時間を押し戻そうとするかのような北風が、年の瀬を駆け抜けました。
三度目の年頭。もう一度、心に深く刻まなければなりません。福島を忘れない。
オランダの首都アムステルダムの街を歩くと、三つ並んだ十字の印を至る所で見かけます。
赤い地の真ん中に、黒っぽい横線が一本、その上に白い十字が横に三つ並ぶのは市の旗です。
そして、二頭のライオンに挟まれて、十字が縦に三つ並ぶのが市の紋章です。
◆十文字が意味するもの
三つの十字の意味はと言えば、その昔、街を襲った三つの災い、洪水、火災、感染症を表しているそうです。
起こりうる災いの怖さを子々孫々まで語り継ぎ、常に備えを怠ることがないように、あえて十字を掲げています。
江戸時代からオランダに多くを学び、近代化の礎にしたこの国も、災厄を歴史に刻む方法までは、教わらなかったと言うのだろうか。首都東京の中心が、忘却の波に沈み始めているようです。
福島の事故現場は収束に向かうどころか、混迷を深めています。
爆発を免れた4号機では、傷ついていない核燃料の取り出し作業が始まりました。
しかし、1~3号機から溶け出した燃料は所在さえつかめません。原子炉格納容器の外に溶け落ちた恐れもある。無事故でも一基百年といわれる廃炉、解体への道は、緒に就いたとも言い難い。
汚染水は年末年始もお構いなしに流れ出ています。
熟練の作業員は、被ばく線量が限度に達して次々に現場を離れ、作業の質は低下する。
自治体に丸投げされた、有事の際の避難計画作りは一向に進みません。計画はできたとしても、目に見えない放射線からどこへ逃げれば安心なのか。
使用済み核燃料の捨て場所は、どこにも見つからないでしょう。リサイクルの計画も夢物語の域を出ていません。
十字、いやバツ印をいくつ付ければいいのでしょうか。
これだけ多くの災いの種を抱えているにもかかわらず、政府は前政権の「二〇三〇年代原発ゼロ」から一転、原発を「重要なベース電源」と位置付けました。
ベース電源とは、二十四時間、しかも安価に稼働させられる電源です。震災前は、原発と揚水発電以外の一般水力。そして石炭火力がそうでした。
◆原発こそ不安定では
電力需要時に足りない分を補うのが、ピーク電源と呼ばれるLNGや石油火力です。
原発は、出力調整が極めて難しく、一度運転を始めたら、二十四時間最大出力で、突っ走るしかありません。
今、国内に五十基ある全ての原発が、再び停止しています。
天候に左右されやすく、出力が不安定な風力や太陽光には、ベース電源の重責を担えないといわれています。
だとすれば、無限大の安全管理が必要な、扱いにくい原発こそ、最も不安定な電源なのだと考えなければなりません。
原発を動かさないと、LNGや石油火力の燃料費がかさみ、電力会社は年間三兆六千億円の負担増、百万キロワット級の原発一基を稼働させれば、温暖化の原因になる二酸化炭素(CO2)を、一年で0・5%減らせるとされています。
原発は、本当に割安なのか。
政府によれば、福島の賠償と除染、さらに廃炉や汚染水対策に、少なく見積もって約二十兆円の費用がかかります。
東電の負担なら電気料金への転嫁、国が持つなら税金です。結局つけは国民に回ります。どれだけお金を使っても、福島の人たちの暮らしや風景は、もう元へは戻せません。
現在十六基の原発が、原子力規制委員会に再稼働の申請を出しています。政権は今年を、再稼働の年にしたいのでしょう。
原発は金のかかる危険なものだということに、国民の多くはもう気づいているはずです。
温暖化対策ならば、再生エネルギーの普及の方が王道です。私たちは“太陽と風の年”をめざしましょう。
◆フクシマを心の地図に
ドイツでは、再生可能エネルギーへの転換が着々と進んでいます。総電力の約二割を賄い、温室効果ガスを一九九〇年比で二割以上減らしています。
市民自ら電力会社を設立し、再生可能エネルギーでつくった電力だけを地域へ供給するという、エネルギー自治も進んでいます。
なぜでしょう。
スリーマイルとチェルノブイリとフクシマを、心の地図にしっかりと、刻みつけているからです。