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2008.1.22 私のお正月(可愛い仲間達)



(1)
我が家の迎春用品を纏めた飾り棚です。
小さな迎春用品の内、主なものは、この下段に飾っております。

何と、これらの可愛い仲間のほとんどは、あの大震災の時、食器棚が
倒れて、愛用の食器類をすべて失った私の手に、奇跡的に助かって残っ
たものです。赤いお盆も、傷を受けながら残ってくれました。

震災の時、旅行嫌いの私が何故、その時に限って海外に居たのか?
それに付いて、そして、その後の復興に付いて、話をするには全く紙面
が足りない程、不思議なこと信じられないことが本当に沢山ありました。

私は1月半ばに出発する旅行にも関わらず、これらの小さな迎春用品を
片付けるには惜しく、大きな机の上に飾ったまま海外へ出掛けました。
帰国したら、一番にこの仲間達に会いたかったからです。
会って、ほっとしたかったからです。
それほど、私は、この食器達を愛していました。

震災の日、これらの小さな者達は机の上から激しく飛ばされて、壁や
天井や窓(カーテンがズタズタに裂けていました)に打ち付けられ、
半数は形を留めませんでしたが、残りの半数は、飛ばされて床の絨毯に
打ち付けられた為、辛くも、残ってくれたのでした。
迎春用品入れの箱に入れて、机の下に置いていたセット類も助かりました。
それに気付いて、嬉しくて胸が熱くなったあの日を思い出します。

屠蘇器など、壊れたものはその後買い替えましたが、でも、ほとんどは、
昔から少しずつ買い増していった、思い出のもの達です。

そしてこの飾り棚は、私の友人が2年前の転居の時に買ってくれました。
何と!まるで測った様に、赤いお盆が2枚並べてきっちり入るでしょう?
まるで、家具屋さんが、私の為に作ってくれたかの様です。





(2)
お正月になると、これらの食器を飾り棚から取り出して、全部洗って
から使います。(写真は、迎春用品の一部です。)

それ以外に、重箱類、漆器類、大皿、小皿類、そして、おせち用の
大きな保存用重箱など、大量の迎春用品があります。
それらは、大切なものであると同時に、とても繊細なものが多いので、
慎重に洗って拭く必要があり、準備に大変時間を要します。

実は、大晦日におせちが意外に早く(夕方8時頃)仕上がったので、
私はびっくり!
飛び上がって喜こび、「お主、腕上げたな!」と自分自身に言って、
連日ご苦労様でしたと、夕食の「年越し蕎麦」を食べました。
今年は、何日も準備期間を取ったので、楽勝だったな、これだったら、
今日大晦日の夜は、テレビなど見てゆっくりできるなと思いました。

ところが、おっとどっこいでした。
なんのなんの、とんでもありませんでした。
それから、これらの迎春用品や食器類、重箱類を全部洗って拭き終って
寝る時は、2時半を過ぎていました。

元旦の朝は、9時半に起きましたが、まだまだお屠蘇や、その肴(私は、
昆布を湿らせて細く切って結んだものと、かつお節の荒削りにします)
の準備などが、間に合っていなかったので、いつもそうですが、元旦の
朝はとても忙しいです。

ちなみに、朝が遅かったからか、こんなに頑張っても私はとてものろま
なので、元旦のお昼前にお屠蘇を祝うことが出来ませんでした。

今迄は、時計を見ながら走り回って、ぎりぎりでも(11時58分とか)、
正午前にお屠蘇を祝うことを堅持しようとしましたが(母の教えを固執)、
今年は、走り回るのを止めました。
その為、結局、お屠蘇は午後2時になってしまいました。(すみません。)
それから、「祝い膳」です。
(つまり、ここで始めて、食べ物を頂きました。)

次に、朝から善哉を煮始めていたので、それを頂いて、すぐ夜の祝い膳
です。元旦は、あっと言う間に過ぎました。
大好きなお正月を味わう暇などありません。
(4日の来客準備を始めなければなりませんので、2日と3日は更に大変
でした。)

迎春の準備というものは、料理だけではありませんね。
本当に、様々なことがありますので大変です。
私は、いつもフラフラになります。
でも、お正月が大好きなので、やがて癒されて回復します。
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