読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

第20回宮崎映画祭観覧記(その2) 心地よい空気感で楽しめた『ニシノユキヒコの恋と冒険』

2014-07-11 23:12:10 | 映画のお噂
映画祭2日目の7月6日。この日は午前中から3本の映画を鑑賞いたしました。

まず最初に観たのは、宮崎では初の劇場公開となった、新鋭井口奈己監督の最新作『ニシノユキヒコの恋と冒険』です。客席は大入り満員の盛況ぶりで、至急補助席が出たほどでした。


(写真は8月20日に発売されるDVDのジャケット写真を拝借いたしました)

『ニシノユキヒコの恋と冒険』 (2014年 日本)
監督・脚本=井口奈己
原作=川上弘美
主演=竹野内豊、尾野真千子、成海璃子、本田翼、木村文乃、中村ゆりか、麻生久美子、阿川佐和子

ルックスも良く、仕事もでき、セックスもバッチリと、すべてにおいて完璧な希代のモテ男、ニシノユキヒコ。そのまわりには、常に魅力的な女性たちがいた。女性に対して限りなく優しいニシノは、彼女たちを楽しませ、その欲望を満たすのだが、なぜか最終的にはみんな、彼のもとを去っていってしまうのだった。ニシノと女性たちをめぐる思い出話からは、真実の愛を求めてさまよったニシノの美しくも切ない人生が浮かび上がってくるのであった•••。

基本的に恋愛ものは苦手であるわたくし。本作も、普段のわたくしならまず観ないタイプの映画だなあと思いつつ観たのでしたが、けっこう面白く観ることができました。
なんといっても、ニシノユキヒコを演じる竹野内豊さんが実にいいのです。一見、非の打ち所がないイケメン男に見えながらも、どこか人を食ったようなとぼけたところもある、なんとも憎めない絶妙なキャラクター。それを巧みに演じる竹野内さんは、女性のみならず男の目から見てもまことに魅力的です。
そして、ニシノに惹かれる女性たちを演じる女優陣の多彩さもまた魅力的です。個人的には、尾野真千子さんが出ておられるというだけでもすごく嬉しかったのですが(笑)、若手の女優陣の中にあってもお茶目さが目を引いた阿川佐和子さんもいい感じでした。そして、本作で初めて知った新星、中村ゆりかさんにも惹かれるものがありました。

上映後、井口監督とスクリプターの増原譲子さんを迎えてのトークショーが開催されました。井口監督は、2012年の第18回に続く2度目のゲスト登場です。
ニシノ役を誰にしようか決めかねていたとき、所属事務所からの推挙がもとで出演が決まったという竹野内さん。ご本人もけっこう、飄々としたお人柄のようで、だからこそニシノのキャラをあそこまで巧みに演じられたんだなあ、と納得したのでした。
映画を観た人からよく「ちゃんとした映画を作れ!」と怒られたりする、という井口監督。今回のトークショーでは、開始早々観客の一人(男性の方でした)から「恋愛があまりにも淡々としすぎているのではないか」などと疑念を呈され、井口監督もそれに反論するという一幕がありました。
感じかたは人それぞれではあるのですが、わたくしとしては、その淡々としたところがいいのではないか、と思いました。ベタベタしたところのない、淡々とした軽みが醸し出す心地よい空気感は、「大人のおとぎ話」としての本作の世界観をうまく作り上げていたのではないでしょうか。
普段なら観ないようなタイプの作品の中にも、観るべき宝石のような映画を見出すことができるというのも、この映画祭のありがたいところです。この『ニシノユキヒコの恋と冒険』も、思いがけず見出すことのできたお気に入りの作品となりました。
トークショーで井口監督が語っておられた「わたしは未来に向けて映画を作りたい」とのお言葉にも共感できるところがありました。井口監督の今後にも、大いに期待したいと思います。


2本目に観たのは、小津安二郎監督にも信奉されていたというエルンスト・ルビッチ監督によるコメディ映画『生きるべきか死ぬべきか』です。

『生きるべきか死ぬべきか』 (1942年 アメリカ)
監督=エルンスト・ルビッチ
主演=ジャック・ペニー、キャロル・ロンバート

第二次世界大戦の最中。ポーランドの首都、ワルシャワは侵攻してきたナチスドイツの占領下にあった。現地のシェイクスピア劇団の座長であるヨーゼフの妻アンナは、ポーランド空軍の中尉ソビンスキーと不倫関係だったが、ひょんなことからヨーゼフにバレてしまう。すべてを打ち明けたソビンスキーは、ナチスの情報活動を打ち砕くべく2人に協力を求める。かくて、3人と劇団の面々による、ナチスを煙にまくための大芝居の幕が開くのであった•••。

いやー、これは大いに笑わせてもらいました。特に後半、ナチス相手に大芝居を打つヨーゼフたちが、ピンチを機知で乗り切っていくさまはナンセンスにして痛快でありました。
本作はのちにメル・ブルックス監督によりリメイクされています(1983年製作の『メル・ブルックスの大脱走』)。リメイク版のほうは残念ながら未見なのですが、ギャグのいくつかにメル監督の作風を彷彿とさせるようなナンセンスさがあり、メル監督がリメイクしたのもわかるような気がいたしました(それとも、メル監督がルビッチ監督から影響を受けたのかな)。
『ニシノユキヒコ~』に引き続き、こちらにも井口奈己監督と増原譲子さんが登壇して、ルビッチ監督の作品をはじめとするクラシック作品についてのトークがありました。ルビッチ監督の作品も大好きだという井口監督は、ルビッチ監督の作品から「深刻にならない」という教訓を学んだのだとか。
また、本作がナチスドイツをからかうような内容の作品でありながら、公開当時は「不真面目だ」との批判を受けて興行もさんざんだった、ということについて、井口監督は「これがプロパガンダではないからではないか。悪役であるナチスも、なんだかお茶目に描かれていますし」とおっしゃいました。確かに、自分のヘマを部下になすりつけてばかりいるナチスの大佐なんて、けっこうイイ味出していて憎めない感じでした。
プロパガンダに堕していないからこそ、今のわたくしたちが観ても楽しめるような、センスのいい作品に仕上がったのではないでしょうか。そう考えると、ルビッチ監督という人はなかなかの才人だったんだなあ、と思いました。他の作品も、機会があれば観てみたいですね。


3本目に観たのは、めったに観られないようなサイレント映画の秀作『忠次旅日記』でした。

『忠次旅日記』 (1927年 日本)
監督=伊藤大輔
主演=大河内傳次郎、伏見直江

「国定忠次は鬼より怖い、にっこり笑って人を斬る」と恐れられながらも、悪代官を懲らしめ弱い者から慕われていた、幕末の俠客・国定忠次(忠治)。本作は、持病の中風に苦しみながらも追っ手から逃れる忠次の道行きと、道中で出会ったさまざまな人びととの交流、そして最後には囚われの身となるまでを描いた時代劇です。上映されたのは、三部作として製作されたうち、現存する第二部の途中から第三部のおしまいまでです。
本作は長らくプリントが存在しなかったことから「幻の映画」と言われていたのですが、にもかかわらず1959年に、雑誌『キネマ旬報』の「日本映画60年を代表する最高作品ベストテン」の1位に選出されたという傑作です。
長らく「幻」だった本作でしたが、1991年になって広島県の民家の蔵の中から発見され、東京国立近代美術館フィルムセンターにて復元されました。今回上映されたのは、その復元版というわけなのです。
なかなかサイレント映画を見る機会がないということもあり、始まってしばらくは入り込めなかったのですが、だんだんと引き込まれてきました。立ち回りの場面はもちろんですが、生き別れになった孤児の勘太郎をめぐる情感あふれる場面にも惹きつけられるものがありました。
また、今から90年近く前の時代劇でありながら、思いがけないほど斬新な表現もあったりして(特に終盤、忠次の妾であるお品が、子分の中にいる裏切り者を問い詰める場面における矢継ぎ早のカットなど)、ちょっと驚かされもいたしました。
このような貴重な作品を劇場で観る機会が得られたことは、やはり良かったと思います。
こういう映画を撮った伊藤大輔という監督って、どんな人物だったんだろう•••。そういう興味とともに物販コーナーで購入したのが、『時代劇の父・伊藤大輔』(神津陽著、JCA出版)という本です。

資料としても興味深い本のようですので、じっくり読んでみようと思っております。