道彦の散歩道

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10/27 世界の料理③

2013年10月27日 | 食・レシピ

【ドリア】

「ドリア」は、米を使った料理のひとつ。ピラフなど米飯の上にベシャメルソース(ホワイトソース)をかけてオーブンで焼いた料理。

『概要』

1962年に開業した横浜ホテルニューグランドの初代総料理長、サリー・ワイルが創作した料理。米飯に芝海老のクリーム煮をのせ、チーズをかけてオーブンで焼き上げたものが現在のドリアの始まり。

このドリアとは別に、イタリア貴族・ドリア一族のためにパリのレストランで創作した、イタリア国旗の三色にちなんでトマト、キュウリ、鶏卵などの材料を使って作られた料理もあり、フランス料理では通常「ドリア風」といった場合、キュウリを添えることを意味する。

一般的な調理法としては、バターを塗った耐熱容器にバターライスまたはピラフを盛り、ベシャメルソース(ホワイトソース)で覆い、その上から削ったパルメザンチーズをふりかり、表面に焦げ色がつくまでオーブンで焼く。

エビやイカを入れたものは「シーフードドリア」、鶏肉を入れたものは「チキンドリア」と呼ばれるなど、具材によって様々な呼ばれ方をされるが、「ライスグラタン」と呼ばれることもある。

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【ナポリタン】

「ナポリタン」は、トマトケチャップで味付けした日本独自のパスタ料理である。

『概要』

典型としてはスパゲッティにトマトケチャップをからめ炒めて作る。代表的な具材はタマネギ、ピーマン、これにハム、ウインナーソーセージ、ベーコン等の加工肉。タバスコと粉チーズを好みでかかける食べ方が一般的である。

イタリアにはサルサ・ナポリターナと呼ばれるソースはあるが「ナポリタン」というパスタは、イギリスやアメリカでは定番イタリア料理のマカロニチーズと同じくイタリアには存在しない料理である。

イタリア・ナポリでもスパゲッティは常食され、ブッタネスカをはじめトマトベースの味付けをしたものは非常に多いが、いずれも極ベーシックなトマトソースを使用するものであり、米国生まれのトマトケチャップを味付けの主役に使用すことはまずない。

『歴史』

ナポリタンの起源については、横浜山下町のホテルニューグランド第二代総料理長・入江茂忠が最初に考案したとの記録が残っており、現在ではこれが最も有力な説である。

ホテルニューグランドは、戦後まもなくGHQに接収され以後7年間米軍によって使用された。現在でもホテルにはマッカーサーが滞在した部屋が残っている。

当時の米軍ではスパゲティをトマトケチャップで和えた物が一般的な兵営食であるとともにレーション(缶詰の戦闘食)としても供給されており、同ホテル駐在の兵士たちも軽食や夜食としてよく食べていたと思われる。そのため、接収解除後の同ホテルの倉庫には、保存の利くスパゲティの乾麺と缶詰ケチャップが大量に残されていた。そこで料理長・入江は、当時の日本では珍しかった両者を組み合わせた料理を同ホテル再出発の看板にしようと思い立ち、後のナポリタンに当たるパスタ料理の開発に取り組んだとされる。
ただし入江が生み出したパスタ料理には、トマトケチャップは一切使われることなく、トマトピューレなどの調味料や具材が加えられ、本格的な料理に仕上げられていた。
もっとも当時の日本人はアルデンテに馴染みが無く、この点が試食会で不評だったため、入江は日本人の嗜好に合わせるべく7割方茹でたスパゲティを冷蔵庫に一晩置いてうどんのような食感にする調理法を編み出すに至った。

かくしてこのパスタ料理は、かってナポリでトマトソースのスパゲティーが屋台で人気だったことに因み「スパゲティナポリタン」と英語で命名され、同ホテルのメニューに載せられることになった。
この「スパゲティナポリタン」はその後の大衆化した「ナポリタン」と違いフランスのスパゲティ・アラ・ナポリターナに近い料理になっている。現在も同ホテルで提供されている「ナポリタン」には、入江のレシピ通りトマトケチャップが一切使われておらず、一般的な「ナポリタン」とは味の異なる。いわばトマトソースのスパゲティとなっている。

昭和30年代になると国産スパゲティーが開発された。そこで販売促進のデモンストレーション用に調理が比較的簡単なメニューとして「ナポリタン」が選ばれ、更に学校給食のメニューにも取り入れられるなどしたため、「ナポリタン」の知名度は急速にアップした。
当時トマトピューレは庶民の手に入り難く庶民には肉も高価であったため、代用としてケチャップなど安価な赤いのウインナーや魚肉ソーセージ等を使う調理法が生み出され、現在の一般的な「ナポリタン」が確立された。
この「ナポリタン」の予め茹置きした麺をフライパンなどで味付けしながら炒め直しする調理法は簡便なことから、「ナポリタン」は給食以外にも家庭、喫茶店及び学食などの庶民的定番メニューとして親しまれて全国的に定着していった。80~90年代の「イタメシブーム」によって多種多様な本格的パスタが紹介される以前は、飲食店におけるスパゲティはミートソースかナポリタンの2種類しかないことがとんどだった。

なおナポリタンの考案者として有名な入江料理長は、亡くなるまで「自分が考案した」と公言することが無かった。このため家族や周囲は入江が亡くなった数年後に文献が発掘されるまで、入江がナポリタンの考案者であると考えることは無かったという。

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