読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

【読了本】『未来力養成教室』 若い世代はもちろん、未来への想像力を枯渇させた大人たちにもオススメ

2014-01-13 20:20:42 | 本のお噂

『未来力養成教室』
日本SF作家クラブ編、岩波書店(岩波ジュニア新書)、2013年


近頃はめっきり、小説を読まなくなってしまいました。
読む本といえばノンフィクション系のものばかりとなってしまったわたくしですが、10代後半から20代にかけては小説もそこそこ読んでいた時期がありました。中でも一番好きなジャンルだったのが、SFでありました。大ファンだった星新一さんや筒井康隆さんの作品を中心に、内外のSF小説をせっせと読んでおりました。
現実の世界とはまったく違う世界観の中で展開される、ワクワクするような夢と冒険の物語。はたまた、現実の合わせ鏡のような「あり得るかもしれない世界」を舞台にして、人間や社会のあり方に警鐘を鳴らした物語•••。SF作家たちが想像し、創造した物語の数々は、わたくしにも少なからず影響を与えてくれました。
小説からだいぶ離れてしまってからも、SF界の動向はおりに触れ、気にかかるものがありました。そんなわけで、設立から50年を迎えた日本SF作家クラブが編んだ本書『未来力養成教室』が出たと知って、これはやはり押さえておこうという気持ちが湧いたのであります。
本書は、「想像力」を使いこなしながら未来を切り開くための秘訣を、想像力の使い手であるSF作家たちが若い世代に向けて語っていくという趣向の一冊です。
ベテランから新鋭まで9人の方々が、自らの体験をもとにしながら「未来力」をつけるためのアドバイスとエールを贈っています。登場するのは新井素子さん、荒俣宏さん、上田早夕里さん、神坂一さん、神林長平さん、新城カズマさん、長谷敏司さん、三雲岳斗さん、そして夢枕獏さん。

幼稚園の頃から「あんまり現実に適応するのが得意な子供ではなかったらしい」という新井素子さんは、「ああ、ちょっと今、私精神的にきついかも知れない」と思うときに入っていけるように、心の中に誰も入れない自分だけの〝部屋〟を作り、そこで空想力や想像力を育むことを勧めます。
確かに。人と人との関わりの中で疲れを覚えることも多い現代の社会で、自分だけの〝部屋〟を持つということは大事だなあ、って思いますね。•••それにしても、新井さんの語り口が以前とまったく変わりなかったというのが、個人的にはなんかちょっと嬉しかったりして。

想像力っていっても、そういうのは特別な才能の持ち主でないとうまく発揮できないんじゃないかなあと、貧困なる想像力しか持ち合わせのないわたくしなんぞも思ったりしておりました。ところが、『M.G.H』や『アース・リバース』などの作品で知られる三雲岳斗さんは、「想像力」=「特別な才能」説を否定します。

「生憎だけれど、想像力とは、そんな得体の知れない『才能』などではない。
想像力というものは、むしろ集中力や暗記力などに近い、身体的な能力だ。
そんなことをいうとがっかりする人もいるかもしれないが、生まれつきの才能ではなく、身体能力の一種だということは、適切なトレーニングを行えば鍛えることができる、ということでもある。」


おお。だとすれば、「自分は想像力なんてものとは無縁のつまんない凡人だもん。ムリなんだもん」などとあきらめがちな向きにとって、これは希望ともいえるのではないでしょうか。オレも頑張って鍛えなければな。

とはいえ、「想像力」は夢のある素敵な面だけを持つものではありません。
子どものときに出会った、小松左京さんの『日本沈没』などを引き合いにしながら、「『美しい夢』だけでなく、『悪夢』を想像する力も、人間には必要ではないか」と語るのは、『華竜の宮』で日本SF大賞を受賞した上田早夕里さん。上田さんはさらに、想像力の「両刃の剣のような一面」に注意を喚起しつつ、こう述べます。

「想像力を働かせるとき、ひとつだけ、気をつけて欲しいことがあります。その想像によって得られるものは、果たして、本当の意味で人間や社会をしあわせにするのかどうか。特定の人間の利益のためだけに、他人のしあわせや権利を踏みにじる可能性を孕んでいないか。これを、繰り返し繰り返し、常に問い続ける必要があります。」

同じように、想像力の持つ「副作用」について注意するよう述べているのが、『円環少女』シリーズなどを書いている長谷敏司さんです。

「想像力という友人と向き合うとき、必要なのは、信じることではなく上手く付き合うことです。その手段を身につけるには、積極的に学ぶことです。学ぶことで、予断や幽霊のような想像力の副作用から、どれを受け取るか選り分ける能力を養うことができます。」

いたずらに、好き勝手に、想像力を振り回すことが他者を傷つけ、場合によっては死をももたらすような結果につながるという実例は、悲しいことにまま見られます。ゆえに、想像力の持つ負の側面もきちんと踏まえながら、それを適切に使いこなしていく大切さを伝えている上田さんと長谷さんの一文は、とりわけ印象に残るものがありました。

やはり想像力は、前向きな未来を作っていくために活かしていきたいものです。その意味で共感したのは、『スレイヤーズ』シリーズで知られる神坂一さんの一文でした。
手塚治虫さんの『鉄腕アトム』に憧れた何人もの人たちによる研究の末、二本足ロボットが生み出されたことを引き合いにしつつ、神坂さんは憧れの物語を見つけ、それをみんなで共有していこうと呼びかけます。

「普通に日々をしっかりと生きて、誰かが作った未来が来るのを待つ。それが悪いとは言いません。
けれど。
いろんな物語に触れて、その良さをいろんな人と共有し、同じ未来をともに夢見るだけで、ほんの少しであっても未来を作る力になれるのなら。
そっちの方が面白いと思いませんか?」


最初は一人だけの想像であっても、それをみんなと共有することが未来を作る原動力になる•••。神坂さんの前向きな姿勢には、なんだか励まされるような気持ちがいたしました。

先々に対する不安ばかりが煽られ、増幅されている昨今にあっては、若い世代はもちろん、大人たちからも、前向きに未来を作っていこうという話がなかなか聞こえてきません。
それを考えると、若い世代に向けて編まれた本書は、夢や希望を見失い、未来に対する想像力を枯渇させた大人たちにも読まれて欲しい気がする一冊でありました。

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