ハレルヤ
アレルヤ・ハプティズムの中のもう一つの人格。穏やかなアレルヤとは対照的に粗野で暴力的な言動が目立つ。脳量子波を操れるのはアレルヤではなく彼の方である。
ハレルヤはアレルヤが超兵機関で受けた(脳量子波を使えるようにするための)人体改造実験の結果として生まれた―つまりは脳への物理的干渉によって生み出された人格という位置づけのようだが、彼の言動など見るといわゆる解離性同一症(多重人格)に近いものを感じる。
多重人格は主に幼少期に受けた身体的精神的虐待から自身の精神を守るために、被虐待児童が自分の代わりに苦痛を受け止めてくれる別人格を生み出してしまうものと言われている。直接脳をいじくられたために別人格が誕生したというより、実験による心身の苦痛が耐え難かったアレルヤが無意識に自己防衛のためハレルヤの存在を生み出したという方がより実態に即しているように思えるのだ。
というのもハレルヤが現れるのはもっぱら戦闘時で、アレルヤの弱腰を罵りながらも彼に代わって気の優しいアレルヤでは厳しい局面や辛い役回りを引き受けてくれているように見えるからだ。
それは最初に本格的にハレルヤが行動を起こした事件とおぼしき、被験者数名で超兵機関を脱走したものの船が故障し酸素も食料も不足する中で起きた仲間うちでの殺し合いの際にも見て取れる。アレルヤ(の身体)が生き残るには他の子供たちの犠牲が必須と言えたが、優しいアレルヤに仲間を殺すことなどできない。だからハレルヤが代わってそれを行った。
以来生き伸びるための辛い選択・行動はもっぱらハレルヤが表に出て担ってきた。それはアレルヤの本意ではないが(むしろ彼はハレルヤの冷酷な決断、生き残るためとはいえ必要以上に残酷な戦い方を選ぶ傾向を嘆いていた)、ハレルヤがいなければアレルヤはとっくに死んでいただろう。ハレルヤが戦闘時以外はほとんど現れることがない、平時にアレルヤの身体で遊び歩いたりしてる様子がないのも、彼が〈アレルヤを守るために生まれた人格〉である証左のように思える。
ただ一般的な多重人格のイメージと違って、ハレルヤが身体を動かしている時でもアレルヤも意識を保っているし、ハレルヤのやったことを記憶している(ただハレルヤが勘づいていたソーマ・ピーリスの正体―彼女がマリー・パーファシーであることをアレルヤは知らなかった。少なくともハレルヤの方はアレルヤに隠し事をしようとすれば可能だということだ)。
辛い役回りをハレルヤが代わりに担ってはいるが、彼が行った殺戮・暴力行為の一切をアレルヤはつぶさに見ているわけで、その意味ではハレルヤがいるからといって精神的苦痛を免れているわけではない。むしろハレルヤの残虐行為のためにより心を傷つけられることが多く、長らくアレルヤはハレルヤの存在を持て余し気味だった。
変化が訪れたのはファーストシーズンの終盤、ロックオンの弔い合戦ともいうべき最終決戦の時だ。身体の主導権を握っていたハレルヤにアレルヤが「ぼくも、生きる」と戦う意志を告げた。そしてハレルヤは前髪を掻きあげ、アレルヤの時は髪で隠れている金色の右目、ハレルヤの時は隠れているグレーの左目の双方を露わにする。
事実上二人が共闘した最初の場面であり、両者の意識が共に前面に出ていながら動きがかみ合わなくなる場面がなく、ハレルヤ言うところの「反射と思考の融合」が完璧に成されていた。全くタイプが異なるようでも、彼らが二人で一人、同じ人間なのだと感じさせる場面である。
この戦いで頭の右側面に傷を負ったアレルヤはハレルヤの人格をしばらく喪失してしまうが、その間はガンダムに乗っても動きが今一つ精細を欠いているのをアレルヤも自覚せざるを得なかった。
その後ダブルオーライザーのトランザムテストで撒き散らされた加速粒子をきっかけにハレルヤが4年ぶりに目覚めることとなるが、ハレルヤ不在の時間は彼がまぎれもなく自分の半身であったことをアレルヤに思い知らせることとなった。
そして刹那が純粋種のイノベイターとして完全覚醒したことによって作動したダブルオーライザーのトランザムバーストによりハレルヤが本格復活してからは、アレルヤ・ハレルヤはファーストシーズン最終戦を思わせる、いやそれ以上のコンビネーションを見せつけることとなる。
ところでふと思いついたのだが、アレルヤの色違いの目は生まれつきなのだろうか。普通は途中で目の色が変わることはないだろうが、アレルヤの場合、彼の人格が表に出ている時はグレーの左目、ハレルヤが出ている時は金色の右目が露出していて、人格と目の色が結びついてるかのようである。ならば超兵機関での人体実験をきっかけとしてハレルヤの人格が生まれた時に、彼が司る(?)右目の色が変わったということはないだろうか。
純粋種のイノベイターもイノベイドも脳量子波を使う時に目の虹彩が金色に輝いている。ハレルヤの場合は虹彩が輝くのではなく、いわゆる黒目部分の色が金色なのであって、脳量子波をことさら使う場合でなくても、ハレルヤが表に出ていない時でさえ髪の毛に隠れてるだけで常時、右目は金色のはずという点は違っている。
この違いはGNドライヴによって覚醒を促されたイノベイター、ヴェーダが生み出したイノベイドという〈イオリア計画の産物〉であるか、別系統の研究(たぶん)によって脳量子波を引き出された超兵であるかの差なのかもしれない。
ともあれ、〈金色の目〉が脳量子波を使えることの証と見なすなら、脳量子波に目覚めた―脳量子波を使えるハレルヤという人格が生まれた時点をもってアレルヤの右目が金色に変わったという可能性もあるのかも?と思ったりするのである。
ロックオン・ストラトス(ライル・ディランディ)
初代ロックオン・ストラトスことニール・ディランディの双子の弟。機体は狙撃型のケルディムガンダム(セカンドシーズン)→ガンダムサバーニャ(劇場版)。
セカンドシーズンで彼が登場した時、前振りもなくいきなり後付けで出てきたように誤解してしまったのだが、見返すとファーストシーズンの第9話の冒頭で〈ロックオンが白い花束を持って墓参りに行くとすでに同じような白い花束が置かれている。「もしかしてあの人が?」と呟くロックオンを木陰からもう一人のロックオンが見ている〉という場面があり、しっかり存在が示されていた。「あいつ」でなく「あの人」なので、発言者=後から現れたロックオンの方が目下―弟のライルだったのがわかる。
よく聞くと、ニールは死の間際にも「ライルの生きる未来を」と呟いているし。当時ファンの間ではロックオンの(双子の)兄弟か?→家族の事を語るシーンで両親と妹の話しか出てこない、兄弟じゃなくてクローンかなんか?→「ライルの生きる未来」って言った?ライルとニールって似てるしそれが兄弟の名前かな?みたいな感じで話題になったのではと憶測。
勝手な想像はさておき、セカンドシーズンが始まってライルの正体はニールの双子の弟、早くに寄宿学校に入学して家族と別行動していたために両親と妹の命を奪ったテロに巻き込まれずに済んだものと判明したわけだが、ニールの回想の家族団欒シーンにライルが出て来なかったこと(・・・ひょっとすると回想シーンのニールに見えた少年はライルの方だった可能性もあるのかも?ニール視点の回想だから彼自身の姿は(視界に入らないため)出てこなかったということで)、家族をテロで失った場面のニールの外見(10~12歳くらい?)からすると、ライルは10歳そこらで一人家族と離れて寮暮らしをしていたことになる。
本人の希望かつ幼年向けの寄宿学校は別段特殊な存在ではないとはいえ、双子の兄弟のうち片方だけに幼いうちから寮生活をさせるとは両親もなかなか思い切ったものだ。ライルが何かと兄と比較されることを嫌っているのを感じとっていたのかもしれない。
ニールの回想中の家族がいかにも幸せそうな様子だっただけに、幼くしてあの団欒の輪から自発的に外れることを望んだライルの鬱屈は相当深かったものか。はたしてニールは弟の自分に対する複雑な心境をどの程度察していたものだろうか。
しかし兄と比較されるのをそこまで嫌うということは、ライルは自分が兄に劣っていると感じていたわけだろう。
確かに「兄さんほど狙いが正確じゃない」なんて台詞も出てくるし、ニールは人革連の低軌道ステーションの重力ブロックが流された事件の際には、アレルヤに協力して地球上からの超精密射撃でブロックの連結部を狙撃しパージするなどという超絶技能を(それもライルの乗るケルディムよりも一世代前のガンダムデュメナスで)発揮している。両親亡き後ライルに経済的援助を行っていた(10代前半のうちから!?)あたりも含め、まあできすぎた兄であるには違いない。
とはいえライルだってカタロンの旧式モビルスーツに多少乗ったことがある程度の戦歴にもかかわらずケルディムに乗って間もない頃から相応の戦果を挙げていたし、第一次メメントモリ攻略戦で電磁場光共振部を正確に射貫いたり、ヴェーダ奪還作戦でも戦闘不能ぎりぎりの状況で一秒限りのトランザムを最大限有効に使い、右手に損傷を負ったケルディムの残った薬指と小指でGNピストルのトリガーを引くという冷静な踏ん張りで逆境を跳ね返し勝利を掴んだりしている。ライルは決して兄に劣らぬ技量と度量を持っているのだ。
子供の頃だってきっと本人が感じるほどニールとの間に優劣はなかったのではないか。それをずいぶん拗らせてしまったのは同じ年同じ顔の兄弟という環境ゆえか。
まあ拗らせたというには彼の兄や他の家族に対する対応はわりあい淡泊な感じはあるんですが。むしろ拗らせる前に距離を置いたという方が正しいのかもしれない。
何かと兄と比べられることの居心地の悪さが兄をはじめ家族に対する本格的な憎しみに育ってしまう前に、身の振り方を自ら考え選択した―子供ながらに自分と周囲を客観的に見つめてベストと思える対応をしたと見た方がライルの性格的にありそうな気がします。
ライルは〈弟には普通の幸せな人生を生きてほしい〉と望んでいたであろうニールの意志に反して、大手商社のサラリーマンとしてのまずまず安泰と想像される生活を捨て反政府組織カタロンに所属していた。このあたり私設武装組織ソレスタルビーイングに参加した兄と共通する〈見て見ぬふりはできない〉性格を感じてしまう。
とはいえ、ニールはもし自分の家族がテロの犠牲になっていなかったら、ソレスタルビーイングにもカタロンにも入ることなく、家族と平穏な日常を送っていた気はする。まして自分は兄と違って「家族が死んだのは十年以上前のことだ。俺にはそれほど思いつめることはできねえ」と自嘲するように語った、血を分けた家族に対しても淡泊なところのあるライルはニール以上に反政府組織に走る理由がないようにも思えたりもするのだが。
それはさておき、カタロン関連でやや引っかかるのがライルの「ジーン1」というコードネーム。ジーンとはgene=遺伝子のことかと思うが、カタロンという組織を構成する因子の一つという意味だとすれば、ずいぶん非人間的な呼び名のように思えてしまう。カタロンの構成員でもクラウスやシーリンは普通に名前で呼ばれているのに。
ライルの場合カタロンに入った当初は会社員をやりながらの二足のわらじだった可能性もあり、正体を隠すために本人がコードネームを希望したのかもしれないのだが、ソレスタルビーイングメンバーのいかにも名前らしく聞こえるコードネーム(刹那など沙慈の隣に住んでいた時そのまま刹那・F・セイエイを名乗っていた。コードネームの意味がないんじゃあ。マリナ・イスマイールに初めて会ったときには偽名を使ったというのに)に比べると無味乾燥すぎるきらいがある。
二代目ロックオン・ストラトスとしてソレスタルビーイングに所属しつつもカタロンに内通していたり(むしろ内通するためにソレスタルビーイングに入った)、劇場版ではマリナたちが視察に使った船にいつのまにか副操縦士?としてもぐりこんでいたりするところからして、もともと潜入捜査を中心に活動していてクラウスたちのような本流のメンバーからはちょっと外れた存在なのかもしれないが――何となくカタロンであんまり大切にされてないような感じがしてしまう。
ライルが最終的にカタロンを離れソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして生きる道を選んだのは、プトレマイオス2の方に自分の居場所を見出したからでは?なんて思ったりするのである。
まあカタロンを離れたというか、アロウズ解体・連邦の新体制移行の際に、カタロンも解散しちゃってるわけでカタロンに残るという選択肢自体ないとも言えるのだけど。
カタロン関連でもう一つ不思議なのは、なぜ刹那がライルがカタロン構成員なのを知っていたのかということ。ヴェーダを使えば〈ニールの弟〉の現況を把握することは難しくなかったろうが、ファーストシーズンの中盤以降ソレスタルビーイングはヴェーダのアクセス権を失っている。
そもそもニールは生前〈アイルランドのテロで家族を失った〉話は皆に明かしていたが、双子の弟が生きていることについては口にしていない(少なくとも話すシーンはない)。
ニールの家族の件に最初に言及したのはヨハン・トリニティだが、彼もライルの存在には触れていない。どんなきっかけで刹那はニールに双子の弟がいることを知ったのだろうか?
ライルの存在だけならファーストシーズン初期のティエリアがヴェーダのレベル7の情報にアクセスしてロックオン・ストラトスの個人データを閲覧して知っていたとも考えられるが(アレルヤが超兵機関攻撃のミッションプランをスメラギに持ち込んださいにアレルヤのデータを調べて「アレルヤ・ハプティズム、そうか、彼は・・・」などと言っていたところからすると、ティエリアはマイスターの来歴を調査すべき特段の理由がない限りわざわざ他人の個人情報を見ようとはしなさそうではある)、当時はまだライルはカタロンに所属してないどころか対アロウズ勢力として台頭してきたカタロンそのものもまだ発足していないだろう。
ヴェーダ以外で〈ニールにライルという弟がいてカタロンの構成員である〉情報をもたらす可能性があるとしたらエージェントの王留美だろうが、彼女経由なら刹那だけでなくプトレマイオスクルー全員が情報を共有しているはずだ。
カタロンとの会談のために中東第三支部に向かう途上での、〈なぜカタロンの基地が連邦に見つからないか〉についてライルが説明した際、ティエリアが「詳しいな」と言いライルが「常識の範疇だよ」ととぼける場面からすれば少なくともティエリアはこの時点でライルがカタロンの人間だと知ってはいない。知ったうえでカマをかけている可能性はゼロではないが、冗談を言っただけでも驚かれるティエリアがそんな腹芸をやるようにも思えない。
ヴェーダ奪還作戦の頃になると、ライルがカタロンに情報を流すことを前提としてスメラギが作戦を立てたりしているくらいでライルがカタロン構成員なのは暗黙の了解となっているが、正面からライルを通じてカタロンと連携を図らないあたりあくまで〈暗黙〉、公然の秘密という感じだ。はっきり〈ライル・ディランディはカタロン〉という情報が最初から皆に伝えられていたならこんな扱いにはならないだろう。
となると他メンバーは知らず刹那だけがニールの弟の生存及び彼がカタロン構成員だと知ることになる何かがあったはずだ。
セカンドシーズンの第1話で、刹那はカタロンと間違われ強制労働させられたうえにアロウズのオートマトンに殺されそうになった沙慈・クロスロードを危うく救っている。
刹那がこの場に現れたのはアロウズの蛮行に怒りその動静を探っていたためだが、この時カタロンメンバーによる仲間の救出作戦も同時に行われていた。というよりカタロンが囚人救出作戦を行う情報を掴んでアロウズがカタロン殲滅に動いたように、アロウズの動きを見張っていた刹那もカタロン殲滅作戦を掴んでそれを止めるべく動いたのだろう。
この件に限らず、同じアロウズを敵と見なすもの同士、刹那は行く先々でカタロンメンバーとたびたびかち合っていたとしてもおかしくない。そうしてたまたまカタロンの一員として働いているライルを見かけ、ロックオンそっくりの容姿に驚いて彼の素性を調べた――こういう流れなら刹那だけがライルの存在及び彼がカタロンだと知っていたことも、かつてのテロ現場跡地の公園でライルと対面したさいに彼の外見に驚いた様子がない(プトレマイオスクルーは皆初めてライルを見たとき驚きを隠せなかった)のも頷ける。
それにしても刹那がなぜ他メンバーにライルがカタロンだと明かさなかったのか(ライルの方も刹那に対し自分がカタロンなのをあっさり認めているのに、なぜか他メンバーには自分の正体が伝わってない前提でふるまっている。あの堂々とした態度を見る限り、自分の正体を内緒にしておいてくれと刹那に頭を下げたようには思えないし?)、そもそもロックオンの弟とはいえすでによその組織の構成員である相手をソレスタルビーイングに引き入れようとしたのかについては謎のままではあるのだが。
そんな彼の足元を揺るがすことになるのが自分と同じ顔をしたリジェネ・レジェッタとの出会いだった。ここでティエリアは初めてイオリア計画のために作られた人造人間は自分一人ではないと知った。
かつてはヴェーダの一番深層の情報にもアクセスが可能だったと思っていたのが、自分にはガンダムマイスターであるゆえに情報規制がかけられていた─実はイオリア計画の根本など知らされていなかった、ティエリアたちが目下敵対している悪の根源たる(はずの)アロウズもイオリア計画の一部であり、むしろ今ではガンダム4機を含めたプトレマイオスクルーの行動こそがイオリア計画の邪魔者になっている、などの衝撃的な事実がたたみかけるようにリジェネの口から明かされることになる。そのうえで「共に人類を導こう。同じイノベイターとして」とリジェネが誘いかけた言葉にティエリアは大きく動揺する。
ティエリアの中の先天的部分─イノベイター(イノベイド)としての彼がリジェネの誘いに強い魅力を感じる一方で、後天的部分─プトレマイオスクルーとの触れ合いの中で培われた人間としての心が激しい反発を覚えてもいる。葛藤するティエリアの精神の拠り所となったのは、ここでもやはり今は亡きロックオンだった。
「そうやって自分を型にはめるなよ」「四の五の言わずにやりゃいいんだ」。およそ論理的とは言い難い、昔のティエリアなら歯牙にもかけなかったろう単純な言葉が、その単純さ、感情に素直であるがゆえにティエリアの気持ちを明るく照らしてくれた。
それでもイオリア計画の〈正しい〉遂行者であり、〈同類〉であるイノベイターたちに完全に背を向けるにはまだ躊躇いがあった。その躊躇いを払拭させたのがアロウズの上層部が出席するという経済界のパーティーに潜入して、アロウズの黒幕にしてイノベイターたちのリーダーであるリボンズ・アルマークと対面したことだ。
(この時ティエリアが偵察役に名乗りを挙げたのにラッセが〈正体が知られてるかも〉と難色を示したのに対し、「俺がバックアップに回る」とフォローしたのが刹那だった。ここでも〈歪み〉に積極的に突っ込んでいくのは刹那とティエリアの二人なのである)
ここでティエリアはリボンズの口から彼がヴェーダを掌握している(のみならずティエリアからヴェーダのアクセス権を奪ったのはリボンズであるらしい)こと、本来ソレスタルビーイングは4年前に滅んでいるはずだった(イオリア計画の捨て石だった)ことを突きつけられ、後者はイオリアからトランザムシステムを託されたことをもって否定したものの、「君は思った以上に人間に感化されているんだね。あの男に心を許しすぎた・・・ロックオン・ストラトスに」との言葉に完全に逆上する。
なぜリボンズがティエリアのロックオンに対する強い思い入れを知っているのか不思議なところだが、ここでわざわざロックオンの名前を出したこと、加えて「計画遂行よりも家族の仇討ちを優先させた愚かな人間」とロックオンを貶めるに至っては、ティエリアを怒らせるためにやっているとしか思えない。
リジェネは半ば本気でティエリアを仲間に引き入れる気持ちがあったようにも思えるのだが、リボンズはティエリアを仲間にするつもりは全くないようだ。ヴェーダ、ソレスタルビーイング、ロックオンというティエリアが執着する三大テーマに全て言及したあげく、最重要のロックオンを念入りにあげつらったのだから。
ともあれまんまとリボンズに煽られるまま彼に発砲し、潜んでいた第三のイノベイター、ヒリング・ケアに阻まれたティエリアは華麗に逃亡、前後して現場から脱出した刹那に「見つけたぞ、刹那。世界の歪みを」と語り、イノベイターをはっきり敵と見なすようになる。
とはいえその「歪み」の正体がヴェーダの生体端末・イノベイターであること、彼らがアロウズを影から操る真の黒幕であるといったことは刹那にも他メンバーにも何も語っていない。
真の敵が何者なのか、スメラギにすら知らせないのは計画立案に支障を生じるかもしれないとわかっていても、イノベイターについて語れば自分自身もイノベイターであることに触れざるを得なくなる。それで周囲の自分に対する目が変わるのが怖ろしかったのだ。
しかし衛星兵器メメントモリによるスイール王国首都攻撃とそれによる250万人の死に激怒したティエリアは迷いを払拭し、皆にイノベイターの存在について伝えた。
ここでようやくティエリアは完全に腹が決まったのだろう。その後地球で新型モビルスーツに乗るイノベイター(ブリング・スタビティ)から「我々とともに使命を果たせ」「討つというのか、同類を!」と〈同じイノベイター〉として呼びかけられた際には「僕は人間だぁっ!」と応えている。この時点でティエリアの心は真に人間になったのだ。
ところがセカンドシーズンのクライマックスというべきヴェーダ奪還作戦において、ヴェーダ本体に侵入したティエリアはそこで出会ったリボンズ・アルマークに「僕たちはイノベイターの出現を促すために人造的に作り出された存在―イノベイドだ!」と言い、肉体は死んだもののヴェーダと完全リンクを果たした後には刹那に「僕はイノベイター、いや、イノベイドでよかったと思う。この能力で君たちを救うことができたのだから」と語る。
自分は人間だと言ったティエリアがイノベイドである自分を自然に受け入れている。後者はヴェーダのアクセス権を取り戻したことによるトライアルシステム発動で他メンバーの戦いをサポートしたあとなので〈大事な仲間の役に立てるなら自分が人間かどうかは大した問題じゃない〉という心境に至ったものとして理解できるが(先にイノベイターの存在を仲間に明かしたさい、結局ティエリアは自分もイノベイターであることを皆に話していない。スメラギが「あなたは私たちの仲間よ」の一言で彼が辛い告白をしなくて済むよう気遣ってくれたからだが、したがって刹那はティエリアもイノベイターとは知らないはず。いきなり「イノベイドでよかったと思う」とか言われて驚いたんじゃないか。まあ真のイノベイターとして覚醒した刹那だから、そのあたりはとっくに勘づいているはず、とティエリアは考えたのかもしれない)、前者はまだヴェーダとのリンクを復活させる前の台詞である。
なぜこの時点でティエリアは、イオリアがイノベイター(イノベイド)を作った意図についてイノベイターの長であるリボンズを相手に、ああも確信をもって話しているのか?このあたりの謎はまた改めて考えてみたいと思う。
セカンドシーズン初期のティエリアは、二代目ロックオンことライルと沙慈に対する態度を見る限りではファーストシーズン途中までの頑なさに後退した感がある。
沙慈にきつい説教をするのはもっぱらティエリアだし、ロックオンに対してもガンダム操縦の教官役でからみが多かったこと、物を教える立場だったこともあり(ロックオンをスカウトしてきた刹那が指導係でなかったのが謎・・・と言いたいが、まあ誰がみても刹那は人に物を教える柄じゃなかったんでしょうね)、苛立ったような当たりの強い言動が目立つ。
まあ前者は誰かが言わなくてはいけない事をティエリアが代表して言っていた感もあり、アロウズによるカタロン基地襲撃を招いた責任に打ちひしがれる沙慈を厳しく叱ったのには、かつて戦闘時に放心状態になったために自分をかばったロックオンが目を負傷した―それが彼の戦死の遠因にもなった―自分を重ね合わせる部分もあったのでは(小説版では「ロックオン・ストラトスを失ったときの自分を見ているようで、小さく胸にうずくものはあったが」との一文がある)。
ロックオン=ライルについては、ティエリアの敬愛するロックオン=ニールと同じ顔同じ声で同じ通り名を名乗りながらロックオンではない彼に対する戸惑いと存在そのものへの苛立ちみたいなのがあったんでしょうね。半ば八つ当たりというか。「ロックオンならこのくらい簡単にできた」とかついついニールと比較してしまう部分もあったろうし。
とはいえティエリアは刹那がプトレマイオス2に沙慈を連れてくるのを止めていない。ティエリアの台詞にもあるようにソレスタルビーイングで保護せず自由の身にしていれば、一度カタロン構成員の疑いをかけられた沙慈はすぐさまアロウズに捕まり処刑されていたはずだが、それでも昔のティエリアなら(最初は監禁に近い扱いだったとはいえ)〈プトレマイオスに一般人を乗せるなんて〉と苦言を呈していただろう。
なのにそれどころかカタロンが襲撃される原因を作ったとショックを受けている沙慈を「君も来い。ここにいたら何をされるかわからないからな」と仲間の死に怒り嘆いているカタロンの人々から彼を引き離しプトレマイオス2に連れ帰った。イオリア計画を忠実に果たすことが全てで、使命感でがちがちだったかつてのティエリアなら考えられない対応だ。
加えて連邦軍の捕虜になっていたアレルヤを救出した後のシーンでも、死んだはずのロックオン(にそっくりな弟)の顔を見た彼の反応に「変わらないな君は」と微笑んで「おかえり、アレルヤ」と優しく声をかけたりしている。明らかにファーストシーズンでのもろもろの経験を踏まえて、ティエリアはかなり軟化していると言っていい。
それが顕著に現れているのが刹那への態度の変化だ。ファーストシーズン初期で刹那がガンダムを降りてサーシェスに姿をさらしたさいには「彼の愚かなふるまいを許せば我々にも危険が及ぶ可能性がある」と銃殺しようとするほど怒っていた、というか刹那をソレスタルビーイングにとっての危険因子と見なしていたのに(アレルヤの「ぼくたちはヴェーダによって選ばれた存在だ。刹那がガンダムマイスターに選ばれた理由はある」との言葉で銃を下ろすのが、ヴェーダを絶対視していた当時のティエリアらしい)、刹那の項でも書いたようにセカンドシーズン始めの再会時には連絡もせずエクシアごと四年間消息を絶ったままだった刹那を咎めもせず普通に挨拶している。
またアレルヤ救出作戦のさいにはマリナが同じ施設に監禁されていると知って、「残り二分でもう一人を助けたらどうだ」と刹那にマリナを助けに行くよう促した。昔のティエリアならソレスタルビーイングの任務に何ら関係のないマリナ救出を刹那に勧めたりなどまずしなかったろう。
さらにその後、マリナをアザディスタンに送っていく刹那に「何ならそのまま帰ってこなくてもいい」と口にするにいたっては。ティエリアが刹那とマリナを恋愛関係にあると思ってるのか定かでないが、アレルヤに「まさか君があんな冗談をいうなんて」とつっこまれ「別に。本気で言ったさ」と返したり、さらに「冗談だよ」と言ってみたりと、仲間との軽口の叩き合いを楽しんですらいる姿には目を見張らされる。
もっとも刹那との関係はファーストシーズンの半ばから明らかに良い方向に変わりはじめていた。最初の変化は対トリニティ戦だった。トリニティがアイリス社の軍需工場を攻撃し800人以上の民間人従業員を殺傷したニュースを聞いた刹那が、即座にトリニティを〈紛争幇助対象〉と位置づけ彼らを駆逐するべく勝手に出撃したのだが、刹那のガンダムエクシアvsトリニティのガンダムスローネ3機という数的に劣勢な状況に駆け付け参戦したのがティエリアのガンダムヴァーチェだった。
到着のタイミングの早さからすると刹那が出撃したと知って追ってきたのでなく、ティエリアも刹那同様アイリス社襲撃のニュースにブチ切れて、自分一人でもトリニティを討つ気持ちで現場に向かったら刹那の方が早く来ていたという流れだったのではないか。
民間人を巻き込むどころか正面から攻撃することも辞さないやり口、初顔合わせ時の(特に次男ミハエルと末っ子ネーナに対する)悪印象、ヴェーダのデータに載っていない彼らの存在への疑念から、プトレマイオスクルーのほぼ全員が彼らを警戒し嫌っていたが(クリスだけは美形のヨハンとツーショット写真を撮ったりとヨハン限定でそこそこ好意的だった)、中でもなまじ初対面でネーナに命を救われた刹那、ネーナがヴェーダの深層部分にアクセスする現場を目撃したティエリアは、とりわけ彼らへの反感が大きかった。
とはいえあれだけ規律や命令違反にうるさいティエリアが独断で出撃したのには驚いた。まして相手はいかにデータ上存在しない怪しげな相手とはいえ同じガンダムマイスターであり、いわば同士討ちだというのに。
ティエリアが加わっても2対1、スローネの機体性能を考えても不利な局面ではあるのだが、ティエリアに悲愴感はない。むしろ「まさか君とともにフォーメーションを使う日が来ようとは思ってもみなかったよ」と刹那に声をかけるティエリアは笑いすら滲ませている。刹那も「俺もだ」と応じているが、何だかんだこの二人は似たもの同士なのである。
無口で無愛想、基本無表情でクールな印象なのに思い切り感情で動き、精神的に動揺しやすい。かたやガンダムを、かたやヴェーダを神として信奉している。ティエリアが初期に刹那に示した強い反発は、同族嫌悪だったのではと思ってしまうほどだ。
ここでトリニティという共通の敵を相手に、それも任務としてでなく自由意志で共闘したことから、ティエリアは明確に刹那に仲間意識を示すようになり、規律一辺倒だったのが次第に角が取れてくる。
対トリニティの戦闘から帰還したのち「命令違反を犯した罪を(与えてくれ)」と自らスメラギに申し出るあたりはまだ堅物らしさを思わせるが、「そんなのいつしたっけ?」とスメラギに笑顔でごまかされ、ロックオンに「そういうことだ」と取りなされると、それ以上食い下がろうとはせず「それが人間か」と薄く微笑む。アレルヤも「何かあった?」とティエリアの変化を感じ取っているほどに、ティエリアは柔らかくなりつつある。
その後ヴェーダからのバックアップ完全停止とロックオンの負傷→死去という大きなショックを経て、ティエリアの心はどんどん人間に近づいていく。ヴェーダとのリンクができなくなった以上、彼はもはやヴェーダの生体端末とは言えず、残ったのはティエリア・アーデという一個体なのだから、彼の心持ちが人間と変わらなくなっていくのは当然のことだ。