読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

8月刊行予定文庫新刊、超個人的注目本6冊+α

2014-07-20 22:25:09 | 本のお噂
いよいよ夏本番ですね。一週間前に梅雨明けしたここ宮崎でも、蒸し暑~い日々が続いております。
蒸し暑~い日が続き、体に疲れが溜まってしまっている状態だと、ちょっと読書への意欲が衰えがちになってしまいますね。こういう時期だからこそしっかりと美味しい食べもので栄養をつけて、疲れも適度に取りながら、読書への意欲を極力落とさないようにしなければいけないなあ•••と、ここ一週間読書への意欲が衰えているわたくしは思うのであります。ふう。
そんなわたくしのことなんぞには関係なく、来月8月刊行予定のいろいろな新刊文庫の刊行予定が出揃っております。その中から個人的に気になる書目(いつものようにノンフィクションのみですが)を6冊+αピックアップしてご紹介したいと思います。この中から、なにか「これは!」と引っかかる本がありましたら幸いです。
刊行データについては、書店向けに取次会社が発行している情報誌『日販速報』の7月14日号の付録である、8月刊行の文庫新刊ラインナップ一覧などに準拠いたしました。発売日は首都圏基準ですので、地方では1~2日程度のタイムラグがあります。また、書名や発売予定は変更になることもあります。内容紹介については、「『BOOK』データベース」などを参考にさせていただきました。


『遺伝子はダメなあなたを愛してる』 (福岡伸一著、朝日文庫、7日発売)
「最も役に立つ生物を挙げるとしたら何ですか?」「ゴキブリは絶滅してほしいと思うのは間違いですか?」「モノを捨てるのが苦手です。『片づけられない女』は生物としてダメですか?」などなど、身近な疑問や人生のお悩みにユーモアたっぷりに答えながら、生命と科学の知見から意外な結論へと導いていく。
福岡さんは名著『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)以来、書き手として注目している存在でもありますが、本書は気楽に楽しみながら、アタマも刺激されそうな一冊のようですね。ゴキブリ嫌いとしては「ゴキブリは絶滅してほしいと~」に対する回答が知りたい(笑)。

『世界飛び地大全』 (吉田一郎著、角川ソフィア文庫、25日発売)
同じ国に属しているにもかかわらず、他の国や地域によって隔てられた場所に存在している「飛び地」。世界各地に存在するそんな「飛び地」を網羅し、それぞれに秘められた謎を世界史、地理、国際関係学からとことん探っていくという一冊。
『消滅した国々』(社会評論社)など、ちょっと変わった視点から世界の国々と国際関係を眺める趣向の本を出している著者。「飛び地」という意表を突く、でも考えてみれば実に不思議な存在にスポットを当てた本書もなかなか興味をそそられます。8月刊行分では一番気になる一冊であります。

『絢爛たる悪運 岸信介伝』 (工藤美代子著、幻冬舎文庫、5日発売)
長州の政治家血族として生まれ、39歳で満州の経営に乗り出すも、終戦後はA級戦犯として巣鴨プリズンに拘留される。釈放後は自民党の初代幹事長、第56代首相へと登りつめ、60年安保改定を単身闘っていく。家族には決して怒らない優しい素顔を持ちながら、上長であっても斬り捨てる一面も。情と合理性、そしてしたたかさを併せ持った昭和の傑物政治家の生涯を描き出したノンフィクション。
その経歴から毀誉褒貶ある岸信介ですが、人となりについては知らないことが多くある人物でもあります。なので、本書にもけっこう興味が湧きますね。

『恐竜の骨をよむ 古脊椎動物学の世界』 (大塚則久著、講談社学術文庫、11日発売)
地中から発掘されるバラバラとなった恐竜の骨から、巨大な骨格はどのようにして復元され、生前の姿を推定することが可能になるのか。最新の知見にもとづき、「復元」という視点から恐竜の運動能力や生活のさまを明らかにする。
われわれがよく知る恐竜の姿は復元をもとにした推定によるものですが、その復元と推定の過程は意外と知らなかったりいたします。なので、恐竜好きの端くれとしては気になりますね。

『シンメトリーの地図帳』 (マーカス・デュ・ソートイ著、富永星訳、新潮文庫、28日発売)
自然界はもちろん、音楽や美術、建築、さらには異性に対する好みにも現れる「対称性」。その “シンメトリーの素数” を網羅した「地図帳」を完成させようと奮闘した数学者たちの姿をユーモラスかつ感動的に描く。
同じく新潮文庫から出ている『素数の音楽』の著者による数学ノンフィクションです。数学は大のニガテながら、数学者というちょっと変わっていて、その実すごく純粋でもある人種をめぐるエピソードには興味があったりいたします。なので、これも楽しみです。

『本人伝説』 (南伸坊著、文春文庫、6日発売)
顔全体で「本人」になりきる「本人術」の達人・南伸坊さんが、浅田真央から松田聖子、橋下徹にスティーブ・ジョブズなどなどの有名人になりきった写真に、いかにも「本人」が言ったかのような(?)なりきりコメントとで構成。わたくしは単行本で大いに楽しませてもらいましたが、無駄なまでに(笑)完成度の高い「スティーブ・ジョブズ」や「荒木経惟」「茂木健一郎」は必見かと。一方で「橋下徹」や「浅田真央」「宮里藍」あたりはちょいと無理筋だったりしますが、それもまた大いに笑えます。

もう一点。ちくま学芸文庫から刊行予定の『居酒屋の誕生 酔っ払いが変えた江戸時代』(飯野亮一著、6日発売)は、まだ詳しい内容はわからないのですが、書名だけでもなんだかそそられるものがありますので、楽しみに刊行を待ちたいと思います。


【閑古堂アーカイブス】 「よれよれ酒宴隊、串間の海に吠える」(第1回)

2014-07-20 07:56:18 | 旅のお噂
不要本を整理すべく部屋を片づけているときに、それは突然出てきました。

なんだか仰々しいタイトルですが、コレはいまから十数年前、親しい仲間と連れ立ってキャンプに出かけたときのことを書き綴ってまとめた文集なのであります。
職場が同じだったことから親しく付き合っていた10歳ちかく歳上のオジサンオバサンとトリオを組んで、当時はよく一緒に呑んだり、ときどきキャンプやドライブに出かけたりしておりました。
で、その頃出かけていた3回にわたるキャンプのことをわたくしが勝手に文章に綴り、冊子にまとめたのがコレで、何部かコピーしてそのオジサンオバサンのみならず、友人知人に配ったりもしたものでした。今回出てきたのは、その原稿というわけなのです。読んでいると、当時のことが鮮明に思い出されて、なんだか嬉しい気持ちになりました。
そこでこの中から、2000年に宮崎県最南端の串間市の海に出かけたときのことを綴った「よれよれ酒宴隊、串間の海に吠える」という1篇を選び、当ブログで何回かに分けて採録する、という暴挙に出ることにいたしました。
当時愛読、というか熱読していた椎名誠さんの「あやしい探検隊」シリーズから少なからぬ影響を受けて書き綴った文章であります。とはいえ、文章も構成も椎名さんに遠く及ばない稚拙なものですし、正直世のため人のためになるような内容でもないので恐縮ではあるのですが、よろしければ興味のある方だけでもご笑覧いただければ幸いであります。
ただ、やはりそっくりそのまま採録するというのもためらわれるので、一部を割愛したり固有名詞を改変したりはいたしましたが、それ以外はほぼ原文通りであります。
では、以下にその本文を•••。



「まこつ、ハラが立つわ」
都城盆地が生んださすらいの盆地男、カマタはいかにもいまいましそうにいった。黄金週間を前にした2000年4月28日(金)の夜のことである。
われわれ、よれよれ酒宴隊ことみやざき居酒屋研究会3人は、ひさびさの青少年強化合宿を黄金週間に行うべく計画をすすめていた。当時失業中で毎日が黄金週間のようだったおれ=記録係オシカワ閑古堂以外のメンバーである盆地男カマタと、地上最強のパワフルかあちゃん・イクコの二人は、黄金週間だからといってフルに休むことはできない。代表で誰かが出勤しなければならない日があるのだ。だからこの二人にとっては、そろってキャンプに行けるように同僚との調整のうえ連休をとることが最大の課題であった。
この日、カマタ盆地男は同僚たちと相談して、連休を確保する腹づもりであった。ところが、夕方外回りから帰社してみると、すでに同僚の一人が私用とやらで早々に帰宅してしまっていたという。おかげで盆地男は連休確保のための相談ができなかった上、翌29日にはイヤでも出社しなければならないハメになってしまった。アタマにきた盆地男は、腹立ちをまぎらわそうと発作的に野外焼肉を思いたちイクコかあちゃんとおれを呼びだしたというわけだ。時刻は8時半くらいだった。おれはすでに晩メシをすませていた。
合流し、食材と酒を買いこむと大淀川河口から少し南のほうに下った浜に到着した。焚き火と七輪をおこし酒盛りが始まったときにはもう11時ちかくになっていた。
「だいたい、あいつは自分勝手で思いやりちゅうもんがねえわ••••••なんかこん牛肉、乳くさいこつねえけ?」とカマタ盆地男がいった。買い出しのとき、盆地男が手に取った牛肉パックのとなりに安くて量も多いパックを見つけたおれが「こっちのほうがいいこたねえけ?」といってそれを購入したのだが、いざ食べてみると妙に乳くさい。こりゃ失敗じゃったわい、と思ったがあとの祭りである。
「ほんとじゃわ。自分の都合もいいけどほかの人たちのことを考えんといかんわなあ。自分一人だけでやっとるんじゃないっちゃから••••••」と乳牛を口に放りこみつつおれはいった。おれも盆地男やイクコかあちゃんと同じ職場にいた時分にその人物とも一緒で、当時からその自分本位ぶりにウンザリしていたこともあり、盆地男の腹立ちはよくわかった。
「これ、ウチでつくったっちゃが」とイクコかあちゃんはレタスを取り出した。「へえ、やるやんか自分ちでつくるなんて」とおれが感心すると、「ネギもつくってるよ」といった。よく使う野菜類をささやかであっても自給するというのはなかなかいいなあ、と思った。
「なんか、さみなってきたねえ」とイクコかあちゃん。日中はポカポカ陽気であってもさすがに夜は肌寒い。おまけに吹きっさらしの浜である。おれたちは自然に焚き火と七輪にへばりつく形となった。
日中の疲れが出たのか、イクコかあちゃんはいつしか横になって眠っていた。
「それにしても困ったこっちゃわい」とおれはいった。われわれにとっては久々の青少年強化合宿の計画も、翌日からの黄金週間を前にして大きなカベに突き当たってしまった。
「まあ、なんとかゴールデンウイーク後半にでも連休とれるようにガンバってくんないよ。後半は天気もいいみたいやし」とおれは盆地男に頼んだ。
「おお、なんとかしてみるが••••••ふわあ」盆地男はすでに睡眠モードに入りつつある。大丈夫かいな、との一抹の不安がおれの頭をよぎった。
やがて、イクコかあちゃん、盆地男の順で車にもぐりこみ寝てしまった。おれはそのあともエンエンと焚き火とたわむれて(久々の焚き火にわれを忘れてしまったのだ)、午前3時をまわるころようやく車にもぐりこみ、寝た。
翌朝6時。われわれは眠い目をこすりつつ帰途についた。盆地男とイクコかあちゃんの二人がその日キチンと仕事に出たのをヨソに、おれは寝不足を解消すべくクークー寝ていたのはいうまでもない。

やがて5月になった。連休後半を前にしてメンバーの休みが合うのか気をもむ一方、おれはキャンプ料理の献立についてあれこれと考えていた。
そして3日。この日仕事だったというイクコかあちゃんから電話がきた。
「カマちゃんが『明日行くぞ』っていってたよ」というではないか!おーし、いいぞいいぞ!そうこなくてはいけない。
「ホントな!よーしよしよしよしいいぞいいぞいいぞよかったよかったよかった!」おれはあからさまに喜んだ。
「海に行く、っていってた。串間のほうの」とイクコかあちゃんはいった。「料理はどんげなのをつくろうか?」
「やっぱせっかく海に行くっちゃかい海の幸中心でいこうや」とおれ。「土鍋とフライパンはおれが持ってくるわ」
「あと毛布と厚めのジャンパーも用意してね」とイクコかあちゃん。「で、ウチん近くの洗車場に8時集合ね」
い、イクコかあちゃんちの近くに集合••••••。重たい土鍋とフライパン入りのバッグや毛布やなんかを自転車に満載し、自宅のある郊外の団地からヨロヨロと進むオノレの姿が頭に浮かび、ちょっとげんなりした。しかし、強化合宿に臨もうというときにこれしきのコトで弱音を吐いてはならぬ!と思いなおし、オノレを鼓舞した。あしたの日本を背負って立つ青少年がこんな弱腰でどーするか!やってやれないコトはない!人生ラクありゃ苦もあるさ!
「••••••••••••んん••••••わかった••••••」鼓舞したわりにはテンション低くおれは答えた。「ほんじゃ、今日は早よ寝るわ」といって電話を切った。
早よ寝るわ、とはいったものの、折しもテレビで刻々と報じられていた、黄金週間で浮かれるニッポンを揺さぶっていた大事件のなりゆきが気になっていた。
ーーこの日の午後に発生した、佐賀市の17歳少年による西鉄バス乗っ取り事件である。
おれがこのニュースを知ったのは、夕方5時半のラジオニュースによってであった。そのときは第一報、という感じの短い内容のものだった。テレビのほうでなにか報じられてるかな、と思い6時にNHKテレビをつけると、いきなり上空のヘリからとらえた乗っ取られたバスの生中継映像が目に飛びこんできた。12時50分過ぎに佐賀市のバスセンターを発車し、その30分のちに乗っ取られえんえんと中国自動車道を走らされた西鉄高速バスは、広島市から東のほうにある奥屋パーキングエリアに入った。おれがテレビをつける10分前のことである。それからNHKテレビはすべての放送予定を変更してずっと事件の報道を続けた。途中ケガ人をはじめとした数人の乗客が解放され(しかしそのうちの一人は亡くなってしまったが)、9時20分過ぎにやにわに動きだしたバスが20キロほど先の小谷サービスエリアに入ってから事態は一向に好転する気配をみせないでいた。このあとどうなるのかが大変気になったが、明日にさしつかえるので0時にはテレビを消して寝た。ただ、枕元のラジオはつけっぱなしにしておいた。

翌朝。5時半ごろに目を覚ました。枕元のラジオに耳をすますと、ちょうど生島ヒロシの生番組がはじまるところだった。おお例のバス乗っ取りはどうなっとるのかな、と思いつつ聞いていると、生島さんが、
「警官隊が突入し犯人を逮捕•••」
といったのを聞きいっぺんに眠気が吹き飛んだ。あわてて飛び起きテレビをつけた。画面には、おれが目覚める30分ほど前の午前5時3分に決行された突入劇の模様がVTRでくり返し流れていた。窓ガラスを破って閃光弾を炸裂させて犯人を取り押さえるまでわずか1分弱。その後6歳の女の子を含む残された乗客全員が救出されたのだった。電光石火のみごとな突入であった。
「おお、ついにやったか••••••」おれはテレビの前でつぶやきながら噛みつくように画面を見ていた。ずいぶんと長い時間が経ってしまったが、ついに解決したのだ。
これで晴れ晴れとした気分でキャンプに行けるわい、とおれは思った。それにしてもキャンプを前にしてのこの大事件、しかもこんな大それたことを17歳のガキがやらかすとは••••••。まったくなんという世の中だろうか。

「どっこらしょっと」
7時半。土鍋やフライパン、調味料などを詰め込んだバッグを肩に下げ、前カゴに毛布を入れ、おれは集合場所であるイクコかあちゃん宅近くのコイン洗車場に向かってチャリンコを走らせた。思いのほかしんどいという感じがなかった。朝の空気も心地よかった。空は雲ひとつない青空。8時少し前に洗車場に着くと、カマタ盆地男の車がほぼ同時に洗車場入りした。顔をあわせるとアイサツもそこそこに、
「やっと捕まったなー、バスジャック犯!」
という話が始まった。やはりどうしてもそうなってしまう。盆地男は突入のときにはすでに起きていて、リアルタイムで見たという。
車の中は、テントをはじめとしたキャンプ道具や釣り道具でいっぱいであった。あとは食材と酒類を仕入れればいい。
やがてイクコかあちゃんがやってきた。まるで荷物が歩いているかのような感じで近づいてきたかあちゃんも、たくさんの荷物をバッグや紙袋に詰めていた。たくさんの荷物とわれわれ3人をのせた車の中はぎゅう詰めである。
ともあれ、メンバーはそろった。準備は万端、体調は万全、サインはV、1たす1は2、タイガースの四番は••••••もういいよ。
「よ~し、ほんなら出発すっど~~!」行動隊長、カマタ盆地男が出発を宣言。8時10分過ぎ、われわれよれよれ酒宴隊ことみやざき居酒屋研究会は数えて第4回目となる••••••いや5回目やったかな、うん6回目かな、ひょっとしたらもっとやっとったかもしれん、まあここはキリ良く5回目ということにしとこう••••••もとい、第5回目となる青少年強化合宿に堂々出発したのである。
出発してまもなく、「朝は食べてきたね?」といいながらイクコかあちゃんがオカズつきにぎりめしを取り出した。盆地男もおれもとりあえず朝食はすませてきたが、うまそうだったのでシッカリもらって平らげた。ムスコの弁当をこしらえたついでに用意したという。さーすが地上最強のパワフルかあちゃんである。
国道289号線に入り、田野を走っているとき、イクコかあちゃんが「カマちゃん運転変わろうか」といった。それを聞いておれが、
「まあ、かあちゃんも朝早くから弁当の用意やらでタイヘンやったろうし、おれが運転するが」
と運転を買って出たのだが、盆地男は、
「カンちゃんが運転な?••••••だいじょうぶかなあ」
と、ひとの好意を無にするようなコトをいうのである。どうも、【閑古堂=運転があぶない】というヘンケンが抜きがたく存在しているようで、じつに由々しきことである。
「あのなあ、そりゃおれはクルマ持っとらんけど、それでもいままで外回りや配達やなんかでリッパに運転してんだかんね、みくびってはいけんよ」とおれはいった。
「まあそれもそうやなあ••••••ほんなら志布志に入るまでたのむわ」と盆地男はひとまずおれに運転をまかせることにした。
「おーしおーし、まあまかせちょってくんない」とおれは運転席に座り、車を発進させた。「ま、今朝は早起きしたからネムケが起こるかもしれんけど、ま、心配はいらんが」
一瞬クルマの中にひんやりとした空気が流れたように思えたが、たぶん気のせいだったと思う。
おれは快調に車を走らせた。途中カーブが連続したところも難なく通過した。ここに至って盆地男は「おお、けっこう運転じょうずやなあ」といった。由々しきヘンケンを少しは正すことができておれは非常にしあわせであった。そして後部座席のイクコかあちゃんも、おれの華麗な運転テクニックに感嘆と尊敬のまなざしを注いでい••••••ると思っていたら、かあちゃんスースー寝息たてて寝てやがんの。ったくカンジンなときに。まあ早起きして弁当つくったりしてたんだからムリないか。
志布志に入るところで釣り具屋さんに立ち寄り、盆地男は “キタロー” という名の釣り餌イソメを購入した。なぜ “キタロー” という名前なのかよくわからない。“イソメのイッちゃん” とか “さかなの恋人” とか “ポチ” とか “カマタ(オス)” とか “イクコ(メス)” でもいいような気がするのだが、いけないだろうか。いま書いていて気づいたのだが、イソメやゴカイにはオスとメスの区別というものは存在するのだろうか。こんど調べてみることにしよう。
志布志入りしてからは、再び盆地男がハンドルをにぎった。そろそろ昼どきということもあり、ここで買い出しをすることにした。盆地男によるとこのあたりには新鮮な海の幸が安く買える市場があるのだが連休なので休んでいる、ということなので、しかたなく町なかにあるスーパーのタイヨーに行くことにした。二日分の料理に使う魚介類に肉類、野菜類、氷、水などを購入。あとダンボールも何枚かもらった。
つぎはその隣にある酒のディスカウント店で酒類を購入。ビールを何本買うかで激論が交わされたが、結局500ml缶を10本購入。あと焼酎に日本酒、お茶も仕入れた。さあ、買い出しも終わり、あとはキャンプ地を目指すのみ!
志布志の町なかを出てしばらく行くと、車窓いっぱいに志布志湾の光景が広がった。雲ひとつない青空から降り注ぐ陽光が肌を包み、空と海の青が眼を射抜き、磯の香りが鼻を刺激した。おれは久々にみる海の光景のトリコになった。
志布志湾は、天気に恵まれた連休の海を楽しむ家族連れや釣り人たちでにぎわっていた。「やっぱヒトが多いねえ••••••これじゃオレのプライベートビーチもヒトが来ちょるじゃろ」と盆地男がいった。ふだんはさほど人が来る場所ではないらしい。しかしこれだけ人出が多いと、目的の “プライベートビーチ” とやらも例外ではないかもしれない。はたして場所は確保できるのか?青少年強化合宿の行方はどうなるのか?われわれよれよれ酒宴隊の運命は如何に?一抹の不安を抱えつつ、われわれの乗った車は再び県境を越え、串間市に入った。
市街地を抜け、海岸に沿ってしばらく走ったあと、車は防潮林の間の細くてデコボコした道に入り込んだ。やがて景色が開けると、そこにはキャンプに絶好の砂浜が広がっていた••••••のだが、あれれえ?
そこにはすでに、たくさんのRVや乗用車が入りこんでおり、これまたたくさんの家族連れや釣り人たちであふれていた。キャンプできるスペース以前に、車を停められるスペースがない。不安は的中してしまった。
「やいやあー、こりゃいかんわ。別んとこに行こうや」と盆地男はいった。ふだんはここもそれほど人のいないところらしいのだが、近場で安上がりのレジャーが人気の昨今、やはり考えるコトは皆同じらしい。
ともあれ、われわれは次の場所を求めて迷走するハメになってしまった。しかし、そんな危機的状況をヨソにおれは窓の外を指差しながら、
「あれま?あの宮崎交通のバス停を見てみ!“港” やて。ははははは。なんちゅうタンジュンな名前のバス停じゃろか。わはははは。シンプル・イズ・ベスト。はーはははは!」
とノーテンキにはしゃいでいたのであった。
おれがバカ騒ぎしているあいだに、車はその “港” を通り抜け、防潮堤沿いの細い道に出て止まった。
「ここはどんげじゃろか?」と盆地男がいう。われわれは車から降りて様子をみた。
防潮堤を乗り越えると、眼前には青空の下に美しい海岸線が広がっていて、彼方には大隅半島がかすんで見える。ロケーションは申し分ない。浜のほうは一面のゴロゴロ石で平らな砂浜がまったくないのだが、細いのから太いのまで豊富に木切れが落ちていて、焚き火には不自由しないようである。うん、ここにしよう!
「おお、こりゃ良かとこじゃが。ここにすっか」と盆地男がいった。
「でも石がゴロゴロしちょるから寝るときゴツゴツするっちゃねえと?テントも張りにくそうやし」とイクコかあちゃんがそれはそれでもっともな心配を口にした。
「なるべく平らなところを選んで、ダンボールを敷けばなんとかなるやろ」と盆地男。
「ここでよか!!ほらあんなにいっぱい木があるからいくらでも焚き火ができるよ!ね、ね、ね、焚き木焚き木焚き火焚き火焚き木焚き火」とおれは取りつかれたようにわめいた。景色だのゴロゴロ石だのはどうでもよくて、とにかく焚き火しかアタマにないのだから困ったものである。
結局、ほかに場所もないし昼メシも食わなきゃいかんし、ということで、われわれはこの浜でキャンプすることにしたのである。

(つづく)