが仕掛けられているのか、スローネのオペレーションシステムを通じてヴェーダが位置を補足しているのか。サーシェスがミハエルのバイオメトリクスがなければ乗れないはずのスローネツヴァイに搭乗・操縦したさいにヨハンが「(バイオメトリクスを)書き換えたというのか、ヴェーダを使って!」と叫んでいたから後者の可能性が高いだろうか。
そして彼らを襲ったさいにサーシェスは「スポンサーからあんたらをどうにかしてくれって頼まれた」「生贄なんだとよ!」と口にしている。スポンサーとはセカンドシーズンでサーシェスが「俺のスポンサー様」と呼んだリボンズなのか、この時点ではリボンズが表向き仕えていたアレハンドロなのかはわからないが、どちらにせよトリニティを造った側の相手からの依頼であったのは間違いない。
ここで「生贄」という言葉が出てくることからいっても、彼らは最初から犠牲となるために造られたのだ。生まれながらの生贄に過ぎない存在を、わざわざ自分たちと同じ人類の上位種であるイノベイドとして造る必要などない、トリニティは自分たちと同列ではない、という意識がリボンズにはあったのではないか。
彼らがサーシェスの襲撃を受けたのと同じ第22話で、国連軍がトリニティに攻撃を行ったことを知ったアレルヤとティエリアが「やはり僕たちは滅びゆくための存在・・・」「これもイオリア・シュヘンベルグの計画・・・」と呟く場面があるが、元々のガンダムマイスター4人については「滅びゆくための存在」というのは当たらないだろう。
第22話のラストでオリジナルのGNドライヴを持つ彼らにだけトランザムの能力がイオリアから与えられるのがその証だ。特に刹那、というかガンダムエクシアとその後継機のマイスターについては「刹那・F・セイエイ」の項で書いたように「イオリアがパイロットをイノベイターとして覚醒させることを主な目的としてツインドライヴやトランザムシステムを作ったことはほぼ確実と思われ」るので、待望の純粋なイノベイターを「滅びゆくための存在」に位置づけるはずがない。
ゆえに本来の、本物のGNドライヴを所有するガンダムマイスターたちに代わって、三国家群を国連軍として一つにまとめあげるための憎まれ役にして国連軍に滅ぼされる役が必要だったということなのではないか。
最終的に彼らは国連軍によって華々しい戦闘の末に倒されるのではなくひっそりと一傭兵であるサーシェスの手によって葬られている。これは一般民衆に対し〈国連軍がガンダムに勝った〉とアピールするには弱いようにも思えるが、GN-Xを手に入れた国連軍に手も足も出ずガンダムが敗退したという事実がすでにあり、その後彼らによる武力介入が行われなくなったという実績があれば、国連軍のおかげで後から出てきた凶悪なガンダム三機は葬られたと印象づけるには十分と踏んだものか。
すでにヴェーダを掌握している以上、スローネが現れなくなっただけでは効果が薄いと判断した時点で国連軍が彼らを格好良く倒すプロパガンダ映像を作って流布することだってできるわけだし。
ただ結局ネーナは逃げのび機体も破損こそしているものの健在である。なぜ後日彼女を追って止めを刺すことをしなかったか。やけになったネーナがスローネドライで暴れまわる可能性もゼロではなかったはずだ。
まあこれはプトレマイオスが国連軍の襲撃を受けたさいにガンダム4機がやられたような、ヴェーダによるシステムダウンを行ってしまえば済む話ではあるから、問題とはしなかったのかもしれない。
セカンドシーズンでは王留美の下でネーナが働いているのを、留美と協力関係にあったリボンズたちは当然承知していたはずだが(リジェネなどリボンズへの反抗の一環として一時ネーナと共闘したりもしていた)、今さら殺す必要もないと見逃していたのだろう。留美を利用するうえで、彼女のエージェントとしてその意を受けて動く実働隊であるネーナはイノベイドにとっても使い勝手がよかったのかもしれないし。
・・・と思ったが、ネーナが王留美を殺害した直後に彼女の機体のハロを乗っ取ったリボンズが「そういう君の役目も終わったよ」と告げているところからすると、ネーナに何かしらの「役目」を果たさせるためにあえて彼女を生かしておいた可能性もある。
ネーナが果たした、果たしたばかりの役目とは何か。真っ先に考えられるのは留美がソレスタルビーイングにヴェーダの所在を記したメモを渡すのを手助けすることと、その後に留美を始末すること。
これは共にリジェネが目論んでネーナをけしかけたものだが、ヴェーダを囮にプトレマイオスクルーを呼び寄せアロウズとの最終決戦に持ち込むのはリボンズの意図するところでもあった(留美についてはもはや利用価値なしとしてリボンズ的にはどうでもよかったと思う。まあ周辺をちょろちょろされても邪魔なので消した方がいいくらいには感じていたかもしれないが)。
プトレマイオスクルーを呼び寄せるという役割が終わったから「勝手をする者には罰を与えないとね」との言葉通り、ネーナを始末したとも取れる(「勝手をする」とはリジェネに与したことを指すと思われ、少し後にリジェネも体よくリボンズに始末されている)が、もう一つ別の意味もあるかもしれない。
というのは、この時ネーナを始末するために現れたのがルイスだからだ。ルイスはただ特命を受けて出撃しただけで、仇であるネーナに遭遇したのは偶然と思っていただろうが、リボンズは明らかに二人をぶつけるつもりでルイスをこの場に派遣したのである。
これは単にネーナを始末することにしたから、どうせなら彼女を仇と狙うルイスに恨みを晴らさせてやろうという温情とは、リボンズにそんな優しさがあるとは考えづらい。
おそらくリボンズは、沙慈との再会・特殊空間での対話を経て戦うことに迷いを生じつつあったルイスに、復讐のための人殺しという一線を超えさせようとしたのだ。ルイスは特殊なナノマシン投与によってリボンズが生み出した、人類初の人工的イノベイターになりかけている人材だ。彼女を自分の思い通りになる疑似イノベイターとして仕上げるためには、一線を超えさせて人としての情愛を捨てさせる必要があった。
ネーナ殺しはそのための格好の材料であり、ルイスの生贄となることをもって彼女の「役目は終わった」というのが上掲の台詞の意味なのかもしれない。
トリニティの武力介入の内容は確かに褒められたものではないし、とりわけネーナが結婚式場を攻撃した件はどうやっても擁護できない。
ただ彼らが最初からそういう戦闘欲だけの存在として造られた(彼らの遺伝子元がイオリアに協力した科学者であるなら地頭はいいはずだと思うのだが)ことには同情の余地がある。
特に三兄妹で唯一常識を与えられたヨハンは、小説版によると「人間の中のエゴイズムが失われない限り、戦争の火種がなくなることはない」「ゆえに、人間たちには統治者が必要なのだ。完全に人心を掌握し、戦争根絶を布告する無形の存在が」との信念のもと、「無慈悲な武力介入と言われていたことは知っていた」うえで「戦争根絶という理想を叶えるため」「ガンダムマイスターになるため」「人間の未来のため」戦っていたと内面が明かされている。少なくともヨハンは、やり方は過激ながらも人類の未来と平和実現を本気で考えていたのである。
そしてネーナが兄たちの仇を討とうとしたり、ミハエルが妹につれなくした刹那に(理不尽ながらも)怒ったり、ミハエルが殺されたのを受けてヨハンがネーナだけでも逃がそうとしたりと、彼らの間には確かに兄妹愛がある。
たとえそれが任務達成のためチームワークを保つべくプログラムされた結果だとしても、彼らの短い人生にも多少は人間らしい潤いがあったかと、いくぶん救われたような気持ちになるのだった。
王留美
ソレスタルビーイングのエージェントの一人。大富豪である王家の令嬢で、先代亡きあと15歳の若さで当主となる。
莫大な資産と人脈によって、プトレマイオスクルーに有益な情報を数々提供、三国家群合同軍事演習の頃にはマイスターを除くプトレマイオスチームの面々をしばらく豪奢な別荘でもてなしたりしている。
思えばこの頃が彼女とプトレマイオスクルーが一番上手く行っていた頃ではないか。その後より過激な武力介入を行うチームトリニティが現れるとプトレマイオスチームには内緒で彼らとも接触を持ち、セカンドシーズンではイノベイター(イノベイド)に接近する。
最初はリーダーであるリボンズ・アルマークと親しくしていたが、ダブルオーライザーの能力にショックを受けたリボンズに八つ当たりで平手打ちされる侮辱を受けてからは、リボンズに含むところのあるリジェネ・レジェッタに近づく、というか近づかれる。
こう書いていくと明らかなように、彼女は自分の目的のためにより有益と思われる相手にどんどん乗り換えていく。それも前の相手と完全に切れるわけではなく、そちらとの関係も保っておきつつ軸足を移すといった感じで、結果的に二重三重スパイのような立ち位置となっている。その目的とは世界を変革すること。
イオリア・シュヘンベルグを筆頭に、ソレスタルビーイング関係者はプトレマイオスクルーから監視者のアレハンドロ・コーナーまで何かにつけ「世界の変革」を口にするのだが、変革を望む気持ちにおいてはある意味王留美が一番切実だったかもしれない。
物語の終盤近くなって、留美のそばに常に秘書兼ボディガードとして付き従っている紅龍という青年が実は留美の実兄であり、彼が大家の当主としては器に欠けると見なされ廃嫡されたために留美が王家を継がざるを得なくなったことが明かされる。
テレビアニメでは「お兄様に当主としての器がないから私の人生は歪んだ」というだけで具体的な事情は語られないが、小説版によると、善良だが気弱な兄を当主の器ではないと見切った先代は、留美を次期当主と定め徹底した帝王教育をほどこした。自由な時間の全くない完全管理された奴隷のような生活と、社交界で財界人・政界人たちの裏面の醜さを見せつけられたことで、彼女はやがて世界が灰色に見えるようになったという。
それは先代が亡くなりその管理下から脱したのちも変わらなかった。再び光彩に溢れた世界を取り戻したい、自分は自由を取り戻した(変わった)のに世界に色が戻らないなら世界の方を変えなくては、というのが彼女が「世界の変革」を望む理由だ。
そこにはプトレマイオスクルーのような、戦争やテロを憎み根絶したい、自分たちのように紛争のために苦しむ人間を生み出したくないといった想いは全く感じられない。何年も心を殺して生きてきたせいで世界が灰色にしか見えなくなったという状況には同情の余地はあるが、どこまでも自分の都合だけなのだ。
そもそも光彩に溢れた世界を取り戻したいというなら、彼女に世界の色を失わせた原因の王家を捨ててしまえばよかったのだ。
先代が亡くなった時点で兄の紅龍に当主の座を押し付け(留美に辛い役割を負わせたことに責任を感じて自ら彼女の従者となる道を選んだ紅龍ならいやいやながらも引き受けるだろう。周囲が〈能力不足で先代に見切られた人間など当主として認めない〉と横槍を入れたとしても、王家の財産と社会的地位を思えば当主に手を挙げたがる人間はいくらもいるだろうし)、自分は最低限の生活費だけ持って家を出て、一般人の少女として生活すればよかった。
ルイスのように普通に学校に通ってクラスメートやボーイフレンドと食事したり買い物したり。超セレブの世界しか知らない彼女には庶民の暮らしは新鮮であり刺激的だろう。そうした日常を送ることで自然と世界に色も戻っていったのではないか。
王家ほどの大家(小説版によると「世界有数の多国籍グループ企業を持つ」そうだが、当主の王留美がソレスタルビーイングがらみの活動以外はパーティーに出席するくらいしか仕事らしいことをしている場面がないので、経営そのものは各企業のトップに任せておいて王家当主は各界有力者と密接な関係性を築いておくことがお仕事、という感じだろうか)であれば、内部で働いている人間や関係各方面に与える影響を思えばそう簡単に立場を捨てられないと考えた可能性もなくはないが、実際に彼女のやったことを見れば、ソレスタルビーイングやアロウズに対する財政支援のために王家の莫大な財産をほぼ使い果たしてしまっている。到底王家や周りの人間を思いやって行動しているとは思えない。
最初、留美は代々監視者の役割を担ってきたコーナー家同様に先代からエージェントの任務を引き継いだのかと思っていたのだが、これも小説版によると「(灰色の世界を変えるために)戦争根絶を掲げるソレスタルビーイングの理念に彼女は飛びついた」とあり、王家の情報網を通じてソレスタルビーイングの存在を知った留美が自らエージェントに手を挙げたものらしい。
王家先代にしてみれば王家の繁栄の基盤である現行の世界の変革などを望みそのために王家を傾けるなどもってのほかであろう。紅龍の気弱さを疎んじたからには先代は留美の気の強さ・行動力を買ってそれを伸ばすべく教育を施したのだろうが、かえって裏目に出た格好である。
(むしろ紅龍の有能さ―妹への贖罪意識から武術を習得して護衛役を務めたり、留美の我が儘な言動の数々に耐えたりできる忍耐力、留美がネーナに撃たれた時身をもって庇ったとっさの判断力・行動力、妹への思いやりなど見るに、そのまま紅龍を後継者にしておいた方が良かったのでは?と思えてならない。気弱で頼りない部分は〈おまえがそんなだと留美を当主に据えるために過酷な英才教育を施すぞ〉と脅しをかければ、妹想いの彼は奮起して自己改革できたんじゃないか)
留美は(先代の死により自由を得たことで)自分は変わったと見なしているようだが、彼女を取り巻く基本環境自体は何も変わっていない。自分を取り巻く狭い特殊な世界しか知らず、その世界を破壊したいほど憎みながらその外に出ようともしない。
結局彼女は現状の豪奢な暮らしを放棄する気はないし、そもそも豪奢でない生活という物を想像すらできないのだろう。
「何でも持ってるくせにもっともっと欲しがって」とネーナ・トリニティが嘲笑する所以であり、自ら変わろうとはしない彼女を「君はイノベイターにはなれない」とリボンズが突き放すのもわかろうというものだ。
「俺は変わる。俺自身を変革させる」と宣言した前後から真のイノベイターとして覚醒を始めた刹那とは対照的であり、むしろ自ら変革することの重要性を際立たせるために、世界の変革を求めながら自らは変われない人間の代表として王留美というキャラクターを登場させたのかもしれない。
とはいえ、上で書いたように王家の財産をほぼ使い果たしてしまった彼女は、ネーナの造反がなくとも遠からずこれまでのような優雅な暮らしはできなくなっていたかもしれない。必然的に彼女の世界は変わらざるを得なくなる。
そして「ソレスタルビーイングも、イノベイターも、お兄様の命も捧げて、変革は達成される。私はその先にある素晴らしい未来を・・・」という発言からは、彼女が今の生活を、公私にわたり彼女を傍らで支え続けてきた紅龍を失うことすら怖れていないようにも思える。
彼女の夢見る「素晴らしい未来」が具体的にどのようなものなのかはさっぱりわからないが、ソレスタルビーイング・イノベイター(イノベイド)・アロウズの全面衝突(とそれによる三者の共倒れ)が起こればブレイクピラー以上の死傷者が出てもおかしくないのに、自分はその惨禍を免れうることを前提にしているのに驚く。
これまた小説版だと、「財産を投げうち、紅龍を失ったいまでも、彼女は己の能力と広い人脈によってこの不遇から再起し、うまく立ち回っていく自信がある」のだそうだ。自分も自分と付き合いのある有力者も皆生き残れる前提になっているのは、“自分(たち)は大丈夫”という特権階級にありがちな無根拠な思い込みによるものだろうか。
確かに上流階級の人間はいろんな裏情報も入ってくるし、セキュリティの強固な場所にいられるので一般庶民に比べて危機を回避しやすくはあるだろうが、セレブだって無惨に殺される時があるのはハレヴィ一族やラグナ・ハーヴェイの例を見ても明らかで、他ならぬ王留美自身がこの直後にそれを証明してしまった。
ただ留美が〈世界に色を取り戻す〉というごく私的な望みのために、王家を捨てるのでなく王家そのものの基盤を揺るがすような選択をしたのは、自分をこんな境遇に追い込んだ王家への強い憎しみがあったのかもしれない。
チームトリニティに接触した際に紅龍に「それほどまでに、いまの世界がお嫌いですか?」と問われて「ええ、嫌いよ。変わらないのなら、壊れてもいいとさえ思うほどに」と答えた彼女には世界に対する強い破壊願望が感じられたが、それも王家への破壊願望が王家の立脚する現行世界への破壊願望へと拡大したものだったのではないか。
「素晴らしい未来」に具体性が見えないのも、実際に彼女を動かしているのはただ〈現状を破壊したい〉という衝動だけで、その先は〈不幸の原因がなくなれば幸福になれるはず〉程度のふわふわしたイメージしか描けていないからではないか。
身勝手な人間には違いないのだが、そこまで追い詰められた結果と思えばいささか気の毒に思えるところもある。
もう一つ気の毒なのは、彼女が近づいた相手からことごとく“仲間”として扱われないことだ。リボンズもリジェネも彼女の財力やプライドを利用しただけで手ひどい切り捨て方をしたし、チームトリニティの生き残りで行き場を失くしたところを一応は保護した格好のネーナにはついには兄も自分も殺された。
一番円満な関係が築けていたと思えるプトレマイオスチームにしても、人命救助を優先してミッションを放棄したアレルヤを咎めた際に「あなたにはわからないさ。宇宙を漂流する者の気持ちなんて」と一方的に通信を切られている(切ったあとの台詞なので留美には聞こえていないが、例えば相手がスメラギなら「あなたにはわからない」なんてきつい表現は一人言でもしなかったと思う。安全圏から物を言ってくる留美に対する反感がアレルヤの中にあったのではないか)。
またメメントモリ破壊ミッションの直前に留美から暗号データが送られてきた時にもティエリアが「今まで何を」と苛立ちの滲む声を発している。以前のようには留美と連絡がつかないことが多く彼女の行動に不信感を抱きつつあったのが背景にあるのだが、何かあったのかと彼女の身を案じるのでなく“今まで何やってたんだ”という反応になるあたり、やっぱりあまり留美を好きじゃないのかなという感がある。
それぞれ事情はあれど本気で戦争根絶を願っているには違いないプトレマイオスクルーは、自分たちとの温度差のようなものを留美に感じていたのかもしれない。
実際留美は二重三重スパイのようなことをやっているのだから自業自得ではあるのだが、唯一本当に自分を案じ大切にしてくれた兄の愛情に気づくことがないまま彼を失ってしまったのも含め、可哀想な人だなという気がするのである。
ビリー・カタギリ
ユニオン軍のモビルスーツ開発技術顧問。ソレスタルビーイングの武力介入を受けて、学生時代の恩師であるエイフマン教授が技術主任を務める対ガンダム調査隊へ転属。
セカンドシーズンでは途中からアロウズのモビルスーツ開発主任となる。アロウズの司令官ホーマー・カタギリは実の叔父。ユニオン軍のエースパイロットのグラハム・エーカーとは親友同士。
グラハムがモビルスーツで戦うことに取りつかれた男であるのと同様モビルスーツ開発に取りつかれた男であり、彼にとって研究に没頭することは最上の幸せであって全く苦にはならないのだろう。
にもかかわらず、セカンドシーズンの途中までは再三招請されながらアロウズへの入隊を断り続けていた。アロウズへの転属命令が下ったマネキンがスミルノフ大佐と話していたシーンなど見るに、連邦軍関係者の間ではアロウズが反対者に対して非人道的弾圧を加えているとの黒い噂が知れ渡っていたようだが、ビリーの場合は叔父がアロウズの司令官でありもともとアロウズにそう悪い感情は持っていなかったように思われる。
この時期すでに正規の連邦軍より政府直轄の独立治安維持部隊であるアロウズの方が力を持ちつつあったし、アロウズに行った方が連邦軍以上に恵まれた環境で最新鋭の機体の開発に携われるのではないか。また親友のグラハム=ミスター・ブシドーもすでにアロウズに参加している。ユニオン時代グラハムの無茶振りに応えてグラハム専用のカスタム機を開発してきたビリーにしてみれば、人間の限界を超えるような機体性能にも耐えうる超人的パイロットであるグラハムと組めることは、親友として以上にメカニックとして冥利に尽きるのではないか。
そう考えるとビリーがアロウズ入隊を拒否していたのが不思議なようにも思える。そもそも彼がユニオン軍解体後、順当にユニオン軍が人革連軍・AEU軍と一緒になった地球連邦平和維持軍(連邦軍)に移動していたなら、転属命令を繰り返し拒否などできるものなのだろうか。ピーリスなど問答無用でアンドレイが宿舎まで迎えに来たというのに。
どうもビリーの場合はアロウズへの入隊は〈命令〉ではなくあくまで〈お願い〉のように見受けられる。つまりはビリーはユニオン軍解体の際かそれ以降かで一度軍を退役しているのでは?
小説版には居候のスメラギが酒浸りなのを心配して「何かと屋外スポーツやショッピングなどに誘い出した」旨の記載があり、大分時間に余裕がありそうな感じからして、軍事関連の民間企業に務めたか、もしくは無職で悠々自適という環境だった可能性もある。
いずれにせよ(かつてのように)研究一途というわけではなく、それはやはり長年の想い人と同居していて、彼女と過ごす時間を長く確保したかったからなのだろう。
そこまで長い間スメラギを、大学院時代からずっと想い続けてきたわりには、ファーストシーズン第6話での再会の際に「大学院以来」と話していて9年もの間何をしていたのかと思ってしまう。この時も「誘ってくれて嬉しかったよ」と言っているからスメラギの方から声をかけたようだし。
自分の方からアプローチをかけるのには躊躇いがあるらしいが、好きな相手に何年も会えなくても、向こうから誘ってくれない限り下手をしたら一生会えないかもしれないのにそれでいいのか?いざ会ってしまえばスメラギの手をそっと握ってみたりそれなりにアピールしているのだが(劇場版でミーナにたじたじになっている超奥手ぶりが印象的だっただけにちょっと意外ではある。一見涼しい顔をしてみせているがビリーとしてはあれで最大限頑張ったのかも)。
もっともAEU軍に入隊後のスメラギに恋人ができたことは知っていたようなので、その時点でいったん彼女への想いには区切りをつけた結果として疎遠になっていたのかもしれない(大学院時代は年上のビリーに敬語だったスメラギがタメ口をきくようになっているので、直接会ってないだけで、メールや電話などで連絡は取っていた可能性はあるが)。
例の事件でその恋人が死んだことも知ってはいただろうが、〈失敗〉と恋人の死で二重に苦しむスメラギを慰めたい気持ちはありつつ彼女の傷心につけこむような後ろめたさもあり、あれこれ悩んだあげくにそっとしておく=何もしないという選択になったものと思われる。
だから彼女の方から誘ってくれた事で、そして例の事件については「忘れた」と彼女が強がりにもせよ語った事で少しは脈ありと見たのか、スメラギの気を引くべく「現行戦力におけるガンダム鹵獲の可能性」なるシミュレートプランのファイルを彼女に送りつけるという挙に出ている。これは軍の機密漏洩でありスメラギのいう通り「軍人失格」と言っていい案件だ。
確かに驚いた彼女が直接会いにやってきた(今回は誘ったのはビリーっぽいが)ので効果は大いにあったのだが、女の気を引くために職場の内部情報―しかも軍の機密という多くの人の命にも関わる情報―を簡単に漏洩するなどかえってドン引きされるんじゃないかとは考えなかったのか。スメラギは元軍人として機密保持については一般人以上に厳しい認識を持っているはずなのだから。まあこのへんの甘さがこの人の憎めないところでもあるんだが、憎めないといって済まされないレベルの過失だよなあ・・・。
この時も帰るというスメラギと「待っている人でもいるのかい」「だとしたら?」「穏やかじゃないね」といかにも男女の駆け引きといった会話を交わしているのだが、「本当に用事があるの。じゃ、また」と帰ってゆく彼女の後ろ姿を、「また」という言葉を拠り所に「いいさ、また会えるのなら」と薄く(心持ち寂しげに)微笑んでいる。
一歩踏み込もうという気持ちはあるのだが、彼女に嫌われるのを怖れて―相手が過去に深い傷を抱えていて、今も会話の端々に古傷の痛みを滲ませているだけに、結局踏み込めずにいるのが不器用なアプローチから伝わってくる。
ただスメラギの方も約3年後(セカンドシーズン開始の2年前)にビリーの家に転がりこんで2年間も居候しているので、全くの脈なしというわけでもなかったのではないか。
同士撃ちの悲劇の後、AEU軍を辞めた時にビリーに会いに行かなかったのは、恋人を亡くした直後に他の男を頼ろうとは念頭にも浮かばなかったのだろうが、再び自暴自棄に陥った時に彼女はビリーの元へ向かった。恋愛感情ではなくても、彼なら自分を受け止めてくれる、傷ついた自分を甘やかしてくれるという安心感があったのだと思う。
行き場を失ったスメラギの心が、ビリーに自分の居場所を見出した。ビリーの出方次第では恋仲になることも可能だったのでは?
小説版によると同居当初はビリーも不器用ながらアプローチを重ねたようなのだが、彼女が何かに傷ついていることを察してからは彼女の心が癒される日が来るのを信じて見守ることを選んだのだという。
「スメラギ・李・ノリエガ」の項で書いたように、刹那の強引すぎるやり方が結果的に彼女を立ち直らせたことを思えば、強気に出られないビリーの性格では、彼女にとって一時の安らぎの場にはなってもそこが限界だったということか。
傷ついた人間を甘やかすことでかえって立ち上がる力を奪ってしまうこともある。当時の彼女に「癒し」が必要だったのも確かだろうから、そのあたりの匙加減は難しく、ビリーにそんな繊細な機微を捉えるのはまず無理だろう。
例えばいきなり訪ねてきた刹那を「君がこの場所を教えている人がいるなんて」とスメラギの親しい友人扱いで嬉々として家に上げようとするあたりを見ても。スメラギの飲みすぎを咎めたために彼女が「出てく」と言い出した折で場の空気を変えたかったのはあるにせよ、相手が若い男だというのに嫉妬とか猜疑心とか全く湧かないのだろうか。
さすがに若すぎてスメラギの恋人ないし元恋人という線はないと踏んだにせよ、スメラギの様子を見れば彼の訪問を喜んでない、むしろ怯えてすらいるのがわかりそうなものなのに。
とはいえ大学院時代の回想シーンなど見るに、ビリーが恋した頃のスメラギは理想に燃える才気煥発な女の子だったので、当時とは打って変わって毎日酒浸りの彼女によく幻滅せずにいられたものだと、その根気強さには驚かざるを得ない。この一途さと献身には見上げたものがある。
一途なのに愛情表現が下手なビリーは、スメラギがソレスタルビーイングの一員だったと知り、自分は利用されていたとの誤解から(第6話、モラリアとAEU軍の合同演習にソレスタルビーイングがそれまでで最大の武力介入を行おうかというタイミングで9年ぶりにビリーと会ったのは、彼女の目線の動きからいって、ビリーが対ガンダム調査隊に転属したことをヴェーダを通じて知ったうえで探りを入れる意図があったのだろうから、利用する気持ちが皆無だったとはいえないが。AEUは彼女の古巣なのだから探りを入れるなら当時の同僚などの方が良さそうにも思えるが、軍を離れた事情的に会いづらいのとビリーみたいに軍事機密に関わりそうな内容を気安く話してくれる気がしなかったのではないかと推測)可愛さあまって憎さ百倍、わざわざソレスタルビーイングと真っ向から敵対するアロウズに入ってスメラギと戦うことを選ぶ。
まさに一途さと不器用な愛情表現がそのまま逆転したような感じである。
最終的に彼はプトレマイオス2に乗り込み、スメラギに当初は投降を促したものの、彼女にその意思がないとわかると銃殺すべく拳銃を向ける。
もし刹那のトランザムバーストでスメラギと精神が繋がらなかったならそのまま引き鉄を引いていたか、引けたかどうかは微妙なところだが、ともかくも殺しかけるまでは行ったのである。
そしてそこまで行ってようやく、ビリーは「君のことがずっと好きだった」という核心的な一言を口にすることができたのだ。この一言を告げる機会を逸しつづけたためにここまでこじれてしまったのだから奥手に過ぎるのも罪である。
ともかくもここでようやく想いを伝え、抱擁しあい、別れ際に記念撮影までした二人は今度こそ恋仲になってもおかしくなかったと思うのだが、さらに2年後の劇場版ではビリーは仕事仲間のミーナ・カーマインに一方的かつ熱烈に迫られたあげくに彼女の求愛を受け入れている。
スメラギとのことはミーナの「昔の女のこと考えてる」という台詞で過去の話になったのが示唆されるだけで、その後二人の間にどんな経緯があったのかはまるでわからない。
これまた小説版によると、結局あのトランザムバースト時にスメラギの本心を感じ取った際、彼女が今もって死んだ恋人を想い続けていることもわかってしまい、以後何度か交流を持ったものの次第に疎遠になった、のだそうだ。
一度は殺したいほど憎んだ、それほどに深く長く愛したはずの相手と自然消滅とは。いつか彼女に恋人を忘れさせてやるくらいの気概で向かっていけないのか。まあそれができないのがビリーであって、ある意味彼が本来の彼に立ち戻った証左とも言える。
結局一言でいうならスメラギとは〈縁がなかった〉のであり、向こうからこちらの都合お構いなしでガンガン攻めてくるミーナがベストな相手だった、ということなのだろうなあ。
ルイス・ハレヴィ
経済特区・東京にスペインからやってきた留学生。沙慈のガールフレンド。明るく積極的かつわがままな性格で沙慈を振り回しまくる。
正直ファーストシーズン前半は「何だこの子」と思っていた。彼女と沙慈の女性上位なカップルの微笑ましい日常が戦闘に明け暮れる刹那や世界情勢との対比として描かれているのはわかるものの、さすがに言動が自分勝手すぎないかと。
特に母親がスペインに帰ってしまい寂しさから泣きまくっていた時、刹那から「母親が帰ったくらいでなぜ泣く」「会おうと思えばいつでも会える。死んだわけじゃない」と言われる場面。沙慈は両親をすでに亡くしていて、まさに母親にどれほど会いたいと思っても二度と会うことはできないのだ。
刹那の言葉で、沙慈の前で母親に会えないと泣く無神経さに気づくどころか(沙慈本人に同じ台詞をもう少し優しめに言われたなら、さすがに自重しただろうか)、「沙慈、こいつ嫌い!叩くか殴るかして!」とはあまりな言い草。
沙慈はわざわざ頼んで刹那に来てもらっているのに(あの無愛想な刹那を連れてくることがルイスの慰めになると考えるセンスはどうかと思うが)、彼氏?の友人に対するこの態度は沙慈のメンツを潰すようなものではないか。
また自分を慰めるためにと沙慈に高価な指輪をねだるあたりもどんなものか。住居を見るかぎり、両親がないとはいえ姉が有名企業で働いている沙慈はさほど生活に困窮しているようではないが、この指輪を買うためにバイトのシフトを詰めまくったくらいで裕福といえるほどではないだろう。
(小説版では「両親の遺してくれた保険金でこのマンションを買い、その余りと報道局に勤めている姉の稼ぎで人並みな生活はできていたが、沙慈自身、ぼんやりと養われているだけというのは気がとがめ、奨学金を受けて学校に通っている。苦学生というわけではない。やはり人並みという評価が妥当だろうと沙慈本人も思っていた」とある)
その沙慈に負担をかけるとわかっていて高価なプレゼントを要求する(人の好い沙慈ならきっと本当にプレゼントを買おうと頑張ってしまうのは想定できたろうに)というのは、やはり引っかかるものがあった。
ただファーストシーズン中盤で彼女を襲った大きすぎる不幸―今度こそ本当に二度と両親と会えなくなったルイスが以前のように駄々をこねるのでなく身を震わせて泣きじゃくる哀切な姿、一人になって心細いだろうに日本に帰るよう沙慈の背中を押す時の静かな微笑みなどを見ると、あの頃の騒がしいルイスに、あの頃の二人の関係に戻ってくれとつい願わずにいられない。まさに制作陣の狙いどおりというところだろう。
セカンドシーズンでルイスはアロウズの軍人として登場する。彼女が軍人になったのも驚きなら、アロウズの資金面でのスポンサーというのにも驚いた。
沙慈の姉・絹江が「お金持ちのお嬢様って」と溜息をついていたことからも本人の言動からも、ルイスが資産家の娘であることは察せられていたが、アロウズのスポンサーともなると王留美が当主を務める王家並みの大富豪なのではないか。
それがボディガード(留美にとっての紅龍のような)もお目付け役もなしで単身故郷から遠く離れた異国に留学などよく許したものだ(ルイスいわく母親はもともと留学に反対だったそうだが)。結果、ハレヴィ家とはおよそ釣りあいそうもない庶民の少年と恋愛(まではいかないが)関係になってしまったし。
ルイスを連れ戻しにやってきた母親の方も、世界的に政情が不安定で渡航規制までかかっているなか単身(のように見える)日本までやってきたり、最初は沙慈との仲に反対したものの途中からはすっかり沙慈を(ルイスが焼きもちを焼くほどに)気に入ってしまったりと、ずいぶん気さくというか超セレブとは見えない。
渡航規制をかいくぐって来日できたのは「代議士の先生にお願いした」というあたりはいかにも上流階級らしいし、ルイスが運び込まれた病院でもハレヴィ家を「有名な資産家」と話していたので、金持ちなのは間違いないのだが。
まあおそらくはルイスの両親もそれなりの資産家ではあったが、トリニティの攻撃によって親戚(この人たちも多くはハレヴィ姓)のほとんどが亡くなった結果、ほぼ全ハレヴィ家の遺産がルイスに転がりこんできた形だったのではないか。
まだ十代の、それも王留美のように早期から名家の跡取りとしての英才教育を受けたわけでもない少女が、親やそれに代わる保護者もなしに莫大な財産とともに社会に放り出されたようなもので、しかも細胞障害のために左手首から先を失い体調面でも半病人同然――悪い人間が利用しようと近づいてきてもおかしくない危険きわまりない状況といってよい。
実際リボンズはルイスが受け継いだ財産をアロウズのために出資させる一方、ナノマシンによって治療のように見せながら人間をイノベイドもどきに作り変える実験の被験体とした。その過程でルイスにたびたびガンダムに対する憎悪を焚きつけてもいる。
左手と両親を亡くした直後はもっぱら悲しみの感情をあらわにしていたルイスが、4年後のセカンドシーズンでは両親と親族の仇であるガンダムへの復讐一途に走っているのはいささか違和感があるが、この違和感―ルイスらしくない感じは、彼女の復讐心がもっぱらリボンズによって強引に植え付けられたものであることに由来するのだろう。沙慈が言ったように〈ルイスはそんな女の子じゃない〉〈彼女が自分の意志で変わったというのは嘘〉というのが正しいように思える。
ちなみにこの台詞に続く沙慈のルイス評は「優しい女の子」「宇宙に行くために一生懸命勉強した」「我がままをいって相手の気を引こうとする不器用なところ(がある)」「本当は淋しがりや」。
そんなに繊細なタイプだったっけ?と思いかけたが、初めの方を見返してみると、あと二年で留学も終わる、沙慈は将来のことを考えてるか、その中に私の事は入ってるかと尋ねたときなどとても不安げな表情をしている。沙慈が「漠然とね」と曖昧な答えを返したのに対して無言で席を離れてから振り返って「こういう時、追いかけるの!」とすねてみせるので深刻な雰囲気にならないのだが、ああやって怒ってみせたりするのも不安を紛らわすため、空気を重くして沙慈に精神的な負担をかけないための彼女なりの気遣いだったのかもしれない。
(「一生懸命勉強」の方も、ソレスタルビーイングがらみのレポートをどう書くか悩む沙慈に「そんなの適当に書けばいいじゃん」なんて言ってたりして、そこまで一生懸命勉強してる感はなかったが・・・。地上の紛争の話で宇宙関連の勉強じゃなかったから?)。
ともあれ、沙慈を想う気持ちとガンダムへの憎しみの間で葛藤し、その苦悩の果てに意識を失うのみならず一度は呼吸も心臓も止まったのだから尋常ではない。
この葛藤の破壊的な激しさは、ルイスの中の二つの感情がぶつかりあったというよりも、ルイス本来の感情と外から植え付けられた感情=異物とが真っ向から衝突した結果と見るべきだろう。刹那が感じとったように、アニュー同様「何かに取り込まれている」状態―リボンズの支配下に置かれていたわけだ。
刹那が真のイノベイターとして覚醒したおかげで彼女は奇跡的に息を吹き返したが、それ以上に沙慈が根気強く、拒絶されても殺されかけてさえ諦めずにルイスを説得し続け愛し続けたことが最終的に彼女を救った。
沙慈の回想によるとカフェテリアで居眠りしていた沙慈にルイスが声をかけたのが二人の出会いだったそうだが、ここで沙慈に声をかけたルイスの慧眼は大したものだ。
沙慈はいかにも優柔不断で、意志が弱いと「よく言われます」と苦笑いしているような男の子だが、4年間変わらずルイスを想い続け、命がけでルイスを取り戻しにくる芯の強さと勇気を備えていた。ルイスの家柄ならもっと裕福な、高価なペアリングも即座に買ってくれるような男だって寄ってきただろうに、沙慈を選んだ彼女の目の確かさが(そして沙慈が運命のいたずらでソレスタルビーイングに身を寄せていたことが)彼女を疑似イノベイターの戦闘マシンとして生きる道から解放したのである。
劇場版を見ると結局ルイスはイノベイターとして覚醒するに至った可能性が高く(映画時点では脳量子波が通常より強い“イノベイター予備軍”に留まっているようだが)、沙慈の方はオーライザーの臨時パイロットとしてたびたびダブルオーライザーによるトランザムバーストの渦中に身を置きながらも脳量子波を使えるようになった気配がないことから、一生イノベイターにはならなかった可能性が高いように思われる。
イノベイターと非イノベイターでは身体能力や寿命にも大きく差が出る。それがいずれ二人の前に壁として立ちはだかる時が来るかもしれないが、彼らならどんな障害も乗り越えて生涯添い遂げたに違いない、と劇場版の二人の会話―軌道エレベーターの防衛に赴くことを決めた沙慈と送り出すルイス―を聞くと思えるのである。