・比呂志も布川もナイフを刺されても無傷だが、まわりの人や物に触れるので霊体というわけではない。しかし飛行機墜落時に(布川は)自分の体が燃え上がるのを体験してる(はずな)ので、タイムスリップ直前に肉体は消滅しているはず。
つまり肉体ごと転移してきてるわけでもない。魂が時間を超えたときに死を自覚していない精神によって仮の肉体が作り出されたが、すでに一度死んでいるので再度の死は無効となる、という感じでしょうか。それだとなぜ手に傷がつかないかの説明にはならないか・・・。
・和美が保さんの実子でないという設定はどんな意味があるんだろう。二人の間に色っぽい雰囲気は何ら発生していなかったし・・・?
保さんが生涯独身であった可能性→若い頃の想い人椿さんを今も忘れられないことを匂わせたかったのかな?
・病院で手術を受ける受けないで比呂志と和美が言い争う場面。穏やかな性格(和美に対してはとくに)の比呂志が怒鳴っているだけに、好きな人が死にかけていることへの動揺、自分がすでに死んでいることへの動揺がよく伝わってきます。夜の駅での比呂志VSヒロに続く感情のぶつかり合いが痛々しい演技合戦。
・「お前は俺なんだから、俺のやろうとしていることを応援してくれるよな」というモノローグ。
和美を救って心残りを果たせば自分は消えてしまう。そうすれば自分を慕ってくれているヒロに寂しい思いをさせることになる。でもヒロならわかってくれるはず。そういう意味の台詞でしょうが、もう一つ別の意味もあるように思うのです。
十か条の約束の十番目、ノベライズでは「飛行機に乗らないこと」だったのが、映画では「絶対にあきらめないこと」になっていました。ノベライズではこの約束を守ったおかげで改変された(和美が死んでいない)世界に生きる30歳のヒロは事故死を免れるのですが、映画では30歳のヒロはやはり飛行機に乗って命を落とす。
なぜ比呂志はノベライズのように「飛行機に乗るな」と教えなかったのか。比呂志が十か条目を書き加えたのはまだ死を自覚する前だったようですが、あとから訂正ないし追加して十一か条にすることもできたはずなのに。
これはおそらく映画とノベライズでタイムパラドックスの考え方が違っているためでしょう。すなわちノベライズが「和美が生き残った世界はパラレルワールドであり、30歳になったヒロがタイムスリップしようとしまいと彼女の命には影響しない」という考え方を取っているのに対し、映画では「和美が生き残った世界と元の世界は同一(歴史が書き換えられた)で、比呂志=ヒロがタイムスリップして和美に会わなければ彼女は死ぬ」のが前提になっている。
世界に矛盾をきたさず和美の生命を確保するには成長したヒロがタイムスリップする必要があるが、それはそのまま彼の死を意味する。和美を救おうとすればヒロを見殺しにしなくてはならない。
逆にヒロが飛行機に乗らなければヒロは助かり、それは比呂志自身が助かることにもなる(その場合比呂志がタイムスリップしてしまった「この世界」はなかったことになるのだろう)。
それを比呂志はよくわかったうえで、今の自分が「命と引き換えにしても助けたい」和美はヒロにとっても同様の存在だと考えた。だってヒロは自分なのだから。
自分=ヒロの命と引き換えにしてでも和美を救うことを「絶対にあきらめない」。それが十か条目およびこのモノローグの意味だったんじゃないでしょうか。
個人的には映画の解釈の方が好きです。こちらの設定の方が、自分自身でありながら他人でもあるヒロ(別の肉体を持って目の前にいる人間を自分と同一の存在とは見なしにくいだろう)をも犠牲にすることにためらいつつもあえてそれを選択する比呂志の姿に、和美への愛情とヒロとの強い絆の双方を感じ取ることができるから。
・「人生最後のお願い」、これレトリックじゃないからなあ・・・(泣)。
・ラーメン屋で思いがけず再会した母親を見つめる布川の表情。
布川は眉根を寄せ目を細めた「はぁん?(文句あんのかよ)」てな表情をしてることが多く、いわば勝地くんの「目力」が封印されている。それだけにこの再会シーンのように相手をまっすぐ見つめる場面のインパクトが大きくなっている。
・「わかってる、あんたいい人だもの。あたしにはわかる」。お母さんの口調が案外蓮っ葉。
先に「登場人物の性格づけが一捻りしてある」と書きましたが、不本意な妊娠、それもレイプによって出来た子を万難を排して産もうとする女性をあえて「聖母」キャラにしてないのが興味深い。逆境に耐え続けるお母さんの気丈さを表したものでしょうか。
・子供を生まないよう説得する布川。がんがん怒鳴ってるのに哀願するような声音、縋るような目。 『亡国のイージス』(2)で勝地くんについて「見る者の視線をふっと引きつけてそのまま放さないような」と書きましたが、この場面は「ふっと引きつけ」るどころかぐいぐいと引っぱられてるような気がしました。引力というより重力。低めの声の力による部分も大きいかも。こういう場面こそ彼の真骨頂だなあと思います。
・「俺、あんたの子供に生まれてきてよかったよ、母さん。」
もともと布川をタイムスリップに導いた「強い想い」は「お母さんに会いたい」というより「自分は生きる価値のある人間なのか、自分を必要としてくれる人などいるのか」という疑問の解答を見つけること、誰かに「私はあなたを必要としている」と言ってもらうことだったと思うのです。「誰か」たりうる確率が一番高かったのがお母さんだったからこそ、彼女に会いたいと願った。
そして聞きたかった答えを言葉でなくお母さんの生き方そのもので見せてもらった布川は、「自分は生きていていいんだ」と悟ることによって安らかな死に至る・・・。皮肉であるゆえにとても哀しくて、とても美しいシーンです。
・臼井さんの後悔の内容が・・・。他の三人に比べてあまりに軽いようですが、こういった一見ささいな出来事がいつまでも針のように心に突き刺さっている感じは理解できます。逆から見れば、これ以外には取り立てて大きな後悔のない、案外順風満帆の人生だったんでしょうね。
しかし比呂志が火事を未然に防いだように、昔の自分が鉢を壊すのを止めることもできたのでは?・・・謝りたい謝りたいという気持ちが強すぎて、謝らなくても済む状況をかえって思いつかなかったのかも。それもまた臼井さんらしい気もする。最後また鉢を割ってしまうあたりも・・・。
・壇上に上がって渡されたヴァイオリンを見つめ弦を構えた時に和美の表情は一変する。彼女が根っからの音楽家、芸術家であることが表れているシーン。
音大を主席で卒業するだけの実力を持つ和美は、『亡国のイージス』(原作)の表現を借りるなら「触れられないなにかと通信し、己の作品の中に呼び出す才能」のある人間だったのだろう。
これまでヴァイオリンを介して「触れられないなにかに満ちた世界」と繋がってきた彼女にとって、ヴァイオリンが弾けなくなることは、世界との一体感を喪失し無限の暗闇の中に一人取り残されるに等しい。「そんな状態で生きるなら死んだほうがまし」と考えるのも無理からぬところでしょう。
・舞台の裏に走り、後を追ってきた比呂志に真っ先に「こんなんじゃ駄目、全然駄目」「もっと上手くなりたい」と叫ぶように言った和美。
手術を拒絶し死ぬつもりになっていたのは、ヴァイオリンが弾けなくなるから。生きのびる可能性に賭けて手術を受ける決心をしたのはヴァイオリンが弾きたいから。彼女の生きる意志は常にヴァイオリンに繋がっている。
比呂志は和美を「ヴァイオリンゆえに生きようとする」方向に導いたのであって、彼女は比呂志や自分を案じてくれる人たちのために生きようと決意したわけじゃない。12歳の時から全てを賭けて打ち込んできたヴァイオリンのため死の覚悟を覆すところに芸術家の本能が見えて、知り合って間もない男のために生きるつもりになるよりも説得力を感じました。
比呂志も彼女を直接に救えるのはヴァイオリンへの情熱だと知ればこそこのコンサートを仕組んだわけで、ある意味比呂志の恋は片思いに終わったのですね。
・ヒロが比呂志と和美を見守り、比呂志に和美を抱きしめてやるよう目で促してるところに彼の成長がうかがえました。比呂志が消える場面は描かれていませんが、物語の流れ的にここで和美を抱きしめながらふっと消えたんじゃないかなあ。
・再び2006年。比呂志たち4人の遺体が見つかったニュースが電光掲示板に映し出される。ここで初めて布川の下の名前が「あきら」だと知った。普通に「てるよし」と読むんだとずっと思ってました・・・。
よーく見れば喫茶店で比呂志と再会したとき彼の額に押し付けた飛行機のチケットに「ヌノカワ アキラ」って書いてあったんですけどね。
・ヴァイオリン教室で子供を教える和美。なんとかヴァイオリンを弾き続けることは出来たものの、演奏家にはなれず、コンサートの時点での「もっと上手くなりたい!」という望みが叶ったとも思えない。
父親が他界し一人になっても、昔のようにヴァイオリンが存分に弾けるならそれだけで強く生きてゆけたろうけれど、生涯を賭けた道での限界がはっきり見えた状態では、ヴァイオリンだけでは心を支えきれないこともある。
そうして生きづらさが募ってゆくほどに「生きろ」と言ってくれた人の存在が彼女の中で大きくなっていったんじゃないでしょうか。比呂志の想いは20年をかけて報われたのかもなあ、と思いました。
・40歳(と書いてしまったんですが、思えば和美は1986年1月時点ですでに音大を卒業してるのだから、20年後に40歳では計算が合わない。DVD付録の小冊子を確認したら和美は1986年時点で24歳。ラスト場面では44歳ですね。どこから40歳という数値が出てきたのか我ながら謎です、すみません)の和美はメイクだけではない年輪、年相応の静かな気品とハンデを背負って生きる日々が醸し出すやつれが感じられて、ミムラさんの表現力に驚かされました。
DVD特典のメイキングからも、役(特にヴァイオリンのシーン)に対する思い入れがはっきりと伝わってくる。和美を演じたのが彼女で本当によかった。家までの階段を昇る場面、床に落ちたみかんを拾う場面も秀逸。
・ヒロ=比呂志の訃報。遺体が布川たちともども他の乗客に遅れて発見されたことからいって、ヒロも比呂志同様タイムスリップしたのだと思いますが、「この世界」では和美は生きているので、「姉ちゃんを救いたい」というタイムスリップの動機が存在しないはず。
思うに、30歳のヒロは比呂志が未来から来た自分であることに気づいてたんではないでしょうか。年を取るにつれ「兄ちゃん」そっくりになってゆく自分。突然現れ、自分の気持ちを我が事のように理解してくれた「兄ちゃん」。(おそらくは)目の前で超自然的に消えた彼は実はタイムトラベラーで、和美姉ちゃんを救うために未来から来た自分自身だった、という発想にヒロが思い至ったとしても不思議はない。
もちろん半信半疑でしょうが、いよいよ「兄ちゃん」そのものの顔になった頃に仕事で門司に行くことになったら、改めて兄ちゃんと姉ちゃんのことが心にかかってきたんじゃないかと。
結果として1986年にタイムスリップした彼は自分の疑いが事実だったことを知り、「兄ちゃん」と同じように命に代えて姉ちゃんを救う覚悟をする――そんな流れだったのでは。
・「意味不明」「タイタニックのパクリ?」と思い切り不評だったラストシーン。塩田監督は和美の独白で終わるつもりだったのにプロデューサーの意向でこの場面を付け加えることになったという製作事情も蛇足感を加えてしまったのかも。
あまりの不評っぷりにDVD化の時に削られてたらどうしようかと心配したんですが、もちろんそんなことはなく、ちゃんと収録されていて安堵しました。この映画の中で一番好きな場面なもので。
このシーン、天国と見なすには空港のお姉さん、喫茶店のマスターなど死んでない(とくに説明はないが死んだとは思えない)人物が存在しているし、比呂志ないしは主要人物誰かの夢と見なすにはここにいる全員と面識をもったキャラクターがいないのがネックになる(たとえば朋恵さんに会った主要キャラは臼井さんのみ)。理屈に合わない、何を示したシーンか判断に困る点が「意味不明」といわれてしまう所以なのでしょう。
個人的にはこれは「祈り」だと思っています。理屈も整合性も超えて、この物語に登場した全ての人物に幸せであってほしいという強い願い。DVDでのチャプタータイトル「幸福の光景」にもそうした想いが籠められてるように思える。
そこに製作者のキャラクター及び映画そのものに対する「胸いっぱいの愛」を感じて、見返すたびに胸が熱くなります。
・チェスをする椿さんと保さん。それぞれの孫と子供は将棋ばっかりだったのに。彼らの方が年代的にも職業的(民宿の女将、蕎麦屋)にも将棋っぽいのにこのギャップが面白い。
・子供たちに手品を見せてやる臼井さん。影の薄い臼井さんが子供たちの注目の中心にいて楽しそうに笑っている姿がなんだか嬉しくて、「幸福の光景」の中でもっとも印象的でした。実際には大学の講義や講演会で大勢に注視されまくってるんでしょうけど。
・臼井さんと同率一位で印象的だったのがやっぱり布川の場面。実は子供好きの布川(最初に園を訪問したさいの子供との会話にそれがうかがえる。園長室に殴りこんだときも子供を人質に取ろうとはしなかった)が子供たちに囲まれて幸せそうにしているのがとても嬉しかった。
先にも書きましたが、布川は意識的に笑いかけるということをしない。誰もが楽しげに笑っている一連のシーンの中でさえはっきりした笑顔を見せてはいない。
けれどその表情にいつもの険はなく、自然と頬が緩んでいる。彼が穏やかな、優しい心持でいるのが伝わってきて、それが「優しくあろうとする優しさ」ではなく「優しくあるまいとするのに隠し切れない優しさ」を持つ布川にとても似合っていました。
そしてヒロに軽く手を上げて挨拶するとき、初めて彼は「笑いかける」。最後の最後で見せたかすかな、でも確かな微笑みが心に残ります。
・上の場面で布川はトレードマーク?のコートを脱いで、フォーマルぽい感じのジャケットを身に付けている(普段からコートの中に着てたようですが)。「(結婚式という)TPOを考えてそれらしい格好をしてみました、でもインナーはチンピラ風シャツのまま」という風情の微妙にツメの甘いコーディネートがなんか布川らしいなあ、と微笑ましかったり。
・バルコニーで口付ける比呂志と和美。建物と天使の格好の子供たちの存在からすると、これは中盤のヒロの妄想結婚式を受けてのシーンであり、「誓いのキス」であるのがわかります。服装はまるっきりカジュアルなのだけど。
2/24追記-誤記を発見しましたので赤字で修正を入れてあります。すみません。 直しついでに一つ項目を青字で追加してみました。