・いろんな人たちのメリケンサックに対する一口感想を聴いて回ったという風な(映画のCMでよくやっているような)画面。作中に登場しない(一般客ぽい)人からメイン級の登場人物(社長、マサル)まで出てくるメンツは多種多様。この導入部で作品に一種ドキュメンタリー的、一つの時代の証言者的雰囲気を持たせています。
ラストがメリケンサックの元マネ(金子)による「もう、大嫌い」(,なぜかカマっぽい)と言う言葉、そして声にならないひゃひゃひゃっという笑いで締めるあたりで、素直な作品ではないのが見て取れます。
・「世界人類を撲殺!少年メリケンサック!」という、いかにもライブの導入部っぽいかけ声とともにタイトルが登場。演奏してるメンバーの映像とともにけたたましくメインテーマ(『ニューヨークマラソン』)がかかる。狭苦しそうなライブハウスの客はかなりの熱狂ぶり。ジミーのまったく何言ってるかわからないボーカル。上半身裸でモヒカンのドラム(ヤング)など癖ありまくりです。
そして演奏するメンバーのアップが一人一人止め絵+背景に模様が描かれ、彼らの名前がローマ字で紹介。この止め絵、メンバーはかなりいっちゃってる表情です。とくにジミーさんは目の焦点があってなくてヤバさ満点。
・一番が終わったところで曲調が変わり、目がいってるヤングのドラムがはげしく入って「世界人類を~」のパートに。最初この部分は別の曲なのかと思ってました。
メリケンって「ニューヨークマラソン」しか演奏してるシーンないんですが、他の曲はないんでしょうか。さすがにこれ一曲だけじゃアルバム出せないしライブだってもたないでしょうに。
・いつの間にか口から血を流し「撲殺、撲殺」という歌詞のところでくりかえし殴るふりのパフォーマンスするベースのアキオ。どこからか出した拡声器で撲殺撲殺がなってるジミー。
そしてジミーは背中から客席にダイブ。これ客が常連ばっかで心得てるからこそ成り立つパフォーマンスですね。受け止めてくれなかったら大惨事ですから。
・いきなり白っぽい清潔そうな、でもどっか可愛い感じのオフィスに映像が切り替わる。「新人発掘部」(「部」だけ紙で手書きではっつけてある)と札が置かれたデスクの上のパソコン、mixi上の画面に「少年メリケンサック」の映像が映り、音楽も変わらず流れている。要はmixiで日記の主が公開してる映像だったというオチ。
タイトル「キンキンの日記」となってますが「キンキン」イコール元マネの金子ってことですね。「最新の日記」欄の他の日の日記タイトルも全部なんかバカっぽいです。
・この「新人発掘部」で、毒々しい色の棒つきキャンディをしゃぶり、派手なマニキュアを塗ってるラフだかお洒落なんだかわかんない感じの女子(主人公の栗田かんな)がメガネかけてその映像に見入っている。だんだんより目になっていくのが彼女の夢中っぷりを示しつつ笑わせてくれます。
番宣などでもよく使われてた印象的なシーン、というか表情。あおいちゃんよくこんな目の動きができるなあ。
・「キター!」と叫び、ノーパソ抱えてオフィス内をどこかへ走るかんな。人にぶつかったり書類倒したりしても意に介さず。彼女の興奮ぶりがうかがえますが、普段も結構ドジっ子なんじゃないかという気がします。
・社長室へ飛び込み「面白いもの見つけました!本物です。まちがいなく本物です」とかんなは叫ぶ。興奮気味の彼女に対し「なに!?」と席を立つ社長もややオーバーアクション気味。最初からここらあたりまでとにかくずっとテンション高めです。
物語全般にわたってテンション高い作品ではありますが、冒頭は展開から役者陣の演技までことさらテンションを上げていくことで、映画全体の雰囲気を作っていこうという意図なんでょしうね。
・「さっそく見ようか、といいたいところだが」、と彼女と社長の新人発掘の日々がすでに過去形のごとく語られ、「明日からどうする」と普通の笑顔のまま言う社長。どうやら彼女は今日で退職らしい。退職の当日に本物を見つけたと騒いでたのか。
それだけ仕事が好きなのか、あるいは個人都合による退職ではなく要はクビで、それを回避したいため最後まで悪あがきしてるのか。ストーリーを追ううちにほぼ後者なのがわかってきます。
・かんなも社長同様いい笑顔のままで「結婚を視野に入れつつ実家の回転寿司屋を手伝います」という。なんか夢破れて去っていく感じの台詞、っていうかそうなんでしょう。「回転寿司か」「回転寿司です」となぜか二回ずついう二人。
「回転寿司って・・・うける~」。なぜか顔覆ってしまった社長が気を取り直したような笑顔で「よっしゃ、見ようか」と手を広げる。このへんまだ二人の独特のノリについていけてません。話が見えないままテンション高い芝居に引っ張られてる感じです。
・かんながパソコンを開いてキーを押すとけたたましく「ニューヨークマラソン」が流れ出す。たちまちパソを閉じた社長は「これは、パンクだな」と言う。「うちが主に扱ってるジャンルは?」 かんなは壁にかかった所属アーティストのパネルを一つ一つ差しながら「なごみ系」ほかジャンルを羅列。「これは?」「パンクです」 会話の間かんなはずっと明るい笑顔のまま。会社の傾向と違うのは承知のうえで、笑顔で強引に押してしまえと思ってるんでしょうね。
普通「うちが主に扱ってるのは~なアーティストだ」と社長の言葉で説明してしまいそうなところを、短い会話のかけあいと小道具を使って映像で示しながら話を進めていく。それが歯切れよいテンポとテンションの高さを生んでいます。
なぜパンクを持ってくるか、とデスク叩いて立ち上がる(怒ってる?)社長に対しかんなは笑顔のまま「お世話になりました!」と社員証をデスクに叩きつけるように置いて去る。つまり契約切られる女の最後っ屁だったわけか?「待てい!」とテンション高く叫ぶ社長を入口前で振り返るかんなは「えー」と初めて嫌そうな顔に。これほんとにすごく嫌そうな顔で思わず笑ってしまいました。
・いきなり社長が髪を手で逆立てスーツを半ばぬぎネクタイを緩めどっかといすに座り足を組む。いきなり悪っぽいというかキャラ変えてきて「見ようかー」という。声も空気入りまくりでこの変化は何なんだ。
あいかわらず嫌そうな顔のかんなはそれでも「はい」と答えてデスクに戻りパソ開けて再び動画スタート。大きな音に対抗するように怒鳴りながら話す二人。なんて曲かなんてバンドか。また社長がパソを閉じて「殺す気か」と怒る。かんなも再びお世話になりました、と今度はバレッタ まで外して「イエイ」と社長に投げつけて走るように部屋から出ようとする。
「見ようか」と言う台詞、パソ開けたり閉めたりの動作、「お世話になりました」を前回とあちこち変えつつ反復することで可笑しみを出している。この「反復」もこの映画の特徴の一つですね。
・すると社長が部屋の中央まで追ってきて「ふざけやがって。おれはこういう下品なやつらが、大好きなんだよ!」と力強く宣言する社長に「ええ ?」とかんなは意外そう。「近頃のバンドは健康的すぎる、見た目は普通あるいは普通以下、歌詞が抽象的な精神論ばかり、だから嫌いだ!」社長はかんなを指さして言い切る。「なごみ系」とかまさにそういう感じじゃないのか。商売だからいやいややってるけど本当はパンク系のが好きだってことですね。
宮藤さんの脚本は何気に具体的な何かをイメージして毒を吐いてることが多かったりするので、ここでも“普通以下の見た目で抽象的な歌詞のバンド”の具体的イメージ(そういうバンド)があるんでしょうね。
・「好きなんですか嫌いなんですか」とかんなに問われて「ていうか、やってた」とはにかんだように笑いつつアーティストのプレートの一つを外してかんなに渡す。プレートの下には「近親憎悪」と血のしたたるような字体で書かれたいかにもなパンクバンドのアルバムジャケット?が。
「社長、パンクだったんですか?」 驚きのあまり声が裏返り気味のかんなに一瞬両手で顔おおった社長は、「ああ。若気の至りでな」と照れた感じに答える。バンド、とくにパンクやってた過去って微妙に恥ずかしいものありますからね。
「自分たちのアルバムをリリースするためにこの会社を立ち上げた。ま。バンドは解散したが、会社は見てのとおりメジャーレーベルよ!」 つまりバンドとしてはダメだったけど会社としては上手くいったと。成功してるんだかしてないんだか微妙な感じです。
・ちなみに社長以外のメンバーは船乗りになったとか指圧師になったとか。メンバーがほとんど足洗ってるあたりはメリケンサックにも通じるものがあります。本格パンクは売れない、年いってやるもんじゃないという不文律があって、いずれはすっぱり足を洗うかイメチェンして出直すかになってしまうんでしょうね。
「ボーカルは(ここで赤い髪ギンギンに立てて舌出した派手メイクのボーカルの顔を見せる)・・・今おまえが持ってる」。ここでTELYAのの曲が流れ出し、かんなが手にもったプレート(もともと「近親憎悪」の上にかけてあったやつ)が一瞬大写しになって「TELYA!?」とかんなが叫ぶ。「TELYA様だ!」と言い直す社長。
ここで黒人の付き人(SP)二人に誘導され毛皮のコート着せ掛けられるTELYAの姿が。オフィス内にも「TELYA様お帰りだよー」との触れの声が。どれだけ王様扱いなんだ。その割に付き人は道を行き過ぎそうになるTELYAを強引に腕つかんで引き戻してたり案外乱暴なんですけど。
・自分の行きたい方向をいちいち「TELYA曲がるよ」とか口に出すTELYA。でも付き人に強引に道を変えられるのにコート振り落としたりで反発している。ここで「アンドロメダおまえ」のPVが細切れに挿入。
「TELYAごみ拾う、拾わない」。いちいち無表情に宣言しながらでないと行動できないのか。ほとんどロボットのようです。「近親憎悪」のジャケット写真見るかぎりは、当時は派手派手でも頭の中はまともそうだったんですが。
・「おれとTELYAはパンクから足を洗った。今じゃうちの利益の8割はあいつ一人で稼いでる」。そりゃ確かに王様扱いになるわな。それだけによほどストレスがアレなんですかね。
そして今の彼のジャンルはなんなんだろう。かんなも所属アーティストのジャンルをずらずら並べたときTELYAのところは「ひとつとばして」って言ってたし、ジャンル不詳って感じなんでしょうか。「TELYA」というジャンルとか世間では評されてそうです。
「そしてパンクは死んだ。アニメや深夜バラエティのエンディングテーマに成り下がった」。そうなのかー。これ知ってる人には何の曲何のバンドを指してるのか丸分かりではないですか。
・今のファッションパンクへの苛立ちを隠さない社長に後ろから「つーかパンクってなんすか?」 振り向くと社長のデスクの上にだらしなく腰掛けて棒つきキャンデーしゃぶろうとするかんなの姿。なんというなめきった姿。「ああ、いいっす、なんでもないっす」と手で社長を制するのもここぞとばかりに生意気だし。
「なんでもないことないよ。おまえパンク知らないの?」 テクノやヒップホップはわかるけどパンクってなんすか?と改めてかんなが質問したところで、冒頭と同じ一言コメント形式でいろんな人がパンクのなんたるかを語る。TELYAまで出てくるが無言すぎて付き人が気遣うように肩に手を乗せてる。はっとしたようなTELYAが「もっかいいいすか」。元パンクスなんだからいくらでも喋ることありそうなのに。
・ここで社長室の光景に戻る。「とにかく、こいつらは本物だ」という社長に「ふーん、本物なんだあ」と間延びした声で返事するかんな。自分が「本物です!」って言ってもってきたくせに反応鈍いなあ。
・「下手でいいんだよパンクは。勢い、初期衝動、あとドーン!」と言いながらベースのアキオのアップで動画止めて「彼がイケメンだ」と一言。テクニックよりもとにかくパワーってことですね。若さならではというか。
ここでかんなが「社長ホモですもんね」と一言。そういや「イケメンだ」の言い方が妙に優しげだったよな(笑い)。このホモ設定、特に伏線ではなかったですね。
・社長は「今すぐ少年メリケンサックに連絡を取れい!」と勢いよく指示をだす。今からは無理、7時からあたしの送別会があるからと不平を言うかんなに「出なくていい」と無体なことを。そもそもやめる当日に新人発掘してくるかんなの責任とも言えるわけですが。
しかしこれは単に送別会に出るなという意味ではなく、社長は「契約期間延長だ」と言って社員証をかんなに返してくれる。最初は驚いていたかんなの相好が次第にくずれ半泣き顔で「ありがとうございます社長」といいながら両手で職員証受け取る。時代劇とかの「お願えでごぜえますお代官様」みたいな表情です(笑)やっぱり本当は残りたかったのね。
・そのかわり何が何でもアルバム一枚作れと社長は厳命。一枚でいいんですか?と驚き顔のかんな。後が続かなくてもいい(売り上げ出せなくてもいい)ならとりあえずなんとかなりそうですもんね。
「二枚作ったらおまえ、普通じゃん。一枚だから伝説になるんだよ」と社長。一理あるのは確かですがせっかくメジャーと契約出来たと思ったら一枚だけで使い捨てにされるバンドのほうはかわいそうじゃないか。真のパンク野郎ならそれこそ本懐なはずという考えなんでしょうか。
・夕方の公園で彼氏のマサルに仕事続けられること報告するかんなだが、マサルはなぜか浮かない顔。「うれしいさ。かんなの喜ぶ顔が見れて」といいながらも暗い表情。そんなマサルにこれであてれば次は好きなことができるんだよと嬉しそうにかんなは言うがやはりマサルの顔は暗いまま。
この「好きなこと」とは「まーくんデビューできるチャンスだよ」、つまりマサルのアルバムを自分の権限で作ることができるという意味ですね。
・かんなはメリケンサックを好きじゃないのかとマサルに聞かれて「嫌い」「苦痛」と言いながらも「なぜかひっかかる」「くりかえし見ちゃう」と解答するかんな。この引っかかるものがあるかないかが、つまりは他人に良くも悪くも訴えかける力なわけで、毒にも薬にもならないようなマサルの歌に欠けてるのはまさにそこですね。マサルが歌いだしても後ろのベンチの二人組まったく気にもとめてませんしね。
「うらやましいな。かんなに気に入ってもらえて」「だからきらいなんだってば。マーくんのほうが百倍・・・」 ギターを抱え直すマサルにひっつくかんな。この二人どちらかというとかんなの方がベタボレな感じです。
・かんなをイメージしたという新曲「さくららら」をいきなり弾き語りするマサル。いい具合に音はずれてますね。さわやかないい声なんだけどなあ。
マサルは本来普通に歌はうまいけど、これといって見るべき特徴もないためデビューできない設定なんだそうですが、歌がうまいとはいえない勝地くんのさわやかな声質と音程の危うさがもたらすヘタレ感はマサルのキャラ的にはぴったりのような。それとも勝地くんの歌がマサルというキャラを規定していったのか。
・「ていうかかんなをイメージしないと書けないから」。なにげに熱い愛の言葉にかんなが舞い上がるような笑顔に。自分の言葉に照れたのかごまかすように晴れやかな笑顔でまた歌いだすマサル。
このへんはちょっと気持ちの出し方が不器用だけどその分を音楽で表現してる優しい彼氏て感じがしたのになあ。
・さくらららのサビの部分をかんなもハモる。非常に覚えやすい歌ですからね。覚えやすいのはヒットする歌の条件とはいわれるものの、それにしても中身なさすぎの軽すぎです。
この「さくららら」はやたらに「さくら」というタイトルのJ-POPが多いことに対する皮肉だという説をネットで見かけましたが当たってそうです。「桜新町」という歌詞なんて本気で作ってこれなのか、という感じ。
ここ歌うときえらく音程外れてますが、さすがに演出なのか実力なのか。嬉しそうに頭振りながらメロディーに乗ってるかんなもさすがにこの箇所ではちょっと複雑な表情になってますよ?
・マサルの歌を会社に持ち込みラジカセで社長に聞かせるかんな。目を閉じて聞き入ってる(ように見える)社長に、かんなも期待をこめた、なかばすがるような表情でじっと見つめている。
しかし幸せそうに曲に合わせて体揺らしはじめるかんなと対照的に眉間を手で押さえる社長は、ついには立ち上がってラジカセを止めCDを取り出して窓から捨てる。そこまでするかという嫌い方です。そりゃメリケンサックの曲は対極だし、実際つまらん曲っちゃつまらん曲ですけとも。
窓の下にはマサル以外のCDもたくさん捨ててある。レコード会社に持ちこまれたデモテープって(出来のひどいものは)本当にこんな扱い受けるんでしょうか。
・「つまんねえ!詩も曲も声もたぶん顔もつまんねえ!」。声と顔はいいんじゃないかと思いますが(笑)。ただ社長が求めるようなアクがまったくないのは事実ですねえ。「顔はイケメンです」と言いながらかんなはケータイで写真見せるがろくに見もしないで「つまんねえ!」。
社長ホモなのに。好みのタイプじゃなかったってことか。こりゃメリケン成功させたとしてもマサルデビューはまず無理でしょうね。
・メリケンサックデビュー計画の進行状況を聞かれたかんなは彼らのホームページを見せる。一目見て「100点」という社長。マサルとはずいぶん違う評価です。この場面、観客にはなかなかパソコンの画面を見せずに興味をあおってきます。
・やっとメンバー四人の写真の載ったサイトの画面が見える。社長がちょっといじったらアキオの連絡先があっさりと出てくる。イケメンの住所が知れたと社長はもとよりかんなまで「アキオくんアキオくん」となぜか嬉しそう。なんだかんだで好みのタイプなんでしょうか
・かんなにアキオへのアポ取りを命じる社長。気後れするかんなとしばらく押し問答したあと(この間社長がはずみでかんなの胸さわってしまう事件があったりする(ストーリー的な影響はないわりにくどく繰り返されるのは、これも作品のテンション作りの一環だからですね)。
契約できればおまえがデレクターだ、という言葉にかんなはすっかり舞い上がる。嬉しさがじわじわ来て興奮に結びつくあたりの感情表現はあおいちゃんの演技力を感じさせます。
・アキオの連絡先である「江戸っ子」のカウンターのピンク電話が鳴り、パンクな頭(後ろ姿で顔見せず)の若者が受話器を取る。「メイプルレコードの栗田と申します」とどきどきしながら名乗るかんなに直接店に来てくれという青年。
この人結局なんだったのか。本人もいかにもパンクな格好だけれど。「江戸っ子」のある阿佐ヶ谷・高円寺界隈はライブハウスの多い、バンド野郎のメッカ的な地域なので、こういう青年が近隣でバイトしてておかしくないんですが。
・会社にいるときのラフな格好(それはそれで問題かも)と打ってかわってスーツ姿に髪もちゃんとまとめて「もつ焼 江戸っ子」へやってきたかんな。社長に言われた「なめられんな。イケメンだからってほれるなよ」という言葉を反芻しつつ店へ。
しかし社長の訓戒の中で一番強調されてたのは相変わらず「アルバムは一枚だけ」という部分。立場が安泰なパンクスなんてパンクスじゃないのは確かでしょうけど。
・かんながてっきりアキオだと思った店員は振り向くと「ぜんぜんイケメンじゃない」。しかし青年はカウンターの陰に向かって「アキオちゃん、お客」と呼びかける。そして出てきたのは・・・。
・浮浪者のような髪とヒゲぼうぼうの男にかんなは引き気味に「アキオくんのお父さんですか」と尋ねる。男いわく「アキオくんのお父さんは寝たきりだわ」。後でわかるようにこれは事実ですが、この時点ではまったく話が見えてきませんね。
「だれだおまえは!AV女優か!」アキオの言葉に周りの客がどっと笑う。おじいちゃんが多いのに。ノリの下品なお店です。
・怒った顔のかんなはアキオに近寄りディレクターの栗田ですと名乗ってカウンターに名刺をばんと置く。契約社員という文字をボールペンで消して手書きで「ディレクター」としてあるのがなんとも。昨日の今日じゃ名刺間に合わないだろうけど「なめられんな」って言っといてこんな名刺もたせたんじゃなめられますよ社長。
・「メリケンサックのベーシストのアキオくんに会いに来たというかんなに「おれおれ」と自分を指差すアキオ。「あなたじゃないんです。アキオくん」「おれおれ」。かみ合わない会話の繰り返しが楽しい。アキオが位置的にお客に埋もれがちでモブみたいになってる構図もナイスです。
さっき電話に出た青年に「ここにいるっていいましたよね」とかんながとがめるように言うとアキオが「はいっ」と手をあげるが「うるさい!」と指差して制する。どんどんアキオに対する扱いがひどくなってるし。
・このよれよれの男がバンドやってるというのを聞いたかんなは「好きな食べ物は」と青年のほうに尋ねてみるとアキオが「焼き飯焼き飯」と飛び跳ねて騒ぐ。それは確かにホームページに書かれていたアキオの好物ではある。
かくて二階の座敷でかんなはアキオと対面で話すことに。憮然とした顔のかんなを尻目にメガネ(老眼鏡)かけたアキオはパソのホームページ画面さして「おれおれ」という。「83年生まれじゃないですよね」「そんなに若く見えますか」「見えません!」 初期のアキオはときどき丁寧な口調なのが面白いです。
・「じゃあ少年メリケンサックは83年に解散したバンドなんですか?」「まあな。おれの中じゃまだ続いてるけどな」。本当に彼がアキオ(のなれのはて)と納得して「終わってます」(ひでえ)とパソを閉じ早々に帰ろうとするかんなだがそこへ社長から電話が。
「目の前のイケメン野郎にこういえ!契約したら即全国ツアーだってな!」「ええ!? 」 ノリノリの笑顔の社長と対照的に眉寄せてそれは嫌そうな顔のかんな。
「例の動画うちのホームページにアップしたら問い合わせ殺到だよ」とばんばんツアー予定地押さえてることを話す。かくて退路を絶たれていくかんな。しかし社長も契約決ままる前から手回し早すぎでしょうよ。
・状況のヤバさを言うに言えないかんなは社長に年を聞く。「35」。アキオに聞こうとするとさっきまで一人ノリノリでエアギター(ベース?)してたアキオは窓から外に向かって吐いている。顔しかめつつ「おいくつでしたっけ」と聞くかんなにゲロをヒゲにつけた顔で振り返り右手広げて「50」。そこでまた向こう向いて吐く。
年齢といい行動といいここぞとばかりアキオの終わってる姿が。「ムリムリムリムリ」と小声で呟くかんなに一転して社長は重い声で「もし契約できなかったらおまえの契約も切れるぞ」「ええ!?」。昨日までやめる覚悟、あきらめはついてたはずなのになまじ一度ディレクターになんてされて希望つないだあとだけにこれはキツいですね。「契約するか回転寿司か。ようく考えろ」。選択肢の並べ方が面白いです(笑)。
・「契約してやってもいいぜメジャーのねえちゃん」と事情を察したアキオが助け舟?を。でもゲロついたままの顔に顔そむけずにいられないかんな。
「その代わりオリジナルメンバーを集めろ。ハルオはベースだ。そしておれはギターを弾く」とアキオ。つまるところいまだメリケンサックが自分の中で続いてるというアキオは、再結成の夢の一番の妨げになっているハルオとの和解をかんなを間に入れることで成し遂げようとしてるんでは。アキオは職があったり奥さんいたりするほかのメンバーよりもっとなんにも持ってないから、その分バンドへの執着も強いんでしょうね。
・ここでまたインタビュー集。「ハルオにギター教えたのアキオらしいよ」と一瞬前のかんなの疑問に結果的に答えるコメントしてる人は「もう、大嫌い」と最初のインタビューで話していた人(金子)。メリケンサックに何らかの形で近しい人なのがここでわかる(まさか元マネージャーとは思わなかったけど)。名前が示すようにアキオとハルオが兄弟なのも。
・白黒というか薄いセピアっぽい画面でアキオハルオの学生時代。アキオがギター教えてる光景。学生服にリーゼントでタバコくわえてるアキオはまじめな学生には見えないがパンクっぽくもない。メリケンサック結成前なのがわかりますね。
「遅い!」と兄貴にたびたび怒られ萎縮気味のハルオに後ろからアキオが乗り出すようにして、ハルオに左手でコード押さえさせ自分が右手で引いてみせる。クライマックスの伏線になる場面であり、後には決裂する兄弟の仲良かった頃を示す絆エピソードでもあります。
ここで兄貴に頭あがらない気弱そうなハルオを描いてあることで、今のハルオが出てきたときのかんなへの強硬な態度、兄貴への攻撃的態度両方でのインパクトが増しています。
・田舎道をスーツ姿でふらふら歩くかんな。「どちらお探しや」と農夫に声をかけられる。とことんのどかな土地だなあ。最初は農夫は声だけで顔は出さず、その後いぶかるような顔したかんなが「ハルオ、さん?」と声をかけてから初めて全身を見せる。その風体は完全なる(酪)農家のおっちゃん。数秒前の学生時代とのギャップがはなはだしい。しかし人の良さそうな笑顔はなんか面影あるかも。「ちがう・・・変わりすぎ」と肩落とすかんな。バックに牛の鳴く声が入る。
・牛小屋で土を鋤でかき回しながら「わざわざ来てもらって悪いけんども、おらの中ではもう終わってっから」と方言丸出しで言うハルオ。かんなが鼻つまったみたいな声なのは堆肥の匂いがきつくて鼻つまんでるせいですね。
しかし人当たりはよかった彼がアキオの名前出したとたんに顔が険しくなる。「おれをさしおいて、先に兄貴に会ったのか」。その妙な迫力に鼻つまんだままあとずさるかんな。兄を下衆野郎と呼ぶハルオに、「(アキオは)元気にしてます」と言うと「元気にしてるだあ」「すみません飲んだくれてます」「飲んだくれてるだあ」。何してても気にいらないんじゃん。この時かんなが恐れてるのは彼の剣幕そのものよりも堆肥触った手でつかまれることですね。
「あんな腐れ外道のバンドでギターを弾く気はさらさらねえ」というのに「ギターはお兄さんが弾くそうなので弟さんはベースを」とひきつった顔ながらも笑顔でいうかんな。しかしこれがとどめになったようで(やはりベースよりギターのが花形ということか)、出したての糞を投げつけられるはめに。さすがに決定的シーン(顔面にぶつかる瞬間)は音だけで画面は牛舎の遠景、それから右半面とスーツに糞をべったりつけたかんなが両手をなかばかざすようなポーズでよろよろと田舎道を降りていく姿がパンしてくる。少し後を同じポーズでハルオが歩いているのが笑えるコントラストです。かんなのマネしてるのか?
「兄貴に伝えろ。親父は、死んだ」。重い内容の伝言ですが、かんなは少し首傾けた(会釈なのか)だけの無言無表情で歩き去る。相当ショックが大きい模様です。当然ですけど。
・ハルオ回想。小屋でギターを調整してるハルオにアキオが「何やってんだおめえ」(このころはアキオもなまってる)と驚きの声をかける。「ブリッジ調整したほうが弾きやすいと思って」。乱暴にギターを受け取ったアキオはギターを肩にかけて試し弾きし「弾きやすい」と嬉しそうに言う。それを聞いてハルオも笑顔に。「おらがプロになったらよお、こいつローディで雇ってやるべ」。奥にいた人たち(ドラマーなどバンドメンバー)にも嬉しそうな声をかける。ハルオは「ローディ・・・」とにじみ出る笑顔。
この頃のハルオはバンドメンバーではないとしても音楽業界にかかわれれば、そして兄の役に立てれば本望だと思ってたんですね。強硬にかんなを追い返したハルオがなぜ翻意してメリケンサック再結成に加わったのが疑問でしたが、ここで兄と仲良かった頃のことを思い出したのが遠因でしょうか。
・駅で汚れ落としたかんなは上着を片手にぶらさげ疲れきった様子。やるだけやった自分を褒めつつ、「東京帰ったら社長に頭下げて会社やめて、実家帰ってお父さんに頭さげて・・・」。頭下げる相手ばっかりだ。夢敗れた時ってそんなもんですけど。
「お父さんかー・・・」。ここでかんな回想。リーゼントにねじり鉢巻の気合い入った感じのお父さんの姿。外見で客が逃げていく。よくこれでつぶれないよなあ。
・電車がやってくるのと同じタイミングで社長からメールが。「やったねメリケンサック10万アクセス!!」一日そこらでこれはすごい。かんながよれよれだけにその明暗の差がキツいです。
・家に帰ってきたかんなはいきなり泣きモード。「なに?どうしたの?」出てきたマサルの声が優しすぎてちょっとカマっぽいです。「どうしたのー、臭いよ?」 その通りだとは思いますが何気にひどいですマサル。
「もう今度こそ今度こそ今度こそ会社やめるー」。駄々こねるかんなにマサルは近づき彼女の転がってるベッドに座って慰め励ます。「気持ちはわかるけどここで投げ出したらその10万人の気持ちを裏切ることになるんじゃないのかなあ」。おおマサルがいいこと言った!この時は心なし声も男らしいです。
・マサルいわくかんなはメリケンサックが好きなのだと。かんなはゲロってたアキオ思い出し「好きじゃないと思う」としかめっ面になりますが「好きじゃなかったら泣いたりしない」とマサルは優しい笑顔で彼女の頬をつんつんする。このバカップルのベタべタ加減は競演歴の多い二人ならではの呼吸の合い方です。
・「そのかんなの気持ちはきっとメリケンサックのメンバーにも伝わってる」。いいことを言う合間にいちゃつきが入るのがマサル流。伝わったからこそ結局ハルオも来てくれたんですかね。
「みんなかんなのことが好きだよ」。この言葉にハルオに糞投げられたこと思い出し(今度は決定的瞬間もあり。ただしストライクの瞬間はかんな目線で暗転してる)、「好きじゃないと思う」。「かんなはみんなに愛されてるよ。うらやましいなー」などといいながらベッドに寝転ぶマサル。「楽しまなきゃ、損だぞ」。この言葉についにかんなも薄く笑顔になって「・・・もう少し、頑張って、みようか、な?」 何気にメリケン再結成の功労者はマサルなのか。
しかしこの二人の密着度はすごい。ここまでのラブラブ描写ってなかなか映像で見られない気がします(本来カップルでもない俳優さんたちに演じさせにくいからでしょう)。キスシーンもベッドシーンもあるわけじゃないんですけど。
・サングラスに皮ジャンスタイルの怖い感じなアキオのところに、かんながハルオに参加の意志がないことと父の死を知らせる。「新しいベーシストを入れたら」と提案するかんなを座ったまま足でくりかえし蹴るアキオ。「オリジナルメンバーっつったよな。説得するのがあんたの仕事じゃねえのかよ」。
その通りには違いないですが実に遠慮ないです。蹴られながらも笑顔をキープするかんなですが限界間近な感じがあります。例の若いバンド青年が「まあまあアキオちゃん彼女泣いちゃうから」と取りなしてくれますが、そのそばからかんな号泣。
「25年前に出会ってれば説得しますけど。今のあなたに可能性を感じない」「中年だからか」「ちがいます」「おっさんだからか」「おっさんだからです」。どう違うんだか。なめるな、と蹴り入れられてまた泣くかんな。とてもレコード会社の人間とバンドマンのやりとりではないですね。
・「性春時代」と書かれた風俗店の看板を手にしたアキオと並んで歩くかんな。「とりあえず一度社長に会ってください。会えば社長も夢から醒めると思うんです」。
そうすればツアーは中止になり自分は会社をやめ、と語るかんなに、アキオはスタジオ用意しろ、残り二人は自分が連れてくるからハルオはおまえが連れてこいと相変わらず再結成前提の話をする。ハルオだけはかんなに連れてこさせようというあたり、やはり相当苦手というか負い目があるんですね。
・スタジオの環境にもあれこれ注文つけるアキオに「もう天狗ですか」とかんなはツッコむ。「なめるな10万サクセスだぞ」「ファンが見たいのは25年前のあなたたちです」。もう再結成などムリだと思っているゆえにかんなも言いたいこと言ってます。
いきなりかんなの肩を抱き寄せたアキオは、嘘はギリギリまでつき通すもの、その嘘がバレる瞬間におれたちが最高のライブをやれば嘘は嘘じゃなくなる、と言う。おおアキオがいいことを言った!結局言葉だけで出来はアレでしたけど。
ちなみに抱き寄せられたかんなはアキオの臭さに悶絶してて、いいこと言っててもあんまり聞いてない様子。「でもこの人の言ってること、なんか正しい気がする」「嘘を上回る奇跡、見せてやろうぜねえちゃん」「はい・・・」。泣きそうな笑顔で答えるかんな。結局丸め込まれてしまった(笑)。おかげで嘘をギリギリまで突き通してえらい目にあうことになります。
・というわけでスタジオ。ドラムの回りで忙しく働き、なぜか間に筋トレまでする謎の男。かんなはスタッフだと思い込んでメンバーが来ちゃうんでと男をせかすが、アキオが入ってきて声かけるとその男が「アキオさん」と嬉しそうに叫んで駆け寄っていく。実は彼がドラムのヤングだった。25年経ってて現在の顔がわからないからこそのネタですね。
そんなヤングにアキオはいきなり蹴りと平手をかましますが、顔が笑ってるので彼なりに再会の喜びを表してるらしい。「若いやつに現場任せてきました」という台詞とマッチョな体からして今はガテン系の仕事の親方とかか。
・四角い顔に右目の上の3つの傷がペヤングソース焼きそばみたいだからヤングなのかと一人納得したかんなに「言っとくけど顔が四角いからヤングじゃねえよ」とまた金子が説明を。二人だけ若いからだそう。
金子のナレーション形式で若い頃のヤングがラリって暴れた話が出てきますが、年齢ネタをきっかけにすぐにスタジオのシーンに逆戻りしてしまい、核心に迫るようなことはわからずじまい(回想時点では完全に超不良のヤングがどんな変遷のもとあんな好中年になったかとか)。謎を謎のまま積み重ねておいて役者陣のテンションと会話のテンポで観客の興味を引っ張っていく――役者陣の演技力と演出力が問われる映画ですね。
・「ハルオ来んのかよ」と聞かれてかんなは口ごもる。一応その後再度の接触を試みてはいるんでしょうか。牛の糞投げつけられたんですからハルオの存在自体がもはやトラウマになってそうなんですが。
・ちょうど入口で物音が。流れ的にハルオか?と思いきや、ヤングが「ジミーさん?」と走っていく。扉開けるとまさかの車椅子。押してるおばちゃんが遅くなりましたと挨拶。ジミー当人は金髪サングラスで車椅子の上でぐったり。でも膝の上には昔ながらの拡声器。一目見ての“終わってる”感ではもうダントツです。
なのにヤングは「ずいぶん良くなりましたねジミーさん」。えっこれで?と思ったらかんなもまさに「えっこれで?」と驚いてました。頭のけぞらせ、ずれたサングラスからのぞく目は血走っていて、口はだらんと開いているジミーの姿。田口さん名演技すぎます。
・ここでかつてのライブ映像。背中から客席にダイブして観客の頭上を運ばれるジミー。同時進行でアキオとハルオがベースとギターを肩から下ろしてお互いを殴りあうパフォーマンス(実は本気のいさかいだったようですが)。そこへ観客の間を抜けてステージに戻ってきたジミーがちょうど入り込む形になって殴り倒されたという・・・。さすがにステージの全員が凍りついてます。あの動画映像にはこんな続きがあったのね。
ジミーの倒れたあとにべったりと血が流れ、観客もざわついて逃げてゆく。いかに暴力性がウリのパンクとはいえ結構な事件扱いになったと思うんですが、よく10万アクセスの人たちの中にメリケンサックの名前思い出した人がいなかったもんだ。
・再びスタジオ。奥さんが差し出すマイクをたびたび手で払って前方を力なく指差すジミー。あの事故以来25年間車椅子なのか。あのライブの時点でああ見えてもう妻帯者だったのかこの状態になって以降に結婚したのか。後者だとしたら奥さんの勇気には脱帽ものです。
・ジミーの奥さんはかんなの隣に座ると「すみません本人が顔出すってきかなくて」。さすがに演奏なんて無理だと思ってるんでしょうね。ヤングは痔の手術したばっかりだから立ったままドラム叩いていいですかとか言い出すし、なんか全員よれよれです。
・みんな開始の合図をジミーに求めるが、ジミーは目がいっちゃったまま身動きしない。奥さんが手を叩いて促してもだめ。デジカメ構えるかんなは「奇跡よ。奇跡を信じるのよ」と自分に言い聞かせうなずいてみせる。
それを合図にヤングがドラムを叩きだしアキオも続こうとするが、アンプがちゃんと機能しない。アキオは音が出てないと焼きそば食ってるエンジニアに怒鳴る。この人やる気なさすぎだなあ。しかしエンジニアがスイッチ一つ押したらもう音が普通に出てるので、アキオのミスというか今の機材への無知が原因だった感じです。
・かくてアキオがギターを弾きだし演奏開始。どうやら「ニューヨークマラソン」らしいのですが、何の曲なのかもよくわからないほどのへろへろ加減。ヤングはスティックを片方落とし、ジミーは座ったままなんか口ゆがめて前を指差し、何かしらしようとはしてるらしいんですが・・・。そして口から伝うよだれ。
よれよれのまま演奏は終わったともなく終了。「・・・こんなもんだな」「こんなもんすね」と言い合うアキオとヤングに、かんなが席を立って怒った顔で「こんなもんじゃないでしょ!」「なにこれ。こんなんじゃツアーどころか文化祭にも出れないじゃん。しょぼい!ぬるい!お話になりません !」 声裏返しながらのかんなの怒鳴りっぷりが見事です。
・25年ぶりだしもともと上手いバンドじゃなかったし、と言い訳するヤングに「知ってます。あなたたちが下手なことは10万人が知ってます。勘違いしないで」「できないならできないって最初から言ってくださいよ。どうしてくれるんですかツアーまで二週間ですよ」。要は「下手」を通りこして「できない」レベルなのが問題だということですね。下手な演奏どころかもはや演奏になってませんからね。
・騒ぎの最中ひっそりとスタジオに入ってくるハルオ。バックでベースの音が鳴り渡る。だれが弾いてるでもなく登場テーマみたいな感じです。ハルオはギターをケースから出して構え、アキオのギターとアンプとの接続コードを抜くと自分のギターに接続。
「黙ってベース弾いてろこのブタ野郎」。いきなりここまでいいますか。確執の根は相当深そうです。あのアキオが面白くなさそうな顔ながらも大人しくベースを手に取るのはそれだけアキオの方に弱みがあるのか、とにかくオリジナルメンバーで再結成したい一心か。
・ハルオがアンプを調整するとハウリング音に反応したジミーがよろよろと車椅子から立ち上がる。この奇跡にみなが驚く。「立った!ジミーがジミーが立った!」と叫ぶかんな。「アルプスの少女ハイジ」ですか。興奮気味のかんなに奥さんは「別に立てないわけじゃないんです」と冷静な言葉を。特に奇跡ってわけじゃなかったのか。
かくてマイクスタンドを抱えたジミーは颯爽と歌い出すかと思えば、「アイヤイアイアイアイー」。・・・・・・もともと滑舌の悪いジミーですがもはやそういう域を超えています。
・それでもアキオのワンツースリーフォーという声を皮切りに始まった演奏はさっきよりはだいぶまとも。目を輝かせたかんなは「これって・・・奇跡」と一瞬思うが「あれ?これってなんか微妙・・・ていうかやっぱ下手」と顔がこわばる。
それでも一応メロディーにはなってるジミーのボーカルと隣でノリノリの奥さんの姿に「死ぬ気で練習したら何とかなっちゃうかも」といくらかの希望を胸にかんなはデジカメを回しだす。こうしてどんどん泥沼にはまってくわけです・・・。