見晴台学園トピックス

 1990年、学習障害や発達障害の中学生・高校生が学ぶ全国にも珍しい父母立の学園です。

学園はどこに行っても授業!

2011年02月09日 | 日々つれづれ
 見晴台学園開校20周年記念祝賀会のお知らせ

1月29日・30日と静岡で行われた「高校教育シンポジウム」に
生徒二人+教員で参加してきました。



会場からは富士山も見えました。


 今回参加した分科会は「子ども・青年の発達課題と特別ニーズ問題」で
青年本人の声を聞きたいとリクエストいただき、本科3年生2人が代表で
行ってきました。

 本科3年生はちょうど1月から「専攻科移行プロジェクト」を開始
していたので、それとリンクして
「"ゆっくり学び 自分らしく成長す"ために」
~高等部本科から専攻科へ大きく一歩~というタイトルで発表を
していきました。

~本人レポート一部抜粋~

「自分の好きなことを納得いくまで追求する」
 
 僕は、高等部三年間を終えるけれど、今すぐに働くことは無理なので
専攻科でゆっくり自分の進路を決めたいと思います。これから社会に出
ていつか働くために、専攻科という所で自信をつけたいと思います。

 専攻科は職業人教育で働く技術をみがくのではなく、働くための心を
育てるのだと専攻科プロジェクトで聞きました。なので働く技術だけでなく、
自分の心を大きくするためにみんなといっしょに海外旅行に行きたいと思っ
ています。たとえばイタリアやエジプトです。今、ローマ帝国について調べ
ていること、ずっと前にテレビでエジプト関係の映画を見て、ローマ帝国の
領土をめぐって写真をたくさんとりたいです。そのために国について勉強し
て、アルバイトもして、いくためのお金を集めたいと思っています。他にも
卒論では自分の好きなことを一つにして、納得いくまで研究したいと思いま
す。

「自己決定力が問われる専攻科で、いざ勝負」

 現在本科3年のクラスは、専攻科へ向けた授業「専攻科移行プロジェクト」がスタートしています。この授業で専攻科へのイメージはがらりと変わりました。これまでのイメージに比べて厳しい感じがしました。その理由は「自己決定力」が問われるからです。今の自分は、何もかもが優柔不断、決断力もないに等しい。今までの自分も決断することはあったけれど、そのほぼ全て失敗。それからというもの決断という決断は僕自身していませんでした。
しかし、「自己決定力」が問われる専攻科ではそうは言えません。数多の決断を経て次へと進む。そして最後の最後には卒業論文。記録にも(卒業論文と言う書物)、記憶にも残る(作るまでに体験した苦労など)“卒論”を決断の中から書き上げよう、と思う僕でした。


 会場には高校や大学の先生、大学院生などが参加しており、
熱心に聞いてもらえました。

 質疑応答の時間には、自分たちが大変だった時期、誰に何をしほしかった
ですか?と質問があり、「中学三年の冬で先が見えていなかった。
(進路先が決まっていなかった)そんな時に先生から学園の資料を
もらい、先が見えた」と応え、会場中が「う~ん」とうなづいていました。

 これは中学→高校の接続・ネットワークの困難さと大切さを
意味しており、発達障害を抱える子どもは中学3年の2学期以降に
大変になってくるという現状も報告され、彼らの発言でそれが
浮き彫りになりました。



 夜は同じ分科会の人たちと交流を兼ねて夕食会。
友だちや家族とは違う雰囲気での食事は少し緊張しますが、これから先
こうような機会は多々あるので、一足先に練習。

 とりわけて食べるお料理は全体の量を見通して取る、お料理から遠い人にも
配慮をする、空いたお皿はテーブルの端に……などなど、最初は緊張から
ぎこちない動きでしたが、時間が経つにつれ会話も弾み、動きもスムーズに
なって楽しい時間を過ごすことができました。

 そして分科会終了後はお待ちかねの観光。
会場近くの「駿府城跡」をめぐり。



 今回のシンポジウムに参加することで、自分の今までの歩みや学園のことを
振り返り、それを自分の言葉でまとめる。そしてそれを人に伝える。
さらに、食事の場などでは大人としての扱われ、それにあった振る舞いをする。
最後に観光は頑張った自分たちへのご褒美として、自分たちで企画をすると
とても盛りだくさんのことが経験できた機会となりました。

 専攻科のカリキュラムに「生活者教育」があり、その一つに"研修への参加"
があります。これからも機会があれば、生徒と一緒にどんどんこのような
場に出かけていきたいと思います。