about him

俳優・勝地涼くんのこと。

『四つの嘘』(2)-9-2(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:59:59 | 四つの嘘
・朝、喫茶店で一人コーヒーを飲んでた詩文がたまたま隣りの席に目を向けるとそこの客が読んでる新聞が目に入る。新聞には「安城英児パナマで2連勝 引退を表明」という小さい記事(でも写真つき)が。「この結果で、ボクサーとしてやり残したことはないと、引退を決意した」「引退後も、日本に帰国するつもりはなく、パナマで子供達に正しいボクシングを伝えるつもりだという」とのこと。
現役の夢を捨てきれずパナマまで行った、死ぬまでボクサーだと言い切った英児が、たった2連勝しただけで引退を決心したとは。結局詩文が来てくれなかったことで現役にしがみつくモチベーションが減ってしまったんでしょうか。これはおそらくまさしく命がけの二試合を経て、頭部への衝撃をおそれて思うように戦えなくなっている自分を発見し、同時に自分が生きたいと願っていることにも気づいてしまったのでは。
そして日本へ逃げ帰るのでなくパナマに残るというからには、パナマの土地に、そこの子供たちに、日本にはなかった何かを見出したということでしょう。子供相手ながら指導者という立場を選んだのは、ネリにボクシングのコーチをした経験が遠因になってるように思います。死に急がず地に足をつけて生きて欲しいというネリの願いは、おそまきながら無事英児の心に届きましたね。

・子供たち相手にどこかの家の前でサンドバックを叩かせてる英児の姿。現地の言葉?であいだあいだで掛け声をかける。上はタンクトップ一枚で、髪を後ろでアップにし、日焼けした顔に充実した穏やかな笑顔を浮かべている。その表情だけで今の彼がとても幸せなのが伝わってきます。天職に巡りあったとでもいうか。ボクシング好きだった父親の影響で自然とボクサーを目指した英児が、今また自分のボクシングに対する技術と情熱を子供の世代に伝えようとしている。清清しい光景です。
そしてこの場面の英児のビジュアルのめちゃくちゃ格好いいこと。最終回、英児の出番はここだけですが、1分にも満たない時間ながら堪能させていただきました。

・ネリも部屋?のパソコンで英児引退の記事を読んでいる。微笑みを浮かべた穏やかな表情は、彼が新たな、それも死に急ぐ代わりに次代を教え導くような夢を見出してくれたことを心から喜んでるように思えます。英児のことを思い出してもそれでネリの表情が曇ることはない。彼女の中で英児の記憶がすでに綺麗な思い出に昇華されたのがわかります。

・病院の廊下。ネリが出てくるのを廊下で待っていた福山が歩み寄ってきて「ところで、ご報告なんですが、ぼく、外科医はあきらめます」と切り出す。ネリはさすがに足を止めるが、しばしの後また歩き出しふっと笑って「それがいいんじゃない。大学に戻って病理に鞍替えしたら」と言う。確かに秀才だけど現場で役立たないタイプの福山は研究職の方が向いてそうです。
しかし福山の希望はそうではなく「いえ、ぼく、どうしても灰谷先生の新しいクリニックで働きたいんです」というところにあった。「それはだめ。あなたは絶対に雇いません」。ネリは福山の方を見ないまま「理由は・・・(ここで足を止めて振り返ると嫣然と微笑んで、かつちょっと眉ひそめてみせて)気持ち悪いからです」。うわ直球。さすがの福山も硬直してます。これまでの彼の行動を思えば無理ないですけど。このときのネリの表情がなんとも秀逸です。
「一生懸命勉強して私と関係ないところで立派なお医者さんになってちょうだい」とネリは背を向けて歩き出す。最後に「がんばってね」とにっこり手をあげてはいるものの、「私と関係ないところで」というあたりほとんど最後通牒です。突っ立ってネリを見送る福山の目に涙が。・・・なんかここまでくると一周して応援したい気持ちにさえなってきます福山。

・日傘を差して一人歩く詩文。例のボクシングジムの前で立ち止まり窓から見えるボクサーの姿に英児を重ね合わせる。澤田と破談になってまもなく英児の消息を知ったことで、彼と過ごした日々が改めて懐かしくなったのでしょう。しばし立ち尽くしている詩文の後ろからボクサーが走ってくる。近付いてくる男の足と振り返る詩文をスローモーションでいかにも意味深に捉える。
詩文は振り向きパンチ練習しながら走ってくる若者を見出す。たくましい二の腕をじっと見つめる詩文。詩文の横を走りすぎジムの前で立ち止まった男は詩文を振り返り、しばし二人は真顔で見つめあう。この青年もなかなかのイケメンかつワイルド系で、詩文の好みには叶ってるんじゃないでしょうか。

・恵成女子大学附属高等学校と看板のかかった構内に門から進入するかたちでカメラが中へ入っていく。門と反対側の庭っぽいスペースで「私たちがこの学窓を離れてから~」うんぬんと満希子がスピーチしてる。ドレスぽい派手なワンピース。まわりの奥さんたちの服装からしても同窓会兼美波を偲ぶ会ぽい感じです。「今日は明るく可愛かった美波の思い出を語りながらみんなでご冥福を祈りたいと思います」。笑顔で言い終えた満希子に拍手が。
「はりきってるわねーブッキ」「いろいろあったけど人はそう簡単には変わらないってことよ」と隅の方で語りあうし文とネリ。つまらない主婦になった満希子もこういうときはかつての生徒会長の面影を取り戻すようです。「場違いねあたしたち」とネリ。「帰ろうか」と詩文。かくて二人が席を外そうとしたところに「原と・・・ネリでしょ」「クラス会に出てくるの初めてでしょあなたたち」と二人組の奥さんたちに声をかけられ「だれだこいつ」みたいな顔で見返してしまう二人。順に名乗る二人の名前を声をあわせてリピートしてますが本当に覚えているのかも疑問です。

・満希子が「みなさーん。言い忘れてたんですけど灰谷ネリさんが来年春脳ドックのクリニックを開きます」「宣伝のためにはじめてクラス会に来たのよネリは」と皆にアピール。親切心のつもりでしょうがネリはちょっと気に入らない顔。ネリは別に宣伝のために来たつもりは全くないはず。一言の宣伝もしないうちに帰ろうとしてたくらいですから。
それでも満希子が能天気に「よろしくね~」と言い拍手が起こると、ネリは社交辞令で笑ってみせ隣りで詩文も苦笑する。こうして彼女たちはこれからも満希子に振り回されていくのでしょうか。

・記念撮影のあと音楽室にやってきた三人。「ここでよく原と立たされたねー」「バケツもって」。三人は笑い、扉の外に立たされる昔の詩文とネリ、。歌うクラスメート、指揮する満希子のヴィジョンが浮かび、そこに今の満希子の笑顔が重なる。ピアノを伴奏する高校生の美波の笑顔。そして現在の無人のピアノ。「美波も生きてたらここにいたのね」「絶対ブッキのそばにいたわよ子分だもの」「子分じゃないわよ親友よ」。反論した満希子は少し間をおいてから「原もネリも、私の大事な親友よ」と付け加える。
へえー、とあきれたような気持ち悪そうな声を出したネリは「命の恩人だからね原は」と軽く笑いつつ突っ込む。少し後でも「命の恩人だってことは忘れちゃだめよ」と重ねて言っていて、このくらい強調しとかないとすぐ恩を忘れるからこの女は、と思ってるのがわかります。

・この次のクラス会は原の結婚のお祝いにしようと思うの、という満希子の言葉に言葉詰まらせ驚くネリ。「知らないのーネリ」と得意げにひけらかそうとする満希子に詩文はちょっとあせって、「その話、なくなった」と言う。えっと驚く満希子ににっこりと「ふられちゃったの。あなたのような女を妻にする自信がなくなったって」と説明。うそーと驚き顔の満希子、ちらと横目で見るだけのネリ。
「あたしでもふられるようなことがあるのよー」と頬杖ついてわざと高飛車ぽくいう詩文がちょっと痛々しいようでもあります。

・「だから当分は西尾仏具店で働くことになりましたのでよろしく」と座ったままぺこんと頭をさげる詩文。てっきり満希子は嫌な顔をするかと思ったら「正社員になれるようにうちの人に言ってみようか。大したお給料払えないとは思うけど」と満希子とも思えない良心的なことを言い出す。それが面白かったのか「旦那さん大丈夫ー?毎日一緒に働いたら危ないかもよー」といたずらぽくリノリノリでネリが突っ込んでくる。
「邪魔しないでよー就職できそうなんだから!」と言う詩文は微妙に怒ってるようでもあります。そういえば武は詩文の魔性に引っかかる気配が全然ですね。相性の問題なのか他に愛人がいるからなのか。

・「うちの人なら大丈夫よ。もう浮気はしないから。絶対に」。穏やかに確信もって言い切る満希子。もともとが婿養子らしい小心で真面目な人物ではあり、今度のことで懲りたろうと踏んでるんでしょうね。700万の行方をめぐるやりとりで久々にいちゃいちゃしたのも彼への信頼感を高めているのかも。

・そのころ海の見えるマンション。荷物運びを手伝いつつ「せっかく引っ越したんだからもう表札は出すなよ」という武に「もう乗り込まれるのはやだもんね」と荷物を出しながらにっこり笑う君子。なんだってー!。別れたんじゃなかったのか!?単に前の家の合鍵を(不要になるから)返しただけの話ですか。引っ越したのもご近所の手前だけじゃなく、満希子の知らない場所に愛の巣を設けるためだったのか?
満希子に知れたことや家内安全を別にしても、あんなふうに包丁振り回されたりしたらいいかげん愛想つきたりしないのかなあ。

・たまたま包丁の入った箱を開けた武はそれを持って彼女の前に行き、「君も、こういうものを二度と振り回さないようにね」と言い聞かせるように言う。それに対し、武が浮気したら振り回すかもと無表情な声で君子は言い放つ。ずっとダンボールに入れときなさい、と背を向けて箱に蓋をしようとするのへ「あああーん」と甘えた声で後ろから君子が抱きついてきて、右手に包丁持ったままの武はふらつく。「今日中にリビングだけは片付けるんじゃないの?」と一応抵抗する武に「急にしたくなっちゃった」と肩にあごを乗せて君子が甘えてくる。「そうなの ?時間なくない?」と腕時計を見るものの君子に笑顔で肩をぱたぱた叩かれ、「まいっか」と向き直ると君子を抱きしめてのしかかる。
ええー、結局流されちゃうのか?満希子にも詩文にも君子とはきっぱり別れたようなこと言ったくせに全然懲りてません。いかにも真面目な家庭人をやりきってるだけにこの人の方が満希子より実は性質悪いのかも。このシークエンスのラスト、からみあう二人を遠くに捉え、むき出しで置かれたままの包丁を手前に捉えた構図が出てきますが、彼らの関係も西尾家の平和も、また刃物三昧で破壊されかねない危うい均衡のもとにあることを暗示しているように思えます。

・校舎内?の緑の歩道を歩く三人。美波、見てるー?と満希子が空に呼びかけたのをきっかけに「バンクーバー・・・行ってみたいなー」と詩文が呟く。私はお金がないから無理だけどと言う詩文に「お金・・・私が出してもいいけど?」と満希子が太っ腹な提案を。ちょっとやましそうな様子なのは700万の損失を詩文のせいにした経緯があるからでしょう。
この発言に二人は驚愕。「原に助けてもらわなかったら大森にとめどなくお金とられてたわけだし?」「その分でバンクーバー行くのも悪くないかなーって」と笑顔でもっともらしい説明を並べたものの、「700万も取られたのにやけに太っ腹だけど、ご主人知ってるのお金のこと」(ネリ)「株で損したって言った?」(詩文)とかわるがわる問い質されるはめに。やましさゆえとはいえ善意の発言でかえって墓穴を掘ってしまった格好です。

・しばし目を閉じて無言の満希子に詩文は「西尾仏具店で働いてるんだからあたし。どういう話になってるんだか言ってもらわないとボロが出るわよ」と脅しをかける。いらないことはべらべら喋るくせに、都合の悪いことはこういう尻に火のつくような言い方しないと口を割らないとよく分かってるわけですね。
案の定ちょっと逡巡しつつも「人に・・・貸したことにした」と満希子は口を開く。「誰に?」 自然に聞き返す詩文の方を向いて微笑む満希子に「なにもったいぶってんのよ」と笑いながら詩文はツッコむ。勘の鋭い詩文がこのあとの展開を予測してないっぽいのが意外です。いくらなんでもそこまで恩知らずとは想像の範疇を超えていたのか。

・満希子は改めて詩文を見て笑顔で、「・・・あなたに」。詩文はあきれ返った顔で「いいかげんにしなさいよ」と怒る。「だあって、行きがかり上そういうことになっちゃたんだもん。ごめん、許して、親友でしょ」「じょおだんじゃないわ」「うちの人もいろいろ迷惑かけてるし。返済できなくても文句いえないって言ってるから」。
なんだか軽いノリで説明する満希子に「ブッキ。節操なさすぎるよそれ」とネリも横からツッコむ。「もういい。大森に貢いだことも大森とラブホに行ったことも、みんな旦那に隠してあげてたけど言うわ。言えば何もかもが説明つくんだから」。さすがに真面目に言い切る詩文。満希子に懇願されればこそ、警察にも武にも満希子の不名誉を隠し切ったというのにこの仕打ちじゃあ激怒して当然。満希子は「やめて」と哀願する顔に。「ラブホまで行ってたの。プラトニックなのかと思ったら」と白い目で見るネリに「なにもしてないわよ」と満希子はしっかり否定。しかし「逃げ帰ったくせに図々しい」と鋭くツッコむ詩文に「どうして知ってるの」と驚きの顔に。
詩文は「あたしはなんでもわかるのよ。だから大森の嘘も気付いて助けてやれたんじゃないよ」と苛立ったように言う。ちょうどそのラブホで仕事してた、モニターで見てたなんて真相をバラさないのはさすがに周到です。満希子みたいな女にはネタを割らずに、どういうわけか詩文には「なんでもわかる」と思わせて牽制した方がこの先の被害を防げますからね。

・「ブッキが悪い」「あんたは恩を仇で返した」と責めるネリに「上から目線でもの言わないでよ」と本気で抗議する満希子。言えた義理じゃないだろうに。「人のことは文句言うくせに自分のことはなんにも見えてないから最悪なのよ昔も今も」。さすがに本気で怒っている詩文は「今までのこと全てあたしが言う」ときっぱり宣言。
満希子は「それだけはやめて。いっしょにバンクーバー行こう。それで機嫌なおして」「飛行機も、ビジネスとるから。ホテルも高いとことるから。お金借りたことにしておいて、一生のお願い!」と手を合わせる。やっぱり「一生のお願い」が出たか。「そういう問題じゃないでしょ」とネリは呆れきるが「お願い」と手を合わせて繰り返す満希子をいくぶん軟化してきた表情で見ていた詩文は「ファーストクラスなら、乗ってみてもいいかな」と低い意地悪声でいう。
真相を明らかにして西尾家の平和を今さら乱しても何の得にもならない、だったらこのまま恩を売って美味しい思いをさせてもらおう、という結論に達したんでしょうね。満希子の方から切り出してくれた正社員昇格も、実現すれば経済的安定が見込めますし。

・自宅のパソコンでバンクーバーの天気を調べてるネリ。「バンクーバーって涼しいんだ」と一人言のように言うと「北海道より北だろ」と気のない感じの男の声が答える。誰?と思ってると後ろのソファにTシャツトランクス姿で足を伸ばしくつろぐ福山の姿が。なんだってー!!正直このドラマで最大の驚きでした。あの完膚なきまでのふられっぷりから何がどうなってこうなったんだか。
「俺も行きたいなーバンクーバー」と口にして「いちいち付いてきたがるんじゃないの!」と強い口調で叱られてもにやにや笑いながら「また怒られちゃった」となんか嬉しげ。もとはストーカーだったくせに、まさに奇跡の逆転勝利です。男と女はわからないと言ってしまえばそれまでですが、あえて言うなら先に英児との関係があったからこそ、いくらか男慣れしたネリが福山のような男を受け入れられる下地ができた面はあると思います。福山は「ボクサーなんか」に感謝しなくてはですね。

・エステサロン?で爪を手入れする満希子。足もお手入れ。はーと気持ちよさそうに息を吐き「来週の水曜はフェイシャルもやろっかなー」。バンクーバー行きを控えてるとはいえすっかり色気づいた様子。
基本元の生活に復帰した満希子ですが、だいぶお洒落になったのは大森との関係が残した副産物みたいなもんですね。

・日傘を差して立っている詩文の方へ例のボクサーがランニングしてくる。目の前まで来て足を止めたボクサーに、詩文は片手に持ったビニール袋を差し出して「お肉、食べない?」と微笑む。ボクサーは無言で詩文を見つめる。すごいナンパの仕方ですが、この間さんざん見つめあってたことからも彼が詩文にプラスの興味を抱いているのは明白、ここで詩文の魔性に捉えられてしまうだろうことが予期されます。
男に無縁だったネリに男ができ、波瀾のあげく平穏な暮らしに戻った満希子もいくぶん華やいだ女に変わっている。父とも娘とも離れ家庭環境は大きく変わった詩文ですが、人間性において一番変わらないままなのは結局彼女なのかも。

・バンクーバーで例の遊覧船に乗る三人。「この船に乗って美波は河野さんとバンクーバーからホーシューベイに渡ってたんだー」と感嘆の声をあげる満希子にネリは噴き出す。「うらやましそうだからさ」「ちょっと、うらやましいかも」と言い合う二人に「幸せな恋なんて、ないけどね」と詩文。すると「あると思うな。あたしは」とネリが意外な発言。こんな言葉が出るだけ福山と上手く行ってるってことですね。満希子は無言の真顔で外見つめる。もとは美波の恋に憧れたところから始まった彼女の「最後の恋」は無惨な結末になったわけですから。
「この数ヶ月いろいろなことがあったけど、まだまだ人生はつづきます。でも40すぎてもまだじたばたできるって素敵なことじゃない?」と美波のナレーション。詩文はそのとき河野と並んで甲板に立つ美波を見つけ驚く。まず美波が、ついで圭史が振り返る。「がんばってね。うふふふ」と微笑む美波。「美波 ?」とつぶやく詩文に満希子とネリも甲板を見て美波の姿を見つける。「うそ?」「うそ?」「うそ」。口々に言う三人に美波が笑顔のまま「う・そ・」と唇動かす。
だからタイトルが『四つの嘘』なのか?原作では四人とも嘘を抱えてましたが、ドラマだと詩文は思い切り自分に正直で特に嘘ついてる様子がないので、ここでタイトルの辻褄をあわせてきた?しかし他二人はいいとして圭史の元妻だった詩文が美波の幻にばかり気を取られ圭史のことはまるで気にしてないのが不思議。

・そして美波の姿がかき消える。満希子を先頭に三人は甲板へと駆け出すがそこには誰もいない。呆然と立ち尽くす彼女らを乗せて船は走りつづける。ミステリアスな後味を残すラストシーンです。

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『四つの嘘』(2)-9-1(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:43:01 | 四つの嘘
〈第九回〉

・部屋の中に満希子が見当たらないため部屋の外へ出て捜す詩文。暗い階段を下りて駐車場まで出てみるがそれらしい気配はなし。また305号室のの前まで息を切らして戻った詩文は、隣の部屋の前に白いボタンが一つ落ちてるのを見つける。食事したときの服装を思い出して満希子のものと確信した詩文は306号室の扉を見つめ、そちらのチャイムを押してみる。
こちらの部屋に大森と満希子がいたとして素直にドアを開けるとは思えませんが、鍵がかかっていれば他にアプローチのしようがないですからね。詩文としてはボタンを見つけた時点で100%事件認定でしょうが、警察に通報しても強制的に踏み込んでもらうには証拠として弱い。だから彼らの悪事を暴くために、自ら彼らの悪事の証拠となるためにあれだけ無茶をやらかしたわけだ。

・男の一人がドアのレンズから詩文の姿を見て「戻ってきちゃたよ」というのを大森がどけよ、と軽く横にどかしてのぞきこむ。詩文はノックして「ブッキ ?そこにいるの?」と声をかけ、繰り返しチャイムを押す。こないだの君子宅襲撃を思い出させる光景です。詩文はつくづく満希子のために危ない橋渡ってますね。

・詩文にあきらめる気配がないのを見て、大森は「仲間に入れてやろうぜ」と今までにない悪い笑顔を見せる。後ろにいた仲間の指示で部屋の中の男が何か用意を始め、大森は部屋のドアを開ける。
詩文は大森の横をむっとした顔ですりぬけ「ブッキどこ?」とあがりこむ。部屋に入ると男が二人待機していて、詩文について中へ入った大森が後手にドアを閉める。はっと振り返る詩文。仲間がいるというのは想定外だったんでしょうか。人数だけでも圧倒的にピンチです。

・大森は猫なで声で「原さんも参加してくださるなら大歓迎です」と言い、パーティーへようこそとさっきの男はビデオカメラを向ける。状況からすればパーティーとは強制的乱交パーティー、男たちが集団で詩文と満希子をレイプしようということですね。しかもその光景をビデオにとって彼女たちを脅す材料に使おうという・・・。
もともとは標的にされたのは満希子だけ、その満希子は積極的に大森に貢いでくれてたわけで、脅迫するまでもなく700万同様「お願い」してむしりとればいいようなもんですが。若いゆかりでなく満希子を騙す対象に選んだのはより自由に大金を動かせる、よりちょろく騙せそうだったのみならず、単純に熟女をレイプするのが趣味だったのかも。もっとも少しあとで「原さんが邪魔さえしなければ満希子さんはずーーっとぼくの彼女でいられたし」と言っていたので、本当ならまだまだいい夢見させながら絞りとる方向だったのかもですが。

・斜め横から撮影されている詩文はさすがにちょっとあせった顔。ブッキと名前を呼びかける。隣りの部屋で男(一人)に見張られている満希子は詩文の声に顔をあげるが男に睨まれたため返事はしない。しかし縛るでも猿ぐつわかますでもなく、ずいぶんと緩い監禁の仕方です。もともと冷静さに欠けている満希子なんだから、やけ気味に大声で騒ぎ立てる可能性だってあるでしょうに。

・「そこにいるんでしょ」と扉を開けようとする詩文は男の一人でに首をつかまれ引き戻される。「落ち着いてくださいよ。愛がほしい主婦とお金がほしい若者の、これはギブアンドテイクでしょ~」と間延びしたむかつく話し方で言う大森。
ベッドから体を起こしドア方向に移動しようとする満希子を男が睨んだまま少し前へ出て牽制する。ここで満希子が自分を助けに来てくれた詩文を救うために機転を働かせ大活躍する!なんて展開をちょっと期待したんですが、やっぱり何もしないまま一方的に詩文に助けられるだけでしたね。いや、その後の展開を見るにもっと悪いか・・・。

・「議論する気はないわ。ブッキ返して。もう十分傷つけたでしょ」「あなたのせいで傷ついちゃいましたねえ。こうなったら一緒にパーティーを楽しみませんか?」気持ち悪い笑顔で言う大森を「・・・子供のくせに、セックスなめんじゃないわよ!」と詩文は怒鳴る。
セックスをなめるなとは凄い台詞ですが、詩文にとってのセックスとは病院の食堂でネリに説明したように命をこすりあうような切実さを伴うものであり、「パーティー」なんてのは表層の快楽だけを追った底の浅い行為と考えてるんでしょうね。詩文が「エッチ」といった隠語的軽い表現を使わずストレートに「セックス」という単語を用いるのも、彼女の性行為への真剣な向き合い方を象徴しているように思います。

・大森は真顔で無理やり詩文をソファに押し倒し、他の男が詩文の足を押さえる。詩文は男を蹴り飛ばし両手首を大森に抑えられながらも抵抗。その歯をくいしばる顔をカメラが映してる。完全に詩文不利の状況ですが、そのときパトカーのサイレン音が。嘘だろ、と顔こわばらせる男たち。
たまたま外の通りをパトカーが通った可能性の方が高いと思いますが、犯罪行為の真っ最中だけにさすがに平静ではいられないか。それによく考えてみれば詩文が女一人単身で乗り込んできたのは警察が来てくれる算段がしてあったからこそかもしれないわけで。
それを裏付けるように「泣き寝入りする女ばっかじゃ、ないのよ!」と力強く叫んで詩文は大森の頬を爪でえぐり、そのままソファから這って逃げ、外のドアをあけて「おまわりさんこっちです」と叫ぶ。最初はこれ、パトカーに男たちが動揺してるのにつけこんだとっさの芝居かと思ったんですが、本当に警察がかけつけてきたので、やはり詩文はあらかじめ通報したうえで乗り込んできたんですね。

・大森たちは階段から逃走。入れ違いに警察がエレベーターで3階へ上がってくる。隣りの部屋に入りベッドのうえに座りこんでる満希子を見つけた詩文はおまわりさん早くと叫ぶが、満希子は「おまわりさん・・・」と呟き、詩文の腕を引っ張って「おまわりさんはだめ」ときれぎれに訴える。「何言ってんのよ、殺されてたかもしれないのよあたしたち」と怒る詩文に「バレる、うちに、警察にバレたらうちにも・・・」と呆けたように満希子は繰り返す。
家族を捨てるつもりで出てきたはずなのに(離婚届置いてきたんじゃなかったっけ?)何をいまさらという感じはあります。まあ同じ家族を捨てるにしても“男と愛し合って駆け落ち”と“男と駆け落ちするはずが騙されて逃げられた”じゃ、本人的には後者の方がより知られたくないでしょうが。大森が逃げた以上、家に帰る以外行くところさえないんだし。

・刑事たちがあわてて乗り込んできて「通報した原詩文さん」と言うのに「はい」と詩文が手をあげる。実際に事件が起きるまでなかなか腰を上げない(空き巣事件でネリの家にやってきた刑事もそう言ってた)警察を、なんと通報して即刻動かしたのか。詩文の行動力と頭の回転の速さは大したものです。
ところがそこまでして助けてもらった満希子が後ろから作り笑顔で出てきて、「あの、なんでもないんです、なんでも」と必死に警察をごまかそうとする。実に往生際の悪い。通報した詩文の立場はどうなるった。幸い「なんでも・・・」と繰り返しながらいきなり満希子は意識失って後ろのベッドに倒れてしまいましたが。この“突然の失神”は結果的に“まぎれもなく何かがあった”ことを警察に印象づけたと思われ、満希子もようやく役に立つことをしたかという感じです。

・病院のベッドに横たわる満希子。傍らの椅子に座る詩文と反対側に立って見下ろすネリ。「あいつらもこれで終わりよ。詐欺と監禁だけでも間違いなく実刑だもの」「そういう若者をのさばらせといちゃいけないわ」という詩文とネリの言葉を聞きながら、「原・・・なかったことにして」と満希子は力なく言う。「え?」と詩文は驚きネリも意外そう。「警察には何にも言わないで」「何にもなかったことにしたいの」と涙声で続ける。
「何バカなこと言ってんのよ。あの大森にブッキ何されたかわかってんの?。お金だって700万も取られてんのよ。なかったことになんてできないわよ。あたしだって、」と怒った声で言う詩文に「お願い。子供たちは何にも知らないの。パパに女の人がいることは知ってるけど、そのうえあたしまで・・・そんなの子供たちが可哀想すぎる。ゆかりや明が」と懇願して満希子は鼻をすする。武に女がいるのをバラした(子供たちの前で当たり前に口にした)のは満希子じゃないか。満希子の予定通り事が進んでいればどのみち翌日には“母が男のもとに走った”ことは子供たちの知るところとなっていただろうに。自分の不名誉を隠蔽するために子供たちをだしに使ってるのは明らかですが、その思惑をわかってはいても詩文も母親として子供のことを出されると強く言い切れないでしょうね。

・ネリも呆れた顔で「あたしも訴えた方がいいと思うけどな。隠せないでしょもう」と意外に優しい口調で説得するように言うが、それでも満希子は首をいやいやと振って、「帰りたーい。寿町のあの家にしか、あたしの居場所はないのー」と泣き崩れる。子供たちには必要とされてないとか夫と一つ屋根の下にはいたくないとかさんざん言ってたのに、いまさらあの家が自分の居場所だというのだからどれだけ調子がいいのか。

・ネリは「700万も、諦めるには大きすぎる」と言いますが、彼女たちの知らないことながら満希子は700万以外にも家の財産の4分の1(西尾仏具店はキャッシュで5000万は持ってるといってたので1200万くらい?)を持ち出してたはず。
詩文が305号室に乗り込んだときテーブルの上になかったので大森たちがしまいこんだ、当然そのまま持って逃げたと考えられます。あれこそ700万以上にごまかせないだろうに。「いらない。なんにもいらないから」と満希子は首を振りますが、この時点で彼女も財産4分の1の方は忘れそうな感じです。

・「あたしは絶対に、許さないから」と怒りもあらわな詩文は、「・・・ごめんなさい」と素直な満希子の声にちょっと意外そうに顔を見る。「原に助けてもらって、原をまきこんで、でも・・・でも・・・」「何にもなかったことにしたいの。一っ生のお願い!」泣きじゃくりながら叫ぶように言う。
詩文は唇をひきむすんだまま顔を伏せ、しかし目はしっかり開いて内心の怒りに堪えている風情。ネリももはや何も言わず黙っている。そして詩文は「わかったわよー」「じゃあ、何事もなかったような顔して帰るのね」とついに折れる。どう考えても詩文の主張に利があるだけにネリが驚いています。泣く子と地頭には勝てないというか、こういう押し問答は結局ゴネ得に終わるというか。

・「完っ璧にしらばっくれんのよ」と世渡り術を伝授する詩文に満希子はうなずく。「だけど、しらばっくれんの難しくない?700万の事、旦那さんだって気づくでしょ」というネリの言葉に詩文は「・・・お金のことは・・・ダンナの女のことでむしゃくしゃしてたから株に手を出したって言えばいいわ」とすごい提案を。「株?」とネリは呆れたように言いますが、「隠すなら徹底的に隠すの。できる?」ときつい口調で言う詩文に満希子は決意の表情でうなずく。
確かに家内安全のためには中途半端が一番いけない。事の起こりとなった武の浮気沙汰も愛人宛てのメールを間違って妻に送信するという武のうっかりミスから起こったことだった。あれさえなければさすがに家族を捨てて大森に走る選択はなかなか出来かねたでしょうから。長期にわたってボロを出さず隠し切るには相当な注意深さが必要になると思いますが、自己保身の塊みたいな満希子は案外得意分野かも。

・病室から出てきた詩文に表で待っていた刑事たちが反応。詩文はこれからが戦いだという覚悟を定めてるような面持ちでゆっくりそちらに顔をむける。そしてつかつかと刑事の前に歩み出ると無言で右手を差し伸べる。「この爪の間に大森の皮膚が入ってます。大森をつかまえてDNA鑑定してください。私が、強姦されそうになったときに抵抗して引っかいた傷が大森の左頬にあるはずです」。
ネリに「事情聴取は適当にかわすわ。早とちりで110番したっていうし。訴える気はないって言えば、それまでよ」と説明していたので、満希子の懇願をいれて自分が怒られる覚悟で警察をごまかすつもりかと思ってましたが、やはり詩文はすんなり泣き寝入りはしなかったか。それでも「私が」のところを強調することで満希子には類が及ばないようにしているのがさすがの気遣いです。

・飲み屋のカウンター席の角に並んで座る武と君子。並んでといっても角の位置なので距離が近いような遠いような微妙な感じ。別れた(別れる予定の)カップルの距離感を象徴してるようでもあります。

・「そうだ忘れないうちに」と武は鍵を財布から取り出し彼女の前に置く。「今度のマンションからは、海が見えるのよ」と鍵を手に取りつつ笑いを含んだ声で君子は言う。マンション引っ越すことにしたんですね。確かにあんな騒ぎになってしまったらご近所の手前住みづらいですからね。武は君子に合鍵を返し、君子は武との思い出の染み付いたマンションを離れる。絵に描いたような綺麗な幕引きです。「じゃあ、まだ片付けがあるから。ごちそうさま」と君子が多くを語らず微笑んで席を立つ動作にも彼のことを綺麗に割り切った(割り切ろうとしてる)颯爽感があります。別れ際、最後の最後に「もし奥さんより先にあたしと出会ってたら結婚してた?」と尋ねる一抹の未練気と、本当か嘘か「もちろんだよ」と即答する武の優しさもこの別れのシーンを美しいものにしています。・・・なのにまさかあんなオチがつくとはなあ。
ところで途中、君子が席を立ったところで武は意を決したように何かを尋ねようとして「いや・・・いいや」と言葉を飲み込んでますが、これは手切れ金200万のことを質したかったのでは。君子の態度や経済力からしてやっぱり受け取ったようには思えなかったんでしょうね。とすれば満希子の言葉は嘘とわかったうえで、もとは自分が悪いことだからと黙って飲み込むことにしたということか。

・なんと詩文の家で布団に寝てる満希子。詩文はその隣に自分の布団を敷いている。「トイレ行きたい」という満希子にそこよというと「こわいー」と甘えた声。トイレが屋外にあるというならともかく、どれだけ子供なんですか。満希子のわがままぶりに詩文が口とがらせながら部屋から出て行くときも「どこいくのー?」「ひとりにしないでよ~」と泣きそうな声出してるし。
少しして戻ってきた詩文は「これ。冬子のだけど」と枕元に何かを置く。これ何なのかよく見えなかったんですが「まーなんだか可愛くて恥ずかしいー」という満希子の華やいだ声からすると何かファンシーグッズ的なものでしょうか。トイレに行くのも怖がる満希子の心を慰めるために取ってきてくれたわけですね。詩文もつくづく親切、というかもはや大きな子供と思って接してるのかも。
「あんなに帰りたかった寿町の家なんで帰んないのよー」「だってえ、今うちに帰ったら動揺して、全部しゃべっちゃいそうだもん」「明日は帰んなさいよ」なんて会話も大人と子供のよう。「大学生の彼がいたんだから(可愛くても)いいんじゃないの」とちょっと意地悪言うあたりは、わがままにつき合わされてるせめてもの意趣返しみたいなもんですね。

・急にいたずらっぽい笑顔になって「ねえ、なにか話して。全然違うこと」とせがむ満希子。後輩たちに食事をおごりながら面白い話を強要するネリみたいな台詞。詩文は宙を見つめて少し考えるが「ああ、結婚するわ」と唐突に言う。「誰が」「あたし」「うそ!」 ここで満希子が飛び起きる。俄然関心を持った様子。「穏やかな暮らしってものを一度してみよっかなって思って」と気のないような調子で詩文は言う。
河野母にも結婚の動機を「穏やかな暮らし」と語っていましたが、澤田個人に対する愛情をうかがわせるような発言は本人に対しても他人に対してもこれまで一切してないんですよね。詩文の気のなさそうな調子からすると、照れてるとかでなく本当に愛情はないみたいに思えます。父を老人ホームまで送ってくれたことなんかに関する“好意”はあるんだろうし、穏やかな暮らしを営むにはなまじ激しい(英児に対してのような)執着などない方がいいと思ってるんじゃないですかね。

・「退屈しそうで心配なんだけど」という詩文に「大丈夫よ~。頼もしい旦那さまに守られてたほうが結局女にとっては一番幸せだもん。退屈なくらいでちょうどいいのよ」と先輩的笑顔に。まさに今度の件で思い知らされたってとこですね。
よそに女がいる、子供たちからも軽く扱われてる感のある武が「頼もしい旦那さま」に当たるかは疑問ですが、浮気しようとも家業はきちんとこなし夫として父としての役割も放棄することはなかったわけですから(男に走って店の金を持ち出し家事を放り出した満希子とはまさに正反対)、家庭人としては信用に足る男でしょうしね。自分が恋敗れた直後だけに詩文の結婚話が内心不愉快なんじゃないかと思ったら「よかったわねえ、おめでとう」と本気で祝福しているようなのも、大森との恋の顛末を通して自分の本当の幸せが何かに気づいたがゆえなのでしょう。

・翌朝。西尾仏具店の前でじっと立っている武。満希子の帰りを待っているのか、その表情は沈んでいる。ふと後ろを振り向くとちょうど満希子が歩いてきたところ。虚脱した表情でゆっくり歩み寄る満希子を武はじっと見つめ、無言の満希子に決然と歩み寄り、しっかり目を見て「朝飯頼むよ。腹へった」。それだけ言って中に入ってしまう。
満希子の外泊理由を自分の浮気に対する怒りからだと思ってるだろう武ですが、あえてここで平身低頭詫びるのでなく(それはもうやったし)、ごく自然に、受け入れこれまで通りの生活を続けてゆきたい意志を示してみせる。何もなかったことにしたい、寿町の家に帰りたいと泣いた満希子にとっては、何事もなかったようにしてくれることが一番嬉しいのでは。泣きそうな顔でしばしそこに佇む姿にそんな心情が表れているように思えます。

・詩文が本棚を掃除しているところへ澤田がやってくる。おはようと声をかけてくるのへ詩文も今電話しようと思ってたの、と今までになく柔らかな答え。打ち解けた笑顔といい、彼と生きてくと決めたのがその態度の変容に表れています。「今夜は仕事を休もうと思ってるので、一緒に夕飯食べません?」と詩文から誘うのも。しかも手料理作るようだし。
なのに「はあ・・」となぜか気の乗らないような、申し訳なさそうな顔の澤田。さすがに男の顔色に敏感な詩文はすぐに澤田の態度がおかしいのに気付いてますね。もしかするとこの時点でもう後の展開をある程度予測してたかも。

・原家の居間。「すみません。先日のプロポーズ取り消させてください」。絞りだすような声で、しかし要点はきっぱり告げる澤田に、さすがに目を見開く詩文。取り乱したりしないのはさすがですが。「本当に申し訳ありません」と澤田は土下座し、「この何日かあなたを毎日見ていて気付いてしまったんです。あなたは誰かの妻に納まるような女性じゃないんだって」。何をいまさら、という感じはあります。毎日見てなくたってラブホで仕事してる話をさらっと話してきたあたりですぐわかりそうなものですが。「ラブホテルで働いていることも堂々と話すあなたの強さにぼくは惹かれました。ぼくは今でも心からすばらしいと思っています」「しかし、あなたには、穏やかな暮らしとか、世間の常識とか、ルールとか、何かを守り育てることとか夫とか妻とか子とかそういうものはまったく似合わないと思うんです」。
澤田が一方的に長台詞しゃべる間、詩文は口ぽかんとあけたり目をきょときょとさせたり、総じてあっけに取られた顔をしてます。人は変わるものだと言った彼の言葉にいくらか動かされて、その穏やかな暮らしをしてみようかという気になった矢先なのに、ずらずら言葉を並べて詩文はこういう人間だと一方的に決めつけてるわけですから。まあ確かに詩文に穏やかな暮らしが似合うかといえば似合うないとは思いますけども。結果的に詩文は澤田に背中を押された形で、これまで通りの自分らしく生きる方向に覚悟を定めることになります。

・「そういう人と結婚生活をやっていく自信がなくなってしまって・・」とうつむく澤田。話を聞くうちに次第に呆然たる表情からうっすら諦めの笑顔に変わりつつあった詩文はもはやすっぱりと悟った表情になり「そうですか・・」と薄く微笑む。
「自分から言い出しておいてほんっとうにすみません。この通りです」とまた頭を下げた澤田は「バカな男だとお思いでしょうが、もし、もし、詩文さんがよければですが、これから友人として付き合っていただけないでしょうか」とえらく虫のいい事を言い出す。友人としてお付き合いということは肉体関係はなしということですか。一度寝てみて精気吸われすぎて怖気づいたんでしょうか?実際無意識に感じつつも詩文に惹かれているゆえに気付かないふりしてきた不安―こんな奔放な女とやっていけるだろうかという思い―があの朝をきっかけに一気に湧き上がってきた結果がこのプロポーズ破棄に繋がったんじゃないでしょうか。、

・「友達は・・・要りません」と間をおかず即答する詩文。詩文くらい異性の友達というポジションが似合わない女も少ないだろうに。いつもの笑顔になってちょっと見上げるように「先生と、結婚するのもいいかなーと思ってたんですけど・・・」と唇を結んだ笑顔に一瞬なってから「残念でした」とまた歯を見せたいい笑顔になる詩文。
満希子ほど残酷な形じゃないですが、やはり思い描いていた幸せをあっさり不意にされながら動揺をあらわにせず相手を責めもしない詩文は実に大人でいい女だと思います。澤田の「ぼくも無念です」って返事はなんのことやらですが。

・そこに「あなたの目は節穴ですか」と聞きなれた声が。厳しい顔でのれんくぐって入ってきたのは河野母。挨拶もなくいきなり家の方まで入ってきてしまう。訪ねてきたらちょうど取り込み中で声かけるにかけられないまま、会話全部聞いてしまったというところでしょう。
閉める閉めるといいながら詩文堂がなかなか閉店にならないのは、英児が部屋に鍵かけないおかげで詩文もネリも福山も入り放題だったのと同様、外の人間が入ってきやすいシチュエーションを作るためのような気がしてきました。

・河野母は二人の間に、澤田とひざ突き合わすように座って「先生・・・先生お子さんいらっしゃいますか」と尋ね、いないと聞くと、そう、やっぱりねと納得した様子で、「この人はね、倒れかけた本屋守りながら17年間、女手ひとつで娘を育ててきたんです。立派に!」 諄々と説くようにな口調で、「立派に!」のところは強い口調で言い切る。冬子はしつけがいい、優しいとつねづね言っている河野母の言葉だけに説得力があります。
「親とか子とかそういうものから遠いところにいる人間だなんてとんでもありません!」 しばし間を置いて詩文を見てから「この人は、本物の母です」。詩文に少し微笑みすら見せながら言う母に、何より詩文が驚いた顔。あの河野母が詩文をこんな風に見ていたとは。ボケた父を冬子が連れ出したときの対応、冬子が熱を出したときの看病の仕方などで、よくよく見直したのでしょうね。

・「それは・・・そうかもしれませんが・・・ぼくとはご縁がなかったという・・・」 ぐずぐず言い訳する澤田に業を煮やしたように「ああもう」と母は話さえぎり、「詩文さん、こんな人、あなたの方から捨てちゃいなさい」と小気味よく宣言。詩文は戸惑いつつこくこくとうなずく。
「何なんですかだいたい自分から言い出しておいて」となおも責める母に辟易したのか、失礼しますと澤田はほうほうの体で席を立つ。玄関前で足を止めて振り返り未練ありげに見るものの、母に睨まれて深々一礼して去ってゆく。ここにきて澤田株が大暴落です。煮え切らない感じの態度がなんともしまらない。先の武と君子の「別れ」の方がずっと決まってましたね。

・「しっつれいな男ねー!よかったわよあんな人のところへ行かなくて。塩まきなさい塩!」 詩文本人よりよほど怒りに燃えてる河野母。詩文は「あの、ありがとう、ございました」とまだ戸惑った様子ながらも礼を述べる。母もちょっと戸惑ったように固まってから苦笑する。自分でもあの詩文のためにこんなにむきになってるのが不思議な気になってきたんでしょうね。

・そうそうあのね、冬子ちゃんに試しに公開模試受けさせてみたらすごく成績よかったのよー、と話題を変える母に詩文もちょっと笑って、圭史さんの子供ですからと返事。しばし笑いあってから「河野さんはそれを伝えるためにわざわざ来てくださったんですか」。母は決まり悪げに目をそらして「実はね、あのあなたが話す前にあたし冬子ちゃんにいっちゃったの結婚のこと」。さすがに口開けっぱなしになる詩文に「だってこんなことになると思ってなかったんですもの」とちょっと言い訳モード。
そこへ暖簾くぐって満面の笑顔の冬子が「サップライーズ!」と言いながら豪華花束とケーキの箱を持って入ってくる。さらに後ろから「サンラーイズ」とお父さんも。「サプライズよおじいちゃん」といわれて「サプラーイズ」と詩文に挨拶しなおす。確かに詩文父の登場はケーキより花束よりサプライズですね。前回のことがあるから今度はちゃんと何時ごろにどうやって施設まで送るかまでちゃんと計画立ててあるんでしょう。それを察してるのか今度は詩文も父を連れ出したといってとがめたりはしてません。
お父さんまで出てくるといかにもオールスターキャスト、最終回という感じがします。ナレーター(美波)も最後の最後に登場しますしね。

・「ママ。結婚おめでと」と笑顔の冬子を見つつ「こういうわけなの」と困り顔の河野母。詩文に花束を渡す冬子の表情に翳りはなく、本当に母親の幸せを素直に喜んでる様子です。
詩文が再婚してしまえばこの家もまず処分されるわけで冬子が帰る場所はもう河野家しかなくなってしまうわけですが、今の冬子はそれをちゃんと承知して覚悟を定めてるように思えます。前に詩文に叱られたことで自分はもう河野家の人間なのだと完全に腹をくくったんでしょうね。一つ成長した冬子の笑顔が眩しいです。

・祖父の隣に座った冬子はまだ事情を知らされてないだけに「ケーキ食べようよおばあちゃま」と明るく声をかけ、「そうね、ちょっと事情はあるけど、せっかくのケーキだから」と河野母も詩文をうながす。冬子がジャーンジャンジャジャーンと歌いながら箱の蓋を取るとホールのショートケーキに「ハッピーウェディング」と英語で書いてある。わざわざ特注した気遣いが仇になった格好です・・・。
しかし「じゃあ、再出発、ということで」と詩文は一応笑顔で母に言い母も「そう!再出発!」とそれに乗っかる。しかし普段の詩文なら「せっかくのケーキだから」いう台詞を彼女の方から切り出しそうなもの。実は結構ショックが大きいのかもしれません。あとで片付けの時にもケーキの「ハッピーウェディング」の文字をわざわざ指でぬぐって消してましたし。でも自分の指をちょっと暗い表情で見つめた後ひょいと口につっこんでなめているので、そこで気分をリセットしたものと思われます。

・居間のテーブルを片づける詩文に台所で洗い物する河野母が「どうぞお気遣いなくってあなたは言うだろうけど、どうするのこれから」と尋ねてくる。「さあー?」と詩文は頼りない返事ですが、「・・・そうね、さっきまで結婚する気でいたんですものね。わからないわよね」と河野母も同調してみせる。「しょせん真っ当な人とは縁がないみたいです」と詩文は苦笑し、母もちょっと笑いながら「そうね、あの先生もあなたと結婚しなくてよかったのかも」「圭史みたいな人この世にもう一人できたら可哀想じゃない」と言う。前半はともかく後半はひどい言い方ですがその口調に毒はない。
「・・・そうですよねえー」「私も、そう思います」と詩文も同意。母は手を止め詩文を見て「珍しく意見があいましたね」。詩文も母を見て「そうですね。最初で最後かもしれませんけどね」。詩文の方は口調に軽く毒があるような。河野母が軽く睨むように見るのも可愛げないと思ってるんですかね。やっぱり完全に和解はしない、でもちゃんと認め合う部分もある、というのがこの二人にはいいバランスのようです。

・例の焼肉屋でまた研修医たちにおごるネリ。「だまってないでなんか面白いこと言いなさいよ」と呼びかけるのも相変わらず。それに対し隣の席の福山が笑顔で「坂元と宮部いま付き合ってます」と爽やかに報告。「おしゃべり!」と宮部が抗議の声あげる。「坂元先生になったの」と驚くようなあきれたような顔でのぞきこんでくるネリに宮部はテレ笑いしてちょっとうなずく。今までの険が取れた印象があるのは、福山と別れたことでネリに嫉妬心が働かなくなったからでしょう。
しかしよくあっさり別れて次の男にいったなあ。福山はどんな別れ方をしたんだか。「先生の言いつけ通り宮部とは別れました」とさわやかな笑顔で堂々ネリに宣言してる様子からだと「灰谷先生に別れろって言われたからおまえとは別れる」とストレートに宣告してる姿が浮かんできてしまうんですが。
・あらためて他に面白い話はないのかと言うネリに井上が「先生、お手本みせてくださいよ」と拗ねたような口調でいう。ネリはいたずらっぽい笑みで皆を手招き、トングをマイクのように握って、「来年の三月までで病院をやめます私」と笑顔で言い切る。まず福山が驚き顔でネリをみる。他の医師たちも表情が固まる。ネリは皆の顔を眺め渡して「面白くないか」。確かにこれは面白がるどころではない。

・宮部の「何でやめちゃうんですか」という質問に「偉くなるのに興味がなくなったの」と返答するネリ。「手術もやれるだけやったしこれ以上上手になるとも思えないから、これから先は予防医学にスイッチしようと思う」。福山は「脳ドックですか」と問い、ネリも「そう。開業しようかなって」と笑顔でトングを福山に向ける。
面白かった?と勢いこんだ口調でネリは言いますが、みんなシンとしてる。ダメかと呟くネリ。本気で笑い取れると思ってたりしたんでしょうか。

・朝?仏具店の店先を掃き掃除する詩文を武が「原さん原さん、ちょっと」と呼ぶ。店の端の目立たない場所へ移動して「あのさ。満希子昨日朝帰りだったんだけど。なんか聞いてない?」とこっそり切り出す。「・・・うちに泊まったんですよー」と詩文はさりげない笑顔で答え「彼女言ってないんですかー?」と自然な形でフォロー。
「そんならいいんだけど」。ほっと肩おとす武に詩文は軽く笑い、「一晩中泣いてましたよ。パパが許せないーって」「一生トラウマになりますね、あの女のこと」と武の内心をさぐるような笑顔をする。ちゃんと武が悪者になるような―満希子に責めが行かずに済むような―表現にしているのが詩文の優しさですね。
「君子とは別れたから」ほんとですかあー?と思い切り意地の悪い笑顔になる詩文に「ほんとだよ、原さんに怪我までさせて満希子まであんなになっちゃったらやっぱりさ」「先代からあの店と満希子を任された身だから」と大真面目な調子で答える。このへん武がなんだかちょっと格好いいです。

・武は詩文に向き直って「だけど、ぼくの洗濯物もさわろうとしなかった満希子が、原さんのところから戻ったら突然しおらしくなっちゃって気味悪いんだよ」「なんか言ってくれたの?」詩文はちょっと意表つかれたような顔をしたもののごまかし笑いしつつ「あたしは別に、でも一晩外泊して心配かけたら気がすんだんじゃないんですか」と上手にフォロー。
自分がいい子になろうとせず、なおかつ多くを語らずあくまで推論として満希子の気持ちを述べることで、後で矛盾が出る可能性を最小限にしようとしてる。さすがの機転です。武もあっさり「そういうことか」と納得した笑顔になる。「よかったですねー、やさしくなってー」と含むところありそうな笑顔を詩文は浮かべますが、男なんて単純だと思ってるのかもしれません。さしもの彼女もまんまと武に騙されてる(本当は君子と別れてなかった)が後々視聴者には示されるわけですが。

・台所で調理中の満希子。ゆかりがテーブルにお箸を並べてくれるのにお礼を言い、ちょうど入ってきた武にも「パパ、ゆかりがお手伝いしてくれてるの」と報告する。小学生でもあるまいに普段は箸を並べるだけのこともしてなかったのか。
それにしてもママみたいにはなりたくないと言ってたゆかりが急に軟化したのは何か理由があるのだろうか。なまじ反発するより適当に機嫌とって家事をちゃんとやってもらった方が住み心地がよいと割り切ったんですかね。

・ゆかりのことを、これから花嫁修行しないとねーとお皿並べながら言う満希子に「花嫁修業って」とあきれた顔をする明。まだ高校生、それも今時の娘に大学や就職より先に花嫁修業の心配するってのも妙なものです。なまじ口をはさんだために「明は西尾仏具店を継ぐんだから。いいかげんなお嬢さんじゃママ許さないからねー」と矛先が明に向かいますが、そこで明は「おれさあ、決めてる女いるから」と中学生とも思えない発言を。満希子は目をむいて「誰なの ?どういうお嬢さん ?」と夫と息子のいるリビングへ小走りにやってくる。
この「明の彼女」については直後に大森逮捕のニュースが報道されたことでうやむやになってしまい謎のままなのですが、何かの伏線なのか。明が大森逮捕に異様にショックを受けていたこと、大森にかなり懐いてる様子だったこと、一時のやたらやさぐれた言動(今は普通に見えますが「おれさあ、決めてる女いるから」という口のきき方などは最初の頃に比べて少し荒んだ匂いがある)などを考え合わせると、明の想い人というのは大森の紹介で知り合った相手で上手いこと小遣いを貢がされていた、大森逮捕のニュースで自分が弄ばれてたことに気がついた、とか(やさぐれた態度は大森やその女の影響)だったんですかね。

・ちょうどリビングのテレビから「逮捕されたのは大森基容疑者を中心とした現役大学生四人です。大森容疑者らは架空のベンチャー企業を偽り(中略)犯行を行い多額の金を騙し取った疑いです」というニュースが流れ、一家4人それぞれに驚きの表情でテレビに見入る。
しかし詐欺のほうしか表沙汰になってないのか。詩文はレイプ未遂で訴えたはずなのに。「警視庁はさらに余罪を追求しています」というからそのうち明るみに出る可能性はあるんでしょうけど。

・最初の驚きが冷めた後、ゆかりは「そんな驚くこともないんじゃない?あたしは最初からもりりんってあやしいなーって思ってたよ」と言い出す。驚いて「ほんとかよ」という武に「初めてうちに来た日、テーブルの下であたしの足触ったりしたし」。
この台詞に満希子は隣のゆかりの顔をじっと見る。特別な感情は表に出していませんが娘にもコナかけてたと知って嫉妬を感じたんでしょうか?でも初めてあった日にもう足触りにくるって確かにその時点で好青年ではない。それで引っ掛かるのはゆかりのいうように「もてない女の子」、男慣れないタイプかなとは思います。

・「・・・なんにも、されてないだろうな」「お金取られたりも、してないか?」と心配そうな武に「なめないでよね。もりりんみたいなタイプにだまされるのはもてない女の子だけだから」。後半部分を強調した言い方に満希子の顔がこわばる。こんなことを言いつつ、ゆかりは自分から大森呼び出して告白したりしたことを黙ってる、というより積極的に嘘ついてるわけで、そのへんの見栄っ張りさは結局母親似なのかという気もします。
ついでに「わたしは男の子に不自由してないしー、お金にも不自由してないしー」と気のなさそうな調子で口にする少し前に一瞬満希子に目をやってますが、これは大森と満希子の関係に気づいてることを匂わせたものでしょうか?少なくとも大森が家庭教師になって以来、満希子がネイルアートするようになったり妙に浮き浮きしてたりしたのは思春期の少女の勘で気付いてたでしょう。
二人で密かにデートを重ね、果ては一緒に暮らそうとしたことまでは、振られた立場上プライドも邪魔して想像が及ばなかったと思いますが。満希子が、それこそマダムが韓流スターに騒ぐような感覚で大森に入れあげてる程度に解釈してたんじゃ。

・「いいかげんにメイドのバイトも卒業してくれよ」とゆかりの背中に声かける武。やはり武もあまりメイドバイトよく思ってはないんですね。しかしもともと満希子が家庭に絶望した直接のきっかけは夫の浮気よりゆかりのバイトの方だったはず。そちらは一向解決してないにもかかわらず、満希子は先日の騒ぎは全て忘れたかのように何も言わなくなっている。もはや自分はこの家以外の居場所がないと思い知った満希子は平凡でも平穏な暮らしを保つためには都合の悪いことは見て見ない振りをするのが一番という境地に達したのでは。
以前は近視眼なりに子供を正しい方向に導かなくてはという思いはあったものを今は自己保身第一に成り下がってしまった。ゆかりも満希子の内心はどうあれ表立って説教されたりしないならそれでいいと割り切って、表面だけはお手伝いもするいい子を演じることにした。さっきからの一連の会話がいかにも嘘っぽい、うさんくささを感じさせるのは西尾家の全員が幸せ家族を演じてるがゆえなんでしょうね。

・大森逮捕に虚脱状態の明にハッパをかけた武は、満希子の肩にがしっと手を置いて「ママも、自分が選んできた家庭教師だからって責任感じることないからな」と優しい言葉をかける。ちょっと微笑んでこくこくうなずく満希子。
たまたまいいタイミングで逮捕されてくれなかったら、満希子は大森の家庭教師をどうやって断るつもりだったのか。さすがに大森ももう顔出さないでしょうが来ない理由をどう説明するつもりだったんだろう。

・夜、部屋の鏡台の前で暗い表情でうつむいてる満希子。ドアの向こうで「ママ。ちょっといいか」と武のシリアスな声が。そっと入ってきた武はいいにくそうに「あの、さ、おとといのことは原さんにきいたよ」と切り出す。はっと硬直する満希子に「・・・すまなかった。もう泣かないでくれ、君子とは別れたから」と説明するが、満希子はちゃんと話きいてるのかどうか「原に聞いたの・・・。そのこと」と呟くように言う。大森とのことをバラされたのかという疑惑が頭を渦巻いていて、夫の浮気問題の帰結は大して気にしてない模様です。

・「原さんちで一晩中泣いてたんだってな」と言われて驚いた顔の満希子。「しかし、大森先生には驚いたよ。・・・一流の大学にいける頭があって韓流スターみたいな顔しててなんで犯罪者にならないとならないんだ?」 その台詞から自分と大森の関係はまるで知らないと察した満希子は「ああー」とほっとした笑顔でうなずく。
しかし武がベッドに腰かけながら「実はさ。会社の金が700万足りないんだ」と切り出すとまたも硬直。「通帳も見当たらない。もりりんなんかに騙されないってしらばっくれてたけど、ゆかりしか考えられないだろ」「ぼくらの仲がぎくしゃくしててゆかりも気持ちの行き所がなかったんじゃないか。・・・目が行き届かなかったなあ。だけどあの年ごろはむつかしいし」。
満希子の心配をよそに武の疑いが向いているのはゆかりの方だった。ゆかりの名誉のため真相を言うべきか言わざるべきか迷う風の満希子。さすがに娘にあらぬ疑いがかかるのをそのままにするほど満希子も外道じゃないだろう、このさい正直に告白するのか、と思ってたら「ぼくらとゆかりで話し合って、一刻も早く警察に届けたほうがいいと思うんだ」と言われ「警察?」と満希子は血相かえて振り返り、ややあって「パパ・・・ごめんなさい」と横向いて頭を下げる。
こないだ事件担当の刑事に会ってる、状況柄身元も知られてるはずとあってはもはや逃げ切れないと完全に覚悟を決めたものか。逆に言えば隠せると思う限りは娘に濡れ衣着せたまま黙ってた可能性もあるわけだ。どれだけひどい女か。

・いきなり謝られて戸惑う武に「その700万・・・・・(長い間がある)原に貸しちゃったの」なんだってー!詩文が描いたシナリオどおりに株に使ったとさえ言わずどこまでも自己保身、しかも恩人の詩文に押し付けるとは。これは意表をつかれました。もし詩文にバレてもごめん許して一生のお願いとかいうんだろうなー(あとで本当に言ってた)。
「ええ!?」と目をむく武。ここで家の台所で何か飲んでる詩文の姿が挿入される。西尾家でこんな濡れ衣着せられてるとは思いもよらないんだろうなあ(笑)。

・「だあって、原ってほんとに貧乏なんだもん。お父さんの施設のお金のこととかいろいろ困ってるっていうし」「真っ青な顔して、・・・パパの女に包丁で刺されたりしてるから西尾家としては、断れないじゃない?」 これはなかなか上手く辻褄をあわせたもの。しかも「断れないじゃない?」のところはいかにも大上段にふりかぶる言い方でパパのせいを強調して、文句が出ないようにしています。
「そうだったのかー。だったら早くいってくれよなー」と見事に武も引っかかってしまう。武はふざけて満希子を軽く突き飛ばし、よろけた満希子は「だってパパと冷戦状態だったから言い出せなかったんだもーん」と右手で強く武の体を突き武はちょっとよろける。さっきまでの緊迫ムードから一気に夫婦漫才みたいになってるのは、武の方はゆかりが騙されてなかったことに、満希子の方は大森とのことがバレずに済んだことに安堵したがゆえでしょう。

・「・・・まあ原さんには迷惑かけちゃったしなあ。でも、あの人に貸したんじゃ帰ってこないなあ」「本人は借地権が売れたら返すって言ってるけど、ムリかもねー」。武のほうから「返ってこない」と話を振ってくれたのをいいことにうまく乗っかる満希子。無言で歯をむき唇を引きしめる満希子の顔には、もうこの路線で押し通すんだという決意が見えます。一応心の中で詩文に謝ってはいるんでしょうけどねえ。・・・もう大森が全部自供して700万の行方もバレてしまえ。


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『四つの嘘』(2)-8-2(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:35:13 | 四つの嘘
・満希子と大森はお洒落なブティックで、二人の服を大人買い。もちろん払うのは満希子。時計のときはこんな高いもの受け取れないと遠慮して見せた大森もここでは素直にお金出してもらってるようです。
もし大森が詐欺師じゃなくて満希子を本気で愛する純な学生だったとしても、こんな貢ぎ方してたら相手を堕落させてしまうと思うんですが。相手が自立心の強い気概のある人間ならかえって反発するだろうし。

・夜、高層マンションのキッチンで料理する満希子。大森結構リッチな部屋に住んでるなあと思ったんですが、実はウィークリーマンションだとあとでネリの指摘により発覚。満希子は「ウィークリーでもなんでも、そこが彼とあたしの家なの」と即座に反論してましたが、この時点ではウィークリーと気付いてたんでしょうか。まあウィークリーに住んでる学生は(東大生も)普通にいますし、ウィークリー住まいだから怪しいとは言い切れませんが。

・満希子の手料理で食事をし、フラフープのテレビゲーム(Wii?)に興じて楽しく過ごした満希子は「泊まってっちゃおっかなー」といたずらっぽいようなゆるいような声で口にしますが、「泊まったら、僕我慢できないよ?」とさらっと笑いにじませた口調で言う大森の言葉にやや緊張の面持ちで顔を向ける。もとが堅物だけに一線を越えることに対する抵抗感はいまだ捨てきれない様子です。ラブホの中まで入りながら逃げられた経験のある大森もそこはよくわかっていて、「言ったでしょ、この前は性急だったって。満希子さんのことはもっと大事にしないといけないと思うんだ」と満希子に優しい顔を向ける。
満希子みたいてタイプはなかなか手を出さないくらいの方が誠意があるとか思って信用を深めそうだし、肉体関係を結ばなくても金を引き出すには問題なさそうだし、ということでこの余裕ある態度なんでしょうね。大森の言葉に満希子はほっとしたような、ちょっとがっかりしたようでもある笑顔を返しているので、やはりしばらく焦らすくらいの方が完全に落とすには効果的なようですね。

・西尾家食卓。豪華な手料理が並んだ大森のマンションと対照的にファーストフードの食べかすと汚れた皿がテーブルとシンクに散乱。一人テーブルに武が頬杖をついていると明が入ってきて「どうなってるんだよこの家。塾から帰ってきてもめしもねえのかよ」と足元のごみを蹴飛ばして歩きながら荒れた口をきく。親の金で勉強してご飯を(普段は)用意してもらいながら何をこんなえらそうなんだか。
それにしてもちょっと満希子が留守しただけでこんなに家の中がごみだらけになるものなのか。満希子が泊まりがけでバンクーバーに行ったときは問題なくやってたようなのに。この晩はゆかりもいないとはいえ、武だって洗い物くらいできるはず(前に満希子と竹内まりやデュエットしながらお皿拭いてた)。西尾家の家庭崩壊を視聴者に印象づけるため、いささか汚れっぷりを誇張して描いてみたものでしょう。
このありさまを前に、日頃一人で家事全般を引き受け、家庭としての体裁を維持してくれてた満希子に多少なりとも感謝しようとは誰もしてないらしいのも(主婦の役割を放棄してることへのいらだちはあっても)なかなかひどい話ではあります。

・詩文が一人テレビを見ながら食事してると河野母から電話が掛かってくる。また冬子がらみだろうなと思ってると「冬子ちゃんが、冬子ちゃんが大変なの」と電話口で叫ぶ。今度は何やらかした。
このとき河野母は「すぐタクシーできて!」とわざわざ交通手段まで指図してますが、そういっとかないと貧乏かつ呑気な詩文は電車でゆっくり来るにちがいないとか思ってるんでしょうね。実際詩文は戸惑ったような顔してるものの焦ってる様子はないですし。ちゃんと言われた通りタクシーで乗りつけてはいますが、わざわざタクシーでといった以上、料金は河野母持ちだと確信してるからでしょうね。

・今度の大変の中身は冬子が熱を出して薬を飲ませても熱が下がらないことだった。「あの子よく高熱だすんですよ」「そんな呑気な、ほっといたら死んじゃいますよ」。救急車呼ぶべきかと焦る河野母とそんな大げさなことじゃないと思うんですけどと言う詩文の温度差は、冬子無断外泊のときと同じパターンですね。
部屋で苦しげに寝てる冬子を見舞った詩文は「クーラーのあたりすぎじゃないの?」とまるで心配してなさそうな口調。それでも「杏仁豆腐作ってあげるね」と優しく言い、ロックアイスを入れたビニールを冬子の足元や脇に入れて体を冷やしてやる。熱がある時は体温めるほうがいいんじゃないのと河野母は言ったものの、そういう考え方もありますけど冷やすのもいいんです。あの子はこれでいつも治ってましたからと詩文がいうともう反論しない。「これでいつも治って」たという言葉に冬子を産み育ててきた母親ならではの経験値、時間の積み重ねを感じたからですね。
さらに台所で杏仁豆腐を作る詩文に「熱があるときいつもこれ食べさせてたの?」と尋ね、「はい、冬はくず湯、夏は杏仁豆腐。喉ごしがいいですから」と答えが返ってきたのに、密かに見直したような顔をしてます。喉ごしのよいものという配慮、それもコンビニなどで買ってくるのでなく手作りというところに、娘を放ったらかしにしてると思ってた詩文が案外細やかに子供に手をかけていたのがわかったからですね。

・調理を続けつつ詩文は「結婚、しようかと思うんです」と真顔で切り出す。「えっ」と河野母は驚く。「あなたが ?だ、誰と?」「この前、ご紹介した、歯医者さんと」。驚きはしたものの相手が澤田と知って「あーあー、あの方。そう」「良さそうな方だったわね。見た目もいいし」と河野母も反対するつもりはなさそう。年齢的釣りあいも社会的地位も条件は上々ですからね。これが英児とかだったらさぞ顔しかめたことでしょうが。

・「冬子ちゃんには話したの ?」「いえ、まだです。でも河野さんと冬子には賛成していただかないと、この話は決められないと、思ってました」。きっぱりした笑顔で詩文は言う。戸籍上は冬子はもう娘ではないし一緒に住んでもないので絶対許可を得ないといけないことはないでしょうが、ここは母子の情として娘の許しをもらいたいと考えて当然の局面ですね。
しかし冬子だけでなく河野母にも賛成してもらわないと決められないと思ってたというのは少し意外ではあります。これは冬子の養母としてというより元夫の母親としてということでしょうか。かつて圭史と別れ、河野母いわくそのために再婚する気にもなれないほどの傷を彼の心に残した詩文が再婚することを圭史の母として許せるか、という。河野母ははっきり許すとは言いませんが、詩文の言葉に打ち解けた笑顔になって「案外真っ当なこと考えるのね」と軽くツッコんでるくらいなので、この話を不愉快とは思っていない、実質認めているのがわかります。
「年のせいかだんだんと」と詩文は答えますが、確かにもっと若い頃だったら河野母にも認めてほしいとか、そもそも穏やかな暮らしをしてみたいとさえ思わなかったことでしょう。時が流れ角が取れて、いつのまにかあの河野母ともこうして和やかに話ができるようになっている。年齢を重ねることに焦りを感じていた(求人の幅の狭さを思い知らされたりもした)詩文ですが、年を取るのも悪いことばかりじゃない、そんな風にも思えてきてるんじゃないでしょうか。

・西尾家の朝。食卓に散らかったごみをかたっぱしからごみ袋に入れている満希子。結局大森宅に泊まったんでしょうか。夜のうちに帰ってたら、いかに遅かろうと疲れてようと、主婦たるものその場で大雑把な片付けくらいはやらずにいられないと思うので。

・そんな時大森から携帯に電話が。いそいそと台所に走り(周りに誰もいないようなのになぜ?)電話に出る。「すぐ会えないかな」「助けてほしいんだ」となんだか緊迫した声。「助けてほしい」の台詞についに本性出してくるかと思った視聴者も多かったんじゃないですかね。どうもここまでの話が上手すぎましたから。

・喫茶店?で会う満希子と大森。「700万ないと大変なことになるんだ」とすがるような目つきの大森。さすがに目をむき「700万 ?」と体を乗り出す満希子。何でも仲間とやってるベンチャー企業がピンチだそう。「今すぐ700万ないと会社をつぶさなきゃいけないんだ」「融資の金を佐藤が持って逃げちゃって。それでシステム会社への支払いもできなくって」と言う大森に、「それじゃ警察行かないと」と満希子は言いますが、大森は首を振り「警察より先にお金なんだ、今700万あれば会社も持ちこたえられるから」と700万円即時調達にこだわる。
傍目には怪しさ満点ですが、「どうしよう、どうしたらいいんだ」と泣きそうな声で口元押さえてみたり視線さまよわせたりする大森をしばらく見ていた満希子は、やがて口元を結んで「わかった、700万でいいのね」と切り出す。やっぱりまんまと乗せられちゃったか。
本当に満希子が好きなら彼女から金を引き出すなんてみっともないこと、(最終的にはそうするしか仕方なくても)もっと躊躇しそうなものだろう、と思ってたら、「こんなみっともないこと頼めるの満希子さんしかいないんだ」と好きだからこそ頼めるという方向性にしっかりフォローを入れてきた。さすがに抜かりがない。「700万ないと大変」というだけではっきり自分の方から「700万貸してくれ」と切り出さず満希子の方から言わせたあたりも実に巧妙。あとになって返せといわれても「貸してとは一言も言ってない、くれたお金じゃないの?」と開き直れますからね(後でお金受け取るシーンでは明日借用書を作るといってますがそれも本当に作るんだかどうか)。

・いったん家に帰り、通帳と印鑑を持ち出した満希子は、紙袋を抱えて急ぎ足でビル街の階段を下り、下で待ってた大森に封筒を渡す。「ありがとう」「間に合う ?」「これからすぐシステムの方に渡す。借用書は明日作るから」「いいのよそんなの」といったやりとりの後に、大森は「この問題が片付いたら一緒に暮らそう」と真顔で言う。さすがに固まる満希子。
こないだは家族を傷つけないようにうんぬん言ってたはずなのに、と思ってたら「西尾家には迷惑かけないって言ったけど、もうムリだよ、こんなに深くかかわりあってしまったし」と、これまた視聴者のツッコミに応えるようなフォローを入れてきた。満希子は彼の目を見たまま小さく何度もうなずく。さすがに700万も持ち出したとあっては、もう恋愛“ごっこ”の範疇にはいられない。家族か彼かを選択する覚悟をしなくてはならない。今大森に言われるまではただ煽られるままに焦ってただけでそこまでの覚悟はなかったんでしょうけど、700万渡してしまった自分自身の行為によって背中を押された格好ですね。
しかし「会社も一緒にやっていこう、ぼくと満希子さんならできるよ」と大森は耳に心地よいことをいいますが、佐藤以外のメンバーはどうするんだよ。ちゃんと話を聞けば穴だらけなのわかるはずなんですけどねえ。

・詩文堂のカウンターで本を読んでた詩文は、満希子からの電話で「ブッキです。私離婚することにしたから」といきなり切り出される。「えっ!?」 さすがの詩文も本気で驚いた様子。「好きな人がいるの。原も知ってる人」。目をぐるっとさまよわせあきれた風情の詩文。
相手が大森なのはもうわかりきってるでしょうが、ついこの間自分は決して他の男によろめいたりしないとさんざん主張していた満希子が「好きな人がいるの」。どんな急展開のもと自身の不倫を公開する気になったのか、気にならないわけないですね。

・以前と同じレストランでネリも含め三人で会う。「うちの商売のこともあるから離婚には時間かかるかもしれないけど。とりあえず一緒に暮らそうっていうから」「彼のマンションで。御茶ノ水から本郷に抜けるところにあるでしょ。シティプラザって」「ウイークリーでもなんでも、そこが彼とあたしの家なの」。満希子の話に詩文は疑惑の目を向けている。
「シテイプラザの305」と話の流れで部屋番まで教える満希子に「305でどうやって食べていくの」とネリも冷ややかな調子。満希子は少しむっとした顔で「彼が卒業するまではあたしの蓄えでやってくわ。私も彼の会社で働くし」「会社よ。ベンチャー。あたしも700万出資したし」。700万と聞いて詩文が目をむく。まあ誰だって怪しいと思いますよねこんな話。しかし「あたしの蓄えでやってくわ」って、大森の経済力・経営能力を結局信用してないんじゃあ。

・「ちょっと大丈夫なの700万も出しちゃって」というネリに「だってうちキャッシュで5000万あるし、仏壇だってひとつ何百万もするものがいくつもあるし」と満希子はいう。それは店の財産だろう。他の男と一緒になろうという女がそれを当てにしようというのが図々しいです。
しかし満希子は自分名義の貯金てのは全くないんですかね。いかに社会で働いた経験がないとはいっても、亡き両親が彼女名義でお金残してくれたりしてないのか。

・「そういうことじゃなくてあたしたちが心配してるのは」、と言い聞かせるように語るネリ。「あたしたち」と詩文も数に入れてるのは確認するまでもなく詩文でも誰でも心配・不信に思って当然の話だからでしょう。百歩譲って詐欺じゃないとしてもベンチャー、IT企業なんていかにも軽薄に時流に乗っかっちゃいましたみたいな会社(しかも学生が経営者)の将来性なんて危ういもの。とっとと倒産して700万円は無駄になる可能性が大と考えるのが自然ですね。
しかし満希子はネリの言葉をさえぎり「わかってるわよー。夫には女がいるんだし、子供たちだってあたしを必要としてないんだから。あの家と商売の権利手渡したら何にも問題ないでしょ」と全く別のことを答える。ネリたちが問題にしてるのは満希子が出て行ったあとの西尾家の状態ではなく、家族を捨てて怪しげな男について行こうとしてる満希子の先行きのほうだというのに。
話の通じなさにもはや言葉なくした感じで二人はしばし黙ってしまいますが、思うにこの満希子の問題のはきちがえっぷりは「あたしを必要としてない」と言いつつ、内心では自分がいなければ西尾家は立ち行かないと思っているからなのでは。だからこそネリたちも西尾家のことが心配になるんだと解釈してるんじゃないですかね。

・グラスを置いた詩文は「いつ出したの700万」「今日」「出資してくれって言われたの ?」。詩文の問いに無言であいまいにうなずいてみせる満希子。「振込先は?」「手渡した」「あのさ受け取りとかその領収書とかは」「明日借用書書くって」。ふーんと疑いの目もあらわな詩文。出資といいながら借用書では話がおかしいですからね。そのへん満希子は気付いてないんでしょうか。さすがにその700万がなかったら今日倒産していたとはみっともなくて言えなかったんでしょうけど、「穴埋めに貸した」を「出資」と偽ったあとをちゃんと言い繕えてない。満希子の社会経験のなさがもろに露呈してる感じです。
とはいえほとんど尋問のような詩文の質問に満希子は文句つけるでもなく一つ一つ答えている。心の底ではやはり満希子も大森の話に不審感を拭えずにいて、その不安が問われるままに結構突っ込んだ内情まで語る行為として表れてるように思えます。もともと満希子は「自分ひとりじゃ抱えきれない」と詩文やネリにやたらべらべらいろんなこと、普通なら秘密にしておこうとするようなことまで喋りまくる傾向があった。この満希子のおしゃべり癖こそは大森最大の誤算だったんじゃないかと思います。彼女が700万渡したことのみならずウィークリーの部屋番まで友人にバラしたせいで、最終的には逮捕されるに至るんですから。

・肩すくめて「もう行かなきゃ」という詩文。振り返らずさっさと出て行く彼女を見送った満希子はひそひそ声で「面白くなさそうな顔してた原」「私が幸せなのが気に食わないのよ。美波のときだってそれで河野さんに手え出したんだもの」などという。だったら詩文に連絡しなきゃいいのに。しかも前にも大森がらみで相談があると呼び出そうとした経験があるのに。
まあおそらくは満希子の無意識が危険を感じていて、詩文なら有効な助言・行動を取ってくれるような予感があるゆえに、自分でも不思議に思いつつ連絡を取ってしまうということなんじゃ。実際単身305号室に乗り込むという詩文の驚くべき行動力がなかったらどんなことになってたかわかりませんからね。

・話すうちにはっと息のんで「彼にも手出すかも」と詩文が去ったほうを振り返る満希子。あきれ顔のネリは「高校時代と今はちがうわよ」とたしなめるが「わからないわよ原は病気だもん」と一言。いくら詩文が手を出そうとしても大森が受け付けなければそれまでなんですが、大森も存外信用ないですね。

・呆れかえってるネリに満希子は「ネリは恋をしたことがないからわかんないのよ」と暴言を。「恋をしたことがない」と何を根拠に行ってるんだか。そもそも何を勝ち誇ってるんだかなあ。さすがにネリむっとしたような表情で「若い男との恋か・・・・」と呟く。そして自身の呟きをきっかけに英児との出会いからのことを思い返す。こうやって英児の行動と言葉があらためて紹介されると大森と比べて男らしさが際立ちますねえ。
英児の記憶につい涙ぐんで口押さえるネリに満希子は「どうしたの」と驚く。ナプキン?を口にあてまだ涙声のネリは「あたしはずっと仕事だけだったから。でもブッキの気持ちわかるよ」と満希子を見て親身な声で言う。自分も年下の男と恋をしたとは言わないんですね。
満希子とは対照的に詩文もネリも恋愛に限らす自身のことをべらべらしゃべったりはしない。とくにネリにとって英児とのことは終わって間もない、自分の中で整理がついてないうえ大切な記憶でもあるから、満希子への対抗意識みたいな形で軽々しく口にしたくないんでしょうね。

・「たとえ失敗しても、お金損しても、好きなように生きたもの勝ちだよね」としゃくりあげながらネリは言い、本式に泣き出してしまう。きっかけはなんだかアレですが、やっと英児と別れた辛さを素直に涙に変えられたのはネリにはいい機会だったのかも。
最初はもらい泣きしかけてた満希子が「失敗しないから、わたし」と睨むようなじとっとした目になってるのは、ネリが「お金損しても」と700万円は無駄になる前提で話してるからでしょう。そして詩文とちがってネリが結局は満希子の恋を応援するような姿勢になったのは、将来性は危ういにしても積極的に満希子からお金を搾取しようとしてる詐欺師とまでは思ってないからですね。

・ウイークリーマンションの305号室。チャイムの音に大森がドアを開けるとぽつんと詩文が立っている。戸惑ったような大森に「700万、返してもらいにきたわ」と詩文は無表情に言い放つ。
ふっと笑って「何のことですか?」という大森に「言ったはずよ。嘘とほんとの見分けもつかないような人を、傷つけないでって」と静かな怒りを感じさせる口調で詩文は言う。しかし一人で乗り込むとはさすがに大胆すぎます。相手は男だし悪いやつだと分かっているのに。実際あとでかなり危ない目に会うことになります。

・大森は部屋の中をちらっと見てからドアを大きく開けて「まあ入ってください」とキザな立ち方で言う。このあたりでそろそろ視聴者に対しては地金を出してきてる感じです。部屋の中をいったん見たのも中に誰かいる、満希子が詩文より早くたどりついてるはずはないので、おそらくは悪い仲間が潜んでるんじゃないかと思わせます。

・大股にためらいなく部屋へ入っていく詩文。扉を自分で開けて中へ通ると、大森は後ろ手にその扉を閉める。詩文の退路を断つような動き。さっそく危険な空気が漂っています。「ここに住んでるって嘘でしょ」「こんなものですよ男の部屋なんて」「だますなら心の体力のある若い子にしてよ。ブッキは最初からお金目当てだって知ったら生きてられないわよ」。後半少しかすれる声に詩文の激しい怒りが感じられる。
しかし「最初からお金目当てだって知った」あとも満希子はしゃあしゃあと生きのびて普通に家庭生活に戻っていった。面倒な部分は一切詩文に押しつけて。ここは詩文も満希子の「心の体力」、おばさんの図太さをいささか甘く見積もった感があります。詩文は家族こそ最後まで守ろうとしたものの、世間的な体面や地位や名誉や、そういうものには捉われることなくこれまで生きてきた。だから捨てられないものが多い人間の、それらにしがみつく力の強さを実感をもって想像できないのかもしれません。

・詩文の言葉に大森は真顔で「西尾さんとは、本気です」と言う。この期に及んでまだ満希子を騙してはいないと主張する大森の姿に、ひょっとして本当なのかな?と一瞬引っ掛かりそうになってしまった(苦笑)。さすがに詩文はそんな芝居はひっかからず「・・・なめんじゃないわよ大人を!」と一喝。
この時チャイムが鳴り、大森がドアのレンズから見ると満希子が立っている。思い込みの激しい満希子のことだから下手したら二人が密会して一気に修羅場かもと想像してたら、大森は変に隠しだてしようとせずすぐにドアを大きく開いて、「満希子さんの友達がきていいがかりつけるんだよ」と詩文がここにいること、無効が勝手に押しかけてきたのであって自分にやましい点は何もないことをごく短い言葉でさくっと釈明してのけた。しかも親にチクる子供のような口調で理不尽にいじめられてる感まで出してみせるという。やっぱり性質悪いですね。
とはいえ「いいがかり」の内容についてはさすがにはっきり言わなかった(詩文は自分が満希子をお金目当てで騙してると主張してる、なんて言ったらせっかく自分を信用してる満希子の心に疑いの種を蒔くことになる)ために、満希子は自分のいいように(もともと不安がってた内容そのままに)解釈して大騒ぎすることになるんですが。

・玄関に立った満希子は「原・・・」と呆然と呟き、詩文は無表情に見返してから顔そらす。満希子は怒りの形相で乗り込み目の前に立って、「この人は、むかし友達の彼氏を横取りした恐ろしい女なの。だまされないで」と詩文を見据えたまま大森に説明する。大森は横の満希子を見る。「人のものが盗みたいだけなのよこの人は。あなたのことが好きなわけじゃないの。男の人から見たらいい女かもしれないけど、お願いだからだまされないで」。
大森は詩文に言いがかりをつけられたと訴えたのに、言いがかりの内容が何なのか尋ねるかわりに、詩文が大森を誘惑した前提で「騙されないで」とくりかえしている。要は自分の思うことを一方的に押し付けてるだけで、大森を好きだといいながら彼の気持ちの強さを信じてもなければ、彼の話をちゃんと聞いてさえいない。おばちゃんにはありがちな傾向とはいえ・・・他人の言葉を理解できない、コミュニケーションが成り立たないという点ですごく孤独な人なのかも。家庭で孤立した格好になったのも満希子が夫や子供の思いを無視してる自覚もないままに無視しまくった結果だったし。

・さすがに詩文は「だまされてるのは、ブッキなのよ!」と言って満希子を見つめますが、満希子は「お願い」とバッグを床におろして「この人を奪わないで」と大森の腕にすがる。さらには「私の最後の恋を横取りしないで!」と涙まじりの声で叫ぶ満希子を放心したように見つめる詩文。全く話が通じない。これじゃあ助けようにも助けられない、という愕然たる思いが詩文の表情から伝わってきます。そんな詩文の思いなど考えもせずに「なんでもするから、私から大森先生をとらないで」満希子はかきくどく。
大森は眉根寄せて悲しげな表情でうつむき加減にしている。目下彼は満希子に、詩文に誘惑され浮気しかかったかのごとく「言いがかり」をつけられてるわけですが、それについて何も釈明せず黙っているのは、はっきり言って何言っても無駄だから、満希子の思い込みに(幸い自分を責める方向には向いてないので)適当に話をあわせといた方がいいという判断ですね。

・「原が邪魔さえしなかったら、あたしきっと幸せになれる。」「なってみせるから邪魔しないで、一生のお願いだから、お願い、原」と頭を下げる満希子。しばらく無表情に見降ろしていた詩文はついに力なく「わかったわ」と答える。詩文が足早に出て行ったあと、大森と満希子はどちらからともなく硬く抱き合う。二人の幸せを乱す悪魔をついに追い払って結束を高めた、とでもいうような光景です。
「離婚届をうちにおいてきたわ」と満希子はバッグから封筒を取り出し現金の束2つをテーブルの上におく。「これが西尾家のたくわえの四分の一。二人の子と夫にあとの四分の三は残してきたけど」。自分で稼いだお金でもないのにこの図々しさには唖然とします。4人家族だから一人四分の一ずつという計算なんでしょうが。
「このお金で、あなたの会社を立て直して。一から出直しましょう。二人で」。真剣な目で聞いていた大森は満希子を抱き寄せ、二人は濃厚なキス。そのまま床に押し倒す。満希子はうっとりと目を閉じてなされるがまま。さすがにここまでくれば満希子も拒否モードには入りませんでしたね。詩文の存在がかえって完全に迷いを押し流したというか。

・うっとりしたまま目を開けた満希子は、はっと息を呑み目を見開く。なんと大森の学友三人、金持って逃げたはずの佐藤までがにやにやしながら満希子を見下ろしている。やはり大森がくわせ者だったことがついに確定した瞬間です。しかしこのタイミングで三人が出てきたってことは、もう最初っから輪姦にいくつもりだったわけですか。
頼む前から家の財産の4分の1持ってくるような満希子なんだから、しばらくは大森と二人でママゴトのように暮らしながら金を吸い上げてく方向でもよかったんでは。とくに大森は今までのように自分個人に貢がせたほうが大金を独り占めできるはずなのに。そうはさせじと仲間たちが早めに参入してきちゃったんですかね。あるいは完全に満希子を手にいれたうえは、もうあんな女と一日たりとも恋人の振りなんかしたくないという大森の意向があったのか。

・いきなりBGMがテンポの速いものに変わり一気にサスペンスムードに。一度足早にマンションを出た詩文はまた足早に引き返してくる。今満希子の身に迫りつつある危機を敏感に察知したものか。あれだけ親切心をむげにされ一方的に言われたにもかかわらず、まだ満希子を助けようとする詩文の女気には驚きます。
ためらわず305号室のチャイムを押し、部屋の中に乗り込むもののリビングのドアを開けても誰もいない。寝室の中も無人。唖然として「ブッキ・・・」と詩文は呟く。詩文はすぐに引き返したわけですから入れ違いに出て行った可能性はかなり低いですからね。

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『四つの嘘』(2)-8-1(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:18:46 | 四つの嘘
〈第八回〉

・左腕の怪我のことを大森に聞かれて、刺されたの包丁で、とっても痛かったと答える詩文。英児も澤田も何も触れなかった詩文の包帯について心配そうに口にするあたり、やはり如才ないですね。
とはいえ「刺された」と言ってるのにさほど驚いた様子でもなく、「それは、なんでまた」と淡々とした口調で重ねて聞く姿は、内心はどうでもいいと思ってるんだろうなという感じがしないでもない。

・詩文はそれには答えず、このへんの本屋って昔の三分の一も残ってないのよとさらりと話題を変える。そこから詩文の家も本屋だという話に発展し、「来てみる?」と正面向いたままの笑顔で詩文は誘う。といっても手を繋ぐでもなくただ並んで歩いてるだけなので、特別な関係ではないらしい。今から落とすという気配もないし、やはり前回ラストの怪しげな雰囲気はただのミスリードだった模様。道で偶然出会って何となく一緒に歩いてたってだけなんですかね。

・詩文堂。少しの間本や家庭教師の仕事についての世間話をしたあと、カウンターでしばし見つめ合う二人。戸惑ったような顔の大森に「やっぱりうそつきね」と詩文は笑顔のままだけどちょっと投げやりな調子で言う。
大森はちょっと笑って「ぼく、うそつきですか?」と問いかける。詩文のちょっとぎょっとするような発言に対する大森の反応は常に人の良いお坊ちゃんならかくもあろうという感じで、決してボロを出さないのはその若さを思うと見事なものというか先が恐ろしいというか。

・そして詩文は「じゃあひとつお願い」ときょとんと真顔になる大森に「ほんとと嘘の見分けもつかない人を、傷つけないで」と真剣な顔で言う。「なんのことですか?」と相変わらずボロを出さない大森に詩文は訳知りな笑顔を作ってみせる。
この発言からすると、詩文はこの言葉を言いたいがために大森と二人になり、ここまで連れても来たらしい。大森に手もなく騙されてしまってる満希子を守るために。あれだけ身勝手でさんざん迷惑掛けられ通しの満希子に対してよくそんな親切心を発揮できるものだと感心してしまいます。しかしこんな詐欺師に家の所在地を知らせてしまっていいんですかね。あとで単身大森の部屋に乗り込む場面といい、ちょっと無防備すぎる気がするんですが。

・紙袋を膝に乗せて街中のベンチ?に座っている満希子。携帯が鳴り、急いで携帯開けると大森からのメール。「講義終わった。今どこ?」。詩文といたと言わないあたり、やはりうそつきですね。

・顔をあわせるなり「この間は、すみませんでした」といきなり頭を90度近く下げる大森。「いいの、私こそ」「僕が、性急でした。反省してます」。ここでぐっと真剣な男っぽい表情になって「もう満希子さんを、困らせたりしませんから」。満希子は軽く俯いたまま唇の端を心もち上げた、笑顔まで行かない微妙な表情に。
「よかった、もう会ってくれないかと思った」とはにかんだような嬉しそうな笑顔を見せる大森に笑顔で首を振ると、ちょっと早いけどと言いながら紙袋をぐっと差し出して大森の胸に押しつける。「お誕生日おめでとう」と言われて驚いたような顔の大森。もともと誕生日を口実に(本当にその日が誕生日なのかあやしいもの)満希子を呼び出し、こないだの失点を取り戻しつつさらに関係を詰めようと算段してたら、満希子の方からその前に呼び出してきたうえ、もう誕生日プレゼントまで用意済みという性急さ。これはかなり熱が上がってるぞしめしめとか思ってそうです。

・洒落たレストランで時計をつけてみる大森。「すてき、よく似合うわ」と喜ぶ満希子にこんな高いものを、受け取れませんと遠慮がちに言う。
しかし満希子は「もう大人なんだから身に着けるものは一流のものでないと」「これから私がスタイリストになってあげる」などと笑顔で告げる。家の金を全部つぎ込むつもりだろうか。自分で稼いだわけでもないのになあ。

・「いや?」と笑顔のまま聞かれた大森は少し慌てたように「いえ、これから先のことを考えていたんです」と真面目な顔で。西尾家の平和を乱すようなことはしちゃいけないから、と言う大森の言葉に満希子は顔を曇らせる。
これは家庭の平和を乱すことを怖れてるというより、すでに平和が失われてしまったことを思い起こして悲しい気持ちになったのでしょう。まあ引き金を引いたのは満希子なわけですが。大森の台詞に夫が君子の存在を隠していたのも西尾家の平和を乱すまいとしたから、家族を大事に思ったゆえだったんだと考えたりもしてなさそうです。

・「これからも、ときどきこうして会いたい」と時計した左手で満希子の右手を握る大森。「先のことはわからないけど、いけるところまでいこう。いいだろ?」と真剣な顔と声。随所で敬語を省いてきますね。「いけるところまで・・?」と呆然としたような顔で繰り返す満希子。そこへ「ブッキ、あなたもわかったでしょう?不倫がいいとか悪いとかいうことではないの。やむなき思いというものが人にはあるのです」と美波のナレーション。
手を握ったままの二人の姿が画面ごと左に傾いていく。「だけどいくところまでいくって、どこにいくんでしょう」と美波の声が重なるあたりで画面は完全に逆さまに。二人の関係の不安定さを暗示するような演出。「それは天国?地獄?ちょっと心配」という箇所でほぼ一回転して元に戻りますが、これも最終的には巡り巡って(満希子が)元の鞘に収まることを示唆しているのかも。

・一人詩文堂のカウンターで文庫本を読んでる詩文。何とか言いながら店なかなか閉めませんね。どうせ客もろくに来ないのだし、完全に閉店してしまえば詩文もフルタイムで働けるし(西尾仏具店は週3回だけなので他の日は別の仕事するとか)、借地権も売って小さなアパートに移るとかすればもっと生活が楽になるでしょうに。冬子の養育費の問題は解決しても、施設にいる父にはお金が掛かり続けているわけですし。
ひょっとして澤田と結婚すれば彼のお金で店が続けられるという目論見があるから閉店を引き伸ばしてるんでょうか。

・澤田来訪。店の中を覗くようにしてから扉を性急に開けて「お邪魔します」と入ってくる。詩文も少し驚いてますが、男物の下着のことで気まずくなったきりだったし、あれで終わりと思ってたんでしょうか。
澤田はカウンターに足早に近づき「11時の患者のキャンセルが出たので。もう一度ちゃんと話し合いたいと思って、来ました」と決心を感じさせる声で言う。服もちゃんとしたスーツ姿。かなり真剣な話し合いを澤田が望んでる、こないだの経緯からいってショックは受けたもののやはり詩文を諦められず折れてきたんじゃないかと見当がつきます。

・だから、あの、と澤田が何か言いかけているのに、詩文は何も言わず奥へ入ってしまう。顔あげて詩文がいないのに気付いた澤田は「あれ ?」とちょっと間抜けな声に。すると奥から「どうぞ~、お茶入れます」と気のない感じの詩文の声が聞こえる。
相変わらず詩文は澤田に好意をもってるのか持ってないのか判然としない。澤田も詩文の内心を読めないままいいように振り回されてる感じです。

・中へ通り居間のちゃぶ台前に正座する澤田。「先日は失礼な態度をとってしまって申し訳ありません」と軽く頭下げる。「あれからいろいろ考えたんですが、あなたは独身なんだから男性がいてもおかしくないし、それにあの洗濯物をみて勝手にショックを受けてしまったのは僕の勝手で、あなたを責めるようなことではないと遅まきながら認識しました」。
きっぱりした言い方にこの人の生真面目さが出ています。その分押して自分にそう言い聞かせてるようにも聞こえちゃいますが。この長台詞の間、詩文は何を言い出す気なんだろうみたいな表情で、顔を伏せ気味にときどき澤田の顔をうかがいながら耳を傾けている。そして澤田の台詞に対する返事は「はあ」。目を左右に小刻みにさ迷わせてるあたりもいかにも困惑してる感じです。いまだにあの下着について釈明しませんしね。

・前置きを終えて「つまり、あなたとやっぱり付き合いたいのです」。詩文にぐっと向き直って力強く宣言。詩文は無表情で絶句。「あの洗濯物の持ち主との関係を清算していただけないでしょうか」「そしてこの店を閉めラブホテルの仕事もやめてこの僕の妻になってくれませんか」。
澤田は一息に力強く言い切りますが、詩文はさほど驚いた顔でもなく、むしろ何言ってんだくらいの表情で目をちょっとパチパチさせている。澤田の方は一世一代の告白だったんでしょうが詩文の反応はどうにも薄い。まあさして間をおかずプロボーズを受ける気持ちになってるので決して嫌がってるわけではなく、“詩文に男がいると誤解してショック”から一足飛びに(誤解したままなのにもかかわらず)プロポーズしてきたことに呆気に取られすぎてるだけなんでしょう。
英児は言葉で多くを語るタイプでまるでなかったから、他人と自分自身を納得させるのに多くの言葉を費やす澤田流に免疫がなくなってたんじゃないですかね(圭史は基本澤田タイプだったろうと思います。学歴が高いほど理に走りがちというか)。少し後で「・・・何も、しないの?」と澤田に聞くのも“身体で語ろうとはしない”ことへの当惑の表れなのでは。

・「返事は今でなくて結構です。とはいってもあんまり若くありませんので早ければ早いほうがありがたいですが」「それでもし OKということになれば、すぐにでも籍を入れたいと思っています」。ほぼ一方的に語りきった澤田は今もってぽかんとしてる詩文の様子にさすがに少し不安になったか「なんか質問はありますか?」と尋ねる。このへんいかにもお医者が患者に対するごとくでちょっと微笑ましいです。

・そして詩文の質問内容は「・・・それだけ?」。「はい・・・私のお願いはそれだけです」「・・・何も、しないの?」 少し間があってから澤田は少し身を乗り出すように「・・・いいんですか」と期待する感じの声に。こないだ洗濯機の前で抱きつこうとしたくらいで結構むっつりスケベではあるんですよねこの人。
すると詩文はいたずらな笑顔になって「うそ」。澤田はがっかりしたような顔で詩文を見る。けれど詩文が微笑んで「結婚のことは、考えておきます」と言うと澤田も笑顔になって「そうですかー」と安堵したように笑って席を立つ。詩文的には素直に自分を欲しがってくれる男の方が扱いなれてるし、正直な分信用できる気になるんでしょうね。澤田がその気になりかけたら笑顔を見せ、いつものペースを取り戻したのはそういうことだと思います。澤田を見送ったあとの詩文が何か考え込んでるようながらどこか楽しげなのも、澤田のバカ正直ぽい態度に総体としては好感を持った証拠でしょう。

・大学の門を入ったところ。並んで歩きながら「ここがぼくの大学」と大森は満希子に紹介。向こうから歩いてきた男子学生たちが声をかけてきたのに大森も手をあげて応じる。「親戚のおばさんてことにしといて」という満希子に素直にうなずくがちょっと不敵な笑顔。
まずは満希子に一緒にベンチャーをやっている仲間だといって左から順に男たちを紹介。ついで「西尾満希子さん。僕の彼女だ」と不敵な笑顔で宣言するのに満希子が笑顔固まったままの顔で大森のほう見る。驚きすぎてすぐに表情が切り替わらないというか。表情からして恋人だと言う気だろうなーと思ったら案の定でした。そもそも不倫相手を大学に連れてくるとは大胆な。まあ年上の恋人ってだけで人妻とまでは言ってないわけですが、二人の年齢差に男たちもさすがに声を失う。
大森は動じず「僕ら IT企業のポータルサイトの開発をやってるんだ」と満希子に説明。「へえ~みんな東大生じゃないの ?それで会社やってるの?」と品よく驚いた感じの(よそゆきな)声を出す満希子。はいとさわやかに同意する三人に「すごいわねえ~」と素直に感心する。実際アメリカあたりじゃ大学生でベンチャー企業やってる人間は珍しくないし、日本でも近年は少しずつ学生ベンチャーが増えてきている。まして東大生なら確かにありそうな感じではある。まさにそこを突いた詐欺だったわけですが。

・ネリに左手を診察してもらった詩文が治療室を出ると外に福山が立っている。一礼して通り過ぎようとする詩文におずおずと「灰谷先生は?」と尋ねてくる。「中にいますけど」「そうですか」とごく大人しい会話があって詩文はそのまま立ち去る。
入れ違いにちょうどドアが開いて出てきたネリに「ちょっとお時間いただけないでしょうか」と焦り気味の声で迫る福山。「話の続きがまだあるんですけど」「聞きたくないわ」「そこをなんとか」「もういいわ、わたしを恨んで嫌がらせしたってことでしょ」。廊下の真ん中なのに普通の声の大きさで喋るネリ。別段誰かに聞かせよう、それによって福山を牽制しようという意図があるわけじゃないんでしょうけど、話が耳に入ったか詩文がちらっと振り返ってます。
詩文は先日左手怪我した直後に診療した研修医だと覚えてるでしょうか。ネリから彼が何をやらかしたかは(そもそも脅迫状に始まる嫌がらせの数々の存在自体)聞いてないんでしょうが、詩文のことだから会話の断片、二人の雰囲気だけでも何か不穏なものを察していそう。そのわりに足は止めないんですけど。

・事務室で札束を勘定してた武は手を止めて顔をこわばらせる。その後居間?で伝票をチェックして頭を押さえる。明らかに満希子が勝手に持ち出した分のお金が足りない件ですね。
そんな父にダイニングで座っているゆかりが「ママと離婚したら?」と唐突に切り出す。「何言ってんだ」と慌てる武に「・・・あたしさ、芸能プロダクションからデビューする気ないかって言われてるんだ」「歌手になったらパパと明くらい食べさせてあげられるよ?」 ゆかりのこの発言からすると、離婚した場合出て行くことになるのはもともと婿養子の武の方、それが当然の帰結だと娘にも思われてるわけですね。
婿養子とはいえ仏具店の経営を支えてきたのはあくまで武なんだろうし、西尾家の5000万だかの蓄えも満希子の親から受け継いだものばかりでなく多くは武の働きにより生み出されたものでしょう。離婚となれば浮気した弱みがある分満希子に慰謝料を払うことにはなるでしょうが、西尾仏具店の権利や財産について何の主張もできないもんですかね?
ともあれゆかりは離婚の結果武が無一文で追い出されることになったとしても、このリッチな家と母親より自分が稼いででも父親の方を取るつもりでいる。父がよそに女を作ってることは満希子の暴露で知ってるはずなのに、そのことは一切責めようとせず完全に父親の味方についている。父が好きだからというより、バイトの職種が気に入らないからと自分の人間性まで頭ごなしに完全否定した満希子への反感によるものでしょうが。
自称「家族のためだけに生きてきた」満希子の方が、愛人のいる武より子供たちに疎まれている――自業自得とはいえいささか悲しい事実ではあります。一方愛人からも娘からも“自分が養ってあげる”と言ってもらえる武は(生活能力にあまり期待されてない点で情けなくもあるものの)結構な幸せ者なんでは。

・「普通に大学行ったってその先どうしていいかわかんないし。だったらこのままデビューしちゃおっかなーって」。軽い調子の声と笑顔で言うゆかりを「そんなに甘い世界じゃないだろ芸能界って」と武は苦笑気味にたしなめたものの、「自分でお金稼げないとママみたいになっちゃうもん」と少し子供っぽい表情で口にするゆかりに言葉を失う。
そもそもゆかりがメイドのバイトを始めた動機も、おそらくは歌・踊りや接客が好きだったというより給料がよかったというのが一番にあり、自分でお金を稼ぐことを重要視する根底にはただの小遣い欲しさのみならず、自分でお金を稼いでない、それゆえ視野も狭く、夫や子供に精神的にどっぷり依存している(家族のために生きるとはつまりそういうこと)母親への軽蔑の念があるのでは。満希子は「ゆかりがなんでそんなことになったのか」と言いましたが、“ダメな母親を軽蔑してるから”がファイナルアンサーだと思います。

・立ち上がって手に持った鉢を使いながら「私の彼は左きき」を歌い踊ってみせるゆかり。それに対して上からやってきた明が「うるせえ」と乱暴にゆかりに言う。「かりかりするなよ。おまえのほうがうるさいよ」とたしなめる武をすごい目つきで睨みつけ、思わず武はたじろぐ。明は洗いかごに伏せてあったカップを床に叩きつけて出て行く。ゆかりは「なあにあれ?」と怒りあきれた顔。
ゆかりは父の浮気には無反応でしたが明の方はまだ中学生、微妙な時期だけに許せない気持ちになってるんでしょうか(こういうのは通常女の子の方がより反発するもんですが)。あるいは息子は娘よりも母親べったりになりがちなので(家庭教師つけてほしいと頼むあたりまでは普通に仲良さそうだった)、満希子がおかしくなったのは父親と姉のせいだと思って二人に反発してるんでしょうか(明が投げたカップを武が無言で拾いあげてる表情には自分のせいだと思ってる節が感じられます)。おそらく明自身も自分の心理がよくわからないままにいらだっているんじゃないでしょうか。

・自室のベッドの上で手帳の今日の欄に「行けるところまで行こうと、あの人は行った」などと書きつける満希子。ちょっと丸文字なのが女学生っぽい。手帳に書くとこといい文章の感じといい、いかにも美波の真似してる感があります。満希子の恋がどうも“恋愛ごっこ”ぽく見えるのはこういうとろ。恋への憧れをそのままなぞってる感じというか。手帳を見返すときのうっとりした表情も美波の手帳を見て妄想に浸ってたときと変わらないし(“ごっこ”だからこそ、二人の将来を本気で思い悩んだり家族に申し訳なくて顔も見られなかったり、という部分が希薄なのでしょう)。
普通なら相手のあることだからそうそう思い描く通りのロマンティック展開にはなってくれないんですが、大森が満希子の恋愛願望を満たすように演技を重ねてくれてるおかげでいい夢見させてもらってますね。

・満希子の部屋の外にそっと近付く誰かの足。「もしもし、金庫から、お金出しましたか?」とやたら丁寧にドア越しに尋ねるのは武。どれだけ立場弱くなってるんだ。「お金が200万ほど足りないんだけど」と続ける武に、満希子は手帳を閉じてドアのそばまで行くとドア越しに「あなたの愛人に、手切れ金として200万渡しました」「受け取りましたよお、あっさりと」と顔色一つ変えず言い放つ。愕然とする武に「男よりお金がいいみたいでした」と意地の悪いイントネーションで追い打ちをかけ、つんとドアから離れる。
武はしばしドアの前に呆然と佇み、やがて壁に体もたせるようにしながら去っていく。武のショックの理由は、自分が武を養うとまで言った君子があっさり金を受け取ったことなのか、満希子か勝手に金を持ち出したとわかっても愛人のことを盾に取られたら何も文句を言えない、今後とも逆らえないだろう自分の立場を思い知らされたことなのか。

・夜、帰宅したネリが玄関のドアを閉めようとすると男物の靴がいきなり割り込んで扉が閉まるのを防ぐ。案の定福山。話を聞いてくださいと勢いこむ福山に目をむいたネりは、中へ逃げながら携帯を取り出し110と押した画面を見せたうえで帰らないと警察にかけると脅す。行動の素早さ的確さは空き巣事件に鍛えられただけあります。
「変なことしたらボタン押すから!」と叫ぶと「じゃあここで」と福山は大人しく玄関先に膝をついて座りこみ、メガネを外す。この人ここぞの時は必ずメガネ外すんですが何の意図なんでしょう。

・「好きです!灰谷先生」。搾り出すように、しかしはっきり言い切る福山。ネリは驚いた顔を見せず、何言ってんだ的表情で福山を睨んだまま。「先生は脳外科医としてもすごいし、女性としても超魅力的です」。超なんて俗っぽい言い方が福山らしくなくて、かえって彼の必死さを伝えています。素直に玄関先にさっと座り込んだところといい、なんかユーモラスというかちょっと可愛げさえ感じさせます。
一方、「あたしを恨んでんでしょ?」と少し体を縦に揺らしながら勇気ふりしぼる感じで言葉を押し出すネリも、そのために声のトーンがなんか子供っぽくなっててこれまた可愛い印象です。

・「嫌いだ嫌いだ大っ嫌いだって思って先生のこと見てるうちに・・・気が付いたら好きになってました」。ちょっと泣きそうな顔で告げる福山。何だそりゃ。「何いってんのよー」とネリが突っ込むのも無理もない。福山自身「自分でも変だと思うんですが」と前置きして「でも好きだという気持ちは本当です」と告げる。
一見無茶苦茶なようですが、嫌いだと思い続けるということは絶えず相手を意識してるということで、結果嫌いが好きに置き換わるというのはありえそうな気がします。原作でもネリの医大時代のエピソードとしてこれに似た話(彼女に痴漢行為を働いたとおぼしき上級生をずっと睨みつけているうちに、いつのまにか好きになってしまった)が登場しています。

・「救急処置室の前で髪の毛をアップにするときの手つき」。以下ネリの魅力的なポイントを並べ立てる福山。ちょっと変わってるんじゃというポイントが多いですが、とりあえず本気で好き感は非常に伝わってきます。「ぼくを叱るときの眉間のしわ」というときなどちょっとマゾ的な喜びが顔にも声にも表れてますし。しかし魅力ポイントをあげるたびにネリは微妙に顔をひきつらせる。本人的には微妙であろう部分ばっかり褒めてますからね。
ついに「バカにしないでよ」と怒ると「バカになんかしてません。・・・人生とはそういう不条理なものだと夏目漱石もいっています」。ここでいきなり漱石が出るか。何か、だんだんどこか抜けた感じの福山が憎めなくなってきました。

・「あなたナースの宮部さんと付き合ってるんでしょ」とのネリの言葉に、初めて福山が困ったようにちょっと目を伏せる。ネリにこれだけ好きっぷりをアピールしても他に女がいるんじゃ説得力がさっぱりですからね。「・・・あれは、なぜそうなったのかわかりませんが・・・先生がやめろとおっしゃるならやめます」。言い訳を述べるうちにふっきれてきたのか、後半はネリを正面から見て力強く言い切る。「決めました。宮部とはきっっぱり別れます」。まさに「きっっぱり」くらいな響きの完全なる断言口調。
まあもともと福山の方は大して宮部を好きそうには見えない、おそらく宮部の方が東都大首席卒業で将来有望だし見た目も結構いいしといった理由で猛アタックかけてなしくずし的に付き合うことになったんだろうなとは思ってたので、宮部に未練ゼロでも全然意外ではありませんが。
すっかり別れる気満々になってしまった福山に「やめろなんていってないわよ」とネリは困惑し「別れないで」とお願いまでしてしまう。宮部と別れたら本格的に自分の方にアプローチしてくるに決まってますからね。このへんちょっとコントみたいで可笑しいです。仮にも空き巣犯人と一対一で対決してる場面なのに、英児の家での初対決時の緊迫感は全然ないもんなあ。

・「どうしたらお詫びできるんでしょうか」と力強く言いつつも俯く福山を見て、携帯を閉じて靴箱の上に置き、靴を脱ぐネリ。そういえば土足のままでしたね。しばらく福山の様子を見ていて、さすがにもう危険性はないだろうと警戒を解いたのが一連の動作でわかります。

・「簡単におわびできることじゃないわよ」と呆れたような口調で言うネリ。「院長に犯人は僕だと話します」という福山に「そんなことしたらクビになるわよあなた」とずんずん近寄りながら本気で心配してるような声音で言う。ひとまず警戒を解いたことで、いつも病院で話してるときのような上司らしい、指導者的スタンスに切り替わったのが如実に表れています。
言葉を失いうつむく福山を見下ろして「よく考えてから物言いなさい。秀才なんでしょ」と叱る口調もいつものネリそのものですし。「先生を好きになってから、頭がちょっと・・・」と上目使いに見る福山を「人のせいにしない!」と叱り飛ばし、それに福山が素直に「はい」と答えて俯くのも、すっかりネリ主導になっていてユーモラス。

・「あなたが職を失って私が教授選に復活できたらいいけど、なにがあってももうあたしには目がないわ」「何でですか」「そういう社会だから」。そんなこともわからないのかという顔で福山を見下ろしながら、ネリは「腕のある男の医者ならあんなメールくらいじゃつぶれなかったと思うわ」「でも女はだめ。わたしは女だからあなたの復讐に負けたのよ」と溜息まじりの声で説明する。
説明されないとピンとこないのは福山がバカ(学校秀才ではあっても、社会での身の処し方や他人の感情を読むことにおいてはバカ)だからではなく、男というだけで社会的に有利であるゆえに、女が必然的に背負わされるハンデを実感できないからですね。「すみません」と俯いたままの福山に「そういう社会の中でえらくなってもねってこのごろ思うのよ」と穏やかな声でネリは言う。諭すような調子ではありますが、これまで福山にも院内の誰にも語ってこなかったろう愚痴めいた本音の言葉、自分の弱い部分をちらりと見せています。「許したわけじゃないけどもういいって言ってんの」とネリは福山を追い返しますが、彼に弱音を吐いて見せたことがある意味許しのようなものだと思います。

・ネリからもういいから帰れと言われた福山は「先生!」といきなり前のめりに体起こしてくる。ネリは悲鳴上げて後ろへ飛びすさって倒れる。さすがにストーカー野郎相手に油断しすぎたか。そのまま這って後ろへ逃げかけると、福山は「帰ります」と何事もなかったかのようにメガネをかけ直しカバンを持って立ち上がる。そして「好きだって言えて、ほっとしました」と裏返り気味の声で告げる。この状態でほっとしたって。さらに「本当に先生のことが好きです。一生ついてゆきたいと思っています」と熱のこもった声で宣言し、「お邪魔しました」と礼儀正しく頭を下げて出ていく。
なんというかこの人テンションの上がり下がり(「先生!」→「帰ります」)が常識的感覚とずれてて、無駄に他人を驚かすんですよね。「ほっとし」てしまうところもずれてるし。まあいろいろと変な奴なのは間違いないですがいわゆる悪人ではない。その方が逆に性質悪いって気もしますが。ともあれ福山が去ったあと安堵の声?とともに弾かれたように立ち上がり玄関に走って鍵をかけたネリには、警戒する気持ちは残ってるものの少しときめいてるような雰囲気がないでもない。英児にはあんな熱烈に(熱烈じゃなくても)愛を語られたことなんてないですからね。

・翌日?まだ薄暗いうちにネリは英児のアパートへ。和室に小走りに入ると万年床は片付けられ荷物もなくなってる。遠からず別れ(彼が旅立つ形での)の日が来るのは予期してたでしょうからネリはそう驚きはしないものの辛そうに部屋を見回す。すると壁にネリあてのメモが。
「灰谷先生へ。お世話になりました。先生は先生らしく生きてください。おれはおれらしく生きるから。さようなら。英児」。飾りのない短い文章がいかにも英児らしい。言葉つきが敬語なのも先生呼びも最後まで二人か恋人にはなりえなかった象徴のようで寂しいものがあります。でもこれは英児なりの精一杯のネリへの誠意と感謝を示したものに違いないでしょう。

・その頃、英児はバッグを肩にかけて大型バスに乗り込む。携帯が鳴りネリの名前が表示されるが、椅子に体を沈めた英児はしばらく画面を見つめたあと、鳴るに任せてそのまま放置する。英児の部屋の窓辺に座ってコールし続けるネリと電話に出ることも切ることもせず窓枠に頬杖ついたままの英児をかわるがわるカメラが映す。
電話に出るでもなく切るでもないどっちつかずの態度は優柔不断とも思えますが、電話に出る=彼女を受け入れることはできない(英児にとってはメモを書き残した時点で全てが終わっている)とわかったうえで、電話を切る=完全な拒絶もしなかったのは、今の彼がネリに示すことのできる最大限の優しさなのだと思います。この時の、遠く夢見るような無表情に近い表情を浮かべた英児の横顔が本当に綺麗です。そして英児はついに鳴り続ける携帯を手に取って何かしら操作する。彼がネリにどう対するのか、ちょっとドキドキする場面です。

・洗い物を山ほど抱えてラブホテルの事務室に戻ってきた詩文は、携帯が鳴ってるのに気付く。見れば「パナマに発つ。落ち着いたら住所を連絡する。来る気になったら来て欲しい」という英児からのメールが。先のシーンで英児が携帯を取り上げたのはネリの電話に出るため(あるいは切るため)ではなく、詩文にメールするためだったとここでわかります。
ネリからの必死のラブコールを受けながら、それに応えるかわりに詩文にメールする。ネリの知らないことながら、英児がネリではなく詩文を選んだことをこのうえない鮮やかさで示している。とはいえ電話で話すのでなく一方的に気持ちを伝えるメールにしたあたりは、詩文堂で「生きるのよ」と言われた時点でもう詩文とは終わったものと覚悟している、それでもまだ諦めきれずに相手の反応・選択に委ねる形で最後の悪あがきをしたのだと感じさせます(「来る気になったら来て欲しい」というのも相手の選択に全面的に委ねる表現)。もしかして英児にこの「悪あがき」を決意させたのは、繰り返し電話を鳴らし続けるネリの執着の強さだったんでしょうか。

・詩文はしばらくそのメールを見つめ、ホテルの帰り道にも心で英児の名を呼びながら、笑顔のようなぼんやりしてるような表情で歩く。脳裏に浮かぶのは英児に髪を洗ってもらっている光景(こんな洗面台があの英児のアパートにあったのか。アングルと光の当てかたで美容院並みの綺麗さに見えてるだけですかね)。意外にも優しい手つき。こうしてみると髪を洗ってもらうという行為には、何となくエロティックなものがありますね。英児の表情がとても穏やかで綺麗だからなおさら。他にも英児に頭なでてもらったり、水槽に詩文がえさやったり。奪い合うことしかできない関係だったと詩文は言ってましたが、こんな優しい思い出もちゃんとあったんですね。
今までは英児との思い出といえばリングにたって戦う英児の姿や二人激しく抱き合う姿ばかり思い出してきた詩文が、英児が命がけでボクサーに復帰すべく旅立った直後に、こんな優しい思い出ばかりを思い浮かべている。彼女の心が澤田に言われた穏やかな暮らしに傾いている証であり、詩文の中で英児との日々が綺麗な過去にもはや変わってゆきつつあることを示しているようでもあります。

・クラクションの音に詩文が足を止めると「おはよう」と澤田が車から声をかける。気の抜けた声で詩文もおはようと返す。「迎えに来ようと思ったんだけど寝坊しちゃって」という澤田にちょっと微笑んで「今日も暑くなりそうねー」と目を細め空を見る。それから澤田に視線を合わすと、彼は真剣な目で詩文を見つめている。詩文も無言で彼を見つめる。
ただ見つめあうだけ、その前の会話は「寝坊しちゃって」「今日も暑くなりそうね」という色気のない内容ながら、二人の間に決定的な何かがこれから起こることを予感させます。英児がネリの電話を取らず詩文にメールしたのと同様、英児に改めてパナマに来てほしいと誘われた直後に澤田と寝たことは、英児を捨て澤田を取ろうという詩文の決心を感じさせます

・詩文の家の和室。布団も敷かず畳の上で抱き合う詩文と澤田。黒いセクシー下着で上になる詩文。縁側の軒先にいくつも吊るされた風鈴がちりんちりんと音を立てる様子が、二人の色事の間に何度も挿入される。
さまざまな風鈴の色や形、音色には和の情緒が満ちていて、こんなベッドシーンの演出もあるんだと唸らされました。最後を晴れ渡る青空で締めるのも日本の夏の風情があって美しい。

・服を着て並んで横たわる二人(詩文は上は下着)。「あー一日分のエネルギー使っちゃった感じだなー」と虚脱した声を出す澤田に「体力ないのね、先生」と無表情な声でキツい事を言う詩文。相手は中年(数歳上くらい?)なのだから、英児みたいな20代の肉体派と比べては気の毒というものです。しかし詩文も夜勤明けなのにまあ元気なこと。

・そこへ表の戸が開く音がしてネリが来訪。状況がアレだけに「どーしよー」とだるそうに声を出しながらも、詩文はあーとうめきながら体を起こし服を着て応対に出る。そこまで早い時間じゃないはずなのに、ネリが開口一番「ごめん起こしちゃった ?」と聞いているのは、いかにも眠そうな、もしくは寝乱れた感じだったんでしょうね。

・「英児がいないの。居場所知らない?」 知らないと詩文が答えるとネリは天を仰いでため息をつく。外国に行ってボクサーとして出直そうかなって言ったことがあったけどそんなことしたら死んじゃう、本気なら止めなきゃと詩文の顔を見て真剣な顔でネリは言いますが、「止めようもないじゃない。どこ行ったかわからないなら」と詩文は薄く笑う。実際には詩文は英児がパナマに行くことを知っているし、具体的な住所も遠からず知らされてくるはずなのにそれをネリに告げようとはしない。
ネリには言わなかった行き先を詩文には教え一緒に来てほしいと願いさえした、その事実を知らせることがネリを傷つけるのを危惧したのが一つ、英児の言う通り英児とネリは生きる世界が違うのだからこれを機会にそれぞれの道を進むべき、そのためにネリがパナマに飛んで英児の夢を妨げたり自分のキャリアに傷をつけたりしてはいけないと思ったのがもう一つの理由かと思います。
自分がパナマに誘われたことはおくびにも出さず、「男が死んでもやりたいことがあるっていうんならもう止められないよ」「どんなに心配したって英児の人生は英児のものだもの」「遠くから祈るのも、愛情だったりしない?」とどこまでも綺麗な言葉でネリの恋が美しい形で終われるように仕向ける――一見好き勝手に生きてるようで(だからこそ?)詩文は意外なほど優しいんですよね。

・ネリが帰ったあと、再び横たわったままの澤田の横に寝転ぶ詩文。寝転んだまま話を聞いていた澤田は「友達 ?みんな元気だなあー。君も、君の友達も。」と虚脱したような声で言う。「そうねー、41にもなって男のことでじたばたしてるの、あんまりいないかも」「じたばた、してるんですか。詩文さんも」「先生と一緒になったらじたばたしないで暮らせるんでしょ?」 横になったまま上目使いで澤田を見る詩文にはいくぶん甘えるような色が。澤田が「ええ」と微笑むと詩文も破顔する。
まだ正式にプロポーズに返事してないものの、この時点で詩文は完全に澤田との結婚を決めてますね。ネリが来たのを機会に起きるのでなくもう一度彼の隣りに横になるのは一緒にゆったりした時間を過ごしたい気持ちがあるからでしょうし、それ以外でも表情のいちいちが彼を全面的に受け入れてる感じです。
一方の澤田は詩文の問いに「ええ」と答えてはいるものの、「元気だなー」という言い方にも、もう少し前の「あー一日分のエネルギー使っちゃった感じだなー」にも、この女のバイタリティにはついていけないかもという不安を感じてる気配がうっすら表れていて、二人の将来にちょっと暗雲の兆しが。

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『四つの嘘』(2)-7-2(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:15:51 | 四つの嘘
・焼肉屋。にぎやかに盛り上がるネリグループ。しかし宮部は右隣の福山の袖引っ張って「帰ろうよ」と不満げな声。ネリ中心の集まりなのが気に入らないのか。福山はもうすぐ会計するからとなだめ「またあのケーキ買ってってやるからさ」なんて言ってみせたりする。意外にちゃんと付き合っている感じの発言。宮部がほぼ一方的に引っ付いてる関係なのかと思ってました。

・あまり元気ない表情のネリは「浜田山ロール?あれ飽きた」という宮部の声にふと反応する。正面のネリが看護婦のほう上目遣いに見る。福山が会計のために立ったときにネリが「今浜田山ロールの話してた?」「彼よく買ってきてくれるの?」と宮部に尋ねると「最近飽きるほど」とほんとにうんざりした声で返事をする。
ネリが浜田山ロールに反応したのは英児のアパートが浜田山の駅近くにある、馴染みの地名が出たからですね。ネリは「ふーん」と笑顔でうなづいたものの何か感づくところがあったらしく表情が険しくなる。福山が最近浜田山にしょっちゅう行ってるということは英児の家の近くまで来てるということ。ネリは英児のアパートそばでは特につけられてる気配を感じたことなかったようですが、英児とのツーショット写真もたくさん撮られてるので犯人がアパート近辺をうろついてたのは明白。福山への疑いが胸にきざしてきたわけですね。

・励ます会がお開きになったあとネリは英児のアパートへ。「おれといても、先生は幸せになれねえよ」という英児の言葉がよみがえりドアを開けるのを一瞬躊躇し、やはり開けようとしたところで後ろから「いくな」と緊迫したと同時に微妙に切なげな声とともに左肩をつかまれる。「帰ろう、先生」。
手を振り払うようにばっと振り返ったネリは福山の姿を認める。「福山くん。あなただったのね」。さほど驚いた様子がないのにやはり大方彼が犯人と察していたのがわかります。バックに電車の通過音がしているのが緊迫感を高めています。しかし福山はあのまま宮部と一緒に帰ったんじゃなかったんですね。宮部の「帰ろうよ」は今夜は一緒に過ごしそうな雰囲気だったんですが。

・恐怖のゆえかちょっと泣きそうな顔になりながら部屋の中に入ったネリは。「英児、英児」と切羽詰まった様子で呼ぶが返事はない。「さっき出ていきましたよ」と福山に言われてはっと振り返るネリ。
福山の方が先に来ていて、英児が留守にするのも見届けたうえでネリの前に姿をあらわしたわけだ。ボクサーを相手にするんじゃ分が悪すぎですからね。それだけ計画的行動であり、もはや正体を隠すことをやめた福山がネリをどうするつもりなのか恐ろしくなってきます。

・「なんであんなことしたの。あたしに何の恨みがあるのよ!」と叫ぶネリに「先生が僕を認めないからだ。東都医大で6年間主席を貫いた僕に、先生はみんなの前で恥をかかせた」。いかにもこれまで随所で示したきた福山のキャラらしい幼児的変質者的動機です。声が微妙にヒステリックに震えてるのも彼の精神的ヤバさを表しています。

・「だから教授選に出られないようにしたの?」「先生が悪いんです」「え?」「ボクサーなんかと付き合うから」。意味がわからない様子のネリに向かって「医者がこんなところに泊まっちゃいけない!」と叫ぶなり玄関先の物をいきなり払い落とす。「先生はこの部屋に寝起きするような人種ではありません」。
何だか少し風向きがおかしくなってきました。医者がボクサーと付き合うのが許せない、医者であるネリがボクサーとつきあったりすると医者全体の価値が下がるとでもいうんでしょうか?まあこれ後から思えば同じ医者である自分と付き合え、ネリが好きだという意味だったんでしょうけど。

・一歩一歩近づいてくる福山に「出てって」と言うネリ。右手を伸ばして「一緒に帰りましょう?」と言い、体を堅くするネリに悲しげな表情の濃くなる福山。逃げ場のない部屋の中で一対一、相手はほとんど変質者だけにどう考えてもネリが不利。
しかしネリが福山の肩越しに視線をやって「英児 ?」と声にすると、福山は振り向きそのまま急ぎ足に逃げていってしまう。この直後本当に英児が帰ってきますが、ネリの位置からそれが見えたとは思えないので、これは福山を追い払うためのとっさの機転だったのでは。福山がすぐ逃げ出さなくてもはっと振り向いた瞬間にそのへんの物で殴りつけるとかつきとばして自分が外に逃げるとかの選択肢が広がりますから。英児とのボクシングトレーニングの中で培われたテクニックなのかもしれませんね。
それにしてもここまで追いつめながらあっさり逃げ出す福山のヘタレっぷり。やっぱり英児とやりあうのは怖いのか。腕っ節で絶対勝てないとわかっているからボクサーみたいな肉体派が嫌いなのかも。英児が入院したときも意識の戻った英児が暴れるかもと脅えてましたからね。

・部屋から逃げた福山はちょうど階段を上ってくる英児とすれ違う。いぶかしげに福山を振り向くがさほど気にとめずそのまま歩く英児。部屋に入り何かただならぬ気配を感じたか、ガラス戸越しに居間を覗き、部屋中央にネリがくず折れるところを見る。
英児はまたいぶかしげな顔になったものの、すぐに飛び込んで介抱しようとはしない。ネリが単に(先日自分が拒絶したことで)精神的ショックから部屋に来て泣いてるとでも思ったんでしょうか。今擦れ違った男が例の空き巣+脅迫状の犯人で、たった今この部屋の中で襲われかけてたなんてさすがに気付けないでしょうし。

・日中横断歩道を渡る詩文。少し歩いたところ (詩文堂?)で立っている英児を見て驚く。英児は静かに「話があるんだ」。昨日の夜から待っていたと聞いて言葉をなくす詩文。一晩待ち続けるとはよほどの用事であり、それだけ詩文に執着がある証拠ですから。
しかし昨日の夜というのはネリが英児の部屋で襲われかけた夜のことでしょうか。とするともしかして英児はあのままネリに声をかけずまた家を出てそのまま詩文のところへ来たのかも?だとすれば英児がネリでなく詩文を選んだことがこのうえなくはっきり示された行為だと言えます。

・詩文堂の中。「おれとパナマに行ってくれ!」といきなり切り出した英児に驚きの顔でゆっくり振り向く詩文。「もう一度リングに立つ。」「死ぬわよ?」「やるだけやれば死んでもいい」。しばし沈黙が落ちる。この場合「死」は比喩的な意味ではなく文字通りの命がけなわけですから。
「おれと一緒に滅びてもいいっていっただろ」「ボクサーのおれならいいんだろ?おれは死ぬまでボクサーでいる。だから、おれと一緒にパナマに行ってくれ」。自分を生かそうとする、ともに生きようとするネリよりも一緒に死んでくれる詩文を選ぶ。死と隣り合わせの道を走ることが自分にとっては生きることになるのだと覚悟を定めきった英児は、無駄を殺ぎ落とした一種凄絶な美しさを帯びています。

・「英児と一緒に仲良く滅んでいきたかった。・・・ちょっと前まではね」「でも、今は少し違うの」「リングに上がるのは華やかかもしれないし、刺激的で生きてるって感じがするのわかるわ。でも・・・人生はそれだけじゃないのよ。地道な生活の中にもきっと素敵なことはあるわ」。詩文とも思えないまともな台詞、と思ったら英児もまた「フミらしくねえな」と少しとがった声を出す。
詩文の考えを変えさせたのは何か。考えられるのは詩文に穏やかな暮らしを勧めた澤田の言葉と父や澤田としばしドライブを楽しんだ「穏やかな」時間。澤田が言ったように人間は変化するもの。ここ最近の自分の周囲、父や冬子、満希子やネリの状況の変わりっぷりを見てもそれはわかる。そして詩文自身が多くのプレッシャーを背負わされる中で穏やかさを求める気持ちを感じ始めている。ならば自分と似ている英児だって変われる余地はあるんじゃないか。若いからこそがむしゃらに夢にしがみついてしまう一面、若いからこそ柔軟に変化を受け入れ新しい人生を始めることもできる。そういう意味をこめて「英児は死ぬには若すぎる」と続けたんじゃないでしょうか。

・「灰谷先生が悲しむわ」という詩文に「灰谷先生はいい人だ。だけど、おれとは合わねえ」「先生はおれが珍しかっただけだ。医学部の教授になるような人だぜ、違いすぎる。何話していいかわかんねえよ」と英児はいう。違いすぎる、というあたり期せずして福山と英児の見解は一致してますね。
ネリがダメなら一緒に成長できるような若い女の子と人生考え直しなさいよとあくまで拒絶を貫く詩文を「フミじゃないとだめなんだ」と強引に抱きしめさらにキスするが、唇を放した英児は詩文の激さない冷たい表情に何も言えなくなる。そして詩文は「生きるのよ・・・」とかすれる声で小さくいってから上目使いに英児じっと見る。一緒に滅んでくれる女を求めて詩文のもとに来た英児にとっては、これが最大の拒絶の言葉ですね。
失意のままに一人歩道を歩き去る英児の後ろ姿をカメラは追う。そして途中で足を止めて下(川 ?)を物思わしげに見る憂いに満ちた横顔がアップに。この時の顔が何ともいえず哀しく美しい。この表情一つだけでも勝地くんを英児役に起用した甲斐があるというものです。

・一人部屋にたたずみ、英児との思い出、ボクシングの試合や台所で抱き合ったことなどを思い返す詩文。何かをぐっとこらえてるような表情になったと思ったら、泣き出すかわりにぐーっと伸びをしてそのまま部屋の畳にひっくり返る。こうやって視聴者の予想を外す、妙にあっけらかんと振る舞うところが詩文のしぶとさですね。

・外から帰ってくるなり足早に店の事務室に入る満希子。金庫から札束を無造作に取り出しバッグに入れて何も言わず足早に出ていく。従業員の男があわてて立ちあがり引き止めたそうな顔をするが相手が奥様だけに何も言えず。
この人も西尾夫婦の空気がおかしいことには気がついているでしょう。その結果やけを起こしたらしい奥さんが勝手に店の金を持ち出している――従業員としては店の将来を危ぶみたくなるような状況ですね。なんだか自慢の「三代続いた老舗」を満希子が一人で潰しそうな勢いなんですが。

・先には高さのあまりためらった高級時計を購入する満希子。プレゼントなんできれいに包んでといって例の札束をばんと出す。「・・・これで」。決意の目で店員を見る。大きな買い物をするという意味の決意だけでなく、家庭を(気持ちのうえで)捨てて大森を取るという決意も篭められています。

・プレゼントの紙袋を持っていそいそと道を早足でゆく満希子は笑顔で携帯を取り出す。「少し早いけど、お誕生日のプレゼントを渡したいの。今から会えないかしら?」と大森にメール送る。空に向けて「送信!」と一声。ずいぶん元気じゃん。
夫の浮気騒ぎのあった夜に浴室で大森のメールにデレてたように、夫と子供の身勝手に傷つけられた悲劇のヒロインという顔をしてたかと思うと、大森がらみだとあっという間に元気になるんですよねえ。ヒロインになれれば何でもいいのかな。詩文とは別の意味で満希子もしぶとい女です。

・道でメールを読んだ大森はすぐ携帯をポケットにしまい踵返して走る。そして道の端に日傘差して立ってる女性の後ろ姿に「すみません」と声をかける。振り向いたのは詩文。ここで振り向く動作にあわせて回る日傘をやけに大げさにカメラが捉える。そして詩文が悪女の笑みで「メール、満希子から?」と尋ねると、大森も肯定するようなちょっと癖のある笑顔を見せて「行きましょうか」という。
満希子に返信を送ろうともしないその様子といい、大森のあとについて歩く詩文が彼の左腕に右手をからませてニヤリと笑うところといい、いかにも二人の間に何かありそうな雰囲気をこれでもかと演出しています。
詩文は英児を振ったと思ったら嘘つきよばわりにしてた大森ともうできてしまったのか。大森はあれだけ満希子に接近しておきながら詩文の魔性にあっさり靡いてしまったのか。あまりに出来てるムードが濃厚すぎてかえってミスリードなんじゃないかとの疑いをも視聴者に抱かせながら次回へと引っ張ります。

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『四つの嘘』(2)-7-1(注・ネタバレしてます)

2012-09-10 06:04:51 | 四つの嘘
〈第七回〉

・君子の部屋のリビング。ずっと泣き通しの満希子はしゃくりあげながら「いつからなの」。聞き取れなったのか何も答えない武たちに詩文が「・・・いつからなのって聞いてるんじゃないですか?」と通訳。
泣き崩れる満希子の言葉を「彼女が、どういう人かって」「そんなに長い長いことあたしを裏切ってたのかって」と次々通訳してくれる詩文に「なんでわかるの?」と武が尋ねると「こういうときに本妻さんがいうことってだいたい決まってますから」と詩文は薄く微笑んで言う。
満希子がいきなり顔をあげて「あやまりなさいよ。笑ってないで。二人ともあやまりなさい!」と叫ぶ。ちゃんと喋れるんじゃないか。そもそも詩文しか笑ってないような気がしますが。

・僕が悪い、と座ったままきっぱり頭深く下げる武。満希子は君子を睨み、君子はちょっと視線そらしながら「あたしは・・・悪いことをしたと思っていません」と無表情に言う。武は驚いて君子を横目に見つめ、さしもの詩文も驚いた顔。愛人という立場からも満希子の逆上ぶりをなだめる意味からも、武のようにとにかく謝りまくるのがこういう場合の定石でしょうから。
この後もまるで反省の色なく「武さんを好きになる気持ちは止められませんでした」「経済的には自立していますのでお金の迷惑はかけていませんし」とまったくの棒読み口調と無表情で話し続けるところは一種迫力があって怖いようでもあります。

・「開きなおらないでよ。あなたはこの人が結婚してるのを承知で近づいてきたんでしょ」と逆上する満希子に「やめなさいキミちゃん!いや、満希子」と思わず名前を間違えてしまう武。満希子は一瞬口をあんぐりと開けて、ひどい・・・ひどい・・・と怒りに震えながら隣の詩文の左肩にすがる。詩文もさすがにあきれ顔。
「ごめん気が動転してるもんだから。ごめん満希子」と武は懸命に謝りますが、これは絶対まちがえちゃいけない局面ですね。浮気発覚の原因が武が愛人あてのメールを間違えて満希子に送信したことだと詩文が知ったら、さらに呆れかえるでしょうね。

・「私も一度結婚に失敗してるのでもうだれとも結婚したいとは思っていません」と言いながらも、武と別れると約束するどころか「・・・何もいりませんからときどき武さんと過ごすことを許していただけませんでしょうか」と当然のように言う君子。
あのダンナのどこがそんなにいいんだか正直理解に苦しみます。これほど腹の座った女にしてみれば、おろおろと妻に謝ってばかりの武など実につまらない男に思えてきそうなもんですが。

・「あんた・・・なんなのこの人」とあっけに取られた満希子はついに「原、なんとかいってよ」と詩文に助勢を頼みますが、詩文はしばらく黙ってから「みんなで仲良くすれば ?それもひとつの選択肢じゃないの?」「一夫一婦制っていうのも正直無理あると思うのよ」と言い出す。まあ詩文ならそういうでしょうね。
しかし満希子はなお激昂して「原って魔性の愛人体質だからこの人の味方するのよ」とヒステリックに叫ぶ。無理に呼び出して面倒事に付き合わせたあげく、自分が望んだように振る舞ってくれないとこの発言。わがままにも程があるというもの。さすがに武が「失礼じゃないか一緒に来てくれた方に」と(立場も忘れて)たしなめています。特に武は詩文を雇うと決めたときに満希子がさんざん詩文を女の敵、世の中の害毒のように罵るのを聞いてますから、あれだけ悪し様に言った相手を旦那の浮気調査などという込み入った話に引っ張り出した満希子の裏表の激しさに唖然としたことでしょう。

・さすがに頭にきたのか「じゃあ聞くけど、本妻のブッキだって誰かに心が揺れるときだってあるんじゃないの?」と突っ込む詩文。「ありません!」「ほんとう?」「ありません失礼な」「だれにもお?」。最後は甘え口調でちょっと意地悪く。それでも「ありません!」ときっぱり満希子ははねつける。
これ案外空っとぼけてるのではなくて今は本気でそんな気持ちになってるのかも。自分に都合悪いことはそのつど忘れられる体質というか。ここで詩文が電車とラブホで大森とのアバンチュールを目撃したことをバラしてたらどう反応したんだろうか。

・難しい手術を終えた直後のネリは院長にねぎらいの言葉をかけられるが、その後「いろいろ考えたんだがねえ、もう少しうちの病院で働いてくれないか」と切り出される。「教授選をやめろということですか」とネリは少しとがった声になり「院長はあんな噂お信じになるんですか」と冷ややかに言う。「信じる信じないではない、これはもうスキャンダルだよ!」と院長もきつい声になって「この人はうちの患者だったそうだね」と、ネリと英児を隠し撮りした写真(複数)を見せて強く突っ込んでくる。
「・・・普通の恋愛です」とネリは釈明するものの、先に根も葉もない噂、心当たりなどないと言い切ってしまってるだけにどうにも分が悪い。「医大の教授になるには品格が必要なんだよ!」と言い捨てて出て行く院長を結局は静かな無念の表情で見送ることに。まずはタレコミメール、間をおいてから証拠写真、という犯人のやり口が実に巧妙です。最初から写真出されてればネリも保身のため嘘をつこうとはしなかったでしょうから。

・再び君子宅。「離婚は絶対にしませんから」と満希子は断言し、「この人が身一つであなたのところに走ったとしても、西尾の家を離れたらこの人は仕事も失うんです」「実家のお寺はお兄さんが継いでますから帰るところもないし」。武が満希子をじろっと見ますが、婿養子の弱い立場につけこむような言い方への反感が現れています。
普段は夫を立てるような顔をしていても何かのときにはこうやって家付き娘であることを振りかざすのは今に始まったことじゃないんでしょう。自分では仏壇屋の業務などろくろくやってないんだろうし、本当に武がいなくなったら後を満希子が切り盛りできるとはとても思えませんが。正直この妻と長く一緒に暮らしてたら、そりゃガス抜きに浮気の一つや二つしたくなるだろうと思わざるをえません。
言い募る満希子を詩文が横目で見るのは、詩文も満希子の言い草に反感を感じてるからでしょうね。「帰るところもないし」の後に「そしたらあなたお寿司も食べられませんよ」とさも重大事のように付け加えるあたりはなんかユーモラスですが。

・武が離婚して失職しても「あたしが養います」とさらっという君子に満希子も武まで少し驚いた顔。君子の職業はスタイリストで、雑誌のファッションページをいくつか持ってるそう。詩文は「へーえ」と感心したようなどうでもいいような声で応じてますが、満希子にとっては皆が憧れるような横文字商売で若くして複数の連載をも確保してる“できる女”となれば、自分は外で働いたことがない、個人の経済力はない女だけに穏やかではいられない。「あなたはゆかりや明と別れられるの?」と子供の方に話をスライドさせるのは、経済力に絡む話は自分に不利と見たからでしょうね。

・「あのー、あたし、そろそろ仕事行かないといけないんで」。一礼する詩文に「すみませんとんでもないことになって」と頭下げようとする武。立ちかける詩文に満希子が「逃げないで!」と膝押さえる。「逃げる」ってなんだ。詩文は何も悪いことしちゃいないだろうに。あげく「どうしてみんなそんなに勝手なの!」「あたしはまだこの人に聞きたいことがあるの、だから原はここにいて」。詩文の都合というものはまるで考えてない。勝手なのはどっちなんだという話です。
詩文もさすがにいらだった声で「ご主人が彼女のことをブッキに隠してたってことは、ブッキのことも大事だってことじゃないの!?」と満希子を責める。これは一面の真実だと思います。満希子自身だって夫や子供たちのことも大事だから大森とのことを(まだ不倫じゃないと満希子は言うでしょうが)隠してるわけなんですし。

・さらに「他の女に夫の目が向くってことは妻にも責任があると思うわよ」と詩文に言われ、第一回で久々に再会した時に詩文が言った言葉を思い出したらしい満希子は、詩文が美波から圭史を奪ったことについて「美波が魅力がなくなったからだって原は言ったけど、あのときの美波とあたしは違うわよ、あたしはこの人の妻なんだから」と断言する。
正妻である以上自分は法的にも認められた存在であり、夫の違背行為を責める正当な権利があるという主張ですが、これは相当情けない発言ではある。法や権利を盾に取って自身の立場をアピールするということは、逆にいえば自分個人の中身―人間として女としての魅力では勝負できないと認めたことになるわけですから。夫の浮気に際してこういうこと自信満々に言い放つ女性は多そうですけどね。
法的権利を主張することで戸籍上の妻の座は守れるかもしれませんがそれは夫の心を取り戻すことには繋がらない。ただ夫婦という形式が保たれるに過ぎない。詩文が去り際に「妻の座よりも大事なものがあるはずよ」と言ったのも、心が通わないまま形ばかりの夫婦であることの空しさを指摘し、満希子がすべきは法律にのっとって夫を責め立てることではなく、愛人に目が向かなくなるくらい夫を惹き付けるような魅力的な女になることだ、という意味ですね。

・これらのやりとりを受けて、これまで無表情だった君子は、にわかに冷ややかな目で武に「美波って誰?」と問い掛ける。何も言わず目を伏せる武。「だあれ?」と癖のある微笑みでもう一度聞いても「いいんだよ、それは」と武は答えない。美波の話は君子にはまったく関係ないうえ、うかつに説明を始めると満希子と詩文の対立を激化させそうですからね。
しかし君子は武を睨み、いきなり立ち上がり台所へ行ったと思ったら、突然包丁かざして声をあげて武に襲いかかる。勢いあまってソファに突っ込むも振り返りざま「美波ってだれよー!」。思いがけない展開に全員絶句。このあとは鬼女の形相で包丁を振り回す君子と彼女から逃げ回る三人とのドタバタがしばし続く一種のコメディ展開に。廊下まで阿鼻叫喚の声が響き渡るオチなどは完全にギャグですね。君子がここまで人形のごとき無表情かつ抑揚のない声だったのは、この激昂シーンとのコントラストのためだったんですねえ。
しかし表面はクールを保てること経済力があることなどの違いはあれど、人の話の聞かなさ、激昂して包丁を持ち出す極端な行動、嫉妬深さなどにおいて君子は満希子とよく似ている。武が満希子にキミちゃんと呼びかけてしまったりメールを送り間違えたりとしばしば二人を混同するのも実はそれゆえなのでは。妻で満たされないからこその愛人の存在だろうに、妻と同じタイプの女を選んでしまうとは。結局は満希子を愛している証拠のようにも思えます。

・ネリの病院の救急診察室で左手の怪我を治療してもらう詩文。結局この浮気騒ぎに直接関係ない詩文だけが怪我を負うという理不尽な結末に。さすがにいくばくかの責任を感じるのか満希子もそばについてますが。血のついたたくさんのガーゼを見ながら自分も痛そうな顔してます。
直接手当てに当たってるのは福山ですが、「じゃあまず局部麻酔からはじめましょうか」と言って「縫わないなら必要ないんじゃないの」と宮部に指摘され「そうか」とあっさり認めたり、詩文の手を取って無感情な声で「どうしよう」と言ったり。こんな医者いやだ。いかに研修医とはいえこの程度の怪我の手当ても満足にできないものなんでしょうか。宮部の指摘の声が恋人に対するには妙にとがってるのも、福山の不甲斐なさにいらっときてるゆえでは。

・福山の体たらくに満希子がいらだった声で「あの!灰谷先生はまだなんでしょうか」とヒステリックに言う。しばし無言で満希子を見つめた福山は、その間握られたままの手を引っ込めようとした詩文が「痛っ」と声をあげても平気な顔。はいはいと言いながらピンセットか何か取ろうとするのへ宮部が「だからまず消毒しないと」と言うと「だまれ」と怒鳴りつける。
患者が苦痛に無反応なうえ患者の前で看護婦を怒鳴るなど、患者をまるきり無視した一連の行動は医者として以前に人間として情緒的に欠陥があるとしか思えない態度。詩文が驚いて福山の顔を見直したのも「何この人ちょっとおかしいんじゃないの」というニュアンスでしょう。福山がネリに陰湿な嫌がらせを繰り返したストーカーであることの伏線ですね。

・救急室奥のアコーディオンカーテンがさっと開いて厳しい顔のネリが現れる。満希子が「ネリ!」と救われたような声を出しますが、これは視聴者も同じ気持ちだったでしょう。
足早にやってきたネリは無言で福山を突き飛ばし治療を代わる。「なんでブッキの旦那の相手に原が傷つけられんのよ」と怒っているネリは突き飛ばした福山へのフォローは何もなし。この福山に対する乱暴な態度は台詞通り詩文の理不尽な怪我に怒っていたからか、福山のお粗末すぎる治療経過を知っていたからでしょうか。

・治療完了後の病院廊下。あの女傷害で訴えてやると息巻く満希子にいやよめんどくさいと言う詩文。ネリは壁に背中もたせて二人の会話を聞いている。満希子は「あの女を牢屋に入れてお願いよ」と詩文の膝を揺すり、詩文が「いいってば」と言うと今度はネリの隣に行って「じゃあネリが言ってよ、刺された傷だっていったら警察が動くでしょ」。
傷害事件を盾に取って夫を奪われた復讐を行おうとしてるのがあまりにも明白。当事者の詩文の都合はまるで考えてない。本来無関係の彼女を満希子が強引に引っ張り込んだために詩文は怪我するはめになったんだろうに、どれだけ迷惑かけたら気がすむのか。このへんの身勝手さは見事に一貫していてここまでくるとすがすがしいほどです。
このときはやたらと警察を介入させたがった満希子が少し後には自己保身のために、大森にレイプされかけた詩文に警察には言わないでと懇願することになるのだから皮肉なものです。しかし今回の事件を警察沙汰にすれば必然的に夫の浮気が世間、少なくとも子供たちにはバレてしまうと思うんですがそれは構わないんだろうか。

・「もうすぐ教授のネリが証言してくれたら」という満希子発言から、教授選出馬がなくなった話へ移行。なんで?なんでなんでと聞きたてる満希子にネリは苦笑いしてスキャンダルと一言。詩文は不思議そうな顔をしてますが英児のことと察したか。
話している三人を福山が物陰から見ている。物陰から見つめる構図といい冷たい目つきといい、彼が例のストーカーだと匂わせています。

・「変な噂が立っちゃって」というネリにちょっと間があってから満希子が口を寄せて「医療ミスしちゃったとか?」。詩文はあっさり「男でしょ」。その言葉にうそ!と驚いた顔でネリを見る満希子。ネリは苦笑いして視線を向こうにそらす。「ほんとなの?」「いやーん、もう、あたし考えられない」と頭抱える満希子。
ここで満希子が妙に動揺してるのは仕事一筋で色恋には無縁と思っていたネリにも男がいて、「魔性」の詩文も含め同い年の二人が男とよろしくやってるのに、大森を拒絶する格好になった自分だけが損したような気分になったからじゃないですかね。

・左手に包帯巻いた詩文は急いでラブホの裏口から「すみませーん」と中に飛び込む。いいよいいよどうせ暇だからと責める様子なく座ったままぶどうを食べてるおばちゃん。こういう人が相方だと仕事やりやすいですね。
あれどうしたのよあんた、と包帯に目をとめるおばちゃんに「ああ、だいじょうぶです」と詩文は詳しく説明しない。良くも悪くも言い訳しない詩文の性格がここでも表れています。
ちょうど202号室が「清掃待」の表示に変わり、「じゃ、あたし一人で行ってきます」とさくさく作業着に着替える詩文をナレーションが「あの世から見ていると案外筋が通っているのです」と珍しく褒める。「満希子よりずーっと大人だし他人にも親切だし、でもやっぱり私は嫌いですけどね」。
美波は死者特権?で上から目線で物言ってますが、詩文よりずーっと子供だと自ら評価する満希子のさらに子分と見なされてた自分のちっぽけさには想像が至らないのだろうか。

・西尾夫婦は揃って帰宅。武は二階に向かって声をかけるが返事が返ってこないので諦めてリビングへ。本当は今満希子と二人きりになりたくないんでしょうけどね。満希子をちらっとみて「腹へったなー」といってみるが案の定背中向けたまま返事をしない。
いきなり満希子が立ち上がりキッチンの包丁入れを開けるのに武はビビって立ち上がりソファの方へ逃げるが、満希子は塩を取り出しただけだった。そして浴室へ行き、けがらわしいといいながらお風呂のお湯に塩入れる。夫にかけるんじゃなくて自分が入るお風呂の方を清めるんですね。

・お風呂につかり体を洗う満希子は携帯が外で鳴ってるのに気付き、ドアから手だけ出してタオルの中から携帯さぐりあてる。浴槽に漬かったままメールを見ると「大森さん」という名前が何件も並んでいる。開くと「会って僕の話を聞いて下さい」とある。満希子は「私も会いたい。聞いて欲しいことがいっぱいあるわ。でも、会ったら罰が当たりそう」とメールする。
すぐに返信がきて「21日は僕の誕生日です。また二人だけで会ってください」とある。美術館デート、先日のキスなど思い返す満希子。胸がいっぱいという顔で携帯閉じる満希子。携帯もったまま体がずるずるお湯に沈んでいく。夫の浮気に激発したのと同じ晩に自分はちゃっかり男と逢引の約束をして幸せな顔してるってどうなのよ。

・明け方、ラブホの裏口を出た詩文は、少し離れたところに止まってた白い車から澤田が降りてきて「おはよう」と声をかけてきたのにびっくり。いつから待ってたんだか。
そのままレストランへ行き二人はモーニング。「いつも帰ったらバタンキューなんで朝食なんて久しぶり。おーいしいー」と楽しげな詩文。「昼間の仕事もあるんでしたっけ」「えらいなあ」「たくましくて潔い。格好いいよ」とやたら褒めてくれる澤田にちょっと小首かしげながら笑ってみせる詩文。その後「だけど、そろそろほっとしてもいいんじゃないのかな」「穏やかな暮らしも、いいものですよ」と澤田は静かな笑顔で切り出す。「・・・それは、先生が穏やかな暮らしを与えてくださるということですか?」「ええ」。穏やかな、暮らし、と呟いた詩文は「いい響きねー。でも、退屈しちゃうかも」などとデザートを食べながらまぜっかえす。
その反応にちょっと不安そうになりながらも澤田は「人は日々変化していくものです。だからあなたも自分がこうだと決めつけないほうがいいんじゃないですか」とすかさず反撃。ですねーと遠い目で小さな声で詩文は呟き、一瞬だが暗い表情になる。これまでなら“穏やかな暮らし”などまさに退屈の一言で切り捨ててこられたんでしょうが、このところの怒涛のような家庭内外の事件にさすがの詩文も心身とも疲れている。41歳でこれといった資格も持たない自分の社会的値打ちの低さも思い知らされた。退屈でも穏やかな、安定した生活に憧れが生じてもおかしくない。ましてそれが手の届くところに向こうから転がりこんできたとあっては。澤田の言葉に遠い目小さな声でしか反応できない詩文はまだまだ遠い世界のようにしか認識できてないようですが。

・詩文堂。カーテンを開けて澤田をどうぞと招き入れたところへ、半開きにしていた扉ががらがらと開いて「詩文さん!」と緊張した声で河野母が呼ぶ。小走りに入ってきて「冬子ちゃんが帰ってこないのよ」と泣きそうな焦った声で告げる。「え?」「ゆうべこっちにこなかった?」「ゆうべは・・・仕事だったので」。
夜の仕事と聞いたからか男連れなのに気付いたか河野母は険しい顔になるが、「父がお世話になってた澤田歯科の院長先生です」と澤田を紹介すると社会的地位のある人とわかったからか少しだけ表情がやわらぐ。その後は居間に移動して冬子の話になるが、「前にもこういうことあったの冬子ちゃん?」「さあー?」「さあってあなた」と二人の温度差が著しい。夜間に冬子が家にいたかいないか詩文が把握してないのは彼女自身がちょくちょく家を空けてた(英児のところに泊まったりしてた)からですね。
「すみませんしつけが悪くて。でももう17才だし頭は回る子なんで無茶なことはしないと思います」という詩文の台詞は普通に聞くと親として無責任、信頼してるような顔してその実子供に無関心な証拠のように聞こえますが、たびたび冬子には親として毅然たる態度をとっている詩文の姿を見てきているので、ちゃんと冬子の性格を理解したうえでの判断なんだろうと思えます。しかし無断外泊しても気にとめない気付きもしない母のもとから、一晩無断で家を空けたと大騒ぎする河野家へ移ったのだから、いいかげん冬子が窮屈になってくるのは無理ないところですね。

・「やっぱり警察電話したほうがいいんじゃないかしら」「大丈夫だと思うんですけど」なんて言い合ってるところへ、扉がガラガラ開いてなんと詩文父がひょこひょこ入ってくる。立ち上がってびっくりする三人に構わず、詩文父は裸足のまま縁側から庭に出る。ついで冬子が入ってくる。冬子いわく「昨日、どうしてもおじいちゃんに会いたくなっちゃって」訪ねていき、「お茶の水の家に帰りたい帰りたいっていう」から連れてきてしまったそう。
事情をきいて「何だ、そう言ってくれればいいのに。死ぬほど心配しちゃったわ」と河野母はあっさり納得してくれるが、「おばあちゃまならなんでも許してもらえると思ってるんでしょ。いいかげんにしなさいよ」と詩文は真顔で咎める。河野母は「もういいわよ詩文さん、渋谷で遊んでたとかっていうんじゃないんだから」「そう、おじいちゃまのことが心配になったの。優しいのね冬子ちゃんは」とまるで甘々ですが詩文は「連れて帰ってどうしようと思ったの」と厳しく追及。「一晩くらい帰れたらおじいちゃんも嬉しいかなって」という弁明にも「一晩だれが面倒みるの」とさらに追い打ち。河野母は「あのー、一晩くらいだったらうちにでも」と笑顔でとりなすが「徘徊しますよ」と言われて表情が固まってしまう。
「面倒見られるなら老人保健施設におじいちゃん預けたりしないわよ」「考えに考えてあなたを河野家に養子に出しおじいちゃんを施設にあずけたの。あなたの気まぐれとはちがうのよ」「おじいちゃんだってこっちの家のこと思い出したらまたあっちの生活が辛くなるって思わない ?それぐらい考えられないの冬ちゃんは」と最後は少し叫ぶように叱る詩文に最初はふてくされた顔をしていた冬子も「ごめんなさい」と涙声で詫びる。これまでは詩文の説教のいちいちに拗ねたりふざけるような返事をしたりしてきた冬子ですが、ここでは存外素直に詩文の言葉を受け入れている。
思うに祖父を施設から連れ出してから原家につくまでに一晩かかってるのは、詩文父がそれこそ「徘徊」してしまう、勝手にあちこち動き回るので連れてくるのに非常に苦労した結果なのでは。頭の中身はアレでも身体はまだまだ健康で目を離したらどこへでも走っていってしまいかねないわけですから。無断外泊してしまったのも電話する余裕すらなかった、両手でしっかりつかまえてないとすぐいなくなってしまうからだったんじゃ(鷹揚な詩文のもとで育ったために何が何で連絡しないと、という意識が薄かったのもあるでしょう)。
かくして一晩祖父に手を焼いた冬子は初めて詩文の苦労を実感したのでは。そう考えるとこの一晩の無茶が冬子を成長させ、詩文との関係もより良好なものに変化させたということで結果的にはいい目に出たのかもしれません。

・いろんな思いを呑み込む顔で詩文は立ち上がり、植木に水やってる父にお父さん、と声かけて近寄る。これまで黙って聞き役に回っていた澤田が顔を出し、「お送りしますよ」と言う。そのために今日は休診にするという澤田の好意を当初遠慮したものの「じゃあ、お言葉に甘えて」と詩文も受けることにする。それだけ事の展開に疲弊しているのがその疲れた笑顔に明らかです。
「まあほんとにご親切に」と頭下げる河野母に澤田は「私の父も院長を私に譲ったとたん、今の原さんと同じようになってしまったんです」と語り、詩文は驚きと共感をこめた目でふりかえる。「親が崩壊していくのを見つめる悲しみは経験したものじゃないとわかりません」。そして父のほうに向き直って「原さん、これからドライブでも行きませんか」と明るく声をかける。最初は無反応で庭木に水をやり続けていた父も「途中の向島で言問団子でも食べながら」と食べ物で釣るとあっさり笑顔になる。
その気になったタイミングを逃さず澤田は詩文父の手を引いて部屋に引き上げ、詩文は冬子にタオルを持ってこさせて父の泥足をぬぐう。その間澤田は朝顔や車の話で父の気持ちをそらさず、足がきれいになったところで自分から車に向かおうとする父の手をとりながら「先に行ってます」と冬子に声をかけ詩文も笑顔むける。お互い痴呆症の父の世話に習熟してるだけにいいチームプレイです。
手際よく動く二人を冬子と河野母が言葉もなく見下ろしてるのも、詩文にカギ閉めてってと頼まれた冬子がはいと素直にうなずくのも、老人介護の大変さとそれをさくさくこなす二人のすごさを痛感したからでしょう。

・カーステレオで「君といつまでも」をかけ、あわせて歌いながらドライブする三人。詩文は運転する澤田に後部座席から団子とって渡してやる。その隣りに詩文父。行き先は老人ホームですが、皆それを一時忘れピクニック気分を精一杯楽しもうとしているように思えます。皆一生懸命に歌う中、ふと窓の外を眺めて何かを考える顔の詩文。
これまで澤田には比較的邪険に接してきた詩文ですが、彼もまた父の痴呆という辛く苦しい、気持ちの上でも哀しい現実を経験していたと知って初めて共感を覚え、詩文一人で父をホームまで連れて帰るのは大変だったところを澤田が車を出して負担を軽減してくれたうえ、ちょっとしたドライブ、父との思い出作りまでさせてくれたことに感謝の思いもあり、澤田の求愛を受け入れれば本当に楽になれる、穏やかな暮らしを味わえるんじゃないか――そんな気持ちが湧き上がりつつあるのだと思います。思えば澤田が一番格好よかったのはこの一連の場面ですね。

・英児のアパート。(仕事を)休もうかな、と弱気なことを言い出すネリ。「なーんて」と冗談ぽく付け加えるものの、教授選を降ろされた騒ぎが精神的に堪えているのは明らか。「ずっと英児と寝ていたいな」と食事をしながら斜め隣りの英児に視線を向ける。
「おれといても、先生は幸せになれねえよ」と英児はつれない答えですが目も口調も優しい。彼はネリが落ち込んでる理由―自分との関係がすっぱ抜かれたせいで教授になる話が潰れた―を知ってるんでしょうか。知ってるにせよ知らないにせよ、あれだけ仕事に誇りを持っていたネリがすっかりやる気を減退させてるのは感じ取っていて、だから拒絶するような台詞を言いつつも優しい態度なんでしょうね。

・英児の言葉を受けて「そんなことないよ、英児がちゃんと働いてあたしを食べさせてくれたらいいなって思うよ?」とネリは言うが、英児は「そんなの先生らしくねえよ」と背中向けたまま言い、部屋へ歩きながら「おれらしくもねえ」と続ける。
仕事への執着が薄れてるこのときのネリならば、英児がパナマに誘ったら一緒にいくと言っただろうか。ネリの台詞を聞くかぎりおそらくそれはありえない。ネリはあくまでも英児にボクサーへの執着を捨てて普通に真っ当に生きてほしいと望んでいる。英児の場合現役復帰はそのまま脳障害や下手すれば死にもつながりかねない至って危険な行為なわけですから。ネリがちゃんと働くとか食べさせるとか地に足のついた生活を象徴するようなフレーズを口にするのは、死に急ぐかのような彼を生に引き戻すための計算も働いてるのでは。
一方、英児がネリをパナマに誘うこともまずないでしょう。自分が真人間になれるよう“治療”しようとしてるネリが英児がボクサーに復帰するのを応援するわけがないし、それ以上にネリの職業意識の高さを知る英児は、ネリがその仕事を捨てて男に食わせてもらうガラじゃないことを確信している。もちろん自分が女を食わせる――守り幸せにするようなガラでないことも。自分はネリが望むようには生きられないし、ネリは自分が望むものを否定する・・・ネリと一緒に生きる、もしくは共に滅びる将来はない、そんな英児の思いが短い台詞の中に詰まっています。

・病院で英児とネリのツーショット写真数枚を手に取って眺める宮部。「おまえたち研修医で灰谷先生を励ます会でもやれよ」との声に宮部はじとっとした視線を投げる。その視線の中に励ましたりなんかしたくないというネリに対する反感がこもっている。井上と坂元が「お世話になってんだからさ」「よろこびますかねこんなときに」などと会話してるそばで福山は一人会話に加わらず携帯を見てる。
宮部は笑顔で立ち上がって「年は離れてるけど灰谷先生もこの人も独身なんだから別にいいんじゃないですか」と言いながら研修医たちのほうへ歩いてくる。この発言、それとなく福山の背中に向けて言ってますね。にわかに機嫌が良くなったのも、最近やたらとネリを気にするような態度をとっていた福山がネリを励ます計画に同調しない、無関心な様子を見せていたからでしょう。しかし盗撮タレ込み写真がこんな大っぴらに下っ端の医師や看護婦の間に出回ってていいんだろうか。

・福山が携帯を見ながらにやけ顔で「予約しましたよいつもの焼肉屋」と皆に声をかける。宮部の顔から笑顔が消える。ネリのことに関心なさげなのにホッとしてたら、関心ないどころか率先して励ます会をやろうとしてるのがわかったわけですから無理もない反応です。井上が「福山。おまえ、変わったな」と驚いたように言う。第一話の福山は他人に無関心、飲み会の席での下らない会話は時間のムダと言い切るようなやつでしたからね。
この言葉に福山はメガネをはずしながら「井上先生、ぼくはできるやつなんです。見損なわないでください」と微妙な笑顔を向ける。この台詞意味がとりにくいですが、頑固に自分流を貫くだけじゃない、経験から学習して好ましい方向に自分を変革していく力があることを「できるやつ」と評したものかと思います。しかしこうして口に出すといかにも幼児的な、むやみと自己評価の高い歪んだプライドを感じさせる台詞ではある。正体発覚(ストーカーが彼だったとバレる)にむけて福山の異常性を小出しに見せていってます。

・洗面所で洗濯物の山から夫のものは別にして床に投げる満希子。単に腹を立ててるのを通り越してもはや夫の下着に触るのもいやというばい菌扱い、コミュニケーションの断絶を感じさせる動作です。
そのころ一階の仏具店のほうでは、詩文がすみません遅れましたーと入っていくと、武が背中向けたまま難しい顔で固まっている。男性店員が詩文をジェスチャーで向こうへ連れ出すと「さっき奥さんが、原さんがきたらすぐに上に来てほしいって」言ってたことを伝える。夫婦喧嘩のせいで店の方まですっかりがたついてしまってます。事態を了解してなるほどという顔で深くうなずく詩文に男もうなずきファイテングポーズを取ってみせる。ドアのたてつけを直そうとしない横着な男ではありますが、妙に面白いというか憎めませんね。

・詩文が二階へ上がり満希子を捜していると、満希子は洗面所から出てきて紙袋を渡し、「これ、社長に渡しといて」と言う。詩文が中身を開けてみるとトランクスなど武の下着ばかり。「おんなじ洗濯機で洗うのやだから自分で洗ってって」。
少女のような潔癖さが窺える台詞ですが、わざわざ下着のデリバリーさせるために就業時間中の詩文を呼びつけたとは。夫の下着を洗うことを奥さんが拒否するとはときどき聞く話ですが、口も聞きたくないからって詩文にお使い役を頼むのはどうかと。詩文もいいかげん呆れ顔です。

・「許してあげればあ?それが本妻の貫禄じゃない?」「妻の座なんて意味ないって言ったじゃない、絶対に許さない!」。息巻く満希子はそれで武が女の方に行ってしまっても構わないという。「西尾仏具店は?」「あたしがやるわよ、あたしにだって力になってくれる人くらいいるんだから」「家庭教師の先生?」 ここではっと詩文の顔を見た満希子は、ばっと立ち上がると「手出さないでよ昔みたいに」。
この反応に詩文がすごく驚いた顔になる。あまりにもあっさり大森との関係を認めたからでしょう。もっとも口が滑ったというのが正解らしく、「違うわよ、原が家庭教師なんていうから昔のこと思い出しただけよー」と両手を無駄に振り回しながら慌てて訂正。「あたしが浮気するわけないじゃない」と言いながら妙にせかせかした動きで詩文の横を通り抜けて行く。今さら往生際の悪い。もともと詩文に何がしか彼のことを相談しようとしてたはずなんですが、それはどうなっちゃったんだか。

・紙袋を持ったまま家に帰ってきた詩文は、家の洗濯機を開ける。なんと押しつけられた武の下着を本人に渡すかわりに洗ってあげるつもりらしい。一家の大黒柱にそんなことさせたら可哀想とか、一応上司だしお世話になってるし、とかそんな気持ちからなんでしょう。
本当に詩文は気がいい。赤の他人の下着まで洗ってあげるのは行きすぎ、相手の生活に踏み込みすぎではありますけど。武が知ったら喜ぶかというとむしろ引きそうだし。

・洗剤を用意したところで携帯がなってるのに気付いた詩文は居間へ。緊張気味の声で「はい」と出ますが、相手が澤田とわかって「今日はほんとうにありがとうございました」と挨拶する。画面見てすぐわからなかったということは番号登録してないのか?澤田への扱い軽いですねえ。

・「今外なんだけど、入っていい?」 詩文が玄関の方に目をむけて「どうぞー」と言うとがらがら戸が開いて「おじゃまします」と澤田が入ってくる。態度が何気に気安げになっていて、朝の出来事が二人の距離を縮めている(少なくとも澤田はそう思っている)のがわかります。
「飯でも食ってから湯島まで送りますよ」とまた紳士なところを見せますが、要は食事に誘いに来たってことでしょうか。その後開けっ放しだった洗濯機の蓋を閉めようとする詩文に後ろから抱きつこうとしてる(ように見える)ので最初から下心ありだった?

・抱きつこうとしたはずみに澤田は紙袋を倒し、男物の下着ががさっとあふれたのにびっくり。詩文は呆然と言葉を失ってる澤田に「食事、またにします?」と醒めた表情で聞く。無言のまま深くうなずいた澤田はショックを懸命に飲み込んでる表情で「じゃ、また」と去っていく。
詩文はもともと言い訳をよしとしない女ですが今回は完全に事実無根の誤解なのに説明しないでいいんですかね。午前の出来事でずいぶん澤田を見直したようだったのにフォローしないのみならず妙に醒めた顔してたのは、ちゃんと事情を聞いてこない態度に失望したんでしょうか。あるいは抱きつかれかけたのに気付いてて不快だった?その後しばし複雑な表情で立ち尽くしていたので、惜しいと思う気持ちも多少あったのかもしれませんが。

・ブティックで22才の男の子向けだと言って店員に服を見繕ってもらう満希子。その後も「21日はぼくの誕生日です。また二人で会ってください」という言葉を反芻しながら、時計店に入ってあまりの高さに驚いたり他にもあちこち店物色したりして歩くうち、たまたま信号向こうの通りを歩くメイド服の女の子の一団に目が留まる。その中にゆかりの姿を見つけた満希子は仰天。またすごいタイミングで見つけちゃいましたね。

・店では賑やかにステージが始まり、入口まで行った満希子は踊るゆかりの姿見つけてくらっとして柱にもたれる。やめなさーい!と絶叫してゆかりを手招きするが音が大きくてゆかりはじめ誰も反応しない。もし聞こえてたらその方が騒ぎになりましたね。お互いのためにゆかりも客も気付かないままでよかったのかも。

・家のリビングで武が一人ビールを飲んでいると、悲鳴をあげながら満希子が飛び込んでくる。あわてて寝たふりする武をゆすって起こし、「パパ、パパ、ゆかりがゆかりが」と大騒ぎする。「こんな格好してこんなことして」とジェスチャーで示す(ゆかりの真似して踊ってみせる)が武は何のことやらさっぱりわからず。
ちょっとしたギャグシーンというか、この後どシリアスモードになるのでちょっと息抜けるシーンを先に入れた感じです。この件をきっかけに、娘のバイトをやめさせる目的で夫婦が結束→なし崩し的に和解、となるかと思ったんですが、そうはいきませんでしたね。

・この騒ぎに「あーもう、うっせえなあ」と二階から明が降りてきて反抗的な目で満希子をにらむ。受験勉強の邪魔をされてイラっとしたのかもですが、この子こんな反抗的な性格だったろうか。満希子が家空けるようになってから彼は一段とすさんでいきますが、まだ何も起きてないこの時点でもう荒れの徴候を見せてるんですよね。思春期の敏感さで両親が深刻な喧嘩状態にある、満希子が夫を徹底無視にかかってるのに気づいて心が痛んでるんでしょうか。

・そこへ「ただいまー」と制服で帰ってくるゆかり。「どこいってたんだ」と聞かれ「部活よ。あー疲れた」と答えるゆかりに「嘘をいいなさい!」「聞こえないのゆかり!」と怒鳴る母に無表情の横顔を向けるゆかり。
その後に「あたし?」と消え入りそうな声で尋ねてるので、満希子の怒りを無視しようとしたわけでなく、身に覚えがないため自分が怒られてるととっさに気付かなかったのでしょう。満希子の剣幕に大分ビビり気味です。

・「大切に育ててきたのに、ゆかりにこんな裏切られ方するなんて」という満希子の言葉に「何いってんの?」と理解不能のゆかり。顔覆ってしまった満希子の代わりに武が「あの、よくわかんないんだけど、ゆかりがこんなかっこして」とさっきの満希子を真似てみせ、これで理解したらしいゆかりはため息をつく。相変わらず意味わからないらしい明は疑惑の目で「なにやったの?」。「お小遣い稼ぎしただけよ」とゆかりは冷たい声で応じる。
まさか、と緊張した声の武に「売春 ?じゃないわよ」と強い口調で否定、「私は芸を売ってるの。パフォーマンスよ」ときっぱり言う。実際水商売ともいえないし(ウェイトレス+α程度)、裏切ったとまで言うような話じゃないですね。足をなめるように撮影してくる客とかいたりして色気を売ってる要素が皆無ではないですが、それは芸能人でも受付嬢でも満希子がかつて目指したニュースキャスターにだってそういう要素はあるわけで。ゆかりが売春じゃないと強い口調で否定したところを見ると、売春的行為には抵抗感を持ってるようですし。

・「あなたは高校生なのよ」という満希子にゆかりは反抗的な顔でつかつか歩みより「高校生がパフォーマンスして何が悪いの?それ見て喜んでくれる人がいてお金かせいで何がいけないの?」と言う。ネリや英児のように自分の仕事にしっかり誇りを持ってるというほどではなく、何も悪いことはしてないという開き直りに近い発言ですが、確かに悪いことしてるわけではない。
親が推奨するたぐいの仕事ではないでしょうが、そこは見解の相違ということで頭から悪いと決め付けず、冷静に娘と話しあうのが親としてしかるべき態度じゃないかと思うんですが、「あなたは三代続いた西尾家の娘ですよ」と良家の娘がやる仕事ではないと言わんばかりの頭ごなし。「なにそれ」とゆかりが呆れてますが、仏壇屋ってそんなにえらいのか。

・満希子は二階へ行こうとする明の腕をつかんで引き戻し「これは家族全員の問題です!」と宣言する。「成績がよくて生徒会長までやってるゆかりがなんでそんなことになったのかみんなで話しあいましょ」。一応話しあいとは言ってますが、ゆかりを堕落したと決めつけた言い方といい、それを皆で糾弾しようと言ってるに等しい提案内容といい、満希子の潔癖さと仕切りたがり気質が最悪の結果を生んでいます。
その暴言ぶりゆえに黙りこんでる皆に「なんとかいってよ」と満希子は怒鳴る。続けて「パパは他に女作ってママを裏切るし」「明は家庭教師までつけてあげてるのにろくに感謝もしないでママには口もきかないし」「そのうえゆかりまであんなことやって」と家族への不満をずらずら並べ始める。
すぐこうやって冷静さを失うからまともな話し合いができないのだし(君子の家に乗り込んだときもそうだった)、子供たちの前であっさり父親の浮気を口にするわ、その家庭教師と浮気しておきながら「家庭教師までつけてあげてる」と図々しい言い草だわ(満希子が費用払ってるわけじゃないし)、家族のために自分を犠牲にしてると主張するわりに、子供のためにこらえて夫と和解しようとかそういう視点がまるでないんですよね。ゆかりが「ママみたいにはなりたくない」と言うのもわかるというもの。

・一人ヒスったあげくに「もうこの家はおしまいだわ、ママ疲れた」と力なくソファに座り込む。夫の浮気はまあわかるとして反抗期の息子がちょっと口をきかないなんてのは通過儀礼みたいなものだし、あげくたかがメイドのバイトで「この家はおしまい」扱いというのもすごいです。
明、ゆかりの順に黙って部屋を出て行きますが、勝手に怒って勝手に人生に疲れている母親の姿に、話にならない付き合いきれないと思うのは当然ですね。いわば家を崩壊させてるのは他ならぬ満希子なんですが、本人にその自覚も反省も皆無ですからね。

・夫の背中に「ゆかりや明が生まれてからあなたたちのために生きたわ。自分のために生きた日なんて一日もなかった」と自嘲するように語りかける満希子。大森とデートしてる時間も自分のために生きてはいなかったと?子供たちにしてみれば、こちらが頼んだでもないのに過剰に世話焼いて家族のために尽くしている自分に酔ってるがごとき態度はかえって反感の対象にしかならない。
武は背中を向けたまま押し黙っていますが、子供たちのように部屋を出て行こうとしない。自分の浮気騒ぎで満希子狂乱の引き金を引いたことに責任を感じてるのもあるんでしょうが、話し合いの余地もない妻を彼だけは見捨てていない。正直浮気はしたものの、これだけ自分しか見えてないような女に長年付き合い妻として子供たちの母として立ててきた武は、満希子を愛してくれる唯一の貴重な存在なんじゃないでしょうか。

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『四つの嘘』(2)-6(注・ネタバレしてます)

2012-09-09 00:32:24 | 四つの嘘
〈第六回〉

・詩文は満希子から電話を受ける。声をひそめ意味ありげに「相談したいことがあるの。どっかで会えないかしら」という満希子。「相談 ?あたしに ?」と詩文は心底意外そう。原に聞いてもらいたいのと言うのへ「幸せな主婦にも悩みなんてあるんだ」と呆れたような声を出す。きっと大森のことだと察しはついてるんだろうに。
それにしても満希子もなぜ美波と同じ轍を踏みたがるのか。「そうなのよー、自分でも驚いちゃってるんだ」と応じた満希子は「男 ?」と聞かれて長らく沈黙する。相談すればどうせバレるのに。そもそも何を相談しようとしてるんだろう?「夫と子供がいるのにどうしよう」とか言いながらかつての美波のような実質のろけ話をやらかしてる姿しか想像できませんが。
やはり男の話とわかって面白くなってきたのか「いつにするう ?」と甘え声で詩文が促すと「お宅の方まで行くわ」と満希子は勢いこみますが「あ、主人だ、また電話するわ」と早口に言って唐突に切ってしまう。相変わらず身勝手全開です。

・電話が切れたあと詩文は一人食卓でティッシュを手にとり、満希子の仕草を真似て匂い嗅いでみて笑い出す。そしてステーキを頬張る。これは英児と食べるはずだった最高級ステーキ肉ですね。さすがに置いてこないで持ち帰ったか。そして捨てたりせずに一人でしっかり食べるところがやっぱり詩文。
しかし英児との仲がいよいよ修復不能となり、その象徴というべきステーキを現在進行形で食べている詩文はまさに孤独感の絶頂のはず。今の詩文が満希子と若い男の恋愛沙汰に関わるとなると何をやらかすやら。「よりによってこの女に相談を持ちかけた満希子は相当な愚か者です」と経験者美波のナレーションが語ってますが、まったくもって同感です。

・店の扉のたてつけの悪さを従業員に指摘する武。しかしこの従業員は「そうなんですよー」というだけで直そうとはせず、ちょうど奥の電話が鳴ったのをこれ幸いといそいそと取りに行ってしまう。その姿に武は不満そう。
あとで武があっさり詩文を雇うことにしたのは現在の従業員に対する不満も根底にあったのかもですね。

・台所で満希子が漬物を切ってると楽しげな女の笑い声が近づいてきて、さらに「満希子、お客さんだよ」と夫の声。振り向いた満希子は夫とリビングに入ってきた詩文の明るい笑顔に目を見開く。小声でいたずらっぽく「きちゃった」という詩文に低い声で「え」。非常に困惑かつ迷惑してるのがよくわかるリアクションです。
こちらから詩文の家の方へ行くといい、夫が来たからと電話を切ったことで当然夫に知られたくない話だと詩文はわかってると思ったのに、それどころか自分から男の話かと聞いてきたくせに、まさかその夫のいる自宅に訪ねてくるなんて、どういう了見なんだ、と内心思ってるんでしょうね。もちろん詩文はその笑顔が示すように完全に確信犯的行動。この時点では相手の男が何者か知ってるわけじゃないので弱みを握ったとまではいきませんが、満希子に不利な自宅に乗り込むことでリードを取ったのは確かですね。

・満希子は詩文がお土産だと差し出した肉(要は残り物)を無造作にまな板脇に置き、詩文の手を引っ張って隅に連れていく。「今日はだめよ、息子の家庭教師の先生も見えてるし」。耳元でひそひそと強い口調でいう満希子は子供を叱るような口調。それに対して詩文は満希子の困惑を楽しむように「話があるっていわなかったけー ?」と軽く言い、直接こないでよ家族がいるしという訴えにも「家族に内緒の話なんだー」とひそひそ声でわざとらしく応じる。やっぱり確信犯。満希子もすでに詩文に相談しようとしたのを後悔してることでしょう。

・詩文が居間で武とビール飲んでる(満希子は隣りで憮然としてる)ところにゆかりが帰ってきて、詩文の姿に驚いたように固まる。冬子の母親と聞いて「ましょの、お母さん」と当初は固まったままだったがやがて何かを納得した様子。ゆかりは詩文つまり冬子の母親と自分の母が同窓生だと知ってたんでしょうか。知らなければなぜ冬子の親がいきなり家に来てるのか困惑しても無理からぬところですが。
詩文は美人ねーとかお勉強もよくできるんでしょとかゆかりを褒めますが、「私はましょの方がうらやましい。頭がいいし、他人に左右されない意志がありますから」とややたどたどしく、でも真面目な口調でゆかりは答える。ゆかりはそんなに他人に流されてるんだろうか。まあ生徒会長だというからには先生や生徒間でも人望が厚いわけで、それだけ優等生を演じざるをえない窮屈さがあるのかも。メイドバイトはその反動なのかもしれません。

・ゆかりが着替えに行くのと入れ違いに明と大森が二階から降りてくる。満希子ははっと立ち上がり、詩文は大森の顔を見て思わず口をあけるがやがて納得という笑顔に。まわりには気付かれない程度のちょっとした変化ですが。
しかし満希子は詩文が自分と大森を目撃したことは知らないはずなのに、二人が顔を合わせることを明らかに警戒してる風があります。美波のときのように詩文がその魔性を発揮して大森を誘惑する心配をしてるのか、以前ゆかりと大森の間を気にして大森をクビにすべきかなんて相談を詩文とネリにしてしまったバツの悪さもあるのか。
逆に詩文の側は家庭教師と娘の仲が心配とかいって自分がその家庭教師とどうかなっちゃってるんじゃん、と冷笑したい気分でしょうね。

・大森や明と初対面の挨拶を交わした詩文は「じゃあ私はこれで」と意外にもあっさり笑顔で席を立とうとし、満希子もそうねとあからさまに安堵の顔を見せますが、武は「一緒にご飯どうですか」と詩文を引き止める。満希子は余計なことをと言いたげな憮然とした表情に。
「満希子となんかあるんでしょ」と武に聞かれた詩文は「そうなんですけど」とちょっと口ごもって「お忙しそうなんで改めて出直してきます」と笑顔で取り繕う。これ幸いと居座ってもっと満希子にプレッシャーかけるのかと思ってたんですが、満希子の年下の男が何者でどういう経緯で知り合ったかも察せられたことでひとまず満足し、あまりいじめても可哀想と思い直したんでしょうか。
結局武がさらに引きとめ、反対するのも不自然と思い返した満希子が「なにもないけどー」といやいや了承したためにご飯食べてくことになるんですが。

・勤務中のネリは産婦人科の女医からエストロゲンの数値がすごく上がってたと聞いて「へえすごいわね女性ホルモン補充療法って」と感心する。宮部も「それでこの頃お肌つるつるなんだ」と珍しく?ネリを褒める。そうかしら、と自分の頬を撫でながら照れたように笑うネリに「灰谷先生は負けなしですよ。美人だし。母校の教授になりそうだし。お肌つるつるだし」と福山。
この福山の太鼓持ち的発言に宮部は面白くなさそうな顔をする。まさか福山のせいでお肌つるつるになったと思ってるわけではないんでしょうが。一方のネリはホルモン療法のおかげとわかってはいても、英児との関係が作用してるような気分があって、それでどことなく浮かれてるんでしょうね。

・西尾家食卓。詩文に武が「ご主人と娘さん」の話を振り、夫はいないこと、娘も養女に出して今は一人暮らしなことを詩文が答えて、ちょっと同情顔の満希子は「それはおさびしいですねー」「たった一人のお嬢さんでしょ」などと言う武を「よそのお宅のこと口出すもんじゃないわ」と叱る。
武が素直に「失礼しました」と頭を下げるのへ詩文は笑顔で「いいえ、なんでも聞いてください。隠してること何にもありませんから」と答える。含みのある言い方に満希子はむっとした顔を向け、動揺のゆえかおかずの芋を取り落とす。
河野母とのやりとりでもそうですが、詩文は同情されたと感じると相手の善意に悪意で返しますね。

・「それで原さん、今日は何の御用だったんでしたっけ」とまた本題に戻ってしまう武。妙に詩文の用事が何なのかにこだわってる気がしますが、わざわざ家にアポなしで訪ねてきたことに何か不穏な気配を感じてるんでしょうか。
「あ、あのー」と詩文は口ごもり、満希子はさらに焦った様子で「大森先生、ビールは ?」と上ずった声で話をそらそうとする。いいと言われて今度はワイン勧めたりしてる狼狽ぶりが面白くなったのか、詩文は悪だくみするような笑顔で「じつは~」ともったいぶった調子で話しだそうとする。満希子はっと詩文を見てすがるような表情に。
まあ詩文も本気でいじめる気はなかったようで、「西尾仏具店さんで雇っていただけないかと思ってー」とまったく別の話を切り出す。これは武の追及をかわすためのとっさの方便だったのか、前に満希子にも同じ話してたくらいで実は本当にそれを頼みにきたのか。武がくりかえし水を向けなければ何も言わず帰ってたはずなのでここは前者ですかね。

・詩文の発言に驚いた顔の満希子は「だめよ」と憮然とした顔で速攻言い切る。仏壇屋は男の店員がいいって死んだ父が言ってたわ、なんて無理にこじつけてまで詩文を雇わせまいとする。
詩文に自分の相談(しようとしていた)内容について何も言わないでと仕草で懇願しておきながら、詩文が機転きかせてくれたことに何の感謝もなく無遠慮にシャットアウトしようとするとはなかなかの恩知らずぶりです。まあ一回家に来られただけでこうもびくびくしてるのに、このうえ勤めるなんてことになったらしょっちゅう家に出入りするわけですから、そりゃいやでしょうけど。

・「実家の本屋はもう閉めようと思ってるんです。ただそのあとの仕事がほんと見つからなくって」と言う詩文に「大した時給は払えませんけどうちで働いてみますか」とあっさり武は提案し満希子は目を剥く。詩文も「ほんとですか」と目を見張る。苦し紛れで持ち出した話が見事な棚ボタに発展したわけですから。
そちらさえよければという夫を口だけ動かして満希子は止めようとしますが、「お世話になってもいいかしら」と詩文は野心的に笑う。こうなったらもう詩文は引き下がりませんね。結局満希子はしかるべき反対理由が見つからないまま、詩文雇用を黙認することになってしまう。大口開けて満面の勝利の笑みを満希子に向ける詩文と口元ひきつらせる満希子のコントラストが面白いです。

・デザートも食べ終わり、「じゃあ僕これで。ごちそうさまでした」と大森が挨拶すると。、私もそろそろと詩文も席を立ち、大森は駅までご一緒しますかと声をかける。ごく自然な流れですが満希子は心配そうな顔を隠せない。やっぱり詩文が大森まで圭史のごとく誘惑することを怖れてるわけですね。
ついには揃って出ていこうとする二人の姿に「大森先生はまだいて」と上ずった声で思わず言ってしまう。驚き振り向いた詩文はぷぷっと噴き出して顔そらし、大森はぽかんとした顔。夫や子供たちも同じく唖然とし、言ってしまった満希子自身も口を開けたまま固まってしまう。
詩文に焼きもち焼いてるとしか思えない、それも駅まで一緒に行くだけのことに明らかに過剰な反応を示してますからね。武にはあとで詩文の男ぐせの悪さを説明してましたが、子供たちはどう思ったことやら。

・結局連れ立って出て行く二人を見守るしかなくハラハラ顔の満希子は、ついに「駅まで送ってくるわ」と家族の困惑をよそにばたばた後を追う。
どうしたんですかという大森の問いを受けて、原とも久しぶりだからと笑ってごまかそうとするが「このあいだ会ったわよ」とまた詩文が意地悪を。満希子はむっと黙ったものの無理やり笑って「いいの」と明るく宣言する。結局もう開き直るしかないですからね。
やがて三人はこの間大森が満希子に告白?した橋の下を通る。大森は綺麗な月ですねと明るい声で言い、満希子も月に目をやってこないだのことを思い返す。ちょっとにやけて笑顔を見交わす二人を意味ありげに見た詩文は唐突に「大森さんてうそつきでしょ」と言い出し、満希子は大森の顔を見る。それから詩文に向き直って「何言うの。先生は正直よ、誠実な方なんだから!」とむきになって言う。
詩文が初めて会った晩のうちに、もう大森の本性を見透かしてるのは何だろう。魔性の女だけに、自分に対したときの男の反応で性格を見抜けるのか。それとも真面目で堅物の満希子がこれだけ熱を上げるには大森の周到な誘惑があったはず、なのに外面はいかにも行儀のよいお坊ちゃん然としてるところが食わせ者ぽいという判断なんでしょうか。

・詩文が帰宅すると居間で冬子が制服のまま寝転んで雑誌を読んでいる。その姿勢のままおかえりなさーいと横着に挨拶する。「どうしたの?」とたずねる詩文に「おばあちゃまんちちょっと飽きた」「喧嘩はしないけどなんとなくうっとうしいっていうか口うるさいっていうか」。
当初の贅沢な暮らしに舞い上がってた時期を過ぎたら、冬子可愛さと家名大事さで何かと過干渉になりがちな河野母が詩文同様のわが道をゆくタイプの冬子には重くなってくるだろうことは目に見えていたし、詩文もいずれそうなると思ってはいたでしょう。しかし「やっぱママのところに戻ろっかなー」などと言う冬子をそのまま手元に置こうと算段するかわりに、詩文は「大人をなめるのはよしなさい」「ママがどんな覚悟であなたを手放したと思ってるの」「河野さんだってあなたに生きる希望を託したのよ」と強く突き放す。先日訪ねてきたときにずいぶん不快にさせられたはずの河野母をかばすような言い方さえしている。
これは詩文の予想通り養子に行くという意味が分かっていない、原家もまだ自分の家のつもりでいる冬子の覚悟のなさ、覚悟する必要さえ感じていない心得違いを親としてビシッと諭したものでしょう。しかし「あーあ来なければよかったバカみたい」「ママはあたしなんかいないほうがいいんだよね」という冬子の反応は、もっぱら母親に拒絶された寂しさばかりがいっぱいで、詩文の意図を汲み取れたとは思えない。同じように魔性と呼ばれてはいても、詩文と(おそらくは高校時代の彼女とさえ)比べると、冬子の方がずっと子供ですね。

・その頃に西尾家では、よりにもよって原を雇うなんて、あの人がどんな女がさんざん話したじゃないよ、と満希子が夫に怒りまくっている。さんざん話したというわりには武は詩文が離婚してることを知らなかった。美波から圭史を奪った話は聞いていても、それと結婚したとは思ってなかったんでしょうか。満希子の話を大して本気で聞いてないことの表れのようでもあります。
「うちは仏壇屋だぞ、人助けをして徳を積むことも必要だぞ」という武の言い訳が何だかユーモラス。

・「昔友だちのボーイフレンドを奪ったくらいでそんなに言うかー?」と呆れたように言う武。確かにいい加減時効というか圭史の方も好きで詩文になびいたんだから詩文だけが責められるのはフェアじゃないというか。しかし満希子にそんな理屈は通らず「パパだって誘惑するわよあの女はー」「私はこの西尾仏具店と家族を守りたいだけ、私たちの幸せをあの女に壊されたくないだけー」とついには泣き崩れる。
まあおかげで大森と詩文が二人で帰るのを異常に嫌がったのが“満希子が詩文の魔性を過剰評価した”せいということで武にも得心できたでしょうが。なんだって満希子はここまで色情狂扱いしてる女に恋愛相談しようなんて思ったんでしょう?

・英児のアパート。布団にうつぶせで眠ってる英児と窓際にシャツ一枚で生足組んで腰掛けてるネリをカメラが映し出す。慈母的笑顔とも切なげとも取れる表情でネリは英児を見つめる。
こないだ詩文に目撃されたこと、詩文の乾いた笑顔を思い返して、物思わしげな視線を宙に投げるネリのしっとりした色香が何とも美しいシーンです。

・詩文の家を訪ね、お父さんの半年後の老人保健施設確保したわというネリ。さっき詩文に目撃されたときのことを思い返したりしてたのでてっきり何らかの釈明にきたのかと思ったんですが、しばらく父親の話をしたあとで詩文の方から「英児・・・よかった?」と切り出す。
ネリは伏せた目をあげてすまなそうな顔で詩文を見る。しばらく沈黙のまま見つめあい、またちょっとうつむいてから「立ち直ってもらいたかったのよ」とネリは語りだす。英児とのことをちゃんと説明したいと思いながらなかなか言いにくくて、父親の施設の話にかこつけてやっと詩文に会いにこられた、施設が見つかる―詩文を訪ねる口実を手に入れる―まで時間がかかったせいで、見られてから会いにくるまで間が空いたのでしょう。

・外来にも来ないからアパートで倒れてるんじゃないかと思って訪ねてみた、というところから話しはじめ、そのうちにあんなことになっちゃってと自嘲気味に語るネリに「説明しなくていいよ、あたしには何もいう権利はないし言う気もないから」と詩文はすっぱり言う。
確かにネリが英児と接近したのは詩文が英児を“捨てた”あとなのだから今さら詩文は文句をいえる立場ではないですが、それでもヒステリックになる女性が多いだろう中、きっぱりした態度を取れる詩文はやはり潔い女ですね。

・「ひとつだけ。英児の復帰はありえるの?」と質問する詩文。英児がまたボクサーに戻れるのか、それが詩文にとって一番のポイントなのが「ひとつだけ」という聞き方に表れています。
英児復帰説がスポーツ新聞に書いてあったという詩文に、ネリは日本ボクシング連盟の規定では無理だからありえないと以前と同じ言い方で否定しますが、この時詩文はなぜか「海外に行ってでも」と書いてあったことには触れない。
ネリの説明は海外での復活ならありうると言ってるのに等しく、英児ならボクサーでいつづけるためにきっとそうするだろうと確信し、知りたいことはもうわかったから余計なことは言わないという方針なんでしょうか。明らかに英児にのめりこんでるネリに英児が外国へ行ってしまうかもしれないなんて話したら悲しませる、話がはっきりしないうちに言うべきじゃないという思いやりだったんでしょうか。存外優しく義理堅い詩文の性格からして後者のような気がします。

・「死んでもやりたいのよ、ボクシング。あいつはそういうやつよ」という詩文に「そんなこと考えてたら大変だわ」と本気で焦るネリ。詩文は微笑んで「ネリと英児はいいカップルね。お互いに足りないとこを補ってる。あたしと英児はお互いに奪い合ってただけだけど」と言い、やや自嘲気味の笑顔を浮かべる。そして「まだ半分治療してる気分だけど」と言うネリに「直してやってよ。普通の人として生きられるように」とも話す。
以前にも導くなんてできない、一緒に落ちていくなら付き合えるけどと詩文はネリに話していた。そして英児が最終的に一緒にパナマにきて欲しい、そばにいて欲しい相手として選んだのは詩文の方だった。英児もまた導かれるより一緒に落ちてくれる相手を望んでいた。どこまでもボクサーであることにこだわり続ける彼には、「普通の人」としての人生に「導いて」くれようとするネリは結局違う世界の人間だったんでしょう。最後までネリを「先生」と呼んでいたことにもそれが表れています。

・大森と二度目のデートに臨む満希子。今度は高級ぽいレストランとあって前回よりさらにドレスアップ。豪華な、珍しい料理をご馳走してもらった満希子は実に幸せそうですが、大森に一口貰ったハトの料理は口に合わず、遠慮がちながら「あんまり好きじゃないかも」と言う。
以前プレゼントされたマカロンが思いのほか硬くて苦手そうな顔したのもそうですが、結局大森が与えるものは満希子には合わない、満希子は好奇心で自分の本来の世界にないものに手を出すべきではないことが示唆されてるように思います。詩文のバイタリティを物を食べるシーンで表してるのもそうですが、食べ物の使い方が秀逸な作品です。

・高級バーのカウンターで「わたしね、ニュースキャスターになりたかったの」と思い出語りを始める満希子。「だけど大学三年のときに父の体調が悪くなってね。、どうしても私に家を継いでほしいっていうの」「それで主人とお見合いしてあーっと言う間にニュースキャスターの夢はどっかいっちゃったの」。
原作ではアナウンサー試験に全部落ちて衝動的に婿をとって家を継いだ設定ですが、ドラマでは挑戦自体していない分、試験を受けてさえいれば夢は叶ったはずという自己過信が心の底に根付いているように思えます。むしろ原作に比べ満希子が明るく、より図々しいのも、何でもできた高校時代の高い鼻をへし折られてないことに由来してる設定なのかもしれません。

・詩文堂。傘を小脇に詩文が出かけようとすると、こんばんはーと男性の声がして澤田先生が現れる。「ちょっとお時間いただけませんか」と切り出すのを「あのー、私これから仕事行かないといけないですから」と断ろうとする語尾にかぶせるように「ラブホテルですか?」。そうです、とうなずくと笑顔で「お送りします」。陰りのない笑顔で言われて「え?」となる詩文。
本当にホテル前まで車で送ってくれるが「助かりました。ありがとうございました」と詩文はお礼は言っても打ち解けない感じ。降りようとするとき澤田が「ぼくと付き合ってくれませんか」といきなり切り出す。美波のナレーションが言う通り本当に詩文に落ちちゃったんですね。明らかに詩文は終始気のなさそうな態度なのに。それがかえって男心に響くんでしょうか。圭史の時みたいに手管としてやってるのでなくまったくの本音ぽいのになあ。

・「あなたも僕も、独身ですし」「いかがですか」と続ける澤田に、ちょっと沈黙の後「先生面白い方ですねー」といつものいたずらぽい笑顔と抑揚で詩文が答えると、あなたも面白い女性です、と澤田は真面目に返してくる。
「ほんとに私でいいんですか?」「あなたが、いいんです」。そして「よかったら明日の朝も迎えに来ますので、お電話ください」とメモに電話番号を書いて渡す。会釈しつつ受け取り目を通した詩文は「いってきまーす」とチャーミングな笑顔で軽く頭さげて車降りる。ちょっとだけその気になったか?とも見えますが、車降りたあとはもう振り向かずに裏口に直行。やっぱり興味なさそうなんだよなあ。満希子やネリに勧められた金のある男を手に入れる絶好のチャンスというのに。

・英児の部屋。もはや日課らしい公園でのボクシング練習直後。先生勘がいいな驚いたよ、という英児に「教え方がいいのよ、英児はトレーナーとしての才能もあるわ」とネリが返すと英児の横顔が少し曇る。ネリがトレーナーとしての第二の人生を自分に望んでることはわかっていて、でも自分は現役をあきらめられない。ネリの期待に応えられないとわかっているからですね。
詩文から英児復帰の噂が出てることを聞いてるネリも当然、英児の反応を見たさでトレーナーという語を口にしたはず。お互い胸の内を言葉に出さないのが切ないです。

・真顔で黙っている英児の表情を見て、「ボクサー復帰するって新聞に出てたけど」とネリはストレートに切り出す。「わかってるよ日本で無理なことぐらい」「じゃ外国でやる気なの?」「おれはリングに立たなければ死んだも同然だから」。言いながら真剣な、しかし穏やかな顔でネリを見る。
「生きてるじゃない。こうやって私のためにボクシング教えてくれてるし」と力を入れて言うネリ。その声に必死な感じがあります。詩文に言った、言われた通り、英児にリスキーでない、地に足のついた普通の生き方をしてほしいという思いが篭っています。ただ英児を心配だからというだけでなく、そうでなければ、たとえば外国に行ってしまえば、英児と一緒にいることはできなくなってしまうからですね。

・「先生は医者でいろんな人の命助けてるけど、それって人のためじゃねえだろ」「人のためであることが自分のためなの」「おれは人のためには生きられねえよ。だからどこにでもいく、リングに立てるチャンスがあるなら」。
ネリだって他人のためには生きられないだろう(だから自分のためにしか生きられないおれの気持ちもわかるはず)という英児の言葉を、ネリは人のため=自分のため(だから私は人のために生きていることになる)と否定する。つまりネリが人のために生きられるように英児だって人のために生きられる、ネリのために生きることを自分の幸せにもできると言ってるんですよね?しかし英児の答えは“自分は人のためには生きられない=ネリのためにも生きられない”だった。いわばここで完全にネリは振られた格好になります。

・座ったまま寂しげに英児を見上げたネリは、「いかないで」と立ち上がって後ろから彼の体にすがりつく。駆け引きも何も捨てたストレートな懇願ですね。英児は首を少しだけネリのほうに向けて、「先生は、捨て猫をほっとけないんだよな。だからおれのこともほっとけねえんだろ。けど、おれなんかいなくなっても、先生は先生だ」と告げる。
実際ネリは英児にいかないでと言うものの、自分の方が英治について外国へ行くという選択肢は念頭にも置いていない。脳外科医としてのキャリアも教授選も投げうって身一つで英児についていくことは彼女はできない。英児も空き巣事件を通してネリの医者としての職業意識、誇り高さを知っている、自分もボクシングに全身全霊を注いでいるからこそネリが仕事を捨てられないことをよくよく理解しているからこそ、ネリと一緒に外国へ行くという選択肢は最初から考えにいれない。
英児がネリでなく詩文を選んだのは、詩文はネリと違って身軽、父や娘とも離れてもはや捨てられないものなどない立場だからというのも大きかったでしょう。

・ネリは無言のまま顔を英児の肩口に押し付けて両手を彼の胸に回す。英児はふいに向き直って正面からネリを抱きしめる。情欲とは違う穏やかな表情。目を開けたネリの顔にも別れを受け止めたような諦念が浮かぶ。哀しいからこそ美しい抱擁シーン。
しかしネリとは生きる世界が違うと思いながら、彼女にすがられるとそれにできる範囲(抱きしめたり家に泊まったりボクシング教えたり)で応えようとする英児も、ネリ同様「捨て猫をほっとけない」性質のように思えます。

・手をつないで夜の路上を歩く満希子と大森。「このあとどうします?もうすこし飲みますか?」と問われて「どうしよっかなー」とちょっとうつむいたりしてはにかんだ笑顔を見せていた満希子は、前方の壁ぎわでキスしてるカップルについ目がいく。気をとられてたせいかヒールの足を踏み外し転びそうになる満希子を大森が支える。最初に告白?された時といい、狙ったかのようなタイミングで転びかけますね。
不安定な姿勢のまま大森を見上げると、真剣なちょっと切ない表情で彼は満希子を見つめ、満希子も釣り込まれるように見つめてからちょっと目を伏せる。取られたままの手を外そうとするのを大森は逆の手でつかみなおして引っ張るように歩き出す。
戸惑いながら数歩先の柱の影に引っ張りこまれた満希子。建物の電気が煌煌と照って逆行気味に二人の姿浮かび上がる。そして満希子の両肩をつかんで柱へ押し付けてキスする大森。目を見張ったまま硬直してた満希子はやがてゆっくり目を閉じ、バッグ持った左手をぎこちなく彼の背に回す。バックの街並みも含めてまさしく絵に描いたようなロマンティックなラブシーン。
実体験できる人間もそうそういない、まして平凡な主婦には本来夢のまた夢なシチュエーションであるだけに、結局詐欺だったとはいっても大森とのことはトータルで見ると満希子には貴重な、幸せな経験だったのかもしれません。

・ホテルの控え室で上っ張りきたまま菓子をつまみファッション誌広げてる詩文。なんか気楽な職場ですねえ。だからこそ給料安いのだろうし忙しいときは忙しいんだろうけど。
モニターときどき見ながら麦茶を飲んでると先輩のおばさんが入ってきて、見たよーいい車だったねえーと気の良い声で話かけてくる。はあ、おかげさまでと如才ない笑顔で詩文も応じる。それからしばらく澤田の話や死生観の話などに興じる二人。男にもてまくる分詩文は同性に嫌われるタイプに思えますが、この気のいいおばちゃんとは結構馬が合うようです。

・おばちゃんが椅子に腰かけながら「おばはんが若いのくわえこんできたよ、ほら」とモニターを指さす。詩文はいつもの笑顔で何気なくモニターに目をやって目を見張る。なんと満希子と大森。場所もあろうに詩文の勤め先のホテルに入ってしまうとは。電車のときといいつくづく詩文に見られてしまう運命なんですねえ。
驚きに目と口を開けたまま詩文がモニターに顔を近づけると、やがて満希子が走って引き返していく後ろ姿が映る。「あ、逃げた」。この詩文の反応がなんか面白いです。モニター見上げたままだんだん嬉しそうな顔になっていきますし。

・小走りにホテルを出た満希子はそのまま夜道を走りながら「ゆかり、明、パパ、今帰るから」と口に出して語りかける。「ママ、愛する家族を裏切らなかったから!」「今すぐ帰るからー」。最後はかすれ声で絶叫気味に。やはりホテルまではまだ敷居が高すぎたか。ここであっさり大森と結ばれてたらもっと早く700万円詐欺られたのでしょうか。

・さっきのキスシーンがフラッシュバックして足を止める満希子。振り向くが大森はいない。真顔でしばし立っていた満希子は寂しげにとぼとぼと歩き出す。逃げたこと、家族を優先させたことを後悔はしてないんでしょうが、楽しい夢を自分の手で終わらせてしまった、そんな気分なんでしょうね。

・西尾家。暗い家の中に入り表情も暗い満希子。そのころ武は一人寝室で両手使ってスピーディーに携帯メールを打っている。気配感じたか慌てて携帯を閉じて掛け布団の中に入れて横になると、まさにそのタイミングで満希子が階段をあがってくる。ごめんなさいパパ、とドアの前で手を合わせてからそっと開けて入ると夫はいびきかいて寝ている。「愛してるわ」と真顔で小さく呟くとスタンドの電気を消してそっと出て行く。
扉が閉まるのを確認してから武は起き上がるとランプをつけて携帯を取り出し画面を見てわずかににやつく。画面は見せませんがどう考えても女の匂いがします。満希子がロマンスを捨てても家族を(かろうじて)裏切らなかった同じ晩に、武はしっかり裏切り行為を働いている。何とも皮肉な場面です。
ところで満希子がいつになく「愛してるわ」なんて呟いていったことを武はなんだと思ってるんでしょう。浮気に忙しくてまるで考えてもないですかね。

・リビングのソファにぐったりと体を横たえた満希子は、携帯のバイブ音にすぐに体を起こしてバッグから携帯取り出す。大森からだと思ったんでしょうね。しかし受信メールには夫の名前。「パパ ?」 戸惑ったように二階を見上げるのは、寝てるのを確認したばかりの人がメールを送信してる不自然さゆえですね。
そしていざメールをチェックすると「キミちゃん 明日は渋谷で寿司を食おう」などという内容。しかも「お寿司の後は、いっぱいエッチしようね。チュッ」。なぜ送信先間違えるかなあ。しかも一番間違えちゃいけない相手に送ってしまうとは。「君子」と「満希子」じゃ間違いようないと思うんですが。
「キミちゃん」「エッチ」と画面を見ながら呟いた満希子の顔に少しずつショックが現れていく。大森を振り切って帰ってきたあとだけに腹立たしさもひとしおですね。ここから表面は幸せ家族だった西尾家は急速にガタガタになってゆきます。

・院長に呼ばれて会議室?にやってきたネリは「これを見たまえ」と何かの書類を提示される。「705号室の患者とは誰のことだね?」 書面はメールを印刷したもの。タイトルは「灰谷ネリは最悪の医者だ」。「705号室の患者と」「肉体関係を持ち」などの文章がアップになる。「これは何ですか」と冷静に問いただすネリ。意外と動揺してないのはある程度想定内の事態だったということでしょうか。
ネリは「なんのことかわかりません」と迷いない口調で押し通し、院長も「そうかー」と納得したようにいうものの安堵半ばといった声。「教授選の前だからこの手の噂はまずいなあー」「君は潔癖な医者だから言いがかりだとは思うが、普段から行動には気をつけるように」。
要は事実がどうかではなく噂が出る自体がもうまずいということですね。初の女教授が誕生するかも、というだけでやっかみから火のないところに煙が立つ可能性は大いにあったわけで、そんなことはネリを推薦した時点で折り込みずみでしかるべきだと思うのですが、そうならないのが男社会ですね。穏やかだが困ったような、責めるような態度の院長をネリも憂い顔で見て黙って一礼する。

・西尾仏具店。武が中年の男性店員に詩文を金土日に来てもらうことになったと紹介。詩文も笑顔でよろしくお願いいたしますと頭を下げる。何だかんだもめたものの、満希子の横槍も通らず無事雇ってもらえたようです。
その頃キッチンの調理台に両手付いた状態でじっと考えこんでいる満希子。やがて思いつめた様子で水たらいに漬けた皿の中から泡にまみれた包丁が出ているのを見つめる。すごく不穏な感じです。
しかしもともとが愛のない結婚で今も若い男に心を奪われてる満希子が、このさい子供のためにも気付かないふりで平穏な生活を維持しようとか、あるいは夫に浮気に気付いてることをほのめかして自分の浮気も公認させるとかの方向に行かず夫を殺す勢いで思いつめてるのは、男としてはともかく共に西尾家を担うパートナーとしての夫を確かに愛しているからこそですね?

・横断歩道を渡る夫を間を空けて小走りにつける満希子(変装済)。店の電話が鳴って詩文が出るとさっき店を出ていった満希子から。いきなり「夫を殺す!」という満希子の声に詩文絶句。
「ブッキ?まさかバレちゃったの男のこと?」と詩文は正反対の誤解をする。まあ大森とのホテル行きを知ってるだけに当然の反応ですが。逆に大森とのことがバレてるとは知らない(男がらみで何かあるのは勘づかれてるが具体的な話はまだ何もしていない)満希子がこの台詞に何も反応しないのが不思議。逆上のあまり何も考えてないというのが正解ですかね。高校時代は近視眼的なところはあっても、もう少し冷静な性格だった気がするんですが。
しかし「すぐ来て!来なかったら一人で殺す」とか言ってますが、詩文がくれば二人で殺すってことですか?それにしてもなぜまた詩文を頼るのか。例によって「一人で抱えきれない」というやつなんでしょうね。

・すっかり暗くなった頃、整骨院の前へ歩いてきた詩文に後ろから満希子が急ぎ足に近寄り「ちょっとちょっと、原」と引っ張る。物陰に引っ張り込んで「遅いじゃない!」とひそめ声で叱る。
仕事中の詩文を訳分からないことで、しかもろくろく説明もせずに呼び出しておいてこの言い草。来てくれただけでも感謝すべきところだろうに。詩文も先輩店員になんて言って出てきたんでしょうね。やむなく就業時間終わるまで待ってから来たからこの時間なんでしょうか。

・高級そうな寿司屋から武が出てきて、一足先に出た若い女がその腕を取る。満希子がバッグの中の何か(包丁ぽい)を握り締めて決意の顔で後を追おうとするのを詩文あわてて止める。「よしなさいよ、お寿司食べてただけかもしれないじゃない」とたしなめるのへ「エッチするっていってたもん」と子供のような口調で力強く言う満希子。
ここで詩文が「じゃあそこ襲わなきゃ」と先に進み、「え?」と満希子のほうが戸惑うという力関係の逆転が。やはり男女の修羅場には詩文の方が一枚も二枚も上手ですね。彼女を無理矢理呼びつけた満希子の人選の勝利でしょうか。

・武と女を尾行する二人。詩文はやばい、電話しなきゃ、とラブホテルにちょっと遅れる旨を連絡。そんな詩文に一人置いてかないでよと早口に言う満希子。昼も夜も働かなきゃ食っていけない詩文に仕事をサボらせてるのにもっと他にいうことないんですかね。

・夫と女はどこかのマンションへ入っていく。二人も後を追って404号室桑野というドアの名前を確認。詩文は開けるよう目で促すが満希子は今さら臆したかあわてて首を横に振る。あたしが?という顔になりつつもしょうがないわねと言いたげに詩文が進み出る。表情と仕草だけでの会話が二人とも秀逸です。
それにしても本当に詩文は面倒見がいいですねえ。もちろん夫婦の修羅場を面白がってる部分も大いにあるんでしょうけど。

・チャイムを素早く鳴らす詩文。当然スムーズに出てはこない。それは詩文も予期してたんでしょう、すみません隣のものなんですけど、火事、なんです、と言いながら繰り返しピンポンを鳴らす。話が大きくなりそうな気配に満希子はあわてて詩文の両肩を後ろからつかみますが、詩文は小声ながら「火事だ、きゃー」とか騒いでみせる。ここまでくるともはや楽しんでますね。きゃーという声の緊迫感なさにそれが現れてるような。

・ご近所に迷惑だと満希子が止めるのにも構わず楽しげに目を大きく見開いた顔で「火事だ!」と繰り返す詩文。満希子の心配どおりご近所のほうが先に飛び出してくる始末に満希子はあせる。詩文はかまわず404をノック。
なおもバタバタ騒いでるとYシャツ着てかばんを持った夫がついに飛び出してくる。出て来るのにずいぶん時間がかかったのは、出られないような姿だったってことですね。火事だと言って一軒だけしつこくノックし続ける不自然さに気付かないのはやはりパニックになってるのか。

・武は詩文と満希子の顔を見て絶句する。そして満希子と目を合わせ二人とも真顔の無言。視線を下に落とした満希子は夫が下はトランクス姿なのを見てしまう。詩文もそんな満希子を見て、それから顔ちょっとそむけて含み笑いする。
そこへ奥からケースを抱えた女が出てくる。満希子に睨まれて遅まきながら事情を飲み込んだ様子。奥に引き返していく女を武は「キミちゃん」と後を追う。無言のままの満希子を詩文は振り向き「刺さないの?」と面白そうに言うが、満希子は悲しげな顔で硬直したまま。
我がまま放題に詩文を振り回してる満希子ですが、逆上して暴れ出さない分何だか気の毒になってきました。

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『四つの嘘』(2)-5(注・ネタバレしてます)

2012-09-09 00:22:31 | 四つの嘘
〈第五回〉

・大森は上野の美術展に満希子を誘う。デート場所のチョイスがインテリかつ上品な感じで、いかにも満希子のような裕福な奥さま(でもさして教養はない)をくすぐりそうなチョイスです。
初デートをいかにOKさせるかは相手が遊びなれない人妻だけに重要なポイントですが、満希子がためらいを見せたり逃げようとしたりする局面では両肩つかんでぐっと正面に向かせるなどの強引さを見せつつも、適度な距離を保って表情や言葉つきは爽やかな笑顔のまま、最後は「・・・無理ですよね、明日なんて」とちょっとしょげて見せることで満希子がついOKしてしまうように仕向けるというなかなかの高等戦術を見せている。さすが恋愛詐欺師の面目躍如たるところ。

・デートの言質を取った大森は欄干のほうに向き直り海に目を向けて、「すごいなここで偶然会えたの」とはずんだ声で言う。さすがにこれは偶然でしょうね。さらに「運命かな」とか「念力が効いたのかな」などと付け加える。
ちょっとすれた女性なら笑っちゃうようなキザな台詞ですが満希子みたいなタイプには十二分に効き目があったようです。あとで「運命・・・」「念力・・・」と思い出してにやけてたくらいだし。

・そのまま家まで送っていこうとする大森に、「明日」といって反対側に駆け出す満希子。そのまま公園のわき道まできて足を止めはーっと息をつく。すぐにまた歩きだすものの自然と笑いがこみあげてきてます。
一方大森はまださっきの場所に佇み、笑みを浮かべながら満希子が去った後を見つめている。本気で満希子に惚れていて満希子の行動を微笑ましく思ってるのか、それとも何か企んでいるのか、その表情からはどちらともわからない。決定的な瞬間が訪れるまで大森の本心は視聴者にも伏せられたままで、本気か詐欺か大森の表情や態度から類推するよりなかったわけですが、こうした“どちらともつかない”表情を貫き最後まではっきりしたボロは見せずなおかつ満希子を本気で愛してるという(偽の)確信も与えなかった。
本気と言われても嘘だったと言われても納得できるように表情をちゃんとコントロールしてる――大森役崎本くんはいかにも優しいお坊ちゃん風の風貌も含めはまり役だったと思います。

・西尾家。「ただいまー」と帰ってきた満希子はばたばたと食卓へ走りこむ。ゆかりが「どこいってたのー」と声をかけて台所へ入ってくるが、「ごめんごめん高校のときの友達と偶然会っちゃってー」と目を合わせずそのままシンクに向かう。目を合わせない、落ち着きのない態度はやっぱりやましさがあるからですね。
一方のゆかりは「家のことしかしてないんだからさぼんないでよ」とちょっととがった声で言い捨てて出ていく。大森に実質振られたことで不機嫌なんですね。その大森が直後に満希子にコナかけてたと知ったらどんな顔したやら。よその女ならともかく、ゆかり的には女にカウントされてもいない、中年のつまらない主婦にすぎない母親が自分に優越したなんて絶対認めたくないでしょうからね。

・このゆかりの態度に「なんだその言い方はママに対してー」「母親を家政婦みたいにいうなんてとんでもないよ」と武。強く咎める口調ではないものの、満希子は「やさしいのねパパ」とちょっと笑顔になる。さらに「ありがと」とふふっと笑う満希子を武は一瞬無言で怪訝そうに見つめますが、そんなに満希子が夫に優しい態度を取るのは珍しいんだろうか。
浮気相手と会ってきた日は妻(夫)が優しいとはよく聞く話ですが、やましさがあるからというだけでなく幸せな気分になってるからその分自然と優しくなれるというのもあるんでしょう。満希子の場合は(まだ浮気までいかないけど)まさにこれですね。妻からも子供たちからも軽く扱われながら腐るでもなく家業と家庭をちゃんと守っている武も、実は浮気してるからこそ穏やかな態度を保っていられるのかも?

・洗い物しながら竹内まりやの「恋の嵐」を歌い出す満希子。こんな歌詞(もろに不倫)の歌を歌っちゃっていいのか?語るに落ちてるというか。
しかし武は疑いを抱くどころかサビの部分で一緒に歌い出し、二人してすっかり熱唱デュエットモードへ。勢いのまま?満希子が水切りかごに伏せたお椀を拭いてもくれる。なんだかんだ仲良しなんですよねこの夫婦。

・ネリが詩文堂を来訪。頼んであった老人ホームのバンフレットを詩文は読むが、民間の老人ホームは地方にいけば空いてる、でも入所金が最低でも500万はかかると聞いてしばし絶句。
「そんなお金なーい」「だから老人保健施設を考えてるのよわたしは」「老人保健施設って半年まででしょ?」と二人のやりとりは続く。「半年で追い出されたんじゃこーまーるー」と駄々をこねる詩文を「贅沢いってる場合じゃないでしょ、半年後に移るところも探してあげるから」とネリはなだめすかす。すねたような顔をあげた詩文は「ありがとう」とお礼を言ったあと「半年後も見捨てないでね。半年後もそのまた半年後も」とネリを見据えて言う。
基本さばさばしてる詩文としてはちょっと粘着的な物言いですが、先の「こーまーるー」という言い方といい、そもそも老人ホーム探しを頼んだところといい、何だかネリには甘える気持ちがあるみたいです。こんな状況ですから誰か頼りたくなって無理ないし、ネリが姉御気質なのもあるんでしょうけど。

・本当に用件だけで「じゃまた連絡するね」と席を立つネリを、お茶くらい飲んでってよと詩文は引き止めるが「時間がないのよ」とネリは断って玄関へ向かう。実際ネリは立場からして多忙なはずで、貴重な時間を割いてまで詩文のためにこうも骨を折ってるのが不思議な気もします。詩文自身も「なんで・・・あたしなんかにそんな良くしてくれるの」と質問してますし。
ネリの答えは「ほっとけないのよね原って」。後に英児はネリを「先生は、捨て猫をほっとけないんだよな」と評しますが、詩文いわく英児と詩文は似てるそうなので英児をほっとけなかったように詩文もほっとけなかったんでしょう。

・「・・・英児!どうしてる」と唐突に尋ねる詩文。「英児」という部分に力がこもっている。背中向けたままのネリの表情は詩文には見えてませんが、笑顔のまま硬直してる感じです。
ややあってネリは向き直り「知らないわ」「外来にも来ないし」と答える。直接家を訪問したり食事作ったりしてることを詩文には話そうとしない。詩文の方から英児を捨てた経緯はネリも知ってるのだから遠慮はいらないようなものですが、別れたそばから手を出したような形だけに(しかも恋知らずの女と周囲から見なされてるだけに)言いづらいんでしょうね。どうしてる、と聞いてくるあたり何だかんだ詩文も英児に未練があるのを感じてるんでしょうし。ネリが詩文のために骨を折るのはそのへんのやましさも手伝ってるのかもしれません。

・出て行くネリを見送りながら「ほんとありがと」と頭を下げる詩文に、今日は母校の東都医大に寄ったついでだから気にしないでとネリは言う。ごく軽い口調で深い意味はまったくないんでしょうが、おそらく詩文はネリに大学教授の声がかかってる(選挙がらみで母校に用があったぽい)ことを改めて思い出し、自分とネリの立場の懸隔にいささか落ち込んだんじゃないでしょうか。

・直後詩文堂に電話が。「澤田歯科医院の澤田です」と中年男性の声。先に詩文父が入れ歯の調子が悪いと歯医者に行った話が出てたのでお父さんの主治医だなとはすぐわかりますが、「・・・お父様が治療のあとどこに帰ったらいいかわからないとおっしゃいまして」とやや苦笑気味の声で言うのには詩文ともども「ええー」と言いたくなります。ついにここまで来たか、という。ついさっきは安くても半年で追い出される施設なんてと言ってた詩文ですが、もはや一刻の猶予もならないと腹をくくったことでしょう。
しかし日傘を差して足早に歯医者へ向かう詩文は、真顔ではあってもそこまで深刻に嘆いてる感じではない。生命力の強い詩文だけに、事態が切迫することでかえってちょっと元気づいてるのかもしれません。横断歩道を渡るときにつんのめって転びそうになっても持ち直すシーンがそれを象徴しています。
詩文に煮え湯を飲まされた美波なんかからすれば「運命は過酷です。もっともっと過酷でもいいと私は思うのですけれど」「転びそうで転ばないところがこの女の憎たらしいところ。転んで血まみれになればあれもこれも忘れてあげるのに」と言いたくなって無理もないところですね。美波自身は圭史と詩文の浮気現場を見て転んで血まみれになってるだけに。

・歯医者に到着し、父の手を引いて帰ろうとすると「澤田先生は去年奥さまを亡くされたんだそうだ。素晴らしいだろ」と詩文父はとんでもないことを言い出す。台詞の前半と後半が見事に乖離してます。
「なにが素晴らしいの、すみません失礼なこと言って」。詩文は父をたしなめ、澤田を振り向いて頭を下げる。澤田は体育会系のさわやかな笑顔で咎めようとはしない。これだけはっきり正気を失ってる相手に怒りが湧きようもないですからね。

・手を引く詩文に父はなぜか抵抗。後ろを見ながら「先生、この子もらってやってくれませんか」と言い出し、詩文と澤田はさすがに驚いて父を見る。なるほど、だから澤田が妻を亡くし現在独身なのが「素晴らしい」(詩文を妻にできる)なのか。見た感じいかにも良い人そうだし、歯科医なら経済的には十分潤ってそうだし、結婚相手の候補には悪くない。詩文の表情にも「それはいい手だ」と一瞬考えてしまった気配がちらりと見えるような気もします。

・しかし詩文父は、詩文と圭史が再婚すると信じてるんじゃなかったっけ?といぶかってたら、「圭史くんと上手くいってるなんて嘘をついてもお父さんにはわかってる」と妙に力強く言い出す。
詩文は大きく頷いて(もうどうでもいいから一刻も早く連れ帰りたいんでしょう)怖い声で「帰るわよ」と言い渡すと、澤田の方に向いて来週は私がついてきますので、今日は本当にご迷惑を、と改めて笑顔作って頭を下げる。澤田は笑顔で気にするなというように首を横に振る。
「この子は気は強いがなかなかいい女なんですよ」「親が言うのもなんですがいい女」と繰り返す父を、詩文は振り向き振り向きしながら強引に手を引いて出て行く。娘としては恥ずかしい事このうえないでしょうが、ボケてもなお娘の先々を心底案じている―だからこそこれまでも圭史との復縁について彼の死を理解できないままに言い募ってきた―父親の愛情深さには胸打たれるものがあります。
“支離滅裂な事をわめく痴呆症患者を娘が力ずくで連れ去る”という本来痛ましいはずの光景を澤田がどこか微笑ましげに見送っているのも、そんな父の愛を感じ取っているからでしょう。

・家のリビングで腕時計を見てはそわそわする満希子。ごちそうさまと声をかけた武に「今日亡くなった美波を偲ぶ会のことで出かけるけど(ちょっと上ずった声)夕食までには帰るから」と断りを入れると、「おれも今日は遅くなるわ」と武は答える。「あ、そ?パパの夕食はいいのね?」。
ならば多少ゆっくりできると内心満希子は喜んでるんでしょうが、それだけに武が目を合わせようとしない不自然さに気がつかない。武はきちんとしたYシャツとベスト姿で仕事で出かけるかのごとくですが、その実仕事以外の理由があるのは慧眼な視聴者なら察したことでしょう。
美波のことみんな私に押しつけられちゃって困っちゃう、などと後ろめたさ隠すようにことさら言い立てながらテーブルを片づける満希子に、男と死んだのに偲ぶ会までやってもらえる美波は幸せだ、満希子は気がいい、と武は褒めるがその笑顔はどこか冷ややか。美波の死からこのかた妙に生き生きして、親友が死んだのにそれをネタに面白がってるかのような満希子に呆れ揶揄してるのか?
満希子は夫の内心など忖度せず「私のそういうとこ、好きー ?」と明るく声を張り上げながら満面の笑顔で武の側を通りすぎる。会話だけ聞けば仲良し夫婦、しかしそれぞれに他の相手との密会に心を奪われている(らしい)というちょっと寒々しい光景です。

・父の手を引いて足早に街中を歩く詩文。途中「あ、そうだ。宇治川?の羊羹を澤田先生に届けておきなさい」といきなり言い出す父に詩文は困惑。父いわくお詫びだそうですが、どういう趣旨の迷惑をかけたか理解してるんでしょうか。
何十回も頭下げてお詫びしたじゃない、と詩文はたしなめますが、「勝負に出るときは金は惜しまんもんだぞ」などと言い出す。お詫びにかこつけて澤田と個人的に親しくなれと作戦を授けてるつもりなんですね。勝負に出るも何も、詩文はまだ何ら澤田に関心を抱いてる気配さえないのですが。
最初は無視しようとした詩文ですが「よしお父さんが買ってくる」と勝手に横断歩道を歩き出すにいたって「買ってくるからあたしが」「今行く、行けばいいんでしょ」と言わざるを得なくなる。ちゃっかり「うちの分も買ってきて」と父が言い出すのを「そんなお金うちにはないって言ったでしょう」と叱るくらいだから詩文的には痛い出費なんだろうに。

・父の手をつかんで並んで歩く詩文は、ふと顔だけ後ろに向けてはっとした表情になる。何かと思えば、横断歩道の途中にこちらを怪訝そうに見つめる英児の姿が。詩文も軽い驚きを示したものの、思いきりべーっと舌を出してそのまま歩き去る。
ネリにどうしてるかと尋ねるくらいで彼のその後が気になってたところに偶然出会ってしまった、心が騒ぐものの父の頭の状態や経済的困窮(羊羹もろくに買えない)を改めて突きつけられた直後だけに、これ以上英児との関係を続けることはどうしたってできないと、未練を断ち切る意味でこんな行動に出たんじゃないでしょうか。
英児は無表情かつ所在なげにしばし立ち尽くしてますが、わけがわからないなりに詩文の追いつめられた気分を感じ取って困惑してるのだろうと思います。

・待ち合わせ時間の二時に駅前で腕時計を見てため息をつく満希子。淡いピンクの上品なスーツを着て、いそいそした足取りで小走りに階段を下りてきょろきょろする姿は十代の少女のごとくです。
そこへメールの着信音。画面を見ると「西尾さん、超キレー、左のほうを見て OM」とある。きょとんと左を見ると歩道橋の上から子供のような笑顔で手を振る大森の姿が。それを見て「あー」と深く息を吐き出して満希子も満面の笑顔になり小さく手を振る。演出効果まで見事に計算されつくしてますね。満希子のような物慣れない女がイチコロでやられるわけです。

・さらに手を振り返した大森が小走りに駆けてくる。「いつからいたのー」「見てました、ずっと」。やだあと恥じらって見せる満希子。
それに答えず信号を渡って前方に急ぎ足で向かう大森。先生待ってと花柄のスカートを揺らしながら満希子は走り、足を止めて振り向いた大森に「もうー」と言ったところで大森が今度は駆け出し、満希子も嬉しそうな顔で後を追って走る。息が上がって止まる満希子を大森が笑顔で振り向き走って戻ってくる。すると今度は満希子が駆け出す。後を追って走る大森は満希子の右手をつかまえて「逮捕!」と明るく言う。
何ですかこのバカップル。思わず経過を細かに書き出してしまうほどに、絵に描いたような青春をやっています。

・並んで美術館の門から出てきた二人。「やっぱりよくわからなかった」と素直に言う大森に「自由と空想の画家って感じがしたわー」と満希子。いかにも雑誌などの紹介文をそのまま覚えてきた感じの実のない感想です。昨夜新聞記事で予習してましたからね。

・オープンカフェのテーブルに座ってる満希子に大森が飲み物を持ってきてくれる。「ありがとう」という満希子に「ミルク入れる?」と尋ねる大森。紳士な気遣いを見せつつさりげなくタメ口をきいてきてます。向かいでなく半隣りの席に腰掛けるあたりもさりげなく距離感を詰めてきてますね。

・二人で芝生のほうを見ると、母親と幼い男の子連れが遊ぶ姿が。満希子が目を細めて「大森先生もあんなころあったのねー」と言い出したところから大森の家庭環境―すでに両親はいない、母はごく小さいころに亡くなり父に男手一つで育てられた―の話に発展。まあ後から思えば満希子の同情引くための作り話なんでしょうけど。
先生が幸せにいきいき生きることが一番の親孝行だと思うな、親にとっては子供の幸せが自分の幸せだものと母親らしい慈愛をのぞかせた満希子ですが、「私でよかったら先生のお母さん代わりしてもいいわよ?」との言葉に、大森は急に真剣な顔と声になって「満希子さんは母親じゃない。明くんの母親かもしれないけれど、僕にとっては・・・」「先生っていうのもやめてください」と語る。
ちょうど親子連れを見たところだけに家族を裏切ることへの抵抗感から「お母さん代わり」という落としどころに走りかけた満希子を牽制し一気に関係を詰めてくる。何気に「満希子さん」呼びになってますし。

・ローカルな感じの電車に一人乗る詩文。ひざの上には紙袋。例の高級羊羹でしょうか。
向こうの車両にふと扉越しに目をやると並んで雑誌(美術展のパンフ?)を見る満希子と大森のツーショットが。さすがに驚いた詩文は目を反対にそむけ隠れるように体沈めてからまたそちらを見つめる。大森が満希子の手からハンカチを取って額を拭い、両手で丁寧にハンカチを返す。大森が次の駅で降りるのを満希子はわざわざ一回席を立ってドアの前で初々しい笑顔を浮かべ見送る。微笑みながら再び席に腰を下ろした満希子は、ハンドバッグからさっきのハンカチを取り出し、嬉しそうに鼻と口を覆ってみる。
これら一切を見届け、口をぽかんと開ける詩文。うわこれ恥ずかしい。人間どこで誰に見られてるかわからないですね。そもそも知り合いに見つからなくても、赤の他人が見てさえ公衆の面前でのこの「ハンカチ当て」はどうかと思います。詩文ももはや驚くというより呆れ果ててるような表情になっちゃってます。

・夜の公園を紙袋を手に大股に走るネリ。その足どりがゆるやかになりやがて止まる。彼女の斜め前方で上半身裸の英児が汗だくで縄跳びしている。ネリに気付いたらしく縄跳び続けながら横目でちょっと見たものの、微笑ましげに目を細めるネリにかまわずスピードあげる。
スローモーションで英児の胸板や腹筋がアップで捉えられる。勝地ファン垂涎のシーンですね(笑)。役作りのためにジム通ったりして鍛えただけあります。

・少しして手を止めた英児にネリは小走りに近寄り、「ジムで働く気になったのね」と話しかける。これまではアパートを訪ねるたび奥の部屋で布団に転がってるばかりですっかり抜け殻のようだった英児が熱心にトレーニングしてる、再びやる気を出してくれたのがネリには嬉しかったんでしょうね。
英児はタオルで髪の毛をぐしゃぐしゃ拭きながら「まだわかんねえよ」と返す。言い方はぶっきらぼうですがそんなに声はとがっていない。彼の気持ちが安定して前向きになってきてるのがわかります。

・英児のアパート。「今日はアジフライに挑戦してみるわ」と宣言したネリは、台所で慣れた手付きでアジを綺麗に三枚に下ろす。家で作った料理を置いていくのだとまた放置して腐らせかねないので、その場で作ることに方針転換したんでしょうか。ものが魚料理なのは、肉をどかんと持ち込む詩文との対比でしょうね。より生活感があって家庭的な風があります。
それにしても脳外科医やってるくらいでもともと手先が器用とはいえ、これまでろくに料理やってこなかったらしい彼女が短期間にこれだけできるようになったのは大したもの。髪の毛をシュシュ?でまとめ、側を通る英児に気付いてちょっと微笑む姿は若奥さんのごとく初々しいです。英児は無言無表情ですが、ボロアパートに家庭の匂いを持ち込んだネリに戸惑い、どう振る舞っていいのかわからなくなってる感じです。

・ネリが持ってきた雑誌?を立ったまま開いた英児は「たけー。先生の親が入んのかよ」と声をあげる。どうやら例の老人ホームのパンフレットのよう。「原詩文のお父さんと会ったことある?」「彼女に頼まれて施設探してるの」。英児の方に顔を向けずに説明するネリ。英児の前で詩文の名前を出すことにやはり抵抗感があるんでしょうね。
英児のほうも少しためらってから「・・・あいつ、大丈夫なのか」と尋ねる。前に詩文堂で詩文の父と会った時はいきなり圭史と間違われて彼が明らかに正気でない(詩文も「ボケてる」と言い切ってた)のを目の当たりにしているし、街中でばったり会った時も詩文が手を引いてるような状態だった。そして人前もはばからず思いきり舌を出すことで強い拒絶―その一方でどこか甘えを感じさせる女らしい仕草でもあった―を示してきた詩文の姿。拒絶されるほどに心配になるのも無理もない。そんな気遣いが英児の声に滲み出ています。
ネリは一瞬英児の方を見て「彼女はたくましいもの」とだけ答える。いくぶんそっけない言葉が、英児の声音に詩文への情を感じて湧き上がった嫉妬を示しているようです。直後に「できる女は料理もうまいってね、ねえ知ってる?」と妙に明るく自画自賛発言してるのもそんな自身の動揺をごまかそうとしてるように思えます。

・家でアイロンをかける詩文は、眉をひそめ目をぱちぱちさせつつさっきの満希子のことを思い出してる。想像に気を取られたのか、つい左手をやけどしてしまう。むしろこれ満希子がやりそうな失敗ですね。これまでは他人の恋愛を横から眺めてあれこれ想像していた満希子が逆にあの詩文から想像される立場になった。一種出世したといえるのかも?

・詩文は携帯を取り上げてどこかへ電話をかける。「はい河野です。ただいま留守にしています。メッセージをどうぞ」という声は冬子のものっぽい。詩文は少し沈んだ顔でそのまま切り、「はい、河野です」と無表情に繰り返す。養女に行ったのだから当然なんですが今は河野を名乗ってるんですね。わかってはいても実の母親としてはやはりショックでしょう。
しかし「留守にしています」という表現からすると電話した先は冬子の携帯ではなく河野家なんでしょうか。そもそも携帯の留守番メッセージを自分自身で吹き込む、それも名前まで名乗る人って(商売用の電話ならともかく)まずいないでしょうし。河野家にかけたということは冬子でなく河野母に用事だったわけですよね。父をホームに入れることを報告するつもりだったのか。

・そこへがらがらと扉が開いてママーと冬子が入ってくる。こんばんは、と紙袋もった冬子に詩文も微笑み返し、「今電話してたのよ冬ちゃんに」と言う。ということはやはり冬子個人の携帯にかけてたんでしょうか。それであのメッセージ内容はちょっと不思議。
ともあれ冬子は「これ、歌舞伎座のおみやげ」とお菓子と爪楊枝入れを渡す。「歌舞伎もまあまあ面白いけど歌舞伎座の売店ってちょー面白いんだから」と楽しげな冬子に詩文も破顔する。どうやら冬子は今までになくリッチな新生活を満喫してる様子。母としては娘が幸せそうなのが嬉しくもあり寂しくもありの心境ですね。

・しかし「こんばんは」と続けて河野母の声がしたのに詩文は驚いた顔に。「あはは詩文さんごきげんよう」と着物姿の母が上品に笑顔で挨拶。こちらも何だか上機嫌です。
詩文も笑顔で頭下げ、どうぞ、と席を立とうと(お茶を用意しようと)すると、表に車待たせてありますからお茶は結構ですよ。との返答。せっかくの親子対面なのにろくに話もさせない気なのか。あたかも冬子を引き取った幸せぶりを見せつけるためだけに訪ねてきたかのようです。
詩文もそれを感じてむっとしたのか、河野母の言葉を無視してコップとお茶を用意してます。

・「冬子ちゃんがねーどうしてもお母さんにおみやげもってくってきかないのよー」「圭史に似てほんとに優しい子ね冬子ちゃんは」。冬子の美質は全部圭史由来と言わんばかり。ことさらはしゃいだ態度といい、ここに至ってまだ詩文に喧嘩を売るのか。冬子を引き取る念願も果たして、もはや詩文に完勝したんでしょうに。
勘ぐるなら「お母さんにおみやげもってくってきかない」冬子の実の母への執着に嫉妬して、ことさら冬子は自分のもの、冬子を幸せにできるのは自分だとアピールしてるのかもしれません。一方の詩文が河野母の前にだけお茶を置いて冬子には出さないのも、冬子は身内だというこれまたアピールのように思えます。

・河野母はアイロンを取り上げ、「詩文さん、アイロンの水なくなってますよ」といかにも姑っぽいツッコミ。お茶も結構なくらいの短時間の滞在なのにそんなところはしっかり見てるという。詩文も思わず苦笑顔に。
直後「じゃ冬子ちゃん、お店予約してあるし行きましょうか」と席を立つ河野母。冬子もあっさり席を立ち詩文は「えっ」と声をあげる。「これからまだどっかいくの」と思わず声が裏返る詩文に、「ステーキ食べにいくの。すっごいおいしいんだから」と冬子は河野母と並んで笑顔見交わす。食べ物に釣られてるにせよ、冬子がもはや河野家側の人間になってしまったような、詩文目線で寂しさを感じてしまうワンシーンです。

・あなたもご一緒にいかがと河野母に言われた詩文は驚いた顔になるが、「私さっき食事済ましてしまったんで」と作った笑顔で断る。「それは残念。もっと早く電話すればよかったわね」などと河野母は言いますが、絶対電話なんかする気なかったでしょうね。
そもそも予約してるというのだからすでに人数二人で伝えてあるはずだし、詩文が断るとわかっててあえて形だけ誘ってるのがみえみえです。もしも詩文が誘いに乗ったとしてもなんか理由をつけて体よく詩文のプライドを傷つけるような断り方をしてくれたことでしょう。
意味深な笑顔を向け合ってる女二人を前に冬子は真顔で詩文を見てますが、両者の間の空気をどれくらい読みきれてることやら。

・ともかく形だけは和気藹々と二人を見送った後、詩文のお腹が鳴る。案の定夕飯食べてなんかなかったですね。詩文はお土産の包みを開けて饅頭を食べ、むしゃむしゃやりながらおいしい、と無表情に呟く。
羊羹を買うのにも躊躇する詩文と気安く饅頭をお土産に買ってきてくれる、今からステーキを食べに行くという娘とのコントラストが痛いです。

・マンション14階の自室へと廊下を歩くネリ。鍵を開けて中へ入り、電気つけると窓が空いていてそこら中荒らされている。無言で立ち尽くしたまま顔だけ動かして部屋の状況を確認するネリはちょっと泣きそうな顔。
夜だし一人だしこれは相当怖い。先から脅迫状送られたりつけられてるような気配がしたりはありましたが、ついに敵がはっきり姿を現してきた。しかしこんなリッチなマンションなのにオートロックじゃないんでしょうか。住人の後についてマンション内に入り込んだとしても部屋の鍵をどうやって開けた(その後また閉めてるのでこじあけたわけじゃない)のか。
警察が言うようにプロの空き巣の犯行なら特殊スキルがあるんだろうと思うところですが、手先の不器用そうな研修医福山が犯人だと思うとどうも不思議なくだりです。

・警察による現場検証。二階への階段の途中に膝を抱えるように座りこんでそれを見下ろしているネリ。検証の邪魔にならない場所に居ざるを得ないのはわかりますが、膝を抱える姿勢のせいか何だか寄る辺なげな不安げな姿に見えてきます。
刑事たちはプロの空き巣の仕業だろうと彼らの手口をいろいろ説明してくれるが、その会話の中で年かさの刑事が「奥さんも警備会社と契約しておいた方がいいです」と言った後に「あ・・・失礼・・・奥さんじゃ、ないんですよね」なる発言。この言い方の方が何気に失礼なんですが。
その後も若い刑事が「男の出入りがあると犯人も警戒するんですけどねー」というのをネリと話してた刑事が叱りつけたり。40過ぎて結婚してない、男がいないとこんな言われ方しなきゃいけないのか。ネリがちょっと重い表情なのはいまや空き巣のせいではなく刑事たちの発言のせいですね。
留守が多いのが空き巣に狙われる原因ならいっそ詩文を家政婦兼留守番に雇えばいいのでは。男じゃないから防止効果ないですかね。

・部屋のテーブルの上で半裸で腹筋していた英児。やると決めたらとことんトレーニングやるんですね。そこへネリから電話が。ろくに事情も説明されないまま呼び出されたらしく戸惑い顔でネリのマンションを訪ねると、泣きそうな顔のネリが扉を開け、安堵のあまりかその場に崩れ落ちる。あわてて抱きとめて先生!先生!と呼びかける英児の声がちょっと幼い感じで、彼の焦りが伝わってきます。

・ネリの家のダイニング。ネリが英児の前に紙封筒を持ってくる。「何すか?」と意外に丁寧な態度の英児。中身はビニール袋に入った手紙の束。テーブルの上にがさっと開けて一枚開いてみた英児は眉をひそめる。他の手紙も次々開けてみると「人殺し 絶対に許さない」など大書してある。
ため息ついて目をそらすネリに「誰かに、恨まれてるのか ?」と英児が尋ねると、ネリはいやいやするように首を振る。わからない、思い当たらないわ。でも今年の7月くらいから来るようになったの、ときどき誰かにつけられてるような気になるときもあるし、空き巣の集団に監視されてるのかな、と語るネリ。空き巣の集団は脅迫状までは出さないような。さしものネリもあまり平静ではないですね。

・「これ、警察には見せたのか?」と英児に問われたネリは首を振る。「あんな刑事に根掘り葉掘り聞かれるのはいや。妙な疑いかけられたくないし」。自分は患者のために精一杯やってきた、恨まれるようなミスをした覚えもない、医者として恥じるような事はないのに、「医療ミスなんかで疑われたら耐えられないもの」と最後は少し強い口調で言い切る。
実際脅迫状を見せていたら、警察も単なる空き巣説ではなくもっと真剣に捜査してくれたでしょうが、その捜査内容がネリの危惧どおり医療ミス方向へ進む可能性は高い。犯人を捕まえることを実質放棄してもいいなら確かに話さなくて正解なのかもしれません。警察を当てにできない分なんらかの防護措置は必要になるでしょうが。

・ネリの言葉に英児は真顔で「誇りたけーなー」という。呆れるようではなくむしろ感心したような口調。誇り高いとは入院中に英児がネリから言われた言葉。自分のボクシングに対する思いをネリがそう評してくれたのが英児には嬉しかったはずで、だから「誇り高い」というのはネリの職業意識を評するうえで英児の語彙では最大の褒め言葉なのだと思います。
ネリが「・・・あなたと同じよ」と答えたのはそんな彼の気持ちが感じ取れたからでしょうね。さっきまで倒れかけるほど脅えピリピリしてたネリが一瞬微笑みを見せるのも、彼女の心が英児の言葉に癒された表れでしょう。

・しかしそれもつかの間、「母校の教授に推薦されてるの。今トラブルは困るのよ」と告げたのをきっかけに、今日の泥棒もこの脅迫状の相手なのかな、誰かが観察してる、誰かがあたしをひきずりおろそうとしてる、と神経症的な言葉が次々溢れ出す。静かだが気が高ぶってるのがわかる声のかすれ方がいかにも精神的にヤバい感じです。
そして英児の右手をとって「ねえお願い、今夜はここにいて」と懇願、英児の右手にすがりつき頬に押し当てると「怖いよお」と子供のような声で言う。英児は黙って彼女の肩を抱くようにし、ネリは小さく嗚咽する。
ネリが脅えてるのは本心からでしょうが、同時にここぞとばかり英児に甘えてる、媚態を見せて気を引こうとしてるのも一面の真実でしょう。警察に“男がいない”コンプレックスをつかれた後ですしね。

・夜、人気のない大通りに面したラブホテルに詩文はやってくる。こんばんはー、失礼します、と声かけて中に入り、奥の部屋の入り口のところで中の椅子に座ってるおばちゃんに「今日からお世話になる原です。よろしくお願いします」と挨拶する。結局ラブホテルの仕事することにしたんですね。給料が安いと躊躇ってたものの、他に選択肢ない感じでしたし。
それでも冬子が今までどおり原家にいたら、何の仕事してるのか娘に知られそうな状況だったら、さすがにこの仕事やらなかったかもですね。

・ホテルの部屋ですばやくベッドメーキングする二人。おばちゃんは手際がいいねと詩文を褒め、「この仕事はじめてじゃないね」と言いますが、本当に前にもラブホで働いた経験あったんでしょうか。特にそんな気配はこれまでなかったんですが何かの伏線?

・客が置いてったらしいスポーツ新聞に小さく英児の記事が。「リングに立てるなら海外でも 再起を誓う安城英児」と写真つき。写真にじっと見入る詩文。「最近の客は行儀が悪くなったもんだわ」などと掃除しながらおばちゃんが語るのを聞き流して英児の記事を破り取りポケットにねじこむ。
このおばちゃん、15年もここで働いてるのかって ?、15年なんてあっという間だよー、などと一人で勝手に喋っててくれて一緒に働くには楽な相手です。

・ネリのマンション。ベッドに一人横になり空いてる右スペースを気にしながらそちらに背をむけるネリ。下の階の水槽前のソファには英児が横になってる。英児は目を開けたまま何か思わしげな表情。考えてるのは・・・やはり詩文のことだろうか。
一緒にベッドに寝てないということはネリとはまだそういう関係にはなってないんですね。今夜はここにいてと懇願した時点で、それ以前に英児を頼ってきた時点でネリの方はその気と見ていいでしょうに。精神的に弱ってる女に、その弱気につけこんで手を出すなんて卑怯だというような潔癖さゆえに何もしなかったんだろうと思いますが、詩文のことを濃厚に引きずってるゆえに他の女に積極的に近付く気になれないのもあるのでは。

・朝。日傘差して一人路上を歩く詩文の隣に白い車が止まる。窓を開けて「原さん」と声かけたのは歯科医の澤田先生。羊羹のお礼を言う澤田に会釈して詩文も車に近寄る。
「ゴルフですか」と尋ねると「ええ。今度一緒にどうですかと」と誘われるが「運動神経にぶいですからあたし」と苦笑ぎみにやんわり断る。「原さんこそこんなに早く ?」「仕事だったんです。さっきまで湯島のラブホテルでシーツ替えてたんです」。にっこり笑顔であっさり言う詩文に澤田は面白くなさそうな顔で押し黙る。
しかし「呆れました?」とちょっといたずらっぽい笑顔で詩文が突っ込むと「いや・・・尊敬します」との返答が。詩文は小悪魔な笑顔になり手を振って「行ってらっしゃーい」と声をあげる。一見無邪気な態度ですが、それとなく話を打ち切って体よく追い払ってるようでもあります。
ラブホの話に嫌そうな顔したくせに「尊敬します」なんて答えた澤田を、“職業に貴賎はない、自分の仕事を恥じずに告白できるこの女性は立派だ、とか無理矢理自分に言い聞かせてる偽善者”と感じたんだろうか。
澤田はさわやかな笑顔で会釈して「行ってきます」と車を出す。足を止めて手を振りながら見送る詩文の姿に「あーあ、この男もあっさり詩文の魔性にからめとられてしまいました」と美波のナレーションが入る。
やっぱりそうなのか?詩文の方はゴルフの誘いを断ったりわざわざラブホで仕事してることを具体的仕事内容まで話したり、澤田を遠ざけようとしてるようにしか思えないのに。本人の気持ちにかかわらず、むしろ突き放そうとしてもかえって好かれてしまうあたりが魔性ってことですかね?

・澤田と別れてゆっくり歩き出した詩文は英児の切り抜きを取り出して見つめる。澤田に男としての興味がまったくない、彼女の関心はもっぱら(彼女の好きなポクサーに戻れるかもしれない)英児に注がれてるのがわかる一コマです。

・病院のパソコンでメールを読むネリ。「いつか許されるなんて思うなよ。一生許さないから」とのメールにため息をつき、軽く頭かかえるのを宮部がちらりと見る。ちょうど電話が鳴って宮部が取るが、「はい・・・」と当惑した声のあと「灰谷先生、警察からです」と力が抜けたような声をかける。
警察という言葉に他の看護婦もちらりと振り返り、近くにいた福山たち医師にも緊張が走る。こうなるとわかっててわざと警察という単語を口にしたのが丸わかりですね。宮部が福山がらみでネリを逆恨みしてる描写は早くから繰り返されていますが、脅迫状、後をつける、空き巣などの一連の行為がいかにも男が犯人のように(身体の一部が映るアングルなどで)思わせておいて実は宮部だったというオチじゃないかと視聴者に思わせるためのミスリードかと思います。

・電話でしばしやりとりし、「はい。そうです。よろしくお願いします」と元気のない声で受話器を置いたネリに、福山と坂元が寄ってきて「先生、何かあったんですか」と尋ねる。今さら答えないのも怪しいし隠すほどのことではないので、ネリもため息つきつつ「空き巣にやられたの。人生トラブルばっかりよ」とうんざり告白する。
福山が無表情に「先生この前も何か怖がってましたよね」と問いかけると「福山くんに泊まってもらおうとしたらふられたんだわ」と冗談ぽい答えが。さすがにテンション低いものの、昨日と比べてネリの精神状態がずいぶん安定してるのは、やはり英児が一晩そばにいてくれた、脅迫状のことも彼には話せたことが大きいのでしょう。

・「そういうことなら行きますよ」と福山が意外にしっかりした声で言い切る。さらに坂元も「ぼくも家遠いんで先生んちに下宿してもいいですよ」と便乗した軽口を叩く。しかし「空き巣ってここに入れると思ったらくりかえし入るんだって、あんたたち泥棒と戦ってくれる?」と言われると坂元は黙ってしまう。
一方福山はちょっと眉を上げて「僕らがいたら入らないですよ。女一人だからなめられるんです」。さらに微妙に余裕ある笑顔で「先生は僕ら研修医が守りますよ」と続ける。「へえー、頼りないと思ったけど嬉しいこと言ってくれるじゃない」とネリは本気でちょっと嬉しいような顔をしますが「でもセキュリティ入れたから大丈夫、あなたたちよりも完璧」と結局はさらっと断って席を立っていってしまう。まあ確かにボクサーの英児の方がずっと腕っぷしの強さにおいて頼りにはなりますね。
拒絶されたのに「可愛くないなあ」とどこか楽しそうな笑顔の福山に坂元は「おまえもよくいうよ」とちょっと呆れた様子。この頃になると明らかに福山のネリへの感情は好意の方に傾いてますね。「可愛くないなあ」と言いつつ嬉しそうなのも、ネリが自分を叱る時の眉根の寄せ方に萌える福山らしいマゾ的反応。宮部が拗ねたような顔で福山を見てるのは、そういう彼の感情の変化を察しているせいでしょう。

・洗面所の鏡台にもたれて立つ満希子は「大森先生だよー」との夫の声にはっと鏡見直してからいそいそ出て行く。いらっしゃいませと声をかけるも、大森は二階から下りてきた明に玄関先で、来週模擬テストだから今日は気合い入れるぞとか話した後さっさと一緒に二階へ行ってしまって満希子を見ようともしない。先日とうってかわったつれない態度に満希子は意外なような傷ついたような顔に。
その後おやつをもって二階へ行ったときも、ドアを開けて後ろからしばらく様子を見てても、気付いてないのか振り向きもしないのに口をとがらして部屋を出る。優しくしたかと思えば今度は気のないような素振りを見せる―まさに異性を落とすための初歩的手練手管ですね。

・大森も交えた夕飯の食卓。満希子が「先生、パエリアいかがですかー」と皿ごと勧めても、いただきました、と愛想は悪くないもののにべもない返事。満希子はつまらなそう。ゆかりと「小学校の頃女の子にもてた?」「好きな子には相手にされなかったけどね」なんて会話をしてるのにも複雑な表情を向けています。
ついには焦れてテーブルの下でそっと足を伸ばして大森の足を触ってみようとするが「誰だパパの足蹴飛ばしてるの」とまたも人違いする。また明らかに不自然な姿勢になっちゃってるし。武は「ママ ?足つったの ?」と好意的解釈をしてくれてますが。コミカルな描き方ですが大森にいいように翻弄されてますね。

・皆が去ったあと一人食器を洗う満希子は、エプロンのポケットにノートの切れ端に書いた大森のメッセージを見つける。「この前楽しかったです。また会いたいです」とのシンプルな文章にも、今日さんざんじらされた後だけに「んー、もうー」とにんまり。本当にもう、ちょろすぎます。

・夜病院を出たネリは玄関外で待っていた英児に声をかけられる。「どうしたの?」「ボクシング、やろうぜ」。軽く自分の両拳をファイティングポーズぽく振りながら英児が近づいてくる。ボクサー然とした仕草が何とも格好いいです。
「自分の身は、自分で守んねえとなんねえだろ」。言葉は乱暴でも声は存外優しい。いつ出てくるかわからないネリをずっと待っててくれた気遣いも暖かく、彼がネリを案じてくれてるのがわかる。坂元たちみたいな口先だけじゃなく、帰りを待つ、ボクシングを教えるという具体的な好意で示してくれてます。
しかし自分がずっとそばにいて守ってやるとは言わないんですよね。それが物理的に不可能だからというだけじゃなく、長くは一緒にいられない関係(ボクシングのために海外に行くつもりでいるから)だという思いが心の底にあるからでしょう。

・公園でまずは立ち方から教える英児。指示のいちいちに従うネリが少し嬉しそうなのは、ネリの身の安全のために労力を割いてくれるためばかりでなく、トレーナーになる心の準備ができた印と思ってるからでは。

・詩文堂。一人本棚をゆっくり見て歩く詩文父。途中から来て後ろで見ていた詩文は寂しそうな顔をしながら、大きなバッグを持って無言で後ろを通り抜ける。ん、詩文泊りがけでどこか行くのか?などと一瞬思ってしまった。
そしたら詩文父がお世話になりましたと静かに言い、詩文も悲しそうな顔を向ける。そうか、今日ホームに入所するのかとここで分かります。父は本棚から遠藤周作『沈黙』を取り出して「もっていくよ」「詩文が生まれた年に出た本だ」と言う。いつになくまともな事を言い出した父に詩文はちょっと驚いた顔になる。
「お父さんは詩文が自由に生きているのを見るのが好きだった。詩文にしかできない人生を生きてほしいと思っていたからねえ。だけどもう40だよ」「二人でする貧乏は耐えられるが一人でする貧乏は耐えがたい。いい人がいたら一緒に生きることを考えたほうがいいよ」。
痴呆症は行きつ戻りつでどんどん悪くなっていくのが定石ですが、わずかな正気の時間が長年暮らした家と店を離れる最後の瞬間に訪れたのは僥倖だった。穏やかな笑顔で「わかってます」と頷く詩文も、久しぶりに父と話せたような気がしたんじゃないでしょうか。「ホームにいっても、いつでも相談に来ていいからな」と続けるあたりは(自分の頭の状態がよくわかってないという意味で)また怪しくなっていますが。

・夜一人の家に帰宅する詩文。ただいまーと空気の混じった声で誰にともなく言い、暗い玄関先で俯く。詩文が本当に一人になってしまったその孤独感をひしひしと感じさせます。
そして本に挟んだ英児の切り抜きをしばしじっと見た詩文は、すでに閉まってる肉屋の玄関を叩き、主人にステーキ肉500グラム切ってほしいと頼む。「1枚500?高くなるよ?」と言われても「いいです」と言い切る。娘も父も、もう身近で守るべきもの全てを手放した詩文のやけ気味の大盤振る舞いですね。何とか言っても誇り高い詩文があれだけ繰り返し拒絶してきた英児のもとに走ろうというのだから相応の景気づけが必要だったんでしょう。それだけ彼女の孤独がつくづく深いのも感じます。

・英児のアパート。詩文は玄関前で少しためらったもののドアを開けて中に入る。すると明らかにアレな荒い息遣いが聞こえてきて、詩文は寝室の前で固まる。中ではまさに行為の最中。しかも相手はネリという・・・。英児がいっさいドアに鍵を掛けない主義だからこそ発生しえたまさかのシチュエーションです。
ネリは詩文に気付いて済まなそうな表情になるが、詩文はまだ無表情のまま。こんな女たちの修羅場にもう一人の主役である英児が何も気付いてないのもシュールというか辛い光景というか。ネリも済まなそうな顔してるわりには英児に何も言わずそのまま続けてるし。

・「私が死ななかったらこの二人は再会せずこんなことも起こらなかったに違いありません」「そう考えると私はなんて罪深い女なのでしょう」。ここでまた美波のナレーションが。詩文とネリは冬子のケガがきっかけで病院で再会したのであって美波は関係ないんですけどね。死んでなお自己陶酔気味の台詞が、さすがは満希子の親友というか女の業というか。

・やがて詩文はゆっくりと笑顔になる。この笑顔が何とも怖いです。やるじゃない、的な感じにも取れますが。こんなことがあった後も詩文とネリが友人で居続けられたのも思えばすごいことです。

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『四つの嘘』(2)-4(注・ネタバレしてます)

2012-09-09 00:12:49 | 四つの嘘
〈第四回〉

・日中に詩文堂を訪ねる英児。しかし店番が父親なので入らずに中を覗いてると、ちょうど冬子が帰ってきて怪訝な顔をする。英児は顔をそむけますが、やはり娘には顔を合わせづらい心理があるんでしょうね。
冬子の方は母親に恋人がいることは知ってるはずですが、英児の挙動から彼がそうだと察したでしょうか。

・ただいまと台所に入り詩文に声かける冬子。どうやら無事仲直りしたらしい。そして夕飯いらない、おばあちゃまのところへ行く、とさらっと言う。おばあちゃまという呼び方に驚く詩文に、そういうと喜ぶから、「魔性は女にも通じるんだよ」とからかうような甘えるような口調で冬子は説明する。
本当に河野の家に行く気なの?といくぶん呆れたように詩文は言うが、これまでのようにヒステリックなまでのキツい拒絶の態度はすっかりなりをひそめています。大学も行かしてくれるし海外にも旅行行けるって、と冬子は言ってから「ママがいやならやめる。でもママもどっかでそのほうが気が楽だって思ってるし」と自然な調子で口にして、虚をつかれたように詩文は言葉を失う。
これまでは河野母への反感もあり、何より母の情として冬子を手元に置きたいと思ってむきになってきたけれど、強い執着は生きがいになると同時に重荷ともなるわけで、痴呆の進む父、赤字か重なるばかりの店を背負った詩文が、このうえ冬子まで育てることに限界を感じはじめるのは無理もないでしょう。まだ詩文自身もはっきり自覚してるかわからないそんな心の弱りを、冬子にさらりと指摘されたのだからこれは痛いですね。

・詩文は気を取り直して、その方が冬子がいいと思うなら止めない、でもあの家に養女にいくということはいずれ婿を取るということ、あの人はお墓を守る人が欲しいだけだとマイナスポイントを並べますが、おばあちゃまが死んだらそんなの全部無視すればいいと冬子はあっけらかんとしたもの。そう簡単に死なないわよあの人はと詩文は一人言を呟きますが、この一人言の時だけちょっといつもの元気を取り戻したように見えます。
しかしこの頃河野母はブティックでうきうきと冬子のための服を買い物したりしていて、それを見る限り「お墓を守る人が欲しいだけ」という評価は当たってない。むしろこの年になって突然得た孫が可愛くて仕方ないようにしか思えないです。

・英児が詩文堂の扉を開けて中へと入る。店番は相変わらず父なのですがいいかげん業を煮やしたのでしょう。足早にカウンターに向かい「あの、詩文さんは」と単刀直入に切り出すと、父は少し睨むような目で英児を見る。
その視線に戸惑った英児は「あの、おれ・・・」と思わず口ごもる。血の気の多いボクサーをびびらせるのだから詩文の父親も大したものです(笑)。

・父の脳内に圭史の姿が浮かび、「圭史くん」と呼びかけられて英児は驚きに眉を寄せる。詩文ー、圭史くんが見えたよー、と奥へ声をかけてくれたのはいいとして圭史よばわりに当惑していると、すいませーんと言いながら詩文が出てくる。お客をつかまえて圭史扱いしてると思ったんでしょうね。
こんな父に店番させといていいんですかね?多分誰も来店しない前提だからなんだろうけど。

・店に出てきて英児の姿を認めた詩文は動きを止める。「どうぞごゆっくり」と父が席を外したため二人きりに。困ったような顔の詩文に「圭史って誰」と英児はちょっと強めの声で尋ねる。他の男の名前が出たことで嫉妬してるのが丸分かりで、そのへんが英児の幼さというか可愛いところ。
しかし詩文は英児の問いかけを無視し、「カナダで死んだやつ ?」と聞かれても「もう閉店なんで」と顔を見ようともしない。ですが詩文が言ったでしょうもう終わりだって、と告げた―英児を無視することを止めともかくも彼に向き合った―とき、彼は詩文に大股に近寄り両肩をつかんで正面に向けさせる直接行動に出る。
ちょうど棚の影から出てきた冬子はこの光景に口を開けて止まってしまいますが、詩文が笑顔を作って「お客さま」というと冬子もびっくり顔のまま頷くとふーんと意味ありげに笑って引っ込む。そのまま棚の後ろを回って外へ出て行く気の利かせ方も(もともと出かける予定だったとははいえ)なかなかに理解のある娘です。

・冬子が出て行ったあと詩文は、わかったでしょあたしにはあんな大きな子供がいるの、ボケた父親も抱えてるの、だからもう英児にかまってる暇はないのと背中押しやるように英児を玄関から出そうとする。
店の入口で英児は向き直り「ボクシングできなくなったからいやなのか」と問う。頭打たなくたっていつかはボクサーやめなきゃならないんだ、そのときはおれを捨てる気だったのか、とすねた子供っぽい表情で英児は言い募る。
「死んでもボクサーでいてえんだ」とネリに叫んだときに比べると、ずいぶん後退したというか現役引退を少しずつ受け入れられてきた感じの発言。確かにボクサーを止めることを受け入れた英児は牙を抜かれたがごとくで、それまでのギラギラした魅力がどこかへ行ってしまった感がある。詩文がボクサーじゃなきゃ英児じゃないというのもわかる気がします。
だからというべきか、詩文はしばし沈黙の後、唇の端をあげて笑顔を作り「そうよ」と嫣然と笑い、傷ついた顔でじっと見ている英児を押し出して店の扉を閉める。

・ネリは英児の今後についてジムの会長に相談にいく。うちのトレーナーになりたいというならウエルカム、けどどうかな(英児にその気があるだろうか)という会長に「彼がその気になったらお願いします」とネリはつい勢いごむ。
会長はわざわざネリの隣に来て座り、なんでそんなに英児に親切なんだと尋ねてくる。私は彼の主治医です、他の患者さんには家族や友人がいるが彼には誰もいないんだなと感じました、立ち直るには親身になって心配してくれる人間が必要なんです、とあくまで医者として当然の行為だと強調するものの、「余計な世話かもしれないがあいつに惚れるのだけはやめときな」と完全に会長に見透かされてしまってます。
ネリは笑いながら、余計なお世話です、あくまで医者として患者さんのことを考えてるだけです、ととぼけるものの、早々にジムを立ち去るあたりの挙動で語るに落ちてるような。

・英児のアパート前までやってきたネリは、階段を上がるのをためらってるところへちょうど帰ってきた英児と遭遇する。ネリはそのまま英児がやってくるのを待つが、英児は彼女の前をすり抜けて階段をあがっていってしまう。
ネリが後を追いながら「外来の予約すっぽかさないでよね」と言っても、閉まりかけたドアをそのまま開けて中へ入っても完全に無視。先日のキスの後どんな別れ方したんだろう。恐らく英児は詩文堂帰りだと思われるので、詩文に袖にされたばかりで誰とも話したくない気分だったんでしょうか。

・詩文は銀行で残高128円の文字に無表情に見入る。両目を閉じて何も言えない様子。確かに残高3ケタは精神的に堪えますね。前に河野母が置いてったお金はもうなくなってしまったんでしょうか。
そのとき横目に隣の男性がごそっと万札降ろすのを目撃した詩文は、男が札を数えるのをじっと見る。相手の顔へ視線を移すと、向こうも気づいたのか横を向いて結果目があう。詩文が気まずさを隠すように微笑むと男は魅入られたようにお札を取り落としてしまう。詩文の「魔性」が発動したか。
あわてて男が札を拾い集めるのを詩文も手伝い、男の手に拾った札をそのままごそっと乗せるが、後から一枚だけ拾った札を彼が取ろうとしても手を離さずに二人で引っ張りあう格好になる。
拾ってあげたんだから一割寄こせというアピールなのか、あまりの残高の低さに打ちのめされたゆえの奇行なのか。男が詩文の笑顔に一瞬幻惑されたのは確かなようなので、てっきりこのまま誘惑にかかるかと思ったんですが。

・一人食卓で丁寧にマニキュアを塗る満希子。夫に両手をみせびらかして「パパがいやなら取るけどー」という満希子に武は「ママの爪なんだから好きにしなさい」とあっさり。要はあまり関心がないだけか。なぜ急に満希子がお洒落になったのか妙にうきうきしてるのか考えもしないらしい。
そこへやってきた大森は「いつもおいしいご飯ご馳走になってるんで」と満希子個人へのプレゼントとして高級店のものらしいマカロンを渡し、「爪、綺麗ですね」と褒めることも忘れない。ちょっといたずらしてみただけ、と照れたように指をみる満希子の表情と仕草が年若い娘のごとくです。
大森が二階に行ったあと満希子は一人マカロンを食べてみて「硬」と呟くが、彼女にとって大森が禁断の果実、彼と関わることで痛い目を見る伏線なのかも。

・河野家を訪ねた冬子は、白地に鮮やかなピンクをところどころあしらった、いかにも女の子向けかつゴージャスな部屋へ案内される。あなたのお父さんの部屋だったんだけどこれからは冬子ちゃんに使ってもらおうと思って。カーテンもベッドもデスクもみんな入れ替えたのよ、と河野母はもうすっかり冬子が一緒に暮らすと決め込んでいる様子。
というより口調は自然ながら恩着せがましい言い方には、真綿で首を締めるように養女話を承知せざるを得ない雰囲気を作ろうとする計算が感じられます。詩文と丁々発止やりあうくらいですから、この人も冬子が思うほどちょろい年寄りではない。
さらに、ネグリジェも買っちゃったと袋からさっきの服を出して冬子の身体に当ててみたりしてじわじわ攻めた上で、早くこの家に来てちょうだいよとずばり切り出すが、「それはまだ・・・」と冬子は躊躇いを見せる。詩文さんがうんて言わないの?という河野母の反応には、そんなのは冬子さえその気があれば関係ないと続けようとする気配があります。詩文の反対を見越しているからこそ、冬子当人を物欲で釣って冬子が自主的に詩文を説得するか家を出てくるかするよう図ってるわけですし。
しかし冬子は「母に心から送り出してもらうためにはもう少し時間が必要かと」「出来のいい母じゃないけど、やっぱり母は母なんで」と、母親思いの良い子と思ってもらえるようふるまいつつ、でもいずれは養女になるという含みを持った話しぶりと、ちょっと顔をそむけ口にハンカチ当てて嗚咽するような素振りとで上手くその場を逃れる。
わかった、泣かないで、と河野母は自分から引き、「冬子ちゃんは圭史に似て思いやりがあって頭のいい子ねー。おばあちゃま嬉しい」とかえって喜ぶ気配さえ見せる。海千山千の女傑を相手に魔性の小娘が一歩リードを取った感じですが、おばあちゃま冬子ちゃんのためにお母さんとも仲良くするわ。そしたら安心してこっち来られるでしょ、と続けるあたり、一刻も早く冬子を養女にしようという気持ちは全くぐらついていない。
実際に仲良くするかどうかはともかく、詩文の困窮ぶり、先日養子の件を切り出したときの動揺ぶりから、詩文を説得できる自信があるということでしょうね。やはりまだまだ冬子が歯の立つ相手ではなさそうです。
しかしなぜ河野母は冬子を引き取ることをこうも急いでるんだか。このままじゃ早晩詩文は冬子の学費も払えなくなる、そうなれば冬子の、未来の養母たる自分の不名誉にもなるし、だからといって詩文に学費名目であっても金を渡したくはない、というあたりが理由でしょうか。

・詩文は家のテレビを消し、こたつに入ったまま寝てしまった父に毛布をかけてやる。かえってそれで目を覚ました父は、どうしたんだこんな悲しい顔をして、と意外にまともなことを言う。
だからなのか詩文も、「お父さん。詩文堂閉めない?」「このままだと借金かさむばっかりだし。ここの借地権売って借金返していかないと大変なことになると思うのよ」と普段はしがたいような難しい話を切り出す。言葉は穏やかだけど説得するような笑顔で詩文は言い、父もあっさり得心した様子。
「お父さんは老人ホームでもどこでも行くが、詩文はどうするんだ?」と尋ねるのへ詩文がにっこり笑って、「圭史と再婚するから」。だから私と冬子のことは心配しないでと言うと、そうかやっと決心したか、それならお父さんいつでも死ねる、と嬉しそうに言う。
普段に比べずいぶんまともに思えましたが、やっぱり圭史の死は相変わらず認識できていなかった。ここで詩文がにっこりするのは、やっぱり父はもう正気にはなりえないのだという諦めの笑顔のように思えます。

・ネリは院長室に呼ばれ、来年の秋に東都医大第二外科の教授選があるんだが出られるか、と切り出される。静かだが驚いた顔で院長を見るネリ。
今の第二外科の教授は友人だが前々から君に注目してるそうだ。君の母校でもあるしいい話じゃないか。僕らの時代はどんなに優秀でも女の教授はありえなかった。君は時代の先端をゆく宿命なんだよ、と院長はご機嫌だが、ネリは「はあ」と気乗りしない笑顔。
東都医大初の女教授(しかも外科)となると確かにパイオニアとして注目と尊敬を集めるでしょうが、前例がないだけに嫉妬の矢がさんざん飛んでくるだろうことも想像できる。結局「少しだけ考える時間をいただけないでしょうか」とネリはひとまず返事を保留にする。まあ賢明な判断でしょうね。

・電話で呼びだされ手術室に足早に入るネリ。福山の操作がもたついてるのを見て「どきなさい、どけっていってんの!」と乱暴に割って入り、先から福山に興味ありげだった看護婦の宮部が上目使いにネリを睨む。福山は東都医大きっての秀才だったそうですが、実戦では見事に使い物にならない、ペーパーのみの秀才タイプですね。
福山は横にずれてネリに道具を渡しますが、正面を思いつめたように見据えたままネリの方を見ようともしていない。この視線の動かなさが福山の偏執狂的な性格を暗示してるように思えます。

・エスカレーターを上がるネリを後ろから宮部が追う。「灰谷先生て福山先生のこと嫌いなんですか」と咎める口調。「怒られてばかりだってしょんぼりしてましたよ」と言うのを「教育してるだけよ、一人前の外科医になれるように」とネリは母親的笑顔で応じる。
それに対し宮部はちょっと顔をそむけて「あたし付き合ってるんです福山先生と」と妙に高らかに宣言。加えて「今度相談に乗ってください」と言い出すのにネリは困ったように返事をしない。男っ気がない、それが周囲にも知れ渡ってるネリに何を相談したいというのか、宮部の意図がわからず困惑してるんでしょう。
宮部の方も「あ」と足を止めて「やっぱりいいです」と訂正する。これどうも最初っから彼氏をいじめるネリに嫌味言いたさで、わざわざ福山との関係を宣言したうえで相談もちかけるふりして取り下げるという高度な嫌がらせをしかけたんじゃ。上司に対してずいぶん思い切った行動です。しかも恋愛がらみだし。ネリの呆れたようなな何ともいえない笑いはそのへんを見透かしてるからなんでしょうね。

・詩文が店番しているところへ河野母が来訪。「詩文さんごきげんよう」といつになく爽やかな河野母に詩文は居心地悪げ。冬子ちゃんがお母さんと仲良くしてほしいっていうから、だから今日はみんなですき焼きしようと思って、と紙袋から大きな包みを取り出す。「今話題の宮崎の黒毛和牛」とにっこり。そして「あのね、冬子ちゃんも7時には帰るって言ってたから、じゃあ奥失礼しますよ」と勝手に奥へ入っていく。
この行動に詩文はあっけにとられる。冬子に言われたからとはいえあの河野母が自分に友好的態度を示してくるというのが信じがたかったんでしょう。
単純に孫娘にメロメロで言いなりになってるということではなく、詩文を懐柔することによって養子話を実現させようという意図があるにもせよ、それだけ河野母が冬子を本気で養子に望んでいるには違いない。詩文にはそうそう買えないような高級肉をどんと持ち込んだのも、河野家の経済力を示し詩文を心理的に圧倒する作戦なんでしょうが、そうとわかっていても河野家に行った方が冬子は幸せなんだと納得しそうになってしまう。
冬子の気持ち(母と仲良くしてほしい)から今日の帰宅時間まで把握してるのも含め、完全に河野母が優位に立っています。

・詩文が帰宅した冬子に「河野のお母さんくることあんた知ってたの」と聞くと、冬子はふっと笑って「ほんとにきたんだ」と軽く答える。「どうなってんのよ」と抗議するような口調の詩文。
詩文にしてみれば河野母との対面は冬子を取られるかどうかの戦いに他ならないのに、肝心の冬子は気軽に河野母にすり寄り、養女の件も河野家から好きにお金を引き出せるくらいに捉えていて、詩文と法的に親子でなくなることに抵抗を感じてる様子はない。
見方を変えれば、法律上どうあろうが自分と詩文が母子であることは揺るがない、母子の絆をそれだけ確信してるともいえるんですが、詩文と冬子の温度差が詩文目線で何だか悲しくなってきます。

・皆ですき焼き鍋を囲むものの沈黙気味。んーおいしい、とろけるーと冬子が一人で盛り上げ、河野母も冬子の発言にはおばあちゃんが今日は奮発しちゃった、と楽しげに応じる。
対照的に面白くなさそうな顔の詩文は「お父さんほらお野菜もいただいてよ」といいながら父の鉢に野菜を取ってやる。明らかに河野母への反発から肉を避けて代わりに野菜を勧めてるのがみえみえですね。そんな詩文の気持ちなどまるで忖度していない父は「いいや私は肉でいいよ」と素直なお答え。
「いいじゃないのおじいさまには好きにしていただいたら」と口を挟む河野母の方はそんな詩文の心情を読みきっているのが、たしなめるような見下すような笑顔に顕著。元嫁姑の間の見えない火花が恐ろしいです。

・詩文の父は今さらいぶかるように河野母を見て「あなたは、どなた?」 河野母は戸惑ったように詩文を見、詩文は無言でちょっと父に目をやり、その仕草で事態を了解したらしい母は「あの、わたくし、河野良子と申します」と上品な笑顔で挨拶する。
最初に詩文堂を訪ねてきて詩文父に会った時点で彼がボケてるのは知ってるはずですが、あの時は自分を圭史の母と認識できていたのがもはや出来なくなってることに思わず呆気に取られてしまったんでしょう。
この後も詩文の父がすっとぼけた発言・行動を重ねるほどに詩文と河野母はどんどん暗い顔になってゆく。ついには詩文父以外は全員沈黙。詩文父だけが皆の心などなにも知らず陽気にしてるのに、何ともいえない哀しさがあります。
とはいえ、原作に比べるとこの父を取り巻く空気は哀しいながらも乾いた哀しさでどこか明るさをも感じさせる。原作では父は血圧が高く身体は弱り気味なものの特に痴呆の症状は出ていない。ドラマの方がずっと原家の状況は深刻なはずなのになぜ、と考えるとこのお父さんのとっぱずれた言動、自分たちの置かれた状況の深刻さが理解できないゆえの明るさが原因なんじゃないかと思えてきます。父親役品川徹さんの名演技によるところ大ですね。

・沈黙ののち、やがて箸置いた詩文は「河野さん」と呼びかけ、冬子のほうに視線をやってから「冬子を、お願いいたします」と寂しげに笑う。河野母と冬子はとっさに無言。「こんな家で苦労するよりもそちらでお世話になったほうが幸せだろうと思います」ともはや割りきった笑顔で告げ、「どうか幸せにしてやってください」と一番のにっこり顔を見せる。
あの父の体たらくを見たあとだと「こんな家」という言葉に非常な説得力があります。すでに河野家に行ったほうが冬子のためじゃないかという思いに傾きかけてた詩文に止めを差したのもまさに今日の父の恍惚ぶりだったのでしょうし。
河野母もすでに詩文父の痴呆を知っていたとはいえ、さすがにこの展開を読んで夕飯を一緒しようと持ちかけたわけではないでしょうが、結果的にこちらが何も働きかけない内に詩文の方から養子の件を頼んでくるという、彼女にとって最高の結末になりましたね。

・河野母は感動を抑えてるような静かな表情で「もちろんですとも、圭史の大事な忘れがたみですもの。大事に大事にしますよ」と答える。
ずっと詩文を嫌ってきた(自分も詩文から嫌われてるのをわかってる)この人も、だからこそその自分に娘を、娘の幸せを願えばこそ託そうとする親心に、同じ人の親として感動を覚えずにいられないんでしょう。

・黙って見つめてくる冬子に「冬ちゃん、冬ちゃんも後悔しないような人生を生きていきなさいよ」と詩文は真顔で言い聞かせるように言う。冬子は破顔して「どうしたの?マジになってる」と言うと「マジでいってるんです」と真顔のまま詩文は答え冬子も真顔になる。
悲しいのはこのとき詩文が冬子の意向をちゃんと確認せずに養子話を切り出してること。原家の現況や冬子の態度から冬子はもう完全に河野家に行きたがってると決め込んでいる。冬子は「ママがいやならやめる」と一応の留保をつけていたのに。冬子が黙って詩文を見ていたのは、「私の意志は確認してくれないの?」という一抹の寂しさを感じたゆえだったのかもしれません。
こんなやりとりに何の関心も示さず詩文父が食べ続けてるのもまた悲しい。お父さんは冬子が河野家に移ったあと、なぜ彼女がいなくなったのか(いなくなったことも)理解できたんでしょうか。

・台所で並んで片付け物をする河野母と詩文。圭史が生きてたころは嫁姑として一緒に台所に立つこともなかった、今になってこうやって仲良く並んでるなんてねえ、と感慨深げにいう母に「・・・ほんとですねえ」と答える詩文。
続けて母は「どんな思いで見てるかしらね圭史、私たちのこと」と言いますが、詩文はこれには返事をしない。念願通り冬子の養女話がまとまったのと、それに際して詩文が見せた態度に感銘を受けたのとで大分河野母も軟化したというか感傷的になってる印象です。詩文はそれを感じ取りつつ、彼女の感傷に同調しようとはしない。それどころか「冬子ちゃんは河野家の子供になるけどあなたは実のお母さんですからね、どうなってもいいってわけにはいかないのよね」と原家に対する援助をほのめかしたのに対して「お心にかけて頂かなくても結構です、私一人くらい何をやってでも生きていけますから」と突き放してしまう。
以前父の痴呆を知られたときも「父のことはご心配なく。冬子のことだけご心配ください」と笑顔で同情をシャットアウトしていた。河野母にとって実の孫にあたる冬子に関することなら大金を要求するのも正当な行為と見なせるけれど、自分や父は河野家とは関係ない人間、援助や同情を受けるいわれはないということでしょう。詩文の(あまり人目にはわからないだろう)誇り高さが表れています。
にべもない拒絶に河野母もむっとして「そうですか、そりゃ余計なことを申しましたね」といかにも憎憎しげに言う。そして結論が「やっぱりあたしとあなたは合わないわ」「そうですねー」。気が合わないという認識が一致してる点で、逆説的ながら気が合ってるようでもあるんですが。

・ハローワークで求人情報を見ながら考え込む詩文。「古本屋の店員とかないでしょうか」と職員に尋ねるが、おわかりいただけないかなあ、あなたは40過ぎてるんですよ、特別な資格もお持ちではないし、と呆れたように言われてしまう。
とはいえ「本気で働く気が、おありなんですか」とは失礼な言い草。「あるから、来てるんです」と言い返した詩文も少なからずむっとしたんでしょう。しかし「だったらこの中から選んで面接に行きましょう」とリストを提示されると、悔しさを呑み込んだ顔で再び情報に目を落とさざるをえない。よほど不本意な仕事ばかりなんだろうと察せられます。

・病院のパソコンで献立表を見るネリ。後ろから福山が覗きこみ「うそ。先生料理するんですか」と一言。坂元もやってきて「灰谷先生の手料理、食べてみたいな」と冗談を言うと、「あなたたちのために料理する暇はないわよ」とネリが冷たく、でも冗談に冗談で返すような口調でつっぱねる。
そこへもう一人後輩医師(井上)がきてネリの真後ろに立ち、東都医大の教授になられるんですかと勢いこんで尋ねてくる。東都医大始まって以来の女性教授になる、しかも外科だと騒ぐ井上と坂元を、まだ出るか決めたわけじゃないんだからと牽制し、勝手な噂流さないでねと釘をさしてネリは病棟へ。
福山は「灰谷先生が東都医大に戻るなら僕も戻ろうかな」とにやにやしていますが、すでに女としてのネリに惹かれる気持ちが芽ばえつつあったのか。あるいはネリは東都医大になんて戻れない、教授になんかさせないという思いを秘めての台詞だったんでしょうか。

・英児のアパートへ紙袋を持って訪ねていくネリ。台所から窓越しに眠っている英児を見つめて、紙袋を玄関先に置いてそっと帰る。中には「栄養のいい食事をしてください。来週の外来に必ずきてください」とのメモ入り。すでに医者と患者の枠を越えた親切ぶり。それももともと料理自慢ならともかく、英児に食べさせるために料理を研究までしてるんですからね・・・。

・明の部屋へケーキと飲み物を届けに向かう満希子はいそいそした足取り。この年になりながら、家の中に格好いい若い男がいるだけでこの浮き足の立ち方はすごい。むしろ「この年」だからこそなのか。
しかし廊下に立って話すゆかりと大森を見て階段の途中で足を止めそっと二人を覗く。かつて美波が自宅のトイレ前で弟の家庭教師だった圭史とキスしたという話を思い返して、ゆかりと大森に重ね合わせる。
夕飯のときもゆかりや明が大森をもりりん呼ばわりして馴れ馴れしく接してるのを危惧していきなり「先生はおつきあいしてる方いらっしゃるでしょー?」とゆかりを牽制するような発言をしたり、体を乗り出し気味に「つきあったげようか、あたし」というゆかりを「許しません」とヒステリックに叱りつけたり。少女のように大森に胸ときめかせていたのがどこへやら、すっかり娘に悪い虫をつけまいとする母親モードに切り替わってます。
しかしそれも根底には、ゆかりというよりゆかりと大森二人への嫉妬、かつて評判の美人の自分でなく親友の美波の方にロマンスが降りかかってきたように、今回も自分でなく娘の方が恋物語の主役に選ばれた(と思いこんだ)ことへの寂しさと疎外感が理不尽な怒りを呼んだのだろうと思います。

・冬子の部屋。ダンボールに荷物詰めたり服たたんだりしながら無言の母子。詩文が冬子が子供の頃の作文を見つけて読み始める。「うちのママは男の人にモテます。うちは本屋ですが、ママに会いたいから本を買うお客さんがいます」「あたしもママがモテるのを見ているとすごく嬉しいです。あたしも大きくなったらママみたいな女の人になりたいと思います」。子供が書く内容とも思えません。冬子の早熟さ、そうさせた詩文のただならぬ色香を想像させます。
しかし母親が男にちやほやされるのに反感を抱くのでなく「すごく嬉しい」というのが。モテるのも才能のうちだし、だから才能豊かな母が自慢だという心理なんでしょうが。だから冬子は詩文が若い男と付き合ってることには特に反発しないし、自分は母親譲りの魔性だというときもどこか誇らしげでさえある。母の男関係に潔癖な子だったら母親を憎み嫌って非行化してもおかしくなかったかもしれない。詩文がいつも堂々としてるからこそ、冬子もそういう母親を自然に受け入れ、憧れてもいるんでしょう。

・「冬ちゃんは?好きな人いないの?」という詩文の問いかけに、「好きってどういうこと?」「キスしたいとか触りたいとか一緒に暮らしたいとか、そういうのが好きってことなら、いないな」と冬子は答える。自他ともに認める魔性の女でありながら、肉体的にも精神的にも恋や男を求めてはいないんですね。
そんな冬子に詩文は「・・・好きってことはね冬ちゃん、一緒に成長したいとか、一緒に何かを築きたいとかって思うことよ」と語る。大人の、経験者の重みを感じさせる口ぶりですが、詩文自身も英児に対する思いは「導くなんてあたしにできるわけないじゃない、一緒に落ちていくなら付き合えるけど」と「一緒に何かを築きたい」とは対極に位置しているし、後に澤田との結婚を考えたのも「穏やかな暮らし」を彼が(一方的に)与えてくれるのを期待してのことだった。
その意味では詩文も本当に人を「好き」になったことはないのかも。圭史に対しては多少なりとも一緒に成長したい気持ちを持ったこともあったんでしょうか?

・病院のラウンジでネリと会う詩文。お父さんの施設のことは調べさせてるからというネリ発言から、詩文が痴呆の進む一方の父を施設に入れるつもりでいるのがわかります。まああのお父さんの面倒みながらじゃ外に働きに出ることもままならないですしね。

・そこに満希子がやってきて、「うっそー、なんであたしがここにくると必ず原がいるの」とすねたように言う。詩文がいると知らなかったところからしてアポなしの訪問のようです。忙しい外科医を相手によくよく相手の迷惑を考えてない行為です。しかし外来が押したりで食事時間も不規則になりがちな外科医をよく無事に捕まえられたものだと思います。一種の才能か?

・何その爪、とネリはげんなりした様子で満希子のネイルアートにツッコみますが、詩文は一瞬意味深な笑顔になってから「きれいね。何があったの」と問いかける。明らかに詩文は急に色気づいた満希子に男の存在を嗅ぎ取っている。ネリとの反応の違いは二人の男性経験の差ですね。

・喫茶店?に三人は移動し、詩文とネリは満希子から家庭教師と娘の仲への不安を打ち明けられる。満希子自身の恋愛ネタを想像してたろう詩文は肩すかしを食ったと感じたでしょうね。あるいは満希子が大森とゆかりの仲に過敏になる裏には満希子自身の大森への好意がひそんでいると鋭く察したか。

・ダンナに相談しなさいといわれた満希子は「うちの人は無理、堅物だから」と答えますが、詩文は意味深な笑顔で「そういう人にかぎって女がいたりするんだよねー」と口にする。後から思えばほとんど予言ですね。

・大森をクビにするべきかと言い出す満希子をに詩文とネリはそこんちの娘と立ち話しただけでクビになったんじゃ納得しないよねーと反論。満希子はその場の状況を述べ、状況証拠的にどっちかがトイレ行くふりして相手に会いにでてきた、それは「美波のときと全く同じ」なのだと叫ぶように言う。ネリと詩文は「ブッキってほんとうに、暇ねえ」「仕事もしないでそんな心配だけしてればいいって、うらやましいなー」と呆れているのを隠そうともしない。
ただ思えば満希子はニュースキャスター志望だったわけで、推理を重ねてストーリーを構築していく行動は、果たせなかった夢の名残りなのかもしれません。推理するテーマが下世話というか下らないですけどね。

・あたしはその日その日を生きてくのが精一杯だっていうのに、という詩文発言から、話題は詩文の経済的困窮へと移る。35を越えるととにかく仕事の口がない、ラブホテルの掃除係くらいだがそれもいたって安いと具体的金額をあげての話ぶりに、金の苦労とは無縁の満希子もネリも言葉をなくす。
さすがにネリのみならず満希子も同情顔なのに「・・・西尾仏具店で働かせてくれない?」「ネリの家の家政婦にしてよ」という詩文の冗談めかしたお願いは揃って拒絶する。結局自分の身に面倒事が降りかかってくるのはごめんというあたり冷たいっちゃ冷たい。
そんな話の流れのなかで満希子の家の貯金額やネリに大学教授の声がかかってることも話題に上る。特に西尾家の貯金額については、女たちのとめどもないお喋りという体裁で、後々の伏線を張っているのが上手いです。
ところでこの時ネリが聞かれもしないのに「大学の教授になったら給料下がっちゃうしあたしも貯金しないといけないのかな」などと教授選ネタを自分から持ち出してるのがちょっと意外。満希子ならわかりますが、ネリはそういう自慢ぽいことをしない性格だと思っていたので。同じ年だけど生活環境はまるで違う元同級生という関係柄、ネリでも彼女らへのライバル意識がふと湧き上がることがあるんでしょうか。

・みんな磐石なのねーその日ぐらしはあたしだけかー、と頬杖ついて元気ない声の詩文にネリも言葉をなくすが、満希子ときたら「原は、人を傷つけてきたから手が回ったのよー」と間延びした口調でふざけたように言う。いまだに親友の彼を奪ったことに拘ってるとはいえ、父親は痴呆症で施設に入居予定、経済的困窮から娘は養女に出し、家業の古本屋も閉店せざるを得ないうえ仕事も見つからないどん底的状況にいる相手にあまりにひどい言い方では。ワインに酔っ払って自制心を失っているのか。「自業自得ね。かわいそ」と追い打ちの一言まで付け加えるし。さすがに常識をわきまえてるネリは無言に徹してます。
しかし満希子の発言にむかついたゆえか、かえっていつものペースを取り戻したらしい詩文は「・・・その日暮らしが一番強いってとこもあるけどね」「幸せな老後とかっていうけど将来が見えすぎてるのって、つらくない?」と反撃に出る。まあ開きなおりとしか表現しようがないですけど。そんな詩文を気の毒に思ったかからかってるのか、詩文の魔性の才能で金のある男をつかまえればいい、お金持ちのじじいを誘惑するとか、若いお金持ちだって詩文の魔性をもってすれば落ちるかもしれないなどと言い合う二人に、詩文も「そうしようかー」と納得?してしまう。
ナレーションいわく「ほら、最後にいつも勝つのはこの女」だそうですが、現状の詩文は徒手空拳のまま強がってるようにしか思えない。無事澤田との結婚に成功していれば、まさに魔性の才能で「最後は勝つ」ところを見せられたんですが。

・夜のバーガーショップ。一人窓席に座るゆかりに「どうしたの」と入ってきて声かけたのは大森。「来てくれたー」とゆかりは意外そうな嬉しそうな声を出す。こうしてみると満希子の懸念は満更外れていなかったよう。現代っ子のゆかりはさすがに大人しいタイプだった美波より、相手への接近スピードも上の様子。
しかし「どんなタイプの女の子が好き?」というゆかりの問いに大森はちょっと真剣な顔で「危険な人」「ここに踏み出したら命がけになるなーみたいな」とその風貌・これまでのイメージからは意外な答えを返す。ガラスに映る大森の顔もいつになくちょっと危険な表情を浮かべています。「あたしみたいな子供は興味ないってこと?」というゆかりの言葉にはっきりは答えませんが、「あたし、もりりんみたいな予測不能なこと言う人が好き」というなかなかストレートなアプローチを「これ飲んだら帰ろ」とはぐらかして話を打ち切るあたり、ゆかりには興味ないと言ってるに等しいですね。
しかし結局は金目当てだった大森が最初は満希子とゆかり両方に軽くアプローチをかけながら、いつしかすっかり満希子に照準を絞り自分から近付いてきたゆかりは相手にしないというのは何故なんでしょう。時間かけて満希子を落としにかかるより手軽に遊べてすぐ金も引き出せそうなのに。
まあ多少時間はかかっても確実に落とせる確信さえあれば高校生のゆかりより一家の主婦である満希子の方が大金を動かせる立場だからでしょうね。危険な人、危険な恋が好きというのがある程度本音であるなら、人妻で堅物の満希子を落とす方が危険な恋であり、やり甲斐があると思ったのもあるかも。

・夜の道を一人歩く満希子。ゆかりから携帯に「部活の先輩の家に寄るから、ちょっと遅くなる」とメールが入りますが、その頃ゆかりは例のメイドカフェでまた踊っている。大森に今日は彼に会うため部活を休んだと言ってましたが、本当は部活じゃなくバイトを休むつもりが存外早く身体が空いてしまったためやっぱりバイトに出たというところでしょうか。

・後ろから「西尾さん」と声をかけられ振り向いた満希子は大森の姿を見出す。大森は大股に歩み寄ると「お送りしますよ、お宅まで」と満希子の横をすりぬけて歩き、満希子の顔にはじわじわ笑顔が浮かぶ。ついさっき大森先生をクビにするべきかなんて話をしていたのに。やはり大森がゆかりに気があると勘ぐったことが彼女を不機嫌にさせてたわけですね。

・一人家のちゃぶ台で例の作文をぼそぼそと読み上げる詩文。すでに冬子は河野家に移ったあとなんでしょうか。娘との絆を示す作文を一人ぼっちで読み返してる姿が何とも哀れに映ります。

・無言のままゆっくり並んで歩く満希子と大森。満希子がサンダルのかかとを踏み違えたか体が一瞬傾き「あいた」と声をあげる。「つまずくなんて、年だわねー」と満希子は照れ笑いするが、大森は「そんなことないですよ西尾さんはきれいだ」と爽やかな笑顔でさらっと口にする。
驚いたように大森を見つめる満希子。真剣な目で見返す大森。いきなりロマンスの気配が訪れるが、やがて焦ったような顔になった満希子は」「あー!」と声を上げて空を指差し「まんまるなお月さまー」と笑ってごまかそうとする。
「年だわねー」発言もそうですが、人一倍ロマンティックに憧れながら、憧れているからこそいざ自分の身にそれが降りかかりそうになると思い切り気後れしてしまう、わざと色気がない方向に逃げ出そうとする満希子の臆病さと恥じらいがこのシーンには濃厚に滲みだしています
。しかし大森は満希子の態度に動じず、隣りに並んで満希子の左肩に手を回す。満希子は身体を硬くして横目に左肩を見つめるがもう逃げ出すことはせず、その顔が次第に笑顔になっていく。レインボーブリッジ右手に満月見上げる二人の後姿を遠景で映すいかにもなロマンティックな画面のバックに「16歳の娘より41歳の母親のほうが素敵だなんて、人生は捨てたものではないのです」とナレーションまで浮き浮きした様子で、絵に描いたようなアバンチュールシーンを盛り上げてくれます。


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『四つの嘘』(2)-3(注・ネタバレしてます)

2012-09-08 03:16:22 | 四つの嘘
〈第三回〉

・治療中医師の間から「ボクサーって安城英児のことだったんだ」という声があがる。結構有名なのか英児。アパートの質素さからしてまだまだ駆け出しかと思ってたんですが、28歳ならそれなりにキャリアもあるんだろうし、ボクシング好きの間ではそれなりに名が通ってる(一般には知られてない)という感じでしょうか。

・CT、MRとも異常なし。ICUは必要ないが一応様子を見ようとネリは指示。ロビーで待っていた詩文に痙攣後の一過性意識障害と微笑み、朝には意識回復すると思うと説明する。しかし写真見ながら説明するから来てと続けるのへ、詩文は聞いてもわからないからいい、それより英児に会えないのと切り出す。
普通ならわからなくとも大人しく説明を受けるだろうところをストレートに断って、自分にとって重要なポイントをずばりと要求する。相手が一般の医師でなく旧知のネリだというのもあるでしょうが、こうした詩文の態度は一貫していて小気味よいほどです。

・ネリは詩文の要求を容れて上の階へと先導する。「有名なボクサーなんだってね。原とはどんな関係?」「男」。いや本当にストレートです。
しかし連絡先は詩文でいいのかという質問に、連絡はいいけどお金がないから入院費は払えないと話したところから「本当にお金ないんだもん。娘大学に行かせるお金もないの」と詩文らしからぬ愚痴がポロリと出る。いや、当初から貧乏なことを一切隠さずネリや満希子に堂々おごってもらってる詩文ですから、むしろ“らしい”というべきか。
全然お金が回ってこないという泣き言に「別の幸せが原んとこには回ってきてるからよ」とネリは乾いた口調で答え、詩文もちょっと黙って考えこんでますが、別の幸せ=恋愛の方もこの後間もなく英児がボクサーとして再起不能になったことでガタガタになっていきます。

・病室で鼻にチューブを入れられて眠る英児。今日は自分は泊まりだから意識が戻ったら電話してあげるとネリは言い、ありがと、お願いしますと頭を下げて詩文は帰っていく。
それに先立って詩文は英児の鼻をちょっとつつき子供みたいと笑ってますが、確かに乱暴な態度や表情が消えると本来の顔立ちの幼い部分が前面に出てきて可愛いんですよね。同時に大人の詩文が若い英児を子供扱いで翻弄している二人の関係を象徴してる台詞でもあります。

・美波の手帳を読む満希子は唇とか欲望とかいう言葉に興味深々でまた妄想モードに入ってしまう。ほとんど思春期の中学生並みの反応ですが、刺激のない日々を送っているとこうも恋愛面で子供返りしてしまうものなんですねえ。
そこへ息子の明がやってきて「おれやっぱり上野一高受けるから」と切り出す。偏差値の高い高校らしく、パパも喜ぶわと満希子も良い反応を返すが「だから家庭教師頼んでもいい ?」と問われると、ダメダメダメ家庭教師は絶対にダメと大反対を始める。今まさに美波と元は彼女の弟の家庭教師だった圭史の不倫妄想にはまってたところでしたからね。

・ネリは福山に、意識戻ったときに英児が不穏状態になる恐れがあるから鎮静剤用意しといてと指示する。相手がボクサーだけに暴れたらやばいと福山ビビり気味。この彼がよく後にネリを追って英児の家の中まで侵入するなんて無茶をやったもんだ(留守と知っていたとはいえ)。

・そして意識が戻ったら教えてと言っておきながら、ネリは自ら英児の部屋へ向かう。これは友人の恋人だから特別気にかけているというより、あの詩文の男ということで格別の興味が働いてるという方が正解でしょう(英児の寝顔を見て「男ねえ」とつぶやくあたりに顕著です)。
満希子ほど下世話丸出しではないものの、実のところネリの恋愛経験値は愛のないまま見合い結婚した(それまでに付き合った男はいなかったぽい)満希子よりさらに低いわけで、詩文の外れたボタンにいささか妄想を喚起されてしまったのは無理もない。ネリにとって英児は初対面から性的存在として立ち現れてきたわけですね。

・帰宅した詩文に、カップ麺を食べてた冬子は今日は帰れないって言ってたのにと意外そうな顔。ちょっと疲れてたから他の人に代わってもらったと詩文は答えてますが、どんな用事で帰れないことにしてたんだろう。
冬子の表現からすると夜勤のバイトやってることにでもしてたのか。もともと英児の家に泊まる気だったんだろうし。それとも英児が倒れたりしなければ、家族のためにちゃんとその日のうちに帰ろうと思ってたのか。案外全部本当のこと(恋人が倒れて救急車で運んだので今夜は付き添わないといけない)を話してたりして。英児のことも恋人の存在自体は知ってますしね。

・さっき河野良子って人から電話があったと冬子は告げる。あなたが冬子ちゃんていうからそうだっていったら今度お食事でもしましょうかって言われたのだと。
第一回で圭史は冬子のことを自分の娘と思えないと言ってたと発言した、当然自分も孫などと思ってないというニュアンスだった河野母ですが、いざ声を聞いたら情が湧いたものか。後に冬子の礼儀正しさを褒めていたから、電話での受け答えが気に入ったのかもしれません。そもそも圭史も夫もない今となっては冬子が唯一の身内になるわけですからね。

・ババアに甘い顔したらお金くれるかな、とふざけた感じで言う冬子を「やめなさいそんな」と存外きつめの口調で叱る詩文。だってうちは貧乏なんだからくれるところからもらったらいいじゃんと冬子が反論すると、詩文は歩いてきて冬子の目の前に立ち「貧乏なこの家がいやなら出ていってもいいのよ。恵成女子大の附属高校なんかやめて定時制でも通って働きながら自由に生きたっていいのよ」とさらに詰める。
この場面に限らず、基本他人と話すときシリアスな局面でも随所に笑顔や首をかしげるような仕草を挟む詩文が冬子にだけは笑顔もなく、反論を許さない鋭い舌鋒でがんがん追いつめるような口のきき方をする。
冬子は「子供に当たるなんてサイッテー」と言ってますが(そういう面もゼロじゃなかったでしょうが)、詩文なりに冬子には母としてしっかり悪いことは悪いと教えなくてはいけないという使命感を持ってるんでしょう。自分も河野母から大金を引き出そうとしてるくせに冬子がお小遣いをせびるのを良しとしないのは、「甘い顔」をする――しかるべき権利(その実言いがかりに近いような権利ではあっても)に基づいて堂々と要求するのでなく、相手の情につけこんでお金を引き出そうとする行為を卑しいと考えてるゆえなのだと思います。

・満希子の推定通り、明の志望校を聞いた武は喜び、家庭教師を頼むことにも積極的。しかし満希子は、他人が出入りするのはどうかしら。男子大学生だった場合は?年頃の娘だっているんだし、と不安要素を並べ立て、「そういうことしか考えられないの?友達がバンクーバーで死んでから頭の中がスケベになってるでしょ」と夫に突っ込まれると「河野さんは美波の弟の家庭教師だったのよ」「家庭教師が悲劇のはじまりだったんだから」と言い出す始末。
武は「大事なのは明のやる気だ。バンクーバーに行ってから少しおかしいよママ」と全く相手にしませんが、よもやその家庭教師と満希子の方がどうかなってしまうとは思いもかけなかったでしょう。あれだけ妄想好きの満希子も自分自身がどうかなるとはこの時点では全く、想像さえしてないし。

・ネリは病院のパソコンで満希子からのメールを読む。一応「お忙しいところすみません」と断ってあるもののその内容は、美波の夫から遺品の手帳を渡された、そこには河野さんとの秘密がびっしり書いてあってぞっとしたというもの。
ここまでは事実の列記だからまだしもですが、もし私が美波だったら河野さんと再会しても深い関係にはならなかったと思います、死んだ美波を責める気はありませんが自分の生き方ももう一度真剣に考えなければと思いました、と自分語りが続くに至っては(苦笑)。ネリもあっさりとメールを削除しちゃってます。まさに“どうでもいいよ”としか言いようがない。そもそもこの時点では不倫してるわけでもない満希子が、なぜ自分の生き方を真剣に見つめなおさなきゃならないんだか。

・ネリはちょうど通りかかった年配の女医(婦人科らしい)をつかまえて、最近ホットフラッシュみたいのくるんだけど女性ホルモン落ちてるのかなと質問する。要は更年期障害ぽい症状が出てるということ。
後で女医が口にするようにセックスの頻度と更年期障害には特に因果関係はないらしいですが、若さを決定的に失いつつある、女でなくなっていくような自分にネリが焦る心理的必然性を与えるエピソードです。

・英児の意識が戻ったとネリに連絡が入る。福山から「暴れてません。一安心ですね」と報告を受け、大勢いると暴れるかもしれないからと一人で英児の病室へ向かう。この台詞なんか言い訳がましい感があります。逆にもし暴れたとき女一人じゃ手に負えないだろうに(実際そうなった)。要は詩文の男と一対一で会いたかったというのがネリの本音じゃなかったか。

・ベッドで目を開いて口をもぞもぞ動かす英児。呆然とした口調で「勝ったんだよなおれ」と呟いたのを皮切りに、脳内での勝ち試合の経過を実況し始める。「ガッツポーズしただろお前に」(英児は頭を打った影響でネリと詩文の区別がつかなくなってる)とかやたら具体的なストーリーはどこから湧いた妄想なんだろう。
ネリはすっかり呆れ顔ですが、所詮は妄想だけにどこか実感に乏しいのか「勝ったんだよなおれは」と最後には目を見開きちょっと不安そうになる英児に「そうよ。あなたは勝ったわ」と優しく告げてやる。
この“自信満々かと思いきやふいに不安そうな表情を見せる”というのはなかなかに母性本能に訴えかけてくるものがある。勝地くんがよく言う“モテる秘訣はギャップ”というやつでしょうか。端整かつ幼さの残る顔立ちの英児-勝地くんだからなおさら効き目があります。

・英児がいきなり起き上がってネリをベッドに押し倒す。ネリは抵抗しナースコールを押すが英児はネリを組み敷いたまま「暴れろよ。いつもみたいにキャーキャーわめけよ」とちょっと残酷そうな笑顔で言って強引にキスする。日頃どんなプレイしてるんだとツッコみたくなる台詞ですが、ネリ的にはそれどころじゃないか。
ここでふいに顔を離した英児は目を見開いて硬直するネリを訝しげに見て、「誰だおまえ」とネリをベッドから払い落とす。あれだけ間近で顔見てても詩文と区別つかなかったくせにキスしたら詩文じゃないと分かるとは、どれだけ身体で語りあう関係なんだ。

・何とか気持ちの動揺を静めたネリは詩文に電話し、英児の意識が戻ったことを告げる。詩文も安堵して、後で英児の着替えを持っていくと言うが、ネリが「安城さんもうボクシングはムリだと思うのよ」と続けると笑顔が固まる。
ネリいわく、ボクサーが脳に器質的な損傷を受けた場合は頭部に軽い傷をうけただけでも脳障害を起こす危険がある、そういう選手は強制的に引退になるはずだ、と。詩文はしばし言葉をなくしたものの、ややあって「ボクサーじゃなかったら英児じゃないわ」と答える。聞いたその場でもう引導を渡すような思いきりのよい台詞を口にしながら微笑と真顔の中間の表情を浮かべているのが、詩文の何とも複雑な心境を伝えてきます。

・私服でボクシングジムを訪れるネリ。「べっぴんさんだね。英児もこんなべっぴんな先生に診てもらって幸せもんです」と当初は軽口を叩いていた会長も事情をきいて、「英児ももう28ですからね。そろそろ潮時ですわ」と穏やかなあきらめの声で告げる。内心主治医がわざわざ訪ねてくるくらいだから相当状況が悪いと察してたんでしょうね。
病状は自分から離していいかというネリに会長は、英児が退院してから自分が話す、幾度となく選手に引退勧告をしてきたがこればっかりはタイミングが難しいと言い。告知の難しさを身をもって知ってるネリも笑顔で承知する。入院費についても、英児は弱かったけど人気はありましたからそれなりに稼がせてもらったし、と快諾。「それにあいつにかけてる保険もあるし。それであいつに贅沢させてやってください。これがあいつの人生最後の贅沢ですわ」。
一連の会長の台詞はほぼ原作通りなのですが、「乾いた冷たさ」と評された原作に比べずっと温かみと英児への思いやりを感じさせるのは役者さんの人間性でしょうか。しかしこの台詞を聞く限り、英児の人気はやはり顔がいいせいだけだったのか、今後の人生にはまるで期待されてないのか、という感があります・・・。

・病室で英児が食事取っているところへネリが入っていく。「いかがですか主治医の灰谷です」とことさら元気に、初対面のごとき挨拶。昨日のことはとりあえずなかったことにしとこうというネリの姿勢が見えます。
昨日何があってここに運ばれたか覚えてますかというネリの質問に、試合に勝ったと状況を話し出す英児。この時点でまだ正気じゃないのがわかりますね。ちょうどそのとき詩文が入ってくる。元気そうでよかったと微笑む詩文を英児は怪訝そうに見て、ネリに向かって「誰 ?」と尋ねる。
三人の間にしばし沈黙が落ちる。これは詩文にとってはショックすぎる展開。ネリがあなたを昨日病院に運んでくれたのはこの人よと説明しても、名前を聞いても思い出せない様子の英児を、呆然たる思いと悲しみが入り混ざった顔で表情で見つめる詩文が切ないです。大丈夫よ、
今はまだ痙攣後の影響で記憶が混乱してるけどそのうち思い出せますからね、ネリは英児の顔をのぞきこむようにいう。記憶の混乱を不安がる患者をなだめる体裁をとってますが、むしろ詩文の方にこそ言ってるんでしょうね。詩文と互いに顔を見つめあいながら、ちょっと子供のような拠り所のない表情をする英児もまた切ないです。

・病院の食堂にて。ネリと詩文は「心配しなくてもそのうち思い出すから」「ボクサーだったことも忘れてるの?」「それは覚えてるみたい。試合のことは細かく覚えてるわ」といった会話を交わしつつ席に座る。あれを細かく覚えてるといえるのやら。
「復帰できないならそれも忘れてしまえばいいのに」「ボクサーとしての英児が必要だったのよ」とあくまでもボクサー英児に拘る詩文に、あんたみたいに本ばっか読んでた文学少女とボクサーってどんな接点があるの、とネリは尋ねる。詩文の答えは「殴りあうしか能がないのがいい」。
基本的に英児との関係に知的刺激も実のある会話さえ求めていないのが端的に表れた台詞です。だからといって単純な肉欲だけじゃないのも少し後で説明されますが。

・あいつの頭の中もこんな風にどろどろになっちゃったのかなと言いながらコーヒーゼリーをかきまわす詩文。何気ないシーンですが何だか怖いものを感じさせます。
すでに父の痴呆が次第に進んでいくのを目の当たりにしている詩文にとって、恋人の精神まで崩壊してしまったというのは人一倍ショックだったはず。英児の場合一過性で済んだからよかったですが。

・なぜボクサーじゃなきゃいけないのかというネリに「英児がお世話になってるから本当のこというわ」と詩文は珍しく長台詞で思いを語る。
ボクサーってね試合の前にすごい減量するの、減量が始まると私は英児に会わないようにする、一緒に禁欲するの、計量が終わったら思い切り抱き合える。次の日が試合で買っても負けてもすべてから解放されてオスとしての欲望が爆裂する、といった内容を笑顔で話す。
「爆裂」という表現が激しいというか生々しいというか。ネリが笑顔で聞きながらもちょっと目を伏せたりしてるのはさすがに刺激が強すぎるからですかね。ここまでの内容だと、見事に性欲のためだけにボクサーを求めてるかごとくに聞こえるので、それが引っ掛かってるのもあるのかも。

・「そんな英児と抱き合ってると、こんなあたしでも命が息づいてるような気になってくるのよ。もう死んでるはずなのに息だけしてるようなあたしでも、英児とからみあってると生きてるんだなあって思えてくるの」。
これもほぼ原作通りの台詞ですが、ドラマの詩文は原作よりも明るさ・バイタリティの強さを感じさせるので、「死んでるはずなのに息だけしてる」という表現がいささか意外でした。
しかし詩文はいつから、なぜ、「死んで」しまったのか。原作のイメージだと物心ついた頃から、つまりはほぼ人生の最初から、という感じに思えますが、ドラマではどうなのか。少女時代から退廃的な雰囲気を漂わせた子ではありましたが、回想の中の結婚式やプロポーズシーンでの笑顔など見ていると、圭史と別れたことが少なからず影響してるようにも思えます。

・聞きながらネリは英児に押し倒されたときのことを思い出している。「セックスってそんなにいいもんなんだ」「そんな言葉はぴんとこないわ。命がこすれあうような切実な感じなの」。
英児との関係に高尚な精神的交流などは求めていないが、ある意味での精神性、生きている実感を与えてくれることを求めている。一種哲学的な欲求のあり方は文学少女らしいといえるかも。

・だから「英児でもボクサーの英児でなきゃ」ダメだという詩文の考えをひとまず得心したネリは、原の気持ちはわかったけど主治医としてはまた会いにきてあげてほしい、記憶を取り戻すには詩文が必要だと話す。それに対して詩文は直接答えず、世の中の地位とかお金とか全部否定して生きてきたけどそうやってネリが地位と人生かける仕事持ってるのみるとなーんかやってられない気分だと冗談ぽく言う。
「世の中」の多くの人間はこれら地位やお金や名誉や家庭に執着することの中に生きがいを見出しているわけで、それらを否定して生きてきた詩文が自分を空っぽのように感じるのは無理からぬところ。
ただ詩文は「家族」だけは決して軽んじていない。目下彼女は父や娘のことで心をさんざん悩ませていますが、それゆえに彼らを何とか守ろうとする気持ちが詩文にたくましい生命力を与えているように思えます。そしてお腹すいちゃったからランチご馳走してとちゃっかり要求するあたりはいつもの詩文で少しほっとしました。

・家庭教師センターで息子の偏差値の良さを褒められ気持ちよくなった満希子は、景気良く家庭教師候補を東大生に絞る。しかし候補者の履歴についてる写真をじっと見て、彼なら明日からでもうかがえますよという好条件にも関わらず、ずいぶん二枚目ね、男子学生ならもっともっさりしてる方がと注文をつける。
容姿についての要望は入力できないと担当者は困ったように言いますが、実際に満希子のような要望を(満希子と同じ理由で)出す親は結構多いんじゃないでしょうか。だからこそ容姿(が優れてること)が不利にならないように、容姿についての注文は聞けないという体制になってるんじゃあ。

・土砂降りの中初めて家庭教師(大森)が西尾家を訪れる。初日から迷惑かけて本当にすみませんと恐縮する大森を見て「こりゃあシャワー浴びないとだめだなあ」という夫に満希子は困った様子。結局、大丈夫だと遠慮する大森を風邪引くからと夫が強引にシャワーに引っ張っていく。
少ししてから満希子がタオルを持って洗面所に行くのですが、ドキドキしながらすりガラス越しに風呂に目をやる。案の定というか、娘がどうよりまず自分が意識しちゃってるんじゃないか。シャワー浴びさせる話になったとき困った顔してたのも着替え用意したりが面倒だからじゃなくて、よその男、しかも二枚目が我が家で全裸になることへの抵抗感からでしょうね。
着替えこちらにおいておきますからと大きく声をかけるのは「今は出てこないでね」というサインであり、当然の気遣いなんですが、脱いだ服をしばし見つめたあと浮わついた足取りで洗面所から出て、はーっとため息つくあたりはなあ。息子くらいの年だってのに。

・明を呼びつつ満希子が二階へ上がったのと入れ違いにゆかりが帰宅。バッグを置いて洗面所に入りコンタクトを外して?いると、ちょうど風呂の戸が開いて大森が出てくる。振り向いて目を剥くゆかり。大森もタオルを股間に当てた状態で「あっ !失礼。」と声をあげる。
シャワー浴びる話になった時から、こうなるんじゃないかなと思ってた展開に見事落とし込んでくれました(笑)。ただうっかり鉢合わせるのは満希子だろうと思ってたらゆかりの方だったか・・・と思ったところにちょうど満希子まで入ってきてこの光景に目を剥くことに。特に大森の裸を凝視してます。わざわざ視線を一回下に向けた後にまた見てしまうとか何てあからさまな。
さすがの大森も狙って鉢合わせたわけじゃないんでしょうけど、両者の反応を見て母親の方が与しやすい、よりムッツリスケベだと踏んだ可能性はありそうです。

・電話で河野母に呼び出されたとおぼしき詩文は「冬子ちゃんを河野家の養子にいただきたいの」と上品な笑顔で切り出されて驚く。以前詩文の留守中に電話で冬子と話し、冬子を気に入ったらしい件は聞いていたものの、いきなりここまで気持ちが盛り上がるとは想定外だったことでしょう。
圭史の血を引くのは冬子ちゃんだけなのよ、学校帰りに一回だけ会ったがお行儀もいいしちゃんと育ってると思ったという河野母に「冬子はあたしによく似ているので河野の家には馴染まないと思います」と意味深な笑顔で詩文は告げる。さすがに学校で魔性よばわりされてることまでは口にしませんが、要はそのへんを匂わせてるわけですね。養育費問題に続く元義理の母子の第二ラウンドです。

・ひるまず、圭史のDNAも入ってるんですよと反論した河野母は、あたしの血のほうが濃いと思いますという詩文発言に一瞬引きつったもののすぐに立て直し、河野の家に入れば大学だって安心して進学できる、あたしが死んだあとは資産(マンション)もみんな冬子ちゃんのものになる、と冬子の利点を強調。
「必死になって養育費とるよりいい話だと思わないこと?」といやらしい笑顔で言う河野母に詩文はとっさに言い返せない。ややあって、あの子はあたしにとってもたった一人の子供です、と反撃するものの、そう言わず冬子ちゃんと相談してみて、頭を冷やして考えればあなたにとっても冬子ちゃんにとってもあたしにとってもいい提案だとわかるはずだと今度は河野母も動じない。
「お断りします」と笑顔で言うものの今回は完全に詩文が不利。冬子の幸せ、経済的に苦労をさせないことを考えるなら確かにそれが一番だと詩文自身も思わざるを得ない状況だからですね。英児はおかしくなるし、父親はもとよりおかしいし、詩文の精神的重圧は増す一方です。

・詩文が帰ると父が店番しながらうたたねしている。「あれー、また永眠の予行演習をしてしまったー」と気の抜けた声で笑う父に詩文は力ない笑いを返す。
この父親、今後さらに状態が悪くなる一方だろう父親を抱えて赤字を増やすばかりの店も抱えていることを思い、河野母の提案が改めて重くのしかかってるんでしょう。養女にするという方法を提案してきた以上、冬子を原家に置いたまま養育費だけ出してくれる可能性はもう潰えたようなもんですし。

・詩文は二階から下りてきた冬子の腕をつかんで居間へ連れてゆき、「河野さんに会ったことどうして黙ってたの」と詰問。「養子になんか絶対やらないからね」「これ以上ママを苦しめないで」とこないだ以上に強く言い募る詩文に、冬子は「あたしママを苦しめたっけ?あっちの家でいっぱいおこづかいもらってママとおじいちゃんに貢いであげようと思ったんだけどな」と言う。
こないだそういうことを言うなと言われたばかりの内容を、皮肉っぽい喧嘩売るような口調であえて口にしたのは、自分は男に会いに行ったり好き放題やってるように見える詩文が、冬子的には何でもないようなことに妙に神経質に干渉してくることへの年頃の少女らしい反発でしょうね。

・そんな冬子を詩文はひっぱたく。冬子は愕然とした表情。まあ冬子にしてみれば軽くいなした感じで本気で喧嘩売ったわけではなかったのだろうから、詩文がこんなに怒るとは思ってもなかったんでしょう。「親をなめるんじゃないの」という詩文の言葉に、頬押さえたまま泣きそうな顔になりバッグ持って家を飛び出すところに冬子のショックのほどがうかがえます。
詩文は詩文で冬子が飛び出していったことへのショックを隠せない様子。無表情に近いポーカーフェイスやにっこり笑顔で感情を隠すのが上手い詩文がこんなにむきになるのは冬子に対してだけ。後に大森にレイプされかけたときでさえこんなに動揺していなかった。冬子が詩文の一番の泣き所なんですね。

・英児の病室。ベッドの横に座るネリはいつボクサーになろうと思ったかと質問。小学校3、4年くらい、オヤジがアリの大ファンでさんざんビデオを見せられたとアリを知らないネリに勢いこんで説明してくれる。
人を殴る商売に抵抗はなかったのという質問に英児は「ボクシングは商売じゃねえ。芸術だ」「リングの上でも人を殴ってるって感じじゃないんだ。観客にパフォーマンスを見せてるっていうか。どれだけ綺麗に相手を倒すかって」と熱っぽく真剣な顔で語る。
この「ボクシングは芸術」論は原作・脚本の大石静さんがお父さんやボクシング好きの男友達からさんざん聞かされた言葉だそう。大石さん自身もかつては英児と会う以前の詩文やネリのように“ボクシングは野蛮なスポーツ”と思っていたのが実際の試合を見にいったことで見解を改めたとのこと。英児のマウスピースが詩文の席に飛んでくるシーンも大石さん自身の観戦体験に基づいてるそうです(大石静『ニッポンの横顔』所収の「夢の舞台―後楽園ホール」中の記述)。

・英児の話をじっと噛みしめて、「あなたは誇り高い人ね。哲学があるわ」と評したネリに英児はちょっととまどったように「おれはボクシングを野蛮なスポーツだというやつを許さねえだけだよ」と答える。こんな褒め方されたのは初めてだったんでしょうね。しかし英児の話し方からは確かにボクシングへの情熱と彼一流の美学が存分に伝わってきます。

・ところで試合の前の日、計量が終わった後のことをまだ思い出せない?と本題に入るネリに、英児は眉を寄せてちょっと考える。その表情から思い出せてないのは明白ですが、ネリは、脳外科としてはもう直すところはない、精神科とも相談したけど記憶がもどるまで普通に生活したほうがいいという見解から退院を言い渡す。
ただし週に一度私の外来を受けにきてほしいと付け加えるネリに、英児は「先生とおれ、この病院で初めて会ったんだっけ」「なんか前から知ってるような気がするんだけどなあ」と言い出す。英児の台詞でなかったら口説き文句かと思ってしまいそうです。
恋人の詩文のことは思い出せないのに、他人のネリには妙な近しさを感じている。これは意識が戻ってすぐの時にネリを詩文と混同したせいで、本来詩文に対して持ってる親近感がネリに転化されてるんじゃないでしょうか。「なんでこんな親切なんだよ。・・・本当は前から知り合いなんだろ?」と言ったときのやや熱のこもった視線にもそれが表れてるような。

・一人カラオケする冬子。「天城越え」を手振りつきで熱唱。ゆかりのバイト先の「私の彼は左きき」といい、何でやたらと懐メロが多いんだろう。しかし家を飛び出して行く先がカラオケ、しかも一人でというあたり、冬子は魔性魔性言われるイメージほど遊んでないですね。

・ネリは詩文に英児の退院を知らせ「退院の日は迎えにきてやってよ」というが、「父の具合が悪くて店開けられないわ」と苦笑気味に詩文は断る。もし英児がボクサーのままだったらそれでも詩文は迎えに行かないといっただろうか。
「原の顔見たら思い出すこともあると思うんだけどな」というネリの言葉に「娘一人養えないのにこのうえ病気の男なんて抱えられないわ」と答えるあたり、英児が再起不能でなければ、少なくとも頭の状態がまともなら迎えにいったのかも。しかし家庭の状況がここまで切迫してきた以上、ケガのことがなくても英児との関係は続けられなかった可能性もありますね(高額ではなくとも詩文が貢いでるようなものだし)。
「娘一人養えない」という台詞は、先にまたお金がらみで娘と喧嘩した後だけに切ない。詩文自身、河野母の提案を受け入れるしかないことが内心分かってる、白旗を掲げたに等しい台詞ですから。

・電話を切ったあと心細そうな顔をしながら、詩文は寝ている父を襖をすかしてしばらく見つめる。
その後布団をしいていると冬子が帰ってくるが声もかけずそのまま二階へ上がってしまう。その気配に気づいたらしい詩文は声もかけてくれない娘に泣きそうな顔になりながら嗚咽しかけのため息を吐き、鼻をすすりながらシーツを広げる。
詩文が泣きそうになるなどこの場面くらいでは。冬子とのことが全てではないにせよ、娘に嫌われるのが詩文には一番堪えるのがわかります。

・久々に自宅アパートに戻ってきた英児は、窓際に腰掛けている詩文を発見する。迎えに行かないといいつつ家で待ってるあたり何だかんだいっても完全に英児を切り捨てることができないんですね。このあたりの情の深さも詩文が男を惹き付ける要素になってるのでは。
しかし英児は詩文を見ながら無言で彼女の前を通り過ぎる。何者か思い出せなくても前に病院に来た女だくらいはわかってるだろうに。「本当に覚えてないのね」と言った後の詩文の日差しを浴びた横顔のアングルがとても美しく、それだけに哀しい。詩文はもはや何も語らず、バッグからマウスピースを取り出して英児の左手に乗せると「元気でね」と部屋を出て行く。
詩文に英児を支える余裕はなく、それ以前に英児が詩文の存在を受け入れていない。必然的な別れを最大限の美しさで幕を引いたというところでしょうか。

・英児は軽くマウスピース握ったまま詩文を見送るが、次第に試合の様子を思い起こしサイド席で見ていた詩文の姿も浮かんでくる。「一緒にあの世まで行く?」という会話も。
パンチをもらって倒れマウスピースが飛んだこと、その瞬間詩文が英児と叫んだこと。本来の記憶が一気に甦ってくる。ネリの言った通り、詩文の顔を見るのが一番の療法だったわけですね。この場合マウスピースが引き金になっているので、むしろボクシングが彼の本来の記憶を呼び覚ましたというべきか。英児は「フミ」と呟くと詩文の後を追ってゆきます。

・英児は線路沿いを歩く詩文に走って追いつき、前に回り込む。「何で帰んだよ、何で病院きてくんなかったんだよ、掃除して待ってたんじゃねえのかよ」と詩文の手を引いて引き返す。すぐに事態を察した詩文は「思い出さなくてもよかったのに」と気のなさそうな返事をする。
これは英児が言うような気取っての発言ではなく、ネリに話したようにボクサーに戻れないならボクサーとしての過去を思い出す必要もない、自分とももう終わりなんだから自分のことも思い出す必要はないという意味の発言でしょう。

・次は日本タイトルマッチだと言う英児に「英児はもうボクサーじゃないよ」と実にストレートに詩文は告げる。その後に「だからもう終わりなの」と付け加えますが、これはボクサーとして終わりというだけでなく自分とも終わりというニュアンスをこめた言い方ですね。
呆然と立ちすくみ細かく目を泳がせた英児は「そんなこと・・・聞いてねえよ」と動揺もあらわに走り去りますが、その後ネリの元に押しかけたことからしても「そんなこと」とは単純に“ボクシングができなくなったこと”ですね。まだ詩文との関係にまで気の回る状態じゃない。英児にとっても詩文以上にまずボクシングが大事なのだとうかがわせる場面です。

・西尾家の食卓。大森も一緒に夕飯を食べてみんなで何か笑いあってる。裸を見た見られたの騒ぎがしこりを残してる気配は全くない。
ごはんをよそってやる満希子に大森が意味ありげにちょっと微笑むと、テーブルの下でスリッパの足を伸ばして満希子の足をちょっとなでる。ゆかりと満希子の両方がちょっと顔ひきつらせる。大森もちょっと顔こわばらせたもののゆかりと満希子が彼を見ると何も知らぬげな顔でご飯食べてる。
これに対し満希子は横目で大森をちらちら見ながら右足を前にそろそろ出す(こっそり足をなで返そうとする)という大胆な真似に出る。上体まで不自然に動いちゃっててあからさまに怪しいんですが。
「足踏むなよママ」と夫につっこまれ、間違ったのに気づいてげんなりしてますが、大森が満希子を獲物に定めたのはこの場だったんじゃないですかね。顔こわばらせただけのゆかりより脈がありそうだし、多少年はいってても美人ですしね。

・夜道を一人帰途につくネリ。誰かつけてる気配を感じるらしく時々後ろ振り返り、ついには走り出したもののこけてしまう。すると目の前に英児が立っている。
英児と気づいてネリは安堵の表情を見せますが、少し前のシーンで後をつけてた足は他の男のものっぽかった。英児とは別口でネリをつけていた男がいるということで、それが脅迫状の相手とイコールなのかなぜネリが狙われているのか、視聴者の興味と恐怖を誘います。

・「ボクシングできねえのか」という英児の言葉に「誰に聞いたの」と問い返しつつネリはあまり動揺していない声。会長から勝手に英児に教えないように頼まれてたのに、詩文に口止めしなかったのはネリの落ち度かと思ってましたが、大して動じてないところからしてわざと口止めしなかったようにも思えてきました。
「答えろよ!」と乱暴に迫る英児にも落ち着いた態度で「本当よ」と答えてますし。目を見開いたまま固まる英児の姿に彼のショックの程がまざまざと感じ取れます。

・普通の生活をするのは問題ない、でも頭に軽い傷を受けても命にかかわる、だからボクシングは無理だと説明するネリに、「死んだっていいんだよ。おれは、死んでもボクサーでいてえんだ!」と詰め寄る。
ここから、あなたに生きててほしい人だっているはずよ、いねえよ、いるわよと痴話喧嘩のような展開に。ネリがちょっと泣きそうな真剣な表情で「詩文だって」と言いかけるのは、“自分が”英児に生きていてほしいとは言えない、言うことに抵抗がある分を詩文に仮託したのでしょうね。そんなネリの感情を敏感に感じとったものか、いきなり英児がキスしてくる。
ネリは呆然としますが、唇放した英児もちょっと呆然とした顔でネリを見つめ、「先生とおれ、初めてじゃねえな」と戸惑ったように言う。初めてでないのは確かですが、英児のこういう勘は実に動物的ですね。ネリが英児に惹かれている自分を自覚した、英児の方にもネリを特別視する感情がはっきり生まれたターニングポイント的シーンです。

・そのまま見詰め合う二人を物陰から見つめる誰かの手が映る。やはりネリをつけてた男は別にいたか。ネリに歪んだ執着を持っているらしい相手が他の男とのラブシーンを見てしまったことでどう出るのか。おそらくはここでの嫉妬が契機となって、ネリの家が空き巣に荒らされる騒ぎに繋がっていきます。

・夜道を食パンの袋を手に歩く詩文は、ふと川にかかる橋の欄干 ?の下部に足をかけ伸び上がって下を見つめる。「うそ、死にたいの?あなたみたいな女でも?」と美波のナレーションが入るのにちょっと焦りますが、次の瞬間悠然と食パンかじってるだけの詩文の姿が映る。
娘との喧嘩に傷ついても恋人と本格的に別離しても、それでも決して死のうなどとはしない旺盛な生命力。詩文は何かと物を食べているシーンが多いですが、ここでも食パンをかじるという行為(それも袋から直接)でその生命力が端的に示されています。

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