もう一つ、よく更新しているブログがあるが、そちらは知り合いも読んでいるので、
さしさわりがあることは、こちらに書くことにしている。
そのさしさわりのある話とは、昨日、聞いた話で、新たに思ったこと。
あるSNSのサークルの女性Hさんから聞いたのだが、
男女混合でオフ会の飲み会で知り合ったうち、そのサークルの管理人から、
個人的にメールがあり、二人で会った、とのこと。
最初は、サークル内の相談事という口実なので、疑わずに会ったが、
連れて行ってくれたところが、とても素敵な店で恋人同士で行くような所であったこととか、
その後も二人で会おうというメールが来ることなどで、
次第に気が重くなってきた、というのだった。
私もそのサークルに参加していて、その管理人はなかなか節度のある男性だと思っていたので、
そうか、そういうやつだったのか、と改めてがっかり。
こちらはニュートラルに、礼儀正しくメールなどを返していたので、
その隠密行動に裏切られた感がある。
そして、興味深いのは、モテるとか、モテない、とか、それにまつわることだ。
昨日の話は、そのサークルの女性だけで集まる女子会(Hさん、私を含め4人)で、
Hさんが、言葉重めに言い始めた。
ほんとうは言うべきじゃないのだけど、と重い口を開き始めたHさんを見ていて、
これは、男がつけ入るだろうな、と思った。
Hさんには、妻帯者のその管理人と個人的に付き合う気はない。
だから、困っていて、だんだんサークルに行くのが気が重くなってきているのだ。
女性は、なんと気がいいのだろう、と改めて思う。
男は、こういうHさんだから、アプローチをするのだ。
秘め事を共有したい相手に、誰にでもあけっぴろげな女性は選ばないだろう。
誘った日に、「他の人も行かないかな」と言って皆に声をかけるようなタイプの人を誘ったりはしない。
Hさんには、ロマンチックな時間を共有できるかもしれない、と、期待させる風情がある。
いや、私だって、一緒にムードのあるバーで飲む相手を誘うとすれば、一番にHさんだろうと思う。
明るくて、かわいらしくて、女らしさを嫌味にならない程度に漂わせている。
断然、Hさんがモテるのはわかる。
4人のうち、Yさんはよくしゃべり、冗談を言い、「姉御」と呼ばれる。
この人は、共同管理人になってほしいと、声がかかっているそうだ。
Iさんは、女らしさをあまり出さず、だからと言って中性的でもなく、地味な服装に身を包み、程よい感じの女性だ。
ただ、Hさんのようなコケティッシュな感じがなく、地味めなので、男のロマンチシズムを刺激しないだろう。
で、私は、そのSNSでも、男性と間違われるハンドルネームをつけているし、基本、いつも仕事帰りでパンツスーツにパソコンリュック、話題は常に色気抜き、おそらく最も男性が敬遠する女だろう。
そうしたメンバーの中で、あらためてHさんを見ていて、
ある種の女性の典型かもしれないと思った。
かわいい、明るい、女らしい装いをして、男性との会話を楽しむことができる、
その上、個人的に誘われたことを他のメンバーになかなか言い出せない、言ってはいけないと思い込んでいる奥ゆかしさ、、、
実はこの奥ゆかしさが、問題なのだ。
男たちのセクハラがエスカレートするのは、女性たちのこの奥ゆかしさに元気づけられたためということがある。
最初は、男たちはセクハラをする気はない。
好意を持った女性とちょっと話をしたい、一緒にお酒を楽しみたい、という程度だ。
が、断わるどころか、相手も楽しんでいるように見えると、相手も自分との間柄を喜んでいる、と思うようになるようだ。
女性は、断っては悪いかもしれない、と気を使い、相手にも楽しい時間を持ってもらおうと努力をする。
が、相手に特別な興味はない、という場合がある。
むしろ、ただの友達同士でいられるなら、と望んでいる場合があるが、そういう場合は、本当は、そのことをすぐにメンバーに開いて、秘密の関係にしないことが肝要だ。
が、女性は相手の秘密を守ってあげよう、男性の面子を保ってあげようとする気遣いをしてしまう。
もちろん、その心理には、他の女性たちよりモテている自分を、ちょっと楽しんでいる部分もあるかもしれない。
モテないより、モテる方が気分はいいだろう。
女性の自己評価は、そういうところに依存していたりするので、無理もないかもしれない。
が、男たちはそこに乗じてくる。
自分との逢瀬を秘密にして守ってくれる女性を、ますます「もっとイケる」相手としてとらえるようになっていく。
Hさんは、管理人とのやり取りを皆にばらしてしまった自分に呵責を感じている。
だから、
「セクハラ男を守ってあげる必要はないよ」と伝えた。
管理人のプライバシーを言い触らしたのなら呵責に苦しんでも仕方がないが、これは管理人のプライバシーではない。
個人的に誘いをかけられて、本意ではない状況に持って行かれそうになった女性の悩みを仲間が聞いたという話でしかない。
どうして、こういう時に、黙っていないといけない、と思う女性が多いのだろう。
だから、男はさらに図に乗る。
二人だけの秘め事を進展させることができる、と踏むのだ。
二人の思いは、どんどん乖離する。
のっぴきならないセクハラ事件の多くがこういうところから始まる。
まぁ、私もわかったようなことは言えない。
職場に、病み上がりの私が久しぶりに出て行ったら、「よかった、よかった」と大感激して、
廊下で抱きしめてくる男性職員がいた。
この人は、二人きりだと私をファーストネームに「ちゃん」づけで呼び、人生の不幸に見舞われる度に、抱きしめてきた。
好意は確かにあって、他の人にもわかるようだったし、若い男性同僚たちが、「あの人は危ない」と私に言っていた。
が、私にはセクハラか本当に同情してくれているのかわからなかった。
この場合は、私はすでに年齢が高く(どうもそうは見えていなかったらしいが)、その男性がはるかに若いので、
まさか、そんな不埒な気持ちを抱かないだろう、セクハラのように言うのはかえって親切なあの人に悪いのではないか、と思って来た。
だから、抱きしめられたことが何度かあるのだとは誰にも言えなかった。
Hさんも、まだ個人的に誘いをかけてくる管理人男性を、セクハラ男と断じることにはためらいがあるだろう。
まだ、食事に誘われているだけで、抱きつかれたわけでもなく、紳士的な態度だから、セクハラ男呼ばわりするのはいけないと思っているだろう。
その気持ちの背景には、嫌われたくない、という思いもあるかもしれない。
興味を失われてしまうことへの寂しさもあるかもしれない。
そこが女性たちの弱点なのではないかと、私などは思う。(人のことは言えないけれど)
男に興味を持ってもらうことに未練がある間は、男に乗ぜられる。
男も女も関係なく友だちとしてやっていける仲間が欲しいの、とHさんは言うが、
男が自分に「女性として」興味を持つことをどこかで願っている間は、男の期待を引き寄せる。
そして、多くの女性はそのことを知っていて、且つ、相手が積極的にアプローチすると、困惑する。
男のまなざしがどこに向かっても興味がない、という女性には、男性は期待を持たない。
コケティッシュではなく、ニュートラルな女性は、男性の期待値を高めないのだ。
Hさんは、女性がおっさんになってはいけない、と言う。
女性らしさは残しつつ、男性と、男女を越えた友人関係を築きたいと言う。
まぁ、その関係のどっちつかずの危うさを楽しみたい、ということだろうが、それはいささか現実離れしている。
Hさんを見ていて、男に秋波を送ってしまう女性は、気構えがどうあろうとも、男に期待を抱かせてしまう、ということがよくわかる事例だ。
秘密を守ると、余計に男性を誤解させてしまうようだ、というのも改めてわかる。
だからと言って、男に秋波を送るな、とは言えない。
それが、彼女の魅力となっている。コケティッシュなのも、魅力だ。
コケティッシュに振舞いながら、男を誘惑しながら、男に誘われたら迷惑がるのも、こうしたタイプの女性たちの特権だろう。
尤も、全く女性としての色気のない女の人たちの集団に出かけるとき、全然喜びがわかなくて、
Hさんのような女性がいるグループには、つい胸がはずむという私のようなややこしい女もいるけれども。
そして、これも何らかの「期待」か「下心」かと言われれば、その管理人男性と近い心情があるのかもしれない。
くすんだ色の服を着て、化粧っ気もなく、美しさのかけらも感じない女性といると、何の楽しみもなく、早く帰りたくなる。
Hさんのような女性といる方が、心に活気が出てくるのは事実。
Yさんが、私たち4人を「みんないい女ばかり」と言っていたが、年齢の割には、確かに皆、おしゃれだ。
そして、それを喜び、味わう女たちが面白い。
さしさわりがあることは、こちらに書くことにしている。
そのさしさわりのある話とは、昨日、聞いた話で、新たに思ったこと。
あるSNSのサークルの女性Hさんから聞いたのだが、
男女混合でオフ会の飲み会で知り合ったうち、そのサークルの管理人から、
個人的にメールがあり、二人で会った、とのこと。
最初は、サークル内の相談事という口実なので、疑わずに会ったが、
連れて行ってくれたところが、とても素敵な店で恋人同士で行くような所であったこととか、
その後も二人で会おうというメールが来ることなどで、
次第に気が重くなってきた、というのだった。
私もそのサークルに参加していて、その管理人はなかなか節度のある男性だと思っていたので、
そうか、そういうやつだったのか、と改めてがっかり。
こちらはニュートラルに、礼儀正しくメールなどを返していたので、
その隠密行動に裏切られた感がある。
そして、興味深いのは、モテるとか、モテない、とか、それにまつわることだ。
昨日の話は、そのサークルの女性だけで集まる女子会(Hさん、私を含め4人)で、
Hさんが、言葉重めに言い始めた。
ほんとうは言うべきじゃないのだけど、と重い口を開き始めたHさんを見ていて、
これは、男がつけ入るだろうな、と思った。
Hさんには、妻帯者のその管理人と個人的に付き合う気はない。
だから、困っていて、だんだんサークルに行くのが気が重くなってきているのだ。
女性は、なんと気がいいのだろう、と改めて思う。
男は、こういうHさんだから、アプローチをするのだ。
秘め事を共有したい相手に、誰にでもあけっぴろげな女性は選ばないだろう。
誘った日に、「他の人も行かないかな」と言って皆に声をかけるようなタイプの人を誘ったりはしない。
Hさんには、ロマンチックな時間を共有できるかもしれない、と、期待させる風情がある。
いや、私だって、一緒にムードのあるバーで飲む相手を誘うとすれば、一番にHさんだろうと思う。
明るくて、かわいらしくて、女らしさを嫌味にならない程度に漂わせている。
断然、Hさんがモテるのはわかる。
4人のうち、Yさんはよくしゃべり、冗談を言い、「姉御」と呼ばれる。
この人は、共同管理人になってほしいと、声がかかっているそうだ。
Iさんは、女らしさをあまり出さず、だからと言って中性的でもなく、地味な服装に身を包み、程よい感じの女性だ。
ただ、Hさんのようなコケティッシュな感じがなく、地味めなので、男のロマンチシズムを刺激しないだろう。
で、私は、そのSNSでも、男性と間違われるハンドルネームをつけているし、基本、いつも仕事帰りでパンツスーツにパソコンリュック、話題は常に色気抜き、おそらく最も男性が敬遠する女だろう。
そうしたメンバーの中で、あらためてHさんを見ていて、
ある種の女性の典型かもしれないと思った。
かわいい、明るい、女らしい装いをして、男性との会話を楽しむことができる、
その上、個人的に誘われたことを他のメンバーになかなか言い出せない、言ってはいけないと思い込んでいる奥ゆかしさ、、、
実はこの奥ゆかしさが、問題なのだ。
男たちのセクハラがエスカレートするのは、女性たちのこの奥ゆかしさに元気づけられたためということがある。
最初は、男たちはセクハラをする気はない。
好意を持った女性とちょっと話をしたい、一緒にお酒を楽しみたい、という程度だ。
が、断わるどころか、相手も楽しんでいるように見えると、相手も自分との間柄を喜んでいる、と思うようになるようだ。
女性は、断っては悪いかもしれない、と気を使い、相手にも楽しい時間を持ってもらおうと努力をする。
が、相手に特別な興味はない、という場合がある。
むしろ、ただの友達同士でいられるなら、と望んでいる場合があるが、そういう場合は、本当は、そのことをすぐにメンバーに開いて、秘密の関係にしないことが肝要だ。
が、女性は相手の秘密を守ってあげよう、男性の面子を保ってあげようとする気遣いをしてしまう。
もちろん、その心理には、他の女性たちよりモテている自分を、ちょっと楽しんでいる部分もあるかもしれない。
モテないより、モテる方が気分はいいだろう。
女性の自己評価は、そういうところに依存していたりするので、無理もないかもしれない。
が、男たちはそこに乗じてくる。
自分との逢瀬を秘密にして守ってくれる女性を、ますます「もっとイケる」相手としてとらえるようになっていく。
Hさんは、管理人とのやり取りを皆にばらしてしまった自分に呵責を感じている。
だから、
「セクハラ男を守ってあげる必要はないよ」と伝えた。
管理人のプライバシーを言い触らしたのなら呵責に苦しんでも仕方がないが、これは管理人のプライバシーではない。
個人的に誘いをかけられて、本意ではない状況に持って行かれそうになった女性の悩みを仲間が聞いたという話でしかない。
どうして、こういう時に、黙っていないといけない、と思う女性が多いのだろう。
だから、男はさらに図に乗る。
二人だけの秘め事を進展させることができる、と踏むのだ。
二人の思いは、どんどん乖離する。
のっぴきならないセクハラ事件の多くがこういうところから始まる。
まぁ、私もわかったようなことは言えない。
職場に、病み上がりの私が久しぶりに出て行ったら、「よかった、よかった」と大感激して、
廊下で抱きしめてくる男性職員がいた。
この人は、二人きりだと私をファーストネームに「ちゃん」づけで呼び、人生の不幸に見舞われる度に、抱きしめてきた。
好意は確かにあって、他の人にもわかるようだったし、若い男性同僚たちが、「あの人は危ない」と私に言っていた。
が、私にはセクハラか本当に同情してくれているのかわからなかった。
この場合は、私はすでに年齢が高く(どうもそうは見えていなかったらしいが)、その男性がはるかに若いので、
まさか、そんな不埒な気持ちを抱かないだろう、セクハラのように言うのはかえって親切なあの人に悪いのではないか、と思って来た。
だから、抱きしめられたことが何度かあるのだとは誰にも言えなかった。
Hさんも、まだ個人的に誘いをかけてくる管理人男性を、セクハラ男と断じることにはためらいがあるだろう。
まだ、食事に誘われているだけで、抱きつかれたわけでもなく、紳士的な態度だから、セクハラ男呼ばわりするのはいけないと思っているだろう。
その気持ちの背景には、嫌われたくない、という思いもあるかもしれない。
興味を失われてしまうことへの寂しさもあるかもしれない。
そこが女性たちの弱点なのではないかと、私などは思う。(人のことは言えないけれど)
男に興味を持ってもらうことに未練がある間は、男に乗ぜられる。
男も女も関係なく友だちとしてやっていける仲間が欲しいの、とHさんは言うが、
男が自分に「女性として」興味を持つことをどこかで願っている間は、男の期待を引き寄せる。
そして、多くの女性はそのことを知っていて、且つ、相手が積極的にアプローチすると、困惑する。
男のまなざしがどこに向かっても興味がない、という女性には、男性は期待を持たない。
コケティッシュではなく、ニュートラルな女性は、男性の期待値を高めないのだ。
Hさんは、女性がおっさんになってはいけない、と言う。
女性らしさは残しつつ、男性と、男女を越えた友人関係を築きたいと言う。
まぁ、その関係のどっちつかずの危うさを楽しみたい、ということだろうが、それはいささか現実離れしている。
Hさんを見ていて、男に秋波を送ってしまう女性は、気構えがどうあろうとも、男に期待を抱かせてしまう、ということがよくわかる事例だ。
秘密を守ると、余計に男性を誤解させてしまうようだ、というのも改めてわかる。
だからと言って、男に秋波を送るな、とは言えない。
それが、彼女の魅力となっている。コケティッシュなのも、魅力だ。
コケティッシュに振舞いながら、男を誘惑しながら、男に誘われたら迷惑がるのも、こうしたタイプの女性たちの特権だろう。
尤も、全く女性としての色気のない女の人たちの集団に出かけるとき、全然喜びがわかなくて、
Hさんのような女性がいるグループには、つい胸がはずむという私のようなややこしい女もいるけれども。
そして、これも何らかの「期待」か「下心」かと言われれば、その管理人男性と近い心情があるのかもしれない。
くすんだ色の服を着て、化粧っ気もなく、美しさのかけらも感じない女性といると、何の楽しみもなく、早く帰りたくなる。
Hさんのような女性といる方が、心に活気が出てくるのは事実。
Yさんが、私たち4人を「みんないい女ばかり」と言っていたが、年齢の割には、確かに皆、おしゃれだ。
そして、それを喜び、味わう女たちが面白い。